Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント   作:倉之助

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 慎二が英霊召喚を行ったのは、少し気が早すぎる時期だったようだ。あの夜からおよそ一週間。未だに他の陣営の英霊が召喚される兆しはない。そのおかしさに気がついているのか、気がついていないのか、はたまた見て見ぬ振りをしているのか。

 彼には彼の考えがあるのだろう。

 フロントのオーダーを取り、厨房に伝える。私が履歴書を持ってきて即日働けることになったのはラッキーだ。最初はぎこちなかった接客敬語も、今では意識せずにスルスル出てくる。

 清姫も頑張ってフロントの仕事をしてくれる。それ故にか、このカフェレストランは美人店員につられた男性客が多くしめる。

 私が冬木市に来てからもう7日も経っていた。

 その7日でわかったことといえば、慎二が家を出る時についた嘘が「社会人の彼女と同棲することにした」という清姫大激怒な大嘘であることぐらい。聖杯戦争についてはさっぱりで、先行きが不安で仕方ない。

 そして現在。

 

 「う〜ん…」

 

 私は悩んでいた。深刻に悩んでいた。悩みの元は言わずもがな、我がマスター(仮)である間桐慎二の無茶振りである。

 昨日の夜、肉じゃがを食べたいというから肉じゃがを作ったのに、やっぱりカレーが食べたかったと作り終わった後に急に言われ、さらに肉じゃがの味にも「庶民の味だな。」などと文句をつけられた。ならば、何が食べたいの!?と半ギレで聞けば、答えは何と「ラタトゥイユ」だそうだ。

 「らたとぅいゆ」という謎の言語にはてなマークを浮かべた私だが、それを見て慎二は鼻で笑いやがったのだ。

 

 「作れないだろ?」

 「作れるよ!!」

 

 売り言葉に買い言葉とはまさにこのことである。

 私は未だにラタトゥイユなる料理を理解しないまま、スーパーの野菜コーナーで頭を抱えていた。そんな料理、某有名なネズミの国の会社の○ミーの美味しいレストランで名前を聞いたことがあると言うことだけ。

 せめて、レシピさえあればまだマシだったのだが、今更スーパーを出て本屋へ行き、「ラタトゥイユ」のレシピを見つけ、食材を買い揃えるのは時間がかかりすぎる。

 

 「そもそも何料理だよ…」

 

 困り果てて立ち往生をしている私。このままでは夕食には間に合わない上に、「ほら、やっぱり無理じゃないか。」と慎二に笑われておしまいだ。それは悔しい。フランスか?イタリアか?それともイギリス?…ポテトをマッシュするイメージしかない。

 

 「何かお困りかな、お嬢さん。」

 

 突然、後ろから『聞き慣れた』声が聞こえた。反射的に振り返ると、そこには想像した通りの人物がいる。白い髪、褐色の肌、ゆったりとした黒いシャツに黒いズボンといったまるでパジャマ…失礼、シンプル・イズ・ベストな格好の、いかにも絡まれたら大変そうな雰囲気を醸し出す男性。

 だがその手に下げる買い物カゴの中身はタイムセールで勝ち取ったとみられるお買い得商品であふれている。

 

 「エ…!」

 

 エミヤママ!?と言いかけて、言葉を飲み込んだ。どういうことだ。私は今、エミヤを召喚していないはずだ。ならば、答えは一つしかない。この場にいる英霊・エミヤは、この聖杯戦争に呼ばれたサーヴァントだ。いつだ、いつ呼ばれた?私が知らない間に聖杯戦争が始まっている。

 

 「失礼、野菜コーナーをうろつきながら悩んでいるものだから、つい声をかけてしまった。

 驚かせてしまってすまない。」

 「い、いえ。お気遣いありがとうございます…」

 

 私は動揺で震える声でそう答えた。令呪は、バレてない。室内なのに指ぬきグローブをつける私は怪しくないだろうか、と周りを見渡す。…が、意外なことに、私以外にも指ぬき手袋をつけたまま買い物する人が数人いた。

 エミヤの顔を覗き込むが、私がマスターだと気づく様子はない。

 

 「(よかった…怪しまれてない。)」

 

 あまりにも狼狽えていた私を、彼は見知らぬ男に声をかけられたからだと思ったのだろうか。「すまなかったね」と言って一歩後ろに下がった。流し目は悪い文明。彼は、未だに空っぽな私の買い物カゴを覗き込んで、ふむ、と一つ頷く。

 

 「何が料理のことでお困りかな?私はこう見えて料理についてなら多少の心得がある。」

 

 存じ得ています…とは言えない。我らがカルデアの料理長のニヒルな笑みを見ながら、私は心の中で頷いた。多少どころかプロ並みだということも知っている。

 

 「えっと、あの、ラタトゥイユっの作り方は知ってますか?

