R-TYPE FINAL 抹殺装置が踊るとき 作:しゅたーじ
火星の人工都市では一月中雨が降る。その日も、例外なく雨だった。
スーツを着た男がドアをノックする。スーツは普段着慣れていないと見えて、少々サイズが合っていない。ドアが開き、出迎えたのは年端も行かぬ少女だった。
「お早うございます。不躾ですみませんが、中に入れてもらえると」
「君もよくきたね、こんな天気の日に。上がって」
栗色の髪をいじくりながら、少女は年頃らしい微笑で玄関に寄りかかっていた。青いブルゾンを羽織った姿は、やや大人びても見えるが。
「仕事ですから。貴方様も、わかっていただけるかと」
居間に通されながら男が返答する。抑揚の薄い、不思議な話し方。ラジオから流れるハードロックを止めて、少女も座り込んだ。
「そうだったかな。で、要件は」
「貴方に招集命令が出ています。二日以内に出立してください、スゥ・スラスターさん」
少女は向き直った。その表情から笑顔が消える。打って変わって冷徹な視線が、怪訝に男を見上げていた。
「……何の冗談?」
「冗談なんかじゃありません。
「だからって博物館から引っ張り出すのか」
「もうオーバーホールから復帰させました。一週間後には
「量産型が何機もいるはずだ」
「……あれがそんなレベルの機体じゃないことは、貴方が一番わかっているでしょう。スゥ・スラスター少佐」
「少佐とは言うな。……もう退役したのに」
少佐と呼ばれたその少女はかぶりを振って黙り込んでしまった。外見とはあまりに不釣り合いな階級。
男はさらに続ける。
「僕たちは何も宣伝や人気取りのために貴方を訪ねたわけじゃない、R-9Øはまさしく一騎当千の性能を持っています。今の戦場にも通用する機体です。なにしろ今現在までフォースの……」
「まあ聞いて」加熱した語りを少女が遮る。
「それができないことも、貴方が一番よくわかっているのでは」
「……」
少女は、スゥ・スラスターは頷くしかない。その通りだ。
「貴方に説明するのも野暮ですけど。例のプロジェクト絡みですからね、ラグナロックは」
数十年前。彼女はあるプロジェクトの一員だった。対バイドミッションが発令されて数十年が経過し、その戦訓を積極的に活用しようとの機運が高まりつつあった時代である。
中でも議題に上がったのは生存率だった。人類が唯一有する対抗手段であったRシリーズの戦闘機でさえ作戦終了時の損耗率は低くて7割弱、全機未帰還も珍しくないという結果はすぐさま改善が要求され、一刻も早く生存率を引き上げるのが急務とされたのである。
作戦従事機の生存率を高めるには、パイロットの質的強化が最も効果的と思われた。文字通りあらゆる案が議論されていたが、中でもTeam R-TYPEのある博士が提出した計画はその新奇性において抜きんでていた。
ヴィヴィアン・プロジェクト―――人類生活圏から選抜された少年少女らを最大10年かけて教練し、養成した優秀かつ若く将来性に富んだパイロットを性能に優れた次世代戦闘機に搭乗させることで、作戦の成功率と機の生存率を一挙に高めるというその発想は技術班の好評を得て採用され、実行に移された。
かくして少年少女の選抜は始まり、すぐに優秀な素質を有する者が集められた。プロジェクトにあたって彼ら彼女らは戸籍を抹消され、公的には事故死ないし行方不明とされた。そして身体の成長による
そのヴィヴィアン・プロジェクトによって産み落とされた訓練生のひとりが、スゥ・スラスター―――プロジェクトに伴って作成された偽名である―――であった。
「R-9Øはヴィヴィアン・パイロット専用に設計されています。制御メモリの性能的に、修正パッチを入れる余裕もない。ですけど、貴方が乗ってさえくれれば全部どうにかなる」
「私が」言葉を切る。テーブルにコーヒーを置いたスゥの手はかすかに震えていた。「私が……どんな気分で聞いているか、わかるか」
「いいえ」
「さすがTeam R-TYPEか。……不愉快だ。軍に入って、この体になって、しまいには機密のおかげで一生表には出れない。ここにも偽名で住んでる。もう最初の名前が思い出せない」
彼女は立ちあがった。細く華奢で、起伏の少ない身体。彼女が街を歩いていたとして、軍人だと気づく者は一人としていないだろう。ましてや英雄であろうとは。
