プリティダービーに花束を(本編完結)   作:ばんぶー

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前回の投稿は年始……今回の投稿は年末!これがどういうことか解りますか解説さん!


つまりは挟み撃ちの形になる訳ですねぇ


なるほど!では1年近くお話を形にできなかった挙句前編後編に分ける!これがどういうことか解りますか解説さん!!!


まぁ……ギリギリ法には触れないと思います


なるほどぉ!そういう訳で今年もよろしくお願いします!!!!









※大変ながらくお待たせしてすいませんでした



※※フクちゃんENDとはちょっと違う世界線なんだと思います。ラブコメとかとは違う感じで、かなりストーリーの続編っぽいノリです



※※※登場人物はほぼ成人しています。キャラクターの性格改変や飲酒表現が嫌いな人は我慢して読んで下さい。逃がしませんわよ






番外編・妄想ENDエアグルーヴ(前編)

 

 

 

「トレーナー職に就こうと思う」

 

「ほえー。それはまた。よい御決断だと思いますよ。……あ、焼酎のお湯割りをお願いします」

 

 

 意を決して告げたというのに、隣に座るフクキタルの視線はメニュー表を見つめたままで相槌も随分素っ気ない。不服そうな私の視線もなんのその、少し頬を赤く染めたフクキタルは近くにいた店員に手を振り呼びつけると新たなドリンクを注文する

 

 慌ただしく離れていく店員を見送った後、ようやくこちらに向き直った彼女は私に負けず劣らずそれはもう不服そうな半目で口を尖らせていた

 

 

「なんだその眼は」

 

「あのですねぇ。いままでどれだけ進路のお話を振ってものらりくらりでよそよそしいんですもん。私なんかには教えたくないのかなーって思ってこっちから触れないようにしてたのに、今更食いつけって言うんですか?」

 

「……確かに、すまないことをしたと思っている。しかし口に出すと情報が漏れる恐れがあったからな。お前だけでは無く家族以外には殆ど秘密にしていたんだ」

 

「いやまぁ、そこまで怒ってはいませんのでお気になさらないで下さい。でもそんな極秘事項に相当するような案件ですかね?……ああ、大和さんへのサプライズですか?可愛いとこあるじゃないですかエアグルーヴさん」

 

「ぶっ飛んだ解釈をこじつけるんじゃない。やはり酔っ払いに相談するのは間違いだったようだな」

 

 

 私は吐き捨てるようにそういうと手にしたグラスを口の前に持ってきたが、既に中身は殆ど残っておらず無意味に動かしたグラスを再び机に降ろす。けらけら笑うフクキタルを睨みつけ、丁度追加のドリンクを持ってきてくれた店員に私も注文を通す

 

 

「まあ酔いが回っているのはお互い様ということですかね。いいじゃないですかグルーヴさん。今は私ぐらいしか素直に相談できるご友人もいらっしゃらないのでしょう?」

 

「おい嫌な言い方はよせ。お前と違って皆忙しいだけだ」

 

「私だって暇じゃありませんが!?家事手伝いも旅日記ブログを書くのも立派なお仕事です!!!」

 

「別に悪く言うつもりは無い。ただ、当日に誘って毎回捕まるような奴はお前くらいなんだが」

 

「……」

 

「……」

 

 

 私の注文が丁度良いタイミングで届いたのもあって、互いに気まずい沈黙を誤魔化すようにグラスを手に取る。湯気が上がる独特な香りを漂わせるグラスに慎重に口を付けるとフクキタルは静かになった

 

 彼女とは学園を出た後もちょくちょくと時間を共にするが、相変わらず喋りっぱなしで動きっぱなし。ただ相手の話にしっかり耳を傾ける良識はしっかり持っているというのは彼女の友人なら誰しもが当然知っている事だ

 

 癖が強いと彼女を評価する者も多いが、それを補って余りあるほどの人当たりの良さが心地よい。正面から言ってやる事は無いが、思わぬアドバイスをくれる所も信頼している

 