 ちょっと私わからなくて…」

 

 私の言葉を聞いたエミヤは、片眉をピクリと動かして、指を唇に押し当て、怪訝そうな顔で思い出すような、そんな表情を作った。

 

 「ラタトゥイユ?たしか…フランス南部の夏野菜煮込のことではなかったか?すこし季節外れではなかろうか?」

 「え!?夏の料理なの…!?」

 

 なんてことだ。まさか慎二はこのことを知っているのか…いや、知っているな。知っていて私に作れと言ったのか、あの野郎!密かに怒りに震える私を横目に、エミヤは言葉を続けた。

 

 「だが、冬野菜でも十分ラタトゥイユは作れる。待っていてくれ、今レシピを書く。」

 

 そう言って、買い物カゴを持ったまま財布から取り出したレシートの裏にボールペンでスラスラと何かを書き連ねる。ま、ママ…!

 さぁ、と差し出されたレシートには、読みやすい、几帳面な日本語が書かれていた。

 

 「何から何までありがとうございます…!!」

 

 貴重なエミヤ料理長のレシピに私は歓喜で震えた。絶対に美味しい。

 「いや、お役に立てたなら何よりだ。」

 そう言って、レジに向かうエミヤママ。思わず拝んだ。

 

 ***

 

 「おい!いつまで買い物してたんだ!」

 

 家に帰ると、慎二がいた。いつもこんなに早いかな、と思い時計を見ると、なんてことだ、すでに18時を回っていた。

 

 「ごめん、買い物遅くなった!」

 「本当にな。はぁ、今日はレトルトか。」

 「ひ、ひどい!せっかく昨日慎二がリクエストしてきたラタトゥイユを作ってあげようかと思ったのに!」

 「は?マスターが?作れるのかよ。」

 

 ふ、と小馬鹿にするように鼻で笑う慎二。むかっとするのは悪くないはずだ。

 

 「作れるよ!親切なエミヤママがレシピくれたからね!」

 

 ふん、と胸を張る私。聖杯戦争はまだ始まっていないが、いつ始まるかわからない緊張感がある。そんな中で、一騎でもサーヴァントの身元が割れたのは饒舌だろう。

 

 「エミヤママ?」

 「そうだよ、カルデアの料理長でアーチャーのサーヴァント。多分、今回の聖杯戦争に参加してるんだと思う。」

 「でかした!」

 

 に、と口角を吊り上げて笑む。

 

 「真名看破のスキルか。まぁ、言われてみれば当然か。お前は100騎以上のサーヴァントと契約してたんだからな!

 あーあ、こんなことならもう少し家に居るべきだったか…桜のサーヴァントの真名を暴いてやれたのに!」

 「いや、それはリスクが高すぎるだろ。」

 

 はぁ、とロビンが呆れたようにため息をついた。振り返ると、そこには今時の大学生風のカジュアルファッションのロビンと、青山で購入したスーツをきっちりと着込むランスロットがいた。

 

 「おかえり、ロビン。いつの間に帰ってたの?」

 「ついさっきですよ、これ今日の分の給料。」

 

 そう言って、ロビンは分厚い封筒と貢物だと思われる高級時計や財布をどさどさとコタツの上に置いた。そして、ナチュラルにコタツに潜り込む。

 

 「うわ、今日もすごいね…」

 「どこぞの騎士がひたすら貢がせてますからね。」

 「さすがヒトヅマニア、レベルが違う。」

 「とぅわ…」

 

 ランスロットの切なげなとぅわ、が静かに聞こえた。ちなみにランスロットは初日で一晩八百万を稼いだ男である。さすがは冬木。金持ちが多い。余談としては、慎二名義の銀行口座が増えた。

 

 「ランスロット卿は天然物だからね。女性を無自覚で籠絡しては、勘違いさせるなんてお手の物だろう。」

 

 マーリンのひどいセリフにショックを受けて項垂れたランスロット。フォローの1つでも入れたやろうと思った私は、トコトコと近寄った。

 

 「ランスロット、いつもありがとう!あなたの頑張りのおかげで我が家の家計は明るいよ!」

 「ま、マスター…!!」

 

 感謝を述べると、感極まったように涙目になる。可哀想なことをしたと罪悪感が刺激される。ホストをやって稼いでいたなんてマシュにバレたら、どうなることやら。

 

 「じゃ、明日俺が貢物を換金しに行きますんで。」

 

