第1話 着任
化け物がいる──そんな情報だけが、頭の中にあった。
目の前は真っ暗で何も見えない。音も聞こえない。体の感覚もない。なのに、情報だけは理解できる。
化け物の名前は、『深海凄艦』。
奴等はある日突然現れて、海を
私は、そいつらと戦うために蘇ったのだ。
そこまで理解した時、体の感覚が変わった。手や足がある。真っ暗だったのは瞼を閉じていたから。艦の肉体から、少女の肉体へ。
「──ん……んん」
声が漏れた。幼い少女の声。これが私の声だ。どうやら相当幼い体らしい。
私は元々駆逐艦だ。戦艦や巡洋艦と比べると小さい。元のサイズに相応する体になっているんだろうか。
ゆっくり瞼を開けると、白い天井やカーテンが見えた。簡易的なベッドに私は寝かされている。薬品の臭いがする辺り、きっと医務室とか、そんな部屋だ。慣れない動きで首を回すと、ベッドの隣に、白髪の少女が腰かけていた。首が船をこいでいる。寝ているようだ。
「……あ、なた……は……?」
「うぉっ、目覚めていたのか!」
少女は相当驚いたのか、椅子から危うく落ちそうになる。私のことを、かなり長い時間見ていてくれたんだろう。疲労の限界で、うたた寝をしていたのだ。
「起きれそうか」
「うん、大丈夫だと、思います」
ベッドの柵を支えにすれば、体を起こすぐらいはできそうだった。しかし、腕に力が上手く入らない。そこから、人の体に慣れないといけないのは不便だと思う。情報だけじゃなく、そういった感覚も最初から欲しいんだが。
「無理はしない方が良い」
「……すいません、思ったよりも、難しいですね」
「当然だ、私たちは艦という本質を持つ。人の体との矛盾、理、概念を越えることは容易くはない」
彼女は手を貸し、体を起こすのを手伝ってくれた。
何だか、妙に……いやかなり独特な言い回しをする。一瞬何言っているのか分からなかった。徐々に慣れれば良いよと、言えばいいのに。
「自分が誰だか分かるか、敵は誰だか、知っているか?」
「敵は、分かります、私も、分かる」
私が誰なのか。それは言われるまでもなく覚えている。
あの感覚は消えないだろう。直感的に思えた。体中に水が入り、機関が止まり、重く暗い水底に沈んでいく感覚。最後は痛みもなく、逆らえない眠気が押し寄せた。私は一度、死んでいる。
その上で、蘇ったのだ。
戦争とは違う。人々を護るために、必要とされたから。もう一度戦うために、私は生まれたのだ。艦の付喪神、艦娘として。
「私は、『卯月』。睦月型駆逐艦の卯月──だぴょん!」
医務室が、静まり返った。
私自身も突っ込んだ。何だ『ぴょん』って。うさぎか? 『卯』月だからなのか? だからぴょんなのか?
