プリティダービーに花束を(本編完結)   作:ばんぶー

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春はウマ娘達の誕生日が立て続けですわね



わたくし毎度毎度ケーキを買ってお祝いしておりますの



当然1人です。ええ、1人です





寂しき春の夜からお送り致しますホープフルステークス回も今回と次でお終いです




もうしばらくお付き合い願います


希望の星に魅入られた者

 

『さあ会場の入りはほぼ満席!そうでしょうとも見たいでしょうとも!今年デビューのウマ娘達、世代を代表するメンバーによる大舞台!クラシックへの道標、芝2000mのレースに挑むのはジュニア世代を代表する磨きあがった宝石達。さあ、輝かしいウマ娘達が入場して来ます。初披露となる各々の勝負服にもご注目!

 

 16番人気、エッジトロン!歓声を持って迎えてあげて下さい!ケガで出走が危ぶまれましたが、直前の検査でも問題無しの太鼓判!今日は良き走りが期待できるでしょう!続いて15番人気___』

 

 

 歓声の渦に乗り流れて来る音声が1人ずつ姿を現すウマ娘達に合わせ紹介を始めた。いつの間にか空を見上げぼーっと考えにふけっていた僕は、誰も見ていないだろうに1つ咳払いをしてその無様を誤魔化した

 

 

 馴染の無い関係者用の席は重たい熱気が立ち込めていて妙に息苦しい。拷問器具かと錯覚する程堅く無機質でまったく身を預けるに値しない角ばった椅子の上ではおちおちくつろぐ事もできやしない。この居心地の悪さは運命に挑むウマ娘達が感じるストレスを共感しろという主催者側の意志が作用しているのかもしれない

 

 

 

『9番人気、ササノハホレット!芝に溶け込む緑の勝負服!常識破りの追込み戦法は吉と出るか凶と出るか!』

 

『8番人気、バンブルエース!チーム・ストライダーズにとっては初のGⅠ挑戦権を得たウマ娘!しかし参加するだけで満足することなどない、と強気な発言に期待も高まります!』

 

 

 担当のウマ娘が姿を現す度に誰かが立ち上がり、そして再び静かに席へ腰を下ろす。ここに来て我々にできる事など何も無い。ただ慌てふためくか、しかめっ面で胸を張るくらいか。流石の僕もこの席で一杯やる度胸は無いし、話し相手もいない。いや、一応知り合いは何人かいるのだけど

 

 

 例えばホープスペンサーのトレーナーである嵐山女史はファルコ氏のマネージャー……もといトレーナーであり面識はある。だけれどもさっき挨拶しに行ったら完全に上の空で緊張と疲労でゾンビ化していた。その他のトレーナーの方々も似たようなものである。年末だからしょうがないかもだけど皆疲れすぎで見ていて心配になる

 

 

 見かねて先程スタッフの方々が関係者席に座るトレーナー達に栄養剤を差し入れて下さったぐらいだ。それを飲みながら机にしがみつくようにして座り姿勢を保っていた面々も、本番が近付く度に背筋が伸びて来る。そもそもの疲労も今日のこのレースに向けての努力を重ねたせいなのだ。開始を目前にして、意志が体力を凌駕するのは当然の道理である

 

 

『7番人気、ドコフクカゼ。今日も風を掴んで一気に前へ!』

 

『6番人気、シマカゼ!波に乗った時の強さは計り知れません!』

 

『5番人気、ホープスペンサー!期待の短距離番長が中距離の舞台へ再挑戦!』

 

 

 僕達は研ぎ澄ませてきた。磨き上げて来た。積み重ねて来た。二人三脚、1つとなって進んできた。ここに来て片割れである僕達は舞台袖だが、心は共にあれると信じている。その証拠に観客席に手を振る彼女達は愛想の良いアイドルのような華やかさだけを見せ、こちらを向く瞬間だけ抱えている感情を素直に顔に浮かばせてくれるのだ

 

