前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第101話 呼声

 極めて汚らわしい朝であった。

 それでもどうにかお手洗いから脱出。出す物を出したから多少はスッキリしたが、まだお腹がムカムカする。げんなりした表情のまま卯月は工廠へ入る。

 

「おー、やっと来……どしたの?」

「喰い過ぎで下痢」

「辛いぴょん」

「なにしてんのさ、体調管理は軍人の基本でしょ……」

 

 なんの反論もできない、おっしゃる通りである。北上は呆れながら艤装の準備に取り掛かる。

 卯月と満潮が出撃なのは分かっていたので、大体の準備は終わっている。取り付け作業を少しするぐらい。形見のハチマキは朝着替えた時に、髪の毛を纏める形でつけてある。

 それだだけではない、首輪の取り付けもある。

 

「あー、また首輪だぴょん」

「そっちは気絶装置なんだから良いじゃない。私たちは本物の自爆装置よ」

「こっちはD-ABYSS(ディー・アビス)って言う爆弾抱えてるぴょん……」

 

 下手に起動させたら深海棲艦に堕とされる特大級の爆弾だ。しかも起動データを集めないといけないので撤去もできない。考えようによっては自殺装置の方がまだマシ。満潮は気まずそうに黙り込む。言った卯月も後悔した。

 

「えーと、何処を見て回るんだぴょん」

「基地周辺よ、細かいトコは移動しながら説明するわ」

「もちっと丁寧に解説しろぴょん」

「アンタが腹下したからその時間がなくなったのよぉ……!」

「サーセン!」

 

 目線を斜め四十五度に向けつつ、舌をちょっと出しながら謝る。誰がどう見ても誠心誠意の謝罪だ。

 そし満潮は卯月をグーで殴った。

 鼻血を出して、綺麗に弧を描いて卯月は飛んでいく。当然の報いであった。

 

「ぎゃんっ!」

「じゃあ行ってくるわ」

「あいよー、気をつけてー」

 

 痛みを堪えて飛び起きる。さも当然の如く置いていこうとするなよアイツは。内心そう憤慨しながら満潮の後をついていく。

 外海へ出ようとするには、満潮の後を()()につけなければならない。でなければ死ぬからだ。

 

「なにすんだぴょーん!」

「なにも、昨日はよく寝れたみたいじゃない」

「ハッハー、その通り、それともうーちゃんがいなくて、寂しかったかぴょん?」

「……死ねばいいのに」

「お前、昨日何があったぴょん」

 

 那珂の大乱入により全然寝付けなかっただけである。やること成すことが満潮の癇に障るのも原因ではあるが、卯月への態度はほぼほぼ八つ当たりであった。

 しかし、いつまでも苛立ってはいられない。任務は任務だ。満潮は一回深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 

「はい、これ飲んどきなさい」

「……毒薬?」

「胃腸薬っ! 腹痛いって言ってから、トイレ行ってる間に飛鷹さんから貰ったの! 下剤飲ませるわよ!」

「おお! 感謝するぴょん」

 

 腹痛抱えたまま哨戒任務に行くのは流石に辛い。満潮のくれた薬を卯月はありがたく飲み干す。外海に出た頃に効き始めるそうだ。これで安心して戦うことができる。

 

「しかし、満潮が親切なのは不気味ぴょん」

「アンタね……こんなくだらない理由で、足を引っ張られたらこっちが迷惑すんのよ」

「ぴょん? うーちゃんお前が死ぬのは気にしないぴょん?」

 

 満潮は嫌いである。わたしが足を引っ張ったせいで死ぬのなら、それはとても愉しいと思う。

 アレな返答に満潮は口角を痙攣させながら、外海への『壁』を指さす。

 外海からの侵入者を防ぐ為の、分厚い機雷原だ。

 

「そこへ突っ込むわよ、事故死に見せかけて」

「そんときゃ道づれぴょん!」

「……本当に殺した方が良いかしら」

 

 だが、そんなことをした場合、D-ABYSS(ディー・アビス)搭載艦を殺したとして不知火に殺される。

 尚そっちはマシな方。最悪あきつ丸におもちゃにされて死ぬことになる。卯月がどんなに気にくわなくても、連れていくしかない。

 胃に穴が空きそうだ。わたしも合わせて胃腸薬を貰うべきだった。今更後悔する。

 

「行くわよ、機雷原の突破ルートはわたしが聞いてる。前と同じだけど、少しでも踏み外したら死ぬから」

「りょーかいぴょん」

「じゃあついてきて」

 

 深海棲艦さえ一撃で致命打を与える代物。直接突っ込んだら姫級もただでは済まない。駆逐棲姫もその方法で撃破(一回目)した。そんなところを通っているのだ、流石にふざけたりはしなかった。こんなんで死んだらあの世の仲間にどんな顔をすりゃ良いのか。

 

「今日の哨戒任務だけど、この辺り近海を注意深く探るわ」

「……って言うと?」

「こいつらを使って、徹底してってことよ」

 

 満潮の艤装の中から妖精さんたちが顔を出す。

 熟練見張員に、対空電探、水上電探の妖精さん、アクティブソナーの妖精だ。

 空に偵察機がいないか、潜水艦が潜んでいないかを探る。それが今回の目的だ。

 

 昨日は那珂が哨戒した。水上偵察機やソナー、電探で一通り調べてくれたが、今日もいない保証はない。『結界』もあるし、『情報統制』もされている。

 前科戦線の位置は味方にも秘匿されている。当然卯月たちも知らない。内通者に位置を知られる可能性は低い。

 

 それでも絶対はない。

 高を括って、油断したタイミングで責められたらシャレにならない。できるだけ警戒の目は増やした方が良い。

 それに部隊全員にある程度の緊張状態を作る意味でも、この任務は重要だった。

 

