また微妙にあったかくなりましたわね
弄ばれておりますわ
人間は無力
字余り
サイレンススズカ。一世代前のレース界を代表するウマ娘として名高い。その実力も伝説も色褪せる事無く語られ続けており、なによりスマートファルコンが結成した『逃げウマ娘達による逃げウマ娘達の為の逃げウマ娘的アイドル』チーム。にげ……に……なんとかバスターズ?とかいうユニットは今もファンからとっても愛されている
「逃げ切りシスターズ!!!あとウマドル!!!!」
丁寧な補足をありがとうファルコ氏。ちょっと名前が出て来なかっただけだよ。うん、大丈夫。僕もファンだから。はい。すいません。忘れないよう心に刻み込みます
まあスズカが海外に遠征にいったりアイネスフウジンが引退を発表したりといった事情から逃げ切りシスターズの活動が少なくなったのもあり最近は少々表舞台に上がる事が少ない名前ではあるのだが
「逃げ切りシスターズは永遠に不滅だから……!」
「うん、その熱量は感激ものなの。でも空港だからもうちょっとだけ静かにした方がいいと思うな」
引きずられるように連れて来られたアイネスフウジンは恥ずかしそうに帽子の鍔を下ろして顔を隠した。既にレース界隈からは身を引いているとはいえ今も人気が高い彼女は一応あまり目立たない恰好を心掛けて今日の出迎えに付き添ってくれている
ウマドルとしてどんな時でもオシャレに!を信条にしているスマートファルコンも今日ばかりは一応変装をするようにと同室の子に言われたのだろう。ツインテールをほどいてポニテに纏めておっきな帽子を被ったり、普段のふりふりしたドレスではなくジーンズと紺色のカーディガンを羽織って少しカジュアルな恰好をしたりと工夫が凝らされている
「ポニーテファルコンだ……幻覚か……幻覚なのか?」
「ツインテが一本に束ねられたことによって魅力が加速度的に上昇している!心が尊さでメルトダウンしちゃう……!しかもあの紺色のカーディガン、前にフラッシュちゃんが着てたヤツじゃないのか!?ウマスタで観たよ……!?」
「アイネスちゃんにブルボンちゃんもいる!逃げシスのイベントとかあるのかな?」
周囲からビシビシと視線が集まっているしどう考えても気付かれている。それでも人だかりができないのはここが公共の場であるという事を理解し自らの衝動にブレーキをかける事ができるファンの皆様の素晴らしいお心遣いがあるからだ。もしくは生で推しウマ娘を目にした衝撃で失神しているだけなのかもしれない
「飛行機の着陸時間から想定される到着予定時刻まであと15秒です。カウントダウンを開始します。14、13……」
「ありがとうブルボン。でもその手に持っているクラッカーは鳴らさないようにね。空港を出禁になるから」
「問題ありません、6。これは鳴らすと見せかけてならさず、5。玄関を出て車に乗った時点で、4。鳴らすことでスズカさん達を驚かせるためのもので、3」
「ブルボンちゃん、カウントダウンもういいんじゃないかな?」
アイネスのツッコミも解るけれど、息継ぎをする間もなく喋り続けても一切問題無さげなブルボンの肺活量には目を見張るものがある。流石長距離逃げウマ娘と言わざるを得ないね。感服だ。ブルボンのカウントダウンが0を刻んでさあ歓迎だと身構えた我々ではあったが、透明な壁で仕切られたゲートの向こうに目を凝らしても揺れるウマ耳を発見する事はできない
「……問題発生でしょうか。飛行機の着陸は無事に確認できていますので、到着自体は完了している筈ですが」
「ふむ。入国時の手荷物検査に引っかかって足止めを喰らっているんじゃないかな。ヤバそうなお土産を買いたがる節があるからね」
「うーん一概に否定できないかもなの。あ、居た!あれじゃな……え、あれなの!?」
アイネスが『アレ』と呼称したがるのも解る。いやそれゲート潜れんでしょみたいな量の荷物を背負って引きずって、サイレンススズカとマチカネフクキタルが並んで歩いて来る姿を遠目に発見する事ができた。荷物の量もさることながらその格好もなんか変だった。なんで星条旗を身体に巻いているんだろう
「ひぃ、ひぃ……!重すぎます……!」
