ウマ娘アプリもうじき一周年ですわね
この作品ももうじき連載初めて一年という事になりますわ
そう考えると長々とやらせていただいておりますわ
もうしばらくお付き合い願います
字余り
ライスは激怒した。必ず、決戦の地中山レース場にてあの自由奔放な恩人に一発かましてやらねばならぬと決意した
ライスには事情が判らぬ。ライスは平凡なウマ娘である。大地を駆け、友と語らい、美味しいご飯を食べ、自分に出来ることを精一杯頑張りながら時折訪れるちょっとした不幸にもへこたれることなく毎日を楽しく一生懸命に過ごしてきた
けれども別れには人一倍敏感であった。これまでも多くの先輩や後輩、同期の友人が様々な事情で学園を去ったのを見送ってきた。去る者の大半は歯を食いしばり涙を堪えながら、笑顔で去っていける者はほんの一握りだ。だからライスは笑顔で見送ってきた。ただ祝福を持って送り出す事が残る者の責務だと思ったからだ
「やっぱり引退しない!!!?!?!?!?!?」
「あの、ライスさん」
「お姉様の……お姉様の……!頑張り屋さんっ!サプライズ◎の因子持ち!幸せを運んでくれそうなウマ娘今年度第1位!」
「がっつり罵倒された方が罪悪感が晴れるんですが……あっライスさん!待って___」
ライスはぷんぷんだった。情熱的に引き留められちゃって、と冗談めかしてぬかしたフクキタルのソレがただの照れ隠しだと普段の冷静なライスならすぐ気が付いただろうが、平常心でない彼女にそんな余裕は欠片も無かった
ライスだって引き留めたかったのに。そう言うのは反則だろうと思って言葉にならない感情をお腹の中で爆発させて地団太を踏んだ後、その場を飛び出してしまった
素直に見送る事がフクキタルのためだと思った。しかし本心だっただろうか。引き留める言葉を否定されるのが怖くて逃げただけなんじゃないか?事情は察しています、なんて悟ったフリをして、それでちゃんと向き合えたと言えるのか。本当に慕っているなら縋りついて一緒に居て欲しいと言うべきだったのに。というかそもそもそうして良いのなら良いと言ってくれたらいいのに。いやフクキタルは何も悪く無いのに彼女のせいにしようとしている自分が嫌で___
と、ぐにゃぐにゃと捻じれた感情を全て次の勝負に向ける事にした。なんせ一回切りと割り切っていた対戦の機会がもう一度転がり込んできたのだ。今のライスはアクティブに落ち込む事が出来る。たまたま併走相手としてスケジュールが組まれていたダイワスカーレットは妙に気合の入ったライスを見て一瞬逃げたくなったものの、結局自分のプライドがそれを許してくれなかった。かくしてスカーレットは凄まじく熱の入った併走トレーニングで精神面と肉体面の両方をゴリゴリに削られる事となった
そして一方その頃トレーナー室では、椅子に深く腰掛けた大和が書類とペンを静かに放り投げた所だった
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最近働き過ぎじゃないだろうか。脳裏にふと浮かんだその疑念が徐々に膨らみ、無視できない程大きくなった時僕は手に取っていた書類を放り出して椅子から立ち上がり、トレーナー室のソファに静かに倒れ込んだ
決して戯言では無い。これだけの疲労感は僕自身過去に体験した事がない程だ。もし疲労度を数値化する装置があれば見た人が悲鳴を上げるくらいには高い数値が観測されるだろう
とにかく、疲れが確かな重力となって僕の身体にどっしりとのしかかっている。心の中のエアグルーヴが『世間一般の忙しいという判定基準と照らし合わせればこれくらいの労働は標準的だ』と大騒ぎしているけれど、これも疲れているからこそ産まれた幻覚だ。正直な所、ここ数話に渡っての怒涛のシリアスもどきと回想の回収、獅子奮迅の働きを続けていた僕の心身は慰安を求めていた
「なら今日はお酒もゲームもしないで9時には布団に入んないとね」
彼女用の椅子に座り宿題を片付けていたナイスネイチャから飛び出た意見に反論する余地は無い。確かに早寝早起きは全てに勝る健康法だ。ただ年末に向けて面白いゲームはたくさん出ているし、先日美味しいワインを頂いたし、やらなくてはならない事が多いのも大人の辛い所なのだ
