プリティダービーに花束を(本編完結)   作:ばんぶー

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1周年!!!!




ウマ娘アプリ1周年!!!!!!




この作品もそろそろ1周年。ありがとうございます







それはまるで宝石のような

 ビニールの包装紙を破くと、僕の手元でパリっと小気味良い音が弾ける。なんでもないような小さな音にダイワスカーレットの耳がぴくっと反応したのが見えた。彼女は無意識に前のめりになりそうになった身体の動きを誤魔化すため仰々しく椅子に座り直すフリをする

 

 

 可愛らしい誤魔化しの所作に気付かないフリをしながら僕は袋から取り出したふわふわしたお菓子___『スペちゃんのまんまる焼き』を頬張った。ふわふわした甘い生地に包まれたカスタードの甘味が口いっぱいに広がり、パッケージに写るスペシャルウィークの幸せそうな気持をお裾分けしてもらえるような幸福感が心を満たしてくれる

 

 

「じーっ……」

 

「うん?スカーレット。どうかしたかな」

 

「え?べ、別になんでもないわよ」

 

「そうかい。ああそうだスカーレット、もしよかったらだけど」

 

「!なにかしら?まあどうしてもっていうなら___」

 

「おまけのシールを開封するのを手伝ってくれないかな。少し手が滑って開けにくいんだ」

 

「そっちなの!?」

 

 

 ずっこけ、と形容すべき程の勢いで彼女は姿勢を崩した。お腹を空かせた彼女が僕の前に積まれているお菓子を求めているのは解るが、とっても残念な事に今日は差し上げられない。レースを目前に控えてダイワスカーレットの体重は適正ギリギリである。これはレイヴンが示したデータが証明していることで、つまり今日から本番が終わるその日まで彼女が口にする物全て管理しなくてはならないのが僕の仕事なのだ

 

 

 涙を呑んで僕は彼女の前で新たなまんまる焼きをまた一つ開封した。これおまけのシールがついてくるんだけど、種類が多くて中々コンプできないんだよね。コラボしてくれた企業には感謝しかないが、いくら美味しいとはいえ甘いものを食べ続けるのは成人男性には少しばかり重たい。そこの所を事を踏まえて次回はもう少し食べるのに負荷のかからない系統で考えて欲しいものだ

 

 

「アタシの為って言うんならせめて見えないとこで食べなさいよ……!」

 

「コソコソするのは性に合わなくってね」

 

「こんなトコで男らしさを発揮されても好感度が下がるだけなんだけど?」

 

「我慢を重ねる程に飢えは募り、解放した時の爆発力へ繋がる。ひいては君が一番になる為のトレーニングだよスカーレット」

 

「ね、そう言ったらアタシがなんでもかんでも納得すると思ってない?」

 

「……実際チョロいだろお前」

 

 

 我関せず、と言った顔でウマホを弄っていたウオッカの呟きをしっかり聞き届けたスカーレットは顔をこちらに向けたままギロリと赤い眼を横へ向けた

 

 

「よりにもよってあんたには言われたくないわよ」

 

「あぁ?俺のどこにチョロ要素があんだよ。どっちかってーと硬派だろうが俺は」

 

「硬派の意味辞書で調べ直してきたら?ほら、いっつもあんたが睨めっこしてる辞書あるでしょ?カッコイイ言葉ないかなーとか言って調べてるアレ」

 

「そそそそんなダッセーマネしてねぇよ!」

 

「やってんでしょーが消灯時間過ぎてからコソコソと。ちゃんと睡眠時間取らないとアタシに負けるわよ」

 

「夜更かし常習犯のオメーに言われるとマジでムカつくな……!」

 

 

 好きな子にはいじわるをしたい。これは男の子の悪い癖なんだ。それに今日は待ちに待った特別な日で、普段は凪のように和らいでいる僕の心も穏やかではない。なにせスカーレットとウオッカ、2人の勝負服が届く日なのである

