碇シンジは夢を見る   作:ゼガちゃん

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はい。お待たせしました。

今回は番外編的な立ち位置の話です。

端的に言えばLRSです。

良ければ、どうぞ。



碇シンジの夢⑤ 今夜、お月様が見えなくても

―――これは夢……『平行世界』だ。

 

シンジは即座にその結論へ至る。

これまでと異なるのはシンジの意識はあるのだが、身体を動かせない事にある。

 

主導権は本来の『碇シンジ』にあると言う事だ。

今回の主役は碇シンジではなくて『碇シンジ』であるようだ。

 

まるで映画を観ている感覚だ。

そして、碇シンジの意思を無視して上映が始まる。

 

これは碇シンジが体験した『平行世界』の1つである――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今夜は月が綺麗だね」

 

「今は曇り空だから何も見えないわ」

 

シンジが空を見上げて言うと、隣の綾波がそのように返した。

沈黙が2人の間に落ちる。

 

時間は夜中。

公園のベンチに2人並んで座っていた。

 

中学生の頃の自分達であれば補導は間違いなかった。

ただ、あれから自分達も年齢を重ねた。

 

大学に入学したものの、家から近場なので実家から通っている。

綾波はシンジと同じ大学へと進んでいる。

他の面々は地方の大学や違う大学、はては就職組も居るのでなかなか会う時間は取れない。

それでも年に何回かは皆で集まる。

 

話が反れた。

シンジと綾波も年齢的にも成人となったばかり。

互いに大手を振って酒やタバコといった嗜好品にも手を出せる年齢となった。

ただ、シンジも綾波もその手のものに興味が薄かった。

 

「それにしても、今日は少し冷えるわ」

 

「もう秋だからね」

 

ベンチに座る彼等の手にはコンビニで買ってきた温かいカフェラテ、それと団子だ。

 

季節は秋。

時期的にはお月見をする頃でもある。

 

つい先日まで空から照りつけていた太陽の激しさは無くなっていた。

熱帯夜でエアコン無しでは眠れない日々ともおさらばである。

 

しかし、それは冬の到来が近付いてくる証拠でもあった。

 

「冬が近くなったらアスカが鍋をしようって言い出しそうだ」

 

「想像できるわ」

 

唐突にLINEグループに「鍋をやるわよ!!」と切り出している様子が目に浮かぶ。

 

「夏でも暑くなったら避暑地に行ったものね」

 

「そうだね。トウジなんかは仕事もあるから都合を合わせるのは難しいね」

 

ただ、こういう集まりの号令を行ってくれるアスカの存在は大きいとも感じる。

 

「でも鍋をするとなると僕が作る事になりそうだけど」

 

「碇君の作る料理は美味しいから仕方無いわ。外食をする気も無くなるもの」

 

中学メンバーの中で料理をするのはシンジのみ。

となると、必然的に全ての準備はシンジが行う事となる。

 

まあ、料理を評価して貰えるのはシンジとしても嬉しい限り。

こそばゆさはあるものの、断る理由もない。

 

「それに食費も浮かせられるしね」

 

「そこなの!?」

 

いや、分かってはいたんだけどね――――シンジは息を吐いた。

実家暮らしのシンジに負担が来るのは致し方無い。

 

「でも、こうして皆で集まれるのもいつまで続けられるのかしら」

 

「…………」

 

綾波の呟きにシンジは黙ってしまう。

それだけ皆との日々は楽しかった。

 

綾波もあまり感情を表には出さないが、彼女にとっても色褪せない思い出として残っていよう。

特に彼女は中学生の頃に転校してきて、皆と友となった。

シンジの仲介はあれど、彼女にとっては大きな影響であったのは間違いない。

 

「大丈夫だよ綾波。昔と比べて技術の発展があるんだから」

 

以前では考えられないような集まり方だってある。

ビデオ通話によるいわゆるリモート集会のようなもの。

 

「どんな形であれ、僕達の絆は変わらないさ」

 

「そう、ね」

 

皆がそれぞれの道を歩み始めた。

確かに簡単に会えなくなってもいる。

だが、それが皆との絆が千切れると言う意味ではない。

 

「ねえ、碇君はこの先はどうするつもりなの?」

 

「どうするって、将来の夢的な?」

 

「うん」

 

綾波の抽象的な問い掛け。

その内容を意訳できる程にシンジと彼女との距離は近くある。

さて、彼女から受けた問い掛けにシンジは何と答えたものかと頭を悩ませた。

 

「正直、分からない、かな」

 

「分からない?」

 

「何も決まっていないのかと聞かれると、そうではないんだけど」

 