「まあそこまで限界って訳でも無いし別にそれはいいかな。逆にほら、心のリラックスの為にも娯楽は必要だから」
「なんだそりゃ。てか寒くなって来たし体調には気を付けなきゃだよ?」
「当然だね。今体調を崩したら君達の晴れ舞台を見逃す恐れがある。しかし近頃の寒さには参った。僕も冬毛に生え変わったらいいのに」
「いやそんな猫ちゃんじゃないんだからさ。……ちょっと大和サン?なんですその熱い視線は」
「つかぬ事を伺うが、ナイスネイチャ。君の耳は冬毛の影響をどれ程受けるのかな」
僕が努めて穏やかに、何気ない声色を意識したのにも関わらず彼女は警戒心を高めウマ耳に付けたカバーを両手で抑えながら身体を少し後ろに引いた。ご存じウマ娘には我々人間とは多少異なる特徴がある。それがウマしっぽであり、ウマ耳だ。個々の体質によるが、夏と冬でその部分の毛並みに変化が現れる子も少なくない。ライスのような耳の大きな子は観る者の心を引き付ける程のふわふわ感を演出しているし、そうでない子も普段より耳のシルエットが丸みを帯びている
ただ惜しむらくは、耳カバーを普段から愛用している子の変化を見る事ができない点だ。そもオシャレとは別で他人に耳を見られたくないという恥じらいを持ち合わせているウマ娘もいる以上決して強制はできない。できないのだけれど___
「___いくら払えばいいかな」
「色々すっ飛ばして現ナマで交渉に入るのやめない???」
「何の代償も無く神秘の開示を要求する程誠意の欠けた人間ではないよ」
「成程、いきなり無茶な提案をする事でアタシに拒否させないって作戦なワケだ。卑怯な大人だね」
「よしてくれネイチャ。僕は君を傷つけたい訳じゃない。君の冬毛に生え変わったウマ耳を生で観たいだけなんだ」
「はぁ……。全くさ、別にそんなに嫌ってワケじゃないんだからちゃんと聞いてくれたら___生で?どういうこと?」
一度柔らかくなった彼女の目付きがつららのように鋭く尖る。口を滑らせてしまった以上誤魔化しは効かない。実の所、彼女の同室の某ウマ娘から『冬耳とってもマーベラス!』といったメッセージと共に2人の自撮り写真が送信されてきたのは数日前の出来事なのだ。ネイチャ自身も(多少寝ぼけた顔ではあるが)ピースサインを構えている以上見てはいけない類の画像ではないと思っていた
「おのれマァベラス……!誰にも見せないって言ってたでしょうにっ!」
「まあ僕も寝起きだったから君の許可を得ずに写真を見てしまった事に罪悪感があるからね。だからここは1つ、キチンと君の許可を取った上で拝見しようと思い立った訳さ」
彼女はため息をついた後視線をさ迷わせ、それからゆっくりと自身のウマ耳に手をかけ赤いカバーを___
〈ドアが勢いよく開く音!!!!!!〉
「こんにちは風紀委員です!!!!!」
「ここに風紀の乱れは一切無いよ」
「風紀違犯メーターが凄まじい反応を示していますが!!???」
飛び込んできた風紀委員ウマ娘が首を傾げたが、その妙なメーターはポケットにしまって欲しい。みょんみょんと音が放たれているのを聞いていると妙に心がざわついてしょうがない。まるで悪いことをしているみたいだ。簡単に事情を語ると「ギリセーフですが場所と時間によってはアウトなので今後は気をつけるように」と言って去って行った。いくらなんでも言葉の裏まで読み込み過ぎではないだろうか、まあ思春期だからね彼女達は。ふーっと溜息を吐いて妙な緊張感を身体から吐き出しながら彼女の方に向き直った
「すまないねネイチャ。さあでは___」
「あ、あー!なんか用事思い出しちゃった!ガスの元栓閉めてないかもしれないし!ちょっと部屋戻るね!」
「ふむ。寮の部屋にガスは開通していない筈だけど……」
言い終わる頃には顔を真っ赤にさせたネイチャが部屋の外に飛び出した後だった。そういうリアクションをされるとなんだか気恥ずかしくなるじゃないか。おかしいな、本当に変な事は尋ねていない筈だ。いやどうだろう。確かに疲れてぼーっとしているから少し判断力が落ちているのは否めない
