続きです。
「隊長、このまま我々は指を加えて見ている他に何も出来ないのですか?」
「仕方あるまい。こちらの戦力は殆んど通用しないのだから」
隊長と呼ばれた中年の男は苦虫を噛みながらモニターを見ていた。
戦略自衛隊――――略して戦自の作戦室である。
そこではエヴァンゲリオン初号機が使徒・シャムシエルと戦うシーンが映されていた。
こちらの兵器を意にも介さない使徒と互角…………いや、パワーだけなら確実に越えている。
それを戦自は隊長と部下数名が眺めていた。
前回、そして今回と現れた使徒へ戦自は成す術を持た無かった。
前回と同様、NERVの秘密兵器に頼るより他に道は残されなかった。
一応、戦闘機等に選りすぐりの隊員を待機させてはいる。
出動はいつでも出来るが、本当に必要な時が訪れるのか?
そんな折、戦自で配られた隊長のスマホが鳴る。
知らない番号ではない。
それはNERVからのものであった。
(NERVからの連絡だと?)
隊長は何事かと首を傾げながら通話をする。
『特務機関NERV戦術作戦部作戦局第一課の葛城ミサト二佐です』
「こちらは――――」
『すいません。時間が無いので用件を伝えます。今から1分以内に出撃は可能でしょうか?』
「…………ええ、可能です」
『では、今から出撃をお願いします。シャムシエル…………あの使徒の鞭は抑えておりますので、そちらの被害はありません』
「それは、モニターで確認している。しかし、こちらの戦力では使徒に傷を付ける事は敵わない」
悲しいかな、それが現実だ。
隊長としても悔しいだろう。
しかし、相手方である葛城ミサトも「そうかもしれない」と返してきた。
彼女も要求したい事は他にある。
『今からこちらの策を伝えます。あなた方の協力が無ければ勝利はありません。お願いします』
「………………承った。作戦を教えて下さい」
隊長はNERVからのいきなりの一方的な要望に困惑している。
こちらの戦力は通用しないと使徒に否定されてばかりなのに、相対する組織のNERVは戦自の力が必要不可欠だと言ってくれたのだから。
年甲斐も無く、気分が高揚している。
部下達も自分達に出来る事があると知ればモチベーションが上がるだろう。
NERVの協力要請を受け、隊長は授けられた策を元に指示を飛ばす。
全ては苦渋を舐めさせられてきた使徒に一泡吹かせてやる為に。
「まさか、戦自に協力要請を出すとはね」
「形振り構っていられないわ。プライドで使徒を倒せるとは考えられないもの」
リツコが珍しい策を取るものだと考えていると、ミサトはそのように返した。
使徒への復讐心は決して消えてはいまい。
だが、それをミサトは抑え込む。
冷静に状況打破の為に分析し、可能性ではない確実な一手を仕込む。
(これもシンジ君の影響が少なからずあるのかもしれないわね)
彼との触れ合いが、ミサトの復讐を緩和してきている。
「戦自の戦闘機3機、到着しました」
「回線を繋いで」
日向が到着を伝えると、向こうとの通信を要求する。
予め伝えてはあるが、簡潔であったが故にきちんと要望も伝えなくては。
「こちらは特務機関NERV戦術作戦部作戦局第一課の葛城ミサト二佐です。まずはこちらの我が儘で作戦に参加を表明してくれた事に御礼を言わせて下さい。ありがとうございます」
NERVの立場は現状では戦自よりも上だ。
であるにも関わらず、ミサトは迷い無しに感謝の言葉を伝える。
「先程も作戦を説明しましたが、改めて。と言っても内容は単純です。シャムシエルへ何でも構いません、黒煙が上がる程の攻撃を仕掛けてください」
ミサトの策は本当にシンプルなものだ。
考える必要のない、シンプルなまでの援護を求めている。
「現代兵器が通用しない事は周知の事実ではあります。ですが、それでも“このような形だとしても”使徒に対して一定の利用価値があります」
恐らく、戦自にとってもエヴァンゲリオンの援護にしかならない事に苦虫を噛む者も少なくないと感じていよう。
けれども、先程通信した今回の責任者の声音が弾んでいた事をミサトは聞き逃さなかった。
こうして出撃をしてくれている。
使徒に対して何らかの形で一矢報いる事が出来る。
それを理解してくれたからだと思っている。
だから、こんな事を言うのは今更だろう。
しかし、葛城ミサトが言いたいのは“そんな事ではない。”
「この戦いでも分かるようになります。如何にNERVと戦自――――“我々人類の力も使徒相手に通用する可能性がある事を!!”」
どんな形であれ、エヴァンゲリオン以外の人間の造り出したものが通用する可能性は残されている。