「だから……郵送で送りましょうって……言ったのに……」
「スズカさんだってスペさんに直接渡したいからって直前にお菓子買い込んだじゃないですか……!」
言い合いをしながら歩いて来るが視線は足元を向いておりこちらに気付いた様子は無い。やきもきしたファル子が手を振りながら声を上げた
「こっち気付いてるかな……?おーいスズカちゃーん!フクキタルちゃーん!おかえりなさーい!」
「あ、ファル子先輩。それに……うわぁ」
「ステータス『鬱屈』……すなわち『面倒くさそう』を検知。何故でしょうか?」
「この出迎えメンバーの何が不満なのかな?」
揃って首を傾げるブルボンとファル子。その横でアイネスはぽりぽりと頬を書きながら苦笑いしている。まあいくらサイレンススズカといえどウマドルからは逃げられないのだ。とはいえ彼女が本心で鬱陶しく思っている訳ではないのは僕にだって解る。友人としては皆の事は好きなのだ。ただ、スズカはウマドルとして飾り立てられステージに上げられるのをちょっと恥ずかしく思っていた節がある
それでも2人はゆらゆらと荷物を揺らしながらこちらへ歩いてきた。僕に気付いたのか、フクキタルが苦し気なうめき声をあげた
「大和さん……!お助けー!お助けを……!」
「やあフクキタル、スズカ。おかえりなさい。無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」
「無事に見えるんですか……?」
無事……うん、無事だね。元気そうだ。とっても疲労困憊しているみたいだけど。2人が持っている荷物量は人間であれば潰されて一歩も動けない分量に見える。手を貸してあげたいけれど、僕はそこまで腕力に自信があるタイプの大人ではない。スズカの恨めしそうな視線を受け流しながら、謝罪代わりに彼女が右手に持っている紙袋を受け取る。他の子も分担して2人の荷物を預かった
「うわ重いね。なんだいこれは、金塊でも持って帰ってきたのかい?」
「そんなの買いません。お酒の瓶が入っているから重いだけです」
「おっと、もしかして僕にかい?申し訳ないね」
「……そっちは轟トレーナーにです」
「おっとそれは申し訳ないね。ふむ、そっちはというと?」
スズカは無言でもう片方の手に握った紙袋を差し出してくる。ありがたく受け取るとこれまたずっしりと重たい。しかしこの重さが彼女の気持ちの表れなのだとしたら悪い気はしない
「ありがとう。大切に頂くよ」
「はい、どうぞ。節度を持って召し上がって下さいね」
「どうかな、嬉しすぎて少々羽目を外してしまうかもしれないな」
困った人ですね、と彼女はくすくすと笑うと空いた手でカバンの背負い紐を持ち、よいしょと背負い直した。しかし一息つく間も無くファル子にぐいぐいと詰め寄られる
「ねねねスズカちゃん!早速なんだけど……」
「ファル子先輩、お久しぶりです。お土産ありますよ」
「ほんと!?ありがとー!それでさ、逃げシスの復活ライブやらない!?」
「あの、その、レースが終わって落ち着いたら考えますから……」
「そういってくれると思って天皇賞の後にスケジュール組んであるから☆」
「うそでしょ……」
「大丈夫です。センターはまだ決めていません。後日皆でじゃんけんで決める予定です。スズカさんにもチャンスは残してありますので問題はありません」
「そこを問題視している訳じゃないわブルボン……」
楽しそうでなによりだ。助けを求めるようなスズカの視線に応えてあげたかったが、先にもっと厳しく僕に突き刺さる視線に対応する必要があった。不機嫌そうなフクキタルはお土産が入っているであろう袋を後ろ手に隠しながら僕に近付いて来る
「大和さぁん。私は無視ですか?」
「そんなことないさ。ただスズカのお土産に心を奪われてしまってね」
「ふふん、でしたら私のお土産をとくとご覧になって下さいな!」
「ほう、自信ありげだね。期待させてもらうよ」
紙袋をちょっと覗き込む。一番上に入っていたのは30センチ程あろうかと思われる自由の女神像(ウマ娘風アレンジ)のでっかい銅像。恐らくメチャクチャ重い原因はこれだろう。その下にはカラフルな星条旗を模した靴下やセーター、それに石。石?