とにかく少しばかり休息が必要だ。これだけは確かである。ソファから立ち上がりトレーナー室の電気を消す。カーテンを閉じると僅かばかりの午後の光が差し込むものの、部屋は大分薄暗くなった。ソファに横になれば、暖房と加湿器による悪魔的な温度感が瞬時に僕の意識を____
〈ドアが勢いよく開かれる音!!!!!!〉
「オイトレーナー!どういうことなんだよ!」
「どうもこうもお昼寝には丁度いい天気だって話さ」
「屋内で天気どうこう関係ねーだろ!起きて俺の文句を聞け!」
ずんずんと部屋の奥に進むウオッカの手によりカーテンが勢いよく開かれ、差し込んできた冬の日差しが僕の顔を照らす。客人を放っておいてお昼寝をする程礼儀知らずな僕では無いけれど、それでも温かな毛布を手放すには相応の気力を振り絞る必要があった。理性が惰性を打ち破り僕はなんとか身体を起こす事に成功した僕は彼女にお茶を淹れる為立ち上がった
「やあウオッカ。どういうこと、とはどういうことだろうか?」
「スケジュールだよ!なんで俺はオフなのにスカーレットは練習組まれてるんだよ。」
「ふーむ?何故怒っているんだい?ああ、ライバルが練習している間にうかうか休んでなどいられないと?」
「解ってんじゃねーか」
「うん。当然解っててこういうスケジュールを組んでいるんだよ」
「解っててやってんだろうとは思ってたけどよ……!」
向かいのソファにどかっと腰掛け不機嫌なしかめっ面でこちらを恨めし気に睨みつけて来る。ホープフルステークスまで残り3週間を切り、彼女達のトレーニングは佳境に入っていた。デビュー前の基礎メニューに取り組んでいた時とは異なり2人のトレーニングメニューは各々に適した内容になっており、時には別の場所でトレーニングを行う日もしばしばあった
だが休息日自体はずっと合わせていた。というのも、今のウオッカの言う通り同室のライバルがトレーニングをしているのに1人休みを言い渡されても落ち着かないだろうからだ。それくらいは僕にだって解る
「敢えてだよウオッカ。敢えてさ」
「んだよ、まーた精神修行ってか?」
「僕の事を理解してくれているみたいで嬉しいよ」
まあ試練を与えるなどとお高くとまるつもりはないが、大勝負を前に彼女達には1ステップ上の事も求めたいというのがトレーナーとしての僕の意向なのだ。彼女達の精神的負荷を和らげるのはトレーナーの大切な役割の1つだが、時にそれと真逆な行いをする必要もある。それがウマ娘の成長に繋がると判断した時だ
「本来トレーナーというものの存在意義は君達を成長させ高みへ導いてこそだからね。僕もやり方は違えど芯にはそういった願いを据えて行動している。つまり今の君を最も成長させるのに必要なものは___お昼寝だ」
「あのさー……。それができねーって言いに来たんだけど」
「大丈夫さウオッカ。僕は言葉足らずなまま君達を放置したりしない。意図を隠したまま君達を掌で弄んだりするような暗躍ムーヴは好きじゃないからね」
といっても深い意味は無い。僕が求めているのはオンオフを強制的に切り替える術を練習して欲しいというだけの事だ
「まず第一に改めて。ウオッカ、かつて約束した通り僕はスカーレットを1番にしたい。その為に君には最強のライバルとして立って欲しい。つまり君を1番にしない限り、スカーレットが1番になる事は無いという非常に難しくやりがいのある状況に僕は挑戦中な訳だ。つまりスカーレットを勝たせる為君のトレーニングに手を抜くなんて事は___」
「みなまで言うなよトレーナー。俺がそんな下らねぇコト今更考えると思ってんのか?」
「失敬。今のは忘れてくれ。僕の弱さから出た不安が口を突いただけだ。さて仕切り直そう。君達は同室同チーム同トレーナーだ。ぶっちゃけ、互いの手の内は大体解ってしまう。まあ実力者であるウマ娘程、同じ相手と何度も戦う機会を得やすいからこれは大した問題じゃない。でもあんまりにも互いの事を知りすぎているというのもちょっと面白みに欠けるだろう?
