今!右手を上げたミキリハッシャマン!いまここに!ゴールを迎えた挑戦者!思い至って走り出し!何度も転げて諦めて!それでもゴールに辿り着いた!その姿に賞賛を!
彼女が上げたのは左手に見えますが……まぁいいや。確かに、長い長い道のりでした。勢いのスタートだったとしても、ゴールしてみせたのは本当に見事なものです。共に走った仲間達、そしてそれを飽きずに見捨てずに見守ってくれた観客の皆さん全員にも同じくらいの賛辞を贈りたいですねぇ
ただ、ありがとう!その言葉を持って中継を終了いたします!また次のレースでお会いしましょう!お疲れさまでした解説さん!
いやぁーお疲れ様でした実況さん。呑みますか
呑みましょう!!
「___それでは次の質問を。同時に4人のウマ娘をGⅠに送り出すに辺り各ウマ娘の調整はとても大変だったと思われますが、その辺りはどのような対策をなさったのでしょう?」
「本番に合わせて調子を整える。どれだけの実力を備えていても、これが成せないばかりに涙を呑む事は誰にだってあります。ただムーンシャインのリーダーである我が叔父の手腕は今更語るまでも無いですし、我がチームには優秀なスタッフが数多くいます。僕自身はその末席を汚してばかりの男ですが、それでも彼女達が力を発揮できるよう出来得る限り尽くしてきました
それに競技者である彼女達自身、僕達に頼りっぱなしではなく自分の頑張り方というのを理解していますからね。共に力を合わせ、今日を迎えたという次第です」
私の質問に対し、あらかじめ渡された台本をなぞっているかのようにスラスラと言葉が並べられた。私は必要なワードを抑えた簡略的なメモを手帳に書き込むと、目の前に座る男に視線を戻した
しっかりとした生地で織られた気風あるスーツを違和感無く着こなし、どこで切り取っても絵になる明るい笑顔で丁寧で穏やかな口調での受け答え。横柄さや不遜さを欠片も感じさせない。ただ、どこか独特な威圧感を放っている。その正体に名前を付けることは出来ないが、世に名を轟かせるウマ娘やそれを育て上げたトレーナー達が放つ雰囲気と同じ類の物であるのは確かだった
〈週刊それなり・ロマンチック〉の新人記者である私は隣に座る先輩記者をチラリと見るが、彼は何も言葉を発さない。今日のインタビューはお前に任せる、と宣言した通り本当に聞きに徹するようだ。私は音を立てないよう唾を飲みこみ、次の質問をする為手帳をめくった
胡舞跳大和。ウマ娘界隈では知らぬ者など居ないであろう胡舞跳グループの家系に産まれ、幾重にも編み込まれた洗練された育成論を先代から受け継いだ男。数多のGⅠウマ娘を産み出し続ける強豪ムーンシャインの影の立役者
ダイワスカーレットとウオッカのメイクデビューで初めて顔を合わせ、今日を迎えるまで幾度となく言葉を交わす機会はあった。まるで底が見えない、というのが私の中での変わらぬ印象であった
大げさな言い回しや煙に巻くような意味深で焦らすような態度こそとるが、基本的には抵抗無くどんな質問にも答えてくれる。ただ迫れば迫る程遠ざかって行くような、近づいて始めてその大きさが解るかのような不気味な感覚。人当たりの良さに反し、彼はあっさり手の内を明かす程軽い人間ではなかったのだ
引き出すのは一朝一夕では難しい。一方的ではない対話を通し、真意を語るに相応しい聞き手であると相手に信頼してもらう事も記者の仕事の1つな筈だ。先輩はこの場を託す事で私に記者の在り方を改めてご教授下さったのだろう
(黙ってるだけで勝手に大和の評価上がって行くのマジで面白いな。こいつただの人見知りでカッコつけなだけだし、酒でも奢って仲良くなれば化けの皮剥がせるのに。……まあ、バカ正直に真正面から行くスタイルは嫌いじゃないが)
隣に座る先輩がそんな事を考えているなんて思いも寄らない私はぐっとペンを握りしめ彼を見据える。やわらかで、しかし強かな意志を発する瞳を真っすぐに見つめながら私は本日最後となる質問を投げかけた
「では次の質問を」
「どうぞ?」
「あなたにとってウマ娘とは?」
