申し訳ございませんわ
いえ反省はしておりませんけど
字余り
「んああぁ……んんんん~~~……!!」
「よしいけっスカーレット!あと10センチだ……よし!オーケーだッ!」
「ほぁー……」
振り絞るような艶めかしい喘ぎ声を出しながら、スカーレットは震える両腕でバーベルをストッパーに引っ掛けた。大丸さんがタンクトップからはみ出した電柱みたいにぶっとい両腕を打ち合わせて、パンと景気のいい音を鳴らし、そしてキラキラと輝く目でスカーレットを褒め称えた
「よーしよし、いい筋肉を見せてくれたな。さあ!次はウオッカだ!よし来い!」
「押忍!」
疲れ切ったスカーレットはふらふらっと立ち上がってウオッカに席を譲ると、邪魔にならないよう隅に座り込んでいた僕の横にどしゃっと倒れ込んだ。当然、垂れ込む彼女が汚れないよう素早くバスタオルを敷いてあげるのを忘れない
「よく頑張ったね。素晴らしいウエイトだったよ」
「アンタは……ふぅ、はぁ……。見てるだけなのかしら?」
「応援してたよ。それはもう、全力でね」
見てるだけとは心外だ。僕は右手に握りしめた光る団扇……そう、セイウンスカイの応援にも使ったヤツだ。スカーレット用に『君が1番カワイイよ』と書き込んだ光る団扇をこれ見よがしに見せつけた。ちゃんとウオッカ用に『汗の数だけカッコイイ』と書かれた団扇も用意してある。完璧な仕事だ
だけど喜んでくれるどころか、スカーレットは目を半開きにしてじとっとこっちを見ながら息を整えるだけで一切褒めてくれなかった。まあ恐らくこういうことじゃないだろうなと薄々解ってはいたので、僕は肩をすくめて弁解を綴る
「確かにトレーナーとしてであれば光る団扇を振り回すより、君達の筋肉トレーニングの補助をするべきではある。しかしね、しかしだよ。100キロを超えるバーベルを10回単位で上げ下げできるウマ娘の補助は少々骨が折れるんだよ。いくら愛があっても、本当の意味で骨が折れるんだよ」
「それじゃアンタも鍛えましょ。アタシとウオッカの為にも」
「それを言われると俄然やる気が出るね。……ただ、やっぱり現実的ではないね。大丸さんと違って僕は人間だし、僕のできる事に専念させてもらうよ」
「え、大丸リーダー人間じゃないの……?」
「おそらくはね。彼は己を人だと主張しているけど、僕だけじゃなく周りの人間は長年ずっと彼の正体を疑っている」
ウマ娘、という存在はただ走るのが早いだけの可愛らしい女の子ではなく、基本的には身体面全てにおいて人間を上回る。無論、腕力においてもだ。鍛えているウマ娘ともなれば、普通の女子高生ですみたいな可愛らしい体形で自動車を持ち上げたり大型バイクを投げ飛ばしたりする。そんな彼女達のトレーニングに付き合うのは多少鍛えた程度の人間には難しいので、本来はウマ娘のトレーニングにはウマ娘が補助に入るのが普通だ
「ぬおぉぉぉ……!!」
「ウオッカァ!そうだ、あと3回だ!全力でやり遂げろ!」
顔を真っ赤にして己の限界に挑戦しているウオッカの横で檄を飛ばす大男のような例外もいる
「彼は純粋な筋力だけならウマ娘と張り合えると言われているからね。ゴリラ娘ならぬゴリラ男だという説が濃厚だね」
「大和、俺は人間だと言っているだろうが!おっとウオッカ、気を付けないと危ないぞ!」
ウオッカが少々バランスを崩しそうになったのを見て、大丸さんはバーベル(100キロを超える)に片手を添えて固定した。(もう一度言うがバーベルは100キロを超える)間違いなく彼は人間の域に収まらない何かである。こればかりは間違いない。スカーレットも耳をぺたんと倒しながら僕の言いたい事が解ったと頷いてくれた
「『走り』を真髄とする君達ウマ娘に上半身の高負荷トレーニング必要かどうか、という疑問を持ったりはしないかな?」
