いやぁ、このまま逃げ切れば大したものですよ!!!!
トレーナー室が設置されている教員棟を出て、スカーレットは寮へと繋がる小道をずんずんと歩いていた。暴れていたウオッカはスカーレットがもう少し落ち着くまで何を言っても無駄だと悟りなすがまま引きずられるように歩いている。スカーレットは自分の中の正体不明の癇癪を抑え込むのに集中する余り周囲が見えていなかった
「___ああ、いたいた。ちょっといいかな。ダイワスカーレット君」
「え?」
スカーレットはその声に少しだけ聞き覚えがあった。顔を上げてみれば、声をかけたであろう中年の男性以外に若い女性と若い男性が1人ずつ。それぞれスーツやらトレーニングウェアを着ていて胸にはトレーナーの身分を示すバッチが付けられている。前に自分をスカウトに来てくれた人達だとスカーレットは少し遅れて気が付いた
「僕達の事、覚えているでしょうか?」
若い男性トレーナーがおずおずと口に出した。当たり前でしょ、と反射的に口に出そうになった喧嘩腰の言葉を呑み込んであくまで静かに返事をする
「……ええ。以前はお世話になりました」
世話になってなどいないのだが、スカーレットは定型分の挨拶を返すとどこかの誰かの薄っぺらいソレとは違う完璧に整えられた作り笑いを瞬時に浮かべてみせた
ああ、覚えているかと言われたら覚えている。ウオッカに負ける前は熱心に話しかけて来た癖に、負けた後はあからさまに後回し。声をかけて来たかと思えば『頑張ればウオッカのように走れる』だの『彼女にも負けないようなウマ娘になれる』だの、こちらの神経を逆なでするような台詞を連呼して傷心に塩を刷り込んでくる。
挙句ちょっとイラついた様子で突っぱねれば、やれ気性が荒くて扱いにくいだの猫被りな性格ではどうにせよ大成しないだの、こっちが聞こえていると知ってか知らずか好き勝手に陰口を叩いていた事も覚えている
ウオッカを引きずる手にピキリと力が入ったのが解る。額に青筋が浮かんでいないといいけど、と思いながらスカーレットは頭を下げて視線を切り、丁寧な言葉遣いが崩れないよう気を付けながら彼等との会話に先手を打って手早く切り上げる事にした
「申し訳ございませんでした、この間は良い話を持ってきて頂いたのに失礼な態度をとってしまって___」
「ああ、違うのよ!謝りに来たのは私達なんだから」
横に居た女性トレーナーが慌てた様にそんな事を口にした。なんて?と思わず聞き返しそうになったスカーレットは下げていた頭を上げ、それから心底驚いた。彼らが皆揃って頭を下げていたからだ
「ちょ、ちょっと!なんですか、やめてください!私は謝られるような事なんて___」
「失礼な態度でした。実力を評価するのも我々の仕事とはいえ、スカウトという立場に胡坐をかき小バカにするような陰口を叩くなどあってはならない。面と向かって叱られて初めて自分達の愚かさに気付いた始末です。本当に情けない」
3人の中では一番の年長者であろう男性から心底謝られてスカーレットはどうにも気まずかった。確かに不愉快な出来事だったのだが、『清々したわ!』などと高笑いをして開き直れる気分でもない。スカーレットも少々負い目があったからだ
「別に気にしてません。間違った評価という訳でもありませんから。あの時のアタシは、負けた癖に口だけはでかくて素直さも無い。見限られて当然だったって自覚もあります」
「___『本来の僕達の役割とは、そういった子を光の道に導いてこそなのではないのか』。彼があの時叫んだ言葉、全くもってその通りだ。いやはや、情けない。彼より長くこの職に就いているというのに、私はその長い時間の中でトレーナーとしての本質を見失っていたんだな」
中年男性トレーナー(こういう認識の仕方は失礼かな、とスカーレットは思ったが名前がまるで一文字も思い出せない以上仕方が無かった)が心底すっきりしたようにそう言うのを聞き、スカーレットは何と言うべきか解らずに困り顔で見つめてしまった。それに気づいて、中年男性トレーナーは気まずそうに笑みをこぼして言葉を続けた
