続きです。
現在、シンジの生活の中で「今最も日常的な時間は何時か?」問われれば真っ先に「学校」と答える。
もしくは『平行世界』こそが日常に近い部分はあるのだが…………それはまた別なので考えないものとする。
ともかく、シンジの他の生活はエヴァンゲリオンと隣り合わせの状態だ。
NERVでは訓練を行っている。
ミサト宅でも日常を感じる部分はあるが、それでも家主のミサトが仕事を自宅まで運んでくる事もある。
故にエヴァンゲリオンと隔絶された空間は最早学校だけとなっている。
何故このような話を考えているのか?
それは日付が変わるまで続いた昨夜の歓迎会&祝勝会が原因に他ならない。
今朝方、NERV職員の面々は一時帰宅した。
帰宅した…………のだが、やはり深夜近くまでアルコールを摂取していたのが理由だろう。
軽い頭痛に見舞われていた。
二日酔いとまではいかなかったのは幸いだ。
普段はアルコール類は控えているらしく、非常時に備えているそうだ。
使徒等と言う未知の存在が次にいつ現れるのかは分からない。
以前は15年程も前だと言うではないか。
下手をすれば同じ時間は経過してしまう。
警戒を続けなければならないのは精神的な疲労が溜まってしまう…………が、こればかりはどうしようもできない。
そうなると何気無い日常が実に心の平穏を保つ安定剤になってくる。
戦闘ものの作品で日常を大事にする気持ちが分かってくる。
―――僕もこの日常を大事にしていかないと。
今は授業中。
シンジは教鞭を振るう教師の言葉に耳を傾ける。
科目は理科――――分類的には生物学となる。
内容を言ってしまうなら『平行世界』のものと何ら変わらない。
多少の差異も見当たらないのは救いだ。
今は生物の「目」や「視界」といった内容を取り上げている。
―――それにしても……。
チラリと視線をトウジへと向ける。
最近――と言うか、昨日の今日の話だ――トウジは授業を熱心に聞くようになった。
特に今のような生物や数学といった授業を。
話によると妹が入院をしたのをきっかけに興味を抱いたそうだ。
シンジが助けたその後に彼の妹のサクラは大事を取っての検査入院という運びとなった。
その時、入院という言葉を聞いて血の気が引いて病室へ駆け込んだとか。
妹想いの彼の事だから血相変える事態となるのは致し方無い。
ともあれ、その時の医者の対応が凄く良かったそうだ。
それがトウジが医療に興味を持ち始めるきっかけとなった。
先程にトウジから「医者を目指してみる」と明確な目標を教えられた。
その為に数学と生物学には力を入れるようになった。
この事はシンジの他には彼の父親とケンスケのみしか知らないようだ。
トウジの変貌の理由を知らないクラスメイトからすれば青天の霹靂だ。
あの委員長でさえ、トウジの変わりように唖然としている。
―――けど、何処かトウジと、それにケンスケともだけど距離を感じるんだよね。
直感的にではあるが、シンジはそう感じていた。
理由は想像が出来る。
恐らく、シンジがNERVの一員である事を隠しているのが要因だろう。
それでもサクラを助けたとトウジも当たりを付けているからシンジを無下にはせず、医者を目指す事も伝えたのだろう。
―――でも、少し寂しいかな。
『平行世界』では彼等とも友好関係を築けている。
それを思うと、この現状にはモヤモヤが残る。
そのモヤモヤを抱いたまま、この次の休み時間に事態は変化するのであった。
「急に避難させられるとはな」
「外で何かが起きてるのは間違いないな」
あの後の休み時間、唐突に避難をさせられた。
場所は近くの避難所だ。
トウジは天井を眺めて壁に寄り掛かる。
その隣でケンスケは愛用のビデオカメラのワンセグテレビから情報を得ようとした…………のだが、
「やっぱ、駄目か……」
画面には「非常事態宣言発令中」という文字が浮かぶのみ。
外部の情報を一切漏らすつもりはないという鋼の意思を感じる。
「報道管制ってやつだよ。僕ら民間人にはビッグイベントを見せないんだ」
「ビッグイベントとか言えるのはケンスケ位なもんや」
外では――恐らくと前置きをするが――シンジが何らかの形で関わっているのは間違いない。
彼なりに誤魔化してはいたが、トウジは直感的に彼は関係者だと当たりを付けている。
それはケンスケが調べあげた事からも信頼している。
「碇もだけど綾波も居ないって事はバレバレなんだけどね」
「せやな」
