二話分の予定を一話に纏めましたんですもの
そりゃあまあクッソ長いですわよ
ほんっとうに長いので2、3日に分けて読んでください
字余り
僕は道を譲るのは嫌いじゃない。ああ、これは車の運転の話だけど。前に割り込みたい者がいれば減速してあげるのに抵抗を感じない。まさに人生においても同じだとは思わないかな?先へ先へ、というのが本当に正しいことなのかは、誰しも一度立ち止まって疑問に思うべき大切な事だろう
___ちなみにこんなものを真に受けて悩み始めた人は、直ぐにでも鼻で笑って流してしまって欲しい。こんなもの『時と場合による』の一言で片付く簡単な事だからだ。僕だって急いでいればアクセルを踏むからね。というかそもそも、日常の中に潜む何気ない例え話の後に『人生に似ていませんか?』と続けられる文章は大半が大げさに自分の意見を主張したいだけの下らない与太話だ。つまり僕の独白の大半もそういうものなんだけど
ただ、今自分は道を譲るべきなのか、先に踏み出すべきなのかの二択を迫られるのは意外と往々にして起こり得る事である。これだけは今回少しだけ関係のある話だし、大げさにでも主張したい僕個人の意見だ
ライスシャワーというウマ娘もこのような事をずっと悩んできたのだ。彼女は勝つ事が苦痛だと言った。勝てない事に悩むのでもなく、走れない事を悲しむのでもなく。自分が勝利を目指して走る事が、他者を苦しめるのだと嘆いたのだ
彼女はウマ娘の本能でもある『勝ちたい』という心に蓋をしてしまう選択肢に常に手をかけていた。ああ、もしも彼女が道を譲る事を選んで幸せになれるというのであれば、僕は止める気は無かったとも。しかし彼女がどれだけ苦しいとしてもこの先へ行きたい___『勝ちたい』と言うのであれば。僕はせめて、隣にいてあげるべきだと思ったのだ
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「ライスさん、病は気から。不運は涙から。まずは笑顔ですっ。楽しいから笑うのではありません。今日を楽しく生きるんだと自分と神様に示すためにも、張り切り笑顔で過ごすんです!ほら、にーっ!」
「は、はいっ。……にーっ」
「ふふっ、いい笑顔ですねぇ」
「わ、笑わないで下さい……。ライス、変ですか?」
「いえいえ。でもちょっとだけほっぺが固いかもです。お風呂で毎日揉んでくださいねっ。小顔ローラーを差し上げましょう!これはただの小顔ローラーではありません。なんと商店街の福引で当たった、ラッキーアイテムでもあるんです!」
「わぁ!凄い!ライスはティッシュしか当たったことないのに……」
「むむっ。それでは今度、私自慢の開運グッズを鞄に詰め込んでから福引にチャレンジしてみましょう。きっといいものが当たりますから!いやぁ、腕がなりますねぇ~」
2人はよく一緒に居た。フクキタルは変わった趣味と押しの強いコミュニケーションをとる子なので少々誤解されて避けられやすいが、相手の運勢が少しでも良くなる事を常に願っている優しい子なのだ。ライスシャワーは彼女のテンションに押され気味で最初は腰の引けた会話しかできていなかったが、いつからかとても懐いているように見えた。彼女を皮切りに、ライスシャワーは他のチームの先輩達にも可愛がられるようになっていた
ライスシャワーはチームに入った頃、1人での練習をやりたがった。彼女曰く、誰かを自分の不幸に巻き込んでしまうのが怖くて集中できないらしい。確かに、彼女と一緒にサボっている時にはエアグルーヴに見つかる事が多かったり、暇つぶしでやるスマホゲームのガチャの結果が振るわなかったりといった事は多いような気がしたが……まあ些細な事だった。そんな程度の事で彼女と距離を置こうという発想にはそもそも至らない。それはチームの子達も一緒だった
「やあやあ、ライスシャワー君!どうだろうか、もし飲むだけで幸運になれる薬があるとしたら面白いとは思わないかね?飲んでみたくならないかね!?」
「えぇっ!そんなのがあるんですか!?あの、ライスお金あんまりもってませんけど……よいしょ、これで買えるだけ……!」