 トレセン学園時代の知り合いとは交流が無い訳では無いが、公的なイベントでの顔合わせや真剣なレースに対しての意見交換などが中心でプライベートの時間を共有する相手は多くない

 

 

 そういう点ではふらふらふわふわしている(悪い意味では無い)フクキタルは気の置けない話し相手であり、良い友人だった。これも正面から言ってやるには気恥しいので心に秘めている事だが

 

 

「エアグルーヴさんの中で私の評価がどうなってるのか10年経ってもいまいち掴めませんねぇ……」

 

「信頼しているのは確かだ。……とにかくその件は横に置いておくとして、私の相談とはつまり……そういうことだ」

 

「いやそういうことって。ええっと……トレーナーに向いてるかどうか不安だーとかそういうご相談です?」

 

「わからん」

 

「え、何が解らないんですか……?エアグルーヴさんが解らないと私も解らないですよ???」

 

「自分が何か……漠然とした不安を感じていることは解る。だがそれの正体はお前の言うような物なのかどうなのか、測りかねている。何分スッキリしなくてな」

 

 

 我ながら無茶な相談だと思う。悩みの内訳も解らぬまま、それを解消して欲しいなどと頼むのはいくら仲の良い相手とはいえ無礼で我儘な行為だという自覚はあった。だがフクキタルは楽しそうに口元をほころばせ、グラスを置いてピンと指を立てた

 

 

「むふふ、簡単ですよ。ズバリ言うなら、アナタは緊張してるんですよ!」

 

「なに?……教職の難しさに対して自分がプレッシャーを感じているだろうことは当然自覚しているが」

 

「そっちに対しての自覚はあるのでしたら、学生の皆さんじゃない相手に対して気まずさを感じてるんじゃないですか?」

 

「……何がだ」

 

 

 絞り出すように言葉を返すが、段々と彼女が話をどこへ持っていきたいか察しがついてきた。付き合いの長いフクキタルも私が気付いてきた事を感じ取ったのだろう。やれやれですね、と妙に見慣れたムカつく動きでからかってくるのが癇に障る

 

 

「自覚が出て来たら顔色が変わりましたね。じゃあこれが正解なんじゃないですか?」

 

「だから何がだ。言ってみろ」

 

「えー。言葉にしたら絶対怒られそうなんですけど……」

 

「そもそも、私が奴に対して今更なんの気まずさを感じる要素があるんだ。的外れにも___」

 

「そりゃ、今度は上司部下ですからね。前までの調子で行っていいのか、それとも後輩ムーヴを決めるべきなのかで悩んで気まずくなってるんじゃないんですか?」

 

「……」

 

「今更丁寧に接するのもこっぱずかしいんでしょうけど、あなた真面目ですもの。上司部下の関係だとキチンとするべきだ、とか思ってるんでしょう?この辺が無意識で引っかかってるんじゃないですか?」

 

「……」

 

 

 成程。見ないようにしていた問題点が浮き彫りになった。私が無意識に感じていたプレッシャーの正体を改めて意識してみると……成程、何も浮かばない

 

 

「どうしようか」

 

「悩むべきポイントが明確になる所までは来ましたね。あとはご自身で考えて下さいな。まだしばらく先のお話でしょう?」

 

「勤務の開始は来週からだ」

 

 

 フクキタルは、は!?と奇声を発した。いたたまれずにそっぽを向こうとする私の肩を掴んでぐらぐら揺らし追い込んで来る

 

 

「なんでもっと早く相談してくださらないんですか!期限ギリギリまで引っ張るの良くないって昔散々私達に言ってましたよね!?」

 

「……困っている友人を突き放すのは良くないぞ。今日は結論が出るまで帰さんからな」

 

「開き直らないで下さいよ!それにこんな時だけお友達認定……!めんどくさすぎます!やめましょう、酔いが醒めてから改めてお話しましょう!私もう帰りたいです!」

 

「解った。ここは私が払うから安心しろ」

 

「そうやってすぐお財布出すの、大和さんの持ちネタじゃないですか!……うーん、こうなれば……やはりこういう時は年の功を頼りましょうか。私達みたいな若造では良い答えが出ないものでしょうし」

