碇シンジは夢を見る   作:ゼガちゃん

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お待たせしました。

続きです。


碇シンジの夢④/碇シンジの現実③

「あっ……」

 

自分が『平行世界』に訪れたのだと、すぐに分かった。

 

「ボーッとして、どうしたの?」

 

「質問攻めで疲れたのかしら?」

 

印象として病院の診療室のイメージを受ける部屋でシンジは椅子に座っていた。

目の前には机に置いたコーヒーを手に取る赤木リツコと、立った状態の碇ユイが居た。

 

自分の服装は夏服仕様の学生服だ。

年齢としては14歳頃。

基本的に毎回訪れる時間軸と同じで、少し安堵した。

 

「いや、その…………『平行世界』のシンジです」

 

どうにも歯切れが悪くなる。

それもそうだ。

電車の中で見た『平行世界』はこれまでとは打って変わった内容。

バッドエンドも同然の最悪の結末の数々を見せ付けられた。

 

次からの『平行世界』は最早『悪夢』とも呼ぶべきものに変化している可能性があったので不安であった。

そうではないのだと、目の前の見慣れた――――しかも聡明な2人が居てくれた事に安堵の息を吐くのは致し方無い。

 

「何かあった?」

 

真っ先にシンジの変化に気付いたのは母親たるユイだ。

話すべきかどうかを悩んだが、話すべきだとシンジは思った。

自分だけで抱えていても始まらない。

 

「えっと、話すと長いんだけど――――」

 

「構わないわ。『平行世界』の話を一度で良いからじっくりと聞きたかったもの」

 

丁度良い機会だとリツコは微笑と共に話す事を促してきた。

当然、彼女もシンジが『平行世界』の住人である事を承知している。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

ミサトとの出会いから順番に話していく。

使徒やエヴァンゲリオンの事など、特に事細かに。

 

「大変、だったわね」

 

「ミサトさんやリツコさん、オペレーターの人達、それに初号機のおかげで何とかなりました」

 

シンジが立ち上がった理由等を聞いて「らしいな」と思ってしまった。

親としては心配が勝る。

なので、これ以上は無茶はしないで欲しい。

だが、シンジはきっと立ち上がるだろう。

 

向こうでのサポートは不可能だが、なるべくメンタル面でのサポートは行うつもりだ。

そして、もしも謎があると言うなら一緒に解明していきたい。

 

「それにしても、他の『平行世界』を見てしまった……ねえ」

 

シンジからまず最初に伝えられた内容に議題が向けられる。

これまでとは様相の全く異なる展開。

 

「恐らくは度々シンジの口から伝えられた『未来の平行世界』の出来事かもしれないわ」

 

「更に枝分かれした『平行世界』が幾つも存在する事だけは分かったわね」

 

時折、15歳以降の『平行世界』へ赴く事がある。

この状況を知っているなら『未来の平行世界』において伝えられる。

しかしながら、シンジはこれまで今よりも『未来の平行世界』においてエヴァンゲリオンなどの単語を伝えられた事は一度としてない。

 

今この時よりも更に分岐した『平行世界』である事が分かる。

ここに関しては以前にも話したように枝分かれした世界が存在しているのは承知しているので、受け入れは早かった。

しかしながら唯一共通していた「『平行世界』の碇シンジの存在を認知している事」が今回の『平行世界』では起きていなかった。

この点も含めて、更に不明瞭な点が生じた。

 

「現状、その時に連続して起きた『平行世界』への移動に関しては仮説を立てるにも情報が足りないわね。後回しにしましょう」

 

「それが良さそうね」

 

ユイとリツコは揃って同様の結論に至る。

考察なら幾らでも出来るが、目の前のシンジがいつまで留まれるか分からない。

話は保留にしておき、次の機会に繋げよう。

 

「あとは、向こうの世界の所長の理不尽な行動は置いておいて」

 

リツコがサラッと流す。

しかし、大怪我をした綾波に出撃を強要するのはいくら何でも見過ごせなかった。

しかし、彼女はそこにあえて目を瞑る。

 

「そんな事よりシンジ君。向こうには『私達』も居たのね?」

 

「はい。ミサトさんと、リツコさん、それから綾波ですね」

 