それを、葛城ミサトは証明したかった。
「だから、皆で使徒に一泡吹かせてやろうじゃない!!」
『『『おう!!』』』
もうNERVだとか、戦自だとか、責任者だとか――――そんな立場なんて関係無くなっていた。
普段の調子で檄を飛ばすミサト。
それに応える戦自の面々。
その様子に呆れながらも苦笑するリツコやオペレーターの面々。
想いはたった一つに重なる。
それは人類にとって、共通して変わらない想いだ。
人類に仇なす使徒の殲滅という――――。
時間はほんの少しだけ遡る。
ミサトとの通信を終えた後だ。
どうするのかは口頭で聞かされた。
その為に戦自へ協力要請を出すと言う。
ミサトからは協力を得られたと通信を受けた。
悠長に構えられるのもシャムシエルの状態を解析してくれた。
シャムシエルには鞭以外の攻撃手段を持たない事が起因している。
サキエルのようにレーザーは照射されない。
更には鞭を新しく生やす、造る、隠しているような動きも見られない。
初号機で抑え込むこの2本のみだ。
使徒は思考できる。
であるから、サキエルはこちらに何度か対応してきた。
それはシャムシエルとて同じ筈だ。
それらを踏まえ、奴がこちらへの攻撃を封じられて新たな戦法を取らない。
鞭を新しくしたり、レーザーの照射が行われない事がその証拠だ。
シャムシエルの攻撃は打ち止めだ。
接近をして来ないのは本能的にコアの破壊を恐れてだろう。
だから、戦自の到着を待つ事が出来る。
ただし、内蔵電源が切れる5分以内の話だ。
「じゃあ、2人には悪いけれどこのまま戦うよ」
「お、おう」
「分かったで」
「その為にもシンクロ率を上げないと」
危険は承知だが、2人に了承を得られた。
放置する方が危険が蔓延っているので仕方無いか。
まず、作戦の成功率を上げる為にシンジにはやらねばならない事がある。
シンクロ率を上昇させる事だ。
正直、これから行うのは単純な動作なので今の状態でも可能と言えば可能だ。
現にシャムシエルの鞭を掴み続けられているのが単純な動作が故にシンクロ率が多少低下していても可能にしている。
しかし、これ以上の低下は下手をするとエヴァンゲリオンが操作不能に陥る危険性も孕んでいた。
なるべく、不確定要素は排除しておきたい。
具体的なパーセンテージまでは聞いていない。
ただ、サキエルの時と比べれば動作にぎこちなさがあるのも伝わってくる。
集中し、シンクロ率を可能な限り上げる。
シャムシエルの鞭を掴み続ける事も考慮しながらなので、サキエルの時のようにまではいくまい。
多少なり、マシになれば良い――――と考えている。
「さて――――」
シンクロ率を上げる。
口にするなら簡単だが、こんな状況下では初めての試みだ。
訓練では幾度かシンクロ率を上げる内容のものも行ってきた。
ただ、サキエル戦のような大幅な上昇をした事は未だに無い。
「ふう…………」
シンジは息を一つ吐く。
初号機とのシンクロをどうすれば良いのか分かっていない。
「気合いだ!! こういうのは気合いだ!!」
「気張るんや!! 気張っていこうや!!」
「精神論なのは分かってたけど!!」
ケンスケとトウジが精神論で応援してくる。
シンジとしてもそうなる可能性は大いに分かっていた。
「こうなったら…………2人とも、初号機に挨拶をするんだ!!」
挨拶は大事だと古来より伝わっている。(シンジ調べ)
ならば、初号機へ挨拶をすれば話は通りやすくなるのではないか?
「僕のクラスメイトだって分かればきっと初号機も認めてくれる!!」
超理論も甚だしい。
クラスメイトというワードにそこまでの効力は発揮するものか?
しかし、このままでは初号機が不調の状態でシャムシエルに特攻するのは2人も把握できる。
なるべく万全な状態で行いたい。
「あ、挨拶って…………どうするんや?」
「これは、ニンジャも使うあの挨拶法をするべきだと俺は思うね」
「名乗る時のあれだね」
ケンスケの挨拶とやらが分かるらしいシンジは頷く。
眼鏡を掛け直す仕草をしながらケンスケは両手を合わせる。
「ドウモ、ショゴウキ=サン。アイダケンスケデス」
某ニンジャの伝統的な挨拶法を行う。
ケンスケはトウジの方を見る。
やれ――――そう目で訴える。
トウジも「ええい!! ままよ!!」と内心で叫ぶ。
「ドウモ、ショゴウキ=サン。スズハラトウジイイマス」
トウジも見よう見まねで挨拶を行う。
「2人とも、僕のクラスメイトなんだ。このまま外に出ると危険だから、しばらくは相乗りさせて」
シンジも初号機へと呼び掛ける。
果たして、その想いは通用するのか?