「おいこらタキオン!止めないか後輩相手に!薬のテストは私とトレーナー両方を通してからやるようにと言っただろう!」
根っこから純粋で、他人の為に頑張りたいと常に言っているライスシャワーは、当然アグネスタキオンの怪しげな実験の餌食になりかける事が多かった。或いは、本当に危険なものは試そうとしない限り彼女なりに可愛がっているのかもしれないけど……
「おやおや見つかってしまった。しかしだねぇエアグルーヴ、これは大きな副作用も無いのが検証済みの薬品だ。彼女の身に危険はないよ?それにお金はとらないさ、あくまで善意だよ善意。ただし、ちょっとだけデータを取らせて欲しいというのはあるけれどね」
「……本当に問題がないというならこの場でお前が飲んでみせてみろ。どうした遠慮するな。手伝ってやる」
「のわーっ!き、君!力づくは……やめ……ウッ」
「はわわ……」
「副作用はないが……死ぬ程マズいんだ……」
「味を多少調えて出直してこい。やれやれ……おいライスシャワー。先輩相手だからといって何でも受け入れるのも問題だぞ。特にこのチームは……色々と、アレな者も多い。自分をしっかり保ち、不安があればすぐにトレ……いや、私に相談しろ」
「やあライス。僕に相談してくれて全然構わないんだよ」
「……トレーナーが悪さをしたらすぐに私に言え。躊躇わなくていい。フクキタルが制御出来そうにない時も私を呼ぶんだぞ」
「エアグルーヴさぁん。私そんな変な事しませんよ?」
「この間、開運グッズと称した巨大ぬいぐるみを抱えたまま模擬レースに出ようとして係りの者と盛大に揉めただろうが……」
「そんな事もありましたが!んん、私も反省していますからもう大丈夫ですよぉ」
わあわあと騒ぐ僕達に振り回されるライスは大抵おろおろと皆をフォローして回っていたけど、少なくともこの騒がしさを鬱陶しいと感じているようには見えなかった
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少しずつ、少しずつライスシャワーは笑顔を見せる事が多くなった。彼女は相変わらず不運に見舞われることも多かったが、それと同じくらい楽しいと思える出来事も多くなっていったからだ。この世にある何もかもが自分を悲しませる為に存在している訳では無いと、散々フクキタルに説教された事が功をそうしたのもあるだろうけど
「あの、サブトレーナーさん。こんな所で寝ててもいいの……?お仕事、もう終わったの?」
「ああライス。当然もう終わっているとも。君も仮眠かい?今朝から布団を干しておいたから、今日の仮眠室のベッドのクオリティは凄まじい事この上ないんだ」
「ほわぁー……!そうなんだね!ライスも、トレーニングまで少しだけ仮眠をとりたいなって思ったの」
「邪魔するぞ。……トレーナー。やっぱりここにいたか!さっさと起きろ!今年度のチーム目標設定の提出は今日の夕方までだと散々言ってあっただろうが!」
「やあエアグルーヴ。仕事に関しては終わらせたとばかり思っていたけれど」
「たわけ、あんなものが通る訳がなかろう!なにが『やたらめったら頑張りまっくす』だ!」
「上手に書けていただろう?いい墨と筆を使ったんだよ。僕は技術はあまりないが気持ちが入っていると昔先生に褒められた事もあって___」
「内容だ内容!こんな下らないモノを生徒会に提出しようと思った貴様の精神が信じられん……!ライス!この男が人目の付かない所で昼間からサボっている時は何を言われても取り合えず問い詰めろと言っただろう!堂々とサボっていない時は大概何かを隠しているんだからな」
「ご、ごめんなさい……」
「謝る事はないよライス。君は君のまま、優しいままであってくれたらいいんだよ。秩序を形にしたようなエアグルーヴの凛々しさに憧れるのも、当然素晴らしいとは思うけどね」
「私のこれも優しさだぞ。さあ起きろ、完成させるまで目を離さんからな」
「嬉しい提案だね。仕事にも身が入るというものだよ。……ふぅ、今日は本当に素晴らしいお昼寝日和なのに」
「あ、あはは……」
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「ライスは……勝利を望まれていない!」
