プリティダービーに花束を(本編完結)   作:ばんぶー

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後編の幕開けですわよ!!!!!




2万文字越えて長すぎて読むの大変だと思いますので




ゆっくりこたつに入りながら何回かに分けて読んでいただければと思います





今年もよろしくお願いします










賀正


番外編・妄想ENDエアグルーヴ(後編)

 

 

 

 僕は何気ない日常を大切にする男だ。無論スペシャルなイベントによる刺激も大好物だが、当たり前に繰り返す毎日の中から尊さを見出そうと努力する事こそが人生を真に彩るのだとそう思っている

 

 

 素敵な日々をもたらしてくれる環境に感謝の心を持つ領域に至った僕は、少しでも恩返しになればとここ数年掃除にかける時間を増やした。掃除好きの友人が去ってしまった悲しみを紛らわせるためでもあったが、仕事の息抜きも兼ねて身体を動かしてみれば存外面白い

 

 

 業務用ポリッシャー(先端のブラシがぐるぐる回転する大きな機械式の掃除器具)を用いた廊下磨きの仕上がりに楽しみを感じる体質になった頃、僕の生活の中に掃除という趣味がすっかりと馴染んでいたのだがそれは突如終わりを告げた

 

 

 最近は掃除をする機会が全く無い。面倒になったとか飽きたとかじゃなく、片付ける所が無い。仕事場もチームハウスもあまつさえ僕のトレーナー寮の部屋も。そろそろ掃除のタイミングかなと思った辺りで一手先回りされている。更にそれを先回りしてやろうと画策した時もあるが、もの言いたげな視線をじっっっと向けられとても耐えられず彼女に掃除器具を手渡す羽目になった

 

 

 今も部屋の隅で忙しそうにしている彼女から目を離し改めて己の城とも呼べるトレーナー室を見渡せばその成果の程が視界いっぱいに広がる

 

 

 床にはホコリ1つ落ちておらず、棚に並べられた資料や机に置かれた仕事道具は色合いも考慮された上で秩序正しく整えられている。宝石を思わせる程に磨き上げられた窓ガラスから差し込む春の日差しが部屋の隅々を黄金に照らし、最早どこを見ても眩しく感じる環境が出来上がっていた

 

 

 いや、やり過ぎじゃない?僕は眩しさを防ぐためサングラスをかけるかどうか悩んだ。早朝から勤勉さを余す事無く発揮してくれているエアグルーヴを咎める訳にもいかないので、ただただ黙って天井を仰いだ

 

 

 その天井も大理石みたいに輝いているしなんか見た事無いシャンデリアが吊り下げられてる。最早掃除したとかじゃなくて工事されているレベルでしょ。予算どっから出てるんだ?ちなみに僕が手作りした便利グッズと、私財を投じてグレードアップさせた豪華な掃除道具の両方を見てエアグルーヴは心底目を輝かせていた。現役時代そんな嬉しそうな顔を見せてくれた事あったかな……まあいいけど

 

 

 確かにこのトレーナー室はいつ来客があっても迅速に素敵なティータイムを提供できるよう僕なりに物の配置や清潔感に気を配ってはいたが、ここまで整い過ぎていると緊張感で空気が張り詰めゆったり安らぐのが難しくなる恐れがある

 

 しかし今も部屋の隅を箒ではいている彼女はとっても充足感で満ち溢れている様子だ。エアグルーヴが楽しい日々を過ごせるのであればそれは僕の何においても優先されるべきだが、しかし他の皆の安らぎが脅かされてはいけない。チームハウスのクッションがあまりにも整えられているのでそこに寝転ぶのを遠慮してしまう子を見かけた時もあったし。さて、どう丸く収めようかと小さく唸っていると少々不安そうな声が飛んできた

 

 

「いかがされましたか、大和サブトレーナー。なにやら難しい顔をしておられますが。お疲れでしたら飲み物と軽食でも用意致しましょうか?」

 

 

 スーツの上を脱いで学生時代にも使っていた懐かしい掃除用エプロンを羽織り、丁寧に頭に巻かれた三角巾の間から飛び出した耳がぴこぴこと揺れている。久々に見た彼女のお掃除モード(社会人バージョン)の姿をぜひ写真に収めようと持ち込んだカメラもスマホも全て取り上げられ机の上に綺麗に並べられてしまっているのが残念だ

 

 

「ああいや、大したことじゃないさ。それにお茶を淹れるなら僕の方さ。お掃除を任せてしまっているし。ただ……そうだね、少々人間関係についての悩みを抱えていてね。近頃昼寝の進みもよろしくない。折角の春だというのに、どうしたものかと頭を悩ませている次第だ」

 

「昼寝に関してのアドバイスは出来かねますが、人間関係ですか……。確かに現代社会において軽んじてはいけない問題なのは確かですが、少々想定外でした」

 

「他人の視線など気にせず存ぜず、不遜そのものといった態度を取り続けて来た僕が今更他人の目を気にしているなんてちゃんちゃらおかしいと?」

 

「そこまで言う気はありません。ただ、あなたは相変わらずズボラ……いえ、不精な面も多少見られるとはいえ、そういった小さな欠点を凌駕する実績を積み重ねた名実ともに一流の指導者です。この学園であなたを軽んじる者などいないでしょう。それにそのメンタルの図太さ___面の皮の厚さ___ゴホン、自信に溢れた態度からはとても想像できない内容でしたので」

 

 

 これだよこれ。一瞬顔を出した彼女らしきトゲはすぐに引っ込んでしまった。よそよそしさすら感じさせる誉め言葉を羅列されるよりトゲで刺された方が落ち着くというのに

 

 

「お褒め頂き誠に光栄だが……とはいえ僕だって人間だ。ちょっとしたストレスを積もらせることは少なくない。ほんの僅かだがね。近頃は特に疲労が胃に来て酒も進まない」

 

「この間の花見の際は相当飲んでおられたようですが……?いや、差し出がましい発言でしたか。しかしお悩みであれば何故私に相談していただけないのですか。トレーナーとしては若輩者の身ではあるとはいえ、お力になれるかと」

 

「あぁ……ありがとう、エアグルーヴサブ。今でも十分力になってもらっているよ。ただ___」

 

 

 なりすぎてもらって逆に困っているんだ。言おうか言うまいか悩んだ末僕は深く鼻息を吹くにとどまった。その吐息のせいか、或いは開け放たれた窓から吹き込む皐月の風のいたずらか。机に重ねられた書類がふわりと飛びそうになり慌てて手で抑えつける

 

 

 職務に集中するため是非とも窓を閉めたいのだが、閉め切ると暑い。クーラーをガンガンに効かせてしませば途端に解決する問題なのだが、先程それとなくリモコンに手を伸ばしてみればエアグルーヴの鋭い視線と柔らかくもしっかり釘をさす声が飛んできた。自然の涼を取れる季節は身体を慣らす為にも我慢すべきですと、真っ当なアドバイスに抗う術は無い