彼は今日初めて質問と回答との間に時間を取った。言葉に詰まる、というよりもったいぶっているような顔の動きだ。その笑顔の形はさっきまでと違い、こちらの機嫌を取るための愛想笑いでは無くなっていた。ただ嬉しそうに微笑んで、私を真っすぐ見返してくる。その瞳はとても純粋で、子供のように輝いていた
「生きがい___というのは少し押し付けがましいかな。勝手に僕の生きる理由にされちゃ息苦しいだろうし。ただ……過去の想い出に浸り、今という奇跡に感謝し、未来を待ち焦がれる。満たされた人生を送っていられるのは、彼女達が居てくれるからこそだ。
僕にとってウマ娘とは、眠っているより起きていた方が楽しい夢を見れると教えてくれた素敵な女神様なのです」
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『___逃げる逃げるマジカルジュース!意地で踏ん張る最終直線!内からはガジャルゴ!外からゲキカラダイカンゲキ!競り合いながら2人が追いかける形!続く集団もほぼ一塊!しかしここで間を抜けてミラージュセンテンスが先頭へ!厚い壁もなんのその、蜃気楼の如きコース取りで見事1着の栄光を掴みました!』
どかんと歓声が打ち上がる。バクバクと鳴り響く鼓動が思考を蹂躙し、喧噪が遥か彼方の物だと錯覚しそうになる。ただそれは確かに勝者である自分に向けられているもので、そうと理解したミラージュセンテンスはふらつきながらも両手を上げて笑顔で応援に応える事に成功した
彼女は銀色めいた長い髪を揺らしながら選手用の通路へ入る。レース前は緊張で顔を真っ青にしていた自らのトレーナーが満面の笑みでこちらへかけ寄ってくるのを見たミラージュはにやけていた自分の頬をひっぱたき、キリっとした表情を作り直して彼女を出迎えた
「さいっこうだったわよミラージュ!見事なレース運びに会場も爆上げよ!」
「ばくあげ?大げさだね」
「マジのマジよ。ほんとブチ上がりだったわ」
「ぶ、ぶち……なに?まあいいけど、そんなこと言ったって皆のお目当てはこの後でしょ。私のレースなんて暇つぶしくらいにしか観てないさ」
今日の1着を得る為に半年以上辛酸を舐め続けた。いや、デビューから3年。そのほとんどが辛い時間だった。耐えて忍んでしがみつき、ようやく掴んだ3勝目。高等部に進学するかどうかは今日のレースの結果で決めるとトレーナーと両親に宣言していた彼女は、自らが得た確かな結果を確かめるように目を閉じて1つ息を吸った
そして火照った頭を切り替える。今はまだ首の皮一枚繋がっただけだ。この大きな箱に集まった人々の視線は今日のメインレースに集まっている。仕方がない事だ。自分に贈られた声援は頑張る未熟者への温かな励ましだ。藻掻く者への情けだ。尊敬でも畏怖でもなんでもない
ミラージュはそれを否定したい訳ではない。どうあれ、応援してもらえる事はありがたい。向けられる視線の色合いが不満であれば自分の力で昇ればいいだけだ
会場のあちこちに散らばるポスターや宣伝を目にする度、今に見ていろと熱い想いを滾らせていた。どれだけの時間がかかろうと、必ず噛みついてみせる。ミラージュは遥か頂きに立つ英傑達に一泡吹かしてやろうと改めて強い決意を抱きトレーナーを見つめ返した
「そう、こんな所で喜んでいるようじゃダメなんだ」
「ミラージュ……」
「褒めてくれてありがと。私も達成感は得ている。でもあまり浮かれないで、トレーナー。気を引き締めていかないと」
「いや、あんなだらしない半泣き顔で手振ってた癖にそのキャラ通すのは土台無理だって。素直に褒められてへにゃへにゃしてなさい」
「クールな私はへにゃへにゃとかしてないんだけど!?」
てか女の子が自分の顔叩くとかダメでしょうが。と真っ当な正論で注意してくるトレーナーから顔を隠すように足早に控室へ向けて歩き出した。しかし曲がり角を曲がろうとした途端、疲れが脚にきてフラリとよろめき体勢を崩してしまう。トレーナーが反応して飛び出すが、向かいの方角から歩いて来ていたウマ娘が一足先にその身体を抱き留めた
「お、っと。大丈夫ですか?」
「あ、はい。だいじょうぶです……。あ、マチカネフクキタルさん……」