その結果は、オペレーター室からの報告で判明する。
『初号機のシンクロ率が現在50%前後を上下しています』
『ええっ!? そんな急に!?』
『作戦の成功率が上がるのだから良いのでは無くて?』
まさかの結果にミサトは驚く。
リツコはこの事態を喜ぶべきだとミサトへ告げる。
先程のままでは成功率は如何程かも分からなかった。
だが、ここへ来てシンクロ率は50%と半分まで来てはいる。
グッと確率が上がったと言って良い。
「よし、後は――――」
タイミング的には丁度良い。
戦自の戦闘機が到着したのだ。
『すまない。遅くなった。これより攻撃を開始する。今しばらく持ちこたえてくれ』
「お願いします」
戦自からの通信が入る。
気合いを入れて、シャムシエルが邪魔をしないように鞭を更に強く掴む。
ダダダダダッ!!
直後であった。
シャムシエルめがけて兵器を撃ち込んだのは。
それら全てがシャムシエルにはダメージにはならない。
しかし、それは計算された上での事だ。
ミサトの目論見通り、シャムシエルの視界を遮るように黒煙が立ち上る。
『我々に出来るのはここまでだ。すまない。君のような子どもに全てを託すような真似をして』
任務は完了した。
しかしながら、戦自の隊員には抵抗はあった。
大人として、子どもに全てを託さねばならない現実を認めたくなかった。
子どもを戦場に駆り立てなければならない現実を認めたくなかった。
しかし、これは認めなければならない現実。
エヴァンゲリオンの操縦者はまだ中学生だ。
そんな未来ある若者に未来を生きる為に戦わせる。
何と矛盾している事か。
「自分を責めないで下さい。僕は、あなた方に協力出来る事に嬉しさを感じているのだから」
シンジは嘘偽りのない言葉を投げる。
子どもが故の現実を知らないからこそ出る発言にも捉えられよう。
だが、シンジの口から出ているのは紛れもない本心だ。
「見せ付けてやりましょう。僕達人類が協力する事で発揮する力を!!」
『――――――ああっ!!』
『見せ付けてやってくれ!!』
『あとは任せた』
シンジの言葉に戦自の隊員にも火が付いた。
彼等が言葉にするのは子どもを戦場に駆り立てる事になった謝罪ではない。
共に戦おうと言った少年の心の強さに、戦自の面々の呼応し、激励する。
今、この場で立ち上がった
これだけの強さを持った少年なら後を託せる。
託してくれ――――少年は背負う事を決めてくれた。
ならばこそ、彼の覚悟を彼等は信じた。
そして、信頼に足り得ると戦自の面々はシンジに後を託した。
押し付けるとか、そういうマイナスの意味合いでは決してない。
彼なら出来ると信頼し、言葉だけでハイタッチを交わした。
全身全霊で、碇シンジは応える。
『今よ!!』
「行くよ!!」
「お、おう!!」
「いつでも!!」
ミサトの合図。
次にシンジの合図に2人も冷や汗と声を発しながらも答える。
それを受けたシンジも動く。
残り2分だが、これだけあれば十分だ。
まずは掴んでいる鞭だ。
これを掴んだままではいられない。
しかし、このまま放せば攻撃の的になるのも確か。
「なら!!」
本当に単純な事だ。
無力化をするのではなく、“トドメを刺すまでは鞭が飛んで来ないようにすれば良い。”
右手に持っていた鞭を左手で追加で持たせる。
その流れで空いた右手を左肩の収納庫へ伸ばす。
そこから取り出したのはナイフだ。
プログレッシブ・ナイフ――――略称はプログナイフ。
使徒との近接戦闘において、有効的な武装として設計された。
その形状・用法は通常のナイフと全く同一である。
だが、ナイフが物理的に高い硬度とその鋭利さで対象物を切り裂くのとは異なる。
プログナイフは高振動粒子で形成された刃により、接触する物質を分子レベルで分離する事で切断する。
「うおおおおおおおおおーーーーっ!!」
咆哮し、シャムシエルの鞭めがけてナイフを切り込む。
鞭を容易く裂く。
その手にはシャムシエルの鞭がある。
黒煙があり、シャムシエルの様子はシンジからも分からない。
「これ、で!!」
シャムシエルから切り離した鞭を斜め前へと叩き付ける。
ズゥゥゥンッ!! と音を立てる。
『『『うっ!?』』』
オペレーター室から騒音と同時に呻き声がした。
『シンジ君、これだけの騒音があれば来るわ!!』
ミサトは今の呻き声を合図とした。
オペレーターの3人は昨夜の集まりにて軽い二日酔いの状態になっている。