 

 

 溶けきる寸前の小さな氷が数個浮かんだグラスを手に取り、麦茶を喉に通す。したたる水滴が書類に触れないよう注意を払いながら視線を巡らせると、彼女が訝し気にこちらを見つめている……睨んでいる?のに気が付いた

 

 

「もしや私の態度に何かご不満が?心外です。以前よりほど立場を弁えた振る舞いを心掛けているというのに」

 

「おいおい、社会人として今では完全に対等な立場じゃないか。それに学生とトレーナーという立場であった時も夢を分かち合った友人として君と接していたつもりだよ。だからこれまで君とのやり取りに不満があったことなど欠片も無いさ。それにストレスというならお互い様だろう?」

 

「別にあなたをからかっている訳ではありません。普段はあなたの奇行愚行を咎めるに忙しく、押し留められて表に出せずにいただけの本音です。あなたが心にも無い世辞を嫌うのなど承知の上ですから。それに、掃除はただ……学園も久しぶりですから少し夢中になってしまっただけの事です。ストレス発散の意味はありません」

 

 

 視線を下に向け、今は充実していますのでなんて嬉しい言葉を小さな声で言うものだから聞こえないフリをするかどうか迷ってしまった。僕をからかうつもりかは知らないが、言ってからちょっと恥ずかしそうに目を逸らす辺り彼女もちょっとヤケになって口走ってしまったという感じだ。これ以上前までとのギャップで僕をドキドキさせるのはやめて欲しいんだが

 

 

 僕のような日陰者をなじるのではなく持ち上げて日向に転がし気まずくさせるという非常に厄介な手はどこで学んできたのだろう。変な空気に染まりきらないよう、僕は意を決して単刀直入に要求を叩きつける事にする

 

 

「僕の要求はたった1つ。なんでもいいからため口を使いなさいエアグルーヴ。僕をなじるんだ。どうなっても知らないよ。僕だって怒る時は怒るんだからね」

 

「は?たわけ……ゴホン。いえ失敬。明るい時間から聞くに堪えないお戯れを散らかすのはおやめください。過労でおかしくなられたのなら保健室に叩き込んでや……差し上げますが」

 

「その意気だ……女帝に相応しい鋭い末脚の切れ味を思わせるような視線。スーツ姿だと迫力も3倍増しだ。被虐趣味は無いがお金を払わせてもらいたいね」

 

 

 僕が財布を握りしめたのと同時に彼女は拳を握りしめ___凄まじい意志の力でそれをねじ伏せてみせた。そんじょそこらの覚悟で今の態度を取っている訳では無い事を僕は悟った。軽い溜息を吐いた後彼女は吊り上がった目を(比較的)穏やかに伏せると落ち着き払った口調を取り戻した

 

 

「……私なりのけじめです。確かに、あなたは生意気な私を教え子としても、友人としても扱ってくださった。新しい立場になり、あなたの考えを今度は対等な立場で理解したいと思ったからこそ一度線を引こうと思った訳です。慣れるまでは……接しづらいかもしれませんが」

 

「いや、いいんだ。ただ君に無理をさせているんじゃないかと思っただけで。だからその胸の内を聞けて……うん、嬉しいよ」

 

 

 そうですか、と彼女が呟いて会話は終了した。そのまま僕達は黙って書類整理に戻ってしまった。会話を再び切り出すあてがある訳でもなく、僕も大人しくペンを手に取った

 

 

 しかし静けさが支配するトレーナー室の居心地自体は悪くない。気まずさ故に1人の時は多少悩みも生まれるものの、彼女が傍にいる時は自然に背筋も伸び普段より少しばかり仕事に身が入る。大人らしからぬ甘えた発言だが……疲れている時はさり気なく寄り添い、そしてサボりが過ぎたとなれば適度なタイミングで喝を入れてくれる彼女という存在が与えてくれていた安心感は至極心地よいものだった

 

 

 彼女が去った時、僕はその安心感から独り立ちした。せざるを得なかった。誰かに彼女の役割を埋めてもらうなんて事は誰に対しても失礼なことだと解っていた

 

 埋まらない寂しさはほんの少しのメリハリを僕に与えて成長させてくれた。それを誰にも気づかれないようにしたかったが……浅い男の考えなど聡明なウマ娘達はなんとなく読めただろうにひたむきに付き合ってくれた

 

 

 そうして幾年が過ぎ、かつて失った安心感は再び新入生と共にやって来た。見慣れぬ恰好に随分と大人びた様子の元教え子。最後にエアグルーヴと面と向かって言葉を交わしてから2年か……3年の間の間が空いていた

 

 

 高等部卒業後もしばらく学園に籍を置き勉学に励んでいたエアグルーヴは、しかしシンボリルドルフが『全てのウマ娘の幸福のため』という夢を叶える為会長職を後輩へ譲りURA職員となったのを追うようにトレセン学園から去る事を決めた

 

 

 レースで走る機会が減って尚『女帝』の呼び名に恥じぬ振る舞いと仕切りを見せ続けて来たエアグルーヴが『次』を見つけた事を僕は手放しで喜んだ。別れの悲しみを上回る喜びだったと間違いなく保証できる

 

 

 彼女を見送った夜に僕は秘蔵の酒を開けた。彼女がデビュー戦で勝利した年に製造されたワイン。瓶に押し込められた熟成された濃厚な酸味が悲しみを押し流し、流した涙を補うように身体に染み渡った。陽が昇る頃に飲み終わった瓶をキレイに洗って名残惜しくも棚に飾り、深く深く夢の世界へ沈んだ

 

 

 その後連絡を交わす頻度はぐんと減った。そもエアグルーヴに限らず、学園の外に出た子と頻繁に連絡を交わすことはない。年賀状や暑中見舞い、誕生日のメッセージといった挨拶は出来るだけ欠かさないと決めてはいるがそうでなければ出来るだけ僕から絡みに行かないよう心がけている。そうしないと寂しがりな僕は新たな教え子達を放って過去に縋ってしまうという自覚があるからだ(ぶっちゃけいまいち守れてない)

 

 

 故にエアグルーヴがどこを目指して学園を去ったかは彼女が濁したのもあって知る所以は無く、再開した彼女は新任トレーナーとして僕の部屋へ挨拶に来た。めちゃくちゃ驚いた僕は椅子から落ちた

 

 

 考えを整理し、時折思い出に浸りながら仕事を片付ける事しばらく。悪くない静けさだが、このまま今日を終えたとしても互いに抱えた物を呑み込めないのも確かだ。意を決して僕は口を開いた。気付けなかったが、この時彼女も何か言おうと口を開いていたところだった。だがそれは僕の言葉に押され形になる事は無かったのだが

