時間だけがどんどん経っていきますわね
人生も同じです
歩き出すまでが一番しんどいものなんです
しらんけど
字余り(あと今回超長い上にオリウマ娘メインの話なのでサクっと読み飛ばしてもらっても大丈夫です)
「ん……」
どーにも部屋が騒がしい。なんだっていうんだ、まだまだ眠いのに起きてしまった。頭はどんよりと締め付けるような不快感で支配され、腕も足も鉛のように重たい。まだまだ睡眠が足りてないのだと身体全体が訴えかけているのを感じる。現在時刻を確認するため枕元のウマホの画面を指で叩いて液晶画面を光らせる
「……」
光らない。再び指でトントンと突っつき、それでもダメなので側面についているボタンをかちかちと押し込む
「点かない」
かすれた喉から苛立ちを込めた声を絞り出す。なんで点かないんだろう。まさか充電切れか、と思ったけどそんな筈はない。だって充電コードを指しっぱなしで寝たんだから。故障かもしれないと思ってウマホを手で持って顔に近付けると、充電ケーブルの先っぽ(ウマホに刺さってない方)がずるりと床に落ちた。まあ、あれだよ。コンセントに接続されてなかったみたいなんだよ。つまり充電切れだ
「おわった……」
放り投げたウマホが小さくバウンドしてベッドから落下し、床のマットの上に鈍い音を立てながら転がった。
ウマホの電池が切れた学生に何ができるっていうのか。いや何もできない。若い心というものは暇というものを何よりも恐怖するのだから。私は布団の端を身体の下に巻き込み、春巻きみたいに丸まった。春巻き……春巻き食べたい。お昼は春巻き食べに行こ。カフェテリアにあるといいけど
「モブ先輩っ!そろそろ起きて下さいっ!」
キャンキャンと金切り声が耳元で鳴り響き、謎の力が私の身体を布団の上からぐいぐいと押し込んでくる。タチの悪いアラームだ。ぶっ叩いて黙らせようと布団から手を出すとがっちりと掴まれた。なんて反抗的な目覚ましなのだろう。私はうっすらと目を開けるとうるさいヤツを睨みつけた
「……うるさいなぁ。なにしてるの?」
「なにしてると思います!?」
「……」
同室の後輩、ショコラシューは何が気にくわないのか知らないけど、じとっとした目でこちらを睨みつけて頬を膨らませている。変に言い返して怒らせるとこのまま掴まれた手を引きずられて二度寝の邪魔をされるのは確定的に明らかだ。私は重たい頭に少しだけ働いてもらうことにした
さて、この後輩ちゃんは普段はいい子なんだけど何故か時折妙に乱暴になる。何が切欠かは解らない。いや、良く見れば彼女の明るい栗毛はあっちこっちに跳ね散らかしているではないか。恐らく今日も朝から髪を整えようと躍起になった挙句上手く行かなかったのだろう。きっとその辺で機嫌が悪いに違いない。私は努めて穏やかに微笑むと優しく彼女に語りかけた
「……まあなにをしてもシューの自由だけど、でも私の布団を引っ張るのはやめて。……あ、また一緒に寝たいのかな?しょうがないなぁシューは。枕は自分の持ってきなよ?」
「な、なに寝ぼけたコト言ってるんですか!?ああもう、いいから早く起きて下さい!もう8時回ってますから!遅刻しますよ!」
シューは私の布団を引っぺがした。私より小さい癖にバカぢからだ。許せん。哀れ私はふわふわのパジャマ姿のまま床に打ち捨てられて転がった。ああ、これは後輩による先輩イジメだ。絶対に許される事ではない。ネイチャにメッセージを送り救出してもらおう。……ああダメだ。ウマホはバッテリー切れだった
「孤独な私はこのまま暴力に晒されて干からびて行くって訳だね。はい、GG」
「はよ着替えてくださいってば。今度遅刻したら部屋まで毎朝起こしに行くってフジ先輩とネイチャ先輩の両方に怒られたでしょうが」
「……」