なんだって?僕は思わず手にしていたグラスを落っことす所だった。そんな訳ないだろう。ソースの開示を要求するよ。僕の勘違いでなければ、ライスシャワーは結構人気がある。黒い勝負服に身を包み小さな身体で先頭集団に食らいつき、最終直線で一気に加速して全てを抜き去ろうと姿勢を低くして鋭く駆ける。根気強く、手に汗握る見ごたえのある走りは僕だけでなく多くの人が好きだった
日本ダービーで1着のミホノブルボンに対してギリギリの戦いを見せてくれた事もあってか、今度の菊花賞で2番人気に押されていることからも彼女の人気は確かだった。つまりソースを持っている僕の意見が勝る筈だが、こんなことを論じたってしょうがないだろう。悲観的に頭を抱えソファーに吸い込まれるようにして倒れ込んだライスシャワーに必要なのは、走りたいという意志をしっかりと持ち直してもらう事こそにある。そこで僕は少々不服ながらも、彼女の絶対のライバルの名を出す事にした
「でもライス、ミホノブルボンに一泡吹かせたいんだろう?」
「うぅ……でも、ライスなんかじゃ……」
「考えてみてくれライス。彼女が泡を吹く所、見たくないかい?完璧に計算済みですなんて澄ました顔をした彼女が君の素晴らしい走りに思考をショートさせて、気を付けの姿勢で泡を吹く。ふふっ、失礼ではあるが妄想してみるととても面白い絵面だな。君はどう思う?」
僕は横に座る彼女に意見を求めるため顔の向きを変えた。ジュースを飲んでいた彼女は静かに口からグラスを離すと、僕の目を真っすぐに見つめ返して淡々と言葉を返した
「私に対する侮辱、あるいは挑発と判断。制裁を開始しますがよろしいでしょうか?」
僕の横に腰掛けてたミホノブルボンが真顔で恐ろしい事を言ったので、僕は再び手にしたグラスを落っことす所だった。彼女のレーザービームのような視線を受け流すように肩をすくめる
「おっと失礼。まさか隣に座っているのが君だったとは想像もつかなかったんだ。今の発言は___いやミホノブルボン、違うんだ。あくまでライスシャワーを励ます為の鼓舞であって、君を傷つけようとした意図はないんだ。それに君の感情の豊かさを評価している事の証明だろう?」
「判断を修正。私は泡を吹くことはありませんが、そのような感情表現を実行できる可能性があるとポジティブな解釈をした上でのジョークだと理解しました」
「流石だ。柔軟な思考を持ち合わせているんだね」
「それ程でもありません。トレーニングの成果です」
僕とブルボンはジュースの入ったグラスをかつんと打ち合わる。ライスシャワーは僕達の愉快なやり取りを聞いていた筈だが、笑顔を取り戻すどころか頭を抱えたままソファーの上で毛布にくるまり、耳だけ出して団子になってしまった。僕とミホノブルボンは顔を見合わせ、2人揃って首を傾げた
「……おかしいですね。今の流れは事前の打ち合わせ通り進みました。つまりとても愉快だった筈です。ライスシャワーは抱腹絶倒し歓喜のステータスを取得し、やる気が向上する確率がとても高いと踏んでいたのですが」
「ふーむ。君が泡を吹くという情景が少し不幸な感じがしてしまうからだろうか。この部分はやはり変えた方がよかったかもしれない」
「しかし大和サブトレーナー。無表情な私が泡を吹くというのを以前日本ダービーの祝勝会で披露したところ、『めちゃくちゃ面白いけど二度と人前ではやらないように』とマスターが言っておられました。自分1人で独占したいと思う程に愉快だったと推測されます。それ以降私のとっておきのかくし芸としてデータベースに登録してあります」
「ふーむ。ライスには僕達の冗談は高度すぎたのかもしれないね」
「今日は真面目な人いないのかな……。というかなんでブルボンさんがここにいるんだろう……?」
悲観的な呟きがソファーの方から聞こえた気がしたが、僕とミホノブルボンは互いに顔を見合わせてもう一度首を傾げた。僕達は両方とも真面目だという自負があったからだ。それにブルボンがここにいるのは不思議な事じゃない。このチームハウスはとても快適な休憩場所でもあるからだし、彼女は度々ここを利用しているからだ