 

 

 

 そこはシラオキ様じゃないのか?と問うと「どういう結果出ても絶対ゴネますよね」と真顔で返された。あまり強く言えず、私は黙るしかなかった

 

 

________________________

 

 

 

 

『それで俺の所に連絡って訳か』

 

「申し訳ございません。このようなことで電話など……」

 

『何言ってる、大歓迎だ。少しでも悩みがあればまず相談。それができるのは優秀な証拠だ。だが飲みの場の勢いで電話してくるとは……まあフクキタルらしいな。若さ故のヤツだ、可愛げがあって良いさ』

 

 

 からからと笑う大丸トレーナーの声は裏表無く優しさと明るさに満ちていた。彼の人の好さに感謝しつつも、いや本当にすいませんとエアグルーヴはフクキタルの分も合わせて電話越しに頭を下げた

 

 電話をかけたのはフクキタルだし、それを押し付けられた立場ではあるが正直すぐに相談できるならそれに越した事は無いと思う自分も居るので罪悪感は拭えない。とはいえこうなった以上機会を活かすのがエアグルーヴだ

 

 

『しかし……ふふふ。可愛い相談じゃないか。今度の事前研修でその辺の話も触れるつもりはあったが……そうだな。一言だけアドバイスするなら、思いっきり丁寧に後輩を演じてやれ。アイツにはそれが一番効く』

 

「効く……ですか」

 

『ああ。お前さんが見てない間にもあいつは成長した。だが教え子と接するだけでは得られない物があるのも確かで、俺が与えてやれる物でもない。俺もいい年だからな。そろそろ大和にも階段を上がって欲しいんだ。部下を持つ、という経験を積むべきタイミングなんだよ。それもあいつを心の底から悩ませてくれるような、可愛い可愛い部下をな』

 

「成程?私をチームに受け入れて下さった本当の理由はそれでしたか」

 

『待て、俺がそんなやっこい考え方のできる男だと思うか?たまたまだ。新人を受け入れたいと思って就任予定の名簿を見てたらほら、お前さんの名前があったからな。タイミングが良かっただけだ』

 

 

 

 毎年学園にやって来る新人トレーナー達はまずチームリーダーをやっているトレーナーに弟子入りして経験を積むのが基本だ。学園に入って早々に専属契約を結んで独立しても問題は無いが、そんな危ない橋を渡る選択肢を取る者はほんの僅かだ

 

 

 エアグルーヴの知る由の無い事だが。新人トレーナー達の中にあのエアグルーヴがいる!と熟練のチームリーダー達は色めき立った。学生と違って新人トレーナーをスカウト、というのは基本的には行われない

 

 新人達は自分の目で師匠を選ばなければならないからだ。いずれはスカウトする学生を自分の目で選ばなければならない彼等の最初の試練だ

 

 

 ただでさえこの時期、各チームのトレーナー達は皆ウキウキで新人達がウチを選んでくれないかと期待している。そこにあわよくばあのエアグルーヴが来てくれるかも……という期待も混ざった。学生達が何かあるなとうっすら察する程度には、一部のトレーナー達は盛り上がっていた

 

 

 だというのに大丸リーダーが『すまんけどウチが随分前に声かけちゃってるんだわ』とか抜かしたもんだからもう皆それはそれはキレた。そりゃ彼女のルーツは知ってるし、そりゃどうせこうなるだろうと薄々解っていたけれど。せめて彼女が就任する時まで黙ってて欲しかった。それはもうガッカリした。大丸は彼等の不満を鎮めるため何度か飲み会の代金を全額持つハメになった

 

 

「ですが……私も多少なりとも社会経験は積みましたが、ご存じの通り頑固な性格です。あまり器用な振る舞いは出来かねますが」

 

『別に演技をしろと頼んでいる訳じゃない。ただ今までの気軽い関係性が気に入ってるだろうが、仕事の中では少しだけ丁寧に接してやってくれという話さ。そうすればすぐ様子を察して姿勢を正すだろう。あとは思う存分弄んでやればいい』

