月は隠れて花は散り
戻れぬあの日を憂えども
されど前へと突き進み
いずれ巡って福来る
今回クソ長ですが許してください
「すいません。ウチは仏教徒でして」
「ああっ!宗教勧誘ではございませんっ!いえある意味そうかもしれないのですが!」
「持ち合わせもあんまり無くって」
「一個5万円の護符とか聖水とか売りつけに来た訳でもありません!」
誰もいないと思って神社をのんびり散策していた所、急に声をかけられ心底驚いた。しかもとっても迫られながら厳かな雰囲気で話しかけられたので反射的に拒絶モードに入ってしまった。都会を生きるスレた大人の処世術である
しかし一旦落ち着いてよく見てみれば、なんとも可愛らしいウマ娘さんがこちらを見上げながらわたわたと必死な様子で何かを伝えようとしてくれているではないか
僕が壁を張ったせいで彼女を困らせているのだとしたらとてもよくない。駆け出しとはいえトレーナーの肩書を持つ以上、その役割に準ずるべきだ。僕は状況を理解する為に少し腰を落として彼女と視線を合わせながら可能な限り優しい笑顔___後に皆が『貼り付けたような作り笑い』『見てるとなんかムカつく』と揶揄するようになった僕の接待フェイス___を浮かべながら優しく語り掛けた
「ごめんよ、お嬢さん。僕は人見知りでね、知らない人と話すのに少々慣れていないんだ。それがカワイイ女の子とあれば尚更ね。緊張のあまりついそっけない態度を取ってしまったことを謝罪させて欲しい。僕に何か用があるのなら是非とも聞かせて頂くよ」
「あなたは神様を信じますか?」
「すいません、うち浄土真宗なので」
「ごめんなさいちょっと舞い上がってて私の言い方も変になってるんですけど!とりあえず一回最後まで聞いて下さりませんか!?大丈夫です、変なコトしませんからぁ!」
彼女の語り口を神妙に聞いてみれば、中々ファンキーな内容だった。つまるところ、僕と同じくピカピカ一年生である彼女はシラオキ様と呼んでいるありがたい神様のお告げに従って自分のトレーナーを探していたらしかった。早朝の神社で一番に出くわしたトレーナーこそ、自らを導く運命の担い手である……んだってさ。マジなのかな。いや、マジらしかった
緊張で少し震える彼女の語り口調は僕の心を揺らし、真っすぐ見つめて来る瞳の色が僕の心に突き刺さった。期待と不安がごちゃまぜになっている1人の幼い少女に対し僕はあまり悩む素振りを見せたくなかった
「光栄だよ、ええっと……」
「申し遅れました!私はマチカネフクキタルと言います」
「マッチー……」
「マチカネフクキタルと言います!」
「成程フクキタル。3つに分けてお返事をしよう。1つ、僕は既に専属で受け持った子がいる。だからルール上君の専属トレーナーにはなってあげられない。2つ。僕の実力は胸を張って言える程ぺらぺらだ。コネ以外武器が無い。まあこのコネ一本で20数年生きてきた訳だから、かなり火力と機動力には優れているんだけど。そして3つ。そういった事情を踏まえて、それでもというのなら僕は君の意志を尊重したい」
彼女の瞳が少し明るくなった気がした。胸の前で祈るように組んでいた手をもじもじさせながら、それでも少しだけ疑い深い視線でこちらを見上げてくる
「……あの、よろしいんでしょうか?自分で言うのもなんですが、あまりに荒唐無稽ですし軽くあしらわれてもおかしくないといいますか。想定して一応説得押し切りプランも用意してきたんですが……」
「面白いじゃないか。出会いとは運命そのものだ。変な理屈を並べてその事実に肉付けしなくとも、出会うべき者は出会うべくして出会うものさ。それにこんな熱烈なプロポーズを蹴るなんて勿体ないし。最も、実際お受けするとなると年齢の問題があるから、7年ほどしたら改めて聞かせて___」
「そそそそういうのではありませんっ!!!セクハラですよっ!!!」
「おかしいな、迫られているのは僕だと言うのに。ふふ、オーケーだ。冗談は程々にして……受けよう、マチカネフクキタル。サブトレーナーとしてだけど、僕が共に在る事で君の行き先が少しばかり明るくなるというのであれば。いつか運命が別れ道を用意するその時まで___」
僕は彼女の手を取った
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「やぁエアグルーヴ。今日も精が出るね」
「トレーナーか。ここ数日姿が見えなかったが、遂に私の担当を外れる気になったのか?」
