石を全部突っ込んでキタサンブラックちゃんをお迎えしました
その次はダイヤちゃん
その次はメジロブライトちゃん
もうどうしようもねえほど大赤字ですわよ
字余り
何にだって終わりはある。無限に続く物語など無い。希望に満ちた輝かしい旅立をもって封切られたストーリーというものは(或いはこれ以上ない程どん底に転がり落ちた哀れな負け犬が自らの過ちと向き合う鬱屈とした物語というものは)何れもすべからくオチがつくようになっている。書き手が筆を投げた時を除いて
遥か昔から紡がれる人類史と併走するように無数に存在するウマ娘達の叙事詩も例外では無い。彼女達の物語の多くはレースを中心に形成される。ターフとは誰かの夢が始まり、そして終わる場所なのだ
非情な現実とあやふやな浪漫を混ぜこぜにして出来上がる崇高な物語。彼女達の気持ちを僕のような人間が真の意味で理解してあげられると思うのは、いささか傲慢な考えとも言えるだろう。だが僕達トレーナーはかくありたいと願っている
少しばかりどんよりとした語り出しではあるが、まあそんな重たい気分に浸って何が言いたいかと言うと、別にネガティブな展開を匂わせようなんて気はさらさら無い。輝かしい大活劇は読み手の心を躍らせるような輝かしい締めくくりが相応しいという話だ
年の終わり、12月の最終週に開催される有マ記念は1年を締めくくるGⅠレースである。その舞台に立つのは人気投票で選ばれたウマ娘だ。1年を通して頭角を現した新星、長年の苦労が実を結び表舞台に出る事が叶った夢追い人、世を牽引し続けた速さの象徴。違いはあれど、答えは1つ。『この子の走りを見たい』を想う人々の願いが集まって出来上がる舞台だ
そして人気投票の性質上、ピークを過ぎて引退を発表した有名なウマ娘の有終の美を見たいというファンの想いが作用しやすい。そういう点で、物語の幕が降りる場としての役目を背負う事も多々ある。ただ華々しく勝利で幕を下ろせるウマ娘は少ない。選ばれるウマ娘達は人気だけでなく当然実力も兼ね揃えている。世代交代の現実を叩きつけられるような、衰えを見せつけられるような。そんなレースにもなりかねない
だとしても。だとしてもだ。かつて己の心に火を点けたウマ娘の姿をもう一度大舞台で観たいと思うファンの心に誰が歯止めをかけられようか。全盛期を過ぎたウマ娘に、今の世代を代表する実力者と戦うよう仕向ける。その行為を無慈悲と解りながらもただ人々は最後の輝きを求めるものだ
でも今年のメンツにこのレースを引退と決めている子はいないみたいだし、あまり侘しさは感じない。新世代を常連が迎え撃つ、お祭り感溢れるいいレースになりそうだ。最も、出走表に名前を連ねている誰かさんは本来このレースを走らず引退する筈だったが。それはそうとしても出走表を見るだけで心が躍ってしまうようなギラギラした宝石のようなメンバーが選ばれていた
誰が呼んだかメジロ家4番長距離砲エース、堂々たるレジェンドとなったメジロマックイーンはまだまだ現役最強ステイヤーの座を退くつもりは無い
ミホノブルボンが長い距離に適していないと評価されていた事を知らないファンも多いだろう
しばしの間王冠から遠ざかっているものの、トウカイテイオーは負けを経験する度に力強くなっているのが誰の眼にも明らかだ。彼女の可能性から目を離せない者は多い
サイレンススズカは長距離は得意ではないと言われているもののファンの期待に応える選択を取った。そも彼女は走れるものなら常に走りたいと考える側だし、距離どうこうは意に介していないかもしれない
サイレンススズカと念願の初対決が叶い喜びにはしゃいでいたスペシャルウィークは日本一のウマ娘になるための自分の現在位置を知る機会でもあるこのレースに本気だ
