プリティダービーに花束を(本編完結)   作:ばんぶー

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真夏のシーズンに真冬のお話書くのって



なんか頭がバグりそうになっちゃいますわね



どうしてこんなことになったんでしょう……



更新ペースが遅いからですわ……




あと先週キャンプ行きましたが暑すぎて溶けました……





字余り


あといくつ寝れば

 

 

 ウマ娘は人間に比べずっと寒さに強い。真冬でも屋外で走り回る事への抵抗が無く、むしろ炎天下より真冬のレースの方がコンディションを整えやすいというウマ娘も少なくない

 

 

 真っ白な陽の光がすっかり葉の落ち切った木々の間を抜け、刺すような鋭い冷気をキラキラと輝かせる。氷点下に近い気温に身を縮こまらせることも無くエアグルーヴは白い吐息を残しながら学園の小道を行く。息を吸うごとに身体の中に済んだ空気が循環し眠気が外へ押し出されていくような清々しい朝に彼女の心は僅かに高鳴った

 

 

 

「……なんとまぁ酷い匂いだな」

 

 

 

 そんな彼女の爽やかな心はチームハウスのドアを開けると同時に澱んでしまう。お酒と焼肉の煙の匂いとその他健康に悪そうなものの匂いが混ざり合いエアグルーヴの敏感な嗅覚に喧嘩を売ったのだ

 

 こめかみに青筋を立てる羽目になったエアグルーヴはそれでも大声を荒げるのを抑え、ソファに盛られた毛布の山を手で揺らす。数秒程して中からうめき声と共に大和が這い出して来る。エアグルーヴが言葉を投げかける前に、彼は手をぶんぶん振り回しながら弱々しくも意気揚々と声を張り上げた

 

 

「オッケー、仮眠は終わり!もう一軒だね!」

 

「やかましい。朝だ」

 

「朝なのか……」

 

 

 呆然、としている彼が拳を振り上げたままそのまま床に滑り落ちていくのを眺めるエアグルーヴの視線にはもう何か怒りとかそういうのは無かった。慣れっこだし、今更何言ってもしょうがないだろうという達観。この機能不全を起こしている二日酔いのトレーナーの事よりチームハウスの換気が何より大事だった

 

 

 冷え冷えとした風が臭気を乗せて吹き抜ける。ウマ娘ではない大和にこの寒さは中々に辛い。床に落ちている大和は風に吹かれてころころと転がって大の字になり天を仰いだ

 

 

「ああ寒い……遭難中……救助隊を呼んでくれ……」

 

「何を言っとるんだ。はぁ……しかし臭いな。身ぐるみ剥いで風呂に叩き込んでやりたいくらいだ。大体、なんでそんな様になっている?昨夜は門限前にキチンと寮に2人を送り届けたとフジから連絡があったぞ」

 

 

 信用はしている。しているが、羽目を外しやすい大和の事を心配して一応寮長フジキセキと連絡を取り合っていた。本来の中等部の学生の門限よりは少し遅くはあるが、事前に申請を通してあった時間通りに大和はダイワスカーレットとウオッカを連れて……いやちょっと呂律が回っていなかったし2人に引きずられていたらしかったが___きちんと寮の玄関まで来ていたらしい

 

 

「昨日はその後……ホープフルで一緒になったトレーナーの皆さんと街に出てね……想いを語り合ったんだ……」

 

「それは有意義な時間だったな」

 

 

 皮肉たっぷりの痛烈な発言も慣れっこな大和にはまるで刺さらない。そうだろうとも、と力なく胸を張って冷蔵庫を指差した

 

 

「お土産もあるよエアグルーヴ。冷蔵庫に入ってる」

 

 

 ふにゃふにゃと物申すトレーナーにミネラルウォーターを飲ませてやる必要もあったので冷蔵庫へ向かう。がぱっとドアを開ければ、目に付く所に赤い箱が並べられていてそこからは肉肉しい香りが漂ってくる。学園の傍にある評判の良い中華料理屋の持ち帰り用の肉まんが詰まっていた

 

 

「女性への土産としては気が利かないな」

 