 紹介を受けて姿を現したスペンサーもほんの一瞬不安そうな顔を自らのトレーナーの方へ向けたが、すぐさま奮い立って力強くゲートの方へ歩き出した。自分が1人きりではないという事を再認識したのだろう。ただ顔を合わせるだけでそう思わせる事ができる程の絆が2人の間にあるというのは素晴らしい

 

 

『4番人気!ダークネスシュガー!甘くは無いその走りが今日も炸裂する予感です!ゴスロリ風の勝負服は姉であるメタリックシュガーと色違いとの事です!』

 

『3番人気!あなたも私も素晴らしき日に!ユーミースプレンディッドは今日もご機嫌!スキップ混じりでの登場です!』

 

 

 鼻高々になるのを咎めないで欲しい。生涯自慢できる瞬間だろう

 

 

『2番人気には赤いツインテールに青い勝負服!宝石顔負け、鮮烈な美しさを誇るダイワスカーレット!ここまで3戦全勝!全てがスタートからゴールまで先頭を譲らぬ圧倒的実力を見せつけています!』

 

 

『そして本日1番人気ィ!黒い勝負服に身を包み颯爽登場!ウオッカがその姿を見せてくれました!』

 

 

 

 当日朝から行われるファンの勝利予想の結果を受けての人気順位では僅差ながらウオッカが1番となった。それを聞いてもスカーレットはフンと鼻を鳴らし、「結果で証明するだけよ」と静かに冷静に言い放ち強く笑った。その後ウオッカに煽られて噴火したけど

 

 

 だがしかし、ちょっとできすぎなくらいだ。GⅠレースで1番人気と2番人気を総取り。いや間近で見ている僕からすればこれは当然っちゃ当然なのだけどここまでうまく回ると素晴らしく高揚する。感極まって静かに涙を流す僕を遠目で見てウオッカとスカーレットが少し呆れているのが解った

 

 

「ウチの子があんなに大きくなって……」

 

 

 僕が静かにそう呟くと他のトレーナー達も静かに頷いているのが横目で見えた。子ども扱いすんなよオイ、という視線が1番人気のウマ娘から飛んできた。耳が良いんだからホント

 

 

 

____________________

 

 

 

 父親に連れて来られた小さな男の子は体力の限界を迎え少しうとうととしていた。初めてのレース場の雰囲気に興奮し朝から騒ぎすぎたのと、先程やっとありつけた遅めのお昼ご飯の両方が眠気を運んで来ていた

 

 が、普段からは想像できない程に興奮した父親の絶叫に叩き起こされて飛び上がった。何事かと辺りを見渡すと、さっきまでとは周りの空気がまるで違っている

 

 刈り込まれた芝を日差しが白く輝かせ、レース場にまるで雪が積もっているかのような錯覚を彼に与えた。その上を歩いているウマ娘達はさっきまで走っていた子達とは違い色とりどりの服で着飾っている。ただ可愛いだけでなく、その子達がとっても強いウマ娘であることが一目で解った

 

 しばらく呑み込まれるように口を開けながら前を見ていた彼は、涙を流しながら立ち尽くす父親から双眼鏡を借り受ける事に成功した

 

 

 

 注目を集めるウマ娘達はパドックでのお披露目を終えてゲートの傍で最後の調整に入っている

 

 調整、と言ってもここまでくれば出来ることなど何もない。黙って何も考えずゲートに入るのが最も賢いと言える。余計な駆け引きを仕掛けたり、相手を見て急に作戦を変えたりなど愚の骨頂。平静こそが全て。……と指導するのがジュニア級のウマ娘達に対しては適切とされている

 

 

 経験の浅いウマ娘に対し話術を尽くしての心理戦をレース直前、或いはレース中に仕掛けるのは大変効果的だ。しかしそれを行う側も経験が浅いこの場合、集中力を乱し力を出し切れないという結果に陥りやすい。不安定な妨害よりしっかりと自分の力を出し切る事を優先させるのはリスクを減らし育成に重きを置いた王道の方針だ

 

 

「ダイワスカーレットさぁん。今日はお手柔らかに」

 