トレーニングルームでクールダウンを行っている彼女に声をかけると、汗を拭いながら突っぱねるようなジョークが返された。デビュー戦を見据えて途方も無い基礎トレーニングメニューをこなす日々に少々鬱憤が溜まっているのだろうけど、最近の彼女は少し表情が硬い。少しは肩の力を抜いて欲しいと願いを込めて、僕は手に持っていた品をうやうやしく彼女に差し出した
「キツイ冗談だね。ほったらかしにされて寂しかったのかもしれないけど、君の事を忘れて遊んでいた訳じゃないさ。はいお土産」
「誰が寂しがるかたわけ。……土産?なんだ八つ橋じゃないか。京都にでも行ったのか?」
「うん。フクキタルがどうしても清水寺に行きたいって言うものだから」
「旅行に行っていたというのか!?2人で!?」
悲鳴のような声が上がり僕は音圧で少しのけぞった。ダメージ判定が発生していそうな大声を絞り出したエアグルーヴはなんとも言えない訝しい表情でこちらを見て来る。何をどう勘違いしているのか知らないが、そもそも何故僕が京都に行っていたのか彼女は知っているはずなのだけれど
「今回京都に行ったのはルドルフの応援のためだよ?そのついでにフクキタルと2人で少し寄り道をしたというだけさ」
「こんにちはエアグルーヴさん!あ、お土産お渡しタイムですか?では私からも。はい京都タワーのプラモデル」
「またこんな場所をとりそうなものを……!いやそうではなく!何をしているんだお前達は!応援に行ったのであれば遊びに時間を使わず少しでも有意義な時間を___」
「え、なに怒ってるんです?あー、私達だけが仏閣巡りしたのに怒ってるんですね?大丈夫ですよ、ちゃーんとエアグルーヴさんの分までご利益を授かって来ましたので。というかエアグルーヴさんも『今は憧れに目を奪われる時間が惜しい』だのなんだのとヒネたこと言ってないで一緒に応援に行けばよかったじゃないですか。凄かったのにルドルフさんのレース」
「……うるさい!もういい!戻って来たのならさっさとトレーニングに付き合え!」
「ちょ、エアグルーヴさん!私まだ着替えてないんですけど!?あああ引っ張らないで下さい~!」
解るよエアグルーヴ。そういう反抗期特有の衝動で居残り組に手を上げたくなる気持ちはとてもよく解る。そこをほじくり返す気は僕には無かった。でもフクキタルが容赦なくえぐって行った。同級生だしちょっとその辺遠慮ないというか察しが悪いって感じなんだろうか。年頃の子と上手に接するのは本当に大変だ
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「ぼぎゃあああ!!ダメです!終わりです!」
「なんだいどうしたフクキタル。まだ君の回想回は始まって間もないというのに」
「トレーナーさん!訳の分からないコト言ってないで聞いて下さいよぉ!」
「改めて言わずとも僕は常に君の言葉に耳を傾けているよ。あと僕はサブトr」
「此度のメイクデビューにあたり、貧弱凡庸な私が一体何度目で初勝利を得られるかを占った結果!3!3という数字が出たのです!つまり1度目と2度目は負けイベ確定!レースに出ても大恥をかくだけ……!だというのに、私ときたら浮かれて出走日を家族に教えちゃったんですよ!どうしましょう!?」
どうしようもこうしようも、一旦は落ち着いて欲しい物だけれど。チームハウスの談話室で穏やかな午後を過ごしていた所に飛び込んできた彼女はぎゃんぎゃんと騒ぎ立て、訪れていた心地よい眠気をキレイに台無しにしてくれた。しかし彼女が持ちこんだ内容は横に置いてお昼寝に戻るには少々無視できないくらいに重大な話題である
「ふーむ。占うならせめて1度目で勝つ為のラッキーアイテムだとかそんなポジティブな内容にすればいいのに、ネガティブが先行しすぎたばかりに引き寄せなくていい不幸を引き寄せてしまった。これは重症……と言いたい所だが」
「え、なんです?」
「閃いたよ。言い換えれば君は今から2度負けた後のレースで確実に勝利するという訳だ。そこんところを逆手に取ればいい。必勝法を得たね、フクキタル」
「そんな都合の良い解釈しちゃっていいんでしょうか?バチ当たりません?」
「屁理屈で言い負かされた神様が悪いのさ。さぁという訳で……この中で手を貸してくれる子はいるかな?貸して欲しいのはどちらかと言うと脚ではあるのだけれど」
