あー喉乾いたなーってなって椅子から立ち上がると
腰にちょっとヤバめの痛みが走りましたわよね
皆様も適度な運動とストレッチを
お心がけ下さいませ
拝啓ベッドの上より
トレセン学園に入る前にもレースに出走する機会はそれなりにあった。町内会や小学校等で企画される小さなレースで、走るコースも芝など敷かれていない簡素なものだ
とはいえ勝負は勝負であり皆一生懸命に走るものだからそれなりに活気もあり、勝った負けたに熱中できるぐらいには真剣なものだった
しかしこうしてトレセン学園支給のレース用体操服に身を包み、与えられた枠番の記されたゼッケンを着てゲートの前に並んでみると解る。これから走るレースは今まで体験して来た物とは全くの別世界であるという事だ
『芝2000mメイクデビュー。若干の小雨も気になりますが良バ場の発表。残暑も抑えられ走りやすい気温となりました。固さの残る彼女達ですが、いずれもトレセン学園の誇る12人の期待の新バ達。どのような走りを見せてくれるのか期待が高まります。まずはケガ無く事故無く、力を出し切って欲しいですね』
スカーレットは突き刺す様な緊張感が辺りに満ちているのを肌で感じていたが、彼女自身は自分が驚くほどにいい精神状態を保てていた。高揚感で温まった身体にも適度な力が満ち溢れているのが解る。これ以上に無いベストなコンディションで今日を迎えられたのは、先輩達がオススメしてくれたルーティンを試してみた成果が表れているのもあるだろう。スカーレットは小さく感謝しながらゆっくりと息を吐き出しレースへの集中を維持する
そんなスカーレットの様子を近くで見ていた1人のウマ娘が意を決したような表情で彼女に声をかけた
「ダイワスカーレットさん。きょ、今日はよろしくお願いします!」
「___ええホープスペンサーさん。こちらこそよろしくね」
緊張しきった顔で挨拶をして来たのはクラスメイトでもあるホープスペンサーだ。彼女に対しスカーレットはいつも通りの優等生らしい棘の無い笑顔で応対する
続けて何か言おうとしていたホープスペンサーだったが、もごもごと口を動かしながら結局何も言わずパッと顔を背けると元の位置へ戻って行った。なにか怒らせるような事したかな、とスカーレットは少し首を傾げたがすぐにレースへと意識を戻した
(ぐっ……なんて余裕な表情!可愛くて胸もおっきくて度胸もあるなんてチートだよっ!許せない!レースじゃ絶対負けないんだから!)
視線を外した後ホープスペンサーは1人闘志を燃え上がらせていたが、実はゲート入りを待つ他のウマ娘達も大体同じような事を考えながら鋭い視線をスカーレットへ向けていたのだ
ダイワスカーレット。クラスで1、2を争う美貌を持ちながら勉強も出来て生活態度も良い。ほんの時たまウオッカとド派手に喧嘩する事を除けば誰にでも優しく振る舞う人当たりの良さもあり彼女はクラスの人気者なのだ。だからこそレースだけでは負けたくないと思いここに立ったウマ娘は多い
実際このレースで1番マークされているのはダイワスカーレットだ。学園入学時から多くのスカウトの注目を集め、その後(色々と問題もあるが)GⅠウマ娘を何人も排出している大手のチームに加入しそのノウハウを存分に注ぎ込まれている。スカーレットと同世代のウマ娘を指導するトレーナー達の注目を集めるには十分すぎる要素が揃っていた
まあスカーレットにとって周りの視線を集めるのは慣れっこだった。そもそも1番になりたいと志す彼女にとってこの状況は望むものであり、歓迎すべきものなのだ。誰も注目していない大穴でありながら世間に一泡吹かせて勝利を掻っ攫うという浪漫ある勝ち方も嫌いじゃない。しかし注目を集めた上で堂々と勝つ王道の在り方こそが自分の目指すべきものだとスカーレットは想うのであった
係員が手を挙げたのを合図にウマ娘達は意気揚々とゲートへ入って行く。スカーレットもすぐにゲートへ潜った。待ちに待ったこの瞬間に胸の高鳴りを感じながら脳裏に思い浮かべたのは夏の合宿で得た成果だ。先輩やトレーナーから与えられた課題と助言、それを受けて自分なりに考えて作り上げたやり方が実戦でどれだけ通用するのか。自分はどれだけ成長したのか。スカーレットはずっとこれを知る機会も待っていたのだ
『各ウマ娘がゲートに入り、出走準備が整いました。そして今___スタートです!』
ガチャン、と耳障りな音と共にゲートが開く。意識せず自然体で構えていた身体が跳ねるように前へ飛び出た。この瞬間からもうスカーレットの視線には誰の背中も映らない。彼女の独壇場が幕を開けた
『開幕元気に飛び出したのは3番ダイワスカーレット!軽やかなスタートです!続いて5番マックスエンライト、6番グリルミックスが続きます!___』