オペレーターの3人組も同じなのだが、彼等は学園の教師をしており関わりが少ない。

教員の立場ならミサトも同様なのだが、彼女はガッツリと関わっている。

 

「後は碇所長よね?」

 

「はい」

 

オペレーター組は出撃の為の準備に追われており、ケージの様子は知らない。

 

「その時、皆はレイの事を何て呼んでた?」

 

「こっちと同じで下の名前ですね」

 

記憶を掘り、シンジは『平行世界』と何ら変わらない事を伝える。

ふむ――リツコが告げると、次の質問に移った。

 

「その時、レイは怪我をしていた。それにシンジ君は駆け寄った。そうよね?」

 

「はい」

 

あの時の父親の非道っぷりは見過ごせない。

しかし、そんな彼の命令を遂行しようとする『綾波』。

『綾波』は不明だが、少なからず『碇ゲンドウ』の性格が180度違う。

そして、彼女と彼の関係性もこちらとは大きく異なる。

こちらでは綾波は親戚らしいが、向こうでも同様なのだろうか?

 

―――とと、今は話に集中しないと。

 

頭の中でごちゃごちゃと考えていても始まらない。

それにシンジからの話を聞いていたリツコは難しい顔を作っていた。

 

「もしかしてだけど、その時はレイの名前を呼んでなかった?」

 

「あー、呼びましたね」

 

「いつも通り?」

 

「まあ、いつも通りですね」

 

普段から名字で呼んでいる。

それは『碇シンジ』も同様で、シンジもそれにならっている。

 

「それは、まずいかもしれないわ」

 

シンジの回答を聞いたリツコが「考える人」のポーズで告げた。

彼女は真剣な表情で言うのでシンジは息を呑む。

経験上、彼女がじっくりと考えた末の結論は十中八九当たる。

しかも、内容が明らかに悪い意味での言い方であった。

正直、聞きたくない…………だが、そうは問屋が卸さない。

 

「シンジ君はレイを普段通りに呼んだ。つまりは「綾波」と」

 

「そう、ですね」

 

「レイの名字はその前に誰かから聞いた?」

 

「……………………聞いてないですね」

 

リツコに訊ねられた内容でようやくシンジは自分の失言に気が付いた。

ミサトが唯一「レイ」と呼んでいただけで、誰も「綾波レイ」とフルネームで呼ばなかった。

 

彼女の大怪我の具合を見て、頭が真っ白になって飛び出していた。

 

「まあ、仕方無いわ。一方的とはまた違うけれど、『平行世界』であれだけ仲の良いレイが怪我をしていたなら気が動転するのも当然よ」

 

「ありがとう。母さん」

 

自分の母親にそう言って貰えると心が軽くなる。

 

「自分の息子の事だからって甘くない?」

 

「でも、女性を大事にしない男よりはマシでしょ?」

 

「それもそうね」

 

「でしょ?」

 

これが手塩に掛けて育てた自慢の息子よ――――良い笑顔でそう言っているように見える。

リツコとシンジは顔を見合せ、そんなユイを見て笑い合う。

 

「さて、話を戻すけれど。恐らくは向こうの私が気付いていれば問い質してくると思うわ」

 

そう言ったのはリツコだ。

その可能性は大いに高い。

『赤木リツコ』も聡明な印象を抱いた。

自己紹介でも計画の責任者を告げていたし、最低でもシンジが知るリツコと同等の頭脳はあるだろう。

 

「言い逃れ出来ると思います?」

 

「無理ね」

 

シンジは「なんとかならないか?」と問うも無情にも切り捨てられる。

世界が違えども、他でもない御本人から断言されると逃げ場が無い事を改めて思い知らされる。

 

「一番良いのは向こうの私をこっち側に付かせてしまう事ね」

 

確かに『赤木リツコ』の協力が大きいのは間違いない。

しかし、大きな問題としてどのようにして『赤木リツコ』を仲間に引き入れるか?