フジ寮長はいい人(ウマ娘)だけど怒ると怖い。同じクラスのネイチャも先輩や後輩相手にはある程度甘々なのに同級生には結構厳しい。イエローカードが溜まっている以上、今日こそはちゃんと1時間目に間に合うよう動くべきだというのは頭では解っている。ただ心の問題なのだ、こういうのは
しぶしぶ着替え始めたものの、私の動きがトロいのを見かねたのかシューが無理やり私を着替えさせた。ほんと先輩に対する敬意が足りない。セクハラだ。許せない。寝言みたいにブツブツ文句を言っているとシューが呆れたように溜息を吐いた
「嫌なら1人でちゃっちゃと用意してくださいよ。……モブ先輩、あの、でも、ほんとにしんどいなら言っておきますけど……」
「叩き起こしといて今更そんな顔する?気にしないで、べつに元気だし授業受けるくらいなら問題無いし」
「そう、ですか」
なんだその顔。さっきまでは偉そうにプンプンと怒ってた癖に今度はシュンとした感じ出しやがって。朝から面倒なヤツだ。ムカついた私は手を伸ばしてシューのほっぺをぐねっと引っ張った
「あっ痛いです痛い!」
「変に気を遣わないでいいよ。強いて言うなら3時くらいまで布団の中でゲームしてたからちょっと眠いってだけ」
「は?あの後まだ起きてたんですか……!?」
怒んないでよ。コントローラー握ったまま床の上で猫みたく丸まって寝落ちしてたお前をベッドに運んでやったのは私なんだが?胸を張ってそう言ってやると、シューは顔を真っ赤にさせながら「それとこれとは別です!」小さい身体で私をぐいぐいとドアの方へ押し始めた。
押されながらドアを開けるとそこには丁度私を叩き起こしに来たらしいネイチャと、オマケにくっついてきたマベさんが立っていた
「あ、おはよう2人共。今日は間に合いそうだね」
「走ればね」
そう切り返してきたネイチャの顔は笑っていたが、ちょっと怒ってるらしかった。マベさんは相変わらず「マーベラスだね!」としか言わない。よく解らないけど、なんか楽しそうなのは解った。2人を遅刻に巻き込まないよう、私は鞄をしっかり手で持ち走り出す準備を整えた
ちなみに、もしかしたらまだ気づいていない方もいるかもしれないのでここで言っておく。今回は『モブ』と呼ばれる私が過ごす何の価値もないつまらない一日を語るだけのお話である
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「ねねね、ムーンシャインはファン感謝祭でなにやんの!?」
隣の席の子に聞かれた。ウマ耳を澄ませばクラス全体がそんな話題で溢れ返っているらしい。まあ夏休みが空けてからそんな話題がぽつぽつ増えてきていたが、最近は皆がこの話題に夢中らしい。どうも私はいまいちそのテンションには乗れないのだけど
ファン感謝祭、というのは本来ウマ娘が自分を応援してくれるファンに直接感謝を伝えるためのイベントであり、学園全体がそれに全力を注ぐ。しかしまあファンなんてほとんどいない私のようなしょぼくれたウマ娘達からすれば文化祭の延長線上みたいなもので、どちらかというと自分達が楽しむ事を意識している面もある
いや、当然たった1人でも自分のファンがいるのであればその人に向けて全力で尽くすべきなのだけど。なんというか、重賞に出たことがある方々と同じ目線でこのイベントに取り組んでいると情けなくて泣きたくなっちゃたりするので、現実逃避とばかりにバカ騒ぎに全力を投じる子も多いって訳で
そんな事を考えながら適当にお喋りをしていた。ちなみにムーンシャインは所属メンバーの多さもあってチーム単位で色々と出し物を展開するので中々に忙しい。GⅠに出てるウマ娘達を中心としたトークショーやミニライブ。チームハウス横でちょっとした出店を出してグッズや食べ物を売ったりなんかもする