 

 採寸を経て、幾度かの試作品の試着も済ませ、そして遂に完成へと至った。デザインに関してはトレーナーである僕もある程度把握してはいるものの、しかし完成品を身に纏う2人を見れるとあって僕の心は天にも昇るようである。もっと言うならもう見る前から既に天に昇りそうになっている。昨日は興奮して一睡もできなかった

 

 

 やいのやいのと言い合いを続ける二人を窘めていた所に勝負服を携えた一団が到着した。ムーンシャインの前身であるチームの頃から長らくお世話になっている衣装会社『絢爛華染屋』さんのスタッフ達は慣れた手つきで2人の着付けの準備を始める。会社の代表である染岡さんがこちらに歩み寄り、うやうやしく頭を下げた。僕より少し年上の彼女は二代目の社長であり、先代から免許皆伝を受けた凄腕のデザイナーである

 

 

「大和トレーナー、お待たせしました。___完成品をお持ちいたしました」

 

 

 落ち着き払ったしっとりとした声は、しかし力強さに満ち溢れていた。彼女の立ち振る舞いを見るだけで理解できる。職人としての持てる技量全てを注ぎ込んだ品への絶対なる自信と、それを纏うべき者に纏ってもらえる事への期待感。彼女も僕と同じくらい今日のこの瞬間を待ち望んでいたのだろう。染岡さんは経験を積んだプロでありながら、原初の情熱を失わない純粋さを併せ持っている素晴らしいクリエイターなのだ

 

 

「ええ、待ち侘びましたよこの時を。では……僕は少し出ていますので、準備が整ったら呼んでください。2人共、スタッフの皆さんの言う事を良く聞いてね」

 

 

 スカーレットとウオッカは揃って「子供じゃないんだから」とツンとした叫び声をあげると僕を部屋から押し出した。暖房の効いているトレーナー室の外の廊下は吐く息が白くなる程度には寒い。レディのお着換えは長引く物だが、紳士たるものどっしり構えて待つのが礼儀だ。とはいえ椅子くらいは持ち出すべきだった。立ちすくむ僕はどうしたものかとしばらく窓の外を眺めていたが、誰かの足音に気付いて顔を横に向ける

 

 

「廊下に立たされてんの?今度はどんなバカやったの」

 

「やあタイシン。ご存じかな、今時は体罰に当たるから『廊下に立ってなさい』は禁止されているらしいよ」

 

「もしかしてアタシをおばさん扱いした?」

 

 

 いや別にそういう意図は無いのだけれど___という反論をする暇も無く絶妙な加減のローキックが僕の脛を襲う。後を引かないギリギリの鈍い痛みに目が覚める思いだ

 

 

「今は2人のお色直しでね。外で待っているんだよ」

 

「ああ、勝負服……。今日なんだ」

 

「そうだよ。ああ、時の流れは早い。やれやれ、雛鳥だと思って甘やかしていたら皆あっという間に飛び立ってしまう。その度に僕は自分が見上げるだけの凡人だと思い知らされるのさ」

 

「は?」

 

「うーん……響かなかったな」

 

「まだ赤ん坊だよ2人共。あんたがしっかりしてやらなきゃふらふらしてて見てらんない」

 

「そうかな?2人共しっかりした子だよ」

 

「あんたはいっつも買い被りすぎ。鬱陶しいくらいべたべたしてやんないと、すぐ無茶する歳なんだし」

 

「実体験かな?妙に説得力がある」

 

 

 再びローキックが一閃。僕は黙った。これ以上は足がもたない

 

 

 彼女は大丸さんがスカウトした子だ。身体の小ささがコンプレックスで、そこからくる反骨芯が彼女の強さであり、そんな不純な想いを持ってレースを走る自分に嫌悪感を抱き、傷つきながらがむしゃらに走り抜けた。彼女がどのように己の想いに折り合いをつけたのか、直球しか投げられない我が叔父がどのように彼女と付き合ってきたのか。その物語は酒の席で何度も聞かされた