「面妖な」
「それはうーちゃんのセリフだぴょん! まさか好んで言っていると言うってのかぴょん!」
「う、うむ、済まなかった」
それでもぴょんは消えない。私は絶望した。というか今一人称も変だったぞ。
彼女が言うには、妙な語尾がつくことがあるらしい。原因は不明。別に困りもしないから、放置しているんだとか。
語尾だけではなく、『性格』もある程度は決まっているらしい。私たちはそういう存在なんだと、納得する他なさそうだ。
……このまま語尾に人格まで引き摺られないことを祈る。
「えーっと、それで貴女は?」
「私は『菊月』だ、覚えているか、卯月姉さん」
「勿論だぴょん!」
首をぶんぶん振る。忘れる訳がない。私たち卯月型の中で、ギリギリまで生きていたのが、私と末っ子、そして彼女こと、菊月だ。まさか、この体になって初めて会うのが、菊月になるなんて。こんなに嬉しいことはない。
「菊月の口調も、うーちゃんのと同じ、生まれつきの特徴かぴょん?」
「いや違うぞ? カッコいいだろう。黄泉より齎された力により人々を護る、艦の化身だ」
「うん、そっか」
死に分かれた姉妹兼戦友が、こんなのに毒されたと知った私は、どうすればいいのだろう。後で知ったが、こういうのは中二病と言うらしい。完治した後に、心底後悔するのが定石なんだとか。
「歩けそうか、歩けるなら、提督に挨拶をしに行きたいんだが」
「提督?」
「ここの鎮守府を任されている、指揮官のようなものだ」
私の知る時代とは色々違うらしい。
私たちのような兵器を運用する場所を『鎮守府』と呼び、リーダーのことは『提督』や『司令官』と呼ぶ。実際の役職名ではなく、俗称みたいなものらしい。
「無理はするなよ。卯月は私たちの鎮守府で、始めての
そうは言っても、体に変な感じはない。提督の部屋までは問題なく歩けそうだ。
そもそも、D事案とは何だろう? 鎮守府の廊下を歩きながら、菊月は艦娘の産まれ方について説明してくれた。
艦娘の顕現には二通りの方法があると言う。建造とドロップだ。
建造はそのまま、ドックを使って一から生み出す方法。私はそっちではなく、ドロップで生まれている。深海凄艦を沈めた際、残骸から艦娘が発見されるケースがあるのだ。
何故かと言えば、深海凄艦と艦娘は、
かつての戦いで沈んだ軍艦や、人々の思い。それらは時間を得て成仏したり、付喪神になったりする。しかし、どういう訳かそうはならず、莫大な怨念や無念、重すぎる願いに絡めとられてしまった。
付喪神の成り損ない、深海の鬼、それが深海凄艦なのだ。
人々は、そこから中身を取り出す技術を作り上げた。艦の御霊を呼び戻し、契約や浄化により、『人』の魂を定着させ、人の為の付喪神に正す。契約は『建造』。浄化は『ドロップ』と呼ばれているんだとか。
「ドロップだと、建造艦と何か違うのかぴょん?」
「そういう報告は聞いたことがないが、注意するに越したことはないだろう? ただでさえオカルト極まった存在なんだ」
確かに、さらっと聞き流したがデタラメな理屈だ。御霊とか付喪神とか、そこに人の魂だとかカオスじゃないか。深海凄艦に侵略されていて、手段を問うていられないのは分かるが、かなりヤバイところに足を突っ込んでいる気がする。用心はした方が良さそうだ。
それからも色々聞いている内に、提督室の前まで来てしまっていた。道中他の艦娘と入れ違わなかったのが気になった。菊月に聞くと、この時間は全員何処かしらで訓練や出撃しているんだとか。
「うへぇ、緊張するぴょん」
「心配する必要はない。提督というのは艦娘を指揮する人間の『総称』だ。階級は別にある。わたしたちの提督は『少佐』だ」
そういう問題ではないんだが。この体で初めて会う人間だから緊張しているのだ。顕現時にある程度インプットされていても、わたしの常識が通じない可能性もある。人間同士の戦争と、化け物との戦争が同じ訳がない。