「食べ盛りの君達へ___そんな想いを込めたんだ。ねえグルーヴ、今日はもう少し寝かせておくれよ。昼前には起きるし、ちゃんとミーティングに顔も出すからさ」

 

「私は構わんぞ。ゆっくり休め。___ライス達にもそう伝えておいてやる」

 

「え、なに?」

 

 

 大和の問いかけを無視してエアグルーヴはチームハウスのドアを開け外を伺う。そこでは運動用のジャージに身を包んだライスシャワーとネイチャが立ち話をしながら時間を潰している。エアグルーヴがドアを開けたのを見て2人は会話を切り上げた

 

 

「おはようございますっ」

 

「おはようございまーっす。グルーヴ先輩。大和サンいます?」

 

 

 後輩達が元気よく挨拶をしながら駆け寄ってくるのを見て、エアグルーヴはわざとらしく悲しそうな顔を浮かべた

 

 

「ああおはよう2人共。ただ残念なんだが、トレーナーは気だるいからお前達の早朝ランニングに付き合うのは嫌だそうだ。残念だな」

 

「え!?……ううん。いいんですエアグルーヴさん。我儘言ってお兄様を困らせたくないから……」

 

「あちゃー。ま、昨日はお楽しみだったみたいですししゃーないですかねぇ」

 

 

 寝ぼけていた大和の耳にもその会話は聞き取れた。ここで立ち上がらなくてなんとする。彼は見栄を張る事に全てを賭ける男だ。毛布を跳ね飛ばし脱ぎ散らかした靴を的確に足先で捕まえて装着。乱れた服を整えながらエアグルーヴの横をひらりとすり抜け颯爽と扉から飛び出し、しょぼんと下を向くライスの手を取りびっくりしているネイチャに爽やかなウインクを決めた

 

 

「やぁライス、ネイチャ。ぐっどもーにん、とってもいい朝だね。爽やかで___エウッ___健やかだ。こんな日は君達と冬の朝を楽しみたい気分だね。ただ、ちょ……っと待って。一回吐いて来るから」

 

「お、お兄様!?おはようだけど……え、だいじょうぶ!?えええ!?お背中さすろうか……!?」

 

「そりゃ寝起きではしゃいだらそうなるって……!」

 

「大丈夫、大丈夫。こういうのってね、誰かに付き添われるとなんか申し訳なさが___ヴェッ___押し寄せて___オウッ___いや込み上げて来るからね。オッケー……あ、エアグルーヴ。僕をお手洗いまで運んでくれないかな」

 

「ああもう、ほらエチケット袋やるからそこで吐け。変に動かす方が身体に悪かろう」

 

「ライス達が見ているじゃないか。意地があるんだよ僕にだって」

 

「貴様その配慮が何故私には向かんのだ?何が意地だほら無様に吐け」

 

「あああ、グルーヴさん!やめてあげて……!」

 

 

 担当を持って一年、ダイワスカーレットにGⅠを勝たせウオッカをそれに負けず劣らずまで押し上げた大和の手腕を褒める機会を伺っていたエアグルーヴだが彼女の心の中でその気持ちはこの瞬間萎びて吹き飛んでいた。こめかみに青筋を立てながら彼の前に袋を差し出しその背中をバシバシと叩き出した。ライスはおろおろしていたしネイチャは半笑いで見守っていた

 

 

____________

 

 

 

 とはいえだ。エアグルーヴにどつかれながらも僕はお手洗いまで生き延び、そこで余計な物を吐き出しスッキリとした顔で上着を脱ぎ捨て(上着をその辺に投げるんじゃない!と怒号が追いかけて来たのですぐに拾ってハンガーに掛ける)それから洗面台横の青い棚の前へと歩む

 

 その棚にはチームメンバーの皆が自分用の運動着等を置いている。僕や大丸さんが練習に付き合う時に着る物もその隅に置かせてもらっているのだ。たくさん並べられた衣装ケースを指差しながら僕の分の棚を探し……

 

 

「ヘイ、エアグルーヴ!僕のランニング用のウェアが無いけれど!」

 

「この間場所を移したと言っただろうが。……おい変な恰好でうろうろするなたわけ!持って行ってやるからそこで待っていろ!」

 

