前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第100話 姉妹

 卯月が熊野の部屋で寝てから一夜明けた。ベッドから起きて身体を伸ばす。

 とても良く寝れた。幸い発作も起こらず熟睡できた。疲れもすっかり取れている。ここまで寝れたのは久しぶりだ。

 

 気持ちのいい朝日を浴びながら卯月は思った。

 たまには満潮と離れて寝ることにしよう。あんなのとずっと一緒にいたらストレスで死んでしまう。

 少なくとも胃に穴が空くと思う。何故満潮と同じ部屋なのか改めて疑問に思った。

 

 同じベッドで寝てたが熊野はもういない。既に出かけたようだ。朝食にはまだ少し早いが、朝から用事でもあるのだろうか。別に興味はないけど。

 

 もう一眠りする時間はあるが、流石に人のベッドで二度寝する気はしない。

 顔を洗い身支度を整えて部屋から出ていく。

 やることはない。

 た、泊めてくれたことへのお礼ぐらい言いたいので、ブラブラしながら熊野を探す。

 

「うー、寒いぴょん」

 

 僅かに朝日が差し込んでいるだけ、冷え切った空気が肺に突き刺さる。その分眠気覚ましには好都合。しかしこんな寒さだと、熊野は外にはいないかもしれない。

 と、思った矢先に、防波堤に熊野を発見。手を振りながら近づく。

 

「おーい、熊野ー」

「あら卯月さん、もう起きたんですの?」

「なんか目が覚めたぴょん。昨日は泊めてくれてありがとぴょん。ミチミチがいなかったからよく寝れたぴょん」

「それは何よりですわ」

 

 卯月と満潮はリラックスできる。熊野は交換券をゲットする。これぞWin-Win関係だ。

 理想通りの結果。熊野はニッコリした。

 なお、満潮は那珂の突入で寛げなかったことを二人は知らない。

 

 なお卯月は知ったとて「ざまぁねえぴょん!」と嗤うだけである。

 

「こんな時間からなにしてるぴょん? こんなバカみたいに寒い所にいなくても」

「そうなんですけどね、ちょっと海が見たくなりまして」

「……艦娘なのに?」

「良いじゃないですか、じっくり眺めるぐらいは」

 

 四六時中海にいる艦娘が、海を見ていたいだって? 

 なんとも奇妙な。

 そりゃ作戦行動中はのんびり見てはいないけど、海になんて見飽きているだろう。

 

「変わった奴だぴょん」

「語尾にぴょんぴょんつける珍獣に言われましても」

「む、好きでつけてんじゃって誰が珍獣ぴょん!」

 

 これは侮辱に違いない。

 頬を膨らませ、眉を潜め、両手を上に掲げて身体を大きく見せる。

 紛れもなく威嚇のポーズ。

 それは熊野への警告だった。

 

「……オオアリクイの真似?」

 

 だが小動物がやったところでなんの危険もない。オオアリクイ扱いに心が折れた。

 それはどうでもいいのだ、話を戻さねば。卯月はわざとらしくゲホゲホ咳き込む。

 

「そいでもって、なんで海を見てるぴょん?」

「……まあ、誤魔化す必要性は低いですわね」

「ウソついたぴょん!? うーちゃんが嘘が嫌いって知ってるのに!」

 

 と憤慨するも、黄昏れている理由を知って即後悔する羽目になる。

 

「秋月を仕留めかけた時、爆撃と甲標的で邪魔されましたよね。その妨害をした敵がどうやら分かったらしく、わたくしに教えて下さったんです」

 

 その時殺意が噴出した。

 秋月抹殺を邪魔した敵を許すつもりはない。今すぐ殺しに行けと心が暴れ出す。

 こめかみに血管を浮かばせながら、熊野へ詰め寄る。

 

「誰だぴょん!」

「わたくしの姉、最上ですわ。D-ABYSS(ディー・アビス)を搭載してる可能性も高いそうで」

「……お姉ちゃん?」

 

 最上って、確か、最上型重巡一番艦の。

 つまり熊野のお姉さん。それが敵だって。熊野は実の姉と殺し合わなければならない? 