 

 

「勝負服ね……いいもんだよ、やっぱ」

 

 

 タイシンは初めて勝負服に袖を通した時の事を思い出しているのだろう。それは随分前の話になる筈だが、彼女の顔を見れば胸の中の想い出が褪せていないのは容易に解る。それを邪魔する事も野暮なので、僕は再び黙って窓の外を眺める作業に戻った

 

 

 吹き抜ける風が窓ガラスを揺らしガタガタと音を立てる。黙っていたタイシンは寒そうに身体を揺らして羽織ったジャージをぎゅっと身体に巻き付け、溜息をついて歩き出した

 

 

「2人の勝負服、見て行かないのかい?」

 

「バカ。野暮でしょ」

 

「タイシン……粋だねぇ」

 

 

 確かにここは僕が1人で面と向かって相対すべきだ。タイシンの気遣いを受け取ってしばらく、背後でがちゃりと扉の開く音がした。運命の扉が開き待ちに待ったその時が来た訳だが、僕の心はここに来てとってもリラックスしていた。全ての感情が一定で、頭の中は澄み切っている。かつて悟りを開いた信仰者達は或いはこのような心境にあったのかもしれない

 

 

 部屋から出てきたのは染岡さんだった。彼女は何も喋らず、ただうやうやしく頭を下げた。最早言葉は不要だとその態度が語っていた。僕は彼女にお辞儀を返し、僕はトレーナー室へ踏み入った。二つある仕切りの裏から最初に姿を見せたのはスカーレットだった

 

 

「___女神は青かった」

 

「……褒めてくれてるってコトでいいのかしら」

 

 地球は青かった。かつて我らの母星を宇宙から見た男が発したとされる言葉はあまりに有名だ。そこにまつわる色々な議論はさておいて、僕は彼がこの言葉を口にした時の心境を理解できたつもりになった。それほどまでに彼女は青く、美しく、感動的だったのだ。この一言では上手く伝わらなかったのかスカーレットはちょっと首を傾げているけど

 

 

 ダイワスカーレットの勝負服は青がベースのミニスカート。しかしデザイン全体の印象としては大胆かつ煌びやかだ。内に着た白いシャツの上から青いベストコートを羽織り胴回りを覆うようにしているが胸の部分はそのまま白が大胆に押し出されている。肩口に付けられた黄色の肩章が派手さの中に力強さをもたらしているアクセントになっているのだろう。軍服のような規律を持ち合わせたミニスカートの下にはちゃんとスパッツを履いている。チラつく黒い絶対領域が犯罪的な可愛さを醸し出していた

 

 

「まあいいわ。どう?似合ってるでしょ?」

 

「ああ。パーフェクトだよ。完璧、という言葉以外で表現するのが失礼なくらいにはね」

 

 

 一拍置いて仕切りの裏から出てきたのはウオッカだった

 

 

 ウオッカの勝負服は彼女らしいと言わざるを得ないだろう。勝負服が先に在り彼女がそういったキャラを演じているのかと錯覚するほどウオッカの立ち姿は堂に入っていた。黄色をベースとした鮮やかなシャツの上から黒のライダージャケットを羽織り、軽やかで引き締まった身体のラインを崩さない衣装を着た立ち姿は観る者の目を放さない。ギラついた彼女の眼と合わさり、切り裂くような迫力が伝わってくる

 

 

「ようトレーナー。そっちのかまってちゃんの相手が済んだらでいいんだけど、ちっとは俺の事も褒めてくれてもいいんだぜ」

 

「___ウオッカ。僕がバイクを乗り始めた理由を言った事があったかな」

 

「いや?」

 

