前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第10話 宿敵

 地獄どころか阿鼻地獄のようなランニングを終えた卯月は、速やかに入渠を終えた。

 今日一日で一生分の入渠をした気がする。

 とぼとぼ廊下を歩きながら、卯月は腹をさする。お腹が空いたのだ。

 

 食堂に入ると、朝と同じようにメンバーのほとんどが集まっていた。いないのは不知火と高宮中佐ぐらいだ。

 

 厨房では飛鷹さんが忙しそうに動き回っている。普通の鎮守府と比べれば人数は少ないが、それでもご飯を作るというのは、大変なのだろう。

 

「あ、うーちゃん! ちょうど良かった!」

 

 飛鷹さんが急に声をかけてきた。

 なんだろう。もしや一日頑張ったうーちゃんのためにスペシャルなデザートを用意してくれたか。

 

「ふふん、そこまで言うなら受け取ってあげるぴょん!」

「ありがと、じゃあこれ」

 

 と言って、夕食のプレートを渡された。二人分の食事が乗っていた。一人でこの量を喰えって意味か?

 

「うーちゃんこんな食べれないぴょん」

「……いや、うーちゃんのじゃないわよ」

「え?」

「え?」

 

 ということは、スペシャルなデザートとかもないのか。信じられない。こんなことがどうして許される。

 

「裏切りものめ!」

「これ持ってって欲しいの」

「待ってスルーは辛いぴょん」

 

 しかし、飛鷹さんは問答無用で話を進める。わたしの脳内妄想に付き合っている暇はないとしても無視は辛かった。

 

「で、どこに持ってくぴょん」

「自室、うーちゃんの」

「自室?」

「不知火が決めてくれたわ、いつまでも医務室暮らしってわけにはいかないでしょ」

 

 昨日今日と病室で目を覚ましたせいで考えていなかったが、そうか、普通自室があるか。

 神鎮守府でも、わたしの部屋はあてがわれていた。ただし菊月との相部屋だが。

 

 卯月は改めてプレートを見る。

 乗っているのは二人分だ。これを自室へ持っていく。つまり、わたしと誰かの食事ということだ。

 

「もしかして、相部屋ってことかぴょん」

「そういうこと、満潮って子との相部屋よ」

「なるほど、満潮に食事を持ってって、ついでにコミュニケーションを取ってこいって意味だぴょん」

 

 でなければ二人分の食事はいらない。満潮の分だけで良い。

 

「そうよ、正直ここでは歓迎会なんてしないから。こうやって機会を作らないと、喋らないままになるわ」

 

 その通りだろう。懲罰部隊の歓迎会とか絶対に内外から文句が出る。ついでに単語の犯罪臭がヤバイ。歓迎(意味深)って感じだ。

 

「頼めるかしら、満潮多分ここまで来ないでしょうし」

「ご飯を食べに来ないって、作る人のこと舐めてんのかぴょん」

「そうじゃないわ、見ればわかるわよ」

 

 飛鷹さんのご飯は美味しい。朝食と昼食を食べて分かった。こんな美味しいもの作って貰っているのに、来ないとは失礼じゃないか。

 

 でも見れば分かるのか。

 じゃあ見て来よう。

 飛鷹さんから貰ったメモを元に、満潮との相部屋を目指す。

 

 歩いている最中も、ホカホカのご飯の香りが胃を刺激する。メッチャ腹が空いてきた。歩く速度も自然と早まる。

 

「ここか」

 

 部屋は思ったより近くにあった。

 鋼鉄製のネームプレートに、満潮と卯月の文字が書かれている。

 扉は鋼鉄製で、向こう側を覗ける細い窓がある。いかにも監獄って感じだが、室内ははてさてどんなのか。

 

「失礼しまーす、ぴょん」

 

 扉を抜けた先は……ある意味銀世界か。

 全部うちっぱなしのコンクリート。床も天井も壁もコンクリ。鉄製のベッドが二つ、人数分置かれていた。窓にはキッチリと鉄格子がついている。

 

「おお、ザ・牢屋って感じぴょん」

 

 あくまで犯罪者、あくまで前科者。

 そう感じさせる内装に卯月はいっそ感心する。

 

 余計な装飾品一切なし。機能性だけを追求した武骨な部屋、これぐらいスッキリしていれば、むしろ過ごしやすいか?