「アタシだって自分で調べたりしたことくらいあるわ。バランスとか体幹とかそういう話でしょ?」
「そうだね。ウマ娘の最適なトレーニング方法、なんてテーマは毎日のように新しい論文が発表されるし長い長い歴史を経て正解と言えるものは見つかっていない。ただ、筋肉量を増やす事でのスタミナの増加やケガに対する抵抗力は何れも証明されている事だからね。是非とも頑張って欲しい。いや頑張っているのは解っているんだけど」
「ん、大丈夫。アタシちゃんと頑張れるわ。結構楽しくやれてるもの」
そういうスカーレットの顔は晴れやかだった。僕の考えとしては彼女には一度『レース』から離れる時間が、もっというなら『1番』から離れてくれる時間を持って欲しかった。レースを想定した練習を始めれば彼女には否応なしに敗北が付きまとう。我らムーンシャインの先輩方の優しくも厳しい指導が壁となってぶち当たるからだ
こういった基礎トレーニングに集中してくれている間は、彼女の精神面に余計な負担がかからないんじゃないか……などと考えたりもしている訳だ。いやまあ最初の頃は事あるごとにウオッカと競い合って無茶な重量に挑戦しようと熱くなってしまう事もあったが、今では自分のペースを守ってくれている
だから彼女がモチベーションを高くしてトレーニングに打ち込んでくれている現状は僕個人としてとても……んん、なんというか。言葉は悪いが、都合がよかったのだ。いや本当に言葉が悪いし、気分も悪くなってしまう。まるで彼女を掌で都合よく転がしているようで___
「トレーナー。アンタ、また変な事考えてないでしょうね」
そうしてこの子はズバっと突っ込んでくる。彼女は僕のポーカーフェイスを遠慮なく見抜いて来るのだ。やれやれだね
「いや、結構解りやすいわよ」
「そうなのかな?僕はいつもへらへら笑っていて解りにくいともっぱら評判なのだけれど」
「そ。もしかしたら、アタシの事を考えている時だけは表情がくるくる変わるのかもね」
にやにやしながら、床に寝そべりながらそんな生意気な事を言ってくる。誰だこの子に小悪魔ムーヴを教え込んだのは。まだ彼女は中等部の1年生だぞ。思わず返す言葉に困り、黙り込んでしまった
「……えっと、適当に言ってみただけなんだけど。ホント?」
「スカーレット、今日の夕飯は何が食べたい?僕はカレーの気分なんだけど」
「誤魔化すならちゃんと誤魔化してくれる!?なんか恥ずかしいんだけど!」
いや君が振った話じゃないか。スカーレットの張りぼて小悪魔ムーヴは脆く崩れ去った。身体を起こして汗を拭きたいと駄々をこねる彼女に清潔なタオルを手渡して、僕は誤魔化すようにウオッカの様子を見た。まあ彼女のモチベーションは心配していない。根っからの根性型だ。根性型というのは、つまり場が温まればその勢いに躊躇いなく乗れるタイプの事を言う。大丸リーダーの乗せやすいタイプだ
「よーしよしよし。いいぞウオッカ。これで一旦は終了だ」
「はぁっ、はぁっ。ありがとうございました!大丸リーダー!」
「おうとも、俺でよければいつでも付き合うぞ。おっと、もうこんな時間か。大和!悪いが俺はここまでだ!後は頼めるな?」
「ええ、問題ありません。そろそろネイチャ達が来てくれる筈ですので、トレーニングはこちらで回しておきます」
謝罪の言葉を述べながら大丸リーダーは去って行った。さて、それではネイチャ達が来るまでは少し休憩でも___そう口にしようとした瞬間、ガチャリとドアの開く音と共に元気いっぱいな声が飛び込んできた
「おはようございまーす☆___あ、大和サブトレーナーさん!空いてるならトレーニング設備を使わせて欲しいなって思うんだけど、今ってどうですか?」