どうしたものかと頭を悩ませていると――――

 

 

 

 

 

「話は聞かせて貰った!!」

 

 

 

 

 

バンッ!! 勢いよく部屋のドアが開かれる。

 

「あなた、勢いよく扉を開けないで。壊れたらどうするの?」

 

「す、すまん」

 

扉を開いた張本人――――碇ゲンドウは妻の鶴の一声にシュンとなる。

一瞬で小さくなった父親の様相に苦笑してしまう。

 

「それで? 碇所長の考えは?」

 

リツコが助け船を出す。

ゲンドウは威厳を取り戻すように「コホン」と咳払いをする。

残念ながらこちらのゲンドウの威厳は小さくなっている。

 

「ありきたりな手段だが…………向こうの『赤木博士』の弱味を握るしかない!!」

 

「それが最善手かもしれませんね」

 

ゲンドウの発言に、まさかのリツコも乗っかる。

ユイも同じ意見ではあったようだが、内容が内容なだけに複雑な表情ではある。

 

「弱味を握るって……」

 

「あら? 交渉を行う上でこちらが相手より上手である事を示すのは効果的よ?」

 

『平行世界』ではあるが、自分の事なのに楽しそうに語る。

 

「ふふ。まさか『平行世界』とは言えど、自分自身と相対するとは思わなかったもの」

 

研究者としての血だろうか。

生きる世界の異なる己自身との対戦に好奇心が起きているご様子で。

 

末恐ろしいものを感じながらも、リツコの頼もしさも同時に抱いた。

 

「そうなると、弱味だけれど…………」

 

「え? あるんですか?」

 

「………………無いと言ったら嘘になるわね」

 

シンジ達から目を逸らしながらリツコはまさかの告白をする。

正直、シンジからすればリツコに弱味らしい弱味があるとは思えない。

 

しかし、どうやら『平行世界』にて『碇シンジ』を含め、敵対勢力との繋がりがあったらしいが今では『碇シンジ』達の味方に付いてくれている。

かいつまんで話は聞かされてはいるが、シンジからしてもこの話は弱味になるとは到底考えにくい。

何より、目の前の赤木リツコと『赤木リツコ』とでは生きている世界が違うのだ。

 

『平行世界』とでは、やはり多少なりと差異が出る。

顕著な例は、やはりゲンドウの性格か。

あまりにも違いすぎる。

 

こう考えてしまうのは、シンジがリツコを疑う事が出来ないからだ。

色々と相談に乗って貰ったり、勉強についても分からない所を分かりやすく教えてくれる。

 

話が脱線していた。

リツコの弱味は本人が言うのだから間違いあるまい。

ただ、言いづらそうにしているのは何故なのか?

 

「さすがに自分の弱味を話すのは抵抗がありますものね」

 

「まあ、私も人間ですので」

 

意図を汲んだユイが告げ、リツコも頬を掻きながら苦笑する。

それはそうか。

他人に伝えたくない情報があるかもしれない。

 

「ただ、シンジ君が向こうで不利益を被るのも私としても困るわ」

 

リツコの台詞の裏で「『平行世界』なんて面白そうな研究対象があるんだから手放さない!!」の文面が含まれている気がしてならない。

それでも彼女等は倫理観がある。

某悪の組織のような改造手術のような事は行うまい――――多分。

 

その不安は『元の世界』の方がある。

エヴァンゲリオンなるオーバーテクノロジーを見せ付けられると、様々なものをモチーフとした仮面の戦士を造り出せると言われても頷けてしまう。

 

「じゃあ、私と父さんは少し席を外すわ。終わったら連絡して」

 

「分かったわ」

 

ユイは自分の夫の襟首を掴む。

 

「待ってくれ。自分で歩け――――」

 

「では、また後で」

 

呻き声を上げながらゲンドウはユイに引っ張られていく。

哀れな父親の姿にシンジはこんな時はどんな顔をすれば良いのか分からなくなった。

 

「さて、シンジ君。これからボカして話すけれども……内容は他言無用でお願いね」

 

「勿論です」

 

リツコに言われるまでもない。

暴露されたくない話はシンジにだってある。

ましてや今回はシンジの為にリツコ自らが教えてくれるのだ。

有り難く思わない訳がない。

 

「じゃあ、『私』自身の対策を始めましょう」

 

「は、はい」

 

シンジの返事が言い淀んだのはリツコがあまりにも楽しそうに笑っていたからだ。

赤木リツコによる『赤木リツコ』対策講座が幕をスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サキエルを殲滅後もNERV職員の仕事は終わらない。

初号機の回収を行い、中で眠っていたシンジを念のために病院へと送り届ける。

今頃はNERV直属の病院のベッドで寝かされている事だろう。

今度は事務処理の仕事が残っていた。

 