 

 

「エアグルーヴ。今夜は暇かい?一杯どうかな。日が暮れなければできない話もあるだろう」

 

「……それは、あれですか。酒の席のお誘いと解釈すればよいのですか?」

 

「そうとも。本当は君と再会してすぐにとも思ったんだが、慣れない生活を送る君を引っ張り回すのはよくないと思って遠慮していたんだ。積もる話もあるし……無論、君の気が向けばというお誘いだけどね」

 

「……そうですね。では是非___」

 

 

 一度腹を割って話す機会がいるだろう。そう考えた僕は可能な限り軽い調子で誘ってみた。口元に手を当てて少しの間だけ悩んでいた彼女が口にしてくれた肯定の返事はノックの音で中断された。気が付けば昼休みに突入し、誰か生徒が遊びに来てくれたらしかった

 

 

 彼女が静かに頷いたのを見てからどうぞと声をかける。ゆっくりと入室してくるのは、チームの新入生ちゃんだ。小学生の頃からムーンシャインのファンクラブに入っていた筋金入りの熱心なファンであり、今はファンの期待を背負う側へと成長した彼女はキラキラ輝く金の髪をしゃらんとなびかせながらぺこりと頭を下げる

 

 

「こんにちは大和サブ。グルーヴサブ」

 

「やぁこんにちはハイパームテキ。お昼はもう食べたのかい?お菓子でよければ用意するけど」

 

「あい。ありがたくお菓子はいただきます。あとお二人に……特にグルーヴサブに質問があって」

 

「私に?」

 

 

 エアグルーヴは少し嬉しそうに耳をふわりと動かした。初顔合わせから一ヶ月、未だにチームメンバー達に若干警戒されているのをかなり気にしてそうだったから嬉しいのも当然だろう。初対面でゲンコツ貰えば誰だって警戒する?それはそうだが、その程度の事で折れるような彼女達では無いし本気の拳をもらったのは高等部の何人かだけだ

 

 

 まだ新品に近いハイパームテキ専用の椅子が用意される間に温かな緑茶の用意を済ませる。ハイパームテキは渋いお茶に甘い洋菓子を合わせるのが好みのようだった。一息つき、僕らが拝聴の体勢を整えたと察すると意を決したような目で口を開く

 

 

「はい。あの、私、トリプルティアラを___」

 

 

 ハイパームテキが質問をしようとした途端、続けてのノック。すっかり常連だと言うのに僕の返事をキチンと待ってくれる真面目さが素敵なダイワスカーレットがやってきた。彼女が入って来たのを見て、ハイパームテキは咄嗟に口を閉じた

 

 

 

「こんにちはトレーナー。それにグルーヴさんも。……あら、パームも居たのね。こんにちは」

 

「こんにちはです、スカーレット先輩。あ、御用でしたらどうぞ、私は後でいいので___」

 

「何言ってんのよ。あなたが先なんだから待つならアタシよ。遠慮しないで大丈夫だから」

 

 

 スカーレットがにっこりと微笑むと、ハイパームテキは少し照れたように笑い素直にその提案を受け入れ再び僕らの方へ向き直った。僕はハイパームテキの前にお茶を置き、すぐさまスカーレットのお気に入りの紅茶を淹れる準備に入る

 

 

 後輩と接する時のスカーレットは普段僕達と話す時より一段と穏やかな口調と柔らかな表情を意識するよう心掛けている。これは彼女が高等部に上がり体格が少々大きくなった辺りで生まれた悩みが原因だ

 

 

 後輩達が自分と話す時にかしこまりすぎてしまってちょっと寂しい、とポツリと相談してくれた彼女の悩みを解決する為僕らは随分知恵を絞った。スカーレットがどうしても放ってしまう風格が未熟な後輩達にプレッシャーや憧れを抱かせてしまうのは当然だが、仕方ないと割り切ってしまうには少々寂しい案件だ

 

 

 『風格ぅ?最近太っただろ?それが原因なんじゃねーの?それにレースの外でも目付きがギラつきすぎなんだよお前は。そりゃ後輩もビビるってw』と茶化したウオッカは真紅の一撃を受けソファーに沈んだ

 

 当時世間から集まる視線とライバル達とのせめぎ合いの中で精神的にかなり負担を受けていたスカーレットに対するウオッカなりの励ましだったのかもしれないが……まあそれは置いといて、とにかくスカーレットはカリスマキャラと愛されキャラの中間ポジションを得るための努力を欠かさなかった

 

 

 その結果、ムーンシャインの後輩達は随分スカーレットに懐いている。だというのにハイパームテキはまだ少し言い辛そうにチラリとスカーレットに視線を送った後、視線をさ迷わせている。スカーレットは新たに僕が仕入れて来たお煎餅の奥深い美味しさに感激するのに忙しく気付いていない様子だが

 

 

「ええと……質問なんですけど。グルーヴサブ。私トリプルティアラ、目指したいんです。そのアドバイスを是非にと」

 

「トリプルティアラ……成程。実際に成し遂げたスカーレットよりも有益なアドバイスをしてやれるかは解らんが、トレーナーとして力を尽くすと約束しよう。だが既に助言を受けて行動しているのであればそれに沿って指導法も考えなければならんからな。参考までにどういった話があったかを聞かせてくれないか?」

 

「いえ、その……」

 

 

 ハイパームテキが困ったように耳をパタつかせる様子を見てエアグルーヴは首を傾げる。僕はなんとなく状況を察してちょっと距離を取るように身を引き、最後の1人が唸るようにリアクションを返すのを見守った

 

 

「パームあなた、クラシック路線に進むってアタシに言ってたわよね?」

 

 

 ピシッ、と空気にヒビが入った音がした。違った、スカーレットの手の中でお煎餅が砕け散った音だった。スカーレットの身体から今まで抑えられていた圧力が解放されつつある。ハイパームテキは砕け散ったお煎餅を見て何を連想したのか椅子の上で不自然に身じろぎを始めた

 

 

「いえ、その……」

 

「グルーヴさんにアドバイスを求めた事を咎めてる訳じゃないわ。でもなんでアタシには全く聞いて来なかったの?」

 

「いえ、その……」

 

 

 『全自動いえ、そのbot』になってしまったハイパームテキは、それでも納得のいく説明を受けるまで絶対に目を逸らすつもりがないスカーレットへ遠慮がちに上目遣いを向けた

 

 

「聞きたいなとは……思ってたんですけど……。先にエアグルーヴサブに……」

 

「嘘ついてまでアタシを後回しにする必要無いでしょうが!」

 

「スカーレット先輩はなんてゆーか……色々とアドバイスが勢い九割なので……」

 

「はぁ!?むしろあとの一割はなんだって言うのよ!!」

 