 

 閑話休題。顔面に叩きつけられたウェアを着てチームハウスを出ると薄明るい外の寒さが一気に押し寄せ眠気を押し流した。先に軽い準備運動を始めていたライスが小走りでこちらへ近寄って、心配そうに僕の顔を見上げた

 

 

「お兄様、大丈夫?」

 

「やぁライス。万事問題無いとも。朝の挨拶から仕切り直していいかな?」

 

「ん……うん?えっとじゃあ……おはようお兄様」

 

「ぐっもーにんライス。こんな素敵な朝に僕に何か御用かな?」

 

「うん。よければ一緒に走りに行って欲しいなって」

 

「よろこんでお供しよう。さぁネイチャ、君もどうかな!」

 

「どうもこうもないけどさ。ま、お身体大丈夫そうなら気晴らしに付き合ってよ」

 

 

 

 軽い頭痛を抑えながらよたよたと走る僕の横に並んで走るのはウマ娘である彼女達にとってはやりがいの無い、遊びにすらないものだろう。だが僕がえっちらおっちら走る横で2人は楽しそうに微笑みながらゆっくりと身体を動かしている

 

 

「ふぅ。君達のファンは世界中にたくさんいるだろうけど……ふぅ。こうして横に並んで走る事ができる権利を僕が独占していると知ったら皆嫉妬するね」

 

「ふふっ。そうかなぁ」

 

 

 くすぐったそうに笑うライスの顔を冬の朝日が柔らかく照らす。学園の中なら彼女の不運に引っ張られて歩行者信号が軒並み赤くなったりはしない。尤も、ここ最近はさほど彼女の不運とやらが目に付く事は減った気がするけれど

 

 

 僕の事を知ってからしらいでか、すれ違う子達は皆礼儀ただしく元気に挨拶をしてくれるのだがその内の何人かは有マに挑むライスとネイチャへの激励も交えてくれた。それに対して負い目無く明るく応える彼女達の態度は年度を代表する競技者としての誇りすら抱いているようだった

 

 

「すっきりと晴れやかな顔に見えるね、ライス」

 

「うん。ライスね、有マ記念とっても楽しみにしてるから」

 

「ふぅむ。素晴らしい。去年みたいにふさぎ込んだり妙にはしゃいだりと落ち着きない様子は見られないから安心して応援できる訳だ」

 

「うぅ……それは言わないで欲しいかな……」

 

 

 高等部に入ってライスは己に似合う貫禄と安定感を手に入れたように思える。今の彼女を支える大事な要素だ。ただそれを手に入れたからといって彼女の可愛らしさに見劣りは一切ない。日々進化する可愛らしいステイヤーなのだ

 

 

「一方でネイチャ、どうだい?初参加としての心意気は」

 

「いやぁ、アタシがうじうじしてっとセイちゃんにまでプレッシャーいっちゃうからね。空元気だけど、なんかもう慣れちゃったかな」

 

「ふふ、いいね。弱音は終わるまで取っておこう。景気よく虚勢を張ってお祭りに挑むといいさ」

 

 

 ほんの軽く汗を流し着替えた後朝食を頂く為にカフェテリアに向かった。学園が冬休み期間という事もあり普段よりウマ娘の数はまばらだ。おぼんを持って歩きながら好みの料理を乗せていくスタイルはとても贅沢で慣れ親しんでいてもついつい多めにとってしまう

 

 日替わりで具材が変わる味噌汁は本日は人参と玉ねぎが入っている様子。それとしゃけの塩焼き、ほうれんそうのお浸しと納豆を乗せる。悩んだ末にだし巻き卵もチョイスする。少し取りすぎたかな、と思い横を見ればそこには二つのお盆に無駄なく器用におかずを敷き詰める為真剣な表情で手を動かすライスの姿が目に入る。ネイチャも色とりどりのおかずがどっさりのったおぼんを軽そうに持って席に向かっていた

 

 

 いただきます、と手を合わせて箸をとった。大量に作られた食事でありながら、1つ1つから確かな温かみが感じられる丁寧な仕事には頭が下がる。お行儀の良い所作かつ素早く食事を口に運ぶ彼女達の様子を見ながら美味しい料理を頂いた