……あと毎年大和サブがチームメンバーのお宝映像の上映会やってる。あ、えっちなヤツじゃないよ。エアグルーヴ先輩が鼻歌唄いながらお花に水やってる映像とか、ネイチャ先輩とタイシン先輩が何気ない世間話しながら料理してるところとか。所謂皆のオフショットというやつだ。一応本人に許可はとってるらしいけど
「出店は毎年忙しいからねー。アタシも去年はうんざりする程焼きそば焼いたっけかな」
やれやれ、と肩をすくめるネイチャだが今年の彼女は屋台に立っている時間は殆どないと思う。なんせ天皇賞でも凄い走りをしたし、有馬にも出れるかもしれないのだ。チーム内外問わず目立つイベントに引っ張りダコだろう。そういうとネイチャはへっと自虐的に笑いながら肩をすくめるいつものポーズをとった
「いやいや、アタシなんて裏方作業がお似合いなブロンズウマ娘だから。ちょっと活躍したくらいでそんな尺とったら他のチームメイトに申し訳ないってもんよ」
「「「は???」」」
「あっ、え。あの……」
傍で聞いていた何人かのウマ娘達が近寄って来る。ネイチャは耳をペタンと閉じて、何事かと縮み上がっている。まあ仕方ないだろう。彼女は自分の立場をちょっと思い知るべきだ。私は黙って様子を見守ることにした
「アンタがキラキラウマ娘じゃなかったらアタシ達はどうなると思ってんのネイチャ……。アタシのこの前のレース知ってる?スタートした直後に大外でぬかるみに脚取られてスっ転んで、その後泥だらけで走って最下位よ。ふふ、もう恥ずかしいったらありゃしないんだけど」
「……ウチもこの間1個下の子に5バ身差で負けたわ。あ、2着じゃないよ。8着ね8着」
「私はそのレースでコイツに負けて9着だ」
どんよりとした言葉でちくちくと刺され続けるネイチャは膝の上に置いた手をもじもじとさせながら助けを求めるようにこちらを見てくる。まあ、皆ネイチャの事が嫌いでこんなことしてるワケじゃない。妬みとかはそりゃあるだろうけど、一番言いたいことはそうじゃない。多分私も同じ気持ちだ。朝ごはんを食べ損ねた私におにぎりをくれたネイチャに恩を返すため、私は助け舟を出してあげることにした
「みんな、ネイチャが困ってるからそろそろ結論を言ってあげて」
「「「もっとムネ張って!!!」」」
「はいっすいませんでしたっ!」
ネイチャはピシっと胸を張った。それはもうふんぞり返る程に。それを見たクラスメイト達はそれでいいんだよ、と笑顔になって再度ネイチャに絡みだした
私達の世代の顔はトウカイテイオーだ。ルドルフ会長の親戚で、ビジュアルが良いし、歌と踊りが上手く、そして3冠を獲った。喋ってて楽しいし、いい奴だ。彼女を妬んだ子達も実物を見て彼女の在り方を見れば好きになってしまうだろう。ちょっと生意気だけど。まあそんなテイオーに食らいついていけるネイチャを誇りに思っている友達も多いのだから、もうちっと自信を持って欲しい所だ
「まあ次はターボがテイオーを倒すけどね!」
「あの、ターボさんや。次って言ってもアタシはテイオーにまだ勝ってないけど」
「まあそうだけど、今はこう言っといた方がノリがいいかなって感じだから言った!」
「成程ね」
青髪ツインテ、個性的な見た目をしたツインターボがやる気十分に宣戦布告をかました。ネイチャは雑に流したが、でも本当にターボならやれるかもしれない。彼女は最近力を付けて来たし、ワンチャンあるだろうと私はひっそり思ってたりするのだ
入学当初から凄さを発揮するテイオーみたいな奴もいれば、ネイチャみたいに徐々に頭角を現してくる奴もいる。ターボがその1人であってもおかしくない。まあ私みたいに伸びる気配が無いヤツもいるけど。まあそれはそれだ
とその時、きんこんかんこんと聞き飽きたチャイムが鳴り響く。いつの間にか教室に入ってきていた数学の先生が気だるげに手を叩きながら散らばって喋る私達に声をかけた
