夏の空
歓声轟く
宝塚
あの子もこの子も
マジでカワイイ
字ぴったし!!!!間違いなし!!!!
『___1着はプロトバレルです!デビューから苦節1年、遂に念願の2勝目を手に入れました!これで彼女は次のステージへと進むことになります!2着は___』
「すげー歓声だな。こんなトコまで響いて来るなんてさ」
レースの勝者を祝う大歓声を捉えて、ウオッカの耳がぴこぴことこそばゆそうに動く。隣でストローを咥えていたスカーレットも無言で頷いて肯定の意を示した。確かにまだ今日の大一番では無いというのに、この熱気は凄まじいものがある。僕達は今阪神レース場内をブラブラと散策している訳だが、レースの様子自体はあちこちに設置された大型モニターで観戦する事が可能だ。しかし聞こえて来る歓声はモニターからではなく、会場の方から響いて来る生の声。ウオッカが感心する気持ちは解る
「今行われている未勝利戦や1勝レースを前座と揶揄して興味を持たない人もいるけれど、レースが好きで朝からずっと応援を行っている観客は決して少なくない。それにGⅠレースが行われる会場で走れるとあってウマ娘達も皆気合が入っている。実力で劣っていたとしても、レースに込められる熱意では負けてないだろう。応援のし甲斐もあるだろうね」
説明するまでも無いかもしれないが、たった1つのレースの為に会場が用意されている訳では無い。目玉であるGⅠレースが行われる前にもいくつかレースが執り行われている。今終わったのもその1つで、今回に関しては所謂未勝利戦。メイクデビューを果たしてからこれまで1度も1着になれていないウマ娘達によるレースだ
デビュー戦で1着をとることで同じように1勝を挙げたウマ娘達だけが出走するレースへ参戦できるようになる。そこで勝てば同じように2勝を挙げたウマ娘達と走る権利を得て、さらに1つ上のレースへ……といった流れを繰り返していく事で、彼女達は大舞台へと至るのだ
『プロトバレル』というウマ娘はデビュー戦から1年間頑張って今日2勝目を挙げたが、これは間違ってもレベルの低い話ではない。そもそも1着を1度も取れずにトゥインクルシリーズから去るウマ娘の方が全体の比率からすれば圧倒的に多いのだ。ランク付けの頂点でもあるGⅠレースに参加する、という事がどれ程過酷なのか改めて言葉にすると本当に圧倒的に狭き門であることを再認識できる
「宝塚記念もそれ以外のレースも心躍る素晴らしいイベントだが、レース自体はどれも僅か2、3分程度で終わってしまう。その一瞬で開く夢の花を見たいが為に人々はレース場に脚を運ぶのだが、ただレースを開催するだけでは興行として成り立たない。だからこういうものは大切なんだよ」
僕はレース場外のとある1区画で足を止める。両脇にいたスカーレットとウオッカも並んで止まり、視線をそこへ向けた。色とりどりの手描きポップで宣伝されたグッズの周りに大勢の人々が群がり、レジでは数人の大人達が手際よく商品を梱包し会計を捌いていた。やわらかで自然な接客笑顔を絶やさず、しかしその目は店全体に不備が無いか厳しく見渡している。熟練の職人芸に感心しつつ、僕はお店に近づいてグッズの1つを手に取った。宝塚記念に出走するウマ娘達の名前の顔写真が入った缶バッチで全18種類ある。山ほど在庫の段ボールが積まれているが、その横には負けないくらい空の段ボールも落ちていた
「こうしたものは基本的にレース場でしか販売されない。通販に回るものもあるが、それは通年販売されている物だけ。例えば今回の宝塚記念の為に制作されたグッズなんかは大半が会場限定品だ」
厳しく取り締まられているとはいえ、全てが通販で出回らない以上横流し目的で購入する客も未だ無くならない。だがそれでも、人々をレース場に呼び込む為の大切な要素の1つなのだ。限定品商売はファンとしては憤りもあるのだが、経営者側の事情も聞かされている立場の僕としてはなんとも言えないものなのだ
「アタシも何回かレースは見に来た事あるけど、ほんと凄いわよね。グッズ展開って」
「レース業界を維持するには必要なものだからね」
「ああいうグッズって誰が考えてるの?やっぱりトレーナー?」