 ロビンがとんとん、と人差し指でコタツのテーブルを叩きながら言う。それに対して、ありがとうと言葉を返し、ところで、と本題を切り出した。

 

 「ロビン、燕青、情報収集の具合はどう?」

 「まぁ、ぼちぼちですかね。

 分かったことといえば、通り魔事件が起きたとか、集団失踪事件が起こっているとか、そんなもんです。

 ちなみに、失踪者は柳洞寺周辺で目撃情報が途絶えているらしいですよ。」

 「物騒だな!?」

 

 私は思わず声を荒らげた。ロビンは「そうっすね」と気だるげに答えた。

 

 「通り魔に集団失踪…これ、聖杯の泥に関係あると思う?」

 「…微妙なとこじゃないですかい?

 …どっかの魔術師が魔術使ってんの見られて、神秘の秘匿のために…って線も十分ありますし。

 ま、一応調べておきますよ。」

 「だよね…ありがとう、ロビン。」

 「俺はマスターだと思われる魔術師を見つけたぐらいだよぉ。

 現在確認されているマスターは遠坂凛、サーヴァントはアーチャー。これはマスターの目撃情報からアーチャーはエミヤの兄さんで間違いなさそうだなあ。

 そのほかのマスターは間桐桜、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。ここは始まりの御三家代表だ。

 あとは時計塔の魔術師が“キャスター”、魔術協会から派遣されたバゼット・フラガ・マクレミッツっていう魔術師が“ランサー”を召喚したらしいぜ。ま、肝心のマスターとサーヴァントはわからなかったけどなぁ。」

 

 顔写真とともに渡された資料に目を通して、通販の速達で届いたホワイトボードに相関図を書いていく。虚月館の不思議な体験を思い出しながら、ホームズがいれば何かと都合がいいかも、と考えをめぐらした。

 

 「わかってるサーヴァントは三騎で、マスターが五人か…助かる。ありがとう燕青、引き続き調査お願い!」

 「いいよぉ」

 

 情報収集はうまいこと進んでいる。ならば、あとはマスターおよびサーヴァントとの交渉か…。これは、難しいだろうな。

 

 「ねぇ、普通に『聖杯は汚染されてるから戦わないでください』って言って、信じてもらえると思う?」

 

 無理だろうな。と思いながらも、問いかけた。私が今回のレイシフトで連れてきた六人のサーヴァントは、全員即答で同じ答えを出した。

 

 「無理だな。」

 「それは無理っすわ」

 「無理じゃないかな。」

 「無理だと思うよ。」

 「無理ですわね。」

 「それは…難しいのでは?」

 

 上から、燕青、ロビン、エルキドゥ、マーリン、清姫、ランスロットが同じタイミングで同じ言葉を放つ。そうか、無理か、と遠い目をしながら考えた。

 

 「だよねー」

 

 ならば、別のアプローチ方法を考えるしかない。

 

 「もういっそ、旦那様が他の陣営のサーヴァントを奪ってしまうのはどうでしょう?」

 「いやいや、無理でしょ。」

 「コルキスの魔女を連れて来ればよかったね。彼女の宝具の…ルールブレイカーだっけ。あれでさくっと契約解除して、仮契約を結ぶのが一番効率がいい。」

 「それはそれでどうかと思うけど…」

 清姫とエルキドゥの提案に引きつつ、ウンウンと唸りながら、私は作戦を考える。

 「…正々堂々、決闘を申し込むとか…」

 「そもそも、決闘に乗りますかね?」

 「うーーーん、どうしよう。」

 

 サーヴァント攻略は非常に難しい。正規の聖杯戦争なら、彼らは聖杯に託す願いを持っていると言うことだ。ならば、マスターなら?

 

 「サーヴァントは無理だ。もう、マスターの方を説得するしかないよ。」

 「それこそ無理でしょう」

 「先に大聖杯のありかを探そう。汚染された聖杯を見れば、願いをかける気もなくなるかもよ?」

 「いや、マスターの“脅迫”ならできるかもしれない。」

 

 そんな、慎二のつぶやきが静まり返った部屋に響く。ナチュラルにコタツに入り、みかんを剥く慎二に、この場にいる全員が注目した。いきなりやって来た癖に「みかんがぬるい」などと文句を言う慎二に思わずみんな押し黙る。

 こたつ de ブリーフィング に強引に割り込んだ当の本人はぶちぶち言いながらみかんを口に放り込み、ホワイトボードを眺めた。

 「桜はそもそも戦いが好きじゃない。お爺様に命令されてなければ、辞退を考えていてもおかしくない。今回もお爺様に言われたからというのが一番の要因だろうけど、結局のところ流されて参加するってところだろう。あいつの大好きな衛宮を人質にとってちょっと脅せばあいつは良くていいなり、悪くたって何もせずに過ごすさ。