自分を受け止めてくれたのが誰かはすぐに解った。出走を控えた彼女は既に勝負服に着替えており、流石のミラージュもその格好の彼女を一目みれば名前がすぐに思い浮かんだ。ミラージュが立ち直るのに手を貸しながら、フクキタルは明るく笑う
「おや私の事ご存じなんですか?と、そういうあなたは……もしかして今のレース1着だったミラージュさんではありませんか!もしかしてどこかお怪我でもなさったのですか?」
「あ、いや、そうじゃありません。ちょっとフラついただけで……」
「ああそれはなによりです。しかし……んふふ。勝ちを掴んだばかりのウマ娘さんと曲がり角での運命の出会い。優勝バトンをナイスキャッチってな訳でしょうか!これは私の運気も爆上がりですかねぇ」
「いえでも、私なんかにご利益は……。さっきのもミスだらけの走りで……まぁまぐれって意味では運のお裾分けはできるかもしれませんが」
「そんなことありませんよ。運を引き寄せるのはいつだって挑む者の心意気。自らの力で掴んだ勝利、胸を張って誇らなくちゃもったいないです!あなたは勝つべくして勝った、だからこそその運気にあやかれた私はラッキーなワケですから」
握っていた手をぱっと離し、よかったら応援お願いしますねー!と言い残してフクキタルは去って行った。残されたミラージュはへにゃへにゃした顔でもじもじと身体を揺らしながらそれを見送ったが、あっと小さな声を漏らし頭を抱えた
「サインもらいに追いかけたら失礼かなぁ……」
「ミラージュさぁ……顔がへにゃへにゃだけど……」
「……今はいいの」
一刻も早く着替えて観客席に行かねばならない。ミラージュはトレーナーの手を引きながら控室へと急いだ。自分の事も大事だが、尊敬する先輩達のレースを生で見れるこの機会を逃すなんてあってはならないのだ。いやその前に応援グッズを買おう
その後、制服に着替えたミラージュセンテンスがレース開始までの僅かな時間にフクキタルの応援グッズを買い漁っている様子が激写され翌日のウマ娘新聞に載ったりしたりしなかったりする
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「ふー。緊張してきましたねぇ」
そんなちょっとした騒動の少し後。お手洗いへ行く為通路をうろついていたフクキタルだったが、今は控室の椅子に座りその時を待っていた
脚をぶらぶらと左右に揺らしながらのんびりした調子で呟くと、負けないくらいのんびりした調子の声が返ってくる
「まずいねぇ。そんな君の緊張をほぐすために、どれ1つ面白い話でもしようか」
「えぇー、もっとシリアスな感じで掘り下げてくださいよ。でも折角ですので聞かせて下さい!なんですかなんですか?」
「先輩風吹かせていたのに最後のミーティングでやらかした子のお話なんだけどね」
「うんぎゃー!忘れて下さい!心がぽっきり折れちゃいそうです!」
脚を組んで椅子に腰かけた大和がんふふと笑うのを見て、フクキタルはため息をつきながら机に上半身を預け頬杖をついた
大和さんとレース前の時間を共有するのは久しぶりだな、とフクキタルはふと思う。ジャパンカップの時はこちらから断ったし、その前はと思い返せばほぼ1年ぶりになるだろう
こういう時どんなコト話してたかな、と首を傾げて。でも思い出されるのはくだらない雑談を繰り広げていた記憶だけ。今回ばかりは何かそれっぽい話をしようかな、と少し考えてすぐにその考えを放り出した。いつも通りが吉である、と天からお告げが降り注いだ気がしたからだ。そんな彼女の考えを拾ってか大和は何気ない調子で言葉を続ける
「しかし晴れたねぇ」
「大一番ですしお天道様もご覧になりたいのでしょう。そういえば私がルドルフさんと走った時の有マって雪降ってましたよねぇ。覚えてらっしゃいます?」
「当然さ。肩につもる雪を払いながら呑む熱燗が最高だった」
「思い出話で私を差し置いてお酒の話出されるの傷ついちゃいますが!?」