ああいう、と言いながらスカーレットが指差したのはミホノブルボンの勝負服をイメージして作られたSFチックな頭飾りだ。ブルボンのウマ耳と、そこに装着されている光る耳飾り。そして金属製のカチューシャが忠実に再現されている一品で1つ5000円程のお値段だ。買ってもらった小さな子供が頭につけると、耳飾りが青い輝きを放ち本物のウマ耳のようにぴこぴこと動き出した
「基本的には各ウマ娘に色んな会社からグッズの提案が寄せられて、トレーナーとウマ娘が承認すれば商品化される事が多いかな。僕達ムーンシャインのように色んな企業にコネがあるチームならこっちから要望を出してグッズを出したりするけれど」
「……あれ、なんで動いてるの?」
「脳波を受信して好きなように動かせるらしい。技術力の結晶だね」
「……5000円って安くね?」
「企業努力だね」
ウオッカとスカーレットが興味深そうに展示品を見ていたが、彼女達は自らの意志で動かせるウマ耳があるので買う程ではなかったらしい。でもその横のミホノブルボン特製パワーリスト(20kg・1680万色に光る)は相当気になったらしく迷った末に2人でお金を出し合って1人分購入していた。人間にとっては重すぎる器具だが、ウマ娘である彼女達にとっては日常使いもできるのだろう
「昔はポスターとか名前入りキーホルダーくらいしかなかったけど近年ではかなり多様化したね。さっきのブルボンみたく、なりきりグッズを筆頭にマグカップやジョッキ、スマホカバーやクッション、ぬいぐるみやフィギュア。それにウマ娘をイメージしたコラボフードを出すお店も本当に多くなった。かつては名前だけ借りた適当なフードコートくらいしかなかったけど、今はかなり本格化されて大きな利益を生んでいる」
「ライス先輩のコラボフードのお店、凄い行列できてたわよね。びっくりしちゃった」
「トレーナーには悪いけど、ああいうのって値段は高いけど内容は不味いんじゃないかって思ってたんだよな。けど食ってみてびっくりだ、めちゃくちゃ美味いんだもんなぁ」
『幸せ特盛・ラーメンライス!』はライスの出走するレースのある日に出店される人気コラボフードだ。愛くるしい癒し系な外見のライスシャワー監修の下、まさかの本格家系ラーメンとおにぎりがセットになって税込み1000円!青い薔薇と短剣をモチーフにしたラバーストラップも付いて来る!といった過激でガッツリな内容だ。しかし濃いめ薄めを選択できるという柔軟な工夫もあってか、男性のみならず意外と女子受けもいい
「いつか君達2人のコラボフードを考えるとなると、今から楽しみになってしまうよ」
「そうね。アタシなら女のコらしい可愛いスイーツとか、オシャレなドリンクとか……」
「スカーレットならアレだろ。激辛ケバブとかじゃねーの?性格的にも」
「はぁん!??なんですって!アンタなんか……アレよ!食べやすいきゅうりの一本漬けとかがお似合いなんじゃないの?」
「んだよきゅうり美味いだろ!?」
「じゃあそれでいいのね!?」
「はぁ!?いやもうちょっとこう、カッコイイやつにしてくれよ!」
「カッコイイコラボフードってなによ?」
「……漢気生にんじん丸かじり」
「ファン減るわよ」
「減らねーよ!多分俺のファンは硬派なヤツばっかだろうからな、このカッコよさは絶対伝わる!」
「というかきゅうりからにんじんに変わっただけじゃない……?アンタそれでいいの?」
まあ2人の喧嘩が終わるのを待つ前に、何故ライスシャワーのコラボメニューがこんな女の子らしくないメニューなのかを少しだけ回想するとしよう。ざっくり思い出すならば
『うーんうーん……。ライスのコラボフードかぁ。どうしたら皆喜んでくれるのかな』
『君の好きな食べ物でいいんだよ。固く考えなくていいのさ』
『ううん、カレーもオムライスも好きだし、にんじんハンバーグも好きだし迷っちゃうよ。……そうだ!お兄様はどういうご飯が好きなの?』
『ふむ。そうだね、僕はなんでも好きだけど……最近はラーメンが多いかな。ああ、家系ラーメンなんかは最近マイブームでね、昼に学園を抜け出して良く行くんだ。……おっと、エアグルーヴには内緒だよ?ああいう健康に悪い物を頻繁に食べに行くのは駄目だと、この間釘を刺されてしまったんでね』