「バイクは危険な乗り物だ。リスクが大きいし、屋根も壁も無いから疲れる。ライダーというものは目に見えるカッコよさに惹かれ、その先にある目に見えない浪漫ってヤツに心を奪われてマシンを駆るのさ。僕もその在り方に憧れ真似をしてみたが、所詮は趣味人の域を脱する事は無かった。ただ今、彼らを駆り立てる衝動の正体を心で理解できた気がするよ。つまりは、最高にイケてるって事だよ」

 

 

 遠回しかつ簡潔に想いを伝えてみると、彼女は少しの照れも見せず胸を張った。それはそうだろう。ウオッカだって解っている筈だ。今の自分の姿がカッコイイ事は。勝負服に着替えた2人は互いに正面から向かい合う。見つめ合うその眼は自らのライバルの堂々たる姿に敬意を抱いているようだった

 

 

「……ふーん。いいんじゃない」

 

「おう、お前もまーまー決まってんな。……ただなスカーレット。一個言っとくぜ」

 

「なに?」

 

「こういうのは後から出たヤツの勝ちなんだよ」

 

「トレーナー!!!どうなのよ!!!」

 

 

 どうもこうもないよ。お料理マンガじゃないんだから先攻後攻でオーディションするとかそういう流れじゃないし。というか今の2人を比べてどっちがいいかなんて考えただけで脳の処理能力の限界を超えて爆発する恐れがある。それにどっちがどっちとかないし、オンリーワンで世界に一つだけの花なのだ

 

 2人を落ち着かせてから染岡さんの方に向き直ると、彼女とスタッフ達も自らの勝負服の出来栄えに感動して静かに涙を流していた。僕が黙って手を差し出すと、彼女も力強く握り返してくる

 

 

「毎度のことながら素晴らしい仕事だ。まさか去年を越える感動は得られないだろうと毎回思いながらあなた方を迎えるけれど、毎度毎度僕の考えが甘いと証明されてしまう。そろそろ加減してくれないと僕の心臓がもちませんな」

 

「プロですから。___ただ、服だけがあってもしょうがない。着るに相応しい者があるからこそ、我々は服を織れるのです。持てる全ての技術を注ぎ込みたくなるような、そんなウマ娘に出会わせてくれるあなた方には感謝してもしきれないのですよ。トレーナー」

 

 

 最後に抱擁を交わし、自分達の仕事を終えた彼女達は速やかに去って行った。それがプロとしての在り方だと言わんばかりの引き際だった。改めて僕は2人の立ち姿を目に焼き付ける。これから何度だって見る機会には恵まれるだろう。ただ、この3人でトレーナー室で。これからの未来に思いを馳せる初々しい時間は二度は来ない

 

 それに彼女達の勝負服姿を独占できるのも今だけだ。スタッフの方々を除けばだけど。ファンとしてはこれ程の喜びはまあ無い。眺めていたい気持ちを抑え、僕は机の上に用意しておいたカメラを手に取った。普段の彼女達の様子を収める為に適当に高価な物を買ってみたが、やはりいいものを使っていると楽しくなるものだ。色々と手を出し、いつしかトレーナー室にはそこそこの機材が揃っていた

 

 

「2人共、写真をいいかな。これから何度だって取材を受ける事になるだろうし、いい予行演習になるだろう?なにより僕が撮らせて欲しいだけなんだけどね」

 

「いいわよ。上手に撮ってよね」

 

「あ、俺のウマホでも撮ってくれよ。かーちゃんに送るから」

 

 

 心を込めてシャッターを押す。最初は一生懸命キメポーズをとっていた2人だが、ネタが切れたのか途中から肩の力が抜けた。そういう自然な感じでも十分絵になるのが彼女達がいかに上手に着こなしているのかを証明していると言える

 

 叶うなら一晩中撮影会と行きたい所だが流石にそうもいかなかった。気持ちを込めすぎて僕の人差し指がへし折れる程の負担がかかったが、心行くまで彼女達の姿を形に残す事が出来た。いつの間にか額に流れていた汗を拭い、僕は大きく息を吐いてカメラを机の上に置いた

 