本人にはぐらかされているが、避難所に来ていない時点で2人がNERVに関係する者だとこれ見よがしにアピールしているのも同義だ。
ただ、本人達から確約は貰っていないので予想の範疇という意味合いでは外れてはいないのも事実。
「なあ、トウジ。話があるんだけど……」
「何と無く分かるで。確かにワシも気になるからの」
ケンスケが内容を言うよりも先に全てを理解したトウジは頷いた。
「委員長、ワシら2人便所行ってくるで」
「もう!! ちゃんと済ませておきなさいよ」
ヒカリは「しょうがないわね」といった表情をしていた。
それを背中に男2人はトイレへと向かう。
避難を余儀無くされた理由はNERVに関わるシンジには分かっていた。
使徒が襲来してきたのだ。
綾波と共にNERVに到着後、シンジは初号機に搭乗する。
綾波は待機だ。
そして、シンジは前回と同様にエントリープラグにて待機している。
唯一、前回と異なるのはパイロットスーツに身を包んでいる事だ。
頭部にインターフェイスのヘッドセットは前回の出撃の際にも装着していた。
今回は『平行世界』の一部で見た事のある上を白、下を青で彩ったピッチリとしたスーツを着ている。
中央部には心肺蘇生のための電気ショック発生装置である丸いパーツがあり、左手甲部には各モード情報を表示するハンドモニターがある。
最初に着た時はブカブカだったが、そこはNERVの科学力が高かった。
スイッチ1つで身体にジャストフィットした。
こればかりは『平行世界』でもシンジの体験した中には無い代物だ。
「技術も進むべき方向によっては、進歩の速度が違うって事かな」
『シンジ君、調子はどう?』
『平行世界』と『こちらの世界』の技術力には実は大した違いは無いのでは――――等と考えていたらミサトからの通信があった。
「問題はありません」
『そう。なら良かったわ。今回も全力でサポートするから』
「お願いします」
酒をたらふく呑んだ翌日だとは思えない程にミサトはハキハキとした口調であった。
『シンジ君の料理は美味しかったからね』
『また何かを作って貰おうかな』
『この前食べたカップケーキなんかも美味しかったわね』
オペレーターの面々も昨夜の出来事があったとは思えない。
と言うか、昨夜に打ち解けすぎてシンジの料理の話にまで発展していた。
「そしたら、またカップケーキを用意しますよ」
『それ、本来ならこっちが言うべきものなのだけれどね』
一番の功労者となる筈のシンジが用意する展開となるのは些かおかしくないかとリツコは告げる。
「でも料理をするのは趣味みたいなものですから」
『でも酒のつまみを教えるのは程々にね。シンジ君が来る少し前まで二日酔いの症状が出ていた上司が居たのだから』
『ちょっと、リツコ。その話は止めない?』
『あら、ちょっとだけ大声出したら頭が痛くなり出したのは何処の誰だったかしら?』
通信の向こうで親友同士の掛け合いが始まってしまった。
やはり、少なからず影響は残っていたようだ。
「ところで、今回の使徒ってどんな奴なんですか?」
シンジは疑問を抱いていた点をぶつける。
サキエルの時は不可抗力の形で事前に見ていたので先に情報を得ていた。
今回は召集された際には既に使徒は姿を現しており、存在が機密な以上は外でおいそれと見る事は叶わない。
「今回の使徒――――第4の使徒 シャムシエルと呼称するわ。シャムシエルは海から来たの」
「海から?」
「ええ、そしてこれがシャムシエルの映像よ」
そう言って画面に映し出されるシャムシエルの容姿。
やはりサキエル同様に巨大である。
筒状の身体に、鞭状の腕部を持っている。
イカに近い形をしており、海から出現した。
足と呼べる部分は存在しない。
故に移動手段は主に飛行を用いている。
直立状態でも微弱ながら前進する事はできるようだ。
腹部の複数の節足を盛んに動かしている。
胴体と頭部の境目の辺りにコアを確認できる。
「どんな手段で攻撃を?」
『映像を観ていれば分かるわ』
足止めの目的だろうか、シャムシエルの周囲を戦闘機が飛び交う。
シャムシエルの鞭状の腕がピンク色に光ると同時に振るわれる。
しなやかに動く鞭に戦闘機は叩き落とされる。
近くにあったビルも真っ二つに切断される。
「この鞭がシャムシエルの攻撃ですか?」
『ええ、サキエルのようにレーザーといったものは使用されていないわ』
だが、シャムシエルは自らの一部である鞭状の腕を様々な方向に操作している。
サキエルのレーザーとは異なり、シャムシエルが自身の一部である鞭状の腕を自由自在にコントロール出来るなら厄介だ。