 

「……わかりました。ただ、別に彼を弄びたいなどと思っている訳ではありません」

 

『おっとそりゃ失敬。じゃあまあ、そういうことで。多少は気恥しいだろうが、俺からの頼みって体があればちょっとはやりやすいだろう?折角の機会だ。後輩らしく存分に先輩に甘えて、是非とも新社会人を楽しんでくれ。エアグルーヴ』

 

 

 電話は切られた。スッキリ解決、とはいかないが彼の言う事は一理ある。エアグルーヴは貴重なアドバイスを飲み込みながら横で面白そうなニヤケ面を浮かべるフクキタルの肩を軽くぺしんと叩いて電話を突っ返した。遠慮するフクキタルを押し切り今宵の会計はエアグルーヴが全て持った

 

 

 

_____________________________

 

 

 

 

 

 トレセン学園の門を潜る。すっかり慣れた筈の行為だ。ただ、この門を前にして肌がひり付くような緊張感を覚える事がエアグルーヴにはただ数度だけあった

 

 

 一度目は入学試験の時、二度目は初めて生徒として登校した時。いくら彼女に自信家の傾向があったとはいえ、幼い身一つでこの世界に飛び込む瞬間に緊張を感じないほど無神経ではなかった。なので当時の緊張はある意味で覚悟の上であったしすんなり受け入れる事ができていた

 

 

 だが三度目があるとはかつての自分は予想だにしなかっただろう。つい数年程前まで肩をそびやかしすまし顔で通っていた門の前で、エアグルーヴは慣れないスーツに身を包み普段より数段険しい顔つきで学園へと脚を踏み入れた

 

 

 案内役の職員のあとに続き理事長室、職員室への挨拶を済ませた後、トレセン学園全体で行われる始業式に参加する。紹介を受けて登壇したエアグルーヴを見上げながら小声で驚嘆を示す生徒達の顔ぶれはすっかり見慣れないもので___まあ一部は見知った者もいたが___それらしく頭を下げ出来るだけ愛想の良い顔を作った

 

 

 新トレーナー達の紹介も何事も無く終わり、会合の進行を見守るエアグルーヴの耳は興奮気味の若者達の内緒話を捉えた

 

 

「まさかエアグルーヴさんがトレーナーとして学園にいらっしゃるなんて……!どこのチームに所属されるのでしょう?私、まだどこにも所属していないから申請出してみたいわ!」

 

「実績あるから指導お願いしたいけど……でもめっちゃ厳しそうじゃない?鞭でおしり叩いてきそう」

 

「お得ですわよね」

 

「?????」

 

「厳しい言葉で指導もしてもらえる。お尻も叩いてもらえる。お得ですわよね?」

 

「価値観の違いってやつなのかな……それとも保健室連れてった方がいい案件なのかな……」

 

 

 

 エアグルーヴは耳を伏せて内緒話を遠ざけた。時代が進みトレセン学園の品位が低下してしまったのかと僅かに憂いを覚える。いや、想い出補正を取り払ってよく思い出せば自分の時もこんなだった。間違いなく。彼女はそう結論付け気にしないことにした

 

 

 それからしばらくして。流石トレセン所属の優秀な学生達というところか、会を終えた彼女達は群れとなって新任トレーナーの下へ押しかけたりはせず規律正しく誘導に従い自分達の教室へ向かって行った。エアグルーヴ達新入りトレーナー達も今後について大まかないくつかの指示を受けた後に解散となった

 

 

 これからは何度か定期的な研修を受けなければならないものの、基本的には各自がトレーナーとしての職務に当たって行く運びとなる。同期のトレーナー達と決意の視線を交わした後、エアグルーヴはいくつかの目的地へ向けて歩き出した

 

 

 久しく歩き回る事となった学園内ですれ違った生徒達からは様々な視線や声を投げかけられた。悪い気はしなかったが、それでも自分の名声は競争ウマ娘としてのそれである。指導者としての腕はまだ全く示せていない

 

 