ゴールドシチーの美しさは筆舌に尽くし難く、しかし彼女の人気はその美しさだけで支えられている儚いものではない。確かな実力者として我々の前に姿を現してくれるだろう
マチカネタンホイザはしばらくの間少し体調を崩していたが、GⅡレースで華々しい勝利を上げ復活を示し見事ファンの心を射止めた
マヤノトップガンは僕らでは計り知れない素晴らしいセンスで勝利へ至る道を逆算してみせるだろう
その他現時点で出走が内定しているメンバーも新星、古参、入り乱れ。この時期は彼女達について組まれた特集を肴に飲み明かすのがトレーナー達の過ごし方だ
そして何より今回の有マ記念は我らムーンシャインから過去最大の人数である4人ものメンバーが参戦する。これを祝わずしてなんとするのか。ライスとフクキタルはこれまでも出走の経験はあるが、昨年ケガで辞退する事となったネイチャと満を持してシニア級に挑戦する事になるスカイは初挑戦となる
出走権が確定する前から打ち合わせを進めていた新規限定グッズの発売は有マ開催に間に合わせる手筈が整っているし、ファンクラブのメンバーから抽選で選ばれたファンを応援ツアーにご招待する企画が進行中だ。公式サイトでは年末に出番のある子達を中心にした特集記事や広報動画をアップし、再生数はうなぎのぼりに伸び続けている
さらにさらに、その数日前にはもう1つのGⅠレースが開催される。ジュニア級ウマ娘の中で一定の優秀な成績を残している子だけが出走資格を持つホープフルステークスだ
ホープフルステークスはGⅠレースとして開催されるようになってまだ歴史が浅い。ジュニア中距離最強決定戦の名目で数年前から開催されたものの、当初は開催時期が有マの後ということで『一年最後のGⅠレース』である有マの風情に水を差すという批判的な意見が見え隠れしたりと今一つ盛り上がりに欠ける風潮があった
レースのレギュレーションであったり運営上のやりくりだったり、そこのところ詳しい事情は知らない。コネを伝っていけば多少なりとも思惑を知れるのかもしれないが、興味は無かった。大事なのは今年の開催日は有マより少しだけ早い開催となったという事実だ
今を煌めく最強ウマ娘達の記念レースの前に、これからを背負う世代の最強となりうるウマ娘を決定づけるレースが開催される。注目は十二分に集まっている。ダイワスカーレットとウオッカの対決の舞台としてはもってこいだった
実の所、トリプルティアラを目標とするスカーレットは同時期に開催される阪神JFというレースに出走するのが定石だ。将来的に出走を決めている桜花賞と同じ設定で開催されるレースであるからだ。それでもホープフルステークスへの出走を決めた理由はいくつかある。目立ちたがりの2人の性格を考慮しジュニア級最後のトリを飾る日程であるこちらを優先したという俗な物が1つ
それから外せない理由として、このホープフルステークスは将来的にクラシック路線に挑む予定のウマ娘達が出る。ティアラ路線を行くスカーレットは彼女達と走る機会がこの先しばらく無い。ここで別路線を行くライバル達に実力を示した上でティアラ路線を勝ち抜く事は1番を目指す彼女の株をぐんと上げる___そういった理由になるだろう。少々理想が高すぎるかもしれないが、しかし追い求めるのであれば挑むべきだ
まあもろもろ事情は他所にして
結局の所はお祭りは準備期間が一番楽しい、と偉い人は言った。多分アメリカの大統領とか、それに類するくらい偉い人が言ったのだと思う。レース本番を迎えれば楽しいとかそんなシンプルな言葉で表せるような解りやすい心境で居られるか不安なので、今このお膳立てに全てをかける時間を心から楽しもうと僕は思った。つまり仕事に対するやる気を漲らせていたのであった
「遅くまで精が出るな」