「私から全部奪い去って、仕事からも社会からも追い出して、今度は戻ってこいだと。予想はしてたさ。そのうち君達の実験台にされるんだろうと思ってたよ。同期もみんな、そうだったからね」
「何がご不満ですか。あなたに限れば、軍人恩給は滞りなく払われてるはずですが」
「わからなくてもいい。君達にそんなの期待してないし、そもそも……地球軍憲章、修正第二十七条。知ってる?」
「確か……地球軍士官はすべてその階級と現役・予備役を問わず、軍令部の招集に対する拒否権を持たない、でしたか」
「賢いね。私は恩給を受ける身だけど、書類上は予備役扱いのはず。拒否権なんて初めからない。だからこれは、ただの愚痴。……悪いね、付き合わせて」スゥは眉根を寄せながら、元の位置に座り込んだ。
「わかっていただいて何よりです」男は事務的に答えた。先ほどの話など聞いていなかったかのように。「ただ、僕はその辺よく知りませんので。端末を渡しておきます、以降はこちらの指示に従ってください」
そう言って、男は席を立った。
「幸運をお祈りしております、スゥ・スラスター少佐」
スゥは返事を返さなかった。ドアの閉まる音。訪れた静寂を破るように、壁を殴る音が響いた。
「畜生。私のことを……」
独り言に応える者はいない。やがて彼女も席を立った。
一週間後。Op.LastDance、決行の日。グランゼーラ地球軍基地・トレーニングルームにスゥの姿はあった。白いパイロットスーツに、ヘルメット。
「スゥ・スラスター少佐。作戦開始ですので、ハンガーの方に」
「了解」
パイロットスーツに身を包めば、その姿は軍人に他ならない。スゥはこの服装が好きだった。誰も自分を誤解しないからだ。さすがに小柄なことは否めないが。
ハンガーでは発進整備を整えた戦闘機がずらりと並んでいた。当然、
「ああ……ラグナロック」
他のR機とは趣を異にする鋭角的な容貌。その性能に違わず、R-9Øは誰も寄せ付けないかのように強烈なフォルムを見せつける。
キャノピーが開いたとき、周囲から静かにどよめきが漏れた。出撃準備に入っているパイロットでさえ盗み見ている。
すでに第三次バイド・ミッションから十数年が経ち、パイロットの世代交代も済んでいる。ラグナロックの活躍に憧れて軍へ志願した者も多いのだろう。
複雑な心境を沈め、スゥは搭乗した。キャノピーが閉じ、機内の与圧と同時にサイバーコネクタが
はあ、とスゥの口から息がこぼれる。覚えのある機構、覚えのある操作、見慣れたインターフェイス。何一つとして変わらない、愛機の姿がここにいた。
ああやって文句を言ったのも、結局は言い訳だっただろうか。どうであれ構わない。この胸の高まりだけは真実なのだから。
「こちら、ラグナロック。
―――こちら、グランゼーラ前線基地。3番マスドライバーに移動してください。
ゆっくりと浮遊しながら、ラグナロックは出撃ゲートへと導かれていく。目標はオリオン座方面。
―――3番マスドライバー充填完了。まもなく出撃します。
電磁エネルギーが轟音を立て、重量40トン近くにもなるラグナロックを遷音速ぎりぎりまで急加速させる。機体保持アームが外れ、エンジン点火。グランゼーラ基地が一気に視界から遠ざかり、ラグナロックは空中を舞った。
「離陸成功。このまま
言った瞬間、ラグナロックの機影がフッと消え去った。異層次元へと跳躍したのである。スゥの視界にはもはや無数の光跡しか映らない。現実次元に換算すれば光速にも達する速さで航行しているのだから当然だった。
ふと
WEAPON SYSTEM REQUEST:
SELECT FORCE DEVICE
「これね。ま、今更迷ったりはしない」
網膜に三つのフォースが投影される。そのどれもをラグナロックは扱うことができた。一騎当千機としての常識外れな性能があるからこそなせる業だ。
だがスゥの選択は決まっている。
<CYCLONE FORCE Is Selected>
「サイクロンも量産型は微妙だったんだっけ。私は使ったことないけど……」
火器管制システムが返事を返すと同時に、ラグナロックはエンジンをうならせる。再び次元跳躍。
次の瞬間には、宇宙空間が広がっていた。火星からの距離はすでに数光年。任務宙域に到達した証だった。
