ちゃんちゃらおかしいですわね
おかしいですわよ
字余り
熱狂冷めやらぬ会場を後にして、早1時間が経過した。滑るように道路を走る車の中で、スカーレットは次々と移り変わっていく窓の外を眺めていた。何も景色を見たいと言う訳ではなく、実際目に映っている情景など何一つ頭に入っていなかった。ただ彼女が思い浮かべていたのは皐月賞の情景だ
「……」
セイウンスカイは飛ぶように逃げていた。ならばそれにすら迫ったいくつかの影達の走りは一体全体なんだというのだ。追われているのが自分だったらと仮定するだけで身体が震える
ふーっと息を吐いて、隣をチラリと見てみればウオッカは呑気な事に口を半開きにしてぐーすか寝ている。こっちにもたれかかろうとするウオッカを反対側に押し付けようとして、その反対側では先輩であるライスシャワーがウオッカにもたれかかるようにして眠っているのに気付いた。だから本当に仕方なく、スカーレットは肩を貸す事にした
「いい勉強になったかな?」
「ええ」
ウオッカの前髪が顔にかかってこないようゆっくりと手で撫でつけてあげつつ、運転席から飛んできた声に生返事を返した。勉強になる、とは何かを学んでこそだ。そういう意味ではダイワスカーレットは何かを学べたとは言えない。ただ差を見せられて圧倒されただけだ。観客としてなら楽しめた、いいレースだった。しかしその熱が引いた今、同じ競技者としてどう思ったかと言われると___
「……うん。正直、圧倒されちゃった」
ポツリと弱音を吐いた。ウオッカが起きていたら言う事もできない情けない言葉だっただろう
「これまではどれだけ凄いレースを見ても、君には『まだまだ先の話』でしかなかっただろう。ただ今日見たのは、君があとたったの1年で挑む事になる大舞台だ。焦りも不安もずっと重く感じるだろう」
「アタシ、こんなのばっかりね……」
「君の目標はとても高い。更に一切の妥協を許さない君の生来の真面目さが合わさる。己が己らしくあればいいと割り切っているウオッカとは違い、結果に拘る以上外的要因にどうしても左右されてしまう君の夢はとても傷つきやすい。解りやすい君の弱点だね」
「ハッキリ言うわね」
ズバッと切り込まれて思わず目を伏せてしまった。喧嘩腰に言われたのならこちらも見合った態度で言い返してやるのだが、穏やかに指摘されてしまうと受け入れるしかない
「……ごめんよ」
「いやなんで言ったアンタが落ち込んでるのよ。アタシが落ち込みたいんだけど?」
「言いたくないんだこういう事は……。僕は人を褒めるのが好きなんだよ。大事な人なら尚の事ね。でも今の僕はトレーナーだ。人を導こうというんだから、傷つけるのを承知で踏み込む事もしなくちゃならない」
「解ってるわよ。で、どうしたらいいの?アタシ、正直メチャクチャもやもやするのよ」
普段は色々はぐらかすトレーナーがまっすぐぶつけてくるのなら、まっすぐぶつかり返してやろうとスカーレットは無茶ぶりに近い悩みをぶつけた。丁度赤信号で停車したのもあってか、トレーナーも少しふむと考え込む仕草をとった
「ご飯を食べて寝る。悩み事の対処とすればこれくらいかな」
「それで解決するの?」
「しないさ。ただ、お腹が空いていたり寝不足でふらふらしている時に悩み事が解決する事は少ない。これは確かに言える事だろう?」
「一理あるけど、もう少し具体的な案が欲しい所ね」
「ふむ。それじゃあ答えるけど___解決方法は1つだけだ。レースで勝つ事だよ」
「……勝てるかどうかで悩んでるんだけど。って言っても解ってるわよね」
「承知しているとも」
信号が青になった。トレーナーは振動が殆ど感じられない丁寧でゆったりとした発進を決めながら話を続けた
「君の悩みは結果を出す事でしか晴れない。レースで勝って、『ああなんだ、自分はちゃんと強いじゃないか』と安心するまでは延々悩み続ける。ライバルに勝てるのか、ライブでちゃんと踊れるのか、ファンに応援してもらえるのか、GⅠで勝利する事など本当にできるのか……。これらは全て、目に見える結果が出ない限り消えないものだ」
スカーレットは黙って聞いた。諭す様な励ます様な、いつもの呑気な声と少し違う凛とした力強さを持つ彼の声が車内に静かに響いていた