 

 

「しかし君達の食べっぷりを見ているとより美味しく感じられるよ」

 

「ちょいと大和サン、女の子が食べてるところをじろじろ見るなんてマナー悪いですぜ」

 

「おっと失礼。確かに拝観料を払っていなかったな……」

 

「そういう話じゃないんですケドねぇ!」

 

 

 食べる量が少ない僕は一足先に食器を返却し食後の熱いお茶を楽しみながら彼女達を見守った

 

 

____________

 

 

 

 午後の練習も終わり、夕食までの待機時間。メンバー達がたむろするチームハウスの談話室で僕は温かいコーヒーを慎重に啜った。砂糖も何も混ざっていないストレートな苦みが下の上を擦り抜けていく

 

 

 現在、普段であればあり得ない事なのだが談話室にはピリピリとした空気が漂っている。その正体は驚くべき事に緊張感なのである。本来トレセン学園のチーム室とは闘争心溢れるウマ娘達の集まる場所なので当然普段から多かれ少なかれ緊張感が漂っているのが当然なのだが、この場所にはそぐわない空気である事に間違いは無かった

 

 

 我々ムーンシャインのチームハウスは『完全合法的無法地帯』『唯一寝転んでて怒られる事無し』『法に触れなければ何しても許される場所』『トレセン学園のマンガ喫茶』などと好き勝手な呼び名が付けられている憩いの地。このような張り詰めた空気が漂うのは本当に珍しい事だ

 

 

「___フク先輩に3つ」

 

 

 中央の大きな机の周りに並んで真面目くさった顔をしたメンバー達。その内が1人、ワンモアダイブが机の上に置かれたにんじんゼリーの瓶をスッと前に押し出した。ただのにんじんゼリーでは無い。一等地で栽培される最高級のにんじんを加工し、そこに夢と希望のエッセンスを詰め込みながらちょろちょろっと弄って作られたウマ娘専用の至高の一品だ

 

 

 とんでもなく高い栄養価と1口飲んだら夢の世界に引きずり込まれるとまで噂される旨味を潜ませるこの品の入手ルートはとても限られており、一般向けには殆ど出回らない。学生の彼女達が手に入れようとするなら、レースやイベントに参加してURAから配布されるものを受け取るか、学園の売店で時折販売される際に抽選に応募し購入権を得る程度しかない

 

 

 そんな貴重な物をダイブは決死の表情で机の上に置いた。……いやまぁ、消耗品だし違法ではないけど指導者である僕の前で賭博をおっぱじめるのはやめてくんないかな

 

 

「いやライスでしょ。ライスに2つ……いや3つ」

 

 

 コットンルルが据わった目で瓶を前に並べた。どういうルールなんだこれ。勝った人が参加した面子の賭け分を総取りするってなら複数賭けるメリットほぼないと思うんだけど。多分雰囲気でやってるだけだろう。ルルに目配せされたモノクロブーケが鋭く目を尖らせながらにんじんゼリーを手に握りしめる

 

 

「ネイチャに2。……あとテイオーに1」

 

「おっとぉ!お前よそのチームの奴に賭ける気かぁ!?」

 

「なんですかいいじゃないですか!どっちも同期の希望の星なんです!」

 

「許せんぜこれは!グルーヴ先輩!ギルティっすよねェ!?」

 

「私の見える所で賭け事をするんじゃないバカ者共が」

 

 

 慣れ親しんだ鉄拳が振るわれダイブは小さな悲鳴と共に絨毯の上に転がった。他のメンバー達は殴られる前に机の下に退避した

 

 

 今日が有マ出走メンバーの最後の練習日となり彼女達の為チームの皆が練習に付き合ってくれた。引退済みのルルですら引っ張り出され(というより本人も貢献できる事を嬉しそうに付き合っていた)文字通りチーム全員が出張っている

 

 

「走り納めも兼ねて軽くって話だったのに、疲れるねほんと」

 

「タイシン先輩ムキになるからじゃないっすかね」

 

「そりゃやるからには負けたくはないでしょ」

 

 

