寒さは佳境、レースは終盤。雪をかき分けながらミキリハッシャマン前へ進む!しかしゴールはその先には無いぞ!遭難してしまうぞミキリハッシャマン!!
寒い時は何しても上手くいきませんからね。春を元気に迎える為にも敢えて脚を止めるのも決して不正解ではないと思います
がむしゃらは美徳ですが、それだけが人生ではありませんからね!ですので今日のとこはお湯割りで一杯!!!
※今回もまあ長いです
彼女は運が良かった
字面を見れば誉め言葉として捉えるのは難しい。僻みから産まれた皮肉めいた言葉であり、正面から言われれば大概の者はなんだとこの野郎と食って掛かるだろう。しかしまぁ、何事にも例外はある。かくいうマチカネフクキタルは新聞の見出しに金ぴか飾り文字で描かれたこれを何よりの誉め言葉として受け取り、胸を張って受け入れた。
確かに彼女は運よく健康な体に恵まれ、長距離を差し切る才能が有り、優しい家族に応援されて、さらには大勢の友人とライバルに巡り合えた。順風満帆に見えるだろう。その幸運のお裾分けを随分と頂いて僕達周りの人間も随分と幸せな時間を過ごさせてもらった。感謝してもしきれない
しかし幸運のウマ娘はラッキーの数に負けず劣らず不幸が押し寄せ、不運に脚をとられ、苦労でへこたれ、苦悩に満ちた時間を耐え忍んできたのだ。電車に揺られながら窓の外を眺めていた僕が1話丸々使い切る程の物思いに耽っていると、肩に添えられた手が僕の身体を揺らし現実に引き戻した
「折角思い出すなら楽しい事だけにしません?」
「苦い思い出だけから感じられる味わいに酔いたい夜もあるのさ」
「今はお昼前ですが」
それはそうだけど。そうじゃないじゃん。確かに僕も貴重な彼女とのデートタイムにわざわざ苦い思い出を振り返りたい訳ではないけれど、何分お喋りができないし他にやる事も無かった。ひそひそ声でツッコミを入れたフクキタルはでっかいサングラスの付け心地が気に入らないのか、手で何度も直しながら姿勢を正した
GⅠウマ娘である彼女とのお出かけは少々対策が必要だった。タクシーで回るのが一番楽なのだけれど、どうも本日は電車移動が吉との事なのでお告げに従う事にしたのだが
「ワッ……マチカネフクキタルさんだ……ありがたみが過ぎる……」
「今日オフなのかな……声かけたらダメだろうし遠くからお祈りするだけにしとかないと……」
まあ目立つ。ファンサービスは積極的に行うべきだが、街中で人だかりを作れば色々な所に迷惑がかかるのである程度は配慮する必要もある。だから変装しておいで、と言ったのに可愛らしい帽子を乗っけただけの頭からは元気にウマ耳が飛び出しているし星条旗柄のフレームで構成されたサングラスは途方も無く目立つのだ。なんならアメリカ帰りを全力でアピールしたいウマ娘みたいになってしまっているし、目立ちすぎて逆に話しかけられない。遠巻きにされているのが不思議なのかフクキタルは首を傾げた
「ううん、似合ってませんかねぇ?」
「そんなことないさ。あまりに魅力的で、皆見ているだけで胸がいっぱいになってしまうだけだよ。そのサングラスはアメリカで買ったのかい?開拓精神に満ち溢れたファンキーなサングラスだね」
「いえ、こないだドンキで買いました」
「なるほど」
勝利のご褒美という事でお出かけをご所望の彼女だったが特に目的地は無いらしい。ただ僕も彼女もくだらない話が尽きないタイプで、そんな相手の話を聞くのが好きだった。道すがら目に付いた物からなんとなく連想する事や関係の無い事をあーだこーだと喋りながらあても無く街をブラついた
しかしそろそろお昼時という時間になって、突然天気が下り坂へ差し掛かり辺りが一気に冷え込み出した。どこか店にでも入ろうか、と言うと彼女は首を横に振った。お昼は学園のカフェテリアで食べましょうという彼女の提案に同意し再び電車に飛び乗る