「……根性論?」

 

「___それじゃ十割勢いじゃないのよ!!!!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 

 スカーレットへの熱い風評被害を防ぐためにも弁明したいが、スカーレットが優秀なのは確かだ。座学を軽んじず理論や戦術もしっかり学ぼうとするし、レースの熱狂の中で冷静さを失わない理性的な面とここ一番の勝負所では己の勝負勘からくる閃きも選択肢に含め貫ける野性的な豪胆さを備えた優秀な競技者だ。全くもって褒める所に困らない、素晴らしきウマ娘である

 

 

 ただ、彼女の強さの根幹はそんな優秀なリソースのほぼ全てを妥協無く自己研鑽に注ぎ込んできた事にある。鍛えれば鍛えるだけ強くなるに決まってるでしょ!を地で行くが如く、血を吐き泥に塗れ勝ち続けてきたガッチガチのフィジカルタイプだ。練習を見学していた後輩が泣きだした実績を持っておりその苛烈さは伊達では無い

 

 

 他人へのアドバイスが下手だとは言わないが、限界ギリギリまで自分に負荷をかける事が前提なので後輩がアドバイスを求めて来ると嬉々として後輩達を地獄に叩き落とそうとする悪い癖がある。冷静さがあるとは言ったが、一旦アクセルを踏むとそのまま行くところまで行っちゃうタイプなのだ

 

 

 当然メニュー自体はレイヴンと相談して組み上げるのでリスクは限りなく抑えられているものの、乗り越えられるメンタルを入学したての若きウマ娘達が備えているかどうかは考慮されていない。自分で望んだ以上逃げる訳にはいかないし、例え逃げ出したとしても本当に限界を迎えた訳では無いと判断される限り学園最速(長距離適正S)がどこまでも追いかけて来る

 

 

 

 効果の程を体現しているチームメイトで言えば、今年高等部に進学したスイープトウショウこそまさにの例だろう。彼女もかつてトリプルティアラへ挑むためスカーレットに頭を下げたが、入学当初から生意気全開で振る舞っていたスイープを知っている者からすれば目ん玉飛び出る程の行動だった

 

 

 意地っ張りで自分を曲げない、かつての自分を思い出すようなはねっ返りな後輩がその性分を抑えて頼ってきた。覚悟に応えようと(もしかしたら生意気な後輩を体よく締め上げてやれる絶好な機会だと思ったのか)大興奮したスカーレットに引きずり回されたスイープは性格がちょっと大人しくなった。なんか達観したというか、大人になったというか

 

 

 惜しくも3つのティアラ全てを頭に乗せる事自体は叶わなかったスイープではあるが、そんな彼女もスカーレットには感謝している筈だ。とはいえその時の話を語る時のスイープの目はいつものキラキラが引っ込み遠い場所を見つめてしまう。話を聞いて恐怖を覚えたハイパームテキの気持ちは理解できる

 

 

 そうこうしているうちにスカーレットが弾かれるように飛び出した。ハイパームテキは逃げようとするも、瞬き程の瞬間に既にスカーレットの両手がパームの丸っこい頭をすっぽり包み込んでいた。デビュー前の新人が速さで競うには相手が悪すぎる。ダイワスカーレットは速さにおいてこの学園で一番を名乗れる実力者の一人なのだ。依然変わりなく

 

 

「アタシの前で臆さず挑んだその大胆不敵さは認めてもいいけど、まだまだ速さが足りないわね」

 

「つ……次こそは逃げきって見せる……!」

 

「次なんて無いわ。おバカさんに相応しいオシオキを見せてあげる……!」

 

「アー!タスケテ……タスケテ……!」

 

「はぁ……よさんかスカーレット。後輩は可愛がってやれ」

 

 

 窘められられたスカーレットは腕の中で後輩を弄びながら、しかし不満気なジト目でエアグルーヴへの不満を漏らした

 

 

「グルーヴさんがそうおっしゃるの、なんだか釈然としないんですけど」

 

「散々可愛がってやっただろうが。不服か?」

 

「いえ……特には……はい、感謝してます」

 

 

 この間ゲンコツをくらった所がまだ痛むのか顔をしかめるスカーレットとエアグルーヴを交互に見比べ、ハイパームテキがなるほどと首を縦に振った

 

 

「成程……この圧。スカーレット大先輩の威圧感は代々受け継がれてきたんですね」

 

「はぁん!?」

 

「オオッ……スイマセン……」

 

 

 一旦は落ち着きを見せたスカーレットが話の腰を折った事を軽く謝罪してエアグルーヴに続きを促した。しかしその両手は後ろから抱き着くようにハイパームテキの前に回されたままである。溜息を一つ挟んでエアグルーヴだがこれ以上ツッコむ事無く話を再開する

 

 

「全く……。私の体験談は足がかりにはなるかもしれんが、成功例では無いからな。その辺りはスカーレットに聞くと良い」

 

「有難いです。後からスカーレット先輩やスイープ先輩にも詳しいお話を聞かせてもらいますが、最初はトレーナー資格を持ったエアグルーヴサブから見たティアラ路線の見解を聞いて軸にしたかったので」

 

 

 そんな尤もな理由があるなら真っ先にそういえばいいじゃないの!というもっともなツッコミが炸裂した。パームはぺろんと舌を小さく出して可愛らしく笑った。だがスカーレットの凄まじい目つきが後頭部をじりじり焼き付けて来るのを察してすぐ真面目な姿勢を整えた

 

 

 スカーレットは確かに一種のカリスマを持っているが、猫被りを差し引いて素で面倒見が良いのとたまに抜けている所があるのとからかわれたらテンポよくツッコミをくれるなど後輩達に好かれる要素を多く備えている

 

 

 怒りっぽいとはいえ可愛がり精神を忘れないスカーレットが後輩や同級生に本気で怒る事はほとんどない。大事な友人達が自分を大切にしない時、彼女は愛ゆえに本気で怒る。あと大切にとっておいたお菓子を食べられた時とか、気の抜けた顔を激写されSNSにあげられそうになった時とか、僕が二日酔いで買い物の待ち合わせにちょっとだけ遅刻しちゃった時とか、寮長不在の時に後輩と同室の友人が寮で夜遅くまでお祭り騒ぎをおっぱじめた時とか、勝手に銅像を建てられた時とか……あれだな、結構怒ってるな。それはいいとして

 

 

 ともかくエアグルーヴは僅かな昼休みの時間を使って実にためになる話をしてくれた。資料も何もない状態なので本格的なレース解説とまではいかなかったが当時のエアグルーヴの経験談、そしてそれを今の自分が見た際に得られた改善点と今の時代に合わせての修正案。先輩トレーナーとしても聞いていて非常にためになる話だった。え、もう教える事無いじゃん

 

 

「すっかり一人前だ……もう卒業だね、エアグルーヴ」

 

