(にわかレース論、しったかトレーナー論をぶち込んであります。ゆるしてね)
「ウオッカとやるわ!」
「なんだって?」
ドアを蹴飛ばすような勢いで(実際蹴っ飛ばしたように見えたが)ダイワスカーレットが入室して来た。最近、彼女は僕の部屋のドアなら最悪壊してもいいと考えているように見える。本当に困るのだが、今はそれより話の続きを聞きたい
「やるって……デュエットでもやるのかい?」
「察しが悪いわね!レースに決まってるじゃない!」
「ウオッカと言うと、君の同室の?」
「ええそうよ!」
「選抜レースで差を見せつけられてすっかりメンタルを破壊され、ヤケになって夜間外出を繰り返した挙句エアグルーヴに叱られたあの一件に深く関わっているウオッカかね?」
「……ええ、そうよ!そうだけどなんか文句ある訳!!?」
「事前に相談は欲しかったし、時期尚早だと思うんだが……」
「ムリよ。仮にアタシが一週間練習すればアイツもそうする。決着をつけるべきはいつだって今この瞬間が適切なの」
ズバッと言い切った彼女の自信に押されて僕も思わず成程と呟いてしまった。それを見たスカーレットはフンと胸を張る。まあ、彼女の言う事にも一理あるだろう。ここまで強く意識しているライバルが身近にいるのに、負けっぱなしのまま健全なモチベーションを保つのも無理があるというもの。形はどうあれ、発散させるべきなのかもしれない
「君が決めた事を叶えてあげることに最善を尽くす。トレーナーとはそういうものか。よし、やろう」
「ありがと。しっかりトレーニングつけてよね」
「任されたよ。それで勝負はいつだい?確か10日後にもう一度選抜レースがあったはずだけれど、そこ辺りかな?もう少し時間が欲しいのが正直な所だがね」
「明日よ!」
「スカーレット?」
「絶対勝つわよ!トレーナー!」
「ダイワスカーレット???」
両手の拳を胸の前で構えて鼻息荒くする彼女の目を覗き込む。明らかに焦点が定まっていない。取り合えず落ち着かせる必要があった。彼女の為に用意しておいた可愛らしいふわふわの椅子に座らせてから、棚から紅茶のティーバッグを取り出す。ポットからお湯を注いで彼女の分を作って渡した後に、使用済みで薄まったティーバッグを使い自分の分を用意する
「ケチくさいわね」
一口飲んで冷静になったのであろうスカーレットが、僕がカップに湯を注ぐ様子を見ながら静かにそう口にした
「高いヤツなんだ。一回で捨てるのは勿体なくてね。それに存外、二回目のティーバッグもいい味を出す」
笑って返事をしながら向かいに座った僕の顔をチラリと見た後、スカーレットはしばらく大人しく紅茶を啜った。カップ半分程飲んでくれたのを確認してから僕は話を切り出した
「……で、スカーレット」
「しょうがないじゃない……。そういう風になっちゃったんだから」
「どうしてそうなっちゃったんだ?」
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全寮制であるこの学園において、彼女達2人は何の因果か同室で暮らしている。仲が良かろうが悪かろうが、どうしたって互いの様子はよく見えるものだ。ついこの間まで見るからに落ち込んでいたスカーレットが急に元気になったという違和感がウオッカの疑念を誘ったのも無理はない
「トレーナーが付いたくらいでそう簡単に変わるもんなのかね。それにお前のトレーナーになったヤツの話、俺も聞いたけどよ。その、アレだ。良くねぇ噂もある」
「何よそれ。どういうつもり?」
「ど、どうって……。ただお前単純なヤツだから、変に言いくるめられたんじゃねーかって」
「変なヤツなのは解ってるわよ。でもアタシの思いを真っすぐ受け止めてくれた。……言いくるめられたってのはあながち否定できないかもしれないけど」
「だったら……」
「だったらなんなのよ。そもそもアンタにとやかく言われる事じゃないわ。自分のトレーナーがまだ見つからないからって難癖つけるつもりならやめてもらえるかしら」
「あぁ!?そんなんじゃねーよ!そもそも他がいないからアイツに決めたお前と違ってこっちはトレーナーがより取り見取りで悩んでる立場なんだよ!」
「アンタ、言ったわね!…いや、やめましょ。口で語れる事じゃないわ。アタシの選択が間違ってるかどうかはレースで証明してあげる。そこで二度と舐めた口叩けないよう、ボッコボコにしてやるんだから」
ウオッカは思わず言葉に詰まった。いつものように売り言葉に買い言葉を返すつもりだったが、スカーレットの口調はいつも通りでもこれまで見せた事のない程の激情を瞳の奥に滾らせていたのだ。今までにない変化を見せつつあるライバルの様子に底知れぬ脅威を感じとったウオッカだったが、引き下がるなどという選択肢は無かった
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「ふーむ、なんて言うべきだろうか……。一先ずありがとう、かな?」