「むむむ~!見えます見えます!……えいっ!これです!」
「ふむ。今日はなんだった?」
「くじ引き曰く、B定食です!」
「素晴らしい」
学園に戻った僕達はその足でカフェテリアへ向かう。フクキタルは僕が差し出したいくつかの紙紐を引き、それに書かれた文字を高らかに読み上げる彼女に対しぱちぱちと拍手を送る。このやり取りも少々懐かしいものだ
彼女が占い、楽しそうに僕に結果を告げて。ありがたい神託に感激した彼女に引っ張られながらあちらこちらへと着いて行く。僕がこの学園に来たばかりの頃は今よりも更に暇を持て余していて、その暇の大半を潰してくれたのが彼女だった
既に昼休みが終わってしばらく経っているこの時間帯は人影もウマ影もまばらで、僕達がおしゃべりを楽しむ為に声を張り上げる必要はない程に静けさが満ちていた。カフェテリアの一席を確保し、彼女の代わりに定食のトレーを受け取った僕が待ちかねた様子の彼女の所へ歩いて行く
「おほー!美味しそうですぅ!今日も大吉間違いなしですね!」
「いただくとしようか。シラオキ様と___食堂のマダムに感謝を込めてね」
対面に座り楽しそうに食器を手に取る彼女を見つめた。ああ、食事中の女性を凝視するなんて少々紳士的とは言い難い行為である事は僕も熟知している。ただ今は彼女の何気ない仕草を目に焼き付けておきたかったんだ
発表はまだ少し先だが、フクキタルはトゥインクルシリーズを引退する。そしてドリームリーグへは進まない。即ちトレセン学園を去る。ここは道半ばで折れたウマ娘であっても居場所を持てる素晴らしい場所ではあるが、ゴールにたどり着いたのであれば次へ行かねばならない
ジャパンカップの宴から数日後。来賓の方々を盛大に見送ってから学園は落ち着きを僕は次に送り出すべき彼女に対し、いくつか清算しなければならない事情があった
「君に謝らないといけないことがある」
「くじ引きの事ですか?」
戸惑う様子も無くあっけらかんと彼女が言葉を返してくる。いや、フクキタルに勘の鋭い所があるのは知っているのだけれど普段のお調子者じみた振る舞いを見てばかりいるとつい失念してしまう。つまりまぁ、おとぼけキャラに見えて意外とお利巧さんであると言う事だ。不器用な僕の手癖を容易に見抜く程度には
「それも1つだね。不正の告白だよ」
右手の袖を反対の手の指で引っ張ると中からぱらりといくつかの紙紐が落ちる。先程渡した福引と同じものだが、全て同じ文字が書かれている
「今日はB定食のクオリティが素晴らしいと小耳に挟んでいたものでね」
「ご飯のメニュー決めの時に大和さんがいつも用意してくださるおみくじ、いい結果に転ぶことが多すぎますからねぇ。なんとなくは気付いてましたよ」
「一応栄養バランスの管理も僕の仕事だからね。占いの結果本日の食事は抜きになったよ、なんて報告したら練習メニューを考えてくれているレイヴンに窓から放り投げられる羽目になるだろうし。……しかし、なんで自分で用意した福引に罰ゲームめいた結果を混ぜておくんだい?カレーライスをつまようじで食べきったら運気が上がる!なんて君が言い張った日の事、僕はまだ根に持っているからね」
「あはぁー、あれは大変でしたねぇ……。エアグルーヴさん達の視線がキツかったのまだ覚えてますよ」
フクキタルはカラリと揚げられたカキフライを箸でつまんだまま遠い目をして物思いに耽る。思い出話は尽きることはないが、食事はあっという間に終わってしまうものだ。普段は食べ終わったら席を空ける為すぐに立たねばならないが、今くらいは温かいお茶を飲みながら雑談を楽しんでも構わないだろう
「でも大和さん。レースの前の占いには細工したことなかったですよね?」
「そう思うかい?」
「はい。勝手ながらそう思っています。ただ理由をお聞かせ願えますか?」