「何か仰いましたか大和サブトレーナー」

 

 

 久々に冷え切った声が飛んできた。これだよこれ。これがあればクーラーを付けずとも初夏を乗り切れるんだよ。腕を組んで頷く僕をガン無視して、エアグルーヴはメモした手帳をしまうハイパームテキに向き直った

 

 

「他にも何か質問があるか?」

 

「うーん。せっかくなので。スカーレット大先輩の弱味エピソードが知りたいんです。大和サブは全然そういうの教えてくれなくって」

 

「必要か……?」

 

「今度怒られそうな事があったら弱味をぶら下げて見逃してもらおうかと……」

 

 

 チームメンバーに限らず時たま若きトレセン生徒達から完全無欠のスカーレットの弱点は無いですかと迫られる機会がまぁ有る

 

 ライバル、というよりファン故に興味があるのが殆どだが。スカーレットに弱点は無い。全てが利点だ。それはそれとしてからかいネタに使えそうな小話を僕が嬉々として話そうとすると必ずと言っていい割合でスカーレットが聞きつけてすっ飛んでくる。運命の女神が許さないらしい

 

 

「もうアタシ怒り疲れたんだけど……」

 

 

 げんなりしたように、スカーレットは後ろから覆いかぶさるようにしたままハイパームテキの頭に顎を乗せてそのほっぺを左右からぐにぐにと撫でまわし始めた。堂々正面でやられる豪胆さにある意味で呆れたのだろう。この切り替えの早さというか図太さがパームの素晴らしさで動じてもすぐマイペースを取り戻せる平坦さは大物になる予感を漂わせている

 

 

 のだが、彼女の入学のニュースを報せてあげた所はるばる応援に来てくれたコットンルルをサプライズで引き合わせてあげたところ、憧れの先輩がちょっと成長した姿で目の前に来てくれた事実に脳がショートし立ったまま失神した。多分一定の感情振り切ると爆発するタイプらしい。親近感あるよね

 

 

 

「よし、私が代わって説教してやろう。いいかハイパームテキ。先輩の弱味を握って保険を用意しようという考えが気に喰わん。煽るなら後先考えずいけ。その方が可愛げがあって良い」

 

「ごめんなさいグルーヴさん。疲れたのでもうツッコミ嫌なんですけど」

 

 

 

 やめなさいスカーレット、そんな厳しい目を僕に向けるのは。エアグルーヴは結構昔からこんな感じだったよ。僕のOJTが悪いんじゃないよ

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 ウマ娘達で賑わう広大なトラックが見下ろせるよう設置された古ぼけた椅子にエアグルーヴと横並びで座り、騒がしくクールダウンを行う練習終わりのチームメンバー達を見つめる

 

 

 ジャージ姿のエアグルーヴは一線を退いたとは思えないコンディションを保っているように見えた。一緒に走ってきたらどうだい?と僕が提案すると冗談だろうと笑って流したが、チームの子達の何人かは君と走りたがっているのが見え見えだ。その内迫られて根負けするだろう

 

 

 

「君から見て、今のチームの子達のレベルはどうだい?」

 

「……そうですね。相変わらず、スカウトを積極的に行っていないチームとは思えない程に見ていて先が楽しみになる者が多い。導くのがずば抜けて上手いという事かもしれませんが。昔よりどうだ、と一口には言えません」

 

「光栄だね。ただご存じの通り、彼女達が頑張っただけの事さ。僕達がすることと言えば、新たな風が吹くのを見逃さない事だけさ」

 

「ええ、仰る通りです」

 

 

 やいのやいのと走り回る学生達の姿はまるっきりいつも通りだ。しかしエアグルーヴからすれば新鮮に見えるだろう。当時の学生達は殆ど残っていない。初日にホワイトレイヴンに挨拶に行った時の事を思い出しているのだろうか

 

 

『これはヒトだって例外じゃない話なんだけど。特に現役時代に栄光の真っただ中に居たウマ娘のトレーナーは過去の黄金時代に理想が引きずられる事が多い。新しい伝説を紡ぐのが我々の役割だと言う事を忘れないようにね』

 

 

 思う所が全くない訳ではないのだろう。僕は場に居合わせなかったが、レイヴンとは随分長く話をしていたみたいだ。例えレースを走ってはいなくとも、同じウマ娘として心構えについての語り合いは僕では口が挟めない領分だ

 

 

「現役時代も、時代の変革は常に受け入れて来たつもりでした。ですが……まだどこか昔の想い出に引きずられる自分も居る。全部を捨てようとは思いませんが、新しさを受け入れてこうと思っています」

 

「じゃあ新しい生徒会長も受け入れてあげないとね」

 

「……」

 

 

 エアグルーヴは露骨に顔をしかめた。流石に失礼だろう。生徒会室に挨拶に行った彼女と現生徒会長の間にどんなやり取りがあったかは、一応現生徒会副会長を務めているダイワスカーレットから聞き及んでいる。学生としては卒業してから数年経つが、かつてのシンボリルドルフよろしく生徒会長として学園に居残ったトウカイテイオーはかつての宣言通り皇帝を越えた……かどうかは所説あるが、帝王の呼び名に恥じぬカリスマで学園を立派に取りまとめている

 

 

「あの憎たらしい態度……!」

 

「仲良くしなよ……」

 

 

 どっちもいい歳だろうに。テイオーは人望があるのだが、少しだけ人を(ウマ娘を)喰うような性格なので煽り癖が抜けない。ルドルフも意外とライバルを煽って焚き付けたりする一面もあったがテイオーは生意気な子供っぽさが残っているのが質が悪い

 

 

 まあ結構生意気な態度でニヤニヤしていたテイオー会長ではあったが、後から話をしてみればエアグルーヴが学園に戻って来た事は結構嬉しいのだ。会長として振る舞う時間が増えた彼女にとって、かつての先輩がやってきた事はやり辛くもあるが妙に親近感が沸いて嬉しいらしかった。素直に自分の子供っぽさを受け入れてくれる相手が欲しかったのだろう。その内仲を取り持つとしよう。エアグルーヴも愚痴を吐きながらも楽しそうにはしているし

 

 

 しばらく見守っていると今日の全メニューを終えたメンバー達が戻って来る。先陣を切って戻って来たウオッカが汗を拭くのもそこそこに僕の隣に腰を下ろしドリンクを一気に喉に流し込んだ。汗を拭かないと風邪ひくよ、と何度言っても汗を光らせてるのがワイルドだろ!とかなんとか言ってるので勝手にタオルを頭に乗せてあげる事にしている

 

 

 そのまま頭と顔を丁寧に拭き上げてあげれば、心地よさそうに目を細めて受け入れてくれたウオッカはふいーっと大きく息を吐いた後気さくに話しかけてきた

 