 からかうようなネイチャにフンと鼻を鳴らして応えるナリタタイシンもここ最近は自分の練習の時間を割いて常に後輩の誰かについてくれている。その面倒見の良さをからかうと蹴り飛ばされるので触れないが

 

 

「ふぅん。この土壇場でスカイくんは明確に伸びたねぇ。タイム自体に大きな変化は無いが、模擬レース中の判断力、威圧感、駆け引きの際の粘り……単純な数値では出ない精神部分での成長が著しい。集中力が格段に上がっている。特別な環境に引き上げられ大きく成長できるウマ娘は大成すると相場が決まっている

当日がより楽しみになったねぇ」

 

「なんかタキオンさんに真面目な感じで褒められると照れるなぁ」

 

「なんだい君その含みのある言い方は。私はずっと真面目に先輩をやっているじゃないか」

 

 

 白衣をジャージをに着替えたアグネスタキオンも楽しげだ。才能ある彼女達が見せたデータに興味を示しているのか、後輩の成長を喜んでいるのか。恐らくそのどちらも正しいのだろう

 

 

「うぅ~……あたしも練習に参加したいのにっ!」

 

 

 一方でつい先日激走を繰り広げた2人は模擬レースへの参加は厳禁だ。もどかしそうに身体をゆするスカーレットのツインテールに顔をべしべしと叩かれているウオッカも不満気な顔を隠さない。基礎トレーニングには付き合ったが、肝心の模擬レースは観ているだけ。さぞかしストレスだろうが無理はさせられない

 

 

「まぁまぁ2人共落ち着いて。そうだ、お土産の肉まんがあるんだけどどうかな。夕食の時間まで少し間があるし、おやつ代わりに配ろうか」

 

「ヘイ大和サブ!それってアタシ達の分もあるんですかね!」

 

「当然だともダイブ。ちゃんと全員に行き渡るよう買って来たよ」

 

 

 歓声が上がり、幾人が冷蔵庫に直行した。一気に全部は温められないので電子レンジに入るだけの個数がほかほかになっている間、誰から食べるかを争うじゃんけん大会が開かれる。その様子を見守る僕の横に、フクキタルがよっこいしょと掛け声を上げながらすとんとお尻を下ろした

 

 

「ううん、お祭りって感じで盛り上がりますねぇ」

 

「うん、フクキタル。楽しいねこの感じ。緊張感も大事だけど、僕達はこうでなくっちゃといった感じだ」

 

「引退して旅立ちますだのなんだのと騒いでいましたが、やっぱりここは居心地が良すぎます。油断してると住み着いちゃいそうになりますねぇ」

 

「それはいい。どうかな、僕と一緒に終わりなきゆるふわトレセンライフを送ると言うのは」

 

「んんっ。またそうやって……」

 

 

 ちょこんと隣に座った椅子の上で膝を抱えてむーっと顔をしかめた。ふと見ると彼女は無意識か膝下辺りをさすっている。僕がその動きに視線を取られているのに気付いたフクキタルはパッと手を離しなんでもないようへにゃへにゃと笑った

 

 

「大丈夫かい?」

 

「んん、だいじょ……あーいや、実の所ちょっとばかり痛みがですね。ねぇ大和さん、後でまたマッサージしてもらえませんか?」

 

「ん?いいけど、本格的に痛むなら心配だ。いつものマッサージ屋さんに予約した方がいいんじゃないかな。年末年始も開けてると言ってたけど」

 

 

 学園傍にはいくつもマッサージ屋さんがある。総じてマッサージ屋、といっても痛みを取る為の整体からリラクゼーションを目的としたマッサージ屋さんまでを含め種類は千差万別。トレセン学園の付近に開業しているだけあってウマ娘向けを銘打つお店がとても多い

 

 

 学園の生徒達は電話一本で簡単に予約が取れるし、費用も必要とあればチーム側が負担する。トレーナー職である僕達も資格までは持たないが知識と技術は叩き込まれている為同じような事ができるが、まあやはり本職に任せるほうが安心というものである

 

 

 しかしフクキタルは少し慌てたように首を振りこれを否定した

 

 