「レースは君達だけの舞台だ。花を添えるのは好きだが、水を差す事はしたくなかった。最も、トレーナーとしてであれば君のモチベーションが向上すると解っていた以上手癖の悪さを見せるべきだったかもしれない。だけどもまぁご存じの通り、君は常に自分の力で運を引き当て勝利した。余計な事をしなくて良かったと心底思うよ」
「そういう所、十分トレーナーさんっぽいですよ。大丈夫です、私がちゃんとやってこれたのはやっぱりあなたがいてくれたからです」
「居ても居なくても___」
「それは違います!あの日あの時あの場所で、出会えた事こそ全ての始まり!何度だって私は言いますからね!」
「……ふふ、ありがとう。僕の方こそあの出会いをくれたシラオキ様には感謝してもしきれない」
屈託なく笑う顔は見ているものを幸福にする。彼女は無敵で最強のウマ娘では無かったが、受けた声援の大きさはどのライバルにも引けを取らなかった。僕は彼女には不釣り合いの不誠実な男だ。ただ、仲良くやって来た。しかしうやむやにしたままではいけない過去がもう1つばかり残されていた
「君の察しの良さには助けられる事も多かった。ただそれに甘えて、本来きちんと口に出す事をうやむやにしたまま君に呑み込ませてきた」
「今更気にはしてませんよ」
すぐに合点がいったらしい。彼女はあまり聞きたくなさそうな顔だ。ただ、改めて僕の口から出す事に意義がある気がしていた。彼女ばかり先へ進もうとしているのを見て流石の僕も我が身を振り返る気になったのだ
「あの時君のトレーナーにならなかったのは、僕の弱さだ。結局僕は楽をしたかったんだ。責を負う事から逃げて、ふわふわした関係のままでいたかった。居心地の良さを優先して君の気持ちを軽んじた」
エアグルーヴの担当から外れた時、彼女は『全て良い形に収まる、と出ています』と一生懸命僕を励まそうとしてくれた。その時は励ますための方便だと思ったものだけれど、今にして思えばシラオキ様の言う通りであったのかもしれない。ただ彼女が本当に言いたかったことは他にもあった筈じゃないのかとおこがましくも僕はずっと考えてきた
「私の気持ちを軽んじたと仰いますが、専属契約なんて結ばなくてもずっと一緒に居てくれたじゃないですか。私は十分満足でしたよ。というか、なんで今更こんなこと気になさるんです?」
「誰とも契約を結ばないままであれば確かに掘り返すような話題ではないのかもしれないけれど、事情が変わったからね」
「ああ、スカーレットさんとのことですか。あのお話を聞いてむしろ私は安心したんですよ」
「そりゃまた一体……どういうことかな」
「サブトレさんは私達によくしてくれます。ただ、一線を引いている所があるんじゃないかとずっと思っていました。誰とも契約を結ばないスタンスがまさにそれです。大和さんが一番やりやすいやり方だとは知っていましたが、それでもいつか私達を置いてどこかへ行ってしまうんじゃないかって」
考えた事も無かったが、笑い飛ばすのは失礼だろう。ふわふわした根無し草でしかない男が、愛を語りながらも適当な言い訳を残して姿を消す無責任な人間に見えてしまうのは仕方のないことだからだ
「ただこっちに帰ってきて、スカーレットさんを見て、ウオッカさんと会って。安心したんです。運命の出会いが私を変えたみたいに、大和さんも出会いを得て変わったんだと解りました。あなたは立派なトレーナーさんになったんですよ」
彼女は断言した。それに口を挟む事はできない。他でもない優秀な彼女がそう言い切ったのだから、紛れもなく真実なのだ。身に余る光栄ではあるけれど素直に受け取る事にした。話が一区切りつき、僕達はほぼ同時に湯呑に残ったお茶を空にした。さてこれからどうしようか、と僕が口にしようとした矢先だった