「あら、バンブルさん。こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 

 だからバンブルエースが仕掛けに行ったのは、完全に独断によるものである。背の高いひょろりとした身体に薄い金髪をばさつかせ、年相応の可愛らしい顔にはとても似合わないニタニタとした薄ら笑いを浮かべている

 

 胸を借りるつもりで行け、などと言うトレーナーのアドバイスなど知ったこっちゃない。彼女は自分がベストを尽くした所でこのレースで勝利を挙げる事など___ひいてはこの澄ました優等生に一発かます事など到底不可能だと理解していたからだ

 

 今まで皆からちやほやされてきたような甘ちゃんの集中力を少しでも乱してやる、と意気込んでいるバンブルの対面にいるニコニコ笑顔のスカーレットの内心をバンブルは全く読めていない

 

 

「……おやまぁ。期待の『2番』人気さんが私なんかの名前を知ってたとは」

 

「ええ、当然。一緒に走るライバルだもの、しっかり研究させてもらっているわ」

 

「へぇ。それは独学で?まあでしょうね。おたくのトレーナーさん、はみ出し者の落ちこぼれだって噂ですし。ああ、トレーナーさんというよりそちらのチームさんがそういう方針なんでしたっけ?……正直不思議だったんですけど、なんでスカーレットさんみたいな真面目さんがあんなチームにいるんですかぁ?弱味でも握られてます?」

 

「ふーん___面白みのない喧嘩の売り方すんのね、あんた」

 

「……はぁん?」

 

「そりゃまあ気になるでしょ。サボってばっかのトレーナーに、遊んでばっかの先輩達。普段あれだけ優等生やってるアタシが場違いに見えるんでしょ?そんなの誰だって引っかかる当然のポイントだし、もう100回は聞かれたわよ。ね、わざわざ台詞仕込んでくるんなら、もっとこっちの身構えてこないトコから刺してきなさいよ」

 

 

 スカーレットの笑顔は学園で見る時と変わらない。優しそうで爽やかで、影の見えない明るい顔。だというのに突然口調が豹変している違和感に気付くのが一瞬遅れた。即ち油断であり、その落差がバンブルの精神を揺さぶった。そしてその動揺を見逃してあげるほどスカーレットは寛大では無かった

 

 

「まあ、ウチのトレーナーが色々言われるのはよく解るわ。ほんっとだらしないのは疑いようも無い事実だし。もうちょっと真面目に振る舞ってくれた方がいいってアタシも思うもの。でもトレーナーは色々とイイコト教えてくれるの。例えばそうね、レース直前に話しかけて来るヤツは、アタシと仲良くしたいか、ビビッてるか。そのどちらかだって」

 

 

 ぐいっと顔を近づけて来る。バンブルだけが認識できる範囲で、スカーレットの眼がすっとつり上がった。切り裂くように絞られた瞳の中に入り込む陽の光が赤い警告灯のように明滅する。愛想の欠片も混じっていない冷え切った声が歓声の隙間を切り裂いた

 

 

「『ダイワスカーレット』がそんなに怖いの?」

 

「___っ」

 

「あら、違ったかしら?じゃあアタシと仲良くしたいって思ってくれてるのね!よかったわ、あたしもずっとそう思ってたから」

 

 

 いつの間にか胸の前で握りしめていた手が柔らかく、しかし迅速な動きで掴まれ無理やり両手での握手の体勢に持ち込まれる。戸惑うバンブルに反し先程までの爽やかな笑顔を取り戻したスカーレットが興味を失ったように離れていく

 

 

 スカーレットはバンブルエースが今までの出走レースでこういった仕掛けを行っていた事は小耳に挟んでいた。事情まではあずかり知らないし、別に挑発行為を咎める気などさらさらない。それがバンブルエースの戦い方だというのなら好きにすればいい。スカーレットは皮肉抜きでそう思っていた。証拠にスカーレットの心の内にはさざなみ1つ立っておらず、数歩も歩けばその心は先程までの闘志と緊張が釣り合った丁度よい状態にまで戻っていた

 

 

 