いつの間にトレーナー室にやってきていたのか、珍しく皮肉の混ざっていない挨拶が右手側から囁かれた。言われてみれば既に寮の消灯時間が迫る頃合いだ。既に学園内には一部の職員や見回りを行っている彼女のような生徒くらいしかいないだろう。こんな時間まで仕事に熱中するのは僕としては年に数回あるかないかの珍事ではある
「やぁエアグルーヴ。もう夜も遅い、女の子が歩き回る時間では無いよ」
「ふむ、尤もな指摘だ。なら寮までエスコート願おうか」
僕の肩に手を置く彼女の声には珍しく僕を気づかう気持ちが込められていた。本当の本当に珍しい事に、僕は仕事のし過ぎを咎められているらしかった。普段の厳しい口調の中にも彼女が持つ人の好さを隠しきれないのがエアグルーヴの人格者たる所以ではあるけれど、時折こうして解りやすく優し気な雰囲気を表に出してくる。こういう時は大抵、僕の屁理屈をこねようという気概を削ごうとしているのだ
「君に優しくしてもらえるなら残業も悪くないな、と最近思い始めてきたんだ」
「成程、労うと逆効果と言う事か?」
藪蛇だったかな。肩に置かれた手にぐっと力が込められたのを察し僕は大人しく作業の手を止めた
「夜遅くの作業は身体に悪いし効率が落ちる、普段から自分で言っている事だろうが」
「まあ、たまにはね。身体に溜まった疲労がどんよりとした気分を運んでくるような、こんな寒い夜の方がスムーズに進む作業もある。特に過去に思いを馳せるのであればね」
僕は今ネイチャやスカイ達のこれまでの映像を時間軸に並べてナレーション字幕を入れながらここに至るまでの経緯を2分程のPV風に編集した広報動画を作っていた。その為に引っ張り出してきた過去の映像___彼女達が入学して、ムーンシャインに来たばかりの頃の様子を眺めていると矢のように時間が過ぎていた
練習で疲れ切って、チームハウスのソファーで丸くなって眠るセイウンスカイ
自由気ままな先輩達に翻弄され頭を抱えるナイスネイチャ
今よりずっと小柄で、おどおどしている入学当初のライスシャワー
同期達と無邪気な顔ではしゃぐマチカネフクキタル
「何もかもみな懐かしい。この所、昔を思い出す時間が増えたよ」
「なんだ、老いた苦労人のような台詞を吐くじゃないか」
「そんな事ないさ。まだまだ若さで押していける歳だよ。……とはいえ、今回はいつもより少し忙しいのは確かだ。スカーレットとウオッカの2人から目が離せない。彼女達の晴れ舞台だ、万が一も無く完璧に終えて欲しいからね」
「同感だ。人生初のGⅠ、2人の今後に大きく影響する物になるだろう。……それでトレーナー。貴様はどちらが優位だと見ているんだ?」
「ウオッカ」
僕がすぱっと答えた態度が意外だったのだろうか。彼女はほうっと声を漏らした
「根拠はあるのか?」
「僅かばかりだけどね。スカーレットは近頃体重の増減の調整がとても難しい。食えば増え、抑えれば力が出ない。体質の問題というより、成長期に入っているのかもしれない。ウオッカの方はその辺りが楽だ。大きな問題が無ければ当日はベストパフォーマンスを出せるだろう。言ってしまえば2人の差はこの程度のもので、実際の所ほぼ互角。無論、他の子も誰一人油断はできない実力者揃いだけどね」
「有マの予想はどうだ?」
「さてね。こちらはこちらで、全員が破格の実力者だ。大丸さんやレイヴンと違った視点で僕の所感を語るのであれば……
ネイチャはこの年末に焦点を当ててトレーニングして来た成果が目に見えて良い形になっている。挑戦者の立場でありながらも、自分に自信を持ち始めた。気後れは無いだろう
フクキタルはジャパンカップを集大成と意気込んで全て吐き出したのが響いている。大分頑張ってるけど、そもそも彼女はケガをしてから寒い時の調子が上手く上がらない。後は当日出たとこ勝負。彼女らしいと言ってしまえばそこまでだが