「じゃあ折角ですので私も言おうと思って言えなかったことを言いたいのですけれど、よろしいです?」
「勿論。何を遠慮することはないさ」
「では失礼して」
フクキタルは姿勢を正し、真っすぐ僕の目を見つめた
「もし私が付いて来てほしいっていったら、大和さんは来てくれますか?」
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あの日言えなかった言葉が口を突いた。清算しなければならないのはフクキタルも同じだった
大和は驚く様子も無く鼻から息を吐き出すようにふむと口にすると、それっきり黙り込んでしまった。場所を変えようか、と席を立った彼に続いてトレーナー室の椅子に座ったフクキタルだったが、彼女には解っていた。もしもあの時弱気な言葉を並べ立てて懇願すれば彼は全てを放り捨てて笑顔で頷いてくれただろう。ずっとではないだろうが、頻繁に会う事は出来た筈だった
だけど口に出さないまま日本を発った。その理由が何かといわれると一言で表す言葉を上手に見つけられない。後輩の皆さんに悪いからだとか、独り立ちできるだろうと信頼してもらっているのを裏切りたくなかった、或いはただ恥ずかしかったからだとか。もやもやしている。自分の心なのに、ままならないものである
今更こんなことを口にしている癖に、対面に座る彼に頷いて欲しいのかも結局もよく解らない。ただこの気持ちを清算するタイミングは今世において今が最後になると解っている以上、閉まっておくままという選択肢は無かった
拒絶するにも同意するにも、どちらも彼を悩ませる。罪悪感はあるが、こういった時頼る物は2人の間で共通だった。両者に限っては後腐れなく解決に至る手法。大和が引き出しから取り出したトランプはこれまで2人が決めかねる大小様々な問題を(良くも悪くも)解決に導いてくれたラッキーアイテムである
「君が僕を必要とするのは、友人としてかな?それともトレーナーとしてかな?或いは___まぁこういった質問は無粋だ。うん、君と僕の運命はシラオキ様に委ねよう」
トランプから無造作に引かれた2枚のカード。ハートのAとスペードの5。それらを上下逆にして山札に戻し、それから山札そのものを逆にして無造作にシャッフルする。差し出された山札を受け取り、フクキタルも適当に混ぜて大和に返した。大和は2枚だけ裏返しになっているトランプを引き抜き、テーブルに並べる
「ハートを引いたら君の願いを叶えよう。この部屋を出て、君の行きたい所、見たい場所。その全てに付いて行く。以前までのようにね。しかしスペードを引いたら……そうだね。僕は明日からも変わらずここにいる。そうして君が訪ねて来てくれるのを楽しみに待つ事にするよ」
「……」
「あまり固く考えなくていいよ。僕達の在り方が少しだけ変わるかもしれないし、或いは全く変わらないかもしれない。ただ、僕達2人の間にある不確かな感情に一本線を引く。ただそれだけの行為さ」
フクキタルは1度目を閉じて、自分から見て右のカードを引いた。よどみのない躊躇いのない動きだった。彼女は自らの手の中のスペードのカードをじっと見つめ、それから深くため息を吐く。そうしてすぅっと大きく息を吸った後、勢いよく立ち上がった
「成程。解りました!うん、すっきりしました」
大和がもう1枚のカードをそっと机の上に伏せた。フクキタルは手を伸ばせばそれをひっくり返し、確認することもできた。しかし彼女はもう片方の運命の選択肢をめくる事はせず自分が取ったスペードのカードをその隣に並べて置いた
「もう1枚がハートのカードでも、そうじゃなかったとしても。見たら後悔しちゃいそうですから。だから実際の所は大和さんの心の中にしまっておいて下さい」
「ああ。そうするよ」