 

「あー疲れた……。なぁトレーナー。今夜時間あるか?こないだ言ってた映画の新作さ、サブスクの見放題に来てたから一緒に見よーぜ。スカーレットも暇だろ?」

 

「まぁね。それじゃチームハウスのでっかいテレビで見ましょうよ。皆も来るでしょ?」

 

「はいはーい!行きたいです!」

 

 

 楽し気なお誘いにスカーレットが乗って後輩達も楽しそうに盛り上がり始めた。それに水を差したくは無いのだが

 

 

「嬉しいお誘いだ。ただ今宵は少々外せない用があってね」

 

「んだよー俺を袖にするってのかぁ?まさかデートかよおい」

 

 

 

 僕は黙った。これデートか……?デートではなくない?お仕事の付き合いの延長だし、なんならお仕事でしょ。多分経費で落とせる。僕が静かに微笑みながら喋らなくなったのを見て自分で放ったジョークがぶっ刺さったウオッカの目が徐々に見開かれていき、やがてちょっと顔を赤くして黙り込んでしまった

 

 

「なーに真に受けてんのよウオッカ。冗談に決まってるでしょ。ね、グルーヴさんは来ますよね?」

 

「……今夜はトレーナーと外に出る用がある。悪いが次の機会で頼む」

 

「「「!?」」」

 

 

 凄いな。全員の耳と尻尾が真上に向いた

 

 

「おいおいエアグルーヴ。こういうのは秘密にする事じゃない?」

 

「いえ、敢えて隠す方がその……アレではないですか?」

 

 

 いやアレってなにさ。なんでもないんだけど

 

 

「大人の夜……ってコトなの!?」

 

 

 スイープが大げさな発言をぶちまかしたのでより空気が浮足立った。よさないかスイープ。興奮気味に地団太を踏むんじゃない。最近の君はマンガの読み過ぎだ。いや大半は僕が買ってチームハウスに置きっぱなしにしてあるので僕が悪いのか

 

 

「え、サブトレさん!応援……した方がいいですか!?」

 

 

 やめてくれキタサン。太鼓を準備するんじゃない。バチをスイープに配るんじゃない。というかトレーニングの時は太鼓は置いてきなさい。確かにある意味ではいい練習になるんだろうが、他のチームから『聞いてるこっちも少々盛り上がりすぎる』とか苦情とは言えない程度に文句が来てるんだからね

 

 

「エアグルーヴ、みんな過敏な年ごろなんだから……」

 

「アタシを弄ぶのね!?」

 

「いや別にそういう意図は……ああスカーレットも変になっちゃったじゃないか」

 

 

 ウオッカはタオルを顔に巻き付けたまま動かないしスカーレットは沸騰していた。最近練習中は後ろに一本にまとめるようになった長い髪が尻尾と同時にブンブン振り回され後ろに居たミキリハッシャマンが必死に身をよじってかわしている

 

 

「可愛げが出て来たなスカーレット」

 

「誤魔化してもダメですよエアグルーヴさん!2人とも、門限は9時なんだからね!!!」

 

「悪いが大人に門限は無い。出勤時間にトレーナー室の椅子に座っていれば問題無いんだ」

 

「ぐぬぬぬ……ちょっとトレーナー!グルーヴさんに変な指導しないで!」

 

「いや、確かにこの言い訳を他人が使ってるの見るとちょっとヤバいなって思うよ僕も。まぁ大丈夫だよ皆、大げさに考えないでくれ。軽く2人で話し合いをしたいだけさ。ちょっと一杯飲んですぐ戻ってくるよ。」

 

 

 だからあんまり騒がないでくれ。お願いだから。あんまり噂を広められると色んな所から指導入ったりするのでそこらへんはしっかり注意して口止めをお願いしておいたので多分大丈夫だと思う。思いたい

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

「いつか君とこうして呑みに行きたいなと夢に見たものだけど。実際こうして酒の席を囲むと……やっぱり緊張してしまうな。とびっきりの美女に楽しんでもらえるお喋りが出来るか今から不安だよ」

 

「ふん、相変わらずお上手で。しかし、再会してすぐ喜び勇んで誘って来られるかと思っていましたが」

 

 

 今のご時世、後輩に飲みの誘いをかけるのも色々問題になりやすいからね。なんてそれっぽい言い訳だが本音じゃない事は簡単に察せるし、私がを察している事も気付いているだろう

 

 

「君とは腹を割って話すべきだと何度も思っているのに、どうしても逃げてしまうんだ。最初は僕が未熟だから君を突き放すような態度を取って、オークスの後からは……君の聡明さに甘えて言わなくても解ってくれるだろうと。こうして本当に対等な立場となって、今度こそと意気込んだというのに君にあんなよそよそしい態度を取られてしまう僕を可愛そうだと思ってくれないかい?」

 

「それで辿り着いた答えが酒の力を借りようと?貴方らしいな」

 

「ふむ。君にはもっといい考えがあったと?」

 

 

 私が黙り込んだのを見て彼は小さく肩をすくめた。嫌味を吐く私も誘いを待っていた立場だ。文句は言えない。おしぼりを弄ぶ彼の視線は、それでも私を見つめていた。こちらも受け身のままでは失礼だろう

 

 

「申し訳ないことをしました。私も……こうして話をしたかった」

 

「ああ、よかった。僕はずっと楽しみにしていたんだ。君もそうであれば言う事無しだね。とはいえ、込み入った話はもう少し心の壁が溶けてからにしようか」

 

 

 そう言うと彼は私の分のドリンクを聞くと机に備え付けられた電子タブレットを慣れた調子で操作し、2人分の飲み物といくつかの料理を頼んだ

 

 

 成人してから何度か友人達と食事に出かけた事はあるが、こうした居酒屋然とした場は初めてだ。掘りごたつの個室は四隅を壁とふすまで仕切られていて他の客の騒ぎ声も少し遠くに感じて落ち着きと盛り上がりが程よいバランスだ。運ばれてきた色とりどりの料理も、同級生達との騒ぎ合いでは見ない料理が殆どだ

 

 

「君の口に合えばいいけど」

 

「……ええ、美味しいです」

 

「ああ良かった。何度か食事に行って君の好みは多少知っているつもりではいたんだけど、これからも自信を持って君を食事に誘えるね」

 

 

 普段と違い心底嬉しそうに笑い、くっくっとビールを呑み進める。あっという間に空になったグラスを横にやり、横目でタブレットを操作すると腕を組んでこちらを見やる

 

 

「では少しお腹も落ち着いた所で……。そうだな。一先ずは君の理想の話を聞きたいかな」

 

 

 この質問は恐らく、『あなたの考えるトレーナーとしての正しい在り方について述べなさい』というトレーナー資格を得る時にも求められた質問の事だろう。私もいつか、トレーナーがどういう答えを書いたのか聞いてはみたかった。だが今は私自身の答えを胸を張って告げるとしよう