地を蹴る度に鼓動が早まり燃え滾った血が全身を巡る。思考が熱を帯び意識がスピードの世界へ溶けて行く。コーナーを高速で駆け抜けた際に僅かに身体の体勢を戻すのにラグが生じたが、すぐさまペースを取り戻して再度加速する。後続の事は頭には入っていたが、この時点で彼女の意識の殆どは前へと向けられていた
『最終コーナーを過ぎて依然変わらず3番ダイワスカーレット!強い走りだ!4バ身程離れて9番ホープスペンサーが食い下がらんと上がっていくが間に合うか!しかしダイワスカーレットは余力を残したままペースを落とさない!そのまま1着でゴォォォールっ!2着ホープスペンサー!3着はタップリトッポ!本日最初にメイクデビューを果たしたのはダイワスカーレット!彼女の次のレースに期待が集まります!』
「ふーっ……!」
ゴール板を駆け抜けてからゆっくりペースを落とし、芝の上で立ち止まってから深く息を吐いてから顔を上げて掲示板に目をやった
自分が『1着』である現実が確かに示されている。それはこれまで彼女がずっと望んできたもの。確かな結果として形となった『1番』だ。スカーレットは湧き上がって来たくすぐったい感情が爆発しそうになるのをぐっとこらえて胸の前で手を握りしめるに留まった。恐らく周囲に人の目が無ければ飛び上がっていただろう
ただ勝者には歓声に応える義務がある。スカーレットはふふんと胸を張って会場からの大歓声に手を振り返した。キャーキャーと騒がしい声が一際強くなる。応援に応えながらキョロキョロとさ迷う視線が観客席の一角で止まる
互いにこの距離でも目が合ったのが解った。どうだった?と腕を組んで目を細めながら微笑んで見せる。椅子から立ち上がった彼はこちらに人差し指を立てた手をすっと差し出してきた。スカーレットも同じように指を立てた手を差し出して返した。少しの間そうしていた彼女だったが、ちょっと気恥しくなってきたのでくるりと振り返って控室の方へと歩き出した
控室へと向けて歩く道すがら。向かいから歩いて来る見慣れた顔を見かける。先程控室を出る際は柄にもなく少々不安そうな顔だったが、今はいつも通り生意気そうな面構えだ。スカーレットは彼女が何か言う前に声をかけた
「ちゃんと見てたんでしょうね」
「おう。まあまあだったんじゃねーか?」
「はぁ?そんなデカイ口叩くんならそれ相応の走りしなさいよね!」
「あったりめーだろ!しっかり見とけよ!」
キャッチボールというには少々勢いのある言葉の応酬をしながらすれ違い様に手をパシンと叩き合わせた。スカーレットとウオッカは振り返る事なくそれぞれの向かうべき場所へと進んだ
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「やったー!!!!!やったよスカーレット!!!!!ほら大和サン!!!!!勝ったよほら!!!!!!」
「ああうん。わかっ___」
「お兄様!!!!よかったねぇ……!よかったね……!」
「ああ。よかっ___」
「よーしよしよしよし完璧だったよ流石だよねぇスカーレット!ねえ見た?あのスタート!完璧だったじゃんねぇねぇ」
うん。良かった。本当に。感極まって気絶しそうになっていたんだけど、ネイチャとライスとスカイに前後左右から身体を揺さぶられながらどデカイ感情をぶつけられて正気に戻る事に成功した訳だ
見事な勝利を飾ったスカーレットはゆっくりと会場を見渡しながら手を振った後、ありがたい事に僕の方を向いてくれた。溢れる思いを彼女に伝える方法はいくつかあるだろうけど、咄嗟に思い付いた方法を取ることに決めた僕は1番を示すように指を一本だけ立てて彼女の方へ手を差し出した。これはお気に召したようで、彼女も嬉しそうに返してくれる。しばらく見つめ合って楽しんでいた訳だが、照れてしまったのかスカーレットは踵を返して控室へ戻っていた。まあ後でまたゆっくりと言葉を交わそう
先程までに彼女が浮かべていた可愛らしい笑顔は彼女自身の努力で掴んだ勝利故のものだ。だとしても、僕がそれに僅かでも貢献できたという事実を考えれば喜びもひとしおである。とてもトレーナーとして誇らしく思う
「それにしてはリアクション薄くない?」
「ああ、タイシン。今この喜びを存分に爆発させてしまったらその時点で僕は燃え尽きてしまうだろうからね。ウオッカのレースを控えてる手前それはよくないだろう?ウオッカの勝利を祝う時の為に今は我慢が必要なんだよ」
「ふーん。まあ爆発って言っても程々にしなよ」
「ふむ、どうだろう。既にこれまで感じた事のない程の喜びが僕の奥底で爆ぜようとしているんだ。これにウオッカの分が乗っかった時に己の理性を抑えられるか解らないね。過去一番の感情爆発が起きるかもしれないから少し離れていた方がいいかもしれないよ」