 

 部屋の奥、同じく二つ置かれた鉄製の机に、女の子が座っていた。きっと彼女が満潮だ。

 

「どうもっぴょん、今日からここでおはようからおやすみまでを一緒にすることになった、駆逐艦の卯月だぴょん!」

 

 なぜそこまで言う必要があるのか。

 対して意味のない挨拶を繰り出した卯月に対して、満潮は。

 

「…………」

 

 無言であった。

 一切の反応を示さず、机に向き合っていた。

 

「おーい、聞こえてますかぴょん」

 

 近くにいって声かけをしても、満潮は反応しない。机の上には色々な本が置かれていた。どれも軍事関係の本ばかりだ。

 

 つまり、勉強に集中し過ぎているから、食堂に来なかった?

 なるほど、確かに持っていくしかない。でもご飯が冷めるのも困る。できるなら今直ぐに食べて貰いたい。

 

「ご飯持ってきたぴょん、冷めるぴょん」

 

 スプーンで頬を叩くも反応がない。

 続けて体を揺すってみても、机から一切離れようとしない。

 米粒を頬につけても微動だにしない。

 

 どんだけ集中してるんだ。

 卯月は絶句する。このまま放置して、自分だけ食べるのが一番良い筈だ。

 

 でも、せっかくのご飯なんだから、温かいうちに食べて貰いたい。

 飛鷹さんもそう思っているから、持っていってとわたしに頼んだのだろう。なんとか満潮に食べて貰わないと。

 

 そうだ、食べさせればいいじゃないか!

 

 わたしは飛鷹さんのご飯が冷めないで済む。

 満潮は勉強しながらご飯を食べれる。

 これは中々のグッドアイデアだ。

 

 というわけで、満潮の口へ突っ込んであげた。

 

 熱々のシチューを。

 

「──ッ!?」

「美味しいぴょん?」

 

 ただのイタズラであった。

 ぶっちゃけ満潮のリアクションを見たかっただけである。

 悶絶する満潮を見て、卯月は大満足であった。

 

「なにすんのよあんた!?」

「シチューぴょん」

「食べ物の名前を聞いたんじゃない!」

 

 予想どおり、彼女は憤慨している。

 ちょっとばかしやりすぎただろうか。ちょっぴり申し訳ないと思った。

 

 しかし、あることに気づく。

 こいつの髪型、このドーナツ染みた髪型。どこかで見たぞ。

 あれは確か……

 記憶をたどり、思い出した卯月は叫んだ。

 

「あの時のド変態!」

 

 昏睡状態の無抵抗なわたしの肌を、にちゃぁ……としながら劣情全開でなぶっていた奴だ!

 

「はぁ!? あんた、それは違うって言ったでしょ!?」

「うーちゃんは騙されないぴょん」

「だーかーら! 寝てたせいで風呂に入るのも難しかったあんたを、毎日毎日綺麗にしてたのよ!」

 

 そういえば、不知火が変態じゃないとか言ってたような。

 どっちでも良いか。

 少なくとも変態ではない。うーちゃんのうーちゃんは守られたのだ。

 

「つまり黒子の数まで知ってる関係と」

「そろそろ殴るわよ、それにさっきの。まだ口痛いんだけど」

「悪かった悪かったぴょん」

「ったく……」

 

 凄まじい負のオーラを撒きながら、満潮はまた机に向き直る。

 

「ご飯は?」

「あとで、いま忙しいの」

「ふーん、分かったぴょん」

 

 冷めるのに。そんなに勉強が大変なのか?