『これ以外の特徴は今のところは判明していないの』
「いえ、攻撃方法が判明しているだけでも価千金の情報です」
シャムシエルの腕をしならせる鞭の攻撃は外から見ても厄介なのは伺える。
どちらかと言えば中距離に近い攻撃手段を用いる。
ただ、それで近接戦闘が苦手だとは断定は出来ない。
『じゃあ、手筈通りにガトリング砲での遠距離攻撃。それで殲滅出来れば良し、出来なければ前回と同様に接近できるようにサポートするわ』
「了解です。ただ、ガトリング砲程度で通用すると思いますか?」
N2兵器とやらが通用しなかったのをシンジは目の当たりにしている。
それを考えると、ガトリング砲程度がどれだけ通用するのかが気になるところ。
『エヴァンゲリオン専用で作ってあるから下手な武器よりは信用できるわ。でも、使徒相手だとどうなるのかまでは未知数なのは確かよ』
「ですよね」
リツコの冷静すぎる分析にシンジは同調する。
まだ使徒との本格的な戦闘は2度目だ。
何が有効で、何が通用しないのか――――その判断をするにも情報は足りない。
火力が高い武器が強力なのは言わずもがな。
ただし、いくら火力が高くとも当たらなければ意味がない。
そうなると、トリッキーな使い方の出来る武器ならば話は変わらないだろうか?
例えば、ホーミング機能を有する武器等。
今回、所持しているガトリング砲はエヴァンゲリオン専用の武器であると同時に連射性や威力を重視したシンプルイズベストと言わんばかりの性能だ。
その他、左肩に収納されている近接戦闘用のナイフ――――プログレッシブ・ナイフもある。
サキエル戦の時には用意できていなかった武器を2つ引っ提げて、シンジは戦いへと挑む。
『シンジ君…………準備は出来てるけど、無理はしないで。こちらの武器の過信も禁物。まだ使徒への有効打となるかは不明だから』
「はい、気を付けます」
ミサトからもエヴァンゲリオンの装備は不確定な部分があると指摘される。
それでもシンジは戦うしかない。
その為の心の準備は――――
「こっちはいつでも準備万端です」
『じゃあ、行くわ。発進!!』
最初の時と同様、初号機を乗せたリフトが上昇する。
そして、街中へと初号機は繰り出した。
今回も距離を置き、左右と後ろをビル群に囲われた場所での登場だ。
ビル群を遮蔽物にし、シャムシエルから見えないようにする為の措置である。
故にこちらもシャムシエルの姿は出て一番には確認出来なかった。
『シンジ君、シャムシエルはそのビル群を出て右の方向へ進んだ所に居るわ』
『背中をビルに預けて注意深く進むんだ』
『戦闘機は下がらせてあるから思う存分に戦ってくれ』
「了解です」
マヤから位置を教えられ、日向から細かく指示され、青葉からは他に何も心配は要らないと促される。
ガトリング砲をいつでも放てるように準備、背中をビルに預けて顔だけ覗かせる。
左右を確認するもシャムシエルの姿は見当たらない。
ビルに背中を預けたまま、右へとエヴァを動かす。
囲いから出て、ゆっくりと右へと進むと――――見付けた。
シャムシエルの速度は遅い。
しかし、確かな足取りで初号機の方へと知らずに接近してきている。
「シャムシエルを確認しました」
『こちらが合図を出したらガトリング砲を発射。だけど、無理だけはしないで。敵の真正面に出る事になるから』
「了解」
シャムシエルの鞭が厄介なのは分かりきっている。
正面切ってやり合おうだなんて考えが愚策であることは、戦闘に疎いシンジでも判断が出来る。
しかし、サキエル戦のようにコアを狙わなければこちらに勝ちの目が無いのもまた事実。
ミサトも無謀だと分かりながらシンジへ指示を送る。
シンジの方もコアを壊さなければならない事を理解しているからこそミサトの無謀に乗っかる。
『相手はビルを容易く切断できるわ。エヴァも無事では済まないかもしれない』
「はい」
ミサトからも敵の攻撃の注意を受ける。
戦闘のプロからしても確実に倒す為には、やはり地の利を活かさない手はない。
だが、その手段を相手は真っ向から否定してくる。
その気になればビルを木にでも見立てて伐採し、辺り一面を平地に出来てしまいそうだ。
シンジにも緊張感が走る。
それでも仲間を信じ、シンジはガトリング砲を強く握る。
『今よ!!』
「了解!!」
ミサトの指示の下、初号機はシャムシエルの後ろへ躍り出る。
ガトリング砲の照準を合わせ、ぶっ放す。
ズガガガガガッ!!