 

 それがどれだけ過酷なことなのか。

 

 理解した瞬間殺意が引っ込んだ。こんな話だから嘘で誤魔化そうとしてたのだ。

 

「ごごごごめんなさいだぴょん」

「お気にめさらず、偽ってたのはわたくしの方ですので。まあそういう訳で、ちょっと落ち込んでましたの」

「……戦えるぴょん?」

 

 実の姉と殺し合わなければいけない心境は知らない。だが、その感情は知っている。

 最初にD-ABYSS(ディー・アビス)が作動した時に知った。

 

 洗脳されて、菊月を殺してしまった記憶を思い出す。

 

 菊月は妹として、暴走する私を止めようとしてくれた。望んでないのに戦うことになってしまった。

 

 姉を殺そうとした菊月の気持ちは、あの時の表情から想像するしかない。

 その時の菊月の表情は、ひたすらに苦しそうだった。

 裏切りを信じたくないのと、でも鎮守府が破壊されている現実。それでも艦娘として戦わなければならない。

 

 覚悟と言うには悲惨すぎるものを抱え込んでいた。そんな顔つきだった──それを心底面白がっていた自分が今更ながら嫌になる──熊野も似た心境だろう。

 

「辛くないのかぴょん」

「少しやりにくいだけで、辛いとまでは思わないですね。実の姉でも敵は敵です。それに今更気にすることないですわ。仲間殺しなんて、みーんなやってますもの」

「は? 仲間殺しを、みんながやってる?」

 

 意味不明である。

 そんなわけないだろ、お前は艦娘っていうか軍隊をなんだと思ってるんだ。

 

「だって、深海棲艦倒したら艦娘に変わるじゃありませんか。アレが仲間殺しでなくてなんと?」

「いやそれは、救出って言うんだぴょん」

「言い方を濁してるだけ、殺しは殺しではないでしょうか」

 

 深海棲艦を倒すと、怨念に汚染された魂が解放されることで、艦娘が現れることがある。

 ドロップ現状と言うものだ。

 当の卯月も、ドロップにより生まれ落ちて、神鎮守府に拾われている。

 

 それを熊野は殺しと言った。

 卯月は否定できない。

 殺したのは深海棲艦であって艦娘ではない。そう割り切れれば良いんだろうけど、その艦娘の、『怨念』という一側面を殺しているのは確かだ。

 

「所詮は化け物同士の殺し合い。人間に良いように使われるのが、わたくしたちですわ」

「だから、最上と戦うのも躊躇しないのかぴょん?」

「そんなところですわ」

 

 卯月は思った。

 なんか、誤魔化されている気がする。

 しかし、姉妹殺しの気持ちをこれ以上掘り下げるのは失礼が過ぎるし気分が乗らない。

 なので追求を諦めて、「なるほどぴょん」と納得した。

 

「……ちょっと話が逸れてしまいました。深海棲艦との戦いがなんなのかなんて、人によって違いますから。卯月さんも気にしなくてよろしくてよ」

 

 熊野自身も言い過ぎたと思ったのか、少し無理矢理この話を終わらせた。

 その方が良い。こんな話は哲学者に任せておけば良い。

 

「なんにしても仕事ですから。そこに私情を持ち込むほど、この熊野は甘くありません。思う所はありますが、忠実に任務をこなすだけ、誠実な勤労こそお金儲けへの第一歩ですわ」

「むー、でも、殺すのは……」

「殺すとは決まってませんわよ。秋月同様捕獲任務でしょうし、そもそも敵が最上と確定してはいません」

 

 確かに、これで全然別の奴だったら拍子抜けも良いところ。覚悟を決めたのはなんだったのかと落胆間違いなし。

 