「ふーむ。これは石かい?」
「はいっ!アメリカで私が最初に蹴っ躓いた石です!なんだか縁を感じたので拾ってずっとお部屋に飾ってたんです!名残惜しいですが大和さんに差し上げます!アメリカの大地を感じられると思いますよ!」
うん、なるほど。僕は手提げ袋から目を逸らして満面の笑顔を浮かべた
「ありがとうフクキタル。期待通りだよ」
「え!?なんですかその裏がありそうなお言葉は!?」
「勘違いしないで欲しい、本当に心から感動しているよ。なんというか、ほら。君らしさを感じられてね。うん。後はトレーナー室でゆっくり開けるからさ。ほら帰ろうフクキタル」
「ううーん、感動して涙を流してもらえるコト間違いなしのチョイスだと自信があったんですがねぇ」
いつまでもここで騒いでいては邪魔になるだろう。荷物を分担して運びながら僕達は空港の外のターミナルへ向けて歩き出した。後ろでぎゃいぎゃいと騒ぐフクキタル達を置いて歩調を速めたスズカがスッと前を行く僕の隣へ並んだ
「フクキタル、お酒とかお菓子は私から渡してくれって言ってきたんですよ」
「そんなことだろうと思ったさ」
「ふふ。面白いお土産を渡してかまって欲しいなんて、フクキタルったら寂しがりなんだから」
「寂しかったのは僕も同じさ。お互い面と向かって口にはしづらいけれど、気持ちは伝わっている。尤も、僕の一方通行なんじゃないかと思っていたところではあったんだけどね。スズカが教えてくれて安心したよ」
彼女が発つ日にいくつかの約束をした。その内の1つが、非常事態でも無い限り手紙以外のやり取りは控えようといったものだ。それはどちらが言い出した事だったか定かでは無い。ただ今までずっと共にあった日々から別々の道へ歩もうと決めた以上、そういう面倒な線引きを用意する必要があると考えたのは2人共同じだったという話だ
「久しぶりなのに、あんな雑なお話だけでいいんですか?」
「あとでゆっくり話すさ。これからはまた時間がある。彼女もそのつもりだと思うし、後で部屋にお招きするさ」
「___んんっ!ほらほら大和さん、スズカさん!お2人だけでお喋りしてないで私も混ぜてください!そうだ、スズカさんと飛行機の中で日本に帰ったら最初に何を食べたいかを談義していたんです!導き出された答えはなんだと思いますか?お考え下さい!シンキングタイムは10秒です!」
少々頬を赤く染めたフクキタルが慌てたように話を遮りに来た。スズカの話し声は後ろのフクキタルに聞こえない程小さな声という訳では無かったからね。とはいえ僕もスズカもそこの所はフクキタルの意を汲んで___
「あらフクキタル。いいの?全部話しちゃったのに気まずくないかしら」
「んもう!聞こえないフリしてたんですよ!そうですよ、ちょっと気恥ずかしいですよ!はい大和さん、後日アメリカ名産のビール詰め合わせが郵送で送られてきますから!それが私からのお土産です!」
「___素晴らしいねフクキタル。よかったら荷物を全部預かろうか?」
「うぎゃー!さっきと全然喜び方が違うじゃないですか!?現金すぎますよ!」
「冗談だよ。君の荷物を全部持ったら一歩も歩けなくなってしまうからね」
「冗談ってそっちですか!?」
重たい荷物を運びながらようやっと車の所へ戻って来れた。待ちくたびれたであろうマルゼンスキーが窓から手をだらんと出してぼけーっと空を眺めていたが、僕らが近付くとぴこんとウマ耳が反応しこちらへ顔を向けて来る
「おっそーい!私をほっぽって皆で遊んでたの?」
「いえいえマルさん。これでも急いだんですよ」
「どうなんだか。お、スズカちゃんにフクちゃん!おっひさー!」
「はいお久しぶりです。……あの、お迎えの運転ってマルゼンさんなんですか……?」
そうよ!と元気に手を挙げるマルゼンスキーは車のエンジンを始動させる。僕達はバンの後ろを開いて荷物を突っ込む。顔を青くさせるフクキタルとスズカの肩に手を当てて、ファル子が少しだけ引きつった笑顔を浮かべた
