Fate/Accelerate night:間桐慎二のサーヴァント   作:倉之助

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 ぴー、ぴー、ぴー。

 目覚まし時計のアラーム音で目を冷める。変な体勢で寝たにもかかわらず疲れはすっかり抜けていて、ベッドから降りた私はぐぅっと大げさに体を伸ばした。

 

 「あー、朝だ。」

 

 カーテンを開けると、太陽の暖かな光が降り注ぐ。朝日が寝起きの目にしみる。

 パジャマを脱いで、Tシャツとジーンズ、そして寒さ対策のフリースを着る。

 洗面所で顔を洗って、寝癖が跳ねる髪を梳かす。シュシュでいつものように髪をくくれば、いつもの私が鏡の向こうで気の抜ける顔であくびをしている。

 

 「マスター、ブレックファストティーは如何?」

 

 リビングに入ってすぐに聞こえた気取った甘い声。「もちろん、いただきます。」と答える。

 赤いのに比べたら味は落ちるだろうが、なんて言って、ロビンが片目を瞑ってティーセットが載ったお盆を掲げた。私はにこりと笑って「もちろん、いただきます。」と答える。

 

 「今日もブレンド?もちろん、ミルクティーだよね?」

 

 私の隣に、制服姿の慎二が座る。タレ目の綺麗な顔ににやりと人をイラつかせる笑い方を乗せて。

 

 「イングリッシュブレックファーストです。

 ミルクはどうします?」

 「おまかせで! 」

 「はいよ。」

 

 優雅な仕草でティーポットが持ち上がる。とぽぽ、と琥珀色が白磁のカップの淵に金色の輪を作って、シルクのようなミルクが足されて白濁した。

 

 「ふん、イングリッシュブレックファーストティーはミルクティーとして飲むことを前提に作られているからさ。

 ストレートなんてありえないよね。」

 

 私と慎二とサーヴァントの共同生活を始めて一週間と少し。いつのまにか慎二は紅茶の勉強でもしたらしく、その薀蓄を毎朝披露してくる。正直言って面倒くさい。

 その話に毎度付き合うロビンは本当に面倒見がいいお兄ちゃんだと常々思う。

 これは、完全に蛇足だがこのロビンフッドというサーヴァントは、執事の素養がある。

 理由は一つ。定期開催されているイギリス系サーヴァントの交流会であるティータイムになぜかお茶汲みとして参加しているからだ。

 妙なところで卑屈なロビンは、「有名な英霊と一緒に席に着くのはどうも慣れない」と言って、最初は参加を辞退していた。

 が、参加を辞退されたことをお茶会主催者のアルトリアが落ち込み、それを憂いた円卓の騎士がロビンの個室に襲撃してきたとか。

 以来、円卓が面倒くさいので参加はするものの、テーブルにつかなくてもいいお茶汲みに自主的になったとかなんとか。

 

 

***

 

 (その流れでエミヤ(強制参加)と一緒になって美味しい紅茶の入れ方を研究している。)

 つまり、慎二の薀蓄自慢をロビンはいつも聞き流している。

 なお、イングリッシュブレックファーストという紅茶のブレンドは存在する。少し渋みが強い紅茶で、ミルクティーにするとすごく美味しい。

 

***

 

 「はいはい、そーですよお坊ちゃん。」

 

 ロビンは面倒くさいと顔に思いっきり書いてあるような、そんな顔でトポトポと紅茶を注ぐ。

 朝食に紅茶を飲むのはイギリスの朝の定番らしく、イギリス出身のサーヴァントのみんなと朝食を取るときは大体ミルクティーも一緒に飲む。

 その習慣はここに来ても変わることなく、慎二もなんか気に入ったようですっかり習慣として定着していた。

 

 「おまちどうさん。」

 「ありがとう、ロビン。」

 

 カルデアのキッチンに常備された高そうなティーセットではなく、ニトリのワンセット三百円のティーセットにキャンブリックの香り高いミルクティーがダイニングテーブルに丁寧に配置される。

 ミルクティーのとなりにサニーサイドアップの目玉焼きに、マッシュルームのソテー、おなじみマッシュポテトにソーセージとベーコン、焼いたトマト、ベイクドビーンズが載ったプレートが置かれ、トースターがチンと音を立ててキツネ色の食パンを吐き出した。

 イギリス料理の中で唯一美味しいと言われる朝食のプレート。朝から栄養満点。

 私が召喚したサーヴァントに偏りがあるせいで、必然的に食事のレパートリーも偏りが大きい。

 清姫の作る白米に味噌汁と言った純和風か、ロビンの作るイギリス風かの二択である。ちなみに、燕青のつくる中華料理は朝食に向かない。

 

