プリティダービーに花束を(本編完結)   作:ばんぶー

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セイウンスカイ。わたくし言いましたわよね


天井してでもあなたを引いて見せます、と


ほんとに天井まで出ないとは思いませんでしたわ



さようなら。60000円



字余り


本日雨のち雨

 外を出歩く用事がある人だったり、或いはポケットに電子機器を入れていたり鞄に大切な書類を入れていたりする人は雨は嫌いだろう。ただし僕の様に、チームハウスの談話室に引きこもっていても怒られず、濡らすと困る大切な書類なんてそもそも持ち歩かず、スマートフォンも防水である人間からすれば雨の風情を楽しむ余裕があった

 

 

 

 書類仕事に午前の時間全てを潰されてしまったのには参ったが、持参した美味しい昼食を食べてこうして雨音を聞きながら安楽椅子に身体を委ねて目を閉じていると……うん、程よい労働の疲れが癒されていく。

 

 働く事も疲れる事も好きではないが、適度な疲労というものは休息をより楽しむために大切なのだと実感できる。深く沈んでいく意識をそのまま手放し、少しの間休憩を___

 

 

 

 

 

「ちょっとトレーナー、起きて。机の上の本どけてもいい?スペース空けたいの」

 

「ん……ああすまないね。全部床に置いてくれて構わないよ」

 

「そんな事しないわ。積み重ねるだけ」

 

 

 肩を優しく叩かれた衝撃に、ゆらゆらと揺れていた意識が現実に引き戻された。目を閉じたのはほんの一瞬だった筈だが、時計を見るといつの間にか放課後になっていたらしい事が分かった。ぼやける視界の中でスカーレットの赤茶色のツインテールが揺れている。魅惑的なそれに思わず触れたくなって、僕は半ば無意識に手を宙へと伸ばした。届くことはなかったが、振り返ったスカーレットが不思議そうな顔で僕の伸ばした手を見る

 

 

「え、なに?髪に何か付いてる?」

 

「ああ、いや、そうじゃないんだ。すまない、寝ぼけているみたいでね」

 

 

 当然、女性の髪に気安く触るなんて行為は普段の僕ならうっかりでもしない事だというのに、どうにも頭が重く考えがおかしくなっている。少しすっきりしようと僕は安楽椅子から立ち上がった。見渡せばチームハウスの談話室は満員御礼だ。この喧噪の中で今の今まで目が覚めなかった僕はよほど疲れていたのだろう

 

 

「大和サン、コーヒー飲む?それか紅茶?」

 

「ありがとうネイチャ。でも自分で淹れてくるよ。君は勉強に集中するといい」

 

 

 机に向かってペンを走らせていたネイチャが僕が起きた事に気付き、額を手で揉みながらありがたい提案をしてくれた。しかし彼女の邪魔をする訳にはいかない。やんわり否定したのだが、ネイチャは上半身を傾けるようにこちらへ近づくと小さな声で食い下がった

 

 

「いやいや遠慮なさらず。ここだけの話、席を立つ言い訳が欲しくってさ」

 

「それを聞いてはお前に席を立つ許可はやれんな、ネイチャ」

 

 ギロリと鋭い視線がこちらを向いた。手にハリセンを持ったエアグルーヴが室内を闊歩している。ネイチャは耳をペタンと閉じて大人しくノートと教科書に視線を戻した

 

「おっと、怒られちゃった。……はい、勉強します」

 

「やれやれ、さっき休憩を終えたばかりだろう。サボリ癖が伝播しているな……。それもこれも貴様がしっかりせんからだぞトレーナー!」

 

 

 ここにいるとお小言が止まりそうにないので、僕は聞こえないフリをしながら部屋を出てコーヒーを淹れにキッチンへ向かう。雨で走れない鬱憤が溜まっているのか、今日の勉強会は非常に荒れていた。教科書とノートを持ち合いわぁわぁと騒がしく意見が交わされていたが、その大半は絶対にテストと関係のない雑談が殆どだった

 

 