 ただ今はそれでいい。自分はここに女帝として舞い戻ったのではなく、挑戦者として新しく飛び込んで来たのだという自覚を忘れずにいるべきだ。エアグルーヴはそう思っていた

 

 

 競技者を引退した後、トレーナーの補助のような事をしていた時期もある。ただ制服に身を包んで学園にいた時の自分と、こうしてスーツに身を包んだ今とでは背負うべき物はまるで違う。立場が変われば気構えも変わる。変わる事は悪い事では無い。冷ややかな緊張がほどけ、煮えたぎるやる気へと移り変わって行くのを自覚しつつエアグルーヴは足を進める

 

 

 

 

_____________________________

 

 

 

 

 

 

 

「驚きました、エアグルーヴさんがトレーナーとして戻って来るなんて」

 

「ふむ。私のような独りよがりの堅物は指導者には向かんだろうと思っていた訳か」

 

「まさか。アタシったら先輩の面倒見の良さにはお世話になりっぱなしでしたし。それに飴ばっかり配る人よりはずっと向いていますよ」

 

 

 それは私を鞭を振ってばかりの奴だと思っているという意味か?わざわざ聞くのも野暮だろうとエアグルーヴは溜息を吐いて目を細める

 

 懐かしさすら覚えるような鋭い視線を向けられるが、ダイワスカーレットは可愛らしく首をすくめながらもくすくすと穏やかな笑みをこぼすだけで悪びれる様子も無い

 

 

 就任初日の挨拶周りにあちらこちらへ顔を出したエアグルーヴだったが、肝心のトレーナー室へ向かう途中に突然のお茶のお誘いを受け、こうしてカフェテリアのテーブルを挟み数年ぶりにダイワスカーレットと向かい合っていた

 

 

 現在ムーンシャインに所属する現役ウマ娘の中で最高学年であるスカーレットは入学当初に比べれ随分背が伸び、無駄なく厚みを増した肉体は世代最強の一角に相応しい風格を放っている

 

 

 現代のレース史を代表するに相応しい輝かしい実績を収め、それに恥じない人格者として生徒達の尊敬を集めている彼女の姿からは無理に背伸びをするような幼さは欠片ほども感じられなかった

 

 

 洗練された芸術品のような鋭い美しさと観る者を引き付ける温かな華やかを兼ね揃えた彼女ではあるが、しかし可愛げは減ったなとエアグルーヴは鼻をならしながら眉をひそめた。揉まれに揉まれて図太くなったのも当然だろう。あのトレーナーと先輩達を捌きながら後輩達をまとめあげてきたのだから

 

 

 

「それに関しては本当にそうです。本当に。ネイチャ先輩はリーダーを役アタシに押し付けるし、スカイ先輩も自分のサボリを止める先輩が居なくなってからは完全に好き勝手して大変でしたし。真面目そうだった後輩も何故かウチのチームに入ると8割の確率でボケキャラに変貌しますし、ウオッカはカッコつけるだけのアホのまま成長しないし。本当に大変でした」

 

「まあ……うむ。なんだ、大変だったな」

 

 

 整った美しさの裏から急に刺々しいスカーレットらしさが顔を出した。エアグルーヴはスカーレットが睨みつけている視線の先をゆっくり振り返る。慌てて顔を逸らしたり手にしたノートで顔を隠そうとするのは近くのテーブルに座り盗み聞きを試みていたムーンシャイン所属の後輩達だ。気になるのも無理はない、可愛らしい仕草にエアグルーヴは呆れたように、しかし柔らかく微笑んだ

 

 

「はぁ……。でも助かります。エアグルーヴさんがサブトレーナーとして来て下されば私の肩の荷も随分軽くなりますから。もしかしたら先輩は自分のチームを作って独立なさるんじゃないかとも思ってましたから、本当に安心しましたよ」

 

「いくら私でも駆け出しの身で独立に踏み切るほどトレーナー職を甘く見ている訳では無い。一から学ぶ心構えは済ませて来たさ」

 