「……ただ1つだけお願いがありまして。こちら覚えてらっしゃいますか?」
フクキタルが取り出したのは古ぼけた厚紙。大和はそれが自分の筆跡であることをすぐに理解し、そして大切に保管してあった記憶の一部を呼び起こした。いつかの誕生日プレゼントとして進呈した『できるだけなんでも言う事を聞いてあげる券』である
「今まで大切に取っておいたこのありがたいチケットは無期限でしたよね?」
「無論その通り」
「それでは1つお願いが。まあその、私達の背中を押すのがご趣味の大和さんには少々気にくわないでしょうし……断ってもらって全然大丈夫なんですが……」
フクキタルは裏返ったカードの横にチケットをそっと置いた
「断らないよ。君のお願いなんだから」
「出来るだけ演技っぽく、嘘だらけで、心にも思ってないことでいいので。私を引き留めてくれませんか?」
「どこへも行かないで欲しい」
間髪入れずに飛んできた言葉に息が止まった
「別れは必然だ。僕は多くの人と、ウマ娘と別れてきた。また出会えたウマ娘もいれば、それっきり二度と会えなくなってしまった人もいる。別れを受け入れるのは出会いを得た以上必然だ。別れを拒否するという事は出会いを認めないと同じだ。ただ僕は幸せには貪欲だ。実の所、君の為にはならないだろうと解っていても今が続けばいいと思っている。」
「はぇっ。あの、うそ……ですよね?」
「当然さ。僕は君達が未来へ踏み出していくことを何より望んでいる。だからこんな我儘な事を言う大人はほっぽって先に進むべきだし、あわよくば引き留めようなんて微塵も思っていない。ただ君のお願いだからもう少しそれっぽいセリフを絞り出してみるよ。ああ、思ってもいない事を言うのは大変だ
さてフクキタル。こんな情けない僕を捨ててどこへ行こうというのかな?半年以上君と離れて解ったけれど、君の居ない寂しさを埋める事はできないんだ。確かに僕は多くの良き友人達に囲まれているし、今までにない熱を手に入れた。ただ君と離れたいだなんて毛頭思えない。ずっと居てくれないと___」
「あああああ!あの、その~……も、もう大丈夫です!満足しました!ごちそうさまです!!また来年っ!!!」
勢いよくバタンと閉じられたドア。廊下を慌ただしく駆けて行く少女の足音を聞きながら、大和はふーっと息を吐き出し熱くなった頭を冷ます。そして机に伏せたままだったカードをそっとめくり、フクキタルが引いたカードと二枚合わせて手に持つと席を立った
数歩歩き、向かう先はお馴染みの神棚。そこに飾った古い手帳___かつて彼女と過ごした思い出を書き留めた日記帳であり、トレーナーとして学んだ事を書き記したノート。それをぱらぱらとめくり、最期に書き記したページと白紙のページの間に2枚を挟み込んだ
「ああ、全部嘘だとも。___さようならフクキタル。君の未来に幸福が満ち溢れていることを心から願っているよ」
しおり代わりに挟まれたスペードとハートのカードに込められた想いは、もう決して光を見る事は無い。ただ、朽ちて枯れない温かな思い出の品として棚に飾られる事となった
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「あれ、フクちゃん先輩。どしたんすかこんな所でぼけっと突っ立って」
「え!?は、ひゃ。なんでもございませんが」
突然声をかけられフクキタルはぐるぐる渦巻く思考の渦から脱出する事に成功した。こんな所、と言われてやっと自分の居る場所を確認したがいつのまにやらトレーニング場の近くに来ていたらしい
「顔赤いですけど体調でも悪い感じですか?」
「い、いえいえおかまいなく。ちょっとはしゃいでまして。あー、それよりネイチャさんこそどうしました?」
「いやトレーニング帰りっす。どうも年末もう一勝負させてもらえるってコトみたいなんで、暇そうな先輩方をチームハウスから引っ張り出して走り込んでました」
