フクキタルには、ちょっとラフに話すスズカさんを妄想して書きました。
「ううーむぅー」
土曜日の昼下がりの静かなトレセン学園。その静寂を遮る様に一人のウマ娘が腕を組み、目を瞑りながら唸り続けていた。
彼女の名はマチカネフクキタル。一部では“胡散臭い占い師”として有名だが、かつて菊花賞を制した歴とした強者である。
学園の思い悩むウマ娘たちを、得意の占いで救う(?)マチカネフクキタル。だが今日は何やら自分が思い悩んでいるようだ。
『あれこれ悩む必要などありません!シラオキ様のお導きのとおりにすればいいのです!』
などと普段から嘯いている彼女からすれば、まるでらしくない。
だがその悩みは相当深刻なようで、ほとんど一人の世界へと没入している。
その証拠にすぐ近くまで一人の学友が、近づいているのに全く気が付いていない。
「―――あら、フクキタルじゃない。どうしたの?こんな所で」
「うぅーこのまま行くか…それともいっそ…すっぱりと」
「―――はぁ?ねぇ、聞いてるのフクキタル?」
「あえて思い切って……だけど私如きが…あぁ~」
「―――ねぇ!フクったら!」
「うきゃぁっ!?」
勢いよく眼前のフリースペースのテーブルを叩かれ、フクキタルの意識は現実へと復帰した。
「ごめんなさい、ごめんなさい!もう黙って勝利を引き寄せる壺を買ったりしません……ってスズカさんじゃないですか。どうかしたんですか?」
フクキタルが見上げるその視線の先には、見知った同期生――サイレンススズカの姿があった。
偶然通りがかった彼女は、一人唸る同期生を不審に思い声をかけたという次第だった。
「どうかしたってこっちが聞きたいぐらいよ。さっきから声をかけてるのに、あっちの世界にいるみたいで全然反応なかったんだから」
同期生だからか、彼女のキャラクターのおかげか、フクキタルは周囲に気を遣いがちなスズカが気軽に話せる貴重な存在だった。
だからこそ唸っている彼女に、気をかけて話しかけたのだろう。
「そ、それはどうも…」
「それにしても珍しいわね。あなたが悩んでるなんて」
「な、なぜ私が悩んでいる事を?まさかスズカさんはテレパシーの使い手!?それとも禁断の思考盗聴を!?」
「誰が見たって分かるぐらい、分かり易く悩んでたわよね?」
変人としても有名な同期生の、トンチキな返答にも慣れた物。
冷淡気味にバッサリと切り落とされた後に、フクキタルは小さく息を吐いた。
「…ねぇスズカさん、私たちがここに来てからもうじき3年経ちますよね」
「え?そうだっけ。もうそんなに経つんだ」
予想しなかった言葉に、スズカは多少驚きながらも経過した月日を指折り数える。
確かにフクキタルが言うように、あと1月半もすれば3年が過ぎる計算だ。
「お互い色々ありまたよね。嬉しい事も楽しい事も苦しい事も…」
「あんまり思い出したくない事もあるけどね…」
微妙に表情が曇る2人。この3年あまりは2人とも、決して順風満帆のトゥインクルシリーズとは言えなかった。
タイトルにこそ恵まれたが、互いに怪我には泣かされた。
特にスズカは、選手生命をも危ぶまれる大怪我に見舞われている。
とはいえ結果を残せず志半ばで、学園や競走その物から去っていった多くの同期生たちに比べれば、はるかに幸せな日々と言えたが。
「けど、スズカさんは良いですよ。怪我から復帰して、アメリカ挑戦は成功、ドリームトロフィーリーグにも行くんでしょう」
「まあね……ああっ、あなたの悩みって“進路”なのね」
『なぜ分かったんですか!?』という表情を浮かべるフクキタルに、スズカは小さく『察しただけ』と伝える。
「3年と言えば、トウィンクルシリーズに区切りをつける子も多いものね」
「そうなんですよ~それで悩んでいるんですよ」