「でしたらアタシ達だけじゃなくトレーナーのお世話もお願いしますね。大事にされすぎてアタシからは中々言い辛い事も多いですし、やっぱりあの人のお尻を叩くのはエアグルーヴさんにしかできない事ですから」

 

「そんな遠慮をする性分だったか?随分殊勝になったな」

 

「うふふ。まあ……アタシはどこまで行っても『一番の教え子』ですから。隣に立つって、難しいんですね。アタシだけがそのつもりになっても成立しませんし」

 

 

 堂々たる振る舞いに見合わない、卑屈めいた弱々しさの影が少しだけ見え隠れする言葉だった。ダイワスカーレットはかねてより宣言していた通り、現代のトゥインクルシリーズを代表するウマ娘へ至った

 

 

 自分の1番好きなウマ娘、は聞く人によって様々な答えがあるだろう。自分が思う1番強いウマ娘、と聞いても少し偏りは産まれるだろうがこれまた様々な答えが存在する

 

 

 しかし今、『トゥインクルシリーズで1番のウマ娘は?』と聞くと彼女こそが相応しいと多くの人が答えるだろう。実力も外見も、時代を代表するに相応しい華を持つことは誰しもが認めることだ。少なくともダイワスカーレットは、かつて自分が追い求めた物が形になった事にある程度満足していた

 

 

 形になる結果を残し、形にならない衝撃を世に轟かせ。思えばあっという間に過ぎ去った、泥と華に塗れた黄金の日々。常に今と未来を見据えて走って来たスカーレットは、しかし己の伝説の幕が降りる時が近付いて来ているのを心の隅で察した

 

 

 それからは、彼女は己の過去を振り返る機会が増えた。その中から後輩達に残せる物を拾い上げ、教え込む必要があったからだ。かつて自分が色々なウマ娘にそうしてもらえたように、そうしてあげたかった

 

 

 1番に立ったダイワスカーレットだが、決して孤高の存在では無い。常に王冠を取り合うライバルでありながら苦楽を共にしてきた無二の親友を筆頭に、スカーレットとはまた違う伝説を創り上げたライバル達の姿がその周囲には常にあった

 

 

 少々騒がしすぎる友人兼ライバル達に囲まれながら次を目指して走り続ける。今の生活をスカーレットは心底楽しんでいる

 

 

 そんなスカーレットはたった一つ満たされない心残りがある。ダイワスカーレットの隣に立つことを、彼女のトレーナーが最後まで選ばなかった事だ

 

 

 ダイワスカーレットこそが一番であると信じるからこそ、隣に立つ事を己に許さなかった。彼のプライドであり、スカーレットへ対してのリスペクトであり、愛であった。彼の心が理解できるからこそ、自分は今の関係に文句を言えないのだ。スカーレットは少し目を伏せてそう言うのだった

 

 

「とはいえ。誰にでもいい顔をしたがるあの人に、特別扱いを公言してもらえるのは後にも先にもアタシだけなんでしょうから。ちょっと優越感ありますけどね」

 

「ふふ、随分丸くなったな。牙を抜かれたか?」

 

「アタシも少しだけですが大人に近付いて、気持ちを呑み込む事も覚えましたから。1番のウマ娘だとしても何もかもが手に入る訳じゃないんだって……いえ、1番になることを受け入れたから、ですかね。アタシはあの人にとって紛れもない一番のウマ娘になれました。とっても嬉しいですけど……だからこそ、アタシじゃしてあげられない事もあるんです」

 

 

 そうか、と小さく呟いてエアグルーヴは天井を見上げた。訪れた沈黙を幸いにスカーレットは紅茶を啜る。ふわりと吹いた風を髪が受け止めて柔らかく膨らんだ。髪が視界を遮らないよう手で軽く押さえながらスカーレットは眼前の先輩の姿を改めて見つめた

 

 

「先輩達が出て行って、たくさんの後輩が入ってきて。その度にあの人は寝転がってうだうだ言って、かと思えば立ち上がって。ちょっとずつしっかりした人になって行きました。ちょっとだけ。……でもエアグルーヴ先輩が学園からいなくなった時だけは特別だったと思います。変わった、と周りに気付かれないよう振る舞ってた……うん、これが一番しっくりきますね」