 

 

「……指導者としての自分を求める上で。私らしくある、というのは本当に必要なのか。私は長く理想について考える中で、そう思うようになりました」

 

「興味深いね」

 

 

 様々な指導法、心理的なものに関しての論文、参考にする方針や文献によって学んだのは理想というものは常に変化して来たという事で、自分らしさを貫くということはどれかを選ばないということだ。誰かにとっての最適解に逆らい自分にとっての正しさを通すのは、指導者としての正しさではないのかもしれない

 

 

 未熟だった私の考えに回帰する訳だ。トレーナーなど誰でもいい。ウマ娘の邪魔をしなければ、と

 

 

「それは勿論、自分らしくあることの大切さを充分理解した上での考えだということは間違いじゃないかな?」

 

 

「ええ。自分を捨てるのであれば私がトレーナーを目指す必要が無い。マニュアルを行使するだけの機械でもいい。機械に分析を任せ、練習指示を出すボタンを押すだけで仕事になる。しかし山のようなノウハウが積み上げられた現代に至ってもウマ娘とトレーナーの縁が切れる事はない。であれば私達は、何より私達である必要があります」

 

 

「うん、いい考え方だ。しかし面白いじゃないか。成長した自分がさらに先にすすむ為の正解を模索するとかつては間違いだと切り捨てた未熟な自分の考えに辿りついたのか」

 

 

 競技者としてはかつて描いた理想の姿に至れたという自信がある。完璧とはいえずとも、誰にも恥じる事無く胸を張って言い切れる。だから現役であった時は己の背中を見せて誰かにとっての道標であれたらと振る舞っていた

 

 

 だがトレーナーの立場になった今、ただ私のようになれと教え子達に言い聞かせても仕方無い。今すべきことは1人1人と向き合い、彼女達の理想像を共有して共にそこへ向かって進む事だ。私を理想としてくれる者が居てくれればとても嬉しい事だが……だが今は、引っ張ることではなく彼女達自身の脚で進む手伝いをしてあげたい

 

 

 無理な後押しも、無理やり手を引いてやることも必要ない。ウマ娘はそれぞれ、得意な進み方は違うだろうから

 

 

「ターフに立てば1人だが……ただそれでも私は共にあると、何度でもそう言ってやるのが今の私がなすべきことなのだと思います」

 

「……」

 

「隣に居て、共に歩む者でありたい。私はそういうトレーナーでいたいと、思います」

 

 

 トレーナーは目を閉じると深く長く息を吐いて、押し寄せる感傷に浸っている様子だった。それから小さく頷いて、不思議な温かさを秘めた目でこちらを真っすぐに見つめた

 

 

「そうか。うん……とても良いと思うよ。正解の無い問いかけだが……立派な答えだ。僕が保証しよう」

 

 

 新たに運ばれてきた酒の入ったグラスをゆっくりと差し出してくるので、私もおずおずと手に持ったグラスを差し出して軽く打ち合わせる。チン、と心地よい音を合図に2人してそれを口に運ぶ

 

 

 あなたはどのような理想を?そう聞こうとしていた思いはすっかり引っ込んだ。彼の反応を見るに私と同じような答えを持っているのだろう。自分がこの答えを持った時、自ずと彼の理想も予想がついたものだ

 

 

 改めて恥ずかしい思いをするのも癪なので触れない事にした。対面のトレーナーは聞いて欲しそうな顔をしていたので素早く関係ない話題に逃げ込んむ。大体を察したのか微笑ましい顔を浮かべていたのが心底不愉快であった

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

「いやー遅くなりました!道が混んでましてですねぇ……」

 

「たわけ、歩きだろうが貴様!遅いぞフクキタルさっさと座れ、ビールは頼んでおいたぞ!」

 

 

 大和さんのお誘いを受けて辿り着いたお店に到着し、店員さんの案内を受けて個室を仕切るふすまを開ける。酔っ払いは1人ではなく2人いた。うきうきだった私のテンションがどんどん下がって行く。これ絶対面倒事だよ、とシラオキ様も囁いていらっしゃる。いや、来る前にお告げくださいません?そう尋ねたがシラオキ様はうんともすんともおっしゃらない

 

 

「うわエアグルーヴさんだ。え、あの大和さん?この場に私が呼ばれた意味がわからないんですけど……?」

 

「君と会いたい気持ちに理由が必要かな?」

 

「そういうのは今はいいので」

 

「いやまあ……なんかエアグルーヴが思ったよりノーブレーキだし。間に入ってくれる頼れる女性の手を借りたくて」

 

「こんな時にだけ頼らないでください!私だって忙しいんですからね!?」

 

「でも来てくれるだろう?僕は君のそういう所が好きなんだよフクキタル」

 

 

 こういう場でそんなこと言われても嬉しくないですよ。いやほんとに。私はせめて落ち着いている大和さんの側に座ろうとしたが引っ張られてエアグルーヴさんの隣に座らされた

 

 

「厄介事を押し付ける気ですよね?女の子にお酒を飲ませたのならしっかり責任を取るのが男の人のお仕事ですよ」

 

「誰が厄介だ?貴様に言われると心底腹が立つな。さぁ飲め」

 

「えぇ……凄いですね、見た事無いですよこんなグルーヴさん。今は許しますけど動画撮って明日見せてあげますね。というか今回どっちから誘ったんですか?」

 

「僕だけど」

 

「ほーら!言ったじゃないですかエアグルーヴさん!アナタから誘ってみるって約束してましたよね!」

 

「知らんな。トレーナーがどうしてもというから来たんだ。何も無い」

 

 

 ぷいっと横を向いてるけど、まだ果たされていない約束がある事に私は気付いています。厄介な場に混ざらされた腹いせもあるし、ちょっと追い込んでやろうと思い至った訳ですね

 

 

「エアグルーヴさん、トレーナーって誰のことです?」

 

「トレーナーは……トレーナーだろうが」

 

「あなたもトレーナーですよね?じゃあおかしいですよね?」

 

「……大和サブ、と呼べばいいだけの話だろう」

 

「えー?お仕事中はそれでいいんでしょうけど、今はそうじゃないお時間ですよ?」

 

 めっちゃ睨んで来る。普段なら怖いけど、ちょっと赤くなってふわふわした目付きで睨まれると……なんかちょっといいですね。そう思ってると大和さんも静かに頷いているのが見えた

 

 

「ね、大和さんもそう思いますよね」

 

「さぁ?僕はなんとも」

 

 