「いやぁ、ほら。この時期は年末でどこもお忙しいみたいで!それに動かしたからというより季節柄ちょっと気になる程度ですし」

 

「ふーん。甘え上手だねぇフクキタルは。うん、これからはしばらく時間があるからね。僕で良ければ___」

 

「……おやおやー。楽しそうなお話ですねぇ。私もちょっと疲れが溜まったからさ。お願いしたいなぁ」

 

 

 後ろからするりと手が回される。僕じゃなくフクキタルの首に。フクキタルがあっと小さく声を上げ、ぐいっと顔を突き出したスカイがフクキタルの顔を横から訝し気に覗き込んだ

 

 

「大和さんってー、マッサージとかしてくれるんですね?」

 

「そりゃあトレーナー資格あるしお願いされたら腕をふるうとも。ただご存じ、一人前と誇れるスキルは何一つ持たない僕だからね。貴重な君達の身体に何かあってはいけないし、本格的に施術が必要な状態ならば専属の方かレイヴンに頼むようにしているね」

 

 

 レイヴンはその辺りの知識と技術も一流だ。繊細な身体を持つタキオンの担当をしていた事に関与する事だが、レースを走ったウマ娘は皆彼女が隅から隅まで調べ尽くしている。だから僕がしてあげるとすれば簡単なリラクゼーション前提の浅いマッサージだけで彼女達の気晴らしに少々貢献できるかどうかだ

 

 

「ふーん。でも大和さんはそもそもそういうの苦手だからお願いしないようにって先輩方から教わったんですけど」

 

 

 スカイがぐるっと見渡すと何人かが不自然に目を逸らした。成程、フクキタルやライス、ルルのように高等部の子達は時折僕に頼んでくれるけど中等部の皆がその話に触れないのはそういう事だったのか

 

 

「先輩方で独占ってことですかぁ?よくないんじゃないすかねそういうの」

 

「いやそういんじゃないんですよスカイさん!なんというかそのですね……」

 

「言い訳が無いなら私の勝ちですね」

 

「……あ!ほらほらスカイさん肉まんきましたよ肉まん!」

 

「私猫舌なんで冷ましている間じっくりお話聞かせて下さいフク先輩」

 

「フンギャロ……」

 

 

 すすすっと部屋の隅に行こうとしていたライスはネイチャに捕まっていた。まあ僕のマッサージ技量はそもそもレイヴンのご機嫌取りを兼ねて磨き上げた物で彼女曰く『60分5000円相当の腕』との事だ。多分褒めてくれている。肉まん感想戦と尋問タイムが入り乱れ賑やかになったチームハウスのドアを開けて大丸さんが巨体を揺らしながら入って来た

 

 

「うー寒い寒い。……ん、なんだ良い匂いだな」

 

「翔風軒の肉まん買って来たんですよ。大丸さんの分が残るかは微妙です」

 

「なんだそりゃ。ま、皆が食う方が大事だけどもよ」

 

 

 上着を引っ掛けて椅子にどすんと座った彼の前にすかさずコーヒーが置かれる。気を遣わせて悪いな、と彼が申し訳なさそうに言うとコーヒーを淹れてくれたチームの子は「その分肉まん貰いますね」とにっこり笑顔で言い切った。大丸さんは肩をすくめるしかなった

 

 

「で、どうでした。会議は」

 

「まあスッと終わったよ。年末年始を学園で過ごす際の注意事項だのなんだの、今年も一年お疲れさまでしたのと。皆やっと休みに入れるってんで気の抜けた顔だ」

 

「なるほど。でも大丸さんはもうひと頑張りですね」

 

「お前もだろうがよ」

 

「え?おかしいな、僕の担当している子はみんな今年のレースは終えた筈です。あ、有マですか?いやその日は休みを利用して観戦に行くつもりですけど」

 

「当日はお前もトレーナーとして会場に顔を出してもらうからな」

 

「残念ですけど当日は中山レース場食べ飲み歩きツアーを執り行う予定で……」

 

「インタビュー対応もあるから正装だぞ。当然前日からやる事は山盛りだ」

 

「嘘だと言ってくれなければ暴れますよ」

 

「お、久しぶりに組手でもするか」

 