「ほらほら皆、授業始めるわよー。席に戻ってね」
「おっと先生来ちゃった。じゃあまた後でね、モブ」
「うん、解った」
ネイチャ達が自分の席に戻っていくのを見送り、私は机の上で広げっぱなしのノートの上に転がしていたペンを拾い上げた。このノートは朝からずっと開きっぱなしである。当然、真面目な側ではない私は授業ごとにノートを取り換えたりしない
板書は適当に、ちょろっとメモする程度だ。後は暇つぶしがてら先生の話を聞いてなんとなく記憶に残しておけばそれで十分。どうせテスト前になれば他の子がきっちり教えてくれるし、それで平均点くらいは取れる。何事も程々の頑張りで、程々の成果を得れば私はそれで十分幸せなのだ
「……」
前の席で寝落ちしそうになっているツインターボのツインテールの毛先を手でふわふわと弄ぶ。接触を感じ取ったのか、ターボは変な鳴き声を上げながらびくっと身体を反応させてこちらを振り返った
「……!?」
「どうしたのターボ。変な夢でも見た?」
「ターボ寝てないよ!」
「それならよかった。ほら先生こっち見てるよ」
そういうとターボは前を向いて取り損ねていた板書作業に戻った。先生はチラリとこっちを見てきたけど、気にせず喋り続けている。まあ私は寝落ちしそうな友人を起こしてあげただけなので、怒られる理由はないのでなんにもビビってないけどね。うん、ビビってない
こうして今日も、特に何の成長も感じられない一日は終わりへと向かっていく訳だ。まあでもこれでいいのだ。私は一番になるためにこの学園に来た訳じゃないし。程々に過ごし、程々に楽しむ。それが私のウマ娘としての在り方なのだと悟っていた
ただ、なんだろう。最近はちょっと、妙な気だるさを感じてしまう
溜息を付きながら時計を見ても、全然時間は進んでいない。私は暇つぶしを兼ねて、再び舟を漕ぎ始めたターボを起こすという名目の下、彼女の毛先をモフモフする為に手を伸ばした
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「ふーむ。成程。いまいちファン感謝祭に向けてのモチベーションが沸かない、そして沸かない自分が軽薄で恩知らずだと感じていて、ちょっとした自己嫌悪に陥っているというわけだね。そういうナイーブな感傷はどうしても沸いて来るものだからね。あまり気にしないでいいと思うよ。ちょっとした事で気分が晴れれば、君はちゃんと楽しもうという気になれる筈だよ。だって去年もなんだかんだ張り切っていたじゃないか」
私はまだ何にも言ってない。チームハウスのドアを開けたら中のメンツが妙に盛り上がってて、なんか入り辛かったから入るのを止めてその辺をブラつこうとしてたのだ。そしたら横の空き地で大和サブが焚火してて、その横に丁度開いてる椅子があったもんだから勝手に座って一緒に火を見てただけだ
そしたら大和サブがいつもみたいなヘラヘラした笑いを浮かべながら私の心を見通したような事を言ってきたからなんともムカついた。実際は心を見通したというか、地の文を読み上げただけなんだろうけど。こズルイ人だし、私はあんまりこの人の事が好きじゃない
「いいのさ。僕は人に好かれるには少々軽薄すぎる大人だという自覚があるからね。ただ、僕が君を好きでいる事を拒否しないでいてくれればと思うよ」
目を逸らしてふくれっ面で黙り込んでるだけなのに勝手に会話を進められてはたまったもんじゃない。私は火がぱちぱちと音を立てながら燃え上がる様子を眺めながら言い返した
「……なんかそういう言い方されたら私が悪いヤツみたいじゃないですか」
「そういう気まずさを感じるのは君が心の清いウマ娘だというなによりの証拠だよ」