 「それで、俺も情報を手に入れたんすけど。

 マスターが気になるって言っていた例の集団失踪、被害者は柳洞寺周辺で足取りが途絶えてる。

 まるで、()()()()()()()()()()。」

 

 とん、と地図の上を叩く。

 

 「それから、新都のガス漏れ事件。

 あれ、ガス漏れって報道されていますが、隠蔽の痕跡がありましたわ。恐らくは聖堂教会だろーな。

 こちらの被害者はひどい貧血で意識不明。新都の病院に入院中。」

 

 ぐるっとロビンは赤ペンで柳洞寺を囲み、ペンを置いた。

 

 「これ、魂喰いだと俺は思うんですけど。どう思います?」

 

 ロビンがたどり着いた結論に、だれもが納得した。

 

 「(じゃあ、なんで人が死んでないんだろう。)」

 

 他の陣営に疑われないため? それなら、やり方次第でどうとでもなる。

 

 「(なら、マスターの意思……?)」

 「なら、キャスターは魔力欠乏に陥っている可能性がある、ということか。」

 

 私の思考は、ランスロットの声で現実に引き戻された。

 

 「なら、魔力供給をカルデア(こちら)が持つって言えば、協力体制を築ける可能性はあるね。」

 「キャスターは光の御子、クー・フーリンだったか。」

 

 ランスロットは地図のよく見える位置に立って、マーリンは優雅にロビンが入れた紅茶を飲みながらニコニコ笑っている。

 

 「向こうさんの思惑がどうであれ、このまま放っておけばキャスターは魔力の欠乏で霊基が消滅。

 なら、カルデアからの魔力供給は降って湧いた幸運だ。」

 「まぁ、令呪を奪うのが一番手っ取り早い方法だけどね。」

 

 マーリンはニコニコ笑いながらそう言って、「どうする、マスター?」と聞いてきた。

 

 「令呪を奪うのは当然なし。

 魔力供給は悪い案ではないんでしょ?

 なら、話を聞いてもらう価値はあると思う。」

 「つまり、一番はじめに攻略するのはキャスター陣営ってことか。」

 「私と仮契約を結べば魔力欠乏は解決する。キャスター陣営をこちらに引き込める。」

 「ですが、肝心のカルデアの“ばっくあっぷ”は可能なのでしょうか?」

 「どうだろう、多分大丈夫だとは思うけど……。

 とりあえず、通信を繋げるね。」

 

 清姫がするりと私の腕に絡みつく。私は通信機の起動スイッチを押した。ププー、と機械音の後にホログラムが浮かび上がる。

 

 『やぁ、おはよう立香ちゃん。1日目はどうだったかい?』

 「おはよう、ダヴィンチちゃん。全く手応えなかったよ。」

 

 ははは、と笑いながら私は両手を上にあげた。ダヴィンチちゃんは『だよねぇ。』とわかっていたと言いたげに笑った。

 

 「それで、マシュは?」

 『マシュはまだ寝てるよ。疲れがたまってたみたいだ。』

 「そっか、よかった。」

 

 昨日のマシュの目の下に深く刻まれていた真っ黒な隈を思い出して、安心する。そして、心配をかけたことに申し訳がない。

 

「それで、今日連絡したのはカルデアのバックアップをうけて、聖杯戦争に召喚されたサーヴァントと仮契約できるかってことなんだけど…」

 『うん? ああ、なるほど。そう言うことか。

 大丈夫、もちろん可能さ。カルデアは君を観測しているからね、パスはいつでも繋げられるさ。

 ……今回の事故の原因のことを聞いているのかな?

 心配ないとも!そこはほら、天才の手にかかればちょちょいのちょいっと!』

 

 ダヴィンチちゃんの自信満々な態度に私は「(ダヴィンチちゃんらしいな。)」と心の中でつぶやく。

 

 「生温い、そんなんじゃ勝てっこないね。」

 

 慎二の言葉は大きな声で言われたわけではなかった。それでも、頭の中にするりと入ってきて、私の脳を殴りつけた。

 藍色の瞳を暗く澱ませ、陰のかかった表情は私を『ドキリ』とさせた。私は、何度かその目をする人を見たことがある。

 

 「魔力供給を持つだけじゃ意味がない。

 サーヴァントが裏切らない確証がないじゃないか。

 なら、一緒に令呪も奪えばいい。マスターを殺さなくても、令呪を奪うことはできるだろ?」

 