 

 胡舞跳グループの警備部指導員でもある怪物……もとい人間でありながらウマ娘の警備チームとタメを張れるこのおじさんの訓練に付き合わされるのは二度と御免だ。お金を払ってでも遠慮したい。僕が全てを諦めた様に溜息を吐くと彼はコーヒーに口をつけながら悪びれもせずに謝った

 

 

「まあ仕方がないだろう。今年は流石に俺一人では手が回らん。レイヴンを引っ張り出す事にしたくらいだ」

 

「彼女、来るんですか?」

 

「散々渋られたがな。だがなんだ、いい機会だろ。3人で並ぶなんて殆どないじゃないか」

 

 

 もう今年の出番は終わった気でいたのに、流石に彼女も出張るとなれば僕1人駄々を捏ねる訳にもいかなくなった。もしかしたら彼女の説得にも僕を使われているのかもしれないがそこの所を追求してまで拒絶するのは叔父に悪い。しかし後はのんびりできると思っていた所に急にぶっこまれると心の準備が間に合わない。僕の表情が少し硬くなったのを見るや否や大丸さんはからかうように唇を歪ませる

 

 

「なんだ、緊張してきたか?」

 

「まさか。緊張というのは自らの実力以上のパフォーマンスをしようと躍起になる者が発症するものです。僕みたく身の程をわきまえて居る矮小な人間はそういうのは全然ありません。全然平常心ですよ。余裕です」

 

「んふっ。お前も最近になってようやく新人っぽい可愛げが出て来たじゃないか」

 

 

 ムカつくなこの叔父。僕はぬるくなったコーヒーをぐいっと飲み干す。これまでと違い正式に担当を持ったことである意味新人トレーナーとしてデビューしたようなものだとこの半年周囲に散々アピールしてきた訳だ。今まで裏方に徹していた(徹していたという程働いてはいないだろ、というツッコミは我慢して欲しい)ような自分が急に表舞台に立つに辺り僕が用意した演出だ

 

 

 デビュー戦から段階を踏みジュニアGⅠ、という良い感じの流れでステップアップしてきてるのに突然年末グランプリの舞台袖でドヤ顔するのはちょっと恥ずかしい感じがする。まああまり気にすることでもないのだろうけど

 

 

「は~いセイちゃんがじゃんけんに勝ちましたのでマッサージ予約しま~す」

 

「ううー……私が先にお願いしたのに……」

 

 

 考え事をしている僕の足の膝の上にスカイの両脚がどんと乗せられた。なんとも不遜で可愛げのある態度である。めそめそと泣き真似をするフクキタルをちらっと見やってから僕は仰向けになったスカイの脚に手を添える

 

 

「よしスカイ。スペシャルコースとほんわかコース、どちらにしようか」

 

「そんなん選べちゃうの?ん~。スペシャル気になるなぁ」

 

「___選んだのは君だ。恨まないでね」

 

「やばい。キャンセルで」

 

 

 当店はキャンセルとかは対応してないんですよ。寝転がったスカイの両肩をまぁまぁまぁと宥めるフクキタルが微笑みながら抑えつけた。スペシャルコースは我が胡舞跳一族に伝わる『施術後とっても元気になり疲労が吹き飛ぶけどそこそこ痛みを感じるウマ娘専用のツボ』を重点的に攻めるコースになっている

 

 

 チームハウスの談話室に鈍い悲鳴が鳴り響いた。時間にして10数分、完全に無言になり悟りを得た表情のスカイをそっと解放した

 

 

「……ありがとうございました」

 

「あの、スカイ。大丈夫かな」

 

「なんだろう……すごくスッキリして……なにも言えない……」

 

 

 大丈夫かな。まあ疲れは取れたらしいし大丈夫だろう。その後お喋りしながら希望者の肩を揉まされたり脚を揉まされたりと忙しい午後を過ごした

 

 

 

 とても穏やかで、何もかもいつも通りだった。大舞台の前だろうと何だろうと、やっぱり自然とこういう雰囲気に落ち着くこのチームが僕はとても好きだった

 

 






あと2話か3話です




もしくは4話




よろしくお願いいたします
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