ライスは得意分野の長距離だ。ジャパンカップからの間隔は短いけれど、調整は上手くいっている。正直、色々と入れ込んでいたジャパンカップの時よりすっきりと自然体で臨める分本命と名指ししてもいいくらいだ
さて、スカイは……少し厳しい戦いになるだろう」
「ふふ、言葉とは裏腹に楽しそうに言ってのけるじゃないか」
「彼女にとってはいつものことだからさ。ただ僕が何より楽しみなのは、彼女はこの1年でその悉くを乗り越えて来た。有マ記念は彼女にとって1つの集大成であり、次の舞台への幕開けとなる。果たして彼女がこのレースにどんな課題を持ち、どのような答えを得るのか。ああ、楽しみだとも」
ただ何もかも彼女1人に頑張らせて僕はポップコーンを頬張る観覧者に甘んじるだけというのは何とも不義理だ。サボり仲間であるセイウンスカイが頑張るのであれば、微力ながらも何か1つでも彼女の為になる事をする必要があるだろう。そうしてこそ、偉そうに観客席でふんぞり返って腕組み観戦しても許されるというものなのだから
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ごろんと布団の上で寝返りを打つ。普段は賑やかなトレセン学園もすっかり夜が更けてシンと深く静まり返っている。聞こえて来るのは同室の友人が立てるくぅくぅという呑気な可愛らしい寝息だけ
「五臓六腑に染みわたる……豆板醤の刺激的辛味……!これが中華3000年の深み……!でもわたしは負けないよ……!」
妙に気合の入った寝言が飛んでくるのもいつものことだ。煮えたぎるようなアツアツで激辛の料理が大好きな同室の子と、根っからの猫舌おっとり系であるセイウンスカイはちょっとだけ趣味が合わなかったが仲は良い。ただ今日ばかりはぐっすり眠っている彼女の姿が恨めしく思えた
しっかしまあ、寝付けない。サボらず頑張った昼間のトレーニングのお陰でへとへとだし、寝つきが良くなるというタキオンさん特製のお香も炊いている。その効果は炊いてから十秒くらいで返事が無くなったパートナーの反応を見れば確かだった。だから眠れない訳ないのだ。何度目か解らない深呼吸を終えて、スカイは目を閉じる
何も考えないようにしよう、そう意識すればする程に。決して逃れられない想いが暗闇の奥から追いかけて来る
1年。1年だ。去年のホープフルで同期に差を見せられて、そこからセイウンスカイは皐月賞を、日本ダービーを、菊花賞を。3つのGⅠレースを走り抜けて、その内2つを獲った。上出来、どころか出来すぎ。自分の身の丈とライバル達の将来性を加味して言うなら、100点満点中120点だ。なんなら皐月賞を勝った時点で自分が産まれ持った幸運やらなんやらを使い果たした気がしていた
欲張らない。負けて元々、気負わずに。何度も何度も言い聞かせながら、それでもふつふつと湧き上がる本能に追い立てられるように柄でも無く練習に打ち込み、ホワイトレイヴンの仕事場でもあるタキオンの研究室にたむろしてはデータを前に頭を捻った。そうして1年、彼女は頑張って来た
(でも流石になー……今回はなー……)
負けたくない。もうその気持ちを捨てる事は出来ない。勝つ事の喜びを知れば知る程、それが成せなかった時の喪失感が増していく事も解った。有マ記念の人気投票で自分が選ばれるだろう事は、驕りを差し引いても明白だった。なんせクラシックの2つを獲ったのだから
期待に応えたい。自分の可能性を信じたい。ウマ娘なら、勝負事に関わる者なら誰だってそう思ってしまう。まんまと釣られて踏み込んだのは、場違いな頂上決戦。最初に出走表を見た時はどこか他人事のようなお祭り気分でへらへらしてられたけれど、しばらくして冷静になってみれば血の気が引く感覚がした