「はぁ~。つっかれたぁ~」

 

「はい。お疲れ様」

 

事務室にて、ミサトとリツコが両隣の席に座っていた。

机の上に書類が山積みにされていた。

それを今しがた片付けた所だ。

 

大きく伸びをし、やっとの思いで片付けを終えたミサトは達成感に浸っていた。

既に時刻は深夜に突入し、日付も変わろうかと言う矢先である。

 

隣のリツコはミサトよりも一足先に書類仕事を終わらせていた。

今は涼しい顔をして、コーヒーを口に含んでいた。

 

「優雅にコーヒータイムしちゃって」

 

「書類仕事が多かったのは、あなたが“変に提案を受けたからよ”」

 

ミサトが怨めしく言うが、リツコの方は「それはお門違いだ」と返答した。

 

「シンジ君を自分の部屋に住まわせるだなんて言い出すから、その為の手続きの書類を用意するのは苦労したわ」

 

「うっ!? で、でも提案をしたのはリツコよ?」

 

「まさか、本気にするとは思わなかったもの」

 

詳細を話すと、使徒の襲撃はこれからも起こる。

なのでエヴァンゲリオンのパイロットたるシンジの力が必要になるのは当然と言えた。

そうなると、当面の生活を行う為にも住む為の部屋を宛がう必要性があった。

NERVの息が掛かっているので、警備も万全であるマンションの一人部屋を用意するつもりだった。

本来なら父親たる碇ゲンドウと住むべきなのだろうが……残念ながらその父親が一人部屋を手配するよう命じていたのだ。

 

その話を回収作業の最中にリツコから聞かされたミサトが待ったを掛けた。

彼女の意見としてはまだ中学生のシンジを1人で住まわせるには如何なものかと言う発言があった。

それに対してリツコは「じゃあ、一緒に住めば良いんじゃない?」と軽い気持ちで提案をした。

そうしたらミサトは素晴らしい笑顔で「それよ!!」と元気よく言い出したのだ。

 

善は急げと、ミサトの行動は早かった。

リツコを通じて司令たる碇ゲンドウからの許可を得た。

そこからトントン拍子に話が進み、あれよあれよと手続きはあっさりと終わりを告げた。

結果、ミサトがこなすべき仕事量は手続きの分だけ増えたのだ。

 

「けど、中学生を相手にしようとするだなんて…………」

 

「そんなんじゃないわよ」

 

「それじゃあ、母性でも働いたのかしら?」

 

「まだそっちの方が近いかもね」

 

リツコが茶化すような発言をするも、即座に否定した。

次に出てきた「母性」とやらには多少は引っ掛かる要素があったのか、それには頷きはした。

 

「へえ。あなたも母親に憧れる気持ちはあるのね?」

 

「そこのところは…………正直言って分からないわ」

 

いえ、違うわね――――と、ミサトは自らの発言でさえも即座に切った。

 

「あたしは、いつの間にかシンジ君に何度も助けられていたの」

 

「それは、この場に居る全員がそうよ。彼がいなければサキエルによって全滅していたわ」

 

「うん。それもあるけど、違うの」

 

リツコの弁は間違ってはいない。

けれど、ミサトからすれば根本的な部分で異なっているのだ。

それを察知し、話に向き合おうとコーヒーを机へ置き直した。

 

「ここへ辿り着く前にシンジ君と話したんだけど、報告書と内容が違ってたわ」

 

「確かに、そのようね」

 

内向的な部分があるとの報告があった。

にもかかわらず、お茶目な部分を見せたり、覚悟を決めてエヴァンゲリオンに乗り込んだりと、男らしい一面も目の当たりにした。

 

「一番はね。お父さんと真正面から向き合おうとしてた事に驚いたの」

 

ミサトとて碇ゲンドウの事は見た目からしても怖い。

実の父と離れて暮らし、あまつさえ殆んど疎遠も同然の関係性であった。

いきなり、実の父からの素っ気ない文面の手紙を送り付けられた。

 

「苦手かどうかを訊ねたら『分からない』って言われちゃった」

 

「それはまた正直が過ぎるわね」

 

「でしょ? あたしも驚いちゃったわ。挙げ句には『歩み寄りたい』って言い出したんだもの」

 

「難しい話ね」

 