―――ラグナロック応答せよ。こちらは指令衛星テイテュース。
「テイテュースへ、こちらはラグナロック。作戦宙域へ到達」
―――了解。目標はそこから2000先の巨大戦艦。交戦中の第三艦隊軍と合流せよ。
「了解」
速度を上げる。すぐに敵は見つかった。
「あれは……バイド化したのか」
地球軍艦隊の紋章。地球軍規格の戦艦。しかしそれは赤い肉と臓物めいたものに侵食され、今や味方であったはずの艦隊に主砲を向けていた。真っ赤なレーザー主砲が幾重にも撃ち出され、第三艦隊軍のR戦闘機へ襲い掛かる。
今やそれは人類の敵。スゥは操縦桿を握り直し、兵装確認。
RDY WAVEーCANNON
波動砲を選択。トリガーを押し込む。機体前方へ青い波動エネルギーが収束し、チャージ完了を告げる重低音。
トリガーを離す。周囲がバッと輝いたかと思うと、機体の三倍はあろうかという光の塊がすさまじい速さで突っ込んでいく。戦艦へ弾着。爆発の衝撃。着弾したメガ波動砲の一発が、砲塔から甲板までを叩き潰していた。甲板上の建造物はすべて蒸発し、ただ赤熱した艦体だけが宙に漂う。
スゥは舌打ちする。この距離なら機関部ごと一撃で撃ち抜けると思っていた。目測を誤ったか。
戦艦―――もはやただの残骸はしかし、まだ動いている。着弾で空いた大穴から名状しにくい肉塊がうごめき、歯と骨が円柱状に並びだす。まるで砲身を自ら形成するかのように。
「く……」
速度を殺さずに旋回し、機首を向けたまま再度チャージ。その間にもグロテスクな主砲は形作られ、ついには不可思議な発光を始めた。その光が、エネルギーが収束し、眩い奔流となって放たれる。波動砲にも劣らぬ威力のレーザーだった。
チャージ中のラグナロックはただ回避に徹する。主砲は戦艦ごと回転しながら縦横無尽にレーザーを広げ、周囲を薙ぎ払っていく。いくらかの小惑星が巻き込まれ、閃光とともに蒸発する。その周囲では第三艦隊軍のR戦闘機たちが展開し、バイド戦闘機たちと空中戦を演じていた。フォース、波動砲、光線が命中し、バイド戦闘機は次々と墜ちていく。だが彼らの光弾も幾らかの機を射抜いていた。爆発する戦闘機。宇宙空間では一瞬光り輝くのみで、あとは残骸がデブリとなって漂うだけ。
閃光煌めく宇宙空間。蒸発する戦闘機、交錯するレーザービーム、死の光が輝いて、物言わぬ残骸たちを一瞬だけ照らす。それらをすり抜けるようにくぐりながら、ラグナロックの波動砲がチャージされていく。セレクターに指をかける。ディスプレイにHYPERの表示。ハイパードライブシステムの甲高い駆動音が機体を揺らす。呼吸を忘れそうになり、息を静かに吐いた。
このレーザーが終われば。
ひっきりなしに光を焚いていた主砲がついに沈黙した。光の収束が崩壊し、光線を構成できないまま残滓となって散っていく。
瞬間を、彼女は見逃さなかった。
「ここだ」
一気に突っ切って加速し、砲口の真ん前へ陣取る。思った通り、主砲の奥には艶やかにうごめく何かが見えた。制御コアだ。光を漏らしながら脈打つ内臓めいたそれを前にして、スゥはトリガーを離した。
強烈な衝撃と共に波動エネルギーが解放され、一瞬のうちに3立法ナノメートル相当まで圧縮される。超高密度に収束したそれがトリガー操作と連動して―――生成された光弾が、洪水のように連発されていく。一つ一つこそメガ波動砲の一撃には劣るにしても、その合計質量は比較にもならない。弾幕。弾幕。弾幕。
ハイパー波動砲。ハイパードライブシステムの生み出す桁違いの波動エネルギーをそのまま転用し、波動砲を連発する超兵器。R-9Øが他のR機と一線を画す所以だった。
無防備な制御コアを狙われた戦艦はひとたまりもない。四発目が着弾してコアを完全に損壊させ、七発目が隔壁をも破壊して内部構造を叩き壊し、二十二発目が装甲を内側から叩き割った。艦体を真っ二つにされ、コアを失ったバイド体はもはや肉体を維持できない。分裂すらできず、凍り付き、そして死滅する。バイド体反応消失。戦闘終了。
かつて戦艦だったスクラップ二対だけが、宇宙に漂っていた。
全てを終わらせたラグナロックは、その真ん中で残心するがごとく鎮座する。その機影は真っ赤に光り輝き、内部機材を露出させていた。機体外装すら赤熱させるほどの