「アンタの為じゃないわよ。勘違いしないで」
「今のセリフを顔を赤くして元気よく言ってくれたなら100点___おっと、カップを投げつけないでくれよ。それも結構高い物なんだから」
しかし、どうにも困ったものだ。彼女は激情家ではあるが、第三者視点でそんな自分を見つめられる程度の冷静さも合わせ持っている筈だ。先日の選抜レースの走りからもそういった性格は見て取れた
「___今回はまだ良い。しかしスカーレット。いい機会だから覚えておいてくれ。トレーナーとウマ娘はパートナーだが、対等では無いんだよ」
だから言っておかなくてはならない。トレーナーとしての指導は、ただ早く走る為の方法を伝授する以外にも多くあるのだから
「仮に互いに対等だと思い合っている間柄だとしても、周りの目もそういう風に向く事は極めて稀なんだ。中にはウマ娘の反応がみたいが為にトレーナーを貶して揺さぶろうとする不届きな者もいる。今後は僕の事で何か言われたからといって、それに感情を左右されるような事はあってはならないよ。いや、プラスの方面に持っていけるよう上手く利用してくれるなら是非そうして欲しいんだけど」
「……なによソレ。アンタ、プライドってものがないの?」
「それよりも優先されることがある。僕にとっての誉れは僕自身が周囲から評価を受ける事には無く、君が高く評価される事にこそあるのだよ。ああ、ちなみに誤解の無いよう改めていうのであれば……僕自身、君の心意気には非常に感激した。そこまで思ってくれて、本当にありがとう」
「ちょ、別にアンタの為じゃないったら!話聞いてなかったの!?何言ってんのよ、もう!」
「この流れでツンデレムーブはご褒美でしかないな……カメラを回しておくべきだったよ」
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「まあそれはそれとして一晩で作戦なんかできる訳もないさ。そう簡単じゃない」
「だろうな……」
立ち合いを買って出てくれたエアグルーヴも呆れ顔だ。ダイワスカーレットは目を逸らしている。僕はわざとらしくため息をついてから薄っぺらい笑顔を張り付けウオッカの前に進み出る
「ということなんだウオッカ。どうだろう?やっぱり昨日の今日というのは……」
「俺は売られた喧嘩を買っただけだ。逃げるってんなら追いかけやしねーよ」
「誰が逃げるもんですか!言った通り、ここで白黒つけてやるんだから!トレーナー、アンタは黙って見てればいいのよ!」
「おいおいスカーレット。せめて落ち着いて……ああ、全く」
こちらに背を向けずんずんとスタートへ歩いて行くスカーレットと困ったように笑う僕を交互に見て、少々失望したような表情を一瞬浮かべてからウオッカもスタートへ向かった
「あーあ、面白いレースが見れるかなーって思ったのに。ガッカリだね」
なんだか生意気な声が横から飛んできた。僕はにっこりと笑いポケットからスマートフォンを取り出して操作しながら彼女に挨拶をした
「やぁトウカイテイオー、サボリかい?」
「サボリじゃないやい!後輩達の実力を偵察に来たんだよ!……だからトレーナーに変なこと告げ口したりしないでよ?」
「なんだそうだったのか……。申し訳ない事をしてしまったよ、たった今『テイオーがまたサボって僕の仕事の邪魔をしてる』というメッセージを君のトレーナーに送信してしまったんだ」
「はぁー!?もうもう、なにしてくれてんのさー!!」
トウカイテイオー。小柄な体をぴょんぴょんさせながら表情をくるくる替える彼女は一見ただの礼儀知らずの少女にしか見えないが、その実既に大舞台を踏んでいる本物の実力を持ったウマ娘だ。何故ここにいるのは僕は知らないが、ウオッカについてきた辺り彼女とは何かしら繋がりがあるのかもしれない
「トレーナー。貴様、本当に何も用意していないのか?」
エアグルーヴの問いに答える前に、審判を担当してくれたウマ娘がスタートの合図替わりに振り上げた手を力一杯振り下ろした。それを視界の端で捉えていたスカーレットとウオッカが地面を蹴りつけ弾けるように走り出す
ウマ娘は見た目こそ我々人間と大きく変わらない。耳が顔の横についているか上についているかぐらいだ。だというのにどうだろう、彼女達は圧倒的な身体能力を誇り、我々人間とは全く別の存在だと証明するかのように凄まじい速度で地を駆けるのだ
今日のコースは整備が行き届いた正式なレース場とは違い、他のウマ娘の練習の跡が残り芝も所々荒れている。しかし2人しかいないレースである以上、走る場所は好きに選べる。大きなイレギュラーは起こりえない
異変があるとすれば、ダイワスカーレットの走り方だ。スタートと同時にスカーレットはぐんぐんペースを上げ、様子を窺うウオッカとは随分差が開いていた