リツコの発言は、正直に言うなら「正しい」と言えてしまう。

あの碇ゲンドウに歩み寄りたいと言い出す物好きが居るものかと思ってしまった。

同時に碇シンジは、突き放した筈の碇ゲンドウの事を父親と見ていたのだ。

 

ゲンドウの方からは歩み寄ろうとする努力が少なくともミサトには見受けられない。

シンジとの親子の対話を見た後なら余計に「そうなのだ」と断言出来てしまう。

 

「けれど、それでもシンジ君はその道を突き進むつもりよ」

 

他でもない、碇シンジの父親はこの世にただ1人――――碇ゲンドウなのだから。

 

「あなたも父親とは色々とあったものね」

 

「少なからず、あたし自身と重ねてしまってる自覚はある」

 

シンジの「歩み寄りたい」発言の後に背中を軽く押したのも、ミサト自身の父―葛城ヒデアキ――への想いがある。

ミサトの父も研究肌で家庭を顧みず、恨んでいた。

しかし、ミサトはある時にその父親から身を呈して命を救われたのだ。

その時以来、愛憎が入り混じり、複雑な心境に陥るのは当然の事か。

 

葛城ミサト自身にもどうすれば良いのか分からなくなった。

この想いをぶつけたい相手は既に他界してしまっているから。

 

「気が付いてるだけでも大したものよ。目を逸らさずにいるのも、ね」

 

この聡明な博士とは付き合いが長く、ミサトの心の内も分かっていよう。

本当にどのような折り合いを着けるのかはミサト本人が決める事だ。

区切りを着けるのでも良い、キッパリ無視するでも良い、ずっと背負い続けるも良し。

ミサトがどんな選択をしようと後悔しないものを選んで欲しい。

きっと何も言わないのが旧友(リツコ)なりのせめてもの思いやりだ。

 

ひょっとすると、気付かない内に既に心の中では決めているのかもしれないと思っていたりする。

 

ただ、現状に関して分かっている事はある。

 

「あたしの父はもう居ない。だけど、シンジ君にはまだ居る。

 あたしは父ともっと話せば良かったとか、触れあえば良かったとか、後悔してるわ。シンジ君にはそうなって欲しくない…………そう思ってるのは確かよ」

 

「今は、それで良いわ」

 

ミサトの気持ちを吐露できる相手は限られてくる。

リツコは旧友で、ミサトのこういった脆さは見慣れている。

他にはもう1人居るのだが、その人物はこの場には居ないので割愛。

何にせよ、ミサトも少しずつ変わろうとしている。

 

「あたしみたいに確執を持ったまま、和解も出来ないのは辛かったから。

 あの時……セカンドインパクトで“目の前で父を失った時に知った時には遅かったから”」

 

彼女がこの場に、NERVへ来た理由でもあるのだから。

未曾有の大災厄・セカンドインパクト――――その爆心地である南極に葛城ミサトは父親を含めた数人の調査隊と共に訪れていた。

その時、ミサトは父親に脱出カプセルに押し込まれて奇跡的に1人生き残った。

脱出カプセルに押し込まれる間際、彼女は父親が消えていく様を目撃してしまった。

ミサトの父親に対する愛憎の起因はこの頃から。

 

その頃は現在のシンジと同年齢の14。

そんな年頃の娘が目の前で父親を失ったショックは計り知れない。

結果、失声症を患ってしまった。

回復後に第2東京大学にてリツコと友人となり、期間が短かったが恋人と呼べる人物と出会う事に。

 

今はこうしてお喋りに興じ、明るく振る舞う。

しかし、根の部分はまだ抜けていないなと、父親との関係性が似ているシンジとの邂逅にて考えさせられる事に。

 

「使徒の殲滅をしていって、父への想いが愛か憎しみかまで分かるとは思っていない」

 

後に聞かされた話だが、調査隊は南極で発見された使徒――――名称を『第1の使徒 アダム』の調査を行っていた。

その調査中に謎の大爆発が起きた。

これがセカンドインパクト。

恐らく、これらは使徒が呼び起こしたものではないかと推測されている。

 

これが真実なら、セカンドインパクトを引き起こし、父の命を奪ったのは使徒である。

葛城ミサトが使徒へ憎悪を抱くのは至極当然の結論と言えよう。

 