凄まじい連射音が支配する。
だが…………
「爆煙が!!」
『まずい!! 前が見えない!!』
ATフィールドか、はたまたシャムシエルの身体が頑丈が故か。
どのみち、ガトリング砲が通じていないのは明らかだ。
『戦法を切り換えましょう。相手が見えないとなると、こっちが不利になっては意味がないわ』
「了か――――っ!?」
ミサトの指示は確かだと思い、返事をしようとして言葉が詰まる。
こちらの攻撃に反撃してか、シャムシエルの鞭が飛んできたからだ。
「まずいっ!!」
鞭を遮蔽物となるビルを豆腐でも切るかのように切断しながらぶつけようとしてくる。
そんなもの、まともに喰らえる訳がない。
バックステップを踏んで、後ろへ跳ぶ。
紙一重で回避し、お返しにガトリング砲をお見舞いしようとする。
だが、シャムシエルの鞭はそれよりも素早く動いていた。
蛇のようにしなり、ガトリング砲を両断したのだ。
「っ!?」
瞬間、ガトリング砲を手放して初号機は倒れ込む動作をする。
頭上を鞭が通過し、近くにあったビルを容易く真っ二つにする。
避けたと安心している暇はない。
真横へ転がり、即座に立ち上がる。
その直後、鞭が初号機を両断せんと真横から振るわれる。
普通であれば直撃は避けられない。
だが、普通ではない機能を初号機は、エヴァンゲリオンは備えている。
「ATフィールド、展開!!」
手のひらを鞭の方へ突き出す。
鞭からの攻撃を遮る不可視の壁が出現した。
シャムシエルの鞭がATフィールドに阻まれるのを目視した。
直後、初号機を更に下がらせる。
『ナイス判断よ。シンジ君』
距離を取る選択をした事をミサトは褒める。
未だ黒煙立ち込める状況にも関わらず、シャムシエルは初号機の位置を把握して攻撃へ転じてきた。
今回はサキエルとは異なり、何らかの手段を用いて位置を把握する術を持つと仮定した方が良さそうだ。
そうなると、黒煙が晴れるまでは距離を置くのが正解だとミサトも考える。
これには精神的な仕切り直しの意味合いとシャムシエルの鞭のリーチを把握する意味も込められている。
もし、向こうが攻撃に転じるというなら鞭を振るってくるのは確実。
レーザーであれば、発射前に熱源を感知して報せる事が可能だ。
エヴァの跳躍力を侮る無かれ。
シャムシエルとの距離は目算でも100メートルといったところだ。
互いが巨体すぎるが故にこれでも近すぎる錯覚がある。
『黒煙が晴れたら反撃を――――』
「いえ!! 来ます!!」
ミサトが指示を出すよりも先にシンジは叫ぶ。
理由は黒煙の向こうから光が一瞬だけ見えたから。
直後、黒煙を払いながらシャムシエルの残る鞭が接近してくる。
真っ直ぐ初号機に向かってくる。
「けど!! 動きは単調だね!!」
シャムシエルの鞭をかわすのではなく、ATフィールドを用いて受け止める。
ガィィィィィンッ!!
