仕事忙しくて草ですわよ
いけませんわね
いけませんわ
字余り
「ね、なんでアタシ達三女神様の像にお祈りしてるの?」
「知らねえよ……トレーナー、なんでなんだよ?」
「毎年皐月賞の前にはこうするんだと祖父に教わったんだ。理由は好きに考えてくれ。ちなみに僕は君達の勝利の為に祈るというよりは……君達にとって良きレースになる事を願っているかな」
ふーん、と相槌を打つスカーレットとウオッカだったが僕とセイウンスカイがいかにもそれっぽい表情でなむなむと手を合わせてみせると2人は驚愕の表情を浮かべた。僕達が殊勝な態度を取っているのが相当効いたのか、2人も揃って女神像に頭を下げたのが横目で見えた
僕は宗教について詳しい訳ではないし、当然この3女神の像についても詳しくない。いや随分前に生徒会長に熱く語られたのだがその時は徹夜で飲んだ日だったから彼女の前で真っすぐ立って笑っているのが精一杯でいまいち記憶に残っていない。ただ僕が知っているのは、この三女神像に多くのウマ娘達が思いを託して、或いは希望を貰って来たという事だ
「……うん、なんかちょっとすっきりしたかも」
「わたしも~。なんかやる気でるよねぇ」
「いいっすよね、三女神像。俺結構好きなんです」
「おやぁ、ウオッカちゃんは芸術解る子なんだ?」
何気なく呟いたウオッカに対し、意外だねぇと驚いたような様子のセイウンスカイに対し恥ずかしそうにウオッカは首を振った
「ちゃん付けは辞めてくださいよセンパイ!難しい事は知らねーっすけど、なんか熱いっていうか。皆色々目指すもんがあって、それに全力で挑んできた……その思いがこもってるって言われりゃ解る気がするんすよ」
「アンタにしては趣深い発言ね」
「お前の感想はふわふわしすぎだけどな」
「なぁによ!?」
「なんだよ!?」
「流石の僕でも神仏の前では喧嘩は控えるね。まあそれでこそ君達らしいと思うが」
皐月賞を控えたセイウンスカイの為のお祈りを無事すませ、僕は大きく息を吐いた。この学園には女神像以外にも様々なパワースポットや名所が存在する。腹の底に抱えた不満をぶちまける為の大きな木の『うろ』やら、四葉のクローバーの発見率が異常に高い草むらやら、踏むとやる気がみるみる上がってくる魔法陣やら。伝承には詳しくなくても、僕は少々こういった話は好きだ。昔散々連れ回されたお陰でいつの間にか僕1人でも調べるようになった
「とはいえ、今日はパワースポット巡りの旅に出る予定は無いけれどね」
「それじゃ大和さん、わたし練習行ってくるね~」
「ああ、頑張ってね。後でサポートに行くよ」
それじゃね、と手を振ってゆるゆる歩いて去っていくセイウンスカイを見送る。彼女の足取りは軽やかだ。あまり練習は好きではない彼女も、最近は彼女なりに積極的に練習に精を出していると聞く。彼女の思いが報われる事を祈りつつも、とにかく僕は自分の仕事に戻る事にした
「今日は何すんだ?」
「チームハウスに行こう。君達用の今後の練習メニューが届いている筈だ」
「アタシ達専用の練習メニューっ?へー、楽しみね」
「専用メニューって誰が作ってんだ?トレーナーがやってくれるのか?」
「まさか。僕なんかが考えた月並みのメニューではとてもじゃないが君達を満足させられるとは思わない。我らのチームメンバーの練習については、もう1人の優秀なサブトレーナーが考えてくれているんだ。走法やテクニックを指導してくれるのはリーダーである大丸トレーナーだね。チーム練習も基本はあの人が面倒を見ている。彼は優秀だよ。GⅠレースで優勝した子を指導した実績もあるんだ」
「トレーナーは何を教えてくれるの?」
「愛さ」
「真面目に聞いてんのよ」
真面目に答えたつもりだったが、マジで冷たい声が返された。ウオッカですらスカーレットのツッコミに頷いて白い目を向けて来る。僕が泥を被る事で2人の仲が深まるのは良い事なのかもしれないが、ふざけていると思われても少々困る。僕は姿勢を正して真面目くさった顔で厳かに話し出す
