何でも検索できるパソコンを手に入れました。ーBPCー   作:木岡(もくおか)

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word58 「夢 叶え方」⑱

「まさか記念式典なんて日が、こんなにワクワクする日になるなんて思わなかったよ」

 

 折原がこれを言うのは今朝からもう4回目だった。昨日までを含めると何回聞いたか分からない。

 

「いや……俺もまさかこんなことになるなんて思わなかったな。折原さんが全校生徒の前で歌って……横で演奏するのが俺なんて……」

 

「こんな場所で大勢を前にして歌えるなんてさ、絶対気持ちいいよね」

 

「きっと皆折原さんの歌を聞いたら驚くだろうね……」

 

 まだ1ヵ月あるとこの前まで思っていたのに、記念式典当日はすぐにやってきた。今日が僕の1ヵ月やってきた作業の、最後の仕上げである――。

 

「前から楽しみで楽しみで、本当に楽しみでしょうがなかったけど、当日になるともうダメだね。何かおかしくなっちゃいそう!」

 

「あはは……俺は、何と言うか緊張してるかも……」

 

「まだ緊張するには早いでしょ。大丈夫?」

 

「うん、たぶん頭が真っ白になったりはしないと思う」

 

 僕と折原は市民ホールの舞台袖で、ステージのほうを見ながら話していた。

 

 僕たちは他の生徒の集合時間よりも早くここへ来た。もっと言うと、式は昼からなのに午前10時から市民ホールの近くにあるカラオケで、最後の合わせをしていた。

 

 その後、お昼ご飯を食べて、ギターを楽屋に運び入れて、記念式典の実行委員から軽く段取りの説明を受けた。そして、式典が始まるまで何もすることが無くなった今、自分たちが数時間後に立つステージを見ながら話している。

 

「それにしても本当に生徒でこういうことするの私たちだけなんだね。あとは、演劇部が寸劇するだけ」

 

「うん……だから、同じクラスの生徒会で実行委員もしてる奴にしつこく頼まれてさ。軽音楽部入ったならなんかやってよって」

 

 本当はそういう話になるように誘導したし、できればやってくれないかという頼み方だったのだけど、折原にはこうやって嘘をついていた。

 

 2週間前に僕がこういう話があるんだけどやってみないと折原を誘った時には、ものの見事な二つ返事が見られた。歌手の道で成功し始めた折原は早く皆に歌声を披露したくてたまらないようだった。

 

「3年生を送る会はなんだかんだ出し物で盛り上がってたのにね。色んな部活がダンスとかやってさ」

 

「そうだね。希望が少ないって話だったのに、最終的には多かったよね」

 

「私、野球部の人がやってた漫才が面白かったな。隣に座ってた友達もめっちゃ笑うし、つられて私も声出して笑っちゃった」

 

「あの2人今日の式典でも漫才やろうとしたらしいけど断られたらしいよ。記念式典で漫才はダメだって。んで、漫才形式で学校の歴史を紹介するみたいな内容だったら良いって言われたらしいんだけど、それは俺たちの笑いじゃないって断ったらしい」

 

「あはは、何そのプライド。笑う」

 

 折原は口を手で抑えながら笑ったけれど、僕は笑わずにステージのほうを見続けた。

 

「ははは……でも、今日は私の歌であの漫才よりも大きく会場をドッと沸かせたい。いや、絶対そうする」

 

「そうだね。折原さんならできるよ……」

 

「うん」

 

「それでさ…………」

 

「何?」

 

「その……折原さんってこれが終わったら本当に学校辞めちゃうの?」

 

「そうすることにした。もう2つの事務所からスカウトされちゃったし、すぐには学校もやめられないだろうけど、その2つのどっちかかもうちょっと様子見て別の所からデビューしようと思ってる。なるべく大手で良いところ選んでさ」

 

 折原は笑顔で浮ついた口調のまま言った。

 

 体が熱くなる――。込み上げてくるものを抑えようと僕は咄嗟に自分の喉のあたりを抑えた――。

 

 どれだけ僕が我慢して、どれだけ僕が頑張ってきたかも知らないで――。そう思った。

 

「別に学校やめなくてもさ……来年からでもいいんじゃない?」

 

 どうにか言えたのはそんな言葉だった。

 

「ううん、だめ。私が1番尊敬している歌手もさ高校中退してるんだ。飛び抜けて成功しているアーティストって中退してる人多いし、きっとそこには何かあると思うんだよ。注目されてる内に、デビューできるときにデビューしたいってのもあるし」

 

「そっか。前もそう言ってたよね……」

 

「でもまだ親からの許可ももらってないんだけどね。これから頑張らなきゃ――」

 

 薄暗い舞台袖、仄明るいステージで何やら作業している人はいるけど、近くに人はいなくて、折原と2人きり。

 

 今朝もデートのようなものだったし、1ヵ月前の僕であれば胸をときめかせていたはず。

 

 だけど僕は眠れない夜が沁み込んだままの冷たい心で、自分の運命を呪っていた。

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