え、この面子と走るんです?ほんとに?動揺を分かち合おうと、失礼ながら同じような気分になっていそうなネイチャの下へ走り寄ってみれば
『お、セイちゃんともそういや初手合わせだね。こうなったらお互い手加減無しって感じで!まま、折角の大舞台だし存分に楽しみましょうや』
なんて胸張って清々しく宣戦布告された。嘘でしょ先輩、この間まで抱えてたしっとり感はどこで取り払ったんですか。いつの間にそんなオーラ漂うぴかぴかSSRキャラになったんですか。なんて言える訳も無く無駄に上手になった愛想笑いでその場を切り抜けてしまった。クラスの皆には持てはやされ、ライバル達にも激励されて。そうこうしてるうちに時間だけが飛ぶように過ぎていく。焦りだけが募っていく
晴らせない寂しさに背中を押され、気が付けば枕元のジャージを羽織って部屋を出ていた。月明かりと非常灯に照らされた薄暗い廊下を歩きながら、どうせなら寮長に見つかって派手に叱り飛ばされたら気分も晴れるのに、なんて思いすら浮かんでくる
しかし案外、堂々としていると誰にも会わないものだ。寮の玄関まで来て、気晴らしに走ってやろうかと足のストレッチを開始した所だった
「やぁスカイ。こんばんは。今宵もいい月だね。君もそれに釣られたのかな?」
「……おわぁびっくりした」
呑気な寝惚けたような声にスカイは背筋がびくっと伸びあがる。暖かそうなもこもことした上着を羽織ってよたよたと歩いてきた大和が横に立った
「夜のお散歩を楽しむには少し薄着に見えるね。風邪を引くよ」
「いやぁ、ちょっと走ろうかなぁって」
「足元が見辛い中でのランニングはよくない。それに今日の分のノルマは十二分にこなしていると大丸さんから聞き及んでいるよ。眠れないにしても、歩く以上の運動は見逃せないね」
珍しく押さえつけるような口調でたしなめながら、羽織っていた上着をスカイの肩に乗せた。上着は洗濯したばかりのいい匂いに包まれていて、普段男性が着まわしている事を微塵も感じさせない。そこまで気を遣った癖にその下にあまり着こんでおらず、寒そうな素振りを隠そうと胸を張るサブトレーナーの姿を見て思わず笑ってしまった
「で、私が出歩いてるって誰に聞きました?」
「女神様に呼ばれたのさ。行くべきだとね」
なにそれ、とツッコミを入れた後自然と2人の間に沈黙が流れた。とても月と星が綺麗に見える夜だった。寒いと空気が澄んでいるから星々の光も良く見えるらしいね、と大和が誰ともなしに呟いたのを受けて、成程見上げれば確かに黒々とした夜空は星の光が散りばめられており、数え切れない程の輝きで満ちている。ぼけっと空を見上げながらぶらぶら歩いているスカイは遠慮がちに投げられた言葉に意識を引き戻された
「最近どうかな、スカイ」
「え~?どうもこうも、ご存じの通り呑気にやらせてもらってますよ。むしろ大和さんは最近張り切ってるね。有マもホープフルもあるし、それでやる気満々って感じ?」
なんか眠れなくって、と素直に相談するのもなんともやりにくいので適当に質問を押し返した。ふむ、と顎をこするように手を当てて大和は視線を空に上げた
「そうだね、近頃は忙殺の日々だ。しかし苦しさは感じないよ。スカーレットとウオッカにようやく存分にぶつかり合える場を用意してあげられたし、2人が最大限楽しめるよう下準備をする時間はとても楽しい
そして今回の有マ記念は、僕にとってこれまでにない特別な物になっている。僕がずっと見て来た、チームの大切な仲間が4人も選ばれた。これがどれ程誇らしいことかを言葉にするのは……難しいな
例えるなら、この夜空に浮かぶ星々。どれもみな美しく輝いていて同じ物は二つと無い。学の無い僕は星の名に疎いが、ただこの中から特別美しく感じるものを選べと言われたら強く明るく輝く星を選ぶだろう。有マ記念に選ばれるウマ娘というのは、そういう事だ