僕以外に初めて会う子がいる事に気付くと、直ぐに満面の笑顔でピースサインを取る。ファンサービスを欠かさないウマ娘の姿を見て驚愕するスカーレットとウオッカ。確かに彼女もかなり有名なウマ娘だから、そのリアクションは正しいだろう。例え今纏っているのが少々年季の入ったトレーニング用ジャージであったとしても、アイドルもといウマドルを自称している彼女が放つオーラは見る人を引き付けるのだ
「丁度いい。筋肉トレーニングと言えば、みたいな子が来てくれた。彼女こそはダートの人気に火をつけた爆裂マッスルプリティウマドルことスマートファルコン氏だ」
「むむっ!もっと可愛く紹介してくれなきゃダメだよっ☆初めましてのお2人にも、ファル子の事ちゃんと知って欲しいんだから!それじゃ、いっくよー!私は___」
彼女の自己紹介は非常に長いので、一言で纏めてしまおう。___いや本当に申し訳ないのだが、延々と己のプロフィールとウマドルとしての信条を語った上に一曲披露してくれたりするので本当に長くなるのだ。全国100億人のファル子氏のファンの皆様には申し訳ないが、尺は無限ではないという事は解って欲しい
ただ流石といった所で、彼女の魅力と愛嬌に当てられた初見の方はすっかり心を奪われるから時間はあまり気にならないだろうし、実際スカーレットとウオッカは夢中で聞いている。それでも数百回位聞かされている僕としては正直暇を持て余す。それを悟られないよう態度には気を付けているし、なんなら万が一に備えて用意しておいたサイリウムを構えるくらいの事はやらせてもらうけれど
つまり簡潔にまとめるのであれば、彼女はスマートファルコンだ。それ以上でも以下でもない。いや、決して勘違いして欲しくはないが、僕は彼女の事は好きだ。彼女は非常に優秀で魅力的で、唯一無二の素晴らしいウマ娘だからね。
確かに補習対象者として掲示板に名前が張り出されているのをよく見かけるし、学園やら路上でゲリラライブを行っては生徒会室に連行されてメチャクチャに怒られたりもしているが、とにかく本当に素晴らしいウマ娘なのだ。彼女のトレーナーは最近ではファル子氏をアイドルとして売り込む為の営業にも手を出しており、このところ学園を離れて外を飛び回っている事が多い
「彼女のトレーナーが学園を離れると、セーフティを失ったファル子氏が可愛さを振り回して暴れ回るからね。暇なトレーナーが相手をするのがトレーナー間での暗黙の了解なんだけど、当然暇なトレーナーなんてそう都合よくいないからね。大概僕にお鉢が回ってくるという訳なのさ」
「ファル子を厄介な台風みたいに言うの止めて欲しいかなっ☆それでそれで、トレーニング見て欲しいんですけど、いいですか?」
見る、と言っても指導ではない。高負荷のトレーニングを行う際はトレーナー職の監視下で執り行うという規則が一応あるので、彼女が求めているのは文字通り見るだけの行為だ。見ているだけなら流石の僕でも問題なく実行する事が出来る
「ああ、むしろ光栄だよ。君のトレーニング風景を間近で見せてもらえるなんてね。代わりと言ってはなんだが、新参者であるこの2人に指導してあげて欲しいんだ」
「ウマドルとしての心構えかなっ?」
「それはまたの機会に是非お願いしたいものだね」
彼女は可愛らしく顎先に人差し指をちょこんと当て、きょとんとした顔だ。今の流れからそっちに持って行こうとするのは流石に強引すぎるんじゃないのかな
隙あらば後輩をウマドルグループに引きずり込もうと企む彼女には申し訳ないが、今回はダンス練習回では無い。なんとか誘導して練習を再開した。ダートを力強く走り抜ける為の身体作りに長年徹して来た彼女が持つパワーは目を見張るものがある。実際凄い。彼女は自分のトレーニングをしつつも、スカーレットとウオッカの補助も行ってくれる