たはは、と笑うネイチャの後ろの方で何人かのチームメイト達が下を向いたままよたよたとこちらへ向かって歩いて来ていた。気合の入りまくっているネイチャに付き合わされ地獄を見たんだろうな、とフクキタルが納得しているとネイチャはその熱の入った視線を真っすぐフクキタルへと向けた
「有マ記念、初手合わせ願えますかね。フクキタル先輩」
ぐっと言葉に詰まりフクキタルは目を逸らした。ファンによる人気投票の最終結果の発表はまだだが、フクキタルは自分が出走圏内にいるであろうことを途中経過からも薄々察してはいた。ただフクキタル自身、出走表明はまだしていない。ネイチャだってそれは知っていた
「色々あるんでしょうけどね。でもアタシだってずっとあなたと走れる時を待ってたんです。お世話になりっぱなし、恩返しなんてなんにもできてない。だから柄でもないでしょうけど、宣戦布告ですよ。ネイチャさんがキラキラウマ娘になる為に、いっちょそのご利益にあやからせていただけませんかね」
もし昨日同じ事を言われたらフクキタルは受け取らなかったかもしれない。自分の中で区切りをつけたつもりだったからだ。そも学園を去ろうと彼女が考えたのは、次に行くべきだと漠然とそんな発想がふと脳裏に浮かび、そして確かな予感として焼き付いたからだ。こういった感覚は過去に何度もあり、フクキタルはそれに逆らった事が無い。そうやって歩んできた
「___喜んで。楽しみにしてますよネイチャさん!最も私の場合、ほんとに選んでもらえるか自信ないんですけど」
「お。自信の無さでアタシと戦おうなんてさすがのフクちゃん先輩も分が悪いですよ」
「ふふ、なんですかそれ」
つまり何かというと、フクキタルはたった今脳裏をよぎった予感に逆らわなかった。ただ、それだけの事だった
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エアグルーヴはめちゃくちゃに不機嫌だった。集まっていたサイレンススズカも、タイキシャトルも。エアグルーヴと同室のファインモーションは3つの不発弾とその前に座らされてそわそわしているウマ娘からできるだけ距離をとるべきだと判断してベッドの隅に避難していた
「えー、先日皆さんにはですね。あの、この間のジャパンカップをもってして引退しようと思っている旨をお伝えさせていただいた訳ですが」
「さっさと本題に入れ」
「……まぁ、あの後ですね。部屋で色々と占ってみた訳です。するとですね、シラオキ様がことごとく……なんといいますか。あの、つまり、その……やっぱりまだ頑張ろうかなーと」
「そうか、残念だな」
「あの、エアグルーヴさん」
「そうか、残念だな」
「すいません。ちょっといったん釈明させてもらえたら……」
「たわけ!そんなに私達を弄んで楽しいか!?悪趣味だぞ!」
夜の寮は学生達にとって安全地帯である。そこに響き渡った生徒会副会長の怒声は、両隣の部屋でくつろいでいたウマ娘達を反射的に正座させる程の迫力を秘めていた
同期メンバー達は先んじてフクキタルから相談としてこの話を持ち掛けられ、長く共に会った友人が学園を去る事に少なからず心を痛めていた。そんな彼女達は安心して喜ぶ感情が一周回りメチャクチャに怒っていた。特に寂しがりのタイキシャトルは目をギラつかせて両手を怪し気に構え出した
「違うんです違うんです!あータイキさん待ってください!」
「ノー。アメリカにはこんなことわざがあります。『引退詐欺はこちょこちょ100分』」
「嘘だぁ聞いた事ありませんもん!というか100分はふつーに死にます!助けて下さいスズカさ……え、スズカさん!?なんですこれ!?なんで押し付けてくるんですか!?」