 ウマ娘は健やかに育つべき学生だ。ある程度の教養も備えていなければ一流のウマ娘を名乗れないという学園の意向もあり、彼女達には一般的な人間の学生と同程度の学力が求められる。勉強が得意な子はより得意に、例え苦手な子でも立派な大人になれるように

 

 授業を受け持つ教員の方々はトレーナーとはまた違う視点でウマ娘の為に日夜奔走してくれているのだ。何分この僕も、先生という立場の人間には世話になってばかりだった。本当に頭の下がる思いである

 

「なートレーナー。勉強教えてくれよ。」

 

「ウオッカ。勉強とは教わるものではないんだ。学ぶものなんだよ」

 

「うっ。確かに一理あるぜ。すぐ人に聞く前にもっと自分で考えるって事を怠ってたかもしれねぇ……!」

 

 

 頭に〈合格〉と書かれた鉢巻をきゅっと巻き付けウオッカは教科書を食い入るように読み出した。『適当な事言って煙に巻こうとしてるじゃないか』とツッコミを入れて欲しかったのだけれど、彼女は真に受けて勉強に集中してしまった。いやまあ定期テストが近いだろうし、彼女の気合を入れる手助けになったというのならそれはそれでいいんだけど。

 

 

「まぁ君達ならテストで悪い結果を取ることもないだろう。入学試験の結果も悪くなかったと聞いているし、担任の先生ともお話しさせてもらったが2人とも優秀だと褒めていたよ」

 

「でも最近ウオッカは寝てばっかりだし、赤点取って補習送りになりそうね」

 

「あんだとぉ?そーいうスカーレットだって何回も俺が起こしてやってんだろうが」

 

「はぁー!?そんなの……一回か二回だけよ!」 

 

「いーやもうちょっとあったね!」

 

「なによ!やるの!?」

 

「やってやろうじゃねぇかよ!」

 

「喧嘩はするな。勉強をしろ」

 

 

 エアグルーヴのハリセンがぺしんと2人の頭を軽く叩いた。2人は大人しく勝負の場を勉強に移す事にしたようで、声を落として英単語の和訳問題を交互に出し合い始めた

 

 

「エアグルーヴ、少し厳しいんじゃないかな?」

 

「お前の分まで厳しく振る舞っているんだ。無理をさせる気はないが、全員にせめて平均点近くは取らせなければな。チームメイトが赤点常連となれば生徒会副会長の名折れだろうが」

 

 まぁそうだね。チームの子が赤点を出したりすると僕の指導不足という事でちょこちょこ色んな方面から怒られるし___ここだけの話給料の査定にも若干響いたりする。だからといって無理に努力を強いるのは好きじゃないが、ムーンシャインの皆はやる時はやる。

 

 仲が良いし、互いに助け合って成長する事の素晴らしさを知っている。僕なんかが口を出さなくても、彼女達は立派にやり遂げるだろう。その信頼があるから僕は落ち着いていられるんだ

 

「この問題は絶対A!Aが答え!!!」

 

「バカ言ってんじゃないよぉ!絶対B!Bだよぉ!」

 

「今私のことバカっつったか?言うじゃねえかよ前の定期考査で私より赤点多かった癖によぉ!?」

 

「バカ程過去にこだわるよねぇ!てか定期考査ってなに?難しい言葉使って賢さアピールかなぁ?」

 

「本物のバカのくせしていっちょ前に煽りやがってェー!勝負じゃい!スマブラで!」

 

「私の賢さを解らせてやるぅ!スマブラで!」

 

 

 まあ、この2人___高等部所属のウマ娘、ワンモアダイブとコットンルルのように、少々喧嘩っ早い子もいるが。ダイワスカーレットとウオッカに負けず劣らず喧嘩してばかりの2人は今日こそどちらが本当におバカなのかの決着をつける為に談話室隅のテレビの前に座り、コントローラーを握りしめゲームを始めようとして……当然のようにエアグルーヴに拳骨を喰らう。うん、恐らく彼女達は今度も赤点を取るだろう。でも例外は彼女達だけの筈だ

