あっつい
え、あっついですわ
やっば
字余り
「つまりまあ……ライスは自分の今の立ち位置を受け入れている。彼女を本気で悪役だと憎んでいる人など今じゃほとんどいないだろう」
僕は長々と語った。それはもう長々と、物語でも綴るように彼女に語って聞かせた。その間ルドルフは口を挟むことも無く、威厳ある彫刻像の様に身じろぎ1つせず椅子に深く腰掛けて静かに聞き入っていた。結論というにはあまりにもふわふわとした僕の締めくくりの言葉を聞くと、ふむと小さく声を上げて考えるように顎に手を当てて、また黙り込んでしまった
シンボリルドルフというウマ娘は弱肉強食を体現したようなウマ娘のレース界隈の先頭に立ち、凛とした生き様で若きウマ娘達全ての羨望を集め、清濁混ざった世の視線を背負って走って来た英雄的存在だ。数々の伝説を打ち立てトレセン学園生徒会長として奔走する彼女はまさに1つの時代を作っているとも言えるだろう
そのくせ心配性で、面倒見が良く、全の為に個を切り捨てる事が心底嫌いだ。名声をしっかり受け止めて誇り高く振る舞いながら、目に見えるウマ娘全てが笑顔になる為なら平気で己の身を削る事ができる。人情に厚く、真面目で愛情深い。なんでもそつなくこなすようで、自らの立場に挟まれてやりたい事をやりたいようにできない事に悩んだりもする。そうした所を支えたいと奔走する生徒会のメンバーの気持ちはよく理解できた
「よかったよ、改めてあなたの口から詳細を聞けて。エアグルーヴもあなたの不始末に関しては軽快に延々と愚痴を聞かせてくれるのだけど、ではトレーナー業としての活躍はどうかとなれば途端に口を重くしてしまうからね」
「僕の活躍なんてものを喋らせるのはそりゃあ無理だろうさ。無いものは彼女も語れない。僕は叩けばいくらでもホコリが出る男だけど、胸を張って君に報告できるような武勇伝は欠片も出て来ないさ」
「ふむ。では今話してくれた内容は君にとっては恥ずかしい出来事だと?」
「……ふーむ、そういう聞き方は答えに困ってしまうね。確かに僕がとった行動はライスシャワーの笑顔に結びついたかもしれない。ただやはり、恥ずかしい話ではある。僕は結局、ライスシャワーの強さを利用しただけだ。ミホノブルボンのひたむきさや他のウマ娘達や周囲の目の温かさ、それら全てが運よく回った。トレーナーとしての活躍なんてものはやっぱり欠片も無い事に変わりはないんじゃないかな」
でもそれでいいんだ。道を示す事はしない。あるがままでいいと認め、優しく諭し、傍にいる。それだけでよかったんだ、これまでは。ああいや、この話は今すべきことではないけれど。とにかくルドルフが聞きたがっていた事には答えた。これで解放も近いだろう。僕は咳払いで喉の調子を整えると、何か言いたげなルドルフを制するように話はこれで終わろうと暗に促すように喋り続けた
「しかし生徒1人1人の問題全てに向き合おうとする姿勢は立派な事だ。あれだけ優秀な仲間達に囲まれているんだから少しは任せて肩の力を抜けばいいと思ってしまうけれどね」
「最近は十分楽をさせてもらっているよ。だからこうしてあなたとしっかり向き合う時間を確保するに至った訳だからね」
「ふむ。僕のような人間にもしっかりと時間をとって接してくれるなんて感激だね。やはり君は優しさと強さを併せ持っている素晴らしいウマ娘だ。僕は何よりも多様性を愛してはいるが、それはそれとして多くのウマ娘達がみな君のようになりたいとこぞって手本にしたがるのは良い傾向だと思っているんだよ」
「そうかね」
……うん。会話が完全に打ち切られてしまった。普通こういう流れには社交辞令を返してくれるものだけど、彼女はそっぽを向いてしまった。また少し機嫌が悪くなったのかもしれない、何か当たり障りのない共通の話題をいくつか思い浮かべて、無難そうなものを投げかけてみる事にした
「ああ、そうだ、最近先生とは連絡を取っているかな?彼は相変わらず君の事が気になるみたいで___」