だからお互い相手に知られていない手札を用意してもらいたいんだ。その方法を色々考えてはいるんだけれど、ただ中々難しい。ただ、例えばだけどねウオッカ。今こうして僕が君を引き留めてうだうだと話している隙にスカーレットは君を出し抜く為のとっておきを習得しているかもしれないね」
彼女は一瞬ピクっとウマ耳を反応させ、しかし不敵に笑った
「へっ。……奥の手上等、おもしれーじゃねーか。だったら俺も何かしらアイツを出し抜くとっておきってヤツを用意するだけの話だぜ」
「表でも裏でも互いの存在を意識して高め合う事ができる。うん、素晴らしき関係性だ。君達2人が刻む歴史の始まりに立ち会えている事を三女神様に感謝しないとね」
「んな褒められるとむず痒いな……。んじゃとにかく、折角スカーレットがいねーんだ。俺にもとっておきってやつを用意してくれてんだろ?それ教えてくれよ」
「非常に盛り上がっている所悪いんだけど、君は今日は完全オフだから真剣な話は一切無しだよ」
「はーっ!?ここまで炊きつけといてそりゃねーだろ!」
ガーンと聞こえてきそうなほどのリアクションでウオッカは頭を抱えた。でも僕は最初に言った筈だ。オフはオフ、身体を動かさなければ何をしてもいいという訳では無い。休むとはそういう事では無いのだ。長い競技人生の中、切り替えの技術は必須事項。早い内からマスターしておいて欲しい技術だ
「技術……ってカッコよく言われっと言い返せねーな」
「スカーレットにも今度挑戦してもらう事だからね。先に君が習得して、是非とも彼女の対抗心を煽ってくれ」
「おうよ。ま、トレーナーが休めってんなら張り切って休むかな」
そういうとウオッカもソファーにごろんと横になった。
〈静かにドアが開く音〉
「ちわっす、胡舞跳さん。修理終わったんで受け取りのサインだけお願いしやす」
「ああ、ありがとう。早くて助かりますよ」
「暇ですから」
青いつなぎを着た若い男、入校許可証を首から下げている彼は僕のバイクを預けていた業者さんだ。前回乗ろうとした際にパンクしていた状態からしばらく、忙しさもあって全然触る暇がないままほったらかしていたのだがやっとこさ余裕ができたので預かり修理を頼んでおいたのだ。彼が渡してくれた書類にサインをし、いくつかの控えと鍵を受け取る。またのご利用を、と軽い調子で頭を下げ退室した彼を目で追っていたウオッカが静かに身体を起こした
「___トレーナー。今の兄ちゃんバイク屋の人だよな?あのツナギのロゴ、俺のランニングコース沿いにあるバイク屋のヤツだし」
普段の彼女らしからぬ追い詰めるような問いかけの雰囲気に少々嫌な予感がする。サインを書き終えて再びソファーに横になった僕は目を閉じたまま飛んでくる視線の気配に気づかないフリをした
「ウオッカ、お昼寝するなら毛布がいるだろう?綺麗に洗濯したやつが棚にあるから___」
「トレーナー。あんたバイクは持ってないって言ってたよな」
彼女の目がきゅっと細くなり、耳が緊張感を得てピンと真っすぐ上に立つ。ウマ娘と日頃接している人であればその仕草から彼女達がどういった心境にあるのか容易に判断する事が可能だ。この場合に関しては、導火線に火が付く直前である。体を起こしている彼女と、完全にお昼寝体勢に入っている僕。逃げようのないこの状況を上手に切り抜けるには言葉を慎重に選ぶ必要があるだろう
「___君に質問された時点では預けていたから、持ってないっていうのは嘘じゃなくって」
「トレーナー!!!!!」
だめだった。爆発した。彼女は寝ている僕を両手でぐいぐい押して揺らし始めた
「んで言ってくれなかったんだよ!?」
「言ったら乗せてくれって言っただろう?」
「言うよ!!!!!」
「中等部の子と2人乗りするのは学園のルールで禁じられているんだよ。高等部の子でも基本は申請しないとダメだし。君を無意味に失望させるくらいなら時が来るまで黙っていようかなと……」
「さっき『隠し事して弄んだりしない』とかドヤ顔で言ってたじゃねーか!」
それを言われると弱い。まあ僕の言っている事は大半勢い任せなので見逃して欲しいものだけれど
まあとにかく、バイクに関しては数年前までは特に決められて無かったんだけど、今では厳密にルールとして決められている。昔はフクキタルを乗っけてパワースポット巡りなんかをしたものだけれど、その話も絶対にウオッカにしないよう言い含めてある。言ったら絶対もやもやするだろうし。しかしまあよかれと思っての隠し事は大抵よくない方向に転ぶ。特に大人と子供の間では尚更に