「んふふ、妬かないでくれよ。ルドルフの節目のレースでもあったからね。あの時酒で流し込んだ感傷が……中山の寒さを身に受けるとどうにも浮かんでくるのさ。特別な理由も無く一緒にいられる時間がどれだけ貴重なのか、今改めて噛みしめているよ」
「という事は、レースが始まるまで私と貴重なお喋りタイムに興じて下さるということですか?」
「いや。あと20秒以内にここを出てライスの控え室に走って、用意しておいた決めゼリフを読み上げないとだ」
取り繕わずシレっと言ってのける彼の態度に思わず椅子からずり落ちそうになった。ただ、そういった事情も含めて飲み込んでくれるだろうとある意味信頼してくれているからこその言動だと理解はしている。誰に対してもやりすぎなくらい保険を張る彼に気を遣われない、と言うのはある意味優越感を覚えるものだ。フクキタルは人知れず胸を張った
「まぁ粗末に扱われるのも我慢しますとも。私は実質一番上の先輩ですからね」
「すっかりお姉さんが板に付いたね。頼りになる」
「んん、照れますね正面から言われると。そういえばさっきお姉ちゃん達が控室まで声かけに来てくれたんですけど、大和さんはお会いしました?」
「ああ、先程ね。本日会場限定販売の『超デカイ!にゃーさんバッグ!』を背負い君の勝負服のコスプレをして会場を練り歩いてた」
「えぇ……」
「ファンの人にお願いされて『マチカネ姉来たる』ってサイン書いてたよ」
「私にとってはちょっと複雑なネタなんですけど……」
打てば響く、調子に乗ればからかわれる、落ち込めば宥めてくれる。そういえばレース前の時間はいつもこうやってアッと言う間に無くなって、気が付けば本番直前になっているのがお決まりだったな。あと何度あるか解らない貴重な機会である事を改めて想い、フクキタルはどういう顔をするべきなのか解らなくなった
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確かに複雑なネタだった。彼女が顔を伏せるのも理解できる
病に倒れついぞ走ることを諦めたお姉さんがGⅠウマ娘の妹のコスプレして会場練り歩くとかちょっと見方を変えれば闇を感じるネタだけど、でもお姉さん含めご家族はみんな楽し気だった。『これ絶対ウケるでしょ。ぐらいのノリなのでお気になさらず』だそうだ
妹を宣伝する(あるいは恥ずかしがる妹を見て愉悦に浸る)事に生きがいを覚えているような方だし、フクキタルもあまり深く考えなくて大丈夫だよと肩を叩いて僕は椅子を立った。再び顔を上げた彼女はどこか吹っ切れたような明るい笑顔に戻っていた
「それじゃあゴールで待っているよ」
「熱烈な歓迎、ご期待してますよ!」
「ハグと花束で出迎えるさ」
そうして小走りで通路をかけ抜け、僕はライスシャワーの待つ控室の扉を開ける。椅子に座っていた彼女はこちらへ顔を向けるとぱっと明るい笑顔を浮かべた
ライスはとても落ち着いた様子ながら静かに闘志を滾らせていた。一言二言交わすだけでその想いを理解できたし、誰かの言葉が無くても自分の中で整理がついているようだった。フクキタルとはきちんと決着をつけてからきちんと仲直りをするつもりらしい。彼女がおどおどしている様子を楽しいと思ってしまった自分に罪悪感を感じているらしいが……まあそういう関係性も素敵だよ、と助言足りえない反応を返しておいた
ライバルと先輩と後輩と、最高の舞台を共に走れる奇跡を心から楽しみながら1着を競い合う。迷いの無い彼女の走りは誰にも邪魔することなど出来ないだろう
「良きレースを。ライス」
「お兄様も、楽しんでね!」
少し息を切らせながら、ナイスネイチャが待つ控室の扉を開ける。彼女は指先で髪のふわふわをいじる動作を止めて、いつものようにへにゃっとした笑顔で出迎えてくれた
ネイチャは意気揚々と燃え上がっていた。自分に当てられたスポットライトの明るさを自覚し、それを全身で受け止める事にやりがいを感じ始めている様子だった。彼女が唯一足りていない物をこの舞台で得る事ができるかもしれない。無冠であれど王者の風格を纏う事は不可能ではない。資格があれば結果はついてくるだろう。送り出す事に不安は感じなかった