 

 

「あ、タイシン先輩。ちょっと日本史教えて欲しいんですけど」

 

「は?なんでアタシが。てか歴史は暗記ものでしょ、教科書見なよ」

 

「いや漢字だけ教えて欲しくって。『おだのぶなが』の『が』ってどんな漢字でしたっけ」

 

「……ごめん、『おだのぶな』までは漢字で書けてるって状況がマジで訳が解らないんだけど」

 

 

 タイシンの方から聞こえて来るヤバそうな会話は聞こえないフリをした。本当に頼むよ。赤点だけは回避して欲しいんだ。切にそう願うのだが、僕は皆に勉強を強制できる立場にもない。せめて彼女達のやる気の邪魔をしないよう(或いはムーンシャインの現在の学力について向き合う事を放棄する為に)僕は読みかけの本の続きを読む為安楽椅子に深く腰掛けた。そんな僕の横にセイウンスカイがとてとてと近づいて来たかと思うと、僕の腕をどけて椅子の肘置きにお尻を乗っけると小さな声で話しかけて来る

 

 

 

「ねね大和さん。ルル先輩とダイブ先輩、どっちがたくさん赤点取ると思います?」

 

「スカイ。そういう質問は良くないよ。彼女達は少し怒りっぽく落ち着きが無いだけで、能力自体は高い。きちんと勉強の時間さえとればきっと1つも赤点を取ることなく今度のテストを乗り切ってくれると、僕は信じているからね」

 

「私はルル先輩の方が赤点多くとる方にラーメン一杯賭けるけど」

 

「じゃあ僕はダイブに賭けよう。そうだ、もし3つ以上赤点を取って勝ったら味玉トッピングを奢ってもらえる事にしないかい?」

 

「お、いいルールだね。よっしゃ、忘れないでよね?」

 

「___へいへいセイちゃん?どうやら、先輩に敬意を払わない後輩がいるって聞いたんだけどぉ」

 

 

 お説教から解放され、可愛い桃色のボブヘアーのてっぺんにたんこぶを乗せたコットンルルがセイウンスカイの後ろから抱き着いたかと思うと流れるようにヘッドロックの体勢に入った。セイウンスカイは青い顔で両手を上に上げて降参のポーズをとる。彼女が確保された横で、僕も黒く長い髪を一本に束ねたワンモアダイブに詰め寄られていた

 

 

「大和サブ!私が3つ以上赤点とるって思ってんの!?酷いんじゃない!?」

 

「ダイブ。そうは言うけどね、真面目に勉強をしないと本当に不味いことになるんだよ。いいかい、学校の勉強とは自分の将来の選択肢を増やす為にやるものなんだ。君が勉強に対しての意識をもう少し強く持ってくれる為なら、僕は喜んで泥を被るよ」

 

「大和サブにまじめに勉強しろって言われると異常に腹が立つな!?」

 

「経験則だよ。僕は生活態度が最低だと言われたけど、テストの点数がそれなりだったからあんまり怒られずに学生生活を謳歌できたんだ。いいかい2人共、テストの点数だけ取っていれば、普段の態度や提出物なんかはある程度適当でも乗り越えられる。学校というのはそういうものなんだよ。ね、頑張ろうという気になったかな?」

 

「トレーナー。言いたいことは解るが……そういう教え方は教育者としては落第だろう」

 

「エアグルーヴ。あくまでこういった考えもある、という事さ。反面教師という言葉もあるからね、大事なのは彼女達がどう捉えるかだ」

 

「形はどうあれやる気さえ出れば、後は勝手に成長する。そう言いたいのか?」

 

「素敵な解釈だね」

 

 

 ふんと鼻を鳴らして黙り込んだ彼女を尻目に、僕は再び読みかけの本に視線を戻した。スカイにヘッドロックをかけたままの体勢でコットンルルが不満気にぼやく

 

 

「それにしたって、果物の生産地がどうとか魚の漁獲量がどうこうとかさぁ。見てるだけでお腹すくし集中できないよぉ」

 