「あーあ。俺の純粋なハートが裏切られてギザギザになっちまった」
「ウオッカ、ごめんよ。ただ君に真っすぐお願いされたら断れる自信が無くてね。隠し事に逃げた僕の弱さを見逃して欲しい」
「んな無茶言わねーよ。ルールを守らねーライダーはアウトローでもなんでもねぇ、ダサイだけだって父ちゃんも言ってたしな。……黙ってたってのは気にくわねーけど気持ちは解った。でも俺が高等部になったら後ろに乗っけてくれよなトレーナー!」
「勿論さ。必ず僕からお誘いさせてもらうよ」
「んじゃ早速バイクトークを……と思ったけど、トレーナーなんか眠そうだな」
「うん、正直少し眠くてね。すまないが少しだけ休みたいかな」
今度こそ休もうと毛布をかぶり直しポジションを整える。ウオッカもやれやれだぜと溜息を吐いてごろんとソファーに横になった
再びドアが乱暴に開かれるまで1分ほどの猶予も無かっただろう。少しだけうとうとしていた僕の意識は一瞬で引き戻された。今度はなんだ、もう風紀の乱れは起きていない筈だ、反論しようとして口を閉じた。怒りに満ちた表情で入室してきたエアグルーヴに手を引かれているシンボリルドルフの姿が目に入った
手錠代わりとでも言いたいのか、腕に巻かれたブランケットの下でルドルフは困ったように手をもぞもぞ動かしているようだが、大人しく連行されてきたのは隣に立つ怒髪天グルーヴの迫力に押されてであろう。彼女の怒りがこちらに飛び火してはたまらないが、来客をもてなさないという選択肢は僕には無い
「やぁエアグルーヴ、それにルドルフも。紅茶でも一杯どうかな?最も、間違えてここに来てしまっただけだというのなら話は別だけど」
「会長を休ませに来た。半日以上拘束しろ。仕事をさせるな」
「やあ請け負ったよ。得意な仕事だ。君は休んで行かないのかい?」
「私は昨日休みを頂いた。というより昨日は生徒会全員で休日にすると設定していた日だったんだ。だというのに……」
厳しい視線を逸らすようにルドルフがそっぽを向いた。時折こういう事が起きる。働かなすぎの僕がエアグルーヴをちょこちょこ怒らせているのとは逆で、頑張りすぎが仇となって彼女をどかんと一発怒らせてしまうのがルドルフだ。何事も程々が一番、というのを何度説教されても学ばないのは僕も彼女も一緒らしい
「エアグルーヴ。大和サブトレーナーにも仕事があるだろうし、私は___」
「ルドルフ」
「うん」
「休んで下さい」
「……んん」
有無を言わせぬ口調だった。起き上がっていたウオッカの隣にルドルフが座ったのを確認するとエアグルーヴは静かに退室した。立ち去る彼女の足音が段々と小さくなり、やがて聞こえなくなってから僕は止めていた息を吐き出した
「君も学ばないね、ルドルフ。エアグルーヴの機嫌が悪くなると僕の居心地にも関わるんだから気を付けてくれないと」
「あなたに言われると本当に心にくるな。しかし言い返せないのが自分の不手際である以上、黙って受け入れるしかないようだね。ああ、ウオッカ。すまない、私の事は気にせずゆっくりしてくれ。……とはいえ、そうもいかないか」
「いや大丈夫っす。俺頑張ってのんびりしますんで!」
「そ、そうか。器用だな君は」
かつてチームに所属していた時、彼女の過労癖とも呼ぶべき献身的な生活態度はトレーナーである泡斎先生がある程度管理していた。だが先生が学園を去り、しばらくしてドリームリーグへと移籍しレースへの出走頻度が下がったルドルフは自らの生活全てを学園の為、学生達の為に注ぐようになってしまった。仲間を頼る事を知らない訳ではないが、ただルドルフ自身の人間性がそうさせるのだろう
「しかし今回はお怒りだったね。何があったのかな?」
「ううん、実は昨日の夕方に急な案件が入ってね。すぐに片付くと思って生徒会室に忍び込み対応していたのだけどうっかりそのまま寝てしまってね。起きたら彼女が目の前に立っていた。その後少し事情を聞かれ、ちょっとだけ怒られて、ウマホを含むあらゆる機器を取り上げられてここに連行されたという訳さ」