シャムシエルの鞭はATフィールドに衝突するや勢いを殺され、宙を舞った。
「よし!!」
それを確認すると、更に距離を取る。
さっきと今、距離はかなり離れた位置取りをしていた。
なのにシャムシエルの鞭は“今もさっきも同じ位の長さがあった。”
「ミサトさん、シャムシエルの鞭って…………」
『ええ。こちらでも確認していたわ。伸縮自在のようね』
オペレーター達がシンジの動きから察し、確認してくれた。
この分だと、どれだけ離れていてもシャムシエルは自身の鞭を伸ばしてくるだろう。
『これは、接近戦に持ち込むしか勝ち目は無さそうね』
「です、ね」
結論としてはそこに行き着く。
ガトリング砲は通用しなかった。
となると、他にも用意していた重火器の武装は意味を成さない可能性が非常に高い。
それならエヴァの単純な身体能力に頼った戦闘の方が無難となる。
使徒が異なるとは言え、エヴァの白兵戦をサキエルは途中で嫌っていた。
それを思えば、今回のシャムシエルの「鞭」は近付けさせない為の攻撃手段であるとも推察できる。
更にはタイムラグも見受けられない。
となると、サキエルとは異なり明確に接近戦を避けようとしているように見える。
―――いや、今は接近する為の方法を見付けないと。
シャムシエルの鞭を掻い潜る、もしくは鞭を掴むと言った方法になるだろうか。
どちらも厳しいものがあるが、絶対に後者だけは選択肢として持っていたくない。
理由としては単純に多少痛覚を抑えていても残りはそのままシンジに跳ね返ってくるからだ。
あの鞭の切断で簡単に傷付くエヴァだとも思えないが、もしも悶絶するような事があって初号機の動きが緩慢にでもなったら目も当てられない。
どうしようも無くなった際に取るべき選択肢だろう。
今はまだ冒険をするような状況にまでは至っていない。
『視界を遮ったところで、シャムシエルは対応してくるでしょうね』
『となると、接近を行うには根性が必要って事?』
『あまりこんな提案をしたくは無いけれど。もしくは囮を使う、とか』
リツコは冷静に分析してくれて、ミサトは根性論を並べてくる。
ただリツコは「囮」といった原始的ながら合理的な方法を挙げる。
まだエヴァンゲリオンというものに僅にしか触れてきていない。
創作物のキャラクターのように急に覚醒して倒す――――といった事は起こるまい。
この前のように暴走という形なら何とかなるかもしれない。
しかしながらシンジには「暴走」を行うのは反対意見を出したくなる。
これは何と無くでしかない。
けれど、あまり不確定要素に頼りすぎると大きなしっぺ返しが来るのではとも思う。
漫画やアニメなど、この手のバトル物の作品では大きな力には代償を支払うものも数多くある。
もしかすると、エヴァンゲリオンの「暴走」にも同じ事が言えるのではと推測する。
「ともかく、僕はシャムシエルに集中します!!」
相手から目を離してしまう事は出来ない。
シャムシエルは鞭を初号機に向けている最中であった。
真上から叩き付けるように鞭が振り下ろされる。
今度は受け止めず、身体を横へと投げるようにして跳ぶ。
エヴァの身体能力ならちょっとした跳躍でもかなりの距離を稼げる。
シャムシエルの鞭の連擊は止まらない。
次に初号機の頭部を狙ってくるので姿勢を低くして回避する。
頭上を通過した鞭はそのまま真っ二つにしようと振り下ろしてくる。
休む間を与えるつもりが無いのは見て取れる。
故にシンジも集中力を欠く事は許されない。
再び横っ飛び。
直後に地面を蹴って駆け出す。
アスファルトを粉々に砕きながらシャムシエルへの接近を試みる。
しかし、ここで予想外の動きが起きた。
シャムシエルが後ろへ飛び退いたのだ。
初号機との距離を取るのに鞭だけでは不十分であると察知したようだ。
こちらの接近を察知した可能性も考えられる。
いずれにせよ、シャムシエルの行動がシンジの動きを結果的に阻害する。
「くそっ!!」
せっかく縮ませる事ができると思った矢先のシャムシエルの行動。
それでもシンジは接近するより他に選択肢がない。
地面を強く蹴り付け、何とかシャムシエルに近付こうとする。
『シンジ君!! 鞭が来てるわ!! 足下よ!!』
「なっ!?」
接近に意識を割きすぎた。
初号機にピンク色に光る鞭が足首に絡まっていた。
「しま――――――っ!?」
自分の視野の狭さを痛感した直後、浮遊感があった。