キャノピー内のスゥは微動だにしないまま。うなじと腰部に繋がったサイバーコネクタから火花が散り、嫌な臭いがする。過大信号によって端子がエラーを起こしていた。
このような状態になってしまえば、パイロットも無事では済まない。コネクタからの過大信号は直に神経を破壊し、死または重大な後遺症を及ぼし得る。煙が出るほどの信号量ならまず助からないだろう。
だが、スゥ・スラスターは―――ヴィヴィアン・パイロットは例外だった。全身を通う人工神経は人間のそれをはるかに超える抗堪性を有する。今や地球上で彼女だけが、ラグナロックの全力を耐え抜けるのだ。
「……ラグナロック、対象を撃破。第三艦隊軍、応答せよ」
久々の感覚に息を切らしながら、報告を打つ。まだ終わっていない。
「ラグナロックへ、対象の撃破を確認。依然戦闘激化しつつあり、貴機も戦闘へ合流せよ。POWよりフォースを射出する」
「了解」
言うが早いか、フォースコンダクタに反応。射出されたサイクロン・フォースのおでましだった。フォースと呼ぶにはあまりにも異質な、水色のゲル状バイド体が姿を現す。暴走反応を制御するコントロール・ロッドは見当たらず、淡く光る制御コアが中心にあるのみ。異様な風体のそれが、ラグナロックの前方に居座った。
「何年ぶりかな。けど、なぜ……」
独りごちる。試作型サイクロンフォースの生産数は一機のみ。かつて装備していたその一機は帰還時に失われ、もはや人類の手には無かったはずだが……。
「まあ、いいか。どうせ今わかることじゃない」
兵装ダイヤルを回す。スプラッシュレーザーを選択。まだ機体冷却は済んでいない。波動砲が使えない今はフォースだけが頼りだった。
そのまま突っ切って加速する。と、すぐに味方機が見つかった。自機から見て右前方、
右へ方向転換。機首を向け、両者を引き離すようにフォース・シュート。眼前を遮られたバイド機が二機避けきれず衝突し、高速回転するフォースによって原子分解される。あと三機。
続いてラグナロックも突入。フォース・コントロールが作動し、独立機動で前方に舞い戻る。接続完了。スゥがトリガーを引くや、散弾銃のようにレーザーが四方八方へ拡散照射された。スプラッシュレーザー。至近距離から撃ち込まれたバイド機たちはあっけなく光に呑まれ、崩壊する。ものの数秒で空戦は終わった。
「こちらはラグナロック、直近のR-9E3へ。応答せよ」
「ラグナロック、こちらは第三艦隊軍輸送艦フェンリル所属エーピーアイ。助かりました」
無線越しに聞こえる声は、若者らしい実直そうな響きを伴っていた。
R-9E3は早期警戒機でありながら戦闘機なみの性能を持つが、高すぎる生産コストのためにわずか二百数機で生産を打ち切られた機体でもある。そんな高性能機を若手パイロットが操るのは、スゥからみても稀なことだった。
「別にいい。それより本隊と合流しよう」
「もちろんです」
「よし。我につづけ」
二機は航跡をひいて加速してゆく。死の光はなおも瞬き、空宙戦はまだ続いている。当然、生き残れる確証はない。作戦の詳細も知らされていない。どうなるかは未知数と言ってよかった。
だが───まだ錆びついてはいない。ラグナロックも、自分も。それだけは確信できた。
「距離20000先に交戦中の敵影を視認。会敵まであと十数秒」
「了解。……エーピーアイ、怖いか?」
「何を言うんですか。怖くなんかないですよ」
スゥが冗談を言うように付け加えると、エーピーアイはわずかに声を震わせながら否定した。新兵らしいその様が微笑ましくて、思わず笑ってしまう。
「何かおかしいですか」
「いや? おかしくないよ……」 フライトスティックを握りしめ、スゥは深呼吸するように息を吐いた。戦場だというのに、殺し合いだというのに、胸にかき抱く感情のなんと不似合いなことか。自信と自嘲の入り交じった笑みがこぼれる。
けれど、それでも。
「私も、まったく同感だ」
それでも、まだ踊れるのだと知れた歓びだけは、彼女を震わせていた。
FINAL2といいCOSMOSといい、最近本当にRの供給著しく嬉しい限りです。特に今回のそれは数少ないIIIの移植ですから、内心お祭り騒ぎで謎の脳内設定まで作ってしまいました。
いろいろアレな作品ですが、かつての拙作と比べると五年後なりの深みに近いものは出せたかなと思っております。何卒。