フクキタルのぎゃん騒ぎも気にせずチームハウスの談話室で気だるげに寝転がっていたウマ娘達だったが、この提案に食いついて弾けるように飛び上がった
「丁度暇してたとこだしオッケー!後輩をぶち負かせばいいんだね!」
「おおおおお手柔らかに……!いえ存分にぶちのめしていただかないと意味が無いのですが」
「ふむ。フクキタルのトレーニングにもなり、かつデビュー戦を前に折れそうになっている彼女を前向きにさせる事もできる一石二鳥の模擬レースという訳か。私も是非参加させてもらうよ」
「ゲーッ!る、ルドルフさんまで!?そんな恐れ多い事お願いできませんよ!?」
「ヘイヘイヘイマチフクちゃん。私相手だと恐れ多くもなんともないってかぁ!?」
「んなーっ!そういう訳ではないんですけどもぉ!?」
やいのやいの騒がしいフクキタルを担ぎ上げて暇を持て余していた頼れる先輩達は談話室を飛び出して行く。このチームは先生の退職を機に今年で解散となる。最後の新入生としてチームに加入してきたフクキタルとエアグルーヴを構いたくて仕方がないのだろう。
夏を終えて可愛がりの熱が変に高まってきた彼女達を放っておくと、二度と言わず100回くらいフクキタルがボコされるかもしれない。付き添う為僕もソファーから身体を起こし彼女達の後を追った
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「お疲れ様です大和さん。今少しお時間よろしいですか?」
「やぁこんにちはたづなさん。ランチですか?勿論ご一緒しますよ。奢ります」
「あの、そうではなくて。先程フクキタルさんが変な事をしていたので一応ご報告といいますか、確認といいますか……」
「ふむ。たづなさん、確かにフクキタルは他者から見れば理解し難い行動を取ることがある。でも本人は真剣に状況を良くしようと真面目に取り組んでいる、ある意味ではトレーニングに等しい行為なのです。偏見は捨てて暖かく見守ってあげて欲しいんですよ」
「もうじき冬だというのに水着姿で変なヒラヒラした扇子を振り回しながらトレーニングコースを走り回っています」
「マジで変な事してるじゃないですか」
「大和さんのご指示ですか……?」
「違いますね。でもちょっと面白そうなので見てきますね」
後から問いただした所、本人曰く『水着を着るとバブリーで強力な固有スキルを得られる』だの『成長率が変化する』との事だった。でも僕が駆け付けた時には既に風紀の乱れを察知していたエアグルーヴが生徒会室から飛んで来てフクキタルをバスタオルでくるんで回収した所だった。僕がもう少し速く走れれば面白い場面に間に合えたかもしれない。そう思うと一抹の後悔が胸を締め付けた
「そういう訳で今日から僕も朝のランニングを始めようかな、と」
「たわけが過ぎるな」
朝練場所に張り切って顔を出した僕を、凄まじく冷たい目をしたエアグルーヴと恥じらいという概念を学び少し気まずそうに頬を赤らめたフクキタルが出迎えてくれた
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「ハッピーの化身として生まれ変わった私なら、どんな相手もどんとこいです!余裕のよもぎ団子です!」
モチベーションの高さはトレーナーとしては(サブトレーナーとしては)好意的に捉えたい。のだけれど、浮足立った彼女の在り方を見ていると心が少々ざわつくのも事実だった。これはどの立場から湧き上がった思いなのだろう。その正体を探る為ジャングルの奥地へ向かおうかとも思ったのだが、そんな遠い所に行かなくても答えはすぐ傍から得られる気がした
「今のフクキタルは不愉快だな」
ズバっと一刀を振り下ろしたのはエアグルーヴだった。直接言わない辺り彼女にも少々思う所があるのだろうけれど、その眼は『お前がなんとかしろ』と強烈に訴えかけてくる。懇願というより叱咤が近いが
「神頼みも結構。ウマ娘には各々で違った志があるものだ。目指す物がどういう形であれ、そんなのは間違っていると否定する権利は誰にも無い。ただ、今のフクキタルは志にすら従っていない。ツキを妄信し引きずられているだけだ」
「彼女自身が楽しんでいる以上、口は出さないさ。やりたいことをやりたいように出来るよう支えてあげる。それで十分だろう」
「思う所がない訳ではないのだろう?」
「今のままだと痛い目を見るかもしれない。それが彼女の心を理不尽に傷つけるものだとするならなんとしても阻止しないといけないが……」