初号機を逆さ吊りにする形で鞭をシャムシエルが持ち上げる。
「僕が釣り上げられた!?」
『言ってる場合か!!』
エントリープラグ内で大きな変化は無いが、揺れまでは緩和出来る筈がなかった。
「うっ、おぅっ!?」
更にシンジに――――より正確にはシャムシエルが新たな動きを見せた。
逆さ吊りにした初号機を振り回し始めた。
揺れにシンジは驚き…………ハンマー投げよろしくエヴァンゲリオンを容易く放り投げたのだ。
「おおおおおおおおーーーーーーっ!?」
その高さはビルは軽々と、付近にある山さえ俯瞰出来る高さまで投げ飛ばされる。
同時、充電していたアンビリカルケーブルが外れてしまう。
『内蔵電源に切り替わります』
『まずい!!』
内蔵電源に切り替わったのも非常に厄介な事態だ。
だが、今はそれよりも空中へ放り投げられた事の方が問題である。
いくら超人的な存在のエヴァンゲリオンとて、地球の重力には逆らう術がない。
飛行能力が無い以上、投げられた後の行き先は――――地面への降下が待つのみ。
重力に引っ張られ、初号機は空中で回転しながら落下していく。
先程の雄叫びで落下していく恐怖を掻き消す。
元より、エヴァンゲリオンの頑丈さや身体機能ならこれを耐えるのは可能だ。
操縦桿を握り込み、テレビで見掛ける鉄棒競技のイメージを浮かべる。
あんなにも鮮やかに空中で回転している。
今の初号機の状態と酷似している。
初号機は身を何度か捻り、空中で無理矢理に体勢を立て直す。
何度目かの捻りの後――――地面を強く踏みつけていた。
山を陥没させてしまったのは後で土下座して許しを請うしかない。
眼下にあった山ならば誰も居ない。
おかげで力を出し惜しみせずに済んだ。
シャムシエルとの距離は開いたが、奴の姿を改めて俯瞰して確認できる。
鞭を掻い潜り、接近する手立てを見付けようと辺りも見ていて――――
初号機の足下に腰を抜かして座り込むトウジとケンスケの2人を見付けた。
「何で、あの2人が!?」
何故? 確かに避難所に行ったのを確認した。
しかしながら、現にこうして外に居るのを目撃している。
脱け出したのだと解釈するのは早かった。
『シンジ君!! 鞭が来るわ!!』
ミサトはモニターしているのでシンジの状況は把握している。
シャムシエルの攻撃がまだ終わっていない。
ピンク色に光る鞭が初号機めがけて飛んでくる。
両腕――――つまり、2本同時に投げ付けてきた。
「くそっ!!」
一歩前に出て、鞭を掴み取る。
ATフィールドで弾いたとして、それがトウジとケンスケに被害を及ぼさないとも限らなかったからだ。
物理的に掴み、シャムシエルの攻撃の勢いを殺すより他にない。
シャムシエルの腕は2つ、鞭も2つ。
こちらも条件は同じだ。
しっかりと鞭を捕らえ、相手の攻撃手段を封じる。
だが、代償は伴った。
「いっ、づっ、うっ!?」
エヴァンゲリオンの痛覚がシンジにも伝わる。
ただ手のひらに掛かる痛みは一瞬であった。
向こうで痛覚の神経を遮断してくれたのだろう。
最初に危惧した通り、シャムシエルの鞭には掴む事でのリスクがあったのだ。
けれど、痛みが消えたなら放さずに済む。
鞭を放し、戦闘になれば下の2人に危害が及ばないとは断言出来ないからだ。
「くっ、そぉぉぉぉぉっ!!」
どうするべきか、シンジは思考する。
この状況で誰かを向かわせる事が自殺行為なのは分かる。
かと言って、エヴァを勢い良く移動させた際の余波だけで2人が無事で済む可能性もまた低い。
今、この場で最も安全な場所は何処か?
ある――――たった1つだけ。
「ミサトさん!! 2人を乗せます!!」
『考えてる時間は無いわね…………許可するわ』
シンジの提案にミサトは頷く。
元より、他の選択肢は残されていなかったからだ。
向こう側で何やら話が飛び交う。
シンジにはそちらを気にしている余裕が無い。
『準備が出来たわ!! だけど関係の無い人を入れる以上、リスクは大きい事は理解して!!』
「分かって、ます!!」
ミサトに言われずとも覚悟していた。
それは訓練の際にエヴァの操縦に関して説明された際にも指摘された。
エヴァはシンクロし、動かしていく。
当然ながらシンクロ率が高ければ動きも格段に良くなっていく。
シンクロ率の上下はパイロットの気持ち1つで変わる。
では、関係の無い人物達が入ってきたら?