これまた綾波と同様にシンジが曖昧な表現をする。

綾波は首を傾げ、聞き直す。

 

「じゃあ、小説家になるの?」

 

中学生の頃、シンジの将来の夢を偶然にも知ってしまった。

これは未だに2人が共有する秘密であり、この話題が出せるのは彼女だけだ。

 

「難しいかな。夢を追い掛けるのはロマンがあるけれど、現実は非情だからね」

 

それだけで食べていけるのはほんの一握りだろう。

現実を見てみると、シンジの腕が通用するのかは未知数。

 

大学の課題にバイトに、その片手間で執筆活動は続けている。

続けている…………が、やはり大変な事なのだ。

小説家の先駆者の中にはバイト等をしながら書き上げる者も居るだろう。

 

趣味の延長であるなら難しくはないかもしれない。

ただ、仕事として生活する為の手段にするとなると話は変わってこよう。

 

そうなると「書きたいから書いている」のか「生きる為に書いている」のかの境界線が曖昧になる。

 

これはネットの受け売りでしかない。

「なりたい自分」になれていないシンジが言っても説得力は皆無だ。

 

「でも、それは碇君が小説家の夢を叶えない理由にはならないわ。逃げているようにも聞こえる」

 

「耳が痛いね。その通りだと思ってるよ」

 

綾波の一言はシンジにも頷けてしまうものだ。

シンジは小説家の夢を断念する為の道を模索しているようにも見える。

 

思わず耳を塞いでしまいたくなる。

だが、逃げていてもどうしようもない。

その現実を綾波が突き付けてくる。

 

「まだ時間はある。いつだって新しい事にチャレンジする時間はある――――言葉で列挙するだけなら簡単だけど、いざ実行となると足踏みするんだ」

 

踏み出す勇気が無いと指を差されそうだ。

シンジの選択は言葉を選ばないなら「停滞」の一言だ。

 

「碇君は何で月に兎が住んでいるのかの元ネタは知ってる? Google検索は無しでね」

 

唐突な質問が飛んできた。

月見の季節に乗せたのかなと考えながらシンジは質問に思考を巡らせる。

以前、小説のネタになりそうだからと調べた事はある。

 

「確か、インドとかの神話だったかな」

 

その時の事を思い出しながら綾波へ語る。

兎の他に猿と狐も居た。

その3匹は人の役に立ちたいと考えており、それを聞いた帝釈天(たいしゃくてん)が老人の姿となって食べ物を恵んでくれるのかを確かめる為に現れた。

 

3匹はそれぞれ食料を探しに出た。

猿は木の実を、狐は川の魚を。

しかし、兎だけは何も持ってくる事は出来なかった。

兎の住む野山には老人が食べるものが無かったから。

 

ある日、兎は猿と狐に火を起こすよう頼んだ。

そして、兎はその火の中へ身を投げた。

自分を食べてくれ――――そうメッセージを残して。

 

「この慈悲深い行動を他の動物達にも見せるため、その姿を月の中に映した。

 今も月の中にいるのはこのうさぎで、月の表面の雲のようなものはうさぎが焼け死んだ煙だって言われてるんだよね?」

 

「その話だけじゃないわ」

 

綾波はシンジの説明は間違っていない。

だが、それだけではないと言い出した。

 

「そもそも兎が死なないパターン、兎を帝釈天が生き返らせる――――そんな話もあるわ」

 

人の数だけ話はあると言ったものだ。

 

「でも、綾波も随分と詳しいね」

 

「調べたから」

 

サラッと言うが、凄い事だ。

興味の沸かないものを綾波は調べたと言う事なのだから。

 

「碇君は『月の兎が餅つきをしている』事になっているのは日本だけなのも知ってる?」

 

「あくまで月の表面の模様で『何となくそう見えている』だけだったよね? 他の国で見え方が違った筈」

 

モンゴルでは犬。

アラビアでは吠えているライオン。

インドネシアでは編み物をしている女性。

 

同じ国でも地域差がある。

ヨーロッパでは本を読むおばあさん、水を担ぐ人。

アメリカなんかでは女性の横顔、ワニ、トカゲなど。

 

「1つの話にしても千差万別な物語もあるし、捉え方もそれぞれ異なる時もあるわ」

 

「個人の創作したものもあるだろうから、そんなものを含めれば数は多いよね」

 

「そう。だから、碇君も色んな選択肢を片っ端から試してみるのが良いと思うわ」

 

綾波から提示されたのは複数の選択肢から選ぶのではなく、複数の選択肢を全て実行してみる事だ。

それは、学生の今だからこそ出来る方法論でもある。

 