「大丈夫だよ!このバンは普段マルゼンさんが運転してるのと違って普通の車だから!」
「そ、そうよね。ファル子先輩達もちゃんとここまで来れたんだから大丈夫よね」
「……行きはサブトレさんの運転だったけど☆」
フクキタルが占いの為のタロットカードを素早い動きでポケットから抜いた。一枚カードを引き、その柄を薄目でチラリと確認し無言でポケットの中に戻した
「……フクキタル?」
「……戦車のカードは『高い努力と忍耐をもってすれば大きな困難を打ち破れる』という意味があります!大丈夫でしょう!」
それって高い困難にぶち当たるという事では?と顔を青ざめたスズカがこちらを見て来る。やめてくれ、マルさんは久しぶりの後輩を乗っけての運転をぜひともやりたいとウキウキなんだ。行きはなんとか僕が担当したけれど、帰りまで彼女の楽しみを横取りする訳にはいかない
まあ結論だけいうと、そこまで心配する必要は無かった。普段と違う車というだけあってマルゼンスキーの運転は(彼女にしては)非常に穏やかでとっても(彼女にしては)心地よいドライブとなった。ちなみに学園に到着した時スズカは失神していた。多分旅の疲れが出たんだと思う。もしくは鳴らし忘れていたクラッカーをブルボンが車内で炸裂させたからかもしれないし、お土産の中に入っていた激辛お菓子を口にしてしまったからかもしれない。答えは彼女のみが知る所だ
「つまり僕のせいじゃないって訳ですよ轟さん」
「スズカー!しっかりしてくれー!!」
「スズカさーん!!!」
「わけわかんないよ……」
本気で困惑しているテイオーと大騒ぎする轟さんとスペシャルウィークが学園の門で出迎えてくれた。まあ色々あったが、彼女達は無事トレセン学園へと戻って来ることが出来た
「そういえばなんで星条旗を身体に巻いてたんだい?」
「出発する時、向こうのウマ娘さん達が泣きながら巻いてくれたんです。ですのでなんだか外しにくくって」
「いい友人ができたみたいで何よりだよ。でもあれどこに飾ろうか」
「うーん……まあそのうち考えましょう!」
後日、理事長室に勝手に飾った。向こうのトレセンとの友好の証だとかなんとかゴリ押してそのまま飾り続けてもらう事に成功した。エアグルーヴには若干怒られた
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『サイレンススズカは昨年の秋の天皇賞に出走する事が叶わぬまま海外へと活躍の場を移し、「スピードの向こう側を見る」という夢は誰しもにとって宙に浮いたままとなってしまった。しかし今、彼女はその清算を済ませる為に再び戻って来た。
しかし待ち受けるのはそうそうたるウマ娘達である
三冠ウマ娘は次の王冠を求めて東京レース場へ。トウカイテイオー。
計算された走りは異次元すら観測するのか。中距離逃げの覇者は次代へ移ったのか。ミホノブルボン。
王者まではあとたったの二歩だ。帰って来た挑戦者ナイスネイチャ。
その在りようは例えようもない程素晴らしい。マーベラスサンデー。
____以上17名のウマ娘達が海外帰りのサイレンススズカへ挑む事となる。
かつてレース界を震撼させた異次元の逃亡者。彼女に惹かれて病まない我々の心を、彼女はどこまで連れて行ってくれるのだろう。ああ、今から楽しみで仕方がない』
〈週刊・それなりロマンチック 10月2週号より〉
アイネスフウジンの「~なの」の話し方好き。もっと出番を早めに用意したかったのですが、いつになっても育成ストーリーがこないんですわよねぇ!!!!!
そういう訳でフクキタル登場です。回想ではちょいちょい出番があった子ですが、実は国外にいました。史実ではそういった設定は一切ありません。無理のある設定だとは思いますが気軽に流してください。ごめんなさい。こんな話が書きたかったんです