「あー解りますね。アタシもお寿司食べたくなっちゃった。セイちゃんもそう思わない?」

 

 

 集中力が切れかけているのだろう、ネイチャもペンをくるくると回しながら雑談に乗っかる。話を振られたスカイはヘッドロックを外そうともがきながら、何の気なしにその問いに答えてしまった

 

 

「うーん私はそうでもないかなぁ。お寿司はこの間……あ」

 

「ん?セイちゃん今」

 

「あ、あー。ネイチャ先輩。それよりあのぉ、ちょっと勉強で解んない所がありましてね。教えて欲しいなぁって」

 

「ほうほう。セイちゃんは真面目でいいねー。でもさ、その前にネイチャさんもちょっと教えて欲しい事ができたんだよね」

 

「あ、あははー。あのルル先輩、ちょっとお手洗いに行きたいんで一回離して……ぐえっ。先輩、首締まってる!締まってるぅ!」

 

「おらおら吐けいセイウンスカイ!おぬし寿司を食べに行ったんだなぁ!しかも満足する程良い物をたくさん食べたんだなぁ!?」

 

「こういう時だけ察しがいい!?」

 

 

 僕は読みかけの本を机の上に置いて、そっと部屋を出た。出る際にセイウンスカイが助けを求めるような声を挙げたような気もしたが、所詮は気がしただけだ。聞き間違いかもしれない。確かなのは、今あの部屋にいると少しよろしくない事態に陥るだろうということだけだ

 

 

 気晴らしも兼ねて傘を差して雨粒が跳ね返る学園の石畳を散歩する。用務員さんが綺麗に整えてくれている学園の自然は雨粒を受けて鈍く輝いてすらいるように見えた、どんよりとした天気ではあるが眺めているとむしろ心が弾む。そんな時、雨音の合間を縫うようにして鈴を転がすような可愛らしい悲鳴が僕の耳に飛び込んできた

 

 

「はわわーっ!まさか傘が壊れちゃうなんて……!ううっ、不幸だよ……」

 

「やあライス。雨の中を走る練習中かい?もしもそうじゃないなら、傘に入って行くといい」

 

「お兄様!ありがとうっ」

 

 

 てててっと雨水を跳ね飛ばしながら駆け寄って来た彼女に傘を差しだした。途端に僕の背中に雨粒が当たるが、その分ライスシャワーに当たる雨は減ると考えれば不快には感じない。カバンが濡れないように抱きかかえていたライスがぶるるっと身体を振って雨粒を払い、僕が学生寮へ向けて歩き出した事に気付いて不思議そうに尋ねて来た

 

 

「ねえねえお兄様、チームハウスには行かないの?」

 

「ライス、一度寮に戻って着替えて来ないと風邪を引くよ。それにもう少し落ち着くまでチームハウスには近づかない方がいいだろう」

 

「う、うん?そうなんだ。じゃあ寮まで送ってもらいたいな、お兄様」

 

「ああ、喜んで」

 

 

 彼女が風邪を引かないよう少々速足で寮へと向かう。しとしとと雨が降り、ライスの黒い耳が雨粒でビーズを装飾されたようにキラキラと輝きを放ちながらぴょこぴょこ揺れるのを横目で見ながら、今夜の夕食についての考えを巡らせる事にした

 

 

 そろそろ春も終わろうかという、梅雨の季節の出来事だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





まあね。でもセイウンスカイのストーリーね、想像の10倍素敵でしたのでね。天井までガチャ引いた甲斐はあったと思います。セイウンスカイのストーリーをご覧になった方だとこの作品の彼女のメイン回が少し変に見えるかもしれませんが、ご容赦いただければと思います


オリジナルウマ娘ちゃんに出演してもらってます。多分メイン回は無い、賑やかし要因です。結構前のセイウンスカイの祝勝会の時に金曜日の夜を英語でなんて言うか喧嘩してたのも多分この子達です。名前をつけてあげないと話が回しにくいので即興で考えました



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