目から鱗とはこの事か。

回り道になるし、道に迷うかもしれないが、碇シンジの選択肢の幅を広げる事にはなる。

選択肢の少なさで頭を悩ませるより、選択肢の多さで悩める方が良い。

 

「小説だって、題材によっては経験した事が使える事もあるもの。碇君なら料理を題材にしても良いかもしれないわ」

 

「小説だと難しくなるかな」

 

料理をテーマにすると、やはり作る工程も文章よりも絵が分かりやすい。

挿し絵を挟めば問題は解決できるので、一概には言えたものでもない。

ただ、やはり絵の方が料理を知らなくても分かりやすく伝えやすいのもある。

 

「動画なんかをアップするのも良いんじゃないかしら? URLをページに乗せておくの」

 

「斬新な発想!? でも、誰が動画を作るの?」

 

「碇君は料理を。私は撮影と味見をするわ」

 

「………………それ、綾波が料理を食べたいだけじゃない?」

 

食い意地を張る事を言う。

しかし、綾波なりにシンジを励ましてくれた。

 

互いが互いの悩みを打ち明け、そして励まし合う。

 

虚勢や見栄なんかない。

シンジも綾波とのこの関係は心地好い。

 

「碇君と居ると、私はポカポカするわ」

 

「ポカポカって、温かい飲み物を飲んでるからとかじゃなくて?」

 

「とっくにカフェラテは冷めてるわ」

 

随分と話し込んでいたらしい。

綾波との会話に夢中になっていたからか、いつの間にか手元のカフェラテはすっかり冷めてしまった。

 

手に持った団子を食べきる。

そして、カフェラテを流し込む。

勢いのあまり、シンジはむせてしまう。

 

「一気に飲んだりするから」

 

「は、はは」

 

今のは“勢いを付ける為に”と言う意味合いもある。

綾波相手に叶えるには難しい問題だったから。

 

遠回しな言い方では彼女の手は掴み取れなかった。

問題という雲に切れ間を待っていても時間の無駄だ。

 

しかし、彼女も「月」を題材にした様々な作品の知識は持っている。

タイミングが悪かっただけなのかもしれない。

ならば、直球で言っていたのだと伝えてやれば良い。

 

綾波の横顔を見ると空を見上げていた。

そこには厚い雲に覆われた空しかない。

夜空に浮かぶ月は見えず、赤い瞳には暗雲しか映されていない。

 

「空…………月はまだ見えないわね」

 

「そう、だね」

 

心臓が早鐘を打つ。

陳腐な言い回しと指摘されようが、現状のシンジの心情を説明出来るのがこの一言のみなのだ。

 

これからやろうとするのは何も無い荒野を歩くのに等しい行為なのかもしれない。

けれど、シンジの中にある想いはどれだけ小さかろうと光輝いている。

けれど、見ているだけでは駄目だ。

 

この光は、想いは、何らかの形で見せなければ伝わらないのだから。

 

「ねえ、綾波」

 

「何かしら?」

 

「月を使った表現って色々あるよね」

 

「ええ。あるわね」

 

シンジから振られた内容に綾波は頷く。

彼女も以前よりはマシになってきたが、それでも口下手な所はまだ残っている。

シンジとの会話のキャッチボールが続けられた事に内心で安堵する。

 

「一番有名なもので言うと夏目漱石が使った――――」

 

そこで言葉が止まる。

月を用いた言葉に、有名どころで夏目漱石が作った告白の言葉がある。

それをシンジはベンチに座った直後に使った。

 

ああ、そういう事なのかと綾波は理解した。

理解すると、顔が耳まで真っ赤になる。

カフェラテは既に冷めている。

これは綾波レイの本心が引き起こした熱さ。

 

ドキドキと、心臓が口から飛び出そう――――陳腐な言い回ししか出来ない程の緊張感が綾波レイの中で駆け回る。

それだけ、綾波レイの中で碇シンジは特別であったのだから。

 

「碇君、さっきの言葉は――――」

 

「本気だよ」

 

綾波が確認するまでもない。

碇シンジの本心。

 

綾波レイを愛している――――と。

 

 

 

恐らく、互いに中学生の頃には無自覚ながら想い合っていた。

 

自分自身、いやになる。

この想いは最初からあったのに、気付いたのは遅かったからだ。

 

別に(うそぶ)いていた訳ではない。

知っていた訳でもない。

 

けれど、この想いを吐き出して失う事を恐れた。

何か取り返しの付かない事になりはしないかと。

 

そうならない為にいつの頃からか、見ないようにしていた。

けれど、意識すればする程に見えないものを見てしまっていた。

 

