プリティダービーに花束を(本編完結)   作:ばんぶー

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秋をモチーフにしたビール缶を見ると心躍りますね





本格的に暑さが終わる前に飲めるだけ飲んでおきたいなと思います






そうこうしてたら九月もあっという間ですわね








字余り



秋色どうでしょう

 どうでしょうと言われても、今年も特に変わりはない。暦に従って学園の色は爽快な夏色から美麗なる秋色へと変わりゆく。僕達が望まずとも時は先へ進む。それに合わせて進み続ける事こそが今を生きるという事なのだ。まあどういうことかって、そろそろ長袖を箪笥から出してこないとだね。結構いきなり寒くなったりするし

 

 

 そんな事を考えながら僕は書類を手に取り目を走らせ、そして自らの名を書き記して隣へ置く。それが終わったらまた新たな紙きれを手に取って。非常に良いペースで仕事が進んでいく。蝉の声が聞こえなくなったのは寂しいが、静かだと集中できてなによりだというのも本音ではあるのだ

 

 

「貴様本当に内容に目を通しているのか?適当に名前を書けばいいという物ではないのだぞ」

 

「大丈夫さ。最後の確認の書類だからね。名前を書いて向こうさんに送り付ける形だけの仕事さ」

 

 

 今片付けている仕事はスカーレットとウオッカの応援グッズに関しての物だ。彼女達の初勝利以降、ムーンシャインの公式HPには新人2人のグッズや詳しいプロフィールについての問い合わせが多く寄せられている

 

 以前から簡単な紹介文を掲載していたのだが、要望を受けて事前に用意しておいたより詳しいプロフィール紹介動画と、ある程度準備を進めてあったグッズの予約についての告知を掲載した。どちらもファンの受けが良いみたいで、ありがたい応援コメントもたくさん寄せられている

 

 

「こういう事は相変わらず手が速いな」

 

「まあね。満天堂さんと事前に打ち合わせて2人のグッズは何種類か用意してもらっていたんだけど、向こうもデビューレースを見てからすっかり2人のファンになってくれたらしくてね。毎日のようにグッズの新企画が送られてくるんだよ」

 

 

 《株式会社・満天堂》さんはウマ娘のグッズ製作に関わっている企業だ。決して規模は大きくないしまだ起業して10年と経っていないのだが、斬新なグッズ(斬新すぎてたまにURA公式から怒られたりしてる)を企画して世のウマ娘ファンを唸らせる界隈では名の通った会社だ。縁あって社長さんと知り合って以来ずっとお世話になっている

 

 トレーナー室の壁に飾られている《ⅮⅩライスシャワー短剣!青く光って、50パターンで喋る!》や《幸運の巨大フクマネキ人形!全自動卵割り機能付き!》も満天堂さんが作ってくれた物だ。僕は誇らしげにそれを見つめるが、エアグルーヴは眉間に皺を寄せている

 

 

「2人は新人なのだから、ああいった過激なキャラ付けを引き起こす様なグッズはどうかと思うが……」

 

「ああ大丈夫。過激な物は控えてもらうようお願いしてあるし、僕がきちんとチェックするさ」

 

「まあ、なら構わんか」

 

「ふむ。ウマ娘の人気を利用した商法に苦言を呈していた君も、すっかり今や昔かな?」

 

「清いとは思えない面も未だにある。が、意地汚いと否定する気も無い。まあ、金というものに対して憧れを持ちながら妙な嫌悪感を持ってしまうのが若さというものだ。その辺りは飲み込むさ」

 

「えぇ……なんだか発言が人生折り返しを過ぎた大人びた視点から語られている気がするんだけど」

 

「やかましい。生徒会主催のイベントの運営に携わる中で、予算の大切さが身に染みただけだ」

 

「ふむ。生徒会主催のイベントといえば……ああ、次はファン感謝祭かな?」

 

「いや、その前に今年は十五夜を祝う月見会を開催する事になった。」

 

「お月見?それなら毎年ムーンシャイン主催で執り行っているじゃあないか」

 

 