遠い目をしているルドルフはその時の事を思い出しているのだろうが、流石の彼女も肝が冷えただろう。エアグルーヴは見目麗しいウマ娘だし、気持ちの良い目覚めと同時に彼女の美貌を目にできればその日一日を幸せに過ごせること間違いないだろうが怒っているのであれば少しだけ話は変わってくる
まあどうあれ休息を共にする友人を歓迎する準備を整えなければならない。カップに紅茶を注ぎ彼女の前に差し出し、毛布を脇にどけてソファに座り直した。一旦お昼寝は置いておかねばならない。今のままではウオッカの気も休まらないだろうし、働き過ぎのウマ娘様にしっかり休んでもらわないと女帝殿の怒りがこちらに飛び火する恐れもあるし。何より人数倍、ウマ娘一倍頑丈とはいえ彼女の身体も心配だ
「休日を有意義に過ごすにはまず落ち着く事が第一だ。心と体から緊張を抜き0の状態に戻す。そうしてすっきりクリアになった頭で自分が本当にしたい事を素直に口に出してみる。1つでもいいし、いくつもでも大丈夫だ。実現できるできないも脇に置く。さあルドルフ、一言どうぞ?」
「___生徒のお悩み相談がしたいな」
「それはお仕事だよルドルフ」
お仕事しないでって言ってんの。これが何よりの問題だ。彼女自身が労働を一切苦痛に感じていない。やりたくてやっている。自分が苦労する事で他のウマ娘達の夢の実現に一歩近づくと解っているからこその献身なのだ。
「じゃあ僕の暇つぶしに付き合ってくれ。映画見てお菓子食べてゲームしよう。ルドルフ、この辺の作品の中でまだ観てないものはあるかな?みな最近の物だけれど。《渋谷ギャル忍者vs道頓堀バツイチ侍》《ウマンドー2》《ターフのピアニスト》……」
「いや、どれも観ていない。最近、そういった休みらしい休み方はしていなかったからね」
「以前はチームハウスにもよく遊びに来てくれていたのに。何度も言っているけど、皆君が来たからといって変に気を使ったりはしないよ。良くも悪くもいつも通りだ。チームハウスのドアを潜れば誰でも同じ学園の友人の1人。ご存じの通り」
「……ああ、存じているよ。少し気恥しくて避けていた。これからはちょくちょくお邪魔するとも」
それからしばらく、僕達は遊んだ。ゲームして映画を見て、お腹が空いたらお菓子とカップラーメンを食べたし、暖房をガンガンに効かせてアイスも食べた。有意義とは言えない怠惰な時間だったが、人生にはこういう時間が必要だとルドルフは改めて実感したらしく終始穏やかな表情だった。でもトランプを使ったゲームに誘うと非常に疑わしい視線で僕のトランプを調べ出した辺り、完全に気が抜けていた訳じゃなかったらしいけど
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ダイワスカーレットは非常に疲れていた。先輩であるライスシャワーに付き合い過ぎて少々張り切りすぎてしまった。オーバーワークにならないようキチンと計算はしていたし、付き添ってくれていたライスがそこの所の線引きを理解した上で解放してくれたのだが身体がとにかく重い
スカーレットはしかし部屋に戻らずトレーナー室へ向かっていた。トレーニングの前に同室のウオッカが文句を言いにトレーナー室に押し掛けてやる!と息巻いていたのを見かけたし、トレーナーもトレーナーで『ウオッカが不満を抱えて僕の所に来るだろうし、トレーニングには付き添えない』と申し訳なさそうに言ってきた。その後どうなったのかを確認する為休むのも惜しんで歩いていた
(まあもしも拗れてたり気まずくなってたりしたら助け舟の1つでも出してやらないとね)
ガラリとドアを開けたスカーレットをむわっとした熱気と甘ったるい匂い、そして騒々しい笑い声が出迎えた
「ぎゃはははは!面白すぎんだろ今のシーン!トレーナ、もう一回!巻き戻し巻き戻し!」
「ふふ、僕ももう一回観たい。いいかなルドルフ」
「ああ、構わないよ。成程、こういった形の面白さがあるとは……。おやダイワスカーレットじゃないか」
「ああスカーレット。おっともうトレーニング終了の時間だったかな。どうだいスカーレット、君も一緒に___」
「アタシがシゴかれてる間に何遊んでんのよ!!!!!!」
スカーレットは激怒した
更新遅くてすいまソーリーです。こっから!こっからは早いから!ほんとです!
新しい子のストーリーが追加される度涙を流しています。ほんといい作品ですわね……ガチャがしんどい事を除けば完璧ですわね……