全使徒の殲滅――――彼女の心に刻んだ決意は、故にNERVの誰よりも大きい。

いや、もはや「決意」と言うよりは「呪い」に近いのかもしれない。

ミサトにとって「全使徒の殲滅」とは人生の使命……否、最早目的となっている。

気付けばミサトはあれだけ憎んでいた父親の弔い合戦を行おうとしていた。

 

「それで、さ。悩んでたんだけど…………いつの間にかシンジ君に助けられていたのよ」

 

ここで話の始まりに戻ってくる。

葛城ミサトは碇シンジに救われたと。

 

「まあ、どっちかと言うとあたしがどうしたら良いのかって方向性が見えてきたのが正しいかも」

 

いきなり整理を付けられる内容ではない。

それでも、碇シンジが道を示してくれた。

 

「ちなみに、どんな方法か聞いても? 」

 

「シンプルよ。向き合う事よ!!」

 

拳を強く握り、天高く突き上げてミサトは発言した。

思わず「はい?」と聞き返した。

 

「父とはもう話が出来ないから難しいかもだけど出来る事ならあるわ」

 

「出来る事?」

 

「そう。これまたシンプルだけどお墓参りとかね」

 

遺体は無いので形ばかりの墓参りになるのは分かっている。

だけど、それでも構わないから「向き合う」事は大切だ。

それを父親(ゲンドウ)と向き合おうとする息子(シンジ)の関係性に教えられた。

 

「まずは、父と向き合えるようになろうと思うの」

 

「そう。なら、辛くなったら来なさい。話位ならいつでも聞いてあげる」

 

「うん。ありがとう」

 

ミサトは前へ進もうとしている。

なら、リツコもそれを邪魔するような真似をしない。

彼女の心の底にある「父への想い」が果たしてどう転ぶのかまでは分からない。

だけど、これまであった「危うさ」は見えなくなっている。

 

(これもシンジ君のおかげ、なのかしら?)

 

リツコは親友の変化にそう思うより他にない。

大きくは無いが、些細でもない。

本当に小さな変化なのだ。

けれど、これまでミサトの奥底に(くすぶ)っていた(しこり)は僅かなりと除去出来たようである。

 

「気分が良いから帰ったら一杯やるしかないわね」

 

「晴れやかな顔をしてるけれど、これからはビールは程々にしておかないとね。シンジ君と暮らすのだから」

 

「うっ!? ま、まあ、一人暮らし最後の晩餐って事でね」

 

ミサトのビール好きは分かってはいる。

だが、仮にもこれから保護者代わりになろうと言うのだから節度は持って欲しい。

酒は飲んでも飲まれるなとは言うが…………果たしてミサトにどれ程の効果があるのやら。

 

「明日もあるんだから程々にってのは本音よ」

 

「ありがとうリツコ。それじゃあ、お先にね~」

 

ミサトの車は大事を取って修理に出してある。

なのでNERVからレンタカーを借りての退勤だ。

彼女の荒っぽい運転で、明日出勤する時にレンタカーが見るも無惨な事になっていない事を密かに祈る。

 

「さて、と」

 

1人残ったリツコにはやる事が残っていた。

仕事は先程にも言っていたように終わらせている。

 

やる事と言うのは、先程にミサトの口から出てきた少年――――碇シンジについて。

 

今のミサトのように考えられたら良かったのだが、リツコには懸念事項の山積みだ。

さっきミサトも言っていたように報告書とは異なる印象を受けた。

 

これも気になる要素ではあるが、何よりも気になるのは――――

 

「レイの名字を知っていた事、よね」

 

これは奇しくも『平行世界』の『赤木リツコ』の睨んだ通りの展開となった。

やはりと言うべきか、こちらの世界の赤木リツコにも気付かれていた。

 

「碇司令が教えた線は考えにくいし、ミサトが教えたとも思えない」

 

碇ゲンドウとは疎遠関係であるし、殆んど会話もしておるまい。

それは再会時の会話から察せられる。

 

ミサトもおいそれと軍事機密を喋るとは思えない。

彼女はあれでも軍人としての地位もある方なのだから。

 

「碇司令が出ているし、聞けないわね」

 

