初めましての方は初めまして。
正直、エヴァの詳細はあまり覚えていないので色々と間違い等もあるとは思いますが、その時は教えて頂けると幸いです。
では、本編です。
―――ああ、これは夢だ。
真っ先に少年――
そう考える理由は2つ。
1つは今よりも目線が高く、身長が伸びている事が窺えるから。
そしてもう1つが……目の前に広がる光景は“決して手に入れる事のできないものだから。”
「おはよう。シンジ」
「…………」
至って普通、至って平凡なリビングだ。
亡くなった筈の母親の碇ユイがエプロンを付けてキッチンで朝食の用意をしている。
幼少期、シンジを叔父夫婦に預けた――――いや、捨てた父親の碇ゲンドウがテーブル席に着いてサングラスをして新聞を読んでいた。
これが明晰夢というものだろう。
シンジは興味本位で読んだ本の知識を思い出していた。
しかし、記憶に殆んど無い母親の顔まで出てくるとは自分の記憶力には恐れ入る。
「学校は休みの筈だけど…………って、どうかしたの?」
「えっ、と」
母親に尋ねられ、シンジは一瞬狼狽する。
「トウジ君やケンスケ君と遊ぶ約束でもしてる? あっ、もしかしてアスカちゃんかレイとのデートの約束でもあった?」
「え? 誰?」
素で返答してしまう。
それもそうだ。知らない人の名前が一気に4人も出てきたのだから疑問しか出ない。
夢と言うのは脳が情報整理を行うと言う話を聞いた事がある。
しかし、知らない人の名前が出てくるとはさすがにどうだ?
「ふむ」
先程まで沈黙を保っていたゲンドウが呟く。
思わず、本当に条件反射にシンジの肩が揺れた。
いや、揺れたのはシンジの心の方だろう。
幼少期の頃に捨てられるも同然の行為を父親にされたのだから。
「むっ!! もしかして、あなたがシンジに何かしたの?」
「ま、待ってくれ!! 俺は無実だ!! 昨日は釣りに行く約束しかしてない!!」
そんな約束を交わした――――本心でゲンドウとはそれだけの関係性を結びたいとシンジは思っているのか。
随分と自分に都合の良い夢だ。
だからこその明晰夢とも言えるが。
「なあ、シンジ…………何か辛い事でもあったのか?」
「いや、その……」
シンジは口ごもる。
これまでの出来事でシンジは内向的な性格を形成していた。
預けられた先でも待遇は良い訳ではなく、庭の離れでの生活を強いられていた。
「話してくれないか?」
いつの間にか新聞ではなく、その眼はシンジへと向けられていた。
思わずそっぽを向いてしまう。
けれど、2人は特別に追求しようともせずにシンジの言葉を待ってくれていた。
「その」
その眼光に負けたからか、シンジはポツリポツリと口を動かし始める。
どうせ夢だから――――そういった思いも背中を後押ししていた。
「僕が小さい頃に、母さんが死んだんだ。それで、父さんに捨てられるも同然に叔父夫婦の家に預けられて――――」
我ながら何も考えずに発言してしまったと思う。
見切り発車の発言をたどたどしいながらも、2人は聞いてくれていた。
苦しかったと、悲しかったと、寂しかったと――シンジの言葉がどう受け止められるのか分からない。
それでも、言葉の波は留まる事を知らなかった。
次から次へと言葉が溢れる。
溢れ、溢れ、溢れ、溢れ、溢れ――――けれど、それも終わりを告げた。
「そうか」
ゲンドウの反応はたった一言であった。
しかし、それはそうか。
彼からしてみれば荒唐無稽な話だ。
「シンジ」
席を立ち上がり、ゆったりと近付いてくる。
両腕を高々と挙げ――――
「うおおおおおおっ!! 可哀想に!! そんな目に遭っていたとは!!」
シンジに抱き付き、濃いお髭が頬にジョリジョリ当たってくすぐったい。
「おのれ!! 向こうの私はこんな可愛い息子をほったらかしにするとは許せん!! 制裁だ!! 鉄拳制裁だ!!」
シンジを解放し、ゲンドウは見よう見まねのシャドーボクシングのポーズを取る。
「落ち着きなさい」
旦那の脳天に「ていっ!!」と言いながらチョップを喰らわす。
喰らった本人はと言えば、頭を擦る。
「全く。親バカなんだから。けど、気持ちは分かるわ。こんな可愛い息子を置いて先に逝っちゃう向こうのあたしも許せないしね」
でもそれがゲンドウらしいとユイは思った。
「信じて、くれるの?」
「「当たり前」」
シンジの疑問に2人は即答する。
こんな話なのに信じてくれる2人――――父と母の存在を嬉しく思い、涙ぐむ。
これが、夢で、自分の思い描く理想の世界の中だとしても。
「多分だけどね。向こうのこの人も同じように不器用だからシンジとの接し方が分からないのよ」
「不器用なの?」
旦那の事を丸裸にする妻。
言われた当人はそっぽを向く。
「まあ、座りなさいシンジ。今の話で気付いた事がある」
ゲンドウが誤魔化すように言葉を掛ける。
言われるがままに席に着き、ゲンドウはと言えば真正面の席に座り、両ひじをテーブルに乗せて顔の真正面で手を組むポーズを取る。
「平行世界、パラレルワールドといった単語は分かるか?」
「本とかの知識で良いなら」
重なりあう異なる世界の俗称。
有り得たかもしれない世界の事を差す。
今、シンジの眼前の光景も言ってしまえば平行世界のようなものだ。
「これは仮定の話だが、もしかするとシンジの夢を介して平行世界に繋がったのかもしれない。その証拠に今挙げた面々の名前を知らなかっただろう?」
問われた際に開口一番に「誰?」と返したのだ。
そういう結論になるのは当たり前である。
「仮定の話だが、私はそう思う。それに、こんなにも困っているシンジを放ってはおけない」
世の中には鏡やガラスを使ったり、本を使ったり、夢の中で繰り広げられる平行世界の物語が存在するのだ。
オカルトの領分と言われるが、そうでない証拠も逆に無い。
「しかし、こうなると私にはどうしようも出来ない」
「シンジに頑張って貰う他に無いものね」
シンジの為に父と母は揃って頭を悩ませている。
その様子を眺め、シンジも考え込み…………
―――あれ? いつの間にか父さんと母さんを見てる?