 

「ありがとう2人共。それじゃあ今日はこの辺りで___」

 

「……ちょっとトレーナー。あんたは一緒に写らなくていいの?」

 

「そうだよな。あんだけ褒めといてよ」

 

「いいんだよ。僕が映り込んだら君達の完成された美しさを乱す。そんなもったい無い事を美の女神様は許さないさ」

 

 

 2人は顔を見合わせたかと思うと揃ってこちらを振り返り、僕の両手をそれぞれが掴んだ。当然程度の力では2人の引っ張る力に対抗できる筈も無く、なすがまま2人の間に割って入る形になった。何も言わずスカーレットとウオッカは自らのウマホを取り出すと自撮りの要領で3人一緒の写真をぱしゃりと撮った

 

 

「神様どうこうとかは知らないわ。___アタシ達がこうしたいの。アンタは?」

 

「そりゃ言うまでも無く。ただ……」

 

「なんか文句あっか?」

 

「……いいや。うん、ありがとう。素直に一緒に写りたいと言うのがちょっと恥ずかしくてね。あとから編集で僕を合成しようかと思ってたんだ」

 

「変に拗らせてるわね……」

 

「ほらまず俺がとってやっから2人並べって」

 

「ありがとウオッカ。後で替わるわ」

 

「うーんなんだか緊張するね。あ、スカーレット。後でこう……腕組みをして僕と背中合わせになるポーズをお願いしていいかな。ウオッカもね」

 

「ほんとに緊張してるの……?からかい甲斐がないんだけど」

 

「これでも胸がどきどきしてるのを誤魔化すのに必死なんだよ」

 

 

 

 ちなみに2人の勝負服姿の写真はA4サイズに引き延ばして額に入れてトレーナー室に飾ってある。3人一緒に写っている写真は僕の私室に飾った。ちなみにトレーナー寮の僕の私室は客間を除きグッズを飾りすぎて人間が快適な生活を送るのに適さなくなっている、とエアグルーヴからは中々に厳しい評価を受けている

 

 しかし僕としてはこれだけのありがたいグッズに囲まれていれば布団を敷くスペースしかない寝室でも超一級ホテルと同じくらいの安らぎを得る事が出来ている。全く問題ない訳さ

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

 しかしまあ本当に素晴らしい。陽もすっかり落ち、学生達はすっかり寝静まったであろう夜半。僕は空になったグラスを机に置き、新たにウイスキーを注ぎながらあの時の感動をもう一度思い返していた

 

 

 新たなウマ娘が勝負服姿を身に纏うのを拝む度に僕は何度だって雷に打たれるような衝撃に見舞われてきた。冗談じゃなく、打たれ過ぎて脳みそが焦げ付いている。その証拠に近頃は彼女達の事で頭がいっぱいだ。焼き付いた情景はこういった何気ない時間を過ごしている時にもふつふつと僕の心を熱くする

 

 

 勝負服とは、魂をデザインに落とし込んだ物だ。力の象徴であり、魅力の具現化であり、遂に夢の種が花開いたのだと僕達に語り掛けてくれるのだ

 

 

「しかし何より素晴らしいのは、それを纏った彼女達が走る姿を見た時に今以上のトキメキを感じられるだろうという事実が待っている事だ。全く怖いくらいだよ。想像しただけで寿命が縮みそうだ」

 

「大和。喋ってないで食べて。片付かない」

 

「レイヴン。そうはいうが僕もうそろそろキツイんだよね」

 

「あなたが始めた物語でしょう」

 

 

 ジャージ姿のホワイトレイヴンはキメ顔で言い放ちながら空になったビール缶を床に置いた。乾いた音が部屋に響き、その横でコンビニ袋に溜まったゴミの数々が照明を浴びて鈍く輝いている。既に普段の食事量の3倍は頑張っているのだが、僕の目の前には未だに堂々と積み上がったコラボ商品の山が存在する。満腹感を誤魔化すため僕はウイスキーを流し込んだ