「ほう。存外厳しい事を考えるじゃないか」
「シラオキ様が本当にフクキタルの事を思ってくれているのなら、今の流れも彼女が歩むべき道の1つなのだろう。であれば近い内にぶち当たるであろう壁を彼女にどう乗り越えてもらうか、それを考えながらゆっくり機を待つさ」
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「やっぱり私なんかじゃダメだったんです。お姉ちゃんみたく、なれません」
立てば大吉座れば茶柱、走る姿は一等賞。全てが追い風とも呼べる黄金の時間は、しかし長くは続かない。1つの敗戦で我に返ったと言うべきか、己のこれまでの浮かれ具合を冷静に見つめ返して恥ずかしくなったのか。色々と思う所があったフクキタルではあるが、自己嫌悪がどん詰まった結果こんな事を言いながら引きこもってしまった
「酷い話だな。君のお姉さんが望んでいるのは、自分の代わりになることだと?彼女がそんなことを望んでいるようには見えなかったけれどね」
「サブトレさんに解ることじゃないでしょう」
拗ねたような口調だが、零れそうな涙を手で抑える元気もないほどに彼女は憔悴している。机の上に並んだ新聞記事や雑誌はどれも宝塚記念に向けて書かれている。かき集めた資料に目を通すのを散々嫌がり、トレーナー室の隅を占領している次第だ。僕が不在の間に勝手にテントを設営してまで殻にこもりたいらしい彼女の意志を今日ばかりは正面から否定する必要があった
「君には解ることなのかな?そうでもないだろう。君も解ってなんかいない筈だ。自分の不幸を抱えきれず妹にまで背負わせている。彼女がそんなこと知ったら嬉しい筈が無い。断言できるさ」
幼い頃から才覚を存分に発揮し、何をやらせても優秀だと周りから太鼓判を押され、鳴り物入りでトレセン学園に入学する筈だったフクキタルのお姉さんが病に倒れたのは入学予定の1月程前だった。それきり走る事の出来ない身体になり、その才能は花開く前に根から枯れ果てた
『もし彼女が元気に走り続けていたら』叶わぬ夢につい思いを馳せてしまう人達の気持ちが解らない訳では無い。そう惜しまれながら姿を消すウマ娘を僕は何度も見てきている。ただ、そんな人達から自分へかけられる期待の中に含まれた余計な重みや、心の中で大きくなり過ぎた姉の幻影が生み出すプレッシャーなどに常に苛まれるフクキタルの辛さを受け入れてくれたのが占いであり、シラオキ様なのだ
だからそれ自体を否定する気はない。僕なんかより、フクキタルの心によっぽど寄り添ってくれているありがたい神様だ。しかしリハビリに励むフクキタルのお姉さんからも託されている以上、彼女に前を向く気持ちを取り戻してもらう必要がある
「なんでこんな事を言っているのかわかるかな。君が自分の心の澱みを打ち明けてくれた初めての機会だからだ。それを誰かが流してあげないといけない。確かに君の言った通り、後押ししてくれるファンに砂をかけるようなだらしない走りだった。今のままでは誰も幸せにならないのは明らかだ。何より、君が笑顔じゃない。自分を見つめ直す機会を持てたのは僥倖だよ」
「……」
「シラオキ様は君を幸せにするために導いてくれている。お姉さんは君が幸せになることを望んでいる。だというのに、君自身が自分を幸せにすることを望んでいない。このちぐはぐな事態に気付いていない筈も無いのに、何が君を追い込んでいるのかな」
「私なんかが……。駄目ですよ。運が良かっただけなのに。資格なんてないのに」
「資格はあるさ。トレセン学園所属のマチカネフクキタル。君は正規の手段でトゥインクルシリーズに参加し、URAが定めたルールに則って清く正しく結果を残してきた。そしてそんなマチカネフクキタルを好きな人達が、君の走りを見たいと願ったんだ。
宝塚記念の出走枠はそんな純な想いの結晶だよ。幸運なだけでは手に入れられないものだ。君が勝ち取ったんだ。フクキタル。他の誰でもないんだよ。今日まで走ってきたのは君だ」
トレセン学園を目指したのが自分の意志では無かったとしても、踏み出したのは君だ。勝利のお告げを信じて走った君が自分の力で勝利したんだ。勝たせてもらった訳じゃない。そも、散々に自分を卑下し、自信を得る為にあの手この手を駆使して、それでもレースで走りたいのは君が走る事を心の底から大好きだからだ