「長い長い道のりを歩く上で大切なのは、現在地を確認することだ。これまでの歩みを実感することで安心を得られるし、あるいはゴールまで歩けないと判断して見切りを付ける事もできる。
だから君のもやもやを晴らすには……そうだな。例えば来週にでもある、中等部の校内フリーレースにでも出てみれば恐らく晴れる。例え1着でなかったとしても、今の自分の位置を確認すれば何が足りないのかが解り、周囲のレベルを知れる。少なくとも感情ははっきりと定まり、漠然としたもやもやは減るだろう」
「じゃあ……!?」
「ま、以前言ったように君達は夏が終わるまでレースには出ないでもらうけどね」
「もうっ!」
運転席の背中を拳でドンと叩いた。ケラケラと笑うトレーナーの掌で転がされているようでむかっぱらが立ってきた。運転中で無ければ後ろから首を絞めてやったのに、とスカーレットは鼻息を荒くして鋭い視線でトレーナーの後頭部を睨みつけた。寒気を感じたトレーナーはからかいすぎたなと思い直してさっさと話を進める事にした
「現在地が解らない不安。闇雲の道を歩むのは恐怖すらある。しかも走りたいという欲求を抑えつけ、地味でしんどい基礎トレーニング。本当に辛い数ヶ月になるだろう。だからこそなんだよ、スカーレット。
君のそのもやもやは晴らすべきではない。君にはこの苦しさを自覚したまま、それでも耐えてもらいたいんだ。君が今抱えている思いは、これから何度も君の中から湧き上がる。今のうちに立ち向かう土台を作って欲しいんだ。身体と心、両方が同時に鍛えられる素晴らしい機会と考え今はトレーニングだけに打ち込んで欲しい。」
「泥臭いわね。ま、嫌いじゃないわ。無駄な足踏みは嫌いだけど、どれだけ遠回りだとしても一歩でも前に進めてるって解ってればアタシはどんな練習も耐えて見せるから」
「頼もしいよ。君の素晴らしい所は、例えどれだけ苦しくても目標がブレない所だ。真に強い心を手に入れた時、弱点は君の強みへと変化するだろうね。___ああただ、それはそれとしてしんどい時にはすぐ言ってくれ。知っているとは思うが、僕は息抜きに付き合うのはとても得意なんだ」
「それに関しては頼りになると思ってるわ。……ほんと、しんどい事させるわね」
「君ならやれるさスカーレット。信じているよ」
「……そ。ありがと」
心の中のもやもやは晴れてはいない。しかしもう気にはならない。それよりも大きく熱い思いが心の中で再び燃え上がっている事が解ったからだ。スカーレットは大きく息を吐いて、肩の力を抜いた
「お兄様が……久しぶりに真面目な話を……!」
いつの間にか起きていたライスシャワーの感極まった震え声が車内の空気をいっぺんに緩くした。トレーナーはさっきまでと違っていつのものような呑気な声でやれやれと呟いた
「ライス、茶化さないでくれないか。折角今カッコつけてるんだから」
「ごめんなさい!ライス、寝てるから……その、ごゆっくり……」
「やれやれだ。ほら、もうすぐ学園に着くから起きていてくれて構わないよ。ウオッカ、君ももう目を開けていいんじゃないかな」
「……いやー、俺は寝てたぜ。いや、マジで」
「アンタ聞いてたの!?」
「寝てたって!寝てた!ぐーすかだった!」
「だったらいつまでもアタシの肩に頭乗っけてんじゃないわよ!使用料取るわよ!」
「スカーレット、使用料っていうのはいくらだい?1分で1000円くらいかな?この後是非お願いしたいんだが……」
「あぁぁーっ!うるっさいわよ!」
スカーレットは顔を真っ赤にさせながら運転席の背中に拳を叩きつけた
_______________
そんなこんなで、皐月賞から数日が経過して金曜日の放課後になった。スカーレットとウオッカは指定されたように外出用の私服に着替えて校門前に集まっていた。既にそこにはチームメンバーの先輩達も何人か集まっており、当然今日の主役のセイウンスカイもそこにいてスカーレット達に笑顔で手を振って来た
「サタデーナイトフィーバーだぁ!!」
「おバカちゃんがよぉ!金曜はサンデーだろうがよぉ!」
「うるさーい!!祭り気分に水差すんじゃないやい!!」
ちょっとおバカな先輩ウマ娘達が謎のハイテンションで取っ組み合いを始める様子をスカーレットはぎこちない笑顔で見守るしかなかった。セイウンスカイもへらへら笑うだけだし、ウオッカは止めるかどうするかであたふたしている。そんな時、黒い影がひょこっと2人の間に割って入った