まあさておいて、ライスシャワーを立ち直らせる為なにが必要なのか僕とブルボンは真剣に打ち合わせを始めた
菊花賞が1週間後に迫っていた
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『報酬は?』
「君、僕のバイクを欲しがっていただろう。あれをあげるよ」
『おいおい、冗談だろ。ありゃ一点モノだっていっつも自慢してきた癖に』
「それ以上の価値がある。泣かせたくはないんだ」
『世はすっかり三冠ウマ娘を祝福するムードだ。ここから対立論争で盛り上げるのは骨が折れるぜ』
「やってやれない事ではないと、そう解釈していいのかな?」
『逆張りが好きな者達はいつだって燻っている。火種をやって束ねてやれば、嫌でも目立つ。そうすりゃ騒ぎに乗っかってくる者達も少なくないだろう。こちとら三流雑誌だが、フットワークは軽い』
「心強い言葉だね。是非頼めるかな」
『ああ。やれるだけやってやるさ』
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京都へ向かう新幹線の中、ライスシャワーは憂鬱な心持ちで窓の外の薄暗い景色を眺めていた。日曜日の菊花賞に備えて金曜の夜に移動し、疲れが残らないよう二泊するという贅沢な旅だったにも関わらずライスの心は晴れやかではない
絶対的なライバルの存在。彼女に期待する者達からかけられる、『ミホノブルボンの三冠を邪魔するな』というプレッシャー。ありとあらゆる物が自分に牙を剥いているような居心地の悪さに、ライスシャワーは菊花賞が近付く度にお腹がきゅっと締め付けられるような不快な感覚に度々陥っていた
通路側の席にチラリと目をやれば、アイマスクをして深く背もたれに身体を預けて静かに眠るサブトレーナーの姿があった。宿泊先は何が何でも温泉付きの旅館がいいとごね倒した彼だったが、結局レース場傍のビジネスホテルに泊まる事になってしまった事を嘆き悲しんで先程まで京都の名旅館特集雑誌を悲しい目で読みふけっていた。
気晴らしにお話ししたいのにな、と思ったがすぐに頭を振って自分勝手な考え方を吹き飛ばした。そもそも寝たふりをして彼から話しかけられないようにしていたのはライスシャワーの方だった。明らかに沈んでいるライスシャワーをそれとなくなんとかしようと気を遣うサブトレーナーの顔を見るのが、申し訳なくていたたまれかったからだ。ライスシャワーは小さくため息をつくと、少しでも気分が晴れる事を祈って再び窓の外の風景に視線を戻そうとした
「ライスシャワーさん、ですよね?」
「ふぇ!?は、はぃ……そうです」
その時、小さな声で自らの名前を呼ばれてしまいライスは思わず飛び上がる程驚いてしまった。通路を通りかかったのであろう若い男性が、申し訳なさそうにあいまいに微笑んで被っていた帽子を外して胸の前で持った。そして姿勢を正して小さな声で話しかけて来る
「すいません、こういう所で話しかけるのはマナー違反だとは思うんですけど……。自分、どうしても応援してますって伝えたくて……」
「え?ライスを?」
「はいっ。色々な事を言う人もいると思いますけど……菊花賞、頑張ってください。それと、もしかしてこちらにいらっしゃるのがトレーナーさんですか?」
「えっと、あの……そ、そうです」
彼が起きていたらすかさず『サブトレーナーです』と頑なに言い張っただろうが、寝ているしややこしいし別に構わないだろうとライスは肯定した。すると彼は神妙な顔付で深く頷くと、少し残念そうにしながらライスに再び小さな声で話しかけてきた
「できれば彼にも言いたい事があったんですけど……お疲れみたいですね。あの、起きたら言っておいてもらえますか?インタビュー記事、心底感銘を受けましたって」
「インタビュー……ですか?」
「あれ、読んでないんですか?……ああ、最近の雑誌ってどれも色々アレな事書いてますもんね。でもこの雑誌は大丈夫です。ライスさん達の事、一言も悪く書いてませんから。よかったら差し上げますよ、俺3冊も買っちゃったんで!じゃあ、俺はこれで」