菊月は扉を叩いて部屋に入る。わたしも続いた。部屋の中は割と普通だ。わたしの記憶にあるような執務室に似ていた。真正面の机に座っているのが、きっと提督だろう。思ったよりもずっと若いことに、内心驚きつつ、菊月に合わせて敬礼する。
「睦月型四番艦、駆逐艦卯月、着任しましたぴょん!」
やっぱりぴょんは外せない模様。提督は眼を白黒させていたが、すぐ正気に戻った。
「菊月から聞いたと思うけど、僕が提督の
いかにも好青年、と言った印象だった。この若さで少佐なのだ、実際は優秀なのだろう。神提督は資料を片付け、わたしに改めて向き直る。
「知っての通り、今この海は化け物たちによって支配されてしまった。悔しいことに、僕たち人間では太刀打ちできない。人々を護る為に、再び戦場へ赴いてくれたこと、感謝します」
神谷提督は深々と頭を下げた。まさか、初対面の上官からこんなこと言われるとは思ってもいなかった。予想外の展開にわたしは困惑してしまう。
「……提督、卯月が困惑している」
「あ、済まない。ともかく、これからは艦娘として戦って貰う形になる。不安とか色々あると思うけど、頑張ってほしい。化け物を倒し切るその日まで」
「うん、分かったぴょん。こちらこそよろしくだぴょん」
神提督はわたしの手を握った。力強い軍人らしい手だけど、それでも深海凄艦には勝てない。一般人もそうだけど、提督を護るのもわたしの仕事だ。負けじと力を入れ返すと、提督は満足そうに笑った。
「頼りにしているよ」
「どんどん頼るといいぴょん!」
「その前に基礎訓練だがな」
「言うなぴょん」
心から頼ってくれているのが感じられた。どんな戦いになるのか想像もできないが、提督の元なら頑張れるかもしれない。
一礼をして提督室から出る。今度は艤装とのセッティングがあるらしく、菊月は工廠へ案内してくれるらしい。その途中、わたしは気になっていたことを菊月に尋ねた。
「神提督なんだけど、あの人結婚してるのかぴょん?」
握手をしている最中、机に置かれた左手の薬指には指輪が嵌めてあった。結婚指輪を嵌める場所というのぐらい知っている。
興味本位の質問で、深い意味は全然なかった。だけどわたしは、質問したことを後悔した。
「……ああ、提督は艦娘と結婚
悲しい声で菊月は答えた。つまり、そういうことだった。
提督も辛い過去を背負って、あのイスに座っている。知らなかったとはいえ、聞いていいことではなかった。
「……ごめん」
「気にするな、提督自身もそれを承知で指輪をつけている」
「強い人だぴょん」
提督もまた、わたしが護るべき人間の一人だと実感した。ああいった悲しい思いをさせないために、戦わなくてはならない。自分がその最前線にいることを、改めて自覚した。
工廠へ入ると、予想通り多くの艤装が置かれていた。
「卯月の艤装をとってくる、待っていてくれ」
艦娘はそのままだと、人間と同じぐらいの力しか出せない。しかし艤装を装備することで、超人的な力を使えるようになる。その艤装を整備しているのは『妖精さん』と呼ばれる存在だ。
手のひらに乗りそうな小さい小人が、所狭しと駆けまわって艤装を整備している。
わたしたち艦娘が艦の付喪神ならば、妖精さんたちは兵器の付喪神らしい。主砲を撃ち、魚雷を発射するのも妖精さん。加えて艤装の整備をする個体や、鎮守府の施設維持をする個体もいる。
やっぱり、非現実的だと思った。
その光景をぼんやり眺めていると、菊月が戻ってきた。しかし困ったような顔をしている。わたしの艤装はどうしたのか。
「どうしたぴょん?」
「いや、まだ整備中だった。本来ならもう終わっているんだが……やはり彼女の影響は多きいな」
「彼女?」
「妖精さん以外にも、人間のメカニックが一人いたんだが、つい昨日退職してしまってな」
話を聞くに、相当優秀な技術者だったんだとか。菊月も何回もお世話になっていたらしい。工廠妖精さんよりも有能なその人が退職したことは、かなりの痛手だった。止めようがなかったが、提督も頭を抱えたらしい。
「まあ駄目なら仕方がない。鎮守府は広いし、他の艦娘もいる。そちらから先に案内しよう」
「頼むぴょん」