「こ、こんな所で喧嘩しちゃダメだよ2人とも!あと……その、金曜日はフライデーだと思うな」
「ら、ライス先輩!?お疲れっすァ!!!」
「お疲れ様ですッ!ごめんなさい喧嘩しません!英語も勉強しまっす!」
「えぇー!なんでそんな……も、もういいからぁ!土下座なんてしないでぇ!」
「おー、流石はライスパイセン。一発で黙らせちゃった」
「ネイチャちゃんもノってないで止めてよぉ!」
土下座するウマ娘の前であわあわしているのを見ると、ただの気弱で可愛らしい女の子にしか見えない。本当に彼女があの『ライスシャワー』なのかどうかスカーレットとウオッカは未だに半信半疑だった
「彼女は彼女だ。君達が見たまま、感じたままが真実だ。生の彼女に限らず、これまでテレビやレースで見てきた彼女も決して虚構という訳でもないだろうからね」
「うおびっくりした!いたのかよトレーナー!?」
「丁度今しがたね。ほら皆、一旦静かに。それで、外出する旨はそれぞれ寮長に伝えてきたかな?」
「「「はーい!」」」
「よし。さ、行こうか。第二陣は大丸リーダーが連れて来てくれる手筈だ」
いつもの恰好より少し小綺麗にまとまった服装のトレーナーが澄ました顔で歩き出した。皆がそれにぞろぞろと続き、おおよそ15分程歩いた辺りでトレーナーが遂に足を止めた
普段学生達は近寄らない高級店の居並ぶ街の一角。ポツンとそびえるのはレンガ作りの洒落た建物だった。アーチのように丸みを帯びた入り口にはめ込まれているのは分厚い木製の扉。その上には長い歴史を感じさせる薄汚れた看板がかけられ、『ヤブサメ亭』と丸みを帯びた文字で描かれていた
「え、ここっすか大和サブ……?大丈夫なんですか?間違えてませんか?」
「すんごい高そう……」
「大和サブの事だから匂わせるだけ匂わせて100円回転寿司とかだと思ってました!」
「なんだ、そっちの方が良かったかな?僕とした事がカッコつけすぎたらしい。今からでもそっちにしようか」
「「「ごめんなさい!大和サブのお金で高いご飯食べたいです!!」」」
先輩達の一糸乱れぬ直角のお辞儀と、隠す事のない欲望。ダイワスカーレットは思わず口角が釣り上がってしまったのを手の平で隠し、咳払いで笑いを誤魔化した。ウオッカは隠すことなく爆笑していたが。何はともあれ、本日はセイウンスカイの祝勝会が企画されているのだ
「さあ、入ろうか」
彼は得意げな顔で大きな扉を手でコンコンとノックする。すると扉の中程の一部が横にスライドして開き、中から鋭い眼が出現した
「……合言葉は」
重苦しい地を這うような声。負けじと低い声を作って大和が囁くように答えた
「『呑むなら吐くまで呑め』」
ガシャンと小窓が締まり、次の瞬間扉が内側に力強く開かれた。中からキラキラした光が外へと漏れ出し、少し遅れて何とも食欲を誘う魅力的な香りがスカーレット達を出迎えてくれた
「よく来た、ブラザー」
「ああ、兄弟。今日はド派手に頼むよ」
トレーナーと握手を交わす目付きの悪いコック服の男を見て、スカーレットは思った
ああ、トレーナーの知り合いという事はきっと変な人なんだろうな___と
「……ブラザー、なんだかすごく厳しい視線を感じないか?」
「兄弟、そこのところを君の料理で懐柔してやってくれ。今日はエアグルーヴも来る。ご機嫌をとりたいんだ」
「それは腕が鳴るな。さ、皆中へどうぞ。今日は貸し切りにしておりますので」
丁寧に頭を下げるコックに招かれ、おっかなびっくりウマ娘達は店内へと入って行った
※セイウンスカイは助手席で寝てました
梅雨です。ウマ娘達は髪だけでなく尻尾も乾かさないといけないだろうから、この時期は大変でしょうね
明日で第一話の投稿から一ヶ月が経ちます。作中時間も1か月ですね!はい、もう少しペースあげていきます!本当です!!!!
スカーレット以外がメインになる回が多くなるのは……?
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浮気よ!!!!
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それもありね!!!!
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好きにすればいいじゃない!