 一方踵を返したスカーレットの背を見やるバンブルはささくれ立つ心を持て余していた。苛立ち交じりでつま先を芝に突き立てながら息を整えるバンブルの下に、なんてこと無さそうな態度で歩み寄って来たウオッカが声をかけた

 

 

 

「よ、バンブルエース。悪くねー口上だったぜ。だから下向くなよ」

 

「……一応あなたのトレーナーの悪口でもあるんですけどぉ?」

 

「意外と面と向かって言ってくるヤツいねーのよ。皆スカーレットの短気にビビってんだな。その点、気合入ってるよお前は。でもまぁ、前ばっか見てっと___後ろから噛みつくぜ」

 

 

 すれ違うように歩み寄りながら肩に手を置くと、瞳を刃のように細めながら薄く笑って静かに言い放ってウオッカは軽やかにゲート前へ歩いて行く。言い返す言葉は見つからずとも、バンブルは下を向かずその背を強く睨みつけた。唇を噛みながら上を向き、そしてゆっくりと息を吐く

 

 

(まあ、そこまでちょろくはないですよねぇお2人さん。はー……しんどいしんどい)

 

 

 勝ち目がない、とは思っていない。ただそれが非常に薄いのは解っている。周りを見れば既に気圧されたのか俯いているウマ娘の姿もちらほら見られる。バンブル自身も出走メンバーとこうして芝の上で顔を合わせじっくり間近で見て、少なくとも5人は自分より明らかに実力が上の者がいると瞬時に悟った。他のメンツに至っても良くて五分か、少し自分が有利かもと思える程度だ

 

 

 上位入着は絶望的。どころか下手すれば最下位もありうる。これまでのレースでここまで不利を感じる状況は無かった。だがそれでもバンブルは澄ました顔でゲートの前に立った。高い壁だと理解した上で準備をしてきた。再認識しただけの事だ

 

 

 ふと横を見ればさっきまで俯いていたウマ娘達も覚悟を決めた顔付で並んでいる。バンブルはフンと鼻息を吐くと、浮かびあがる様々な憂いを全て振り払った

 

 

 自信があろうとなかろうと。勝利を目指してひた走り、辿り着いたがこの舞台。やらねばならない。自分がウマ娘として積み上げて来た全てを燃やすべきは今なのだと各々の本能が囁いている

 

 

 ゲートに入る。息を吸う。視界が点に収束する

 

 

 冷静に研ぎ澄まされていく者、荒々しく昂って行く者。緊張で焼け付く喉でなんとか息を整えようとする者。誰しもに平等にスタートの時は訪れる

 

 

 

 

 

 

 

「「「____________」」」

 

 

 

 

 

 

〈バンッ!!!〉

 

 

 

『さあ今幕が開く!僅かに出遅れたシマカゼを除き団子となって先頭争い!先頭を抑えたのは___ダイワスカーレット!いやすぐさまドコフクカゼ、ユーミースプレンディッドが前へ!続いてホープスペンサー、クロバドリア。ウオッカはかなり後方の位置でのスタートとなりました

 

 

 第1コーナーを回って先頭から最後尾までおおよそ10バ身。しかし先頭争いは激しい!入れ替わり立ち代わり!しかしどうでしょうかこれは、ダイワスカーレットを抑えるように競い合っているようです!』

 

 

(先頭を抑えるんじゃい!)

 

(楽はさせない!)

 

 

 ダイワスカーレットを逃げさせない。その作戦を選んだ数名のウマ娘達は多少のスタミナを放り捨ててでも先頭を抑えに行った訳だが、その作戦は悪いものではないようだった。証拠に苛立たし気なスカーレットの息遣いを耳で捉えたドコフクカゼは手ごたえを感じながらペースを維持する

 

 

___息遣い1つ、フェイントには充分。聴覚に優れている君達ウマ娘の間だからこそ成立する小技だ

 

 

 呼吸を乱し舌打ち1つ混ぜるだけで周囲に苛立っている印象を与える事ができる。特に注目を集めているスカーレットだからこそ成立するアピール。わざとらしい妨害行為は好きじゃないが、こうしてまとわりつかれるであろうことを承知の上で用意した作戦を実行する事に躊躇いは無い