「ふむ……。この間の君達の勝負に口を挟んだように、僕自身が信奉するレース論はある。しかし日常の練習内容や走行フォームの指導は確かな実績を持った王道の指導者から学ぶべきだ。僕が担当するとなれば、レースに向けての精神面のケアや、休み方。日常のもやもやについての相談だったり……あとはなんだろう、学園内の昼寝スポットかな」
「……それいるか?」
「必要さ。ウマ娘は夢を見ずに走れない生き物だ。足が折れてもウマ娘は走ろうとするが、心が折れたウマ娘は才能も肉体も揃っていてもターフを去ってしまう。心の問題に関してはトレセン学園は随分前から取り組んでいる。『強いウマ娘を育てる』為のトレセン学園において、ムーンシャインの存在が許されているのはそういった面が作用しているんだ。そこで突然だけど、愛と恋の違いは解るかな?2人共」
「あ、愛!?恋!?わかんねーよそんなの!」
「何を照れてんのよアンタは……。そうね、色々あると思うけどそんなに違わないとは思うわ。使う相手によって変わる言葉ってだけじゃないの?愛って言葉は好きと互換できるけど、恋って単語は家族や兄弟には使ったりしないし」
あまりロマンチックではない言葉を返してくれたスカーレットと顔を真っ赤にしてそっぽを向くウオッカ。2人は対照的な反応だ。別に僕もロマンチックな話をしたい訳ではない
「僕自身の考えとしては、愛は見返りを求めない一方的な好意の形で、恋は見返りを求める好意の形だという事だ。僕は素晴らしい人間性は持ち合わせていないが、それなりに情には厚い。ウマ娘の皆には無理せず元気な身体と心を持ったまま卒業して欲しいと願っている。この思いは一瞬の夢に賭けて燃えるように散りたいと思う節のあるウマ娘くん達に対しては割と一方通行の押し付けであり、即ち愛であると胸を張って言うのさ。だが一方で___」
勝手に思いが溢れ出しそうになったので、慌てて言葉を切った。僕はこれまで見返りを求めてウマ娘に接した事は無い。多分。いや、細かな意味では見返りを求めた事はあるけど本質的には奉仕であったり、僕自身の満足を追求した行為が殆どだ
しかし今、僕は2人に『見返り』を求めている。スカーレットには1番になってもらいたい、その夢を隣で一緒に見させて欲しいという思いがある。ウオッカにはそのスカーレットにとっての最大のライバルとして強く逞しく格好よくあって欲しいと求めている。この思いは一方的な押し付けではあるが、同時に彼女達にも同じ思いであって欲しいと求めるものであって___うん、あれだね。少し恥ずかしいので言うのは止めておこう
「何よ?」
「いや、なんでもないよスカーレット。僕はウマ娘達を愛している、という話さ」
「それは解ったわよ。その後言いかけた話を聞きたいの。なに?」
「おっと、チームハウスに着いたから話はここまでにしよう。ウオッカ、大丈夫かい?ちょっと恥ずかしい話だったから、不愉快だったら忘れてくれ」
「いや、なんでもねぇから……ちょっと落ち着かせてくれ」
「アンタはアンタで恥ずかしがりすぎじゃない?あ、ちょっとトレーナー!待ちなさい!」
さて、練習練習。真面目な話に戻らないといけない。僕はスカーレットの手から逃げるようにチームハウスのドアを潜り抜けた
「ん。大和サン、お疲れ様」
「やあネイチャ、お疲れ様。僕は疲れてはないさ」
「アタシもですよ。あ、スカーレットちゃんとウオッカちゃんの練習メニュー来てましたよ。机、置いときました」
「ふむ、ありがとう。そうだネイチャ、君も2人の練習に付き合ってくれないかい?手本となってくれると助かるんだが」
「いいですよー。アタシも今日は軽く基礎トレって気分でしたから。どーんと任されました」
頼りになる先輩だ。ウオッカを引き連れて入って来たスカーレットをなんとか宥め、ウオッカと2人席に座らせた。ネイチャがお茶を淹れてくれている間にトレーナー控室に置いてあった練習メニューの紙束を回収しバインダーに留めて再び2人の居る部屋へ舞い戻る。軽く目を通したが、相変わらず隙のないメニュー作りに恐れ入る。新入り2人のデータは入学時の身体測定と選抜レース、1対1でのリベンジマッチ程度しかないのだが文句1つ言わず僕の求めるモノを仕上げてくれた