「そうだな……甘味処はどうだ。ちょうど小腹も空く時k」
「なにグズグズしてるぴょん、さっさと案内するんだぴょん!」
「おい、急ぐ必要はないんだ!」
こうしてはいられない。菊月を脅迫したわたしは甘味処へまっしぐらに走る。
わたしたち艦娘──もとい、日本海軍の艦にとって甘味といえばアレしかない。呆れ返る菊月の顔はきっと気のせいだ。
甘味処がある場所はすぐ分かった。鎮守府のそとに、あきらかに景観のちがう建物がある。というか思いっきり甘味処と書かれている。扉を開けば、中からは甘いお菓子の香りが漂ってきた。
「いらっしゃ……あら、新人さん?」
「卯月です、うーちゃんって呼ぶぴょん!」
「すまない間宮さん、制御できなかった」
やはりそうだ。彼女は間宮さんだ。
わたしたちと違い大人の女性だ。変な髪色もしておらず、パッと見は割烹着を着た人間と変わらない。それでも艦娘と分かるのは、同族の直感だろう。
「いいのいいの、駆逐艦の子は元気すぎるほうが安心するわ」
「そう言ってるぴょん、分かったか菊月」
「いやなんなんだお前」
菊月は無視して、メニュー表に目を通す。
やはり一番に目が行ったのはカレーだ。海軍と言えばカレー。これは外せない。甘味も良いが、まずは腹を満たさねばならない。元気よく間宮さんに注文する。味を想像していれば、待ち時間も楽しいものだ。
「……あれ、菊月は頼まないのかぴょん?」
「まあな、わたしは甘味だけで十分だ」
「菊月ちゃん、辛いの駄目なのよ」
厨房から聞こえた声は、聞こえなかったことにしよう。私にも慈悲の心があるのだから。赤面する菊月なんて存在しなかった。
そして、ようやく間宮さんの特製カレーが出来上がる。一口食べてみたら、中々強めの刺激が口の中に染みていく。いや、味覚を得るのは初めてなので、これが一般的な『辛い』なのかは分からないけど。
しかし、その刺激もまた楽しい。一口、また一口と運んでしまう。半分ぐらいまで減った時、テーブルの横に、間宮さんがドでかい、何やら豪華そうな食べ物を置いた。硝子製のおしゃれなグラスに、フルーツや餡、アイスがてんこ盛りだ。
「頼んでないぴょん?」
「新人さんへのサービス。これから訓練や実戦で大変な目に遭い続けるんだから」
「ありがとう、いただきますぴょん!」
スプーンを使って、たっぷりと乗っかったクリームに舌鼓をうつ。あとで教わったがパフェという食べ物らしい。艦のころでも、こんなお菓子は食べたことがなかった。これだけでも艦娘になれて良かったと思う。
「だから急がなくていいと……」
「うまい!」
菊月はなにも言っていない。かなりの量があったが、あっと言う間に食べきってしまった。カレーはとっくに終わっていた。これが育ち盛りの肉体なのか。
「ごちそうさまぴょん。でも本当に良かったのかぴょん?」
「考えたくもないけど、食べれないまま終わる可能性もあるのよ。そんなのは嫌でしょう?」
そんな可能性、考えたくもない。こんな美味いのを知らずに沈むとか、どうして蘇ったのか分からなくなる。
「だから最初にあげるようにしているの、また食べたいって思ってくれるように」
「間宮さん、最高だぴょん」
「それは良かった。訓練はこれからなの?」
「いや、他の施設を案内してからだ」
「そうなの、頑張ってねうーちゃん。私応援してるから」
提督も含めて、本当に良い人ばかりだと改めて思う。
だからこそ、護りたいと強く思える。まだ艤装のセッティングも終わっていないが、奥底からやる気が溢れるのを感じる。
どうやったって、これから辛い目に合うのは間違いない。でもここなら頑張れるはずだ。このパフェまた食べたいし。
ほかの鎮守府がどうだか知らないが、ここに着任できて良かった。
ここから、わたしの新しい戦いが始まる。絶対に護ってみせる。
一か月後、卯月の解体が決まった。
日常パートは以上で終わりです。
最初の四話は連続投稿を予定。
タイトルは漢字四文字+カタカナで、ひと昔前のアニメっぽいノリになってます。