 そう言って肩をすくめるが、期待に満ちた目でエアグルーヴさんに熱い視線を送っている。酔うと態度がかなり素直になる人だ。エアグルーヴさんもぐっと言葉を詰まらせ、天井を見上げ、左右を見渡した。でもこれも約束した事だ。呼び方をちょっと考えようと。酔った勢いと私に急かされたという二つの言い訳を用意してあげたのだから頑張って欲しいですね

 

 

「や……」

 

「「おっ」」

 

「大和さ……ブ」

 

「「おぉ……」」

 

 

 私達のちょっと哀れむような視線が気に障ったのか。やけになったように半分ほど残っていたビールをぐっと飲み干し、ブチギレてる時にしかしないような鋭い視線を真っすぐに向ける

 

 

「大和さん」

 

「……はいはい、なんだいエアグルーヴ。おかわりかな?でも次の一杯で最後にした方がいいんじゃないかな」

 

「言われるまでもありません。それに注文は自分でやりますので」

 

 

 ぷいっと目を逸らしタブレットを弄り始めたエアグルーヴさんから目を離し、大和さんと見つめ合ってくすくすと笑う。折角きたのでお二人に混ざってこの一ヶ月の話を聞かせてもらうと、とても楽しい時間を過ごしているようだ。少し昔の騒がしさを思い出して寂しくなったので、そのうち遊びに行かせてもらいましょう

 

 

「でも安心ですね。グルーヴさんがいらっしゃれば大和さんもしゃんとなさるでしょう」

 

「ふん。おいおい独り立ちするつもりだ。だが足元が覚束ない恩師がきちんとするまでは支えてやらんとな。大丸さんもその内身を引くつもりらしい。リーダー不在のムーンシャインを抜けられんだろう?」

 

「なるほど。それじゃあ立派になった暁には、エアグルーヴにムーンシャインのリーダーの座を進呈してあげようかな」

 

「は?」

 

 

 そうじゃないだろ支えてやるからお前がリーダーとして立派になれと言っているんだが?と言いたげなエアグルーヴさんが眉を吊り上げて睨むが、大和さんは首を傾げるばかりだ。直接言ってくれよといわんばかりのにやけ面に心底イラついているのだろう。エアグルーヴさんは段々口調が崩れていく

 

 

「ウマ娘のためばかりに時間を使って自分の事にはだらしない大和さんを支えてやろうと言っているのです」

 

「おいおい。僕みたいな男がしっかり独り立ちする未来が君には見えるっていうのかい?」

 

「はは、言われてみればどうなんだか。確かに想像し難い。かなり長い目で見る必要があるのは確かでしょう」

 

「じゃあそれまでは僕を置いて独立なんてしないでいてくれる、という訳か。さて、頑張るか頑張らないべきか迷ってしまうな」

 

「約束した手前仕方ありません。ですが私が傍に居る以上、それ相応の覚悟はしておいてもらいますよ」

 

 

 それってプロポーズみたいですね。と突っ込もうか迷った私はグラスをあおり、新しい一杯を注文しながら考えを改めた。あんまりこういう茶化し方は良くないな。例え目の前でいちゃつかれてても、さっきから私が頼んだ料理をガンガン掻っ攫っていかれようとも、時折ばしばし肩を叩かれようとも。唯一素面に近い私がしっかり場を整えなければ

 

 

 

 

「それってプロポーズみたいですねぇ!?」

 

「はぁ!?全然___全然そんなことないだろうが!!!!!」

 

 

 なんか全然我慢できなかったのでぶっこんで見た。目の前でいちゃつかれてるのもたまりませんし。大和さんはにこにこしながら何も言わない。多分脳内でリピートしたり言葉の意味を呑み込んだり色々してるので放っておく。ぎゃいぎゃい喚くエアグルーヴさんを適当にあしらいながら、新しく届いたお酒を飲ませる。騒がしいのでちょっと静かになってもらおう。まぁ私がうるさくしたんですけど

 

 

 

 

 その後。絶対歩いて帰る、なんなら学園まで競争だ、とか喚くエアグルーヴさんを無視してタクシーを呼び、3人で学園前まで戻った。そろそろ日付の変わるタイミングなのだがあっちこっちからフラフラと帰ってくる他のトレーナーさん達の姿もまばらに見える。大丈夫かなこの人達。まぁ夜くらいは気晴らしの時間が必要だろうし。その中で私達はこの期に及んで騒いでいた

 

 

 

「いや、ダメですって大和さん。私が学園に入る訳にはいかないでしょ」

 

「でもどうするんだいフクキタル。まさか僕が彼女を寮の部屋まで連れて行く訳には行かないだろう。流石に、流石にだよ」

 

「そんなこと言われても……。ああダメですよエアグルーヴさん!まだ寝ないで下さい!」

 

「……」

 

「立ったまま寝そうになってますよこの方……。ここまで飲んだの初めて見ました」

 

「色々安心したからストッパー吹っ飛んだんだろうね。まぁこんなこともあろうかと、一応頼れる従姉妹に連絡はしておいたんだけど……」

 

 

 その時、門の向こうからふらりと真っ白に輝く影が姿を見せた。美しい白い髪は真夜中を照らす門の照明を浴びて透明になってしまうほど光を纏って輝き、そしてその身体は完全に寝間着想定のちょいボロのジャージを纏っていた。顔は完全に不機嫌だった

 

 

「やぁレイヴン。ご機嫌いかがかな」

 

「さっきお布団に入ったトコ」

 

「本当に申し訳ございません」

 

「はぁ……。ごめんなさいフクキタル。迷惑をかけちゃって」

 

「ああいえ。私も一応楽しんだので。こちらこそありがとうございますレイヴンさん」

 

「まぁ仕方ないわ。私も一応こうなるかもと思って起きてた訳だし」

 

 

 すごい目つきで大和さんを睨んだ後、眠そうな目をしょぼしょぼさせながらレイヴンさんは軽々とエアグルーヴさんを担いだ。儚い雰囲気に似合わず背も高いし力も強い。ただ僕も運んで欲しいんだがね、とほざいた大和さんはローキックをもらい無言で歩き出した

 

 

 皆さんを見送った後、ぶらぶらと帰路につきながら飲み会で撮った写真と動画をうっかり、本当にうっかりスカーレットさんとウオッカさんに送信してしまった。後の事は知りません。全然知りません

 

 

 

 

 ぽっかり浮かんだ満月が、今夜は妙に近くに見えました

 

 





フクキタルENDとは世界観がちょっと違います。多分


でも目の前でいちゃつかれても平気な顔してたフクキタルはメタ的に「今回は自分のエンドじゃないしいいか……」と思ってたりします。多分



フクちゃんのお話から大分間が空いたのに読んでいただきあまつさえ感想まで……感激しました。毎日ガチャ引きます。ありがとうございました



次回はライスちゃんかな……もしくはちょっと関係ない日常編挟むかな……しばらく空くと思いますが、もしまたどこかでお会いできればよろしくお願いいたします



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