鬼とつくだけあって、吸血鬼も酒に強く、酒を好む。
というのが事実であるかどうかをまともに検証できるほど、宴会の席で正気を保っている人妖は少ない。
少なくとも酒を好むことは確かだが、宴もたけなわとなれば人も妖も正体を失っているのが常であるから、だれがどの程度強いのかということは、酔っぱらいどもの曖昧な認識が、酔っぱらいどもの模糊とした会話によって共有されているに過ぎない。
すでに酔いつぶれている連中が飲み比べをしたとして、それも好き勝手自分の好む酒を適当にあおるような試みにおいて、厳正なる数値が出ようはずもない。
なので実際のところその吸血鬼本人にしても自分がどの程度酒に強いのかを正確には把握していないのだが、そこは何しろプライドから足が生えてついでに酒を飲む口と肝臓がついて生まれたような種族であるから、我こそは酒豪ぞと勝手に思っている。
血を飲むのが笑ってしまうくらい下手なくせに酒ばかりは随分達者に飲むものだとメイドなどは思っている。
その吸血鬼のお嬢様が最近はまっているのがカクテルだった。
カクテルというのはざっくりいえば、酒と酒、または酒とそうでない液体を混ぜた飲み物だ、とメイドは理解している。
主人であるお嬢様が適当な知識でそう説明したからだった。
ある夜、急に呼びつけて、図書館に流れ着く漫画本で見て飲みたくなったから作れという。
メイドはよくできたメイドだったので文句も言わずに、いい加減なその説明通りの酒を出した。
「お待たせいたしました」
いつも通りのお待たせしない瞬間芸で、メイドはカクテルを供した。
水割りである。
芋焼酎の水割りである。
つまみは炙ったアタリメであった。
「咲夜、違う。違うんだなあ」
「はて」
「その心底わかりませんみたいな顔」
「心底わかりかねます」
「こーのー。あのね、カクテルっていうのは、もっとこう、お洒落なやつなのよ」
面倒ごとに頭を使うのが嫌いなメイドもなるほどと察した。
「ポテト・スピリッツ・ウィズ・ウォーター、ノンステアでございます」
「そういうことでもないしせめて混ぜろ」
悪魔のお嬢様は文句を言いながらも割りばしで適当にかき混ぜ、アタリメをつまみに水のようにあおると、それはそれでおいしくいただきながらも、メイドにカクテルの習得を命じたのだった。
極めて面倒くさいながらもほどほどに敬愛すべき主人の命であるから、メイドも片手間にカクテルを学び、多岐にわたる酒類やジュースなどを仕入れ、道具も手配した。
面倒くさかろうと、凝り性なのである。
主人は漫画の知識をもとに注文をしてくるので、メイドも自然と漫画を読むようになった。それで大体の好みの傾向も飲み込めた。
主人は単純なので、名前の格好良いものを中身も考えずに注文するのである。
味の方をちゃんとわかっているのかは不明だ。
最近はブラッディ・メアリーにはまっていたが、毎回同じものを出すのに飽きたメイドがセロリを添えたりし始めたので、もしやこれは名前だけは格好いいけれど、実態はアルコール入り野菜ジュースなのではないかと勘付いたようで、健康主義に目覚めたみたいでダサいという謎の理由で他を模索し始めた。
その結果の後釜がスカーレット・レディなるまたもや名前だけで決めたものであるから、学習はしても成長していない。
スカーレット・レディはシルバー・ラム、カンパリ、マンダリン・リキュール、レモン・ジュースを等量で、そこにマラスキーノ・リキュールを少々加えたものだ。
もちろんメイドはいちいち説明しないし、お嬢様の方でも気にしていない。
メイドにとってはいかに格好良くシェイカーを振るかが大事だったし、お嬢様にとってはいかに名前と見た目がお洒落で格好いいかが問題だったからだ。
時間を止めてしまえばカクテルも一瞬で提供できるが、それは見栄えが良くない。
作るところまで含めてがカクテルの醍醐味であるというのは凝り性のメイドのたどり着いた価値観であった。
過程はどうあれ結果が良ければよかろうなのだと考えるお嬢様にとっても、見えないところで目も当てられないアレンジをされるよりは安心ができる。
メイドは涼しげに、そしてリズミカルに銀のシェイカーを振り切り、カクテル・グラスに鮮やかな赤を注いだ。
そして美しく飾り切りしたオレンジの皮を飾る。
凝り性のメイド渾身の一杯である。
お嬢様的にはぶっちゃけこのオレンジの皮をどうしたらよいのかわからない、というかカクテル・グラスにくっついてくるいろいろについてどうした良いのかいつもわからない、言ってみれば柏餅の葉っぱや桜餅の葉っぱをどうしたらよいのかわからない外国人観光客のような困惑もあるのだが、しかし格好いいのは確かである。
煌々と照る月明かりのもと、レミリア・スカーレットはグラスの深紅を口に含み、にやりと笑った。
正直なところラムの強い香りやカンパリの苦みなどがお子様舌にはあんまりよくわからないのだが、格好つけは何にも勝るのである。
「ふふ、いつもながら見事ね、咲夜」
「ありがとうございます。ところでお嬢様」
「なにかしら」
「そのオレンジの皮をかじりながら飲むのが通でございます」
「……知ってたわよ? ええ、知ってた」
「嘘でございます」
「ぶっとばーすぞー?」