「後で恥ずかしくなるくらいギラギラなネイチャさんで行きますので。見逃さんでよ?」
「まいったね。サングラスを持ってくるんだった」
皆の顔を見て回りながらその熱気を間近で共有させてもらう。幸せだった。彼女達はこれから競いに行く。だというのに暖かで朗らかだった。なれ合う訳でなく、ヒリついた競争心を持ち合わせたまま相手を敬い、愛し、だからこそ勝利を目指している。真の意味で競い合う意味を理解している彼女達の姿を見れば、後を続く者達もその素晴らしさを心で感じ取れるだろう
「で、だ。なんかもうちょっと熱に中てられすぎて疲れちゃった」
「え?」
「がんばってねスカイ。ふぁいとだよ。愛してる。それじゃ」
「うそでしょこの大一番で放置ですか!?」
扉を開けると同時に部屋に投げ込んだ愛の告白は受け止めてもらえなかった。動転したように椅子から飛び上がった彼女に引っ張られ椅子に座らされる
「ジョークさ。緊張をほぐそうかと思って」
「メンタルマイナスに振り切ってセイちゃんゲートに立てこもっちゃうとこでしたよ」
「わお、話題は独占だろうね」
「じゃあそういう戦略で行きますかね」
「盛り上がりは大事だけど、君が後悔しないレースを走ってくれる事が最優先だ」
「じゃあちゃんとトレーナーさんして下さーい」
サブトレーナーだけど……とか言ったら噛みつかれたかもしれない。スッと目を細めた彼女の表情から未来を予知した僕は黙って曖昧に微笑んだ
しかし、しかしだ。ぎろりと睨みつけて来るその瞳を覗き込んでみれば、空を吸い込んだような青い瞳は広々と深い輝きを見せている。耳や尻尾の動きも落ち着いていて、妙な汗をかいている様子も無い。呼吸は穏やかで緊張で息苦しさを覚えている様子も見られない。ただ少し、テンションが高いような印象を受けるけれど悪い状態には見えない
「おおー?なんか熱い視線を感じるなぁ。そんなにセイちゃんの勝負服姿が気になっちゃう?」
「バチバチにハイカラだ。何度見たって飽きないよ」
いつも通りの服装だとしてもしっかり褒める。それが乙女心なのだと飽きるくらいに説教されて育った僕の褒めワードが気に入ったらしくスカイは一瞬首を傾げたあと「なんか適当だけどいいやそれで……」と渋い顔で呟いていた。本気で褒めているんだけど
「とっておきのおまじないでも編み出したのかな。緊張しているようには見えない」
「んー。なんか自分でも驚くくらい平常心で」
「いいじゃないか」
「……余計な力が入ってないし、アタマもスッキリです」
「わお、まったくもって完璧。僕がしてあげられる事は何もなさそうだ」
「ハイになりすぎて変になってない?私」
「舞い上がってる君も魅力的だよ。スカイ」
「さっき声かけに来てくれたキングとかグラスちゃん達に『上で待ってるよベイビー達……』ってキメ顔したら鼻で笑われた」
「レースが始まる前に痛い目を見れてよかったね。というかそのシーンに立ち会えなかった事が悔やまれるな……」
僕がそう言うとスカイは頭を抱えた。本日応援にかけつけてくれた彼女の同級生達とここへ来る前すれ違った訳だが、『雰囲気に酔ったのか知らないが謎のライバルムーブをしてくる姿が見てて痛々しかった』『その変なキャラでシニアに進もうとしてるならやめた方がいいと伝えて欲しい』などとオーダーを受けて来た訳だ。まあ彼女も謎の精神状態の自分を恥じているようで面白いリアクションを繰り返しているし落ち着いたら勝手に修正されるだろう
「楽しめているようで何よりだ」
「正直ふわふわしちゃってるトコロをガツンと引き締めて欲しいんですけど……」
「いいさ今のままで。雲のように掴みどころの無い有り様が君の魅力じゃないか。挑戦だけがレースじゃない。今日みたく自分を出し切った走りを求められる舞台には、今の君みたく楽しむ準備が出来上がっている子がいい結果を掴むものさ」
彼女は椅子の上で揺らしていた身体をぴたりと止めてこちらを見つめる。他の3人とは違い、僕は彼女の為にいくつか言葉を用意してきた。励ますものであったり、持ち上げるものであったり、落ち着かせるためであったり