 慎二の案は、この場において一番正しい。魔術師的な考えだ。

 私は慎二の言葉の意味を気づかないふりをした。多分、おそらく。一言で終わるそれは、慎二の心に的確に切り込む刃になるだろう。

 

 「慎二。私は、貴方のサーヴァント(従者)だよ。」

 

 からついた喉を潤すために飲み込んだ唾液は意味をなさない。枯れた大地にコップ一杯分の水を注いでも意味などないように。

 この言葉は間違っていないはず。それでも、次の言葉は慎二が望むものじゃない。

 

 「令呪は奪わない。キャスターのマスターはマスターのままでいてもらう。」

 

 きん、と。ティーカップがソーサーにあたり、金属のような音を立てた。私は言葉を紡ぐ。

 

 「キャスターの魔力欠乏は相当深刻な問題だ。

 だから、私は今日中に柳洞寺を拠点にしている陣営に接触する。

 場合によっては、戦闘になるのも仕方ない。」

 

 慎二が苛立ったように椅子に寄りかかった。

 

 「戦闘? キャスターの陣地で?

 バッカじゃないの、無駄だね。

 キャスターのマスターを見つけるのが先だ。」

 「話し合いがうまくいけば、戦う必要はないよ。」

 「うまく行くとは限らないから総力戦なんだろう? 

 マスター共々、キャスターをおびきだせばいいじゃん。」

 「たしかに、相手の陣地で戦うのは不利だよ。

 でも、今の状況だと時間が経てば経つほど勝利条件から遠のく。

 ねぇ、慎二。私たちの勝利条件はサーヴァントを脱落させないことだよ。

 早期解決のためなら、私は不利だとわかっていても行く。」

 

 キャスターの陣地に向かうという意味は痛いほどわかる。陣地作成の恩恵は絶大だ。

 なぜなら、私自身が陣地作成のお世話になった経験も、してやられた経験も普通のマスターの数倍は負っているのだから。

 それでも、今は総力戦しかない。それは、マーリンがいるから、という絶対的安心もあるからかもしれない。

 いざとなればきっと、マーリンは相手の陣地も己の陣地に変えてしまえるだろう。

 私の結論に慎二は「これだから()()は。」と声を上げた。

 

 「戦力は十分だよ。けどさ、キャスターが自分の陣営を魔術工房にしていないわけがないじゃないか。罠にはまりに行く必要はないって言ってるのがわかんないのかよ! 」

 「わかってるよ、キャスターなんだから当たり前でしょ!

 でも、そのリスク以上に放置するのは危険だって言ってるんだよ!」

 「“キャスターはクー・フーリン”なんだろ!

 ゲッシュを利用すればいいんだ!

 何のための真名看破だ、これを有効に使わない手はない! 」

 「そんな暇はない!

 魔力消費の少ないキャスターが魔力欠乏に陥っていると言う現状が危ないって言うのがわからないのかなぁ!?

 だいたい、キャスニキは話が通じる相手だし、槍の方が強いって自己申告するようなばりばりの戦闘系サーヴァントなんだから、小細工するより正々堂々攻めたほうがマシだよ! 」

 「それはただの憶測だ!」

 

 慎二の興奮した声に触発されて、私も大声で反論してしまう。慎二は座った瞳でキッと私を睨みつけた。その瞳は怒りに燃えていた。

 

 「僕は“勝てない戦い”なんて認めない!

 だいたい、柳洞寺がキャスターの陣地というのも憶測だ。可能性で事を語るなんて意味がないね! 

 せめて裏付けを取ってから行動しろよ! 」

 「時間がないんだってば!

 なんでわかってくれないの!」

 「お前が無謀だからだろ!」

 「あー、はいはい。少し落ち着いてくださいよ、2人とも。」

 

 ヒートアップする口論に仲裁が入る。二人してテーブルに身を取り上げて、唾が顔にかかるぐらい近づいていた。

 ロビンが私の肩を後ろに引いて、椅子に座らせる。

 

 「今、喧嘩してる場合じゃあないでしょーよ。」

 「……そうだね、ごめん。」

 

 作った、真面目な顔で言う。冷静を取り戻すように深呼吸。

 

「…柳洞寺には今日の昼に行く。夜まで待たない。」

 「昼?