『家系?えーっと、実家の味ってこと?』
『知らないのかい?そうだ、じゃあ連れて行ってあげよう。こないだ知り合いがやっている美味しい家系ラーメン屋の割引券を貰って___』
という流れがあってラーメンが完成した。確かあれは菊花賞の後、有馬記念の前だったかな。そこで完全にドハマりしたライスシャワーは僕の知り合いの協力を受けながら熱心に研究を続け、遂に試食したミホノブルボンの思考回路がショートしてしまう程の異常な美味しさを誇るラーメンを完成させてみせたのだ
「ライスはラーメン以外でもブルーハワイかき氷を使った『アイスシャワー』のお店も出店されているし、テイオーははちみつジュースの企業と提携してお店を出してたね。今回のような人気投票で選ばれた子達のレースともなれば出走する全員のグッズやメニューが山ほど展開される。全てを食べ尽くすのは至難の技だよ」
「そうね。ウオッカと半分こで食べて来たけど、そろそろ限界だわ……」
「だな。つってもあとはデザートメニューが2、3個だし、ライス先輩のレースの後にまた食いに行こうぜ」
なんて事を話していると、見慣れた2人のウマ娘がこちらに歩み寄って来た。ライスの応援に来たセイウンスカイと、テイオーの応援に来たスペシャルウィークだ。見方によっては敵同士かもしれないが、仲の良いクラスメイトである彼女達はあまり気にせず朝から一緒に行動していた
「スカイ先輩お疲れ様です!」
「お疲れ様っす!」
「やっほーお2人ちゃん。大和さんも。食べ歩きは順調?」
「ああスカイ、順調だとも。スペの方も……順調みたいだね?」
「はい!今は2周目です!」
「2周目……?え、スペ先輩まさかと思いますけどコラボフード2周目ってことっすか!?」
「はい!まあ2周目もそろそろ終わるんですけど。」
えへへ、と花が咲いたように可愛らしく笑うスペシャルウィークのお腹はちらりと見ただけでも解る程でっぱっている。誇張表現では無く、ウオッカとスカーレットが2人で分担した量を2回食したのだろう。しかしまだその目はやる気の炎を灯したままだ。先程の発言をよく振り返ると暗に『これから3周目も行きます』みたいな言い方だった。恐ろしいな、確かにウマ娘は皆大食漢の傾向があるがここまで食べる子は本当に稀だ
「スペ先輩凄いです!やっぱりダービーウマ娘ともなれば食事も大切なんですね!」
「うん、やっぱりいっぱい食べていっぱい練習するのが一番だと思うんだ!スカーレットちゃんも頑張ってね。」
「は、はい!頑張ります!」
いやそこは頑張り過ぎなくていい。何事も限度というものがあるからね。楽しそうに味の感想を語り出すスペシャルウィークとそれを聞くスカーレット達から少し離れ、僕はスカイにこっそりと話しかけた
「スカイ困るよ。言っただろう?スペのトレーナーである轟さんから、今日はテイオーに付きっきりになるからその間スペが食べ過ぎないよう見張っておいてくれと頼まれているんだよ」
「いやいや、セイちゃんも頑張って止めようとしたんだよ?でも見てごらんよ、あの幸せそうなスペちゃんを。誰が止められるっていうんですかね。わたしには無理ってものですよ。よよよ……」
「ふーむ、可愛らしい嘘泣きだね。……菊花賞で勝つ為にスペの体重増加を見逃している、なんて事はないだろうね?」
「わあ!そんなあくどい考え、私じゃとても思いつかなかったや。大和さんひっどーい。悪役だ~」
「やれやれだ。怒られるのは僕なんだよ」
まあ僕もスペシャルウィークを止められる自信が無いからスカイに丸投げした所があるし、この件に関しては後で適当に言い訳をして切り抜ける事にした。ちなみにライスのラーメンの感想をスペシャルウィークに聞いた所、素晴らしかったです!あと3回は食べに並びます!と目を輝かせて嬉しい事を言ってくれた。まあその発言を彼女のトレーナーが聞いたら膝から崩れ落ちるのかもしれないが、もう僕には止められない
いくつかのお土産を持って観客席に戻ると、明らかに不審な恰好をした謎のウマ娘と心底落ち着かないといった表情のエアグルーヴが並んで座っていた。謎のウマ娘はこの暑い中大きなサングラスとマスクで顔を隠して腕組みをして微動だにせず座っていたからだ
