何でも検索できるパソコンを手に入れました。ーBPCー 作:木岡(もくおか)
折原はまるで自分の歌唱力を見せつけるかのように歌った。僕のようなエンジョイカラオケとは違って、プロのアーティストがレコーディングしているみたいな本気の熱量があった。
実際にそんな現場を見たことがある訳じゃないけど……。
でも楽しんでいない訳ではない。歌った後や間奏で見せる純粋な笑顔で分かる。折原が選ぶ曲はローテンポの歌唱力が求められるものばかりで、歌詞にも悲しいフレーズがあったが、時折歌っている最中にも頬があがっていた。
その笑顔で折原に惚れた僕は、その笑顔を見る度に好きという言葉が心の中に溢れて……胸が苦しくなった。
どうして彼女はこんな風に笑えるんだろう……なんて美しい笑顔何だろう……。
「――ちょっと休憩しよっか。喉が疲れてきたし、まだ歌いたい?」
交互に歌っている中、折原が4曲目を歌い終わった時に僕は言った。
「いや、私もちょっと休憩しようかな」
立って歌っていた折原が言いながら座って、カラオケの途中の休憩タイムが始まった。
時間が気になってスマホを取り出すと、カラオケに来てからもう1時間ほどが過ぎているようだった。受付をしたときの時刻は大体でしか覚えていないけどたぶんそのくらいだったはず。
「もう1時間くらい経ってるよ。全然そんな感じしなくない?」
「え、そうなの。確かに」
「いや折原さんの歌上手すぎて上手すぎて。こんな集中して聞いちゃうカラオケは初めて……いやカラオケじゃなくても今まで聞いた歌の中で1番上手いよ」
大きく身振り手振りを使って、興奮を表現した。
「本当?」
すると折原はテーブルを叩くように身を乗り出して、近い距離で僕と目を合わせた。遅れて女子の匂いがふわりと香る。
「へ……うん、本当だけど」
「あ、ごめん」
僕が思わず身を引くと、折原はまた座った。本当はもっと顔を近づけたかったとすぐに後悔の念に駆られる。
「……本当の本当に上手だった。こんなに歌上手い人がこの世にいるんだって思った」
「ありがと、嬉しい……」
「声は綺麗だし、全然音程も外れないよね」
「ありがと……」
「うん……」
「…………」
先ほどの笑顔をしていた人とは別人のようにぎこちなく笑う折原は、僕から目を逸らしてスマホを取り出した。彼女はなんとなくもじもしとした手つきでスマホを操作し始める。
え、何この感じ。僕は今気づかぬうちに何か悪いことを言ってしまったのか。さっき顔近づけてきたのは何だったの……急に態度が変わってしまった折原に戸惑いながらも僕は会話を続ける。
「折原さんカラオケ来る前に私歌上手いなんて言ってなかったからさ、全然こんなに上手いなんて知らなかったし、驚きもしたよね。これって折原さんの友達とかは知ってるの?」
「ううん。私高校の友達とはまだカラオケ来たことなかったから……」
「そうなんだ。きっと他の人とも来れば皆驚くだろうね。うちの学校で1番上手いよ」
「…………」
折原はスマホの電源を切った。しかし僕の方は見てくれなくて、モニターのほうを見た。若いバンドの宣伝映像を、どこか遠くを見るように虚ろな目で眺める。
本当に何なんだろう――今折原さんはどういう心境なんだ――。雰囲気的にはラーメン屋からカラオケへ歩いていた時と同じ、ということはまたトイレに行きたいのか。
でも、1時間経ったか経ってないかくらいでそうなるか……激辛食ったばっかだし無くはないけど、僕はまだ何ともないし……。
じゃあ、もしかしてこれって……。
僕の心がざわつく……。
もしや、良い雰囲気という奴なのでは。
「次は何歌おうかな……」
気づいてしまった僕はリモコンを手に取って、次に歌う曲を探すフリを始めた。体が勝手に動き出したので目についたものに救いを求めた。
待て、落ち着け――。「ま」と「て」をタップしながら思う。確かに告白チャンスかもしれないと考えながら見ると、折原が僕からのアクションを待っているようにも見える、気がする。
でもできないよ……そんなこと……。心の中で僕は泣いた。そんなのって怖すぎる。今こんなに幸せなのにそれが急に終わる可能性を生み出すなんて嫌だ……。
モニターのCMが静かなものに変わって、カラオケという本来うるさい場所に静寂が訪れた。ここのカラオケでは隣の部屋から微かに聞こえる歌声も無くって、防音室が憎い。
「どれにしよっかなあ……次、俺の番だもんね……折原さん歌いたい?」
苦しくなって僕はまた口を開く。
「いや、先に歌って……私はもう少し休憩したいかも」
「そっか……」
すぐに終わってしまう会話。でもあんなに楽しそうに歌っていたのにまだ休憩したいってことはやっぱり待ってくれているってことなのか。
だとしたら、男として逃げる訳にはいかない。きっと個室で2人きりなんてこれ以上ない状況、僕も言うと決めていたし言いたい、黒いパソコンで今告白するべきか聞いたら絶対そうするべきだと言われると思う……。
ど、どうしよう……や、やるのか……今、本当に……。
「…………」
「…………」
さらに沈黙が続いた……その中で弱い自分を鼓舞し続けて……最終的には僕は決心した。
最悪、黒いパソコンに頼ればいい。もしこれからどこまで落ちたとしても黒いパソコンならどうにかできるはず。
決め手になったのはそんな言葉だった。
だから、言った――。
「あのさ――」
「あのさ――」
まさかのシンクロ――あろうことか、その言葉は折原と重なった。