 毎年9月の後半頃、天気の良い夜にチームハウスを開放してささやかながら月見会を行っている。これにはチーム外からの参加者も快く迎えており、口コミで広まっているのか年々参加者も増えている

 

 

「ああ。だが毎年参加者が増えてきている事を鑑みて今年に関しては生徒会主催の物を別日に開く事になったんだ。まあ寮か学園か、どちらかの屋上を解放して月見団子を食べるだけの簡単なものになるだろうがな」

 

「ふむ、いいねぇ。お月見は豊穣を祝う奥ゆかしく神秘的な行事だ。皆たまには落ち着いた時間を過ごして心の安らぎを得るべきだろう。うーん、僕もお酒を持参して参加させていただこうかな」

 

「寮はトレーナー立ち入り禁止だぞ」

 

「僕は同じ時間に部屋からでも月を見るのさ。離れていても同じ月を見さえすれば想いを共有できるだろう?」

 

「貴様は寝ていろ。健全で神聖な時間に邪念が混じる」

 

「手酷いな……」

 

 

 穏やかな会話を重ねる度に書類の束は減って行く。普段は早く終わって欲しいと願うばかりの物だけれど、こうしている間は彼女とのお喋りを楽しむ事が出来るのだ。そう思うと終わりが近付いていくのが少しばかり寂しくも思えてしまう

 

 

「しかし君も忙しいだろうに、僕の仕事に付き合っていていいのかい?」

 

「……まあ、たまにはな」

 

 

 エアグルーヴ達の学年は既に学校で学ぶべき課程の殆どは終えているし、空き時間も多少はあるだろう。彼女より年上のマルゼンスキーさんやアグネスタキオンなんかもそうだけど、現役を長く続けながらその所属をトレセン学園に置き続けている者達は学生の身分でありながら割と自由に過ごしている。それにしたって、彼女は生徒会周りの事で普段からずっと忙しく動き回っている。こうしてお喋りに付き合ってくれることは意外と珍しい

 

 

「そういえば、休み時間になる度に僕が何をしているか尋ねるメッセージが皆から届くんだよね」

 

「……そうか」

 

「……あの、もしかして僕、監視されてるのかな?」

 

「……まあ、そうだな」

 

 どうもそうらしい。彼女は少し申し訳なさそうに耳を伏せた。以前に心配させた件が変に尾を引いているのだろうか

 

「一部のチームメイト達から『大和サブに健康的な生活を送らせたろう杯』の開催を申請された」

 

 それなに???

 

「よく解らん。ただ、貴様の生活態度をキチンとさせたいという事らしい。とはいえ昼間に時間の融通が利くのは私だけだからな。貴様を見ておくよう皆に頼まれた」

 

「ふむ。あれだね、こういう事に一番積極的になりそうな君がいまいち乗り気に見られないのが逆に怖いんだけど」

 

「私は特別今までと何かを変える必要があるとは思えん。だがまあ……皆色々考えているらしい。すぐに飽きるだろうから、少々付き合ってやれ」

 

 

 彼女は僕の生活態度に苦言を呈すことは今までも多かったが、徹底的に管理しようという話には意外とならなかった。彼女なりに気を遣って線引きをしてくれているのだろう。だから今回もそれ程積極的ではなく、ちょっと手を貸してやろうか程度の気持ちなのだろうか。まあ、確かに心配させてしまった以上何かしらの罰ゲームは必要だろう

 

 

「まあいいか。ん、それよりそろそろお昼だね。どうだいエアグルーヴ、たまには外に食べに出ないかい?」

 

「私1人遊び歩いていては他の者に示しがつかんだろうが。ほら立て、カフェテリアに行くぞ」

 

「うーん、ではまたの機会にしようか。是非君を連れて行きたかった激辛料理の店があったのだけれど」

 

「何故激辛料理なんだ?」

 

「君があっぷあっぷしながら辛い料理食べてるの見ていると何故か胸があったかくなってね」

 

「たわけ、食事中の女性の顔を凝視するなど紳士的とは言えん。二度と貴様と外で飯は食わんぞ」

 

「それは困る。解った、あまり見ないようにするよ」

 

 