「……グルーヴさん。こいつヤバイんじゃない?」
「……大丈夫、だとは思うが一応ロープか何かで縛っておくか」
「えぇ……それは流石に可哀想だと思う……。あ!ねぇお兄様、ライスが手を握っておいてあげようか?」
「魅力的な提案だね。だけど胸が高鳴ってレースに集中できなくなってしまいそうだから遠慮しておくよ」
「あ、そうなんだ……」
ライスからのありがたい提案を惜しみながらも断った僕は荒ぶる心を無理やり落ち着けレース場へ姿を見せたウオッカに手を振った。気付いた彼女も小さく手を挙げて応えてくれる。勘違いして欲しくないが、僕がウオッカに寄せる期待はスカーレットに抱いていたものと変わらない程に強い想いから産まれたものだ
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スカーレットが盛り上げた会場の熱気が冷めやらぬまま始まった第2レース。スカーレットに負けず劣らずの前評判で注目を集めていたウオッカのレース展開は奇しくもスカーレットと似たような展開になった
特に意識はしていなかったのだが、ウオッカ以外の11人が全員緊張からド派手に出遅れた事もあり彼女は先頭からレースを始める事となる。本来中団近くから前を伺う走りが得意なウオッカからすればやりやすいとは言えない展開になったのだが、だからといって無理にペースを落とす気も更々ない
ウオッカはそのまま先頭を駆け抜ける。しかしその鋭い目に油断は無くまるで誰かの背中を追いながら走っているかのようだった。彼女の脳裏にチラつくのは赤茶色のツインテールをなびかせ飛ぶように走るウマ娘の姿だ
『強い強い!4番ウオッカが先頭譲らず最終コーナーを通過!しかし出遅れた各ウマ娘達もここで追い上げて来た!9番クリーングリーンが3バ身から2バ身差へ!一緒になって1番クレイトンガッサも残した脚を存分に使っている!しかしウオッカはまだまだ元気だ!最終直線で一気に伸びて行くー!』
前に追い抜く者はいない。しかし幻覚のようにチラつく影を踏み潰さんとばかりにウオッカは力強く加速した。後ろから迫っていたウマ娘達はウオッカがまだまだ余力を残しているという現実に心を砕かれそうにながら、それでも歯を食いしばって走り続ける
『圧巻の走りで今ウオッカが1着でゴールイン!続いて2着クリーングリーン!3着はクレイトンガッサ!皆強い走りを見せてくれました!』
「っしゃあ!」
〈ワァアアアアア!!!〉
会場が再び大歓声に包まれる。スカーレットの新人らしからぬ堂々とした走りで温まっていた会場の空気がウオッカという新星の誕生に再度湧き上がった。悪くない気分に浸っていたウオッカは、寝る前にずっと考えていた『カッコつけてると思われないくらいの自然な感じでありつつそれでもカッコイイポーズ』で観客にアピールを返し、ドヤ顔で歓声を浴びた
(さーて、トレーナーのヤツはっと……)
観客席の方を見てみれば丁度トレーナーがぐっとガッツポーズをしているのが見えた。真似してガッツポーズを返してあげれば、次の瞬間トレーナーは素晴らしい笑顔を浮かべたまま後ろ向きにひっくり返った
「うおおおー!?トレーナー!?」
ウオッカは心底びっくりした。しかしまさかここから走り寄る訳には行かない。傍に居た先輩達がわーっとトレーナーに群がるのをハラハラしながら遠くから見守るが、少ししてこちらを向いたナイスネイチャが頭の上に両手で大きな〇を作ったのを見てウオッカはほっと胸を撫で下ろした
(あ~心臓にワリぃな……。とにかく様子見に行くか……)
ウオッカは最後に観客に向かって大きく手を振ると、小走りで控室へ繋がる通路へと向かった
ようやっと2人のデビュー戦まで来ましたね。ほんと長かった。もうしばらくお付き合い願います。あとスカーレットとウオッカの対決が史実通りに行くかどうかはまだ解りません。今後の展開は占いで決めます
サブトレさんは寝不足と空腹と興奮が限界に達して失神しましたが、周囲の素早いフォローのお陰で大事に至りませんでした
大丸さんは何人か連れて別の場所からビデオ撮影しています。レイヴンさんは学園から応援していますが、2人が勝ったのを見てこちらも興奮してぶっ倒れました。タキオンの素早いフォローのお陰で大事には至りませんでした
今後のウマ娘達の過去回の長さは
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数話使ってもよろしくてよ
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1話で簡潔にすませるべきですわよ