「運は運。実力は実力。別物だろうけど、矛盾するものでは無い。どっちも誇っていい君の強みだ。さあフクキタル。僕は強制はしないけれど、君はどうしたいかな」
「……解ってます。こんな私に思いを寄せて下さっている皆さんの気持ちに応えて、今度こそ幸運のウマ娘としてみんなにハッピーをお届けします!」
「ああ。とても素晴らしいことだ」
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シャッとカーテンを開けると地面に積もった白い雪が朝日を反射しているのか、はたまた寝不足だからか。目に飛び込んでくる眩さは僕の心に積もった淀みを焦がすようだった。雪遊びに興じるウマ娘達の声が遠くから小さく聞こえて来る。風情ある時間に僕はゆっくりと目を閉じた。そんな風情を破壊するような、ぶへーっとだらしなく息を吐く音がお向かいから流れて来る
「あー……やっぱりこたつですねぇ」
「こたつは素晴らしい。それは僕も認めるところだ。でもねフクキタル。トレーナー室に早朝から入りびたるのはよくないよ」
「私の部屋に無いんですもん。いいじゃないですかぁ。寒いと足が痛む気がするんですよ」
すっかり完治したとは言え、なんでもない時に地味な痛み方をするらしかった。動いている時は全然気にならない分嫌なものですねぇと愚痴る彼女に『サボるなというお告げじゃないのか』と冗談を飛ばしたエアグルーヴに対し、『むしろ休憩が足りてないというお告げです』と返したフクキタルの図太さにシラオキ様がどう思っているのかは解らない。ただまぁ、こうも寒いと何もする気にならないというのはよく理解できることだった
「万全の調子で挑む為にも、休むべき時は休まないとね」
「はいっ!有マは年末大一番!ファンの皆さんも、それにルドルフさん達も待ってますから!」
4人用のこたつだというのに、寝転がって脚を伸ばすとこたつの中で足がぶつかりあう。僕はちゃんと隅に脚を寄せているのにぶつかるというのはつまりフクキタル側に配慮が足りない。そう指摘しても彼女はのらりくらりしらんぷりで僕の足をぐいぐい端に追いやって来るものだから仕方がない。やれやれ、と呟いて成すがままに放置して僕は近くにあったクッションを引き寄せ頭の下に敷いた
「___こら起きんか!こたつで寝るなと……ああもう、学ばん奴等だなほんとに」
「寝てないよ。目を閉じていただけだ」
「同じくです」
「揃って下手なウソをつくんじゃない。しばらく小さな声で呼びかけていたからな。反応できないとはそういうことだ」
姑息にも程がある。いつの間にか部屋に現れたエアグルーヴはぷりぷり怒りながら僕とフクキタルから枕を奪い取り、更に無情な事にこたつの温度を一番低い所に設定し直してしまった
「あぁん、エアグルーヴさんったらいけずですね」
「何がいけずだ。全く、トレーナーはまだしもお前が風邪を引いたらどうするんだ。大体部屋が暑すぎるし、物が散らばりすぎだ。しばらくしたら一度換気して掃除するからな」
今僕なら構わないみたいな事言ったね君。まあ風邪を引いたら引いたでぶつくさいいながらお世話を焼いてくれるいい子なのだけれど。しかし最近輪をかけて僕の扱いが悪くなってきた気がする
「まぁまぁまぁまぁ。後でお掃除手伝いますから、一先ずエアグルーヴさんもおこたで休みましょう。これも冬の風物詩ですから」
当然蜜柑もあります!とフクキタルが横に置いてある段ボールを引き寄せた。実家から送られきたのだけれど、皆が手伝ってくれないと食べきる前に痛んでしまいそうな分量なのだ。仕方が無いな、と呟いたエアグルーヴがこたつに入ろうと空いている側面に脚を
「ん?」
入れようとして固まった。布をめくると、そこには半分コタツに身体を埋めたライスシャワーが居た。完全に死角で気付かなかった。エアグルーヴにとんとんと身体を叩かれてぱちっと目を開けたライスは、自分を見下ろすエアグルーヴに気付いてぎょっとした
「……こたつで寝るな、ライス」
「ご、ごめんなさい……お姉様もお兄様もぐっすりだったから……起きるのを待ってお喋りしようとしてたらうとうとしちゃいました……」
ライスには甘いエアグルーヴは仕方ないな、とだけ言って最後の空いている側面まで移動し、そこでようやく腰を降ろした。いつの間にか増えていたお客さんをもてなすため、僕はこたつに入ったまま届く位置に並べて置いた紅茶セットやらポッドやらお菓子やらを引き寄せ机の上に並べて行く