勿論トウィンクルシリーズに在籍期間は決まっていない。
続けられるのならば4年・5年と続ける者もいるし、逆に3年も経たずにキャリアを終える者もいる。
とはいえ平均すればおおよそ3年で何かしらの、次のステップへと移るウマ娘が多いのは否定できない事実だった。
「一応進路は3つに絞ってはいるんですが…」
「3つ?」
「はい。一つはこのままトウィンクルシリーズで走り続ける道。そしてもう一つはきっぱりすっぱり辞めて、実家の神社を手伝う道」
左右の手の人差し指を立てて、フクキタルは金色の瞳でそれらを見つめる。
「なるほど。それで、もう一つは何?」
「もう一つは…あの…その…スズカさんの前でお恥ずかしいんですが…」
「今更恥ずかしがる仲でもないでしょう。菊花賞の後の調子に乗りまくったあなたなんて、かなり恥ずかしかったわよ?」
「あ、あの時の事は、もう言わないでくださいよー」
菊花賞後のフクキタルは、確かにそう言われても仕方ないほどおかしな言動を繰り返した。
今となっては笑い話にもなるが、担当トレーナーの助けがなければ、あのままフクキタルはダメになっていた可能性もった。
「ごめんごめん。言わないから、そのもう一つを教えてくれないかな」
「わ、笑いませんか?」
「笑わないって」
スズカに促され、フクキタルはゆっくりと口を開く。
「じ、実はもう一つは……おこがましくも、私もドリームトロフィーリーグに挑戦をしてみようかと…」
「へ?」
いったいどんな素っ頓狂な進路が出て来るのかと、身構えていたスズカは拍子抜けそのものの顔になってしまった。
「なんでそれを恥ずかしがるの。私はてっきり選挙に出るとか、宗教団体を作るとか言い出すのかと」
「私の事、なんだと思ってます?スズカさん」
ジト目でスズカを見やるフクキタル。
「まあそれは置いといて。あなただって、G1取ったウマ娘なのよ?上に挑戦して何がおかしいの」
また病気が出たか。とスズカは心中で溜息をついた。実力に反してフクキタルは、自己評価が異常に低い。
だからこそ少しでも自信の足しにする為に、スピリチュアルな物に傾倒するのだが、彼女の実力を知る同期生からすれば歯がゆい。
「そ、そんなお世辞を言わないでくださいよ」
「お世辞じゃないわ。あなたほど、綺麗なフォームで走る娘を私は知らない。新人の子から『誰のフォームを参考にしたらいいですか』って聞かれたら迷わずマチカネフクキタルって答えるわよ」
その言葉は世辞でも慰めでもなかった。教本から抜け出してきたような、美しく整った力強いフォーム。
その理想的な走行フォームからの、圧倒的な末脚から逃げきれずかつてスズカは敗れた。
「ま、まぁトレーナーさんも『フクキタルのフォームは本当に素晴らしいな』っていつも言ってくれますけど…」
「大体その自分は大した事ないって思う癖、卒業したんじゃなかったの?それこそトレーナーさんのお陰で」
フクキタルのトレーナーの事はスズカも良く知っていた。目立たないが実直で、よく気が付く人だという印象も持っていた。
このメンタルの危うい同期生を、陰になり日向になり支えている存在だとも。
「でもその、トレーナーさんが悪いんですよー!進路について相談したら『フクキタルが自分で決めるのが一番いい』なんて言うんですから!私の選択なんてアテになるわけありません!」
かつて『ここに邪気が満ちている!』と騒いだ時と、そっくりな表情でフクキタルは天を仰いだ。
「…それだけあなたを信じてるって事じゃないの?それに決めきれないなら得意の占いでも、シラタキ様のお告げでも何でも使って決めればいいじゃない」
「シラオキ様です!何ですかシラタキ様って!すき焼きでも作るつもりですか、罰が当たりますよ!」