呼び止める間もなく彼は別の車両へ歩いて行った。ライスシャワーは申し訳ないと思いながらも受け取った雑誌を見てみる事にした。最近はどの雑誌も右に倣えでミホノブルボンを表紙に据えて、過去の三冠ウマ娘達の歴史を振り返り、三冠という偉業が達成されるのがどれ程素晴らしいかを煽るものばかり。
しかし、この雑誌は少し変わり種の見出しだった。『挑戦者達』と銘打たれた特集が組まれており、表紙には見返り姿のミホノブルボンを背景に菊花賞の出走者達の走る姿が並べられていた。内容も、各陣営について深く掘り下げた記事で組まれている。そこには当然、ライスシャワーについての記事も何ページにも渡って記載されていた
『___彼女達は皆、美しい夢を抱いて走るウマ娘達だ。だというのに、心無き者は彼女達に対してミホノブルボンの為に菊の花道を飾り立てるオブジェとしてターフに立てと言っている。彼女を応援するのも解るが、それはレースの価値を下げる冒涜的な考え方だと言わざるを得ない。
申し訳ないが僕はライスシャワーに負けろとは指示できない。彼女達には責任があるからだ。長い歴史を経て継承されてきたGⅠレースが持つ誇りと栄華を受け継ぎ、そして更に洗練する為に。彼女達は確かな覚悟を持って走らなくてはならないからだ。まあなによりも、僕が最も応援するウマ娘であるライスシャワーの負ける所を見たくないというのが一番だけどね』
ふと、そんなインタビューが目に止まった。ライスシャワーの所属チームのトレーナーが語ったというその内容を3度程読み返して、ライスシャワーは胸がぎゅっと締め付けられた
私はなにをやっているんだろう、とライスは声にならない呟きを漏らした。息もできないような苦しさを覚え、身体がどんどん熱くなる。火照る思考はどんどん加速し、ライスの中で様々な感情がぐるぐると回り出す
ライスシャワーは、『青い薔薇』の物語に憧れる少女だ。他と違う異質な物を恐れる人々に忌避されて、いつしかすっかり萎れてしまった青い薔薇。しかしある日偶然にも現れた『お兄様』が言った。『未だ咲いてもいないというのに、なんと美しいのだろうか。ぜひともこれを、私に譲っていただきたい。きっといつか、想像もできないような素晴らしい花を咲かせるだろうから』
たった1人、自分を愛してくれた『お兄様』の為に再び咲き誇った青い薔薇は彼の部屋の窓辺に飾られた。そのありように通りがかった人々も感動し、幸せな気持ちになったという物語だ。そんな他者に希望を与えるような物語に、ライスシャワーは心底憧れたのだ
だというのに、今の自分は人の目を気にして縮こまっているままだ。これでは誰の期待にも応えられない。誰も幸せにできない。こんな自分を受け入れてくれたチームの皆に……サブトレーナーに、応えられていない。こんな自分に価値はあるのか?青い薔薇は確かに一度は心無い批判を浴びて萎れてしまったかもしれないが、それでもたった1人の『お兄様』の為に再び美しく咲いてみせた。ライスシャワーはぎゅっと強く手を握りしめる
「ライスは青い薔薇になるんだ……。例え多くの人達が受け入れてくれなかったとしても。ライスだけの美しさがあると応援してくれる人を笑顔にする為に、咲こうって誓ったんだ……だから……!」
ライスシャワーは菊花賞において『ヒール』になり得ると言った人がいた。日本ダービーの走りを見て、彼女がミホノブルボンを倒す可能性が高いと思った人がそう発言したという記事を読んで大いにショックを受けてしまった。その雑誌はすぐさまエアグルーヴが取り上げて、アグネスタキオンがシュレッダーにかけ、残骸をマチカネフクキタルがチームハウスの庭でお焚き上げをして灰にしたが。
……怖くなった。誰かの為にと走ってきたのに、それが悪い事だと断じられるのが。その思いが自分を縛り付けているのが解っていても、振り切る事が出来ずにいた。勝利を信じ、夢に向かって走り続けるミホノブルボンとの間にある決定的な差がまさにそれだったのだ
(それでもライスは……!勝ちたい。勝って、勝利して、勝って欲しいと言ってくれる皆を笑顔にしたいんだ。ライスシャワーは、やればできるんだっ!)