だらしないぞと気だるげなエアグルーヴの注意が飛び、フクキタルが穏やかに仲裁し、ライスがはわはわしている。毎度毎度のやりとりが、この先もずっと続けばいいのにと思わずにはいられなかった
「そうだ、トレーナー宛に伝言を預かっているんだった。今日中に提出して欲しい書類がいくつかあると大丸リーダーが___」
こんな穏やかな時間がずっと続けばいいのに……
「現実を見ろ。話を聞け」
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『激動の有マ記念!1着はシンボリルドルフ!シンボリルドルフです!トゥインクルシリーズ最後のレースで皇帝たる所以を堂々示しました!誰より気高く、誰より強いウマ娘!その伝説に今1つの幕が下りました!』
ふっと息を吐くと血の昇っていた頭から力が抜けて思考力が戻ってきた。掲示板を見ればルドルフが最後の王冠を被った事を示す文字がピカピカと輝いている。場内の盛り上がりは既に言語化が不可能な程になっている。シンボリルドルフというウマ娘の物語に酔いしれ続けた人々が受けた衝撃の大きさは計り知れない
ただ、今日のレースに出ているウマ娘達は全員が人気投票で選ばれたとあって当然注目は1人に集まる訳では無い。新たな伝説を継ぐに相応しいオグリキャップ。名家の誇りに恥じない走りで観客を魅せるメジロマックイーン。荒唐無稽、しかし豪胆で人目を引く走りを見せるゴールドシップも人気が高い。カレンスターライト、グレッグナー、などなど並み居るウマ娘達に負けず劣らず。彼女にも当然注目は集まっていた
『___そして結果は3着となりましたマチカネフクキタル!最後の末脚はあわや皇帝を食うかと思わせる迫力を見せてくれました!素晴らしい走りで我々を沸かせてくれた彼女に惜しみないコールが送られています!』
涙で顔をぐしゃぐしゃにした彼女はそれでも満面の笑顔を観客に向け、悔しさを越える感謝の気持ちを大声で騒ぎ立てていた。内容までは聞き取れないけれど、その温かな想いはここまで伝わってくる。彼女がこちらを見てくれているのが解った。とても誇らしい思いで手を振り返すと、彼女も大きく手を振り返してくれた
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「寂しくなるね」
「はい」
アメリカへ出立する前日。トレーナー室に置いてある彼女用の椅子に座ったフクキタルは静かに返事をすると、何も言わずお茶を啜る。かくいう僕も言う事は無く。ただ刻一刻と過ぎて行く時を呆けたまま見送った。僕達は今まで多くの言葉を交わしてきたが、こういった時にどういうお喋りをするべきかは経験が無かった
結局お菓子を食べながら本題を避けるような雑談を続けた。陽が落ちる頃に、フクキタルはようやく席を立った。少し伸びをし、窓の外から差し込む夕焼けの明るさに目を細めた後彼女はこちらを向いた。その表情は夕焼けに焼かれて僕の席からはっきりと見るのは難しかった
「大和さん。もし私が……」
「なんだい?」
「___いえ、なんでもありません!ちゃんと明日の朝も寝坊しないで見送りに来てくださいね!」
「勿論さ。というのも、僕はこれから一睡もせず君の出立の時間まで起きているつもりだからね。これなら必ず寝過ごさないという寸法さ」
「いや流石に寝て下さいって!まだ10時間以上先ですよ!?」
最後に元気に手を振って去って行った。彼女がぬくもりを引き連れて行ってしまったのか、部屋の気温が一気に下がった気がした。妙な寒気によって眠気を引き起こされないよう、僕は温かいものでも食べに行こうかと考え席を立ち、部屋から去った。トレーナー室はそれっきりシンと静まり返った
この作品を書く前の候補の1つとしてフクキタルが主人公だったら……という体で書いてました。今回のお話はその下書きの名残です。削ったり足したりしましたが、大筋は変わってません
この作品上では彼女のお姉さんは走れないだけで生きています。実家の神社でゆっくり働きながら、その人柄の良さで人気を集めつつ妹の素晴らしさを布教しています。なんでそういう展開にしたかというと、わたくしがご都合主義者だからです。すいませんでした
フクちゃん回は次のお話で現代時間軸に戻って締めます。その後が最終章になる予定です。恐らく。たぶん。見切り発車でそう言ってるだけです