スズカの天然な間違いに、フクキタルは鼻息荒く反論する。
「……それに占いはトレーナーさんに止められているんです。『進路は大事な事だ。占いに等に頼らず自分でしっかり考えて悩んで決めるんだ。それがどんな決断でも俺は支持する』って具合に」
「へぇ、トレーナーさんがね」
恐らく精神面での、フクキタルのさらなる成長を願っての指示だろう。
だがそんなトレーナの指示を律儀に守って悩んでいるフクキタルに、スズカは以前とは確実に違う物を感じた。
多分かつてのフクキタルならば、どこかでこっそりと占いを行ってしまっていた筈だ。
そんな同期の成長を、スズカはどこか嬉しく思った。口や態度に出しはしないけれど。
「……それなら、私からも特に言う事はないかな。後悔しないように自分で決めた方がいいわよ。自分の事だもの」
「ええーっ、スズカさん!喋るだけ喋らせてそんな殺生なー!……そうだ、今思いつきました。第4の道として二人でお笑いコンビを組むのはどうですか?コンビ名は『フクちゃんスズちゃん』で」
「却下。漫才したいなら、リョテイを誘った方がいいんじゃないの?」
にべもない。
「じょ、冗談ですよ。彼女とドツキ漫才したら死んじゃいますって。そんなに冷たい目をせずに、迷える哀れな同期をお救い下さいよー!」
今にも泣きだしそうな声でフクキタルはスズカに助けを乞う。
「ダメだってば……あ、そうだ。じゃあこうしましょう。私がこれから近所の神社でおみくじを一枚だけ引いてきてあげる」
「え?でもおみくじは」
「屁理屈だけど私が引いてきて、あなたにあげる分には構わないんじゃない」
おおっとフクキタルが感嘆し瞳に希望の色が灯る。
「だけどおみくじに何が書いてあっても、自分で決めるのよ。じゃないとトレーナーさんの気持ちを裏切ってしまうもの」
「それはもう、重々承知しておりますです、はい!」
尻尾をぶんぶんと左右に振るフクキタル。スズカはそれを見ながら小さく笑うと、その場を後にした。
それからしばらく時間が過ぎると、スズカは手に小さな紙片を持って戻ってきた。
「おおっ、待ちかねましたよ!」
万歳でもしそうな勢いで、フクキタルはスズカを迎える。
「しつこいけど、あくまで気休め・参考程度にしなさいよ」
「分かってますって!それではご開帳~!」
うきうきしながら、フクキタルは受け取ったおみくじを開いた。
しかしその中身を読み進めていると、次第に顔が曇り始めた。
(もしかしたら凶でも引いてしまったのかしら…)
不安を覚えたスズカは、横からおみくじをのぞき込む。
書かれていたのは中吉。大吉ではないがまずまずの筈である。
どうやらフクキタルの顔が曇ったのは、中吉のせいではないらしい。
「ね、ねぇ、なんて書いてあるの」
「………な、悩事の欄があるのですが…『自ら悩みぬいて決断すべし』と…!」
「嘘っ!本当に!?」
急いでスズカは確認をしたが、確かにおみくじにははっきりとそう書かれていた。
ちなみに断じてスズカは余計な工作などしていない。
「…もうこれは、神様も自分で決めなさいって仰っているのね。覚悟を決めて自分で決めなさい」
「そ、そんな!これでは何の参考にもなりません。スズカさん、もう一枚おみくじを…!」
「ダーメ。一枚って約束でしょ」
いたずらっぽく微笑んで、スズカはフクキタルから距離を取る。
「そこをなんとか!」
金色夜叉のように追いすがるフクキタルの手を、スズカはひらりと躱した。
「私この後、スぺちゃん達と約束があるの。それじゃねフクキタル。いい決断を願ってるわ」
「ま、待ってください~」
レースさながらの大逃げで去っていくスズカ。それを追いかけようとするフクキタル。
だが振動で宙を舞ったおみくじを、慌てて掴んだその時にはスズカの背中は既に小さくなっていた。