「頑張れライス……!頑張れ……!おーっ!」
「んん、ライス。少し声を抑えないといけないよ」
「あ。ごめんなさい……!起こしちゃった……?」
「いや、さっきから起きていた。君が不愉快な事を言われるようなら口を挟まないといけないと思ったんだが……大丈夫だったらしい」
アイマスクを僅かに持ち上げた大和だったが、ライスの手に持った雑誌を見てすぐさまアイマスクで目を隠してしまった。ライスは耳をぴこぴこさせると、いたずらっ子のような笑顔を浮かべると彼の肩を揺らして話しかけた
「ねえサブトレーナーさん。このインタビューって、サブトレーナーさんが書いたんだよね?」
「……さあね。もしかしたら書いたかもしれないけど、内容が都合よく改変されているかもしれない。それに徹夜で書き上げたから、少々恥ずかしい内容を提出してしまったんだ」
「ちゃんとお仕事してたんだねっ。ふふ……サブトレーナーさんがこんなに真面目な事言ってるの、ライス久しぶりに見た気がするな」
「からかわないでくれ。それにこんなものは、君に意志を押し付けるような傲慢な言葉だ。流してくれればいい。ただ……そうだな。君が気持ちよく走ろうとするのを咎めるような世間の目の色が、余りにも不純だった。その事に少し憤っていたというのは確かだけどね」
アイマスクを外そうともせず、ライスシャワーだけが聞こえるような声で彼は淡々とそう語った。誠に不服そうに、あるいは恥ずかしそうに見えた。珍しい事もあるものだなぁとライスはまじまじと彼の横顔を穴が空く程に見つめた。しばらく黙っていた彼は、しかしこのまま眠って何もかもをうやむやにするべきではない事を認めてアイマスクを外し、上着のポケットにしまった。しかししばらくの間、2人の間に会話は無かった
「……サブトレーナーさんは、ライスに勝って欲しいって思ってるの?」
「負けて欲しいとは思わないさ。しかし勝つ事で君に不幸が降りかかるかもしれないと思うと、勝って欲しいとは言えないのも然りだ」
「ん……。じゃあ、聞き方を変えるね。サブトレーナーさんは、ライスがブルボンさんに勝ったら嬉しい?」
「ああ、とてもね。君のこれまでの努力を見て来たんだ。是非とも栄光を手にして報われて欲しいと常々思っているとも。……あまり言いたくはないが、君が勝つことで___いや、ミホノブルボンが負ける事で悲しむ者もいるのだろう」
彼は言葉を切って、真っすぐにライスの瞳を見つめ返した。いつものような薄っぺらい笑顔を引っ込め、らしくない凛とした表情で彼は思いの独白を続けた
「だがねライス。『君が負ける事が誰かの喜びに繋がる』なんて、そんな考えを持って欲しくはないんだ。それは他の出走者達にも、そして『レース』そのものに対しても失礼な考え方なんだ。僕は勝ち負けにこだわらないが、『レース』というものに対しての敬意はそれなりに持ち合わせているつもりだよ。そして誠に身勝手ながら、君にもそうあって欲しいと願っているんだ。
仮に君が好きなように走る事で謂れの無い批判を浴びるような事があれば、僕達が持てる力の限りを使って君を守ろう。だから安心して欲しい。君は、勝ってもいいんだよ。ライスシャワー。君がそれを望むならね」
目をぱちぱちとさせた後、ライスシャワーは小さく息を呑んで……それから、ふにゃっと力が抜けたように笑った。喋りすぎたね、と作り笑いを浮かべた彼がポケットから取り出したアイマスクを小さな手でえいっと取り上げて、ライスシャワーはぐいっと顔を寄せて少し驚いた様子の彼を下から見上げた
「……あのね、もう1つだけ聞きたいな。ライス、サブトレーナーさんの事をお兄様って呼びたいの。……サブトレーナーさんが、嫌じゃなかったらだけど」
「ふむ。君のような愛くるしい妹ができるのは素晴らしい事だ。君がそうしたいのなら……いや、そうじゃないな。勘違いで無ければ、君にそう呼ばれるのはこの上ない名誉な事な筈だからね。うん、光栄だよ。ありがたく拝命しよう。頼りにはならないだろうが、君が美しく咲くと確信している点においては自信があるからね」
「ふふっ。お兄様……お兄様。見ててね。ライス___勝つよ」
ミホノブルボンに勝てばヒールと呼ばれるだろう。邪魔をするなと後ろ指をさされるかもしれない。それでも私は、皆を笑顔にするんだ。決意を固めたライスシャワーは外の景色を見た。遠くに、三日月が上がっているのが見えた
好き勝手書いててなんですけど、ライスちゃんのキャラがおかしくなってないでしょうか。心配です。でもこれはこれでありじゃないですか?だめですか?ヤバイと思った人は引き返してください。申し訳ございません
※最期にアンケートを添えておきますが、皆さんの意見を聞きたいだけで今後の展開には影響がありません。無意識でお答えください
ライスシャワーは……
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癒しの方のヒールだよ!
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ヒールだとしても……!
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ヒールじゃないよビールだよ