つまり私の清さに付け込んだ訳か。この人嫌い。彼は目の前でコトコト煮込んでいた小鍋の中身をお玉で軽くすくうと小皿にとり、私に向かって差し出してきた。私はふくれっ面のままそれを受け取り液体を軽く口に含むと、スパイスの刺激的な辛さとそれを上回る旨味が舌の上に広がった
「どうかな?手前味噌だけれど、自信はあるんだ」
……味噌?今はカレーを作ってるんじゃないの?そう聞くと大和サブは少し困ったように笑い、まあ気にしないでくれ、と言ってきた。よく解らなかったけど、私はとりあえず素直に味の感想を伝える事にした
「まあ、美味しいです。ちょっと辛いんで、それが嫌いな人は嫌がるかもですけど」
「甘口も用意してあるんだ」
もう1つの小鍋はそれか。そっちも味見させてもらったけど、まあ美味しかった。この人は何にも出来ませんて顔しながら存外器用で、色々できる人だった。とにかくやらないだけで。やればできる子なんだから、って100万回くらい言われながら育ったタイプだと思う
「言われた数は数えなかったけどね。ただまあ、1番になれるほど得意な事は僕には無い。それが僕のコンプレックスであり、追い求め、そして置いてきた夢だ。だけど今の僕には新しく見つけたたくさんの夢がある。その内の1つにカレー職人になるというものを加えるのも悪くないと今思い始めて来たよ」
私が美味しいって思うだけで、お店をやっていける程ってワケじゃないと思う。面白みのない指摘をぶつけると、大和サブは「それは残念」とまったく残念そうじゃない顔で言いながらカレー鍋をかき混ぜた
「ふふ、何もお店を開いて大儲けを目指そうという訳じゃないさ。ただ君達の笑顔に一役買えるというのなら、大事な書類仕事を放り出してまで料理に奮起する理由としては十分という事を言いたいんだよ」
「カレー作りに励んでいるのは私達のためってことですか?」
「今年のムーンシャインはカレーの屋台を出そうと思ってね」
成程、そういう事か。どうりでこんな目立つとこで遊んでるのにエアグルーヴ先輩が飛んでこない訳だ。ハウス横の空き地はイベントになると屋台を立てて出し物をしたりする場所だ(もしくは大和サブがテントを張って自前のキャンプ用品のお試しをして遊んでたりする)。大和サブのカレー作りはイベントの予行演習も兼ねているらしい
私は今年も屋台とか展示を手伝うのがメインになるだろうし、参考にするためにこのままここで眺めていようかな。そう思った矢先、大和サブは「さて」と声を上げて立ち上がるよう私に促した
「僕はここでもうしばらくのんびりしているけど、君はチームハウスに戻ってレイヴンから指示を仰いでくれ。ファン感謝祭について皆に色々と説明があると言ってたからね」
「はぁ……。わかりました」
珍しくサボりを咎められた。さっきよりチームハウスの盛り上がりが落ち着いてるといいんだけど、と考えながら立ち上がって歩き出した私の背中を大和サブの声が追いかけてきた
「モノクロブーケ。レイヴンと話した後でもファン感謝祭にいまいち気乗りしないようなら、もう一度ここへ戻っておいで。そしたら一緒にカレー作りをしよう」
……なんとも含みのある言い方だった。どうせ何かあるんだろうな。私は生返事を返してちょっとだけ速足で歩き出した
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「モブ。待ってたわ。はいこれ、あなたの」
「え、なんですかこの段ボール」
チームハウスに戻ると相変わらずワイワイと騒がしい。輪の中心には背の高い白いウマ、レイヴンサブの姿があった。彼女は私が入ってきたのを見つけるとこちらへ滑るように歩み寄ってきて、小脇に抱えていた段ボールをぐいっと押し付けてきた
どうしたものかと辺りを見渡すと、みんな箱を開けて中身を漁っている