その3人が呻く程のものとなれば、シャムシエルだって反応するのは明白。
ある意味で音の最低基準として軽めの二日酔いが機能している。
どの程度で反応するのか分からないので、いっそのこと騒音で気を反らそうという思い付きだ。
これが思いの外、当たりの策であった。
シャムシエルは騒音のした方へと鞭を伸ばした。
切断後に再生して更に伸ばしたものと推測する。
「今の内だ!! 2人とも、手筈通りに!!」
シンジは2人へ声を掛け、プログナイフを右手で逆手に持つ。
左腕を前に出し、右手を初号機の後ろの方へ持ってくる。
黒煙が晴れていき――――初号機が駆ける。
山を降り、シャムシエルへと一目散に接近していく。
一時的に意識を反らしたとは言えど、やはり初号機が動けば向こうもこちらの足取りを掴めてしまう。
故に、こちらへ鞭を向けてくるのは必然でもあった。
しかし、それをむざむざ受ける訳ではない。
「ATフィールド、展開!!」
左腕を前へ突き出し、迫る鞭を跳ね返す。
一度、受けられれば問題ない。
シャムシエルとの距離は山を降りた時点で数歩の距離まで近付いているのだから。
「っ!!」
ダッ!! 初号機は姿勢を低くして地面を蹴ってシャムシエルの死角に入る。
すなわち、奴の目線よりも下へ。
顎の部分にあるコアはこちらからも丸見えだ。
「行くよ!! 合わせて!!」
「おう!!」
「やったる!!」
腰を捻り、右腕を前へと突き出す形で振るう。
「「「エヴァストラッシュ!!」」」
コアめがけてプログナイフの刃が突き刺さる。
低姿勢から起き上がる力を利用し、勢いに任せて叩き付ける。
火花が飛び散り、ダメージを入れている事が黙視で確認できる。
「うっ、おおおおおおおおお!!」
雄叫びと共に刃を食い込ませる。
今ここでシャムシエルを討つ。
その一心で刃を食い込ませていく。
一刻も早く、使徒を殲滅する。
残りは1分程だ。
この間にシャムシエルのコアを破壊して――――――
「えっ!?」
その時、奇妙な事態が起きた。
火花が突如として消え去り、コアは色を失った。
赤色から青色へと変化し、同時にシャムシエルの身体も停止した。
鞭は力なく地面へと垂れ、それに合わせてシャムシエルの身体も仰向けへと倒れていく。
「はあ、はあ…………これって」
『やったわシンジ君!! 使徒を殲滅したわ!!』
肩で呼吸を整えながらシンジは事態を確認しようとする。
それを真っ先に通信でミサトが教えてくれた。
「お、終わった……」
「「た、助かった~」」
シンジだけではない、トウジとケンスケもこの状況に安堵している。
「けど、俺達は避難所から脱け出したから折檻は免れないかな」
「せやな」
「だけど、2人が居たからシャムシエルを倒せたんだ」
事実、彼等の得ていた知識のおかげで勝利を掴めた。
本当なら厳罰ものだろう。
だが、そこも含めて減刑してくれるよう掛け合ってみよう。
主に頑張るのはミサトやリツコになるだろうが。
「じゃあ、“ワシら3人の友情の勝利やな”」
「そうだな。“俺達の友情パワーがあいつを倒したんだ”」
何気無く告げたトウジとケンスケの言葉。
それはシンジにとっても喜ばしく、2人と「友達」として接する事が出来る意味を持つ。
「そうだね。僕達のチームワークの勝利だ」
笑顔で顔を見合せ、それぞれが握り拳を作って突き合った。
シャムシエルの殲滅の功績を得た。
しかしこの日、シンジは別の喜びの方が勝っていた。
世界は変われども、変わらない関係を築ける大切な友を得られた事を――――。
如何でしたでしょうか?
戦自と協力し、シャムシエルを討つ。
皆で協力した勝利です。
まあ、ミサトや戦自の面々はともかくとしてオペレーターの人達の活躍が、ね。
本当は前回に二日酔いのくだりを回収しようとしたのですが、タイミングが無かったもので。
いや、こんな形での活躍をしたいと思わなかったでしょう。
ごめんなさい。
トウジとケンスケ、2人とのワチャワチャなやり取り。
今回、これやりたかっただけなんですよね(笑)
シャムシエルは意外とあっさり討伐。
引き延ばしたのにごめんよー。
原作とは異なり、時間に余裕を持っての勝利です。
5分過ぎてそうじゃね? とかは言わないお約束で。
光の巨人と同じ理論です。
世界を越えても変わらない友を得られたシンジ君、嬉しさも人一倍でしょう。
これで学校でのボッチは卒業だ。
やったぜ!!
それでは、また次回。