「私の前トレーナーであるあなたの『おじい様』は、孫が最近全く連絡を寄こさないことを相当心配しておいでだったよ。それにあなたの『ご実家』の方々からあなた宛ての苦情も山ほど預かっている。本人に直接伝えようとしても全く連絡がつかないんだそうだ」
「今日はいい天気だね、ルドルフ。この紅茶も美味しいし」
「……」
この話題は藪蛇らしかった。素晴らしい話題転換で完璧に誤魔化した僕は紅茶を啜りながら、なんとか空気を変える為の手はないかと思案した。シンボリルドルフというウマ娘は、優しく大らかな性格だと人は評価する。しかしこのところ僕を相手にする時の彼女は笑顔は少なくいつも険しい表情だし、目つきも鋭い。まるで昔痛い目にあわされた記憶でもあるといったつんけんとした態度だ
心当たりのない僕としては非常に困惑してしまう状況である。もしかしたら遅めの思春期なのかもしれない。理由なき反抗心の芽生えだろうか
「そうだね。あなたに痛い目にあわされた記憶なら十二分にあるとも」
大丈夫だった、思春期は終わっていたらしかった。それに反抗心には立派な理由もあるらしかった。うん、彼女の言い方は大げさだが、確かに彼女とは昔……といってもほんの10年近く前、彼女が幼い時にちょっとしたいざこざがあったけど
「所詮ゲームじゃないかルドルフ。人生は遊び心をもたずには乗り切れないものなんだ、と君に教える為に泣く泣くあんな事をしただけさ」
「確かにあなたから教わった事は、今の私を構成する物の1つになっている事は否定しないよ。相手が用意したイカサマトランプでゲームを遊んではいけないとか、その際間違ってもお菓子を賭けるなんてバカな事はしないようにとか。うん、中等部に上がる前の私に処世術というのを叩きこんでくれたあなたには本当に感謝しているんですよ、大和さん」
間違っても感謝している者が浮かべる表情の例には該当しない。確かに笑顔は笑顔だが、どちらかというと怒りを抑え込んで拳を握る一歩寸前で踏みとどまっている張りぼての笑顔だ
先に訂正しておくが……当時もちゃんとお菓子は返したし、あの時は『ちょっと高慢になっている教え子に少しお灸を据えてくれ』と先生直々のお願いだったからやった事なんだ。決して才能ある小生意気なウマ娘ちゃんをちょっと半泣きにしてやろうなんて考えが当時の僕にあった訳では無い。決して
この事を言うと先生とルドルフの信頼関係が拗れるかな、なんて気を利かせて黙っていた結果がこの様なので今からでも全部ぶちまけようかな。まあ何もかも今更なのでこれは僕の心にしまっておくしかないだろう。僕1人怒られ続けるだけで先生とルドルフの美しき信頼関係が保たれるならそれはそれで満足だからね
「うーん。ルドルフ、もしかして相当怒っているのかな?」
「良かった、気付いてくれているか不安だったんだ。私はそれなりに業を煮やしているんだよ」
彼女は机の上にどすんと紙束を置いた。いくつかの書類をファイリングしたのであろうそれの表紙には、『説教したい件一覧』と達筆で書かれている。とても心躍る内容だ。踊り過ぎて心停止してしまう所だった
「まるで身に覚えが___」
「無いとは言うまいね。理事長に対する悪戯行為を筆頭に、トレーナーミーティングや学園のイベント等の出席率も非常に悪い。各所からの遠回しなクレームも含めれば、この分厚さになるのは納得だ。ナリタブライアンにいくつもサボリ場所を提供している件についても詳しく聞きたいね。ああ大丈夫だとも、あなたがきちんと聞いてくれたら半日もせず終わる内容量でしかないよ」
彼女はにこりと笑った。何か言い訳をしようと口を開こうと思ったが、どうにも彼女が折れてくれる気配は一切感じられなかった。とにかく僕に許されるのは、彼女のありがたい説法を全て聞き入れる事だけらしかった。やれやれ。僕はこの後数時間に渡り生徒会室に拘束され___
「独白で面倒事を全て済まそうとするのはあなたの悪い癖だ。そこも今日は指摘するつもりだったんだよ」
「」