 仕方がないので、卯月は先に食べることにした。

 

 今日の晩御飯はクリームシチュー。

 懲罰部隊って言う割りに扱いが良い。それを帳消しにするほど、任務は過酷なのか。

 

 そもそも、前科戦線がどんな任務をしてるのか聞いてない。満潮とか、誰かに聞いてみるか。

 まずはご飯だご飯。

 

「うまい!」

 

 まずは一口。牛乳の優しい口当たりのなかに、確かな旨味がある。

 

「うまい!」

 

 スープなのも良い。おかげでどんどん食べられる。疲れきった体に染み渡るのが分かる。

 

「うまい!」

 

 カレーみたいに、ご飯にかけて食べても美味しい。いやもう本当に味覚があって良かった。マジ最高。

 

「うま──」

「あんた、わざとでしょ」

「いやぁ、この感動を伝えてあげようと!」

「たかが食事じゃない……はぁ、もういいわ、集中できない」

 

 読んでた本を乱雑に閉じて、持ってきたご飯を持っていく。見るからに不満そうだ。

 しかし、食事を始めてくれた。狙いどおりだ。

 

「勝った」

「なによ」

「いや別に」

 

 無理矢理話題を変えるため質問をする。さっき気になったことだ。

 

「満潮は、ご飯が好きじゃないのかぴょん?」

「そうよ、こんな作業に時間を取られて、不便じゃない」

「えー、でも軍艦も燃料補給とかの時間があるぴょん」

「元の姿なら燃料()()じゃない、野菜も肉もとらなきゃいけないなんて、面倒でしかないわ」

 

 満潮はシチューの中にご飯を全部突っ込み、一気に掻き回す。

 かなり食べやすくなったところで、さっさと口に運びだす。さっき言った通り、作業のような食事だ。

 

「人生損してるぴょん」

「なんであんたに、わたしの人生決められなきゃいけないのよ」

「それもそうか」

 

 わたしには理解しがたい感覚だ。

 守護者でも、どうせ人の体で生まれたんなら、この体を楽しみたい。

 

 熊野のように、博打に手を出す程やり過ぎる気はない。

 あくまで程々に、守護者の使命を忘れない程度にだ。それが分からないとは、なんだか可哀想に思える。

 

 だけど、彼女の言う通り、それは人の勝手だ。

 わたしがどうこう言うべきではない。

 満潮には満潮なりの人生観がある。それは尊重しなきゃいけない。

 

「てか、なんであんた、ここでご飯喰ってるの。食堂で食べれば良いじゃない」

「満潮のご飯を持ってくるついでに、お喋りしてこいって飛鷹さんが」

「ああそう、うざいわね……」

 

 ご飯作らせて、今度はうざいか。

 ちょっとカチーンとくる。

 なるほど、確かにこの性格と価値観じゃご飯を食べに来ない。飛鷹さん気を使い過ぎじゃないか? ほっといても良いと思うけど。

 

「まあいいわ、そういう理由ならとっとと自己紹介ね」

 

 満潮はもう食べ終わっていた。手早く食器を片付けて、わたしの真正面に椅子を置き直す。マメだと感じた。

 

「もう散々話したけど、朝潮型三番艦、駆逐艦の『満潮』よ。前科戦線唯一の駆逐艦。不知火は前科持ちじゃないから例外」

「モグモーグ、モググ」

「呑みこんでから話なさいよ」

「睦月型駆逐艦の、うーちゃんだぴょん!」

 

 秘書艦という立場だから、不知火はほとんど出撃しない。水雷戦隊を組むなら、満潮とタッグになるわけだ。

 駆逐艦仲間か。色々な人に会ったけど、やっぱり同じ艦種は話が違う。

 ちょっと価値観は合わないけど、仲良くなれそうだ。

 満潮なら似た過去もあるし。

 

 と、思っていた。

 しかし満潮は、卯月の淡い期待を吹っ飛ばした。

 満潮からすれば当たり前な、簡単な一言で。

 

「ああ、()()の駆逐艦ね」

 

 卯月は耳を疑った。

 信じがたく、許しがたい言葉が聞こえた。

 最弱と、弱いと言ったのか。

 