 ぶりぶりと怒る彼女と連れ立ってカフェテリアへ向かう。ここは学園関係者なら誰でも利用可能で、ウマ娘だけでなく出入りの業者さんや整備などを担当してくれる職員さんも利用している。僕が幅を利かせていても後ろ指をさされることは無い訳だ

 

 

 放課後はいつも通り皆の練習の様子を眺めた。その後、夕飯の時間もカフェテリアで皆のお喋りの末席に加えてもらった。夜は1人ではあるが、皆からのメッセージがいつもより頻繁に飛んでくる。面白がっているのだろう。どのメッセージも僕に早く寝るよう促すようなものばかりだった。こうも迫られては流石に申し訳ない気持ちになり、僕は珍しく日付が替わる前に布団に入る事にした

 

 

______________________

 

 

 

 

「起きて、お兄様」

 

「……???」

 

「おはようお兄様っ。今日も良い朝だよ」

 

 

 なんだこれ。僕は布団の中でしばらく状況を整理し、枕元のスマホを探り当てて画面を表示させる。まだ朝の5時半だ。夢かな、体操服を着たライスシャワーが僕の前で可愛らしい笑顔を咲かせていた。僕は布団の中からぬいっと手を伸ばして彼女のほっぺたを指先でつっつく。彼女は首を傾げるようにしてぐいぐいと頬を押し付けて来る。感触は実物のようだ。いや、どうだろう。妖精さんかもしれない

 

 

「いや幻術か……?幻術なのかな?」

 

「ライスだよ?」

 

「そうだろうね。おはようライス。まさか君もカブトムシを捕まえに行きたいのかい?」

 

「かぶと……?よくわからないけど。お兄様、朝にランニングするとすっごく健康的な一日が過ごせるんだよ。」

 

「それは素敵だね」

 

 

 僕はゆりかごのような可愛らしい幻聴に心を癒されながら布団を被り直した。今ならもっと良い夢を見られるだろう。ただそれは許されることはなく、彼女は僕の身体を布団越しに揺らしてくる

 

 

「お兄様。えっと、昨日約束してくれたよね?ライスと一緒に朝を過ごしてくれるって」

 

 昨夜にライスのやりとりしたチャットの中にそういった内容のものがあった事は確かだ。それ自体は認めよう。でもこういうことだとは思ってなかったし、彼女も言ってなかった気がするが

 

「……ふむ、朝ごはんを一緒に食べようって話だと思っていたけど」

 

「あのね、ライスは太陽が昇った瞬間から朝だと思うんだ」

 

「完璧な理論だね。反論の余地もないよ。うん、ただ少しだけ眠くてね……」

 

「……折角お兄様が一緒にいてくれるって言ってくれたから、ライス一分一秒も無駄にしたくなくって……。もしかして、迷惑だった?ごめんなさい……!ライス、ほんとダメな子だ……!」

 

「……」

 

「……チラッ」

 

 顔を抑えた手の間からちらりとのぞいた目がこちらを見てくる。可愛いね。まあ可愛いし、あれだ。眠気なんて吹き飛んでしまった。というよりこんな熱烈なお誘いを受けて未だに眠いとか言っていられる人がいるのだろうか。僕は布団から這い出した

 

「解ったよライス。素敵な朝デートのお誘いに乗るとするよ。ええとランニングということは少し着替えないとだね……。ライス、テーブルに座って少し待っていておくれ」

 

 

 あまり使わない運動用の衣服をクローゼットから取り出して素早く着替える。あまり彼女を待たせる訳にはいかないからね。外に出ると既に太陽がうっすらと顔をのぞかせ、外は青白い光で満ちていた。大きく伸びをして息を吸うと、肺の中身がそっくり綺麗な物に入れ替わるような気分になる

 

 

「ライス、君のペースで走ってくれていいんだよ。僕に合わせると練習にならないだろうに」

 

「ううん、ライス今日はお兄様に付いて行くから!大丈夫だよ!」

 

 

 程よい汗をかきながら早朝の学園内を駆けていると身体の淀みがスッと抜けて行くようだ。この時間に起きているという事自体は珍しくない。ただ大抵徹夜明けで迎える時間帯であって、今日のように早寝早起きの結果迎える爽やかな朝という訳ではない