そうして選ばれた君達が走るこのレースは、僕のようなミーハーの心をどうしようも無く躍らせてくれる。……ただ、少し怖くもある」
「怖い?」
「いささか傍観者気分でありすぎる。君達にとっては遊びでは無いのに、僕はまるでそれを解ってないようだ。君達に寄り添うと口では言いながら、どこか他人事と割り切り浮かれてしまっている。自分の愚かしさに呆れるよ。君の事をちゃんと見ていなかった」
真っすぐと目と目が向かい合う。聞きたい事は暗に伝わって来た
「ん。私もちょっと……怖い、かもです」
するりと言葉が出た。無意識に返事をしたが、それが自分の本心な気がした。そうか、怖いのか。言葉にできた事でもやもやした気持ちを呑み込む事が出来た。隣を歩く大和は前を向いたまま小さく頷きこちらの話の腰を折らないよう黙っている
「データ見れば見る程、貧弱な私と他の諸先輩方との差はありありと浮かび上がってくる訳で。そんな数字だけを並べてみれば勝てなくて当たり前だ。それをひっくり返してやるのが一興だって燃えてる自分と……ただ差を見せられるだけになるんじゃないかって、怖がってる私もいる」
「大丈夫さ」
「……えぇー?なんか無責任じゃない?」
「失敬、適当に聞こえたかな。でも本心さ。僕はあまり心配していない。確かに勝敗に関しては一筋縄ではいかないだろう。身内に限っても、ライスは逃げウマ娘を追いかけ続けてここまで来たような子だし、リベンジに燃え策略を巡らすネイチャは君に近いタイプだ。両者とも間違いなく強大な壁になるだろう。しかも君と戦える事を本当に楽しみにしてるし」
「恐ろしい……。あれ、フクちゃん先輩は?」
「どうかな。あの子のレースはいっつもよく解らない。あの子自身もよく解ってないし尚更だ。ただ、堂々と胸張って待っていてあげたら、なんか気持ちよく走れるらしい。だから僕はそうしているし、それしかできないとも言える。それを除いても僕は心配していないよ。君は強いウマ娘だからね」
大和さんの考える私の強さってなんですか?セイウンスカイがそう尋ねると、彼は歩みを止めた。寒いだろうに、自信たっぷりな態度を崩さずにスカイの眼を真っすぐに覗き込む
「負けてもしょうがない、そう思わずにはいられない程の強者が出揃うレースでも君は諦めず立ち向かう。闇雲に勢い任せで突っ込んでいくのでは無い。レースが始まる以前から行われる入念な仕込み、ライバルのデータ収集、人目に付かない所でコツコツと積み重ねた努力。それらによって得た確かな勝算を引っ提げてターフに立つ」
走るのは好き。しんどいのは嫌い。当たり前の事だ。でも勝ちたい。勝手なことだけど。どんどん切れ味を増していくライバル達はとっくに自分の先を行っている。それでもなんとか一足お先に逃げ出して、カッコ悪くても王冠を拾ってどんでん返しを決めてやりたいのだ。デビューした時からここに至るまで、スカイの中で変わらない想いだ
「君は逃げるが、投げ出さない。自分の欠点すら強みに変えて前に進む。その強さが僕は好きだ。無論、僕以外の多くの人もね」
「……ふーん、そういう風に評価してくれるんだ。サブトレさんは」
しばらくの沈黙の後小さく囁かれたありがとうという言葉がふわりと吹いた冬の冷たい夜風に巻かれて消えて行った。照れ屋な彼女が素直に口にした想いに対して聞き返すなんて野暮な事はせず、大和は静かな散歩を楽しんだ。相談らしい相談も無く、故に解決も無く。2人が互いの想いを口にしただけのとりとめもない時間
しかしスカイにとっては有意義な時間だった。どれだけサボリ屋を演じても、二冠となれば注目は集まる。特に有マ出走が決まってからは同級生や先輩後輩、会う人全てから激励を受けた。感じているちょっとした不安を吐き出す機会の無いまま過ごす日々で無意識に溜まっていた小さなストレスを吐き出す事ができた