ぐうの音も出なかった。いや出そうと思えば出せたけど、余計な事をすると拘束時間が伸びるのは誰にだって解る事だ。僕はそこまで愚かではない。尤も、ルドルフと2人きりで過ごす時間は決して不快ではないから。この際諦めて付き合うと腹を決めれば、これはこれで有意義な時間とも言えるだろう。真面目くさった顔で流暢に書類を読み上げながら滾々と説教をする彼女をしばらくにこやかに眺めながら、僕は紅茶のおかわりを貰う為にポットに手を伸ばす
「……私は怒っているのだけれど?」
「ああ身に染みているよ。さあ続けて、ルドルフ」
「はぁ……。全く、悠悠閑閑を絵にかいたような人だな」
「暖簾に腕押し、とも言うね」
「ほう?」
「ああいや、君の話を聞き流しているという訳ではないんだよ。今のは言葉の綾だ。それよりルドルフ、今日のお昼ご飯なんだけどね。」
「……なんだい」
「是非一緒に食べに行かないかな?話が長くなるんだろう?カフェテリアでは夏限定の冷製パスタが作られているらしい。そう、麺の茹で具合に拘った……アルデンテがあるねんて」
「……!」
「出るねんて。ウマ娘が満足できるように、盛るねんて」
「……!!」
顔を伏せて机に突っ伏してしまった。こんな浅いジョークのごり押しでどうにかなってしまうのもどうかと思うけれど、彼女の笑いのツボは本当に浅い。まあなんとか場を和ませた事によってなあなあにもっていければ___
「失礼します。会長、お取込み中申し訳ございませんが……トレーナー。貴様、何をしている!」
「違う違う、泣かせた訳じゃない。ルドルフ会長殿は僕のとっておきのジョークで爆笑なさっているだけだ」
「私は……わ、笑っていない……ふふ……」
何やってんだこいつら、みたいな視線が僕とルドルフを交互に行き来した。何か用事があったらしかったエアグルーヴに僕は一縷の望みを抱いていた。もしかしたら火急の要件という事で僕なんかの為に時間を使っていられなくなったのかもしれない。苛烈なトークショーを終わらせてくれる救世の女神といったところだろうか、彼女の美しさに一層の後光が差しているような錯覚すら覚える
「ごほん、それでどうしたのかなエアグルーヴ」
「いえ、私の所用も終わりましたので。この男にガツンと言うのであれば私も同席させてもらおうかと。どうせぐずぐずと言い訳とはぐらかしで会長のお時間を無駄にするでしょうから、微力ながらお力添えをさせていただけないでしょうか」
救世の女神だと思ったのは錯覚だった。女神ではあるのだろうけど。まあ彼女は規律側の存在だし、救世の女神っちゃ女神なんだろうな。僕にとっては悪魔に見えるだけで。いやちょっと思考がブレてきたな、疲労かな?そういえば徹夜明けだったな僕は。徹夜明けに数話に渡って回想を披露したのでぶっちゃけ限界だった。ふふ、疲労と披露がかかっていて愉快だな。愉快だよね?愉快だよ
「助かるよエアグルーヴ。私1人では少々気が入らなくてね」
「そもそも私が至らぬばかりに会長にお手間を___おい寝るな!」
「1時間だけ、1時間だけ仮眠をいただけないかな。2時間でもいい」
「伸ばすな!」
耳元で延々とぎゃんぎゃんサラウンドで説教をされるのを夢うつつで聞き入っていた。なんかこういう拷問があった気がするな、とぽわぽわした脳内で考えながら僕は解放されるその時をひたすらに待った
前回ミホノブルボンに真面目そうに説教してたマスターも、今回オールナイト飲み会に参加した挙句生徒会室で怒られた事になるじゃん!と書き終わった後に気付きました。まあ……いいか
小学生時代の純粋なシンボリルドルフちゃんに対し、まだ若かった大和サブが行った残虐非道な数々(イカサマトランプ勝負によるお菓子の巻き上げ、対戦ゲームによる蹂躙等)はこの後エアグルーヴさんによってきっちり断罪されました
あと今回文字数がちょっと短い分次回の更新は頑張ります。多分。でもちょっと仕事がすごいやばい事になっているので、ちょっとだけお時間いただくかもです。2、3日くらい。ごめんなさい