「ここに激辛お菓子があるわ。一気食いして」
「なんでそんな物が!?」
「フクキタルの引退パーティーを開く為に用意してた物よ。無駄になるといけないから」
「普通引退パーティーって厳かに行うものでは!?」
「やかましい。さっさと食え。そのくるくる回る口も痛い思いをすればちょっとは反省するだろう」
てんやわんやだった。本来騒ぎを治める側のエアグルーヴが騒ぎの中心になっているのだからそれはもうしばらくの間大人しくはならなかった。こちょこちょを免れる代償として激辛お菓子を頬張り涙を流すフクキタルを見ていて少しだけ冷静になったスズカがふとある事に気付いた
「そもそもフクキタル、それサブトレーナーさんに言ったの?」
「……明日言おうかなーって。今日色々とお話してきた手前若干気まずいと言いますか」
「もしもしトレーナー。私だ」
「エアグルーヴさん???」
問答無用、即断即決。というか半ば嫌がらせで繋げられた電話でエアグルーヴはもったいぶらずに速攻でバラした挙句、おどおどするフクキタルに自分のウマホを押し付けた
「も、もしもーし……。あの……え、今?寮です。栗東の。はい、エアグルーヴさんのお部屋で……はい!?ダメですよ来ちゃ!いやそれはそうですけど!散々尺をとったのにこのオチは酷い?はい、仰る通りなんですけど……。おやつ抜き!?一週間!?ひどすぎますあんまりですっ!大体大和さんがあんなに引き留めてくれた事にも原因はあるんですよ!いや私が言い出した手前何言ってんだって感じですけど!……はい、そうですね。一旦落ち着きましょう。明日またちゃんとお話させてもらいます。はい、おやすみなさい」
ぷちっと電話が切れた。恐る恐るウマホを返すと、エアグルーヴが青筋を立ててそれを受け取り立ち上がる。部屋の冷蔵庫の方へ歩いて行った彼女は2Lのペットボトルを手に持って戻ってくると人数分の紙コップと共にどすんと床に置いた
「もう知らん。飲むぞ」
「え、エアグルーヴさん?これなんですか?」
「コーラだ」
「ワオ!この時間にコーラ!最低デース!乾杯しまショ!」
タイキシャトルが嬉しそうにコップを皆の前に並べてコーラを注いでいく。フクキタルは正座を崩さないまま上目遣いでエアグルーヴの方に視線を送った
「あの……エアグルーヴさん大丈夫ですか?」
「やかましい。もう知らん。ファイン、お前もどうだ」
「わあ、いつも夜更かしすると怒っちゃうのに。嬉しいお誘い!」
「あのーもうそろそろ消灯時間なのですが。誰か止めてくれる人いないんでしょうか……」
「いいか、お前がアメリカから戻ってきて早々あんな話をするから私は相当気を揉んだんだからな。今も感情がこんがらがって寝るに寝れん。付き合え」
「そうね。何もかもフクキタルが悪いわ」
「んまあ……そう言われては返す言葉もございませんので、この際お喋りを楽しみましょうか。まあ怒られたらその時はその時ですし」
思い出話は尽きず、下らない雑談にまで飛び火したらもう誰にも止められない。消灯時間間際の見回りを行っていたフジキセキは不幸にも巻き込まれる事となったが、持ち前の話術をもってしてなんとかエアグルーヴを正気に戻し会をお開きにする事に成功。栗東寮の消灯時間は今日も無事守られる事となった
一方1人シリアス気分で静かに晩酌をしていた大和は突然の報せに平常心を破壊され秘蔵のお酒を勢いで開けて当然のように酔い潰れた
前作主人公ポジションとの別れ話を書いてたら最後にひっくり返されました。なんででしょうね。ライブ感がそうさせました
ちなみに大和サブは情緒がめちゃくちゃになって酔い潰れてます
ジャパンカップでそれ相応の覚悟を持って挑んだのに、やっぱ引退しませんすいませんwと言われてしまったライスちゃんの感情爆発シーンは尺の都合上カットされました。ご想像にお任せします