しばらく時間が経過した。ペットボトルを持ち上げるのにも苦労する程へとへとになった2人を尻目にハムストリングに追込みをかけ続けるファル子氏は、相当しんどいだろうに明るい表情を維持している。どれだけ辛く苦しいトレーニングでも、1人でも観客がいる限り彼女はウマドルとして振る舞うのだ。簡単な事ではない
ちなみにハムストリングとはお尻の筋肉であり、『尻目』とかけたジョークでもある。ふむ、我ながらいいジョークを思い付いた。なんて考えているくらい僕は正直暇だった
「筋トレのコツっていうか、取り組む時の心構えみたいなモンがあれば教えて欲しいです」
だからウオッカが気を付けの姿勢をとりながらそんな質問をしてくれたのは僥倖だった。何か聞きたいことがあれば聞いてみればいい、と僕が言ったのだが、この質問なら何か面白いお話が聞けるかもしれないと思ったのだ。というか放っておくとウマドル勧誘の話を始められてしまうのでどんどん質問を続けて欲しかった
「うーんなんだろうなぁ。あのね、もう限界だなぁって思ってからね。そう思ってから、えいって持ち上げるの!本当にしんどいなって所で踏ん張るのがウマ娘として、ウマドルとしての強さの秘訣なんだよ☆」
長く辛い下積み時代とも呼べる環境でも笑顔で努力を続け、彼女は芝より一段劣ると揶揄されてきた自らが立つ『ダート』という舞台そのものの人気を向上させた。走りにくい砂を踏みしめ、大地を削りながら走る。荒々しくも洗練された美しさを持つ彼女達ダートウマ娘のありように、芝とはまた違った輝きと憧れを抱いた者も今では多くいる。彼女だけが貢献した訳ではないが、第一人者であることは間違いないだろう
それはそれとしてスカーレットにこっそり逃げウマドルユニット募集中のチラシを渡すのは辞めて欲しい。確かにウマドルとして活躍するスカーレットを見たい気持ちもあるが、ファンサービスの勉強はもう少し先の話でいいだろうからね
「それじゃあ、ファル子のこれまでのウマドルとしての軌跡を語ってあげるね!4時間3本立て!ライブが50曲分入るから、しっかり応援してくれると嬉しいなっ☆」
ちょっととんでもない事を言い出したぞ。なんとしてでも止めたい所だが、生憎彼女はとても、本当にとても嬉しそうな顔をしていた。ご存じかもしれないが、僕は『君達の好きなようにやればいい』みたいなスタンスで中立を気取ってカッコつける事で責任から逃れて楽をするタイプの大人なので、こういう時強く出れないのだ
妙な所で後輩力の高いスカーレットとウオッカは当然強く拒絶する事もできず、顔を引きつらせながらも精一杯の笑顔でサイリウムを握りしめていた。ここにライスかエアグルーヴが居てくれたら多少強引に(例:拳骨)彼女を止める事もできるかもしれないが、生憎不在だ。致し方なく僕はスマートフォンをタップし通報した
「___ああ、お疲れ様です。大和です。ええ、はい。そうです。おたくのファル子氏です。止まりません。ええまたです。はい。はい……あ、そうですか、あと一時間程でお戻りですか。はい、じゃあお願いします」
「ちょちょちょっと~!トレーナーさんに告げ口しちゃダメだぞっ!いやほんとごめんなさい!帰ります!帰りますから!ああっ電話かかって来ちゃったぁ!うぅぅ~……はい、ファル子です……はい……」
へこへこと電話に向かって謝りながら去っていくファル子氏の背中を見ながら、少々の罪悪感と一緒に深く息を吐いた。今度お菓子を差し入れにいこうかな……
次回からは砂漠の隼に花束をってタイトルに変更を……あっ待って待ってトレーナーさん!冗談だよっ!ねっ怒らないで……いやーん!!!
という訳でファル子さんの出番が今後あるかは未定です。はい
大和サブがファルコさんをファル子氏と呼んでいる理由はなんとなくってだけです。深い意味はありません