そのどれもが必要無い事は、部屋に入って彼女の顔を見てすぐに理解できた。だから結局の所いつも通り
「今日は雲一つなく晴れた空だ。風と歓声で芝が揺れて、相手は余す事無く強者が揃った難しいレース。スポットライトを独り占めにできれば、さぞかし気持ちが良いだろうと思う訳だが」
「___んふふ。まあおこがましくも……セイちゃんも同じ考えなワケです」
良きレースを。先の3人と同じようにそう言って送り出す。その背は誰にも負けない程頼もしく力強く見えた
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励まされたのか焚き付けられたのか。よく解らんねと思いつつセイウンスカイは控室を出てぶらりぶらりと道を行く。まるで散歩でもするかのような軽やかな心持ちで歩を進める彼女はもう会場から押し返されるようなプレッシャーを感じる事も無い
通路をしばらく進めば、入場タイミングを誘導する係員達が先に集まっていたウマ娘達に色々と話しかけている。というよりほぼ全員が既に集まっているみたいだった。セイウンスカイが姿を見せた事に気付いた係員がかけ寄り、一言二言話しかけると忙しそうに離れていく。すると今度は入れ違いで先輩達がこっちへ集まって来た
「お、いらっしゃいましたねぇスカイさん。これで全員ですかね?」
「スペちゃんがまだだわ」
「おうおう待たせるねぇ最近の若い子は」
マチカネフクキタルに対しサイレンススズカが心配そうな声を返せば、呆れた顔で冗談めいて肩をすくめるナイスネイチャ。まぁまぁよいではありませんの、と穏やかにたしなめるメジロマックイーンに呼び寄せられたようにスペシャルウィークが小走りでやって来た。一番年下の2人が揃ったのを見るや、何人かのウマ娘がこちらへ歩み寄って来る気配を察してスカイはピンと耳を立てた
同じムーンシャインの先輩や普段顔を合わせる機会が多い他所のチームのウマ娘もいるので意外と顔見知りは多い。ただ普段学園ではほとんど接点の無い実力者達が揃ってこちらへ近づいて来るのには思わず姿勢を正した。警戒するスカイとスペとは逆に彼女達は皆敵意の無さそうな優し気な笑みを浮かべ
「「「___プレッシャーかけてやる」」」
ねっとりまとわりつくような言葉を言い放った。スカイとスペが固まったのを見てすぐさますっ飛んできたテイオーとライスが2人を守るように立ちはだかるが、どちらもちっこいので正直壁にはなりえなかった。先輩達はけらけらと笑いながら両手を上げて降参ポーズをとる
「じょーだん。じょーだんだよ」
「いぇーい初めまして2人とも。今日はよろしくゥ」
「んもー!そういう冗談良くないよ!」
「び、びっくりしちゃった……」
「いやよしんばプレッシャーかけるとしても『プレッシャーかけます』って宣言しないでしょ……」
少し離れた所からゴールドシチーの冷静なツッコミが飛ぶ。もーっ!と声を荒げるテイオーとわたわたするライスを宥めつつ、寄って来たウマ娘達は改まって2人に視線を向けた
「来年からは一緒に走る機会も増えるだろう。だからこそ初挑戦の君達に勝利をプレゼントしてあげる、という訳にはいかないな」
「力いっぱい、かかって来なさいな!」
強気な宣言と共に差し出されたいくつかの手を握り返しながら、2人は負けないくらい強気に笑い返した。その気迫に満足したのか彼女達は少し離れた場所へと戻っていった
「でもお2人さん気合十分だねぇ。こりゃうかうかしてられんね」
「まあでも今日はボクが勝つけどね!」
「言ってなさいな。今日は譲らんよ」
「お、なになに~?ネイチャやる気じゃん」
ここに居る全員がライバルだ。ただ、トゥインクルシリーズという1つの興行を盛り上げてきた同胞であり、同じ夢を追って進んできた仲間である。真剣に頂点を争ってきたからこそ産まれた強い絆で結ばれている
「はわぁ凄いなぁ……」
「なになにスペちゃん。呑まれちゃってるの?」
「そんなことないよ!日本一になるんなら、全部乗り越えていかなきゃならないんだから」