反らしていた顔は、いつの間にか2人へと向けられていた。
「よし!! こうなったらシンジを強く大改造するしかない!!」
ドーンッ!! と少年漫画のような効果音が聞こえてきそうな勢いだ。
大改造とはまた思いきった発言をする。
「えと、今の話が本当なら2人とは住む世界の違う子どもの話なのに……何でそんな親身になってくれるの?」
シンジには不思議で仕方無い。
だって、話が本当なら同姓同名、姿が同じだけで2人とは異なる世界の息子なのだ。
こんなに親身になる必要が何処にある?
シンジの質問に答えるよりも前に2人はキョトンとした表情になる。
しかし、次には声を揃えて明るく告げた。
「「どの世界だろうと、碇シンジは私達の愛する息子だから」」
「あっ…………」
もう駄目だった。
それは言って貰いたかった言葉。
碇シンジは今度こそ涙を流した。
悲しいからではない、嬉しいからだ。
この時初めて知った。
嬉しいからこそ出る涙もあるのだと――――。
「落ち着いた?」
「う、うん」
あの後、母に優しく抱き締められた。
そして、母の胸の中で泣いた。
もうワンワン泣き喚いた。
父も抱き締めたがっていたが、指を加えて羨ましそうに眺めるのみだった。
だが、空気を読んでくれたのは非常に助かる。
「私の事だからきっと何かに変わって見守ってると思うわ。動物だったり、草木だったり、建物だとか、ひょっとしたら巨大ロボットになってるかもね」
「それでも、会えたら嬉しい」
幼い頃の記憶しかない母親との思い出。
もし、少しでも会って言葉を交わせるなら嬉しい事はない。
「シンジよ。いきなり変わるのは難しいと思う。だが、アドバイスだけでもさせてくれ」
もしかすると、今この場に居る碇シンジに出会えるのは最後かもしれない。
世界は違えども、愛する息子を放ってはおけない。
「趣味を持つんだ。何でも良い。料理でも音楽でも、何なら漫画やアニメだって構わない」
「は、はい」
「それと女性には優しくしてやるんだ。だが、間違っているなら正し、厳しくするのも優しさだ」
「む、難しいね。でも頑張ってみる」
「そして友達を作るんだ。助け合える友達を、な」
「友達、か」
「あとは迷ったら誰かに頼るのも手だ。逆に助ける事もある。助け合いの精神を忘れないように」
「う、うん」
「そして、最後に――――筋肉を付けるんだ」
「き、筋肉?」
「そうだ。筋トレだ。筋肉は裏切らない」
最後だけ一番力説している。
ゲンドウの握り拳はそれはそれは固く作られていた。
「筋肉を付ける事でな――――」
「ところでシンジは料理はできる?」
父親がヒートアップするよりも先に母親が話に割り込んでくる。
あまりの勢いに父は撤退するより他に選択は無かった。
シンジも勢いに押されてそちらに答える。
「いえ、あまり……」
「なら、覚えましょう!! それで色んな人の胃袋を掴むのよ!!」
似た者夫婦と言う訳か。
ユイも力強く宣言する。
「古今東西、そして世界が違えど美味しいものを食べるのは幸せな気分になれるものよ。それで居候させて貰ってる叔父夫婦の胃袋を鷲掴みにしちゃいましょう!!」
「鷲掴みって……」
「良いから良いから」
ユイに背中を押されてキッチンへとシンジは足を踏み入れる。
旦那は禁制と言わん限りのオーラも放っている。
こうして夫婦による「碇シンジ育成計画」が幕を開けるのだった。
如何でしたでしょうか?
読んだ人には分かるかもしれません。
そう、ここに出てきた碇ゲンドウと碇ユイは漫画「碇シンジ育成計画」の2人です。
さて、こんなにも明るい2人に触れた碇シンジはどう変わっていくのか――――刮目せよ!!
では、また次回。