「今、なんて?」

「最弱って言ったの。だって睦月型の卯月って言ったら、なんにもできない艦じゃない」

「なるほど、でも最弱は言い過ぎじゃないかぴょん?」

「ちょっと対空が高いだけで、イ級の装甲も抜けないんだから、最弱でしょ」

 

 満潮はそれからも、卯月の欠点を言っていた。

 装甲も紙、輸送が得意でもない、雷装も高くない──それらはもう、聞こえていなかった。

 頭の奥で、ブチブチと血管の千切れる音が響く。

 

「ま、せいぜいわたしの足を引っ張んないでよね」

 

 弱いのは、事実だ。

 睦月型は最初期の駆逐艦、わたしも例外ではない。あとから建造された艦と比べればほとんどが劣ってしまう。

 

 だから、弱いのは否定しない。

 

 しかし腹は立つ!

 

 最弱だが、それでもわたしは睦月型の『卯月』なのだ。

 それを真正面から弱いと言われて、アハハと笑い飛ばせる性格はしていない!

 でも、阿保のようにキレるのも無様だ。

 

「なるほど、しっかり覚えておくぴょん」

「ええ、そうしてちょうだい」

「了解だぴょん、『満潮型駆逐艦』の満潮!」

 

 なので、地雷(史実)を踏み抜いてやった。

 

「今なんて?」

「同じことを二度も効くなぴょん、マヌケかぴょん?」

 

 一瞬絶句したあと、満潮はわたしを睨み付ける。

 歯を食いしばり、怒りに震える顔。もう一言付け加えたら、プッツンしそうだ。

 じゃあそうしよう。

 

「うーちゃんは、事実を述べたまでだぴょん」

「なんで、そんなこと知ってんのよ」

「いやぁ、うーちゃんも似た経緯があったもんで。同じ過去仲間が、いたんだなーって思ったんだぴょん」

 

 この発言、実は卯月の地雷でもある。

 睦月型駆逐艦は、1942年に『卯月型駆逐艦』と改定されている。

 なぜなら、睦月から弥生までが轟沈してしまったからである。

 

 満潮型駆逐艦も同じ理由。

 彼女の『姉』が沈んだことで、改定されたのだ。

 姉妹艦の轟沈による改定。絶対良い気分にならない話題。

 

 そう自覚していたからこそ、卯月はそこを踏み抜いた。

 艦だった頃も、艦娘になった時も、似た過去の仲間として覚えていたのだ。

 絶対に煽りになると理解していたから、踏み抜いたのだ。

 

「怒るわよ……!」

「へぇ? 人のこと弱いって言っといて、言われるのは嫌って、お子様ぴょん」

「弱いのは事実じゃない、それを言ってなにが悪いの!」

「じゃあ満潮型も事実ぴょん、別に良いけど、弱いって言ったって、卯月型って言ったって、うーちゃんはぜーんぜん怒らないぴょん」

 

 ヘラヘラと笑う卯月に対し、血管を浮かび上がらせる満潮。

 どちらも変わらず、眼光は鋭い。心の中で激怒しているのは、誰から見ても明らかだった。

 一触即発。部屋が緊迫に支配される。

 

「ッチ!」

 

 先に動いたのは満潮だった。

 シチューを一気に食べ、さっさと部屋を出ていこうとする。

 

「風呂かぴょん?」

「そうよ、じゃあね!」

「行ってらっしゃいぴょん」

 

 乱闘になったら、刑期が伸びる。

 そうなれば困るが、怒りが収まらない。だから満潮は一端この場を離れることにした。血が流れるような展開は、起きずに済んだ。

 

 静かになった部屋。静かな廊下。

 卯月と満潮は、同じことを思っていた。

 

 あいつは嫌いだ!

 

 しかし真の地獄はこれからだとは、まだ知らない。

 高宮中佐が部屋替えを認めず、ずっと二人、同じ部屋になるとは、知る由もない。

 不倶戴天のルームメイトに、卯月は深い溜め息をつくのだった。

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