「さて、2人共。これが練習メニューだ。目を通す前に、少し話をしよう」
僕が座ったと同時にネイチャがお茶を置いてくれる。本当にありがたい。トレーナー室で迎える時はいつも僕が淹れる側なのだが、チームハウスだと彼女は張り切ってお茶を用意してくれるのでついつい甘えてしまう。……お茶はかなり渋いが
「話ってなんだよ?練習についてか?」
「そうだよ。メニューを見て貰えば解るとおもうけど、これから数ヶ月君達はレース形式で走る事はほぼ無い」
「え!?」
「なんでよ!」
「僕の方針じゃないから怒らないでくれないか……。まず君達がこれからする事は、身体作りだ。筋トレ、柔軟、ランニングなんかだね。飽きないようにバリエーションは豊富だが、応用的な事は殆どやらない。レース論や座学なんかは挟むけどね」
目を吊り上げて不服そうながらも2人は一応聞いてくれている。ネイチャがパラパラと紙をめくりながら2人のトレーニング内容を読んでうへぇとしんどそうな顔をした
「レースに挑む上で1番大切なのは、勿論勝つ事だ。順位を競う以上、これは誤魔化しようがない事実だ。しかし、同じくらい大切なのはケガをせず走り切る事だ。1着をとっても怪我をしてはいお終い、なんて洒落にもならないからね」
怪我と長く付き合っているネイチャが僕の横の席にちょこんと座って話を聞いているのは少々気まずいものもあるが、僕は話を続けた
「ウマ娘が怪我をするのは練習と日常生活が7割だ。ウマ娘は本来身体が人間の何倍も頑丈だから、体質が絡むとこれまた別だが本来無茶な練習を重ねてもトレーナーの目がある以上大事に至る事は少ない。治り自体も早いからね。残った3割は何だと思う?」
「レースか?」
少し迷った後、ウオッカが小さな声でそう答えてくれた。僕は大げさに頷く。練習メニューの最初の数枚に書かれた『練習に対しての心構え』にも書かれている事だが、しっかり説明しておきたい事でもある
「うん。全体の件数の3割を占めるほどに、『レース』での怪我は多いんだ。ウマ娘の選手生命に関わるような大けがの割合の話をすれば、その5割はレースが原因だ。レースはウマ娘の理性を飛ばす。本能が刺激されて身体のリミッターがとても外れやすくなっている状態で走れば、当然ケガもしやすくなる。レースには夢が詰まっているが、爆弾も埋まっているんだ」
レース本番でこれまでの自分の全てを超えた走りを見せ、身体がそれに耐えられない。避けられない悲劇としてウマ娘の夢物語に幕が引かれる事は少なくない
「だから徹底して身体を作る。レースの練習をする為の身体作りだ。数ヶ月で君達の身体はかなり作り変わるから、走りの感覚もかなり変わってくる。走りの練習を途中で挟んでも、どうせ感覚がリセットされてしまうからね。いっそ集中して肉体改造だけにのめり込んでもらおうという話なのさ」
「ふーん。確かに、今までは本格的な器具とか使ったトレーニングってなかなかできなかったし、一回集中してやってみたいなとは思ってたのよね」
「あー、そうだよな。ウマ娘利用可のジムとかじゃないと思いっきり身体動かせなかったりするしなぁ」
「ムーンシャインは練習設備はかなり整っているからね。じっくりみっちり鍛えられるよ。頑張ろうね、2人共」
「よっしゃ!やってやるぜ!」
「そうね!思いっきりやってやろうじゃない!」
「わっかいねー2人共。ネイチャさん、このメニュー見てるだけで胃もたれしてきちゃうわ」
「君も2年前やった練習だろう?ネイチャ。頼むよ、僕じゃウマ娘用のトレーニングの実践なんてとてもじゃないが身体がもたないんでね」
「しゃーない、一肌脱ぎますかぁ。今度ラーメン連れてってよね」
「当然、奢るよ」
溜息をついて立ち上がった彼女はなんだかんだやる気満々だ。よろしくお願いしますと頭を下げられて照れた様子だが、ネイチャは後輩の世話を焼くのが本当に好きなのだ
二話に区切るには短く、一話に纏めると長い!長いですわ!でも書きがりありますわね!
暑くなってきましたが、お体に気を付けてください。お気に入り登録したり感想を送ってくださったりすると少し暑さが和らぐという噂がありますので、気になる方は試して下さい