 

 

(抑え込んで苛立たせて、最後まで差をつけさせなければ___)

 

 

 そうすれば五分の勝負ができる。そう考えたバンブルエースは体力の消耗が予定以上である事に気付く。しかしもう止められない。今更指針は変えられない。気を抜くとスカーレットの気配が前へ出ようとする

 

 蓋をしているメンツをもろとも押し上げながら堂々と走るスカーレットは一番窮屈な筈だが、本人は苦しさを感じてはいない。むしろ闘争心を煽られるこの状況を楽しんですらいる

 

 レースは中盤までかなり速いペースで進行する。スカーレットが押し上げたペースに釣られ前へ出た面々がどんどん追い立てられる形になり、追いかけるウマ娘達もそれを見て加速する。だが後ろから押され続けたウマ娘達の息はとても最後まで続きそうには無かった

 

 自分達の息遣いで聴覚はいっぱいになり、既に抑え込まないといけない相手の状況に気を配る余裕は無くなった。そんな前の様子を見てスカーレットがふっと息を吐きながら力強く身体を前に出した

 

 

『第3コーナーを周った所で遂に先頭がダイワスカーレット!続くことができない先頭集団がずるずると落ちていく!さて後方からは仕掛け処を待っていたウマ娘達が地を蹴り上げ追走を開始!このまま終わってしまうのか!いいやそうはさせない!1番人気のウオッカが外から回って良い位置にいる!』

 

 

___ウオッカ、最後まで惑わされるな。君の走りを貫け。前がどれだけごちゃっても君が差し込むタイミングは揺らがない

 

 

 最初の対決、選抜レースを思い起こさせるようなスパートだった。じわじわと差を詰め、ウオッカはため込んだ闘志を徐々に表に出していく。吸い込んだ空気から取り出した酸素を全身に回し、ぐっと縮めた筋肉でエネルギーを圧縮して爆発させる。高速で回転を始める両足が大地を蹴りつけウオッカの身体をぐんぐんと前へ押し出した

 

 

『ホープスペンサーが2番手につけます!後方から追いついたユーミースプレンディッドが僅かにそれに並ぶ!しかしその外からウオッカが追い上げ、あっという間に追い抜いた!ぐんぐんと飛ばすダイワスカーレットに遥かに勝るペースで飛んでくる!その差は2バ身___1バ身!』

 

 

 

 そうして最後の1ハロン。風に流れる髪が紅い残像のように見える程の鮮やかな走りで先頭を行くスカーレットを遂に捉えた。ウオッカが振り絞る一歩がスカーレットの前に己の身体を突っ込ませ、観客席が爆発する。これまで誰にも咎められなかったスカーレットの最終直線に対し、これまで誰にも逃げ切りを許さなかったウオッカの末脚が斬りかかる

 

 

 観る者のテンションが最高潮に達する瞬間、同じく最高潮に達していたウオッカに対し

 

 

___ここまでで、スカーレット。君についてこれる者は僅かだ。それらを抑えながら最後の瞬間まで先頭を維持し続けたとしてもコンマ1秒の隙を突いてくる。ウオッカはそういう相手だ。だから、追わせるな。最後は君が追いかけろ

 

 

 スカーレットは全力で稼働していたエンジンを一瞬だけ止めた。すう、と余裕たっぷりの息を入れる。用意された隙を予定調和で狙い撃ったウオッカが鼻先だけ先頭に飛び出す

 

 

___一度、ウオッカを前に出していい

 

 

(俺が前ッ!ゴールまで後は___まだ、これだけあるのか!?)

 

(なーに呆けてんのよっ!!)

 

 

 スカーレットを差し切ってゴール。ウオッカが描いた理想の絵図であり、現実的に最も1着に近いビジョンだった。しかしそれに意識を割きすぎたあまりに産まれた一瞬の空白。ダイワスカーレットが勝負を仕掛けるだけの猶予がそこに残っていた

 

 

___ウオッカ。スカーレットは必ず最後まで食らいついて来る。最後までだ

 

 

(んなもん、解ってたよ!)