 

 

 だからこそ、きっと彼は一生それを吹っ切れないだろう事が容易に理解できたのだ

 

 スカーレットの真紅の瞳がスッと細まり、口角が上がる。一見すればただ穏やかに微笑んでいるかのように見えるが、彼女の場合は儚さなど欠片も無く想いが昂ってきている時特有のそれなのだ。エアグルーヴは勿論知っていた

 

 

「ふふ、可愛いですよね。頼りない情けないってフリしながらとっても頼りになる大人なのに、どうしても子供っぽい所を隠し切れないんですから。ずっと隣に居て欲しいって、本当に居て欲しい相手に言えなかったのをずっと後悔してるみたいなんです」

 

 

 針のような視線が自分に向けられて、成程なとエアグルーヴは思い知った。ついぞ一度もレースの場で相対できなかった後輩だったが、彼女と共に走る者が口を揃えて『スカーレットは笑ってる時が一番怖い』と言っているものの正体を理解できた

 

 

 レースでの挑戦を受けるならまだしも、謂れの無い批判を受けるなどたまったものでは無い。エアグルーヴは思い込みの激しい後輩に苦言を呈した

 

 

「トレーナーは交友関係を引きずるタイプではあるが、私が卒業してもう何年経つと思うんだ?当時はまだしも、今となっては互いにそこまでの執着は無いぞ」

 

「よく遊びに来る先輩のみなさん、全く同じこと仰るんですけどその割に皆さん思う所があるみたいなんですよね」

 

「……」

 

「もう卒業したので他人です、みたいな顔しつつ丁度いいポジションをキープしたままふらふら遊びに来ては後輩がトレーニングしてる横でトレーナーといちゃいちゃして、しっとり回想を始めるんですよ皆さん。どう思います?」

 

 

 どうもこうも無い。そう思ったが突っぱねるのもなんなのでエアグルーヴは小さく唸るだけで返事を返さなかった。スカーレットの前に置かれたカップに注がれているのが本当はお酒なんじゃないのか?エアグルーヴは訝しんだが、紛れもない紅茶の香りが辺りには漂っている

 

 

 だがまあ、エアグルーヴは彼女の言いたい事がなんとなくわかった気がした。ここ数年顔も出さなかった癖に舞い戻って来たのだから、トレーナーに対してきっちり清算して来いと言いたいのだろう

 

 

「解った。その辺りの話は……なんだ、おいおい聞いてやる。とにかく私はトレーナーに挨拶をしてくる」

 

「あとでじっくり聞かせて下さいね」

 

「たわけ、ただ挨拶をしてくるだけだ。聞かせてやるような話などするつもりは無い」

 

 

 エアグルーヴは席を立った。去って行く彼女の背中を見送りながら、スカーレットはフンと鼻息を1つ。背後から聞き投げた足音がすたすたと近づいてくるのを聞きながらカップを手に取った

 

 

 足音が自分の向かい側の席に回り込み、エアグルーヴと入れ替わるように腰を下ろしたのを確認するとおもむろに口を開く。そこにはさっきまで込められていた感情とは打って変わって軽い調子が前面に出ていた

 

 

 

「で、どうだった?」

 

「丁度寝惚けた面で寮から出て来たから、そのままさりげなーくトレーナー室まで連れてってやったよ。朝飯代わりに呑気にコーヒー淹れ始めてたし、あの調子じゃしばらくぼけっとしてるだろうから間違いなくド肝抜かれる筈だ」

 

「いいじゃない、今日ばかりはトレーナーのだらしなさが吉と出たわね」

 

「まあな。しっかしお前、随分熱の入ったお喋りだったな」

 

「お膳立てよ。でも、それっぽかったでしょ?」

 

 

 スラリと伸びた長い足を組み椅子に腰かけたウオッカは端正な顔立ちに似合わず、へへっと悪戯っ子のように笑う。まるで昔に戻ったように幼く見えるその様子に呆れてしまうが、しかし自分も同じような子供っぽい顔をしているだろうという自覚がスカーレットにもあった