「もし別人だったらどうするぴょん」

「不知火さんをボコボコにします、ええ絶対に、こんな気分にさせたツケは払っていただきますとも」

「おう……」

 

 まあそうなっても知った事ではない。敵を間違えた不知火の責任だ。黙ってぶん殴られて貰いましょう。

 

「それでも少しスッキリしましたわ、こんな話に付き合ってくれてありがとうございます。お礼はしませんけど」

「別に、うーちゃんから聞いたことだし、お礼は恐いからいらないぴょん」

「あらあら」

 

 お礼は本当に要らない。こんなのから下手にお礼を受け取ったらどんな貸しを押し付けられるか予想もつかない。それにお礼を求めるような行為もしてない、何となく話を聞いてみただけなんだから。

 

「愚痴ぐらいならいくらでも付きあってやるぴょん、メンタル崩すのだけはやめとけぴょん」

「ええ勿論、反面教師が目の前にいますから」

「……誰もいないぴょん?」

「いや貴女でしょう」

「……あ」

 

 不定期に発作を起こして周囲に迷惑をかけている奴。紛れもなく卯月であった。一瞬フリーズした卯月はすぐに再起動。

 

「とととととと兎に角溜め込むのはダメだぴょん、メンタル崩して戦えなくなったらおじゃんだぴょん」

「その言葉そのままそっくりお返ししま」

「あ゛ー! 朝ごはんの時間だぴょん急がなきゃ急がなきゃーぴょー……」

 

 これ以上突っ込まれるのを嫌がった卯月は逃げ出した。ちなみにまだ朝食まで三十分はある。極めてアレな態度に熊野は呆れて笑うしかない。

 愚痴を言う相手を間違えたかもしれない。今更ながら熊野はそう思った。

 

 嘘は──吐いていない。どれも本心だ。

 相手が最上でも、多少気持ちは揺らぐが、任務は遂行する。その程度で動けなくなるような柔な人生を送ってはいない。

 無力化して、回収すれば良い。それだけの話だ。

 

「……あり得ませんわね」

 

 戸惑うことなど決して。

 

 

 *

 

 

 熊野と話し込んだせいで中々の時間になってしまった。もう朝ごはんだ。遅れたらなくなってしまう。卯月は自室で慌てて着替えて食堂へ走る。

 

「ごはん、まだ、あるかぴょん!?」

「あるから安心してちょうだい、あと廊下走らない!」

「ごめんなさいぴょん!」

 

 ペコリと誤ってカウンターを見る。焼き立てのパンとかコーンスープ、フルーツやコーンフレークを盛れるヨーグルト。実に洋風って感じのメニューに卯月は唸る。

 

「珍しいぴょん、でも美味しそうだぴょん」

「いっぱい食べておいた方が良いわよ、うーちゃん貴女今日は哨戒任務でしょ?」

「……初耳ぴょん」

 

 昨日の担当の那珂は問題なく引き継ぎをしている。だが卯月は昨日一晩自室にいなかった。そのせいで満潮から内容を聞けなかったのだ。

 だったら、熊野の部屋に来てくれれば良かったのに。卯月は満潮を睨む。

 

「はっ」

 

 せせら笑う満潮。

 わざとだった。

 いきなり哨戒任務を言い渡されて、困惑する卯月を見たいがための、ささやかな嫌がらせだ。

 こめかみに浮かんだ血管が、ブチブチ千切れる。

 

「……殺す、いつか絶対殺す」

 

 本気の殺意を滾らせながら、山盛りのコーンフレークを貪る。毎日たっぷりをシリアルを食べれば、それはもう紛れもなく強くなれるのだ。そして満潮を泣かせてやる。

 絶対に間違った決意を抱く卯月。

 それはそれとして、ご飯は美味しかった。今日の日誌にはこれを書くとしよう。

 