まぶたを閉じていても無理であった。

いや、そんな事をすれば返って想いに向き合ってしまっていた。

 

例え傍に居なくとも、姿が見えずとも、相手の事を想っていた。

 

遂には抑えきれなくなり、当たって砕けろの精神で突撃する。

 

「碇君」

 

名前を呼ばれ、緊張が走る。

綾波がどのような答えを導くのか――――シンジは彼女の審判を待った。

 

「“もう1度、碇君の言葉を聞きたいわ”」

 

「僕の、言葉を?」

 

「ええ。あんな風にサラッと言われたのだと、私も分からないから」

 

何を言っているのか、分からなかった。

だが、彼女の言葉がどういう意図を持ってのものなのかは即座に判明した。

 

リトライさせて欲しいとの意味だ。

確かにベンチに座って、いきなり言うのも妙な話だ。

ましてやカフェラテと団子を持った状態なのだから。

やはり、シンジが今しがた推測したようにタイミングとシチュエーションの問題だったらしい。

 

ならば、綾波レイのリクエストに応えよう。

 

しかし、どうするべきか。

シンプルに「好き」と伝えるのは簡単だ。

だが、少し捻りを加えたい。

 

小説の為に色々と調べてきた知識を活かす時だ。

綾波レイの心に残ってくれる、そんな言葉を送りたい。

オマージュをしたとしてでも、これは綾波レイと碇シンジの間に一生に一度だけ訪れる記念になるような言葉を届けたい。

 

―――月、か。

 

真っ先に思い付いたワードがそれであった。

綾波レイへ送る言葉にそれを添えよう。

 

「綾波」

 

「何かしら? 碇君?」

 

「これから先、10年後も、20年後も、老人になっても…………僕の隣で月を見てくれませんか?」

 

顔を真っ赤にさせながらシンジは言った。

キザったらしいし、この場限りでしか通じない言い回しだ。

精一杯考えたが、合っているのか分からない。

そもそも正解は無いのだから。

 

「何故かしら?」

 

意地悪な笑みを浮かべながら綾波は質問を返してきた。

しかし、その綾波の顔は暗がりでも分かる程に朱に染まっていた。

 

「好きだから」

 

シンプルな一言で以て返した。

それ以外には何も無い。

碇シンジの胸の内をさらけ出した。

 

「僕は、綾波レイが大好きだから。綾波レイを愛してるから。ずっと傍に居て欲しいと思っているから」

 

「それにしては付き合う過程を飛ばしてるわ。いきなりプロポーズなんて碇君は大胆」

 

「えっ、あっ!!」

 

言われてからシンジは綾波の言葉を振り返って恥ずかしくなる。

もはやプロポーズの領域である。

それに気が付くと、途端に恥ずかしさが勝ってきた。

 

「聞きたいのだけれど、私で良いの?」

 

「綾波レイ“で”良いんじゃない。綾波レイ“が”良いんだ」

 

だって、それだけ綾波レイが好きなのだから――――それが碇シンジの偽らざる本音だから。

 

「なら、これから先もずっとずっと、一緒に月を見てくれる?」

 

「え、それって…………」

 

今度はシンジが困惑する番だった。

綾波は微笑みながらシンプルに返した。

 

「私も好き。碇君が――――シンジ君が好き」

 

彼女の本気度合いが伝わってくる。

これまで名字呼びであった彼女が、下の名前で呼ぶ。

 

「これから、よろしくお願いします」

 

「うん。よろしく綾波――――レイ」

 

シンジもまた綾波に――――レイに応える。

 

空を覆っていた雲がいつの間にか消えていた。

隠れて見えずにいた今宵の「月」が顔を覗かせていた。

 

しかし、空を見上げる必要は無い。

いや、これから「月」が見えなくても見上げる必要は無くなったからだ。

 

何せ、目の前に空よりも輝いている「月」があるのだから――――。




如何でしたでしょうか?

こういう設定であるからこそ出来る試みでした。

作るのであれば最初は綾波レイからと決めていました。

きちんと綾波を表現できたのか不安です。
違っていたら成長しているので多少は変わっていると言う事で。

今回はサブタイから文字ってるので気付いてる人も居るかもですが。
某アニメ映画の某主題歌――今宵、月が見えずともです。

私の中で綾波は「月」の印象が強く、その曲が頭の中で流れたので連想して作ってみました。

この手の話はまた機会があれば作っていこうかと思います。
綾波だけではなくて、アスカやマリなんかも。
今回の話の続きも機会があれば。

今回はこの辺で。
では、また次回に。
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