 

 

 思わずニヤついてしまう顔を抑えようともせず、スカーレットは紅茶を飲み干しカップを叩きつけるように机に置くと勢いよく立ち上がった

 

 

「ねえウオッカ。久々の再会で気まずくなってる先輩をそれっぽく焚き付けるなんて良くないわよね?」

 

「ああ。デリカシーに欠けるな」

 

「尊敬する大先輩と敬愛すべきトレーナーが数年ぶりに再会するのを盗み見して後で茶化すのって良くないわよね??」

 

「ああ。最低だぜ」

 

「ダッシュで追いかけて覗き見に行くわよ」

 

「お前ってヤツはホント最高だよ」

 

「解りきったコト言うんじゃないわよ。それにアンタも大概最高よ」

 

「違いねぇな。んじゃ行くか」

 

 

 勿論スカーレットは大丸から色々聞いていたし、大和がわざわざ新人の名簿を確認する程他人に興味のある男ではない事も存じていた。エアグルーヴの件を学園のチームリーダー達全員が大和に知らせていない事も把握していたし、そうとなればやる事は1つ。トレーナーの度肝を抜く事と、エアグルーヴをからかう事だ

 

 

「2つじゃねえか?」

 

「黙りなさいウオッカ」

 

「おお怖い」

 

 

 同室の盟友、ウオッカを中心にチームメンバー達と綿密な打ち合わせをした上で今日を迎えていた。基本的にはスカーレットがエアグルーヴを足止めしている内に、始業式の日はどうせ昼まで寝ているトレーナーをウオッカが誰とも会わせないようにして情報を遮断した上でトレーナー室へ誘導する。単純な計画だった

 

 

 ついでにエアグルーヴが腹に抱えている気持ちを知っていたスカーレットは、エアグルーヴを足止めするついでに自分の想いを吐き出してスッキリする事にも成功した。こんな事情など露知らず、エアグルーヴはトレーナー室へと早足で向かい遂に懐かしいドアの前へ立っていた

 

 

 しばしの間無言で立ち尽くして彼女だったが、意を決してドアを開ける。その刹那、エアグルーヴの脳裏には色々な言葉が巡る

 

 

 相も変わらず部屋の奥で椅子に深く腰掛け、来客の存在を察知して愛想よい笑顔で出迎ようとする彼とばっちり目が合った

 

 

 変わらないものなどない。人も、物も。変化には抗えない。だから一度去ってしまえば、同じ居場所には戻れないのが世の常だ。ただ自分は今、ここに帰って来たのだと確かに感じる事ができた。だから、よろしくではなくただいま。しかしそんな甘えた言葉を口に出すのはいささか恥ずかしい

 

 

「今日からお世話になります」

 

 

 だからすまし顔でそう言ってやった。大和は笑顔をすとんと落っことし、その後薄く目を細め、どこからか取り出した伊達メガネをかけ、取り出した綿棒で耳掃除をし、自らのほっぺを優しくつねった後、春の爽やかさを絵に描いたような微笑みを浮かべながら椅子から滑り落ちて行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにドアの前では色々と間に合ったスカーレットとウオッカと後輩達がその後のやり取りを聞き漏らさないよう音一つ立てないようにウマ耳を立てていたが、その後当然余裕で気付かれたし自己紹介をするより早く全員1発ずつゲンコツをもらった。スカーレットとウオッカだけは2発頂戴することとなりトレーナー室の床に沈んだ

 

 

 

 






生きている間に何がなんでも全員分書き上げてやりますわよ……(ライス編、ネイチャ編、オリウマ娘編、ダスカウオッカ編)



エアグルーヴさんの後編ははみ出した尺を纏めるだけなのでなんとか年内に投稿できればと思っています。思ってはいるんです


スカーレットはシリアス感出してますが、推しが尊いあまりに大和サブの腰が引けてるだけで深い意味は無いんだと思います。詳しくは彼がいずれ語ってくれると思います


あとわたくしにクリスマスはありませんでした。仕事ですよ仕事
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