「うわぁ、めちゃくちゃじゃん。後先考えてない子の走り方!いやいやいや、最後まで持たないんじゃない?ねえおじさん、声かけてあげないの?代わりにボクが言ってあげようか?」
「テイオー。飴あげるから少し黙らないかい?」
「んむぐぐぐg」
きゃいきゃいうるさいテイオーの口に棒付きキャンディを突っ込む。目を白黒させこちらを恨めしげに睨んでくるが、はちみつ味の飴が気に入ったのか少々大人しくなった
「エアグルーヴ。君もスカーレットがオーバーペースなように見えるかな?」
「……随分掛かり気味だな。丁寧にペースを計算して走るあいつらしくもない」
「ふむ。安心した」
「なんだと?」
「君がそう思っているのなら、ウオッカもそう感じているだろうって事さ」
1対1。練習ではともかく公式レースでは殆どありえない形式だ。少なくともトゥインクルシリーズと呼ばれる大会では存在しない
「あくまで僕の持論でしかないが___1対1で最もやりやすい走りはなんだと思う?」
「えーなんだろ。逃げ?」
飴をもごもごとさせながらテイオーが口を挟んでくる。見ればエアグルーヴも小さく頷いている。確認してから僕はもっともらしい顔で続けた
「そうだね。スタートで前に出て、そのまま影を踏ませぬ電撃戦。きっちりスタミナを使い切って走り抜く。後ろにいるのが10人だろうと20人だろうと走り方は変わるまい。先行と呼ばれる常に先頭集団で競い合う事を意識する走り方も似たようなものだ。だが差しや追込みと呼ばれる相手を後ろから追い抜いて最後に先頭に踊り出る走りを得意とする子は少々勝手が違う」
経験のある熟練のウマ娘なら、例え1人で走る事になっても相手を脳内で想定し自分の適切な走り方のペースを保てる。それはあくまで、長年の鍛錬の成果があるからこそだ
「以前、レース経験の浅い追込み戦法のウマ娘2人に1対1をやらせてみたんだ。互いに相手の戦法を知らせないでね。対戦結果がどうなったかというと___どっちも相手の後ろにつこうとしてぐっだぐだの序盤戦を繰り広げて、途中でやけくそスパートをかけて団子になって走って最後はへろへろでゴールしていた」
「やり辛そう……」
その後彼女達で実験めいた事をした件は死ぬ程怒られたし、お詫びに結構な額の食事に連れて行くハメになった。そもそもあれだって僕が発案した事ではないのに___いや、話が逸れると良くないな
「つまり相手次第でベストパフォーマンスを出し切れずに終わることもある難しい戦法なんだ。トレーナーの間では『事故った』なんて言い回しをされることもあるね」
眼前のレースは中盤から終盤へ差し掛かる。もっと彼女達の走りを見ていたいのだが、ウマ娘のレースというものはいつもあっと言う間に終わってしまう。何とも侘しいものだ
「入学した時点で、ウオッカはスカーレットの計算されたベストの走りを差し切れるセンスとパワーがあった。仮に今回も選抜レースと同じ形式で走ったならば、十中八九同じ結果になっただろう。だが今この瞬間、1対1であれば。僕の用意した汚い小技と、スカーレットの頑張りで彼女を制する事ができる」
スカーレットは時計を持って走った経験がある。先行ウマ娘として、自分がどういうペースで走る事ができるのか。1人で永遠それを繰り返し、がむしゃらにタイムを縮めていた。そして最近の夜間練習で得た付け焼刃に近いスタミナの貯金がある
「ヤケになってかっ飛ばしてる。僕とスカーレットの態度でウオッカは思っただろう。どうせスカーレットはペースを崩して落ちて来るんだから、自分は釣られてペースを乱さずに勝ち切った前のレースと同じように走ればいい。そう考えた時点でウオッカはギリギリ追いつけないんだ。あれでスカーレットは計算された逃げ戦法を取っているからね。……ああ、さっきの彼女のセリフ、覚えてるかな?怒った風にしながら『誰が逃げるもんですか!』と来た。最高だったよあのセリフは」
「……」
「僕は汚いかね?」
「いや……褒められたことではないかもしれんが、レース前に精神的な駆け引きを行うウマ娘はいる。それに動じた者の弱さこそ悪い。だからそれ自体は咎める程の事ではないんだが……」
エアグルーヴは珍しく眉を吊り上げず、素直に感心したように僕を見ていた
「貴様、本当にトレーナーらしいこともできるのか」
「あぁ、泣きそうだよ。やれやれだ」
「褒めている」
「ああ、それはそれで泣きそうだよ。感激だ」
彼女は本当に冗談が下手だ。ダジャレ好きな生徒会長と何年も共にいる筈なのに、本当に冗談が下手なままだ。僕はポケットからテイオーに渡したのと同じ味の飴を取り出しエアグルーヴに差しあげると、僕自身も1つ取り出して口に放り込む。レースは最後の直線に入っていた
次回!ダイワスカーレット大勝利!!
希望のトリプルティアラに~レィーGO!!!
(あと他に見たいウマ娘ちゃんいます?もしよければ……よければでいいんで、こっそり教えて下さい。出すかどうかはシラオキ様に聞いてから決めます)