ぐっと前を向くライバルが既に空気に馴染んでいるのを見て、スカイも溜息と共に大きく息を吸い込んだ。張り詰めた空気だ。肺に飛び込む冷たい風は闘志で煮えたぎる体内で一瞬で温められ、白い息となって吐き出される。自分の全てを出しきる準備はとうに出来ている
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『さぁお待たせしました!遂にこの時がやってきました!お手洗いは済ませましたか!?ウマ娘入場の前に一度深呼吸してください!折角の盛り上がりに水を差したくはありませんが始まる前に昇天してしまうにはあまりに勿体ないレースですよ!』
あっちこっちで深呼吸する様子が見られる。僕の前で耳と尻尾を揺らす彼女達も例に漏れずといった様子である
「来るわよ……来るわよ……!」
「おおおおちおち落ち着けよスカーレットトトトト」
「あんたが緊張してどうすんのよ!」
「はぁー!?お前誰がお前緊張してんだよお前ェ!」
「ほら2人共、いちゃいちゃするのは後にしなさい。入場から退場まで、見逃せるシーンは1つも無いんだからね」
僕に窘められると、2人は『はぁん!?』と反抗的な顔をこちらに向けた。ただ僕の隣にいるエアグルーヴの顔をチラリと見た後、2人は少し気まずそうに顔を見合せ肘で小突き合いを続けながらも素直に顔を前に向けた。恐らく隣に座っている彼女が放つブチギレオーラ……失敬、厳格な雰囲気を感じ取り冷静さを取り戻したのだろう
「貴様失礼な事を考えているな?」
「いや全然」
冬の寒さすら凌駕する寒気が僕を襲う。食い気味の謝罪が功を奏したのか彼女は溜息1つで迫力を霧散させた。後でスカーレット達に聞いた所『エアグルーヴ先輩が楽しそうに笑ってたから、なんだか恥ずかしくなっちゃった』だそうだが。このタイミングでその詳細を知らない僕はふぅっと息を吐きながら、ずっと思っていた事を口にする
「なんだか慣れっこになったね」
「ん?」
「君とレースを見守るのがさ」
「……ああ、そうだな」
僕も彼女も前を向いたまま、しばらく黙り込んだ。名を呼ばれたウマ娘が姿を見せる度会場の熱気は加速度的に高まって行く。肌がヒリつく程の声援の間を縫って、エアグルーヴの凛とした声が僕の耳に届いた
「私もどこか、見守る側である自分にもどかしさを感じなくなった節がある」
「そういう楽しみ方ができるようになったのは成長だよ」
「ほう。私を年寄り扱いか?」
「いやいやエアグルーヴ。君が美しく花開いたのは確かだが、見頃を過ぎたなんて微塵も思っていないよ。現に君は時を追うごとに美しくなっていくじゃないか。ただ僕が言いたいのは、はしゃぎ過ぎを諫めてくれる友人が傍に居てくれると安心してビール片手にレース観戦ができていいなぁって話さ」
「ふん。私が隣に居る限りそんな無責任な観戦など許さんぞ」
「君が離れていってしまうよりずっといいさ」
たわけ、と聞き慣れたフレーズが声援に紛れる。彼女が笑っている気がしたが、その顔を確かめるのが不粋だって事くらいは僕にも解った
ウマ娘達がゲートに1人、また1人と吸い込まれる度歓声は静寂へと収束していく。競技者全員が鉄のカーテンに隠れた時、会場を吹き抜ける風が芝を揺らす音だけが存在を許されていた
ここからはただ見守るだけだ。ゴールに辿り着いた彼女達を出迎えるまで、僕は観客の一部となる。息を呑み見守る、永遠に等しい張り詰めた瞬間はゲートが稼働する音と豪脚が大地を蹴る衝撃を持ってして破られた
そしてその後の出来事に関しては___まさに筆舌に尽くしがたい、という便利な言葉を持ってして纏めさせていただく事にする
ただ1つ言えるのは……
僕が用意しておいた花束を受け取ってくれた彼女は、それは大層喜んでくれたって話さ
※これで最終回じゃないです。本編もうちょっと続きます
自分で書いといてなんですが、入場見守るフリして観客席でエアグルーヴとイチャついてるじゃんこの人。ダメでしょ……
誤字報告いつも助かってます。今度ばかりは無いでしょwと毎回思いながら投稿ボタン押してます。押した瞬間ランダムで誤字が発生する呪いがかかってるんだと思います。わたくしのせいではありません