 しかし、哨戒任務とは。

 いったいどこまで行くのだろう。前みたいにいきなり駆逐棲姫とか、姫クラスと遭遇するのは勘弁して欲しいが。

 

 ここには、基本敵は攻め入れないと聞いたが、例外はある。駆逐棲姫がそうだった。D-ABYSS(ディー・アビス)の艦娘たちが例外でない保証はどこにもない。

 

 飛鷹さんの言う通り、ガッツリ食べておかないと、体力が持たないかもしれない。吐き戻さないギリギリまでは食べておくべきだ。

 そういう訳で食事を続行。バターをたっぷり塗ったカンパーニュとか、チーズと目玉焼き、ハムが乗ったトーストを頬張る。

 

 思う存分食べて、食後のコーヒー(砂糖&ミルクましまし)を飲んだ卯月はホッと一息。

 

 お腹を撫でながら呟いた。

 

「お腹痛い」

「バカ……」

「気持ちも悪いぴょん」

 

 吐きそうだった。

 調子に乗って喰い過ぎた。

 吐き戻さない程度にしようとか誰が言い出したんだよ。

 後悔しても遅い。腹は痛いし顔は青い。これは間違いなく体調不良だ、今日の哨戒任務は直ちに取りやめなければ。

 

「うーちゃんはもうダメだぴょん、ベッドでお休みなさいをしてくるぴょん。という訳で任務は一人で頼むぴょんミッチー!」

「ええ、そうね、哨戒終わったら良いわ」

「待って、マジでぽんぽん痛いぴょん、シャレにならないぴょん!」

「だから言ってんの、分かんない?」

 

 満潮はニッコリと笑った。

 こいつはわたしが苦しんでいるのを楽しんでいるのだ。

 なんて外道だろうか。

 人の不幸を嘲笑うだなんて。わたしはそんなこと一回もしたことがないのに! 

 

「じゃあ飛鷹さん御馳走さま、行ってくるわ」

「あまり無茶させちゃダメよ」

「いざとなったら下剤でも飲ませて無理矢理スッキリさせるわよ」

 

 卯月は首根っこを掴まれて工廠へ引き摺られていく。

 だが抵抗する元気もなかった。てかなんでこんな不機嫌なんだ。いつもムッツリフェイスだが、目の隈が一段と深いような気がする。寝不足っぽい。理由は知らないが、八つ当たりは勘弁してもらいたいものだ。

 

「あー、マジでお腹痛いぴょん、せめてお手洗いに行かせろぴょん!」

「哨戒終わったら良いわよ」

「お魚さんに餌を撒けっていうのかぴょん」

「そうだけど」

「正気かお前!?」

 

 戦場で死ぬ前に社会的に死ぬかもしれない。そんな光景見て得する奴この世の何処に居る──―まさか、こいつ初めからそういうつもりで? 

 

「誰かーっ! 変態が! とんでもねぇ性癖にうーちゃんを巻き込もうとしているぴょん!」

「バカ!? 私にだってそんな趣味ないわよあってたまるか!?」

「だったらトイレ行かせ、あ先っちょが」

「止めろ私が悪かったから!」

 

 グダグダ極まりない朝となった。ぐっすり寝れた筈なのにとても疲れた。こんなんで哨戒任務できるのか。万一遭遇した時秋月や最上(仮)に勝てるのか。

 不安で仕方がない。

 その感情も腹痛に掻き消される。二度と喰い過ぎまい。卯月は強く誓ったのだった。




第100話がこんなグダグダ&下ネタで良いんだろうか。


































開発報告第肆番
研究は完全凍結とされた。表向きの開発目的が終了したことによるものだろう。実際は開発継続だ。当然のことだ。化け物を殲滅することができなければ、人々の未来に影を落とすことになる。もっともそれは、核抑止のような机上の空論かもしれないが。あって悪い物じゃない。そう信じて開発を続行する。
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