碇ゲンドウはゼーレと呼ばれる組織と会合をする為に出ている。

内容は恐らくは使徒の殲滅の内容とエヴァンゲリオン初号機、そのパイロットについてだろう。

いくら勝利出来たとは言えども被害は皆無ではない。

初号機も頑丈ではあるが、サキエルの攻撃で破損した箇所がある。

 

使徒の殲滅という一点を考慮するなら評価されるだろうが、NERVという組織を表立っては認めても内心では快く思っていないだろう。

エヴァンゲリオン等と呼ぶ兵器を有するNERVのみが使徒と戦える事実を面白く思わないだろうから。

戦自の所有するN2兵器が役目を殆んど成さなかったので、八つ当たりも同然のお小言を浴びせられるのは目に見える。

 

会合も終えれば、そのまま帰宅するだろう。

ゲンドウは現代人の必須アイテムのスマホを持っていない。

その側近の立場にある初老の男性――――副司令の冬月(ふゆつき)コウゾウは所持していると言うのに。

 

「いけない。考えてるのに脱線してしまったわ」

 

関係の無い事まで考え出す程に疲れているようだ。

技術責任者を始め、様々な案件が降りてくるが故に多忙を極める。

 

「どのみち、シンジ君にはレイの他にも“問い質さなきゃならない事も増えてるし”」

 

手元に起動しっ放しのパソコンを操作する。

エントリープラグ内の映像を映した動画が流れる。

パイロット達のメンタルケアをする為にもこういった映像をリツコは観れるだけの権限を有している。

 

既に動画は編集されており、既にリツコにとっても無視できない部分だけを切り取った動画となっている。

 

『ちょっと待って下さい。今、パイロットスーツみたいなものがあるとか言いませんでした? それにアスカって…………』

 

『サクラちゃんっ!?』

 

『こんな、もの、アスカの扱きに比べれば、何てことあるか!!』

 

そこで動画の再生は自動的に停止する。

彼はここへ来たばかりだ。

なのに見ず知らずの少女の名前を言い当てた。

 

更には「アスカ」の名前まで出てきた。

2人に面識がないのは資料を見れば一目瞭然。

両者に渡航歴が無いのだから当然なのだ。

 

もしかすると、シンジの交流関係に同様の名前があるのかと疑いを掛けたのだが「アスカ」の名前の人物とは交流が無い事が窺える。

しかしながら、プラグスーツの話の流れの際に「アスカ」の名前に反応を示した。

これが偶然だとは思えない。

 

「シンジ君に問い質しましょうか」

 

本当ならゲンドウへ問い質すのが一番かもしれない。

けれど、彼とのアポを取るよりもこちらの多忙さが故に簡単には会えない。

 

メンタルケアの意味も込めてシンジと話すのが一番だと考えた。

 

「さて、と。休みますか」

 

リツコはパソコンの電源を落とす。

まるでテレビの向こうで行われた非日常の出来事で頭が疲れている。

これではまともな思考など出来ない。

 

ワーカホリックな彼女とて休息は必須だ。

部屋の電源も落とし、今後の為にリツコは休息へ入るのだった。




如何でしたでしょうか?

ミサトさんの父親に対する想いにも変化が起きました。
年下のシンジが頑張ろうとする事に感化されています。

この物語のシンジは『平行世界』の存在のおかげで既に救われています。
だから、この物語は「碇シンジ“を”救う」のではなくて「碇シンジ“が”救う」ものとなっています。
ミサトの心境の変化がこの第一歩。

まず「救う」のだとしたら、シンジを最初に出迎えたミサトさんと決めていました。
しかし、それでもミサトは「助けられている」と言うだけで「救われた」とはなっていません。
それだけデリケートで、難しい問題ですから仕方無いですな。

道は険しいぞ。頑張れシンジ。
それと内容を思い出せ作者。

ゲンドウとゼーレの会話は面倒なのでリツコさんの話の中だけにしてカット(笑)

そして、やはりリツコさんは色々と気付いておいででした。
やはり聡明な博士です。

『平行世界』のリツコさんも自分の事とは言え、見抜くのはさすがの一言。
次回はリツコに助言を貰ったシンジVS彼の素性を暴こうとするリツコVSダークラ――ゲフンゲフン。

では、また次回に。

ところでミサトさんのお母さんってあまり聞かないですけれど、どうなってるか知っている人が居たら教えて欲しいです。


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