チームの子達はそれから若干の間を空けてその周囲を囲うように座っていたのだが、僕がやってきたのを見ると助けを求めるような無言の視線を向けて来た。なんとなく言いたい事は解るけれど、はてどうしたものかと考えながら取り合えずエアグルーヴの隣に座らせてもらった。
「ああトレーナー、戻ったか」
「戻ったよ。どうぞエアグルーヴ、お土産だ」
僕が差し出したのはいくつか適当に買って来た食べ物とドリンクだ。一応僕なりに彼女の好みに合わせてはみたつもりだけど、その甲斐あってか彼女はふんと鼻を鳴らして受け取ってくれた。その内のいくつかを隣に座るウマ娘にも手渡す
「グッズの売れ行きの視察にしては随分長かったな。」
「いやいや、リサーチには時間をかけなければね。しかし今年もあれだよ、ウマ娘の蹄鉄を模したトレーニングシューズが鉄板商品になっていたよ。蹄鉄だけに」
「フフッ」
……不審な恰好をしたウマ娘がでっかいマスクの下で吹き出したのが解った。こんな下らないジョークにまで反応していては正体を隠している意味が無い気がするのだけれど、僕は気付かないフリをしてあげる。この非常識な暑さの中で我慢して変装している謎のウマ娘の意を汲んであげなければね
「……ねえ、トレーナー。ルドルフ会長、なんであんな恰好なの?」
僕の隣に座ったダイワスカーレットが非常にかしこまった感じで聞いてきた。まあ彼女からすれば雲の上の存在である生徒会長が何故来賓席でもなくこんな所に変な恰好で座っているのかは甚だ疑問に感じるだろう
「日焼け対策だろう。ね、エアグルーヴ?」
「……はあ。会長、やはり変装はあまり意味を成さないと思います。逆に注目が集まっていますし、何よりそんな厚着ではあなたが熱中症になってしまいます」
「ううん、私が居ると周囲にいらぬ気遣いをさせてしまうかと心配したのだけれど……」
シンボリルドルフは渋々といった口調で声でマスクを外した。彼女がプライベートで観戦を楽しみたいと思っても世間はそれを許さない。何より、あのシンボリルドルフが来ているのに丁重にもてなさないのは運営側からすれば逆に落ち着かないだろう。であれば、個人的な休日を過ごしたいと考えるルドルフの不器用な振る舞いに出来るだけ力を貸してあげる必要があった。というか、なんとかしろと鋭い視線がエアグルーヴからビシビシと飛んでくるのだ
「やれやれ。ほらルドルフ、偶然ウマ娘用の麦わら帽子を持ってきていてね。これを被っていれば周りから顔は見られにくいだろう?あとは首にタオルを巻いて顎の輪郭を誤魔化せば遠目から君であることを判別し辛くなるだろう」
「……ああ、すまないね大和さん。皆も私の事など気にしないでくつろいでくれ」
「「「ういっす」」」
気にするな、と言う言葉を瞬時に受け入れてムーンシャインの面々は途端にリラックスした雰囲気に戻ってぺちゃくちゃとお喋りを再開した。この切り替えの良さがみんなの良い所である。僕のお土産でもあるドリンクで喉を潤しながらレース場を眺めるルドルフの今日のお目当てはトウカイテイオーだろう。当然、それ以外の全てのウマ娘達の走りも平等に熱い視線で応援しているのだが
「君の予想だとテイオーはどうなのかな?かなりいい勝負をすると思うんだけど。それこそ1着も狙えるはずだ」
「……そうだな。テイオーは日に日に成長している。経験の差があるとはいえ、それを覆して十分に勝利するだけの実力を備えている。勝利を得る可能性はあるだろう」
「その可能性を高くは見積もっていない、といった言い方だね?」
「始まってみないと解らないさ」
「シンボリルドルフでも解らない事があるんだね」
「からかわないでくれ」
苦笑するようにそういって、ルドルフは口を閉ざした。彼女の視線はこれから始まろうとする新たなレースに注がれている。僕よりずっと目が肥えているシンボリルドルフがそういうのだから、僕なんかでは到底予想など立たない。だから僕にできる事とすれば、精々買ってきたアイスが溶けきる前に食べきってしまう事と、大きな事故も無く素晴らしいレースが行われる事を祈る事くらいだった
ちなみに一部商品(抱き枕カバー等)にウマ娘の写真やイラストを使用する事は条例で禁止されている。なにがなんでもダメなものはダメなのだ!!!