人で言うところの神経に異常が起こり、動くのが困難になるとか。
例えそうだとしても2人を見捨てる選択をする事の方が碇シンジには許容出来ない。
『2人を操縦席に迎えるわ。そうしたら一時退却よ』
「了、解!!」
戦略的撤退には大賛成だ。
やがて2人がエントリープラグに入ってくる。
時間は少し遡る。
トウジとケンスケはトイレと偽り、警備員の目を盗んで脱け出した。
自分達の住む街を遠目から俯瞰できる位置に立つ。
「あれが敵だね。戦自の戦闘機じゃ歯が立たないみたいだ」
「イカみたいな格好しとるのに凄い事をしとるな」
ケンスケはビデオカメラを回し、シャムシエルと戦闘機の戦闘を眺めている。
トウジは対称的に冷めた態度だ。
「それにしてもトウジは何だって来てくれたんだ?」
「シンジが何をしているのか…………分かる筈や」
トウジが来たのは妹を助けたのがシンジかどうかをこの目で確認する為だ。
あの時、妹のサクラは忘れ物をして帰る途中だった。
シェルターの場所は遠く、その前に〝化け物〟が現れた。
その窮地を救ってくれたのは紫色のロボットだったと。
「おっ、来たよ来たよ」
やがて戦闘機は撤退。
代わりに街の地面からロボットが出てきた。
「あれは…………サクラの言ってたやつや」
「なるほどね。あれが!!」
トウジは納得を、ケンスケは更に興奮を。
紫色のロボット――――エヴァンゲリオンの登場を目の当たりにする。
街からはある程度離れた距離、しかし両者の巨大さ故に遠くからでもしっかりと視認できる。
恐らく、あれにシンジが乗っているのだろう。
あの〝化け物〟を相手に戦っている。
アニメや漫画で見るような戦いを繰り広げていた。
「ワシらは夢でも見とるんか?」
「夢じゃないよ!! 現実さ!!」
この状況に戸惑うトウジとテンションが高揚するケンスケ。
やはり、対称的な2人の様相だ。
やがて、エヴァンゲリオンの足が鞭に絡まり、こちらの方へ投げ飛ばされた。
「こっち来とるで!!」
「逃げよう!!」
2人は身を翻し、その場から離脱すべく走り出す。
しかし、エヴァンゲリオンも巨体だ。
それから完全に逃げられる訳がない。
エヴァンゲリオンが体操選手顔負けの身体能力を見せ付け、見事に着地に成功した。
その場所と言うのが、トウジとケンスケのすぐ近くである。
「うおっ!!」
「わあっ!?」
エヴァンゲリオンの着地の余波の風がトウジとケンスケの肌に当たる。
この山まで流れ着いただろう布やビニール袋なんかのゴミが身体にへばりつく。
それが済んだかと思えば、その場に2人は腰を抜かした。
そして、エヴァンゲリオンに釣られてやって来たシャムシエルの鞭が飛んでくる。
それをエヴァンゲリオンが掴み、その場で膠着する。
「何で、そこから反撃せんのや!!」
「多分、俺達が居るから自由に動けないんだ」
「っ!!」
自分達の行いがエヴァンゲリオンの、碇シンジの足を引っ張っている。
自分達の考えの足らなさがこんな事態を招いてしまった。
『そこの2人、乗って!! 早く!!』
女性の声と同時にエヴァンゲリオンの首の部分からエントリープラグが排出される。
ケンスケは念のために自身に引っ付いた透明なビニール袋にビデオカメラを入れて、トウジと共に乗り込んだ。
「やあ、トウジにケンスケ」
「すまんシンジ」
「ごめんよ、碇……こんな足手まといな」
「話は、あとだよ!!」
これで足下を気にせずに済む。
シャムシエルの鞭を乱暴に引っ張る。
たまらず、シャムシエルは前へと引っ張られる。
「こっ、のおっ!!」
先程の御返しとばかりに鞭を真上へ上げる。
直後、シャムシエルの身体も同じように真上へ投げ飛ばされ――――
「はぁぁぁぁぁっ!!」
エヴァンゲリオンの力を存分に発揮する。
持ち上げた両腕を再び力任せに振り下ろす。
鞭に引っ張られる形でシャムシエルの身体は強引に地面へと叩き付けられた。
ズゥゥゥンッ!!
地面を陥没させながらシャムシエルがうつ伏せに倒れる。
「よし!! これで――――」
シャムシエルの動きを一時的にでも封じれば何とかなる。
そう思ったのだが…………初号機を思うように動かせない。
『神経パルスに異常発生!!』
『さっきまでの一連の動作が出来たのは奇跡ね』
先程のシャムシエルに対しての一連の動作は無我夢中でいたから行えたのだろう。
現にそれ以降、初号機は精彩を欠き始めている。
「ミサトさん、シャムシエルから逃げられると思いますか? 率直に言って下さい」
『それは…………』
『精彩を欠いているなら難しいわ。それにシャムシエルが放る鞭の速度を考えると、ね』
リツコが厳しい現実を叩き付ける。
ミサトも分かっていたのだろう、彼女の答えに無言でいた。
「なら、ここで倒すしかないですね」
『状況は最悪だけどね』
初号機は内部電源に切り替わっている。