「彼は私の事など興味がないだろうが、こちらはそうでもない。彼がいるチームも、彼自身も色々な意味で有名だからね。___彼のスカウトを受けるのだろう?」
「は、はい。もう受けました」
「そうか。うん、いい選択だと思うよ。彼がこれからどう評価されていくのかも含めて、私は楽しみにさせてもらいたい。応援しているよ、ダイワスカーレット君」
「……はい。ありがとうございます」
その後も他のトレーナーに順番に謝られ、気まずさが頂点に達したスカーレットはウオッカを引きずりながら足早にそこを離れた。ちなみにトレーナー達は何故ウオッカが手を引かれているのかを聞くか聞くまいか最後まで判断できずにいたが、ウオッカが『俺に関わらない方がいいっす』と全力で目で訴えていたのでそのまま気付かないフリに徹した
____________
「……」
スカーレットは思い出す。あの日、自分が熱烈なスカウトを受けた日の事を
『君達の言動は驕った者のそれだな。極めて許しがたい。彼女が華を開く時を間近で見る権利を失った事、心底後悔するだろうさ』
辛くて、情けなくて、泣き言はぐっと噛み殺していた。私の手を握る彼の目は1秒事に勢いを増す炎のように輝いている。呆けている私の様子をいい事に彼が好き勝手喋りまくるものだから、何か言い返したくなって思わず言葉を絞り出した
『アンタ、名前くらい名乗りなさいよ!』
『ヤマト。大きいに平和の和で大和だ。そう呼んでくれてもいいし、《トレーナー》と末尾につけてくれるなら心底感激だ。ダイワスカーレット。ダイワ……うん、運命的な物を感じずにはいられないな。僕が全てを賭けるとすれば君しかありえない』
『はぁー!?ちょ、アンタなに恥ずかしい事……!ちょっと、ちょっと!静かにしてったら!周り人いるから!』
『スカーレット!1番だ!1番を目指そう!』
『もーっ!聞きなさいよー!』
脳内で思い返すだけで顔から火が出そうになる程恥ずかしい思い出だった。しかし、それを忘れようという気持ちはスカーレットには欠片も無かった。寮へと歩きながら、後ろを振り返る。既に離れたトレーナー室はここからは見えないが、スカーレットは視線をその方角へ向けてしばらく佇んだ
数秒の後、再び寮へと歩き出すダイワスカーレットはこれまでにない熱気が溢れてくるのを感じていた。今までも『1番』という雲の上を目指すような高い目標へのやる気は十分あったのだが、先日から無性に力が湧き出て止まらない。今ならどんなトレーニングも苦しさを感じずにやり遂げられる自信があった
トレーナーは彼なりに行動で示してくれている。自分に尽くすと。ではこちらも行動で示すしかないだろう
ウマ娘は、ただ走るのみ。その背に夢と希望を乗せて
(あ、あとはダンスね。ダンス……アイツちゃんと教えてくれるかしら)
「なぁスカーレット」
「ダメよ」
「まだ何にも言ってねぇだろ……。てか、これこそ俺の勝手だろ?」
「……」
「……別に、お前の邪魔がしたいとかじゃねーんだ。それは解ってくれよ。ただ俺は自分の意志でトレーナーを決めただけなんだよ」
「……もっと良く考えた方がいいわよ。勢いで決めたら後悔するかもしれないし」
「お前が言うのかよ!」
呆れたように笑うウオッカにつられて笑ってしまったスカーレットはそこでようやく彼女を掴んでいた手を放すことにした。スカーレットはひとしきり笑った後、ウオッカに小さな声で謝った
トレセン学園の中庭に一筋の風が吹く。それは歩み出そうとする彼女達の背を押すものなのか、夢へと進もうとする彼女達を押しとどめる試練の向かい風か
それは誰にも解らない
短編として書くならこの辺で終わりにすっかなぁ~って思っていました。
しかしミキリハッシャマンがゴールを越えてそのまま外へ飛び出して行ってしまいました。行方不明です。ゴールがどこにあるのか解らないんですが、それでよければお付き合い願います
次回からは他のウマ娘、他の世代の設定がちらほらと出て来る予定です。もう全部勝手に考えます。誰が先輩で後輩になるかはサイコロを振って決めます