 聖杯戦争のルールでは戦闘は夜になってからだ。それに僕はまだ学校が終わってない。」

 「そうだね、でも偵察ならいいでしょ。

 それから、柳洞寺に慎二は連れて行かない。」

 

 慎二の両手はテーブルを勢いよく叩いた。上の食器が跳ねて、バランスを崩したティーカップはベージュのカーペットに茶色いシミと陶器の破片を残す。

 

 「お前…!」

 

 慎二は眦を釣り上げ、顔を真っ赤にして私を睨んだ。私は怯むことなく、慎二を真正面から睨み返す。視線が交わる。

 

 「「………。」」

 

 何秒、たっただろう。

 慎二がわたしから目をそらし、舌打ちをした。それを降参だと解釈して、端末から一枚の礼装を取り出した。

 

 「これ、念話の礼装。制服のポケットにでも入れといて。脳内で返事をすれば勝手に会話できるから。」

 「…ふん。」

 

 差し出した概念礼装はむしり取られるような形で私の手から離れた。概念礼装を受け取った慎二は、無言で自分の部屋に戻っていく。

 きっと、一応は納得してくれた筈だ。多分。

 慎二はすぐに部屋から出てきた。元々、あとは着替えるだけだったのだろう。無言でスクールバッグを片手に出てきて、そのまま玄関へ向かう。

 

 「慎二。」

 「……。」

 「はいこれ。行ってらっしゃい。」

 

 振り返った慎二に押し付けるようにランチバッグを渡した。

 慎二は唇をかみしめて、「行ってきます」の代わりに「僕は納得してないからな。」と捨て台詞を吐いて家を出た。

 

  「……はぁ。」

 

 ぐったりと、椅子にもたれかかった私は熱い顔を冷ますようにパタパタと片手で煽った。

 喧嘩は得意ではない。視界が真っ赤に染まるのも、体の中を駆け巡る温度に翻弄されるのは好きになれない。

 今の言い争いも、まともに考えるなら慎二がいう通り調べてから行くべきだ。戦略として考えるなら私の案は穴だらけで奇襲にもならない。無鉄砲、猪突猛進、行き当たりばったり。

 正直、この作戦を選んだのも私の第六感に従ったまでで、根拠なんてない。理由も後付けだと、正直思ってる。

 それでも、私は自分の勘と経験を信じることにした。

 でも、これは私の理論だ。慎二はちがう。

 慎二にとって、この聖杯戦争は最初から勝利が決まった戦いなのだろう。私という、六体までなら呼び出せるイレギュラーなサーヴァントを手札に持つマスター。

 正直言って反則である。チートと言われても文句は言えない。

 たとえ、一騎もサーヴァントを脱落させてはいけないというペナルティをつけても、自分が負ける道筋が見えないに違いない。

 先行きが見えない道を歩くことや、少しでもルートから外れるのは不安だろう。

 ……もしかしたら、私のような行き当たりばったり無計画タイプを認識するだけでもストレスを感じているかもしれない。

 だけど、今回ばかりは私も譲れない。令呪を奪うなんて私にはできない。

 それに、令呪を奪っても、慎二は令呪を宿せない。

 きっかけは些細なことだった。でも、知ってしまったそれを彼に告げるのは、あまりにも(むご)い。

 早くなんとかしないとダメだと、言葉に表せない何かが叫んでいる。

 でも、私は慎二に謝らないし、計画も変えない。

 

 「ランスロット、今日は慎二の護衛じゃなくて、私たちと来て欲しい。」

 

 慎二の後を追おうとする白い騎士を言葉で引き止めた。ランスロットは何か言いたそうな表情で戸惑ってから目を瞑り、目を開いたときはアーサー王が騎士の中の騎士と称賛した、円卓最強の騎士がそこにいた。

 

 「了解致しました。」

 

 美しいアルトボイスが私に捧げられる。私はそれをしっかりと受け取って、覚悟を決める。戦うための覚悟。

 

 「燕青。」

 「なんだぁ、マスタァ?」

 

 燕青が不機嫌そうに答える。私は少し苦笑して、「お願いなんだけど、」と続けた。

 

 「今日だけ、慎二の護衛お願いしてもいい? 」

 

 燕青は目を瞑り、一拍だけ静止した。そして、跪いて仰ぎ見る。

 

 「主の頼みならば仕方ない。

 ……拝命、仕り候(つかまつりそうろう)。」

 

 パン、と拳を手のひらに打ち付けて頭を下げた。そして霊体化して飛び出した。

 

 「それじゃ、行こうか。」

 

 振り返って、笑う。目的は一つ、キャスターの本拠地、柳洞寺だ。

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