残りの稼働時間は限られている。
再三告げるが、エントリープラグに他の人間が乗る事でシンクロ率が安定せずに操縦が困難となる。
シャムシエルの鞭の速度を考えると、逃走が可能だとは思えない。
ならば迎え撃つ――――と言ったところで、この状態で何処までやれるのか不明瞭だ。
『シンジ君、来るわ!!』
そうこうしてる間にシャムシエルは起き上がる。
鞭をこちらへ飛ばしてくる。
「くっ!!」
全く動けない訳ではない。
迫るのは鞭なのは分かっている。
それを初号機の身体能力に任せて掴む事に成功した。
だが、その際にタイミングがズレて初号機の肩を貫く。
「ぐっ!?」
鈍い痛みが走る程度で済んだのは痛覚の神経を低く設定されている事。
加えてトウジとケンスケを乗せた事でシンクロ率が低迷している事だ。
不幸中の幸いではあった。
「このままだとじり貧や」
「碇、こいつは倒せるのか?」
「接近の必要は、あるけどね」
トウジが心配し、ケンスケが問い掛ける。
シンジの方もある程度の理解はある。
「煙幕とか使って視界を塞いだりとかすれば大丈夫なんじゃ?」
「駄目なんだ。煙幕越しに場所を特定されたんだ」
「なら、その掴んでる鞭を引っ張ってあいつをケチョンケチョンにすれば…………」
「ごめん。まだ、そこまでエヴァを自在に動かせないんだ」
ケンスケとトウジの案は現実的かもしれない。
だけど、シャムシエルは効果的とも思える行動を嘲笑うかのように無視してくる。
更にはシンジの戦闘経験の浅さがここで出る。
もっとエヴァを動かせるようになっていれば良かったが、まだ1週間と経っていない。
偶然にもパイロットとしての資質を持っていた。
それだけでエヴァを動かしている。
元々、彼は秀才肌の人間だ。
いきなり、歴戦の戦士と同じ行動や判断が出来るようになる訳ではない。
そんなものはフィクションだからこその世界だ。
「なあ、あいつの目って飾りなんか?」
そんな中、トウジが唐突に質問する。
「どうだろう? リツコさん?」
『飾りではない筈よ』
「なら、あいつの視界って下は見えないんちゃうか? 生き物の視界は決まっとるんやから」
『なるほど、確かに言えてるわ』
シャムシエルの目と思わしき箇所は頭部の、更には下部が見づらそうな位置にある。
確証がある訳ではないが、あれを目とするなら自身の下部は見る事が出来ないと推察も可能だ。
生物の授業を受けていたのがこのような形で活きてくるとは。
「あと、さっきの煙幕越しに場所を特定されるって話だけどさ…………これ、振動や音で特定されたんじゃない?」
ビニール袋越しにビデオカメラを操作するケンスケ。
その映像を見ながらケンスケは考察を述べる。
「横からビデオで撮影してたんだけど、エヴァが動いている時に攻撃を仕掛けていたと思うんだ」
『確かに、であれば身を潜めていた時に攻撃されなかった説明が出来るわね』
黒煙で見えない視界から攻撃してきたならビルに隠れて接近してきた際にも同様の事が行えた筈だ。
それをしなかったのなら、考えられるのはケンスケの言うように一定数を超える「音」や「振動」だろう。
『ふふ。お手柄よ2人とも。こっちは“自分達の事しか考えてなかったから気付けなかったわ”』
頭が固くなっていたようだ。
このように俯瞰して見てみれば、自ずと見えてくる道はあったのだ。
「なら、ミサトさん!!」
『ええ、言われるまでもないわ』
シンジが名を呼び、ミサトもまた不敵に笑う。
光明が見えたからだ。
何と無く、ミサトのやり方をシンジも理解している。
それに『平行世界』での突拍子もない行動の数々も見てきた。
だからこそ、突破口も自ずと理解できてくる。
『シャムシエルを倒すのなら、残り時間4分もあれば十分よね?』
「はい!! もちろん!!」
これは強がりなんかではない。
互いに「そうだ」と思えるからこそ。
さあ、この逆境を跳ね返してみせようか。
如何でしたでしょうか?
もうシンエヴァの話をしても大丈夫でしょう。
そちらではトウジは医者になっていました。
この話では妹のサクラの件もあり、目指したという事にしました。
シャムシエル戦。
はい、皆様の予想通りに続きます。
サキエルの時にも薄々感じていた方も居るかもしれません。
作者も何とか纏めようとしましたが…………長くなりそうなので止めました。
ただでさえ長いですから、分けてすっきりとさせた方が良いかなと。
そしてサブタイトルの通りに「意外なところから」シンジのクラスメイトが出て来て、ヒントを掴めるというもの。
何と無く、このまま乗せて「はい、終わり」は味気無いと思ったので。
授業を聞いたトウジやケンスケのビデオカメラが意外な活躍をしてくれます。
シャムシエルの攻撃方法や視界云々のところはこちらの勝手な妄想も含んでます。
設定と違うなーと思っても平にご容赦を。
ではではまた次回に。