少しだけすっきりしたスカイは嗅ぎなれない洗剤の匂いをふわりと漂わせる温かな上着に包まれながら、心地よい眠気が押し寄せて来るのを感じていた
ゆっくりと寮の周りを歩いてから再び玄関に戻るまで10分とかかっていないだろう。だというのに入口の横に人影が1つ。2人は揃って木陰に身を隠した。美浦寮を統べる寮長、ヒシアマゾンが上着を羽織り壁にもたれかかるようにしてそこに居た
「……わー、どうしよっかな」
「ふむ。大丈夫だスカイ。僕に良い案がある。さりげなく引き付けておくから、君は部屋へ戻るといい」
そう言うと止める間もなくするりと身を出して歩いて行く大和の背に、いやあなたが行った時点で私が抜け出したのがほぼ確定なんですが……と言おうとしたスカイは仕方なくタイミングを計る為息を殺して身を屈めた
「やあ寮長殿。こんな夜分にどうしたのかな」
「よう、ムーンシャインのサブトレさん。そっちこそこんな夜中にどうしたんだい?担当と夜遊びってんなら、もうとっくに門限は過ぎてる。見過ごせないね」
「……ふむ。そういうのではないよ。ただほら、今日は良い月が出ている。釣られてふらふら出歩いてきたんだが、なんと地上にも空に浮かぶ月に負けず劣らず、美しい輝きを放つ何かがあるじゃないか。はて月が地上に落っこちて来たかと思ってたまらずここまで確かめに来た訳だよ」
「ほーん」
冷たい視線が大和を下から見上げた。困ったように腕を組んで考え込んだ大和はポンと手を叩いて
「立ち話もなんだし、これから一杯どうかな?アマさん」
「アタシ未成年なんだけど」
「タイマンは君の得意とする所だろう?」
「タイマンって言葉に無意識に反応するbotか何かだと思われてんのかねアタシは」
「botとか口にするアマさんは解釈違いだね……いや、失礼。様々な個性を持つ生徒達を見守る寮長たるもの、様々な分野に造詣が深いのも当然という訳か。恐れ入ったよアマさん」
「アンタの口が良く回る時は疑うべきって習慣がついてんだよねこっちは」
大和が軽くあしらわれている隙を突き、覚悟を決めたらしいスカイは抜き足差し足を絵に描いたような歩き方でヒシアマゾンの背後をゆっくりと通り過ぎようと試みていた。呆れたように空を見上げているヒシアマゾンは背後の気配をどうしたものかと溜息を付き、腰に手を当てて大和を睨みつけた
「保護者同伴でもルールはルールだ。例外を作っちゃ示しがつかない。……とはいえ、事情があるのは解ってる。最近元気無い感じもしてたからね。だから今回はアンタがキチンと指導するってんならそれに預けて、アタシはもう何も言わないでおくよ」
「申し訳ない。今後君に迷惑をかけないようしっかりお願いしておくよ」
ならよし、と笑って振り返ったヒシアマゾンはスカイのお尻をバシっと軽く叩き、すたすたと自分の部屋へと歩いて行った。残された2人は顔を合わせて説教を免れたらしい事に安堵すると、そのまま手を振って別れた
部屋に戻ったスカイは、こちらに背中を向けるようにして眠っているルームメイトに目をやる。その枕元には先程まで無かったウマホが転がっている。やれやれ、と小さくため息をついてスカイはぼふっとベッドに倒れ込む
「……お節介ありがと」
スカイの投げ出すような謝礼の言葉に、わざとらしい寝息を立てているルームメイトは返事替わりに小さく尻尾を振って応えた
更新遅くて申し訳ナイスネイチャ
毎日ちょっと書いてはうーん……ってなってお酒に逃げて寝る、みたいな感じになってきました
締めを意識すると筆が重くなりますわね
気軽にどんどんぶっこんでいきますので、よろしくですわぁ!!!!