 

 

 コンビニエンスストアで売られているウマ娘コラボ商品を買って袋に付いているポイントシールを集めて応募すると様々なグッズを入手する事ができる。そういったお祭りが本日早朝から急遽開始されたのだ。徹夜組や買い占め転売を防ぐ為一切の事前告知無く開かれた祭りの報せに、全世界100億のウマ娘を愛する者達が大慌てでコンビニに詰めかけアルバイトの店員さんを憤死一歩手前に追い込んだ

 

 

 まあムーンシャインにも所属するウマ娘に関するグッズを出させて欲しいと依頼が来ている訳だし、トレーナーの立場にある僕達は一応この祭りについては把握していた。報酬としてグッズ一式も事前に頂戴しているので、別に頑張ってポイントを集める必要は無い。彼女達の立ち姿が描かれたエナジードリンクを筆頭に、クリアファイル、マグカップ、お皿や特製ラバーストラップ等々今回のコラボ限定のグッズはどれも素晴らしい品々であり、これらを確実に入手できたのはトレーナーとしての役得だと言わざるを得ない

 

 

 ただしかし。しかしだ。だからといってただグッズを受け取って終わりというのでは1ウマ娘ファンとしての面目が立たない。買って応援こそがファン活だ。という意気込みを持って僕とレイヴンは学園近くのコンビニに突撃し(当然他のチームのトレーナー達も早朝から仕事をほっぽリ出してコンビニに駆けつけた)持てるだけの商品を持って学園へ帰還したという訳だ

 

 

「買い過ぎたわね」

 

「万が一にも売れ残りを発生させる訳にはいかないからね。その心理を逆手に取られた。流石の商売センスだよ彼等は」

 

 

 我々トレーナーが押し寄せるのを読んでいたのだろう。常軌を逸した量の仕入れが僕達を待ち受けていた。廃棄のリスクとか一切考えなかったのかなと心配してしまう程に山積みされた商品を前に僕達は財布と胃袋を投げ捨てた。完売する頃には僕達は己の積載限界までの買い物を終え学園への道を無言で歩き出していた。しかし後悔は無い。無いのだ

 

 

 僕はスプーンを持って本日3つ目になる『ナイスネイチャのナイスなチャーハン』を開封する。香ばしい香りは食欲を誘い、贅沢に突っ込まれた焼き豚が口の中で旨味を放出しスプーンが止まらなくなる。病みつきだ。星10個を進呈したい。ただ一日に2個も3個も食べる物じゃないな。かなり重たい。そもそも1個当たりの内容量が贅沢すぎる。現役運動部員を前提としているのかな?って量だ

 

 

「困ったわね。こういう時お腹を空かせた元気なウマ娘が居てくれないかしら」

 

 

〈ガチャッ〉

                                                                                            

 

「おおーいトレーナーくぅん。愛しの教え子の夜食を用意してくれたまえ……ってなんだなんだこの部屋に漂う強烈な匂いは!?まるで無計画に買い漁ったコンビニ食品を片っ端から開封しながら飲酒をしているかのような不快で危なっかしい香りだよ」

 

「いらっしゃいタキオン。ほらこっち来て座って。夜食ならあるわよ」

 

「やあタキオン、こんばんは。食べ物ならたくさんあるよ。ほら座って座って」

 

「うわぁ……嫌だねぇ酔っ払いは。しかも炭水化物ばかりじゃないか。栄養バランスの大切さを散々私に説いておいていい御身分だねぇ」

 

 

 そう言いながらタキオンはおにぎりを1つ手に取ると包装紙を丁寧に破り、ぱくりと口に放り込む。そして机の上の電気ポッドからインスタントの味噌汁にお湯を注ぎ始めた。その様子をぼーっと眺めながら次のビール缶を取ろうとしたレイヴンの手に、そのインスタント味噌汁のカップを握らせてタキオンはため息をついた