 遠坂は桜の姉だ。なんだかんだで桜のことまだ大事に思っているらしいし、今度は桜を人質に使えば多少は行動を制限できる。」

 残りは知らないけど、数で攻め落とせば可能だろ。と締めくくってみかんを口に運ぶ慎二。

 

 「…それは、最終手段にしよう?」

 

 人質とか、脅しとか、色々と作戦があれだ。できれば、なるべく穏便に済ませたい。

 

 「今わかっているサーヴァントはアーチャーのエミヤだけか。」

 「あーあ。エミヤ、協力してくれないかなぁ。」

 「お、マスターは抑止の守護者説をごり押しするつもりかな?」

 「無理かな?」

 「どうだろうなぁ?実際にあの兄さん、カルデアから呼んでみるかい?」

 「自分自身に説得とか、余計にダメだと思う。」

 ああ、どうしようか。

 「とりあえず、当面は戦闘妨害の方向で行こっか。

 …一回別の話にしよう?」

 

 えへ、と苦笑いでごまかす。みんなは慣れたようにふう、と息を吐いた。

 

 「慎二、礼装の具合はどう?」

 「ふん、僕にできないわけがないだろう?」

 

 瞬間強化も、応急手当ても、緊急回避もお手の物さ。と得意げに笑うマスターをみて、にっこりと笑う。なんだか最近、このマスターがジャックやナーサリー、ジャンヌサンタたちと同じような小さい子に見えて仕方ない。

 

 「さすがマスター。すごいね。」

 「ふん、僕がすごいのは当たり前さ。天才だからね。」

 

 口の端がピクピクしてる。嬉しいということだろう。

 

 「ご飯にしよっか。遅くなっちゃったからレトルトカレーでいいよね。」

 「ラタトゥイユを作るんじゃないのかよ。」

 「作ってる時間がないんだから仕方ないでしょ!ちゃんと明日はラタトゥイユだよ!」

 

 ニヤニヤ笑う慎二に、頬を膨らませて拗ねたようにいうと、燕青が「よしよし、マスターは可愛いなぁ。」と頭を撫でてきた。

 

 「って…あれ?」

 

 食器戸棚を開けると、買い置きしたはずのレトルトカレーがなくなっていた。ついでに、カップ麺もない。

 

 「慎二、勝手に食べた?」

 「なんで僕が。食べるわけないだろ。」

 心外だ、とぷりぷり怒る慎二。勘違いしたのは悪いけど面倒臭い。

 「じゃあ、買い置き勝手に食べたの誰?」

 そう効くと、う、と声を詰まらせたのがいち、にぃ、さん…6名。

 「う、僕だよ…。深夜にお腹が空いちゃって。」

 「わ、私もですわ。」

 「深夜のカップ麺は罪の味でね。」

 「…あー、すみませんね、腹が減っちまって。」

 「…申し訳ありません。」

 「お、俺は我慢してたよぉ!」

 

 全員が夜食を食べていたようだ。みんなが罪を認める中、燕青だけは必死に「食べてない!」と主張していた。本当に食べてないんだろうな、と思いつつも、むしろ食べて欲しかったと残念に思う。

 

 「魔力、足りてないの?」

 「…少し。」

 「食事で補える量なら、積極的に食べて欲しい。」

 

 幸い、ランスロットのお陰で予算はあるのだ。

 

 「じゃあ、今日は食べに行こう。

 「はーい、泰山の麻婆豆腐がいいな!」

 「あはは、エルキドゥは死にたいのかな??」

 

 用意するから待ってて、とみんなをリビングで待たせつつ、清姫と共同の女子部屋で着々と着替えを続ける。

 洋服の下にはカルデア戦闘服を着用して連絡用の通信機もバッチリ身につけている。

 おなじみの万能布をいつでも羽織れるように小太郎くんに教わった風魔直伝の収納術で隠し持っている。準備は万端だ。

 コートを着込み、十数枚の万札を財布に突っ込んで振り返る。

 そこには、現代着に着替えた6人と部屋着にコートを着込んだだけなのにやたら様になっている私のマスター(仮)が立っている。

 「じゃ、行こっ!」

 ガチャリ、とドアノブが回る。冷たい空気が肌を指した。すっかり太陽が沈んだ空は真っ暗で、ちらちらと星が見える。

 聖杯戦争はまだ始まっていない。そんな夜の出来事。

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