 

 

 そうして朝の運動を済ませてライスと別れた後、部屋でシャワーを浴びてカフェテリアで栄養バランスの良い朝食をいただく。その後朝の学園清掃を行っている子達と出会い、僕も暇な物だから一緒に校舎前の掃除を手伝う。皆が授業を始める頃にトレーナー室へ向かい、暇つぶしがてら仕事をさくりと片付ける。太陽が頭上高くに昇る頃に程よく空腹を感じ、これまた栄養バランスの良い食事で飢えを癒す。健全で健康的。実に素晴らしい1日の過ごし方だ

 

 

 

「つまり早起きこそが健康的な生活を送るのに一番大切な事だったんだよ……」

 

「へー。その割に大和さんはなんでそんなにだるそうな顔なのかなー?」

 

 

 トレーナー室のソファーに寝そべるセイウンスカイがのんびりした調子で尋ねて来る。昼休みをここで過ごす事に決めたらしく、彼女は未だにガンガンの冷房が効いた部屋の中で彼女専用に置いてあるタオルケットを布団代わりに被っている

 

 

「ううん、恐らくだけど健康的で規則正しい生活を送る事に身体が拒否反応を示しているのかもしれない。なんだかとっても眠気を感じるんだ……」

 

「早起きしたから眠いんじゃない?」

 

「それにいつも通りの仕事しかしていない筈なのに身体がとても疲れている。まだお昼過ぎなのにもう椅子から立ち上がるのも億劫なくらいには……」

 

「朝のランニングで張り切り過ぎたからじゃない?」

 

「成程そういう事か。合点がいったよ。スカイは賢いねぇ……頼りになるよ……」

 

 

 少しでも眠気を飛ばそうと口を動かすが眠いものは眠い。椅子に座った姿勢で寝ると落っこちる危険性があるし、僕はぬるっとした動きで席を立つと空いているソファーに横になった。うん、1時間だけ。1時間か、1時間半かそれくらいだけお昼寝しよう

 

 

「大和さん。それ、もしかしなくても完全に寝過ぎちゃうフラグだと思うんですよ」

 

「大丈夫さ。1時間できっちり起きてみせるとも。僕は正しい生活リズムを送る事の素晴らしさに目覚めたからね。決して夕方までがっつり寝て折角の早起きを水泡に帰すようなだらしない事はしないとも。そこで見ているといい」

 

「えー。セイちゃんもお昼寝しに来たんだけどな」

 

「君はもうすぐ午後の授業だろう?程々にして教室に戻るんだよ」

 

 

 彼女をたしなめながら僕も上着を布団代わりにして別のソファーに寝っ転がる。彼女は不満気な声を上げてソファーの上で身体をもぞもぞ動かしてベストな体勢を探り始めた。どうもお昼寝を強行する気らしいが、まあ無理に止める訳にもいかない。お腹いっぱい食べたら存分にお昼寝をする。これはとても良いことだ

 

 

 

 その後。授業が終わり様子を見に来たエアグルーヴに発見されるまでどちらも目を覚ます事は無かった。存分にお昼寝を楽しめた僕達だったが、当然午後を丸っとサボリ尽くした僕とスカイは彼女から少々お小言を頂戴する羽目になった

 

 

 

 あと僕を健康的に云々の騒ぎは割とすぐに自然消滅した。小耳に挟んだ情報によると僕があんまり真面目そうにしているのを見るのもなんだか落ち着かない、という事らしかった。名残として時たま朝のランニングのお誘いを受ける事が増えたり、今何をしてるか尋ねて来るメッセージが皆から届く頻度が多くなったくらいだろう

 

 

 

 つまりは万事変わりなく。秋は穏やかに過ぎて行った

 

 

 

 

 





更新が遅いから結局リアルと作品内の時間の流れが同じような感じのまま進んでいきますね・・・


更新がんばれ・・・!がんばれ・・・!



あと気付いたら50話でした。随分長くやってきました。お付き合いいただき、本当にありがとうございます。もうしばらくよろしくお願いします!ほんとお願いします!!もうちょっと!!!もうちょっとだけ!!!!!

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