「モブ。あなたも開けていいのよ」
「は、はい」
促されるまま箱を床に置いて蓋を開けた。小さい段ボールには紙束が積み重なるように入っていた。いくつか手に取り、開封して目を通す。サイズも色もまちまちだ。ただどれもこれも、同じような事が書いてある
「……」
応援してます。頑張ってください。あなたの事が好きです。書き方は様々だけど、内容はそんな感じ
ファンレター、だと思う。うん、間違いなくそうだ。今まで何度か貰ったことはあるけど、こんなにたくさん受け取ったのは初めてだ。もしかしたら誰か他の子のが混ざってるんじゃないのかな?そう思ってざっと確認したけど、どう転んでも全部が私宛てだった
「感謝祭でトークショーをやるから、ファンの人達に聞きたいことや言いたいことを書いたお便りを送ってくださいとお願いしたの。ネットからのメッセージだけじゃなくて、できれば手紙でと。そしたらありがたい事にたくさん届いたの」
……まあ別に、私の段ボールはそんなに大きくないし。ライス先輩とかこの間デビューしたばっかのスカーレットちゃんとかはもっと大きいの抱えてるし。うん、別に。なんてことないかな
「モブ先輩、めっちゃ嬉しそうですね!」
「シュー、うるさい」
ニヤニヤしてる後輩に手近なクッションを叩きつけて黙らせた。みせもんじゃないぞ。今まで黙っていたレイヴンサブが私と目線の高さを合わせるよう身体を屈め、その青い瞳でこちらを覗きこんでくる。昔はこのサブトレーナーも苦手だった。こちらの全てを見通すような深い色をした目や、感情が全く読めない氷のような美しい顔が怖かった。
ただ、今はなんとなくわかる。このサブトレーナー、私の反応を面白がってる
「で、モブ。やっぱり今年も全員に舞台に出て欲しいと思って色々計画しているの。でもあなたが全くやる気が出ないというなら無理に参加してとは言わないわ。強制するのはムーンシャインの方針として正しくないから」
「……まぁ……んん……やりたくない、ってことは……ないです」
「ごめんなさい。よく聞こえないわ。ほら私病弱だから」
「……やりたいです」
「ほんとに?私に言わされてるわけなら素直にそう言っていいのよ」
「……もう!やりたいです!やる気でてきたので!」
「そう。なら良かったわ。素晴らしい感謝祭にしましょうね」
ああもう。私は単純だ。改めて応援されてると解って、あっさりと頑張ろうって気になった。それは認める。だからそんな思春期の子供が恥じらってるのを面白そうに見てくるのはやめて欲しい。全く、どっちのサブトレーナーさんもほんと……嫌いだ
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モノクロブーケ。『モブ』とは小さい頃に友達につけられたあだ名。このあだ名をつけた友人達はあとから言葉の意味知ったのだが、その後本人が「なんか気に入ったからこれからもそう呼んで」と言ってきたため継続してそう呼んでいる。ちなみに気を遣った訳でもなく、本人は自分を適切に表したいいあだ名だと本心で気に入っている
ネイチャの同世代。デビュー戦で勝利した後からいまいち伸びずレース成績はパっとしないが、なんだかんだ応援してくれるファンは少なからずいる
ショコラシュー。モブの1つ下で、セイウンスカイの同期。今年やっとこさデビュー戦で1勝を果たしたウマ娘だが、腐らず程々に頑張っている。ムーンシャインにいるだけあって本人もサボリ癖持ちなのだが、同室の先輩や同期のGⅠウマ娘が自由奔放すぎるので世話焼きグループの一員のような立ち位置に立たされる事が多い
くっそ長くなりました。次回からファン感謝祭を1話か2話かけて描きます。その後年を越す前にジャパンカップから年末に向けてのお話を……一気に書き終えたいね……がんばろうね……