 

 

「見た所、既に健全な飲酒量を超えているようだね。ほら味噌汁を飲んでもう寝たまえ。ラベルを見るにしじみ成分が入っている物らしいから、今のトレーナー君には丁度いいだろう」

 

「なによタキオン、私を厄介な酔っ払い扱い?舐められたものね。このホワイトレイヴン、生まれた時から水と同じだけの量の薬を飲んで来たウマ娘よ。古来よりお酒は薬としても嗜まれていたもの。今更酒程度にどうこうされる程未熟では無い」

 

「うーん正気を失っているねぇ。トレーナー君は顔に出ないから厄介なんだよホント。おいモルモット2号君、なんとかしたまえよ。君の姉だろう」

 

 

 ある意味では姉と言えなくは無いが、そうはいっても今宵は僕自身が存分に飲み倒したい気分だった訳で彼女を飲み相手に呼んだ立場だ。彼女も大人だし、その辺りは自己責任というのが僕と彼女の交わしている約束だ。レイヴンは長い腕をタキオンの身体に絡みつかせて無理やり自分の横に座らせた

 

 

「そも私の世話をするのが君の役目だろうに」

 

「なら既に一人で歩けるか怪しい私を置いてあなたも好き勝手すると言うのね。そうなったら収拾がつかなくなる事くらいあなたの聡明なおつむなら解るはずだけど」

 

「何を人質にとっているんだか……」

 

 

 諦めた様子で気だるげに呟くタキオンに麦茶を注いだグラスを持たせ、缶をこつんと当ててぐいっと飲み干した。見る者が見れば解る程度に目をとろんとさせたレイヴンはその視線を真っすぐにタキオンへと向ける

 

 

「あと何年かすればタキオンとも飲めるわね」

 

「勘弁だよ。アルコールは脳の機能を低下させる。……ただ、そうと解っていても手を出してしまう君達の気持ちを実体験として共有してみたいという欲求はあるけれど」

 

「なんでもいいのよ。2人でどろどろに堕ちて、茹った夢の世界に浸って……。なんだ、これまでと変わらないわね」

 

 

 寄りかかるレイヴンを跳ね除ける事もせずもそもそと食品を片付けるタキオンを見ながら僕もグラスを一杯空にした。うん、いいね。僕の事を忘れて続けて欲しい。しかし教え子と呑む良さは大丸さんや先生が度々自慢げに語ってマウントを取って来たから分かったつもりでいたけど、実際想像してみるととっても楽しそうだ

 

 

 酒は心を溶かす。普段表に出ている感情が取り払われたら、その裏で眠っていた想いが顔を出す。そうした時でないと言い合えない話もあるだろう。今この時を懸命に生きる彼女達の気持ちを分かったつもりでいる僕のような人間に言いたい事も溜まっているだろう

 

 

 いつか彼女達が勢い任せに僕をなじってくれる。その時が楽しみで仕方がない。少々変態チックに聞こえるかもしれないが、とっても優しい彼女達の思いの丈を聞けるのであれば僕にとっては間違いなく喜ばしい出来事だのだから

 

 

 遥かな未来に思いを馳せるのもいいが、しかしやはり今は目先の舞台に向けて腰を据えるべきだろう。差し迫った二つの大きなレースと、そしてそれには出ないけれどしっかり自分達のやるべき事に備えているウマ娘達の事。全てを酒で押し流すのは、せめて年が明けてからにしよう。そう決意してから僕は瓶に手を伸ばすのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ゆっくりとした更新ペースですが、なんとかやってます


どんどん追加された子のストーリーを今更拾えないので、その辺りは後々番外編のような形で回収できたらとおもいますわ


フクキタルの同室、タンホイザさんだったんですのね・・・。あとタンホイザさんのストーリーマジよかったですわ。さらっと登場させてフェードアウトさせたのめちゃくちゃ勿体ないので必ず出番を作りたく思います


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