 

 

 

『先頭はウオッカ!しかしダイワスカーレットがもう一度!今度はダイワスカーレットが差し返す!限界知らずの再加速だ!完全に並ぶ!大接戦だ!これはどうだ!どうなんだ!完全に並んでのゴールイン!3着はホープスペンサー!4着にはユーミースプレンディッド!』

 

 

 ゴールラインに並ぶレース名の描かれた看板の前を紅と黒の二つの影が駆け抜けた。場内の歓声は賞賛と戸惑いを混ぜこぜにしながらさ迷う。2人は同じペースで減速し、そうして同じタイミングで脚を止めた

 

 

「はぁっ……。中々、やるじゃねーか」

 

「ふうっ……アンタもね。想定以上だったわ」

 

 

 燃え尽きた、とまではいかないものの流石に全てを出し尽くした様な疲労感は否めない。だが悪いものでは無い。これまでのレースでは感じない程の消耗具合から自分達が過去最高の走りをしたのだという実感を得ることが出来るからだ

 

 

 走り終えた他のウマ娘達も、勝者がどちらなのかが確定するまで何も言わず2人の様子を遠巻きにしながら思い思いに佇んでいる。2人はどちらともなく手を差し出し、握り合った。勝敗が確定しないからこそ、相手との勝負を楽しめた事への喜びだけが満ちていた。場内のざわめきはそんな爽やかなスポーツマンシップ溢れる光景に歓喜した

 

 しばしの間無言で相手の顔を見つめた後、噛みしめるように微笑みながらスカーレットが口を開いた

 

 

「___ま。いつでもリベンジしてきなさい」

 

「は?そりゃこっちのセリフなんだが?」

 

「はぁん???」

 

 

 勝敗は確定していない。まあとはいえ勝ったのは自分だろうという自信があったし、相手がそういう態度をとっていれば見過ごす訳にはいかない。爽やかさなどどこ吹く風、2人は握り合った手に怒りのパワーを込めながらぐいっと顔を近づけた

 

 

 メンチを切り合う様子は当然カットできる筈も無く場内モニターで映し出されているのだが当の2人は気付いていない。それでもスカーレットが無意識下でいつもの優等生じみた笑顔をギリギリ維持していたのは流石である

 

 

 

「最後は!完全に!アタシが前だったでしょうが!」

 

「何言ってんだよへばって落ちてっただろうが!」

 

「だぁれがへばってたのよアレも作戦よアンタはバカみたいに釣られて前出てキョドってたでしょうが!!!」

 

「うっせバーカバーカ!!!!俺の勝ち!!!!俺の勝ちだよなトレーナー!!!!!」

 

「あちょっ、ずるいわよ!ちょっとトレーナー!ちゃんと見てたんでしょ!!!?アタシよね!!!???」

 

 

 2人が手を振り回しながら関係者席の方を向く。カメラもそっちを写す。外面の良さには定評のあるトレーナーは落ち着いた微笑みで手を振り返している。ウマ娘ではない彼はこの距離から2人の声を聞き取れないだろうが、言いたい事もすっかり理解したしたり顔だ

 

 

 

「___」

 

 

 

 その口が動く。ウオッカもスカーレットも読唇術の覚えは無かったし当然声も歓声に紛れて届く筈も無い。それに続いて彼がすっと指を1本立てたのとほぼ同時、掲示板がバッと光って会場に割れんばかりの歓声が鳴り響いた

 

 

 

 

 

『___判定が出ました!1着にはダイワスカーレット!ジュニア最後のGⅠを制したのはダイワスカーレット!』

 

 

 

 

 

 

 

 





ホープフルステークスに名前が変わる前のレースをアグネスタキオンも勝っているんですね。色々調べていてそれを知った時にちょっと感動しました


このお話ではあまりタキオンさんとスカーレットの絡みを書いていませんが、個人的にはかなり好きなので公式でガンガン出して行って欲しいですね。イベントストーリーとかで見たいです





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