 そう説明を聞いている間に機雷原を抜けて外界へ出る。

 以前基地近海へ出た時は、二回とも夜だった。昼間の近海は初めてだ。波は穏やかだ、普段からこんな感じなんだろうか。

 

 しかも快晴、ピクニック日和だ。お弁当でも持ってお昼寝しに行くのも良い。

 ここに敵が現れる可能性がなければだが。

 なんでこんな日に仕事なのか。ぶっちゃけ遊んでいたかった。しょうがないけど。

 

「行くわよ、わたしは装備を使って探る」

「うーちゃんは? 寝てれば良いぴょん?」

「あんたは肉眼とか生身で索敵。敵を探す練習とでも思ってやってて」

「了解、ぴょん!」

 

 前科戦線は(一応)第一艦隊直属の特殊部隊だ。だから良い装備も優先的に回される。死なずに帰ってくるプロ集団でもあるので試作装備のテストを任されることもある。

 

 しかし、そうでない場所だとレーダーやソナーが行き渡らない場合もある。そんな鎮守府だと敵は肉眼で探すしかない。そんなことは良くある話だ。

 

 戦闘中、咄嗟に判断する時も、レーダーより肉眼の方が良いケースだってある。装備に頼らずに敵を探すことも重要なのだ。

 

「敵さんはいるかなー、いたら即刻ブチ殺だゴラァ!」

「うるさい、敵に気づかれる」

「そんな耳の良い奴早々いないぴょん」

 

 機雷原周辺を移動して、定期的に立ち止まる。

 満潮は電探や見張員、ソナーを使って、誰が潜んでいないか、それだけではなく痕跡がないかも含めて、慎重に確認していく。

 

 隣で卯月は、遠くや水面下を見渡す。

 波はまだ穏やか、地平線は真っ平ら、視界を遮る物はない。つまり敵はいない。

 水は澄んでいて深くまで見えるが、奥深くまでは流石にムリだ。

 

「敵影だけじゃない、潜水艦の潜望鏡がないかも注意して」

「ぴょっぴょん」

「……それは返事なの?」

 

 言われた通り注意してみる。

 やはり見当たらない。この辺に敵は来ていないということで良いのだろう。

 装備を使っている満潮も敵はいないと判断して、次のポイントへ移動する。

 

 そんなことを数時間続ける。

 卯月はすっかり飽きていた。満潮と違って、卯月は普通の任務経験がない。だからこういう任務の重要性がいまいち感覚的に分からない。

 だからといってサボったりしないが、しょっちゅう欠伸をするようになってしまっていた。暇で暇で仕方がないのだ。

 

 こういうつまらない作業を延々と続けるのが哨戒任務なのだが。不真面目な卯月の態度に満潮はあからさまに苛立つ。

 だが、口を挟む前に天罰が訪れた。

 ボケーっとしていた卯月が、突然目を見開いて叫ぶ。

 

「──はッ!?」

「どうしたの」

「は、腹が、い、痛いっ!?」

 

 紛れもなく天罰であった。

 最低な天罰だったが。

 場違い極まる発言に、満潮はとうとう卯月に平手打ちを叩き込む。

 頬が痛い。腹も痛い。卯月は泣きだしそうになっていた。

 

「なんで、お薬はどうなったぴょん!?」

「……腹痛薬も効かない程食べてた訳ね。このバカ」

「き、帰投! 一刻も早く!」

「ムリ」

 

 正午頃まで哨戒を行うこと。それが任務だ。命令違反は許されない。嫌がらせとかじゃなくて本当に帰投は無理なのだ。

 例え腹痛で死にそうになっていたとしても。海上でお魚さんに餌を撒くことになったとしても。

 

 この状態から脱出する方法はただ一つ。

 出す物を出す他なかった。

 つまりはそういうことであった。

 卯月はただでさえ失っていた尊厳を、更に失う羽目になるのであった。

 

 

 *

 

 

「なんでぇ……ヒック、薬飲んだのに、こんなのってないぴょん……」

 

 人としての尊厳を失い涙ぐむ卯月。さすがの満潮もかける言葉がない。しかもキッチリ魚共が寄ってきてるんだから最悪だ。

 最低な気分から目を背けようと卯月は周囲の警戒に勤しむ。今までになく真面目に取り組んでいた。

 腹をさすりながらだが。

 

「あー、そろそろ終了時間よ。帰投するわよ」

「ぴょん……」

 

 弱々しく頷く卯月。帰る時も機雷原の隙間を通らないといけない。慎重に行かなければドカンで一撃死だ。

 卯月は少し可哀想に思うが、構っていられる余裕はない。

 頭に叩きこんできた機雷の配置図を思い出しながら、その隙間を潜り抜けていく。

 

 結局、敵は出てこなかった。

 それで安心、とはいかない。

 基地の位置が特定されていないと判断するのは迂闊だ。今回はたまたまいなかっただけかもしれない。攻められてからじゃ遅いのだ。

 

 それでも、誰もいなかったことに一安心はできる。機雷原を抜けたタイミングで満潮は警戒心を解く。

 卯月も続けて警戒を解除しようとした──その時だった。

 

 信じがたい声が聞こえた。

 

「ぴょッ!?」

 

 卯月は眼を見開く。慌てて海面に耳を押し当てて、その声を探ろうとする。

 

「ど、どうしたの急に」

「ちょっと、ごめん、静かにして」

 

 尋常ではない様子に押し黙る。卯月はいったいなにを聞いたのだ。ここは機雷原の内側だ、誰かが入ってくる可能性は、ゼロに近いのに。

 冷や汗を流し、息さえ止めて、聴覚に意識を集中させる。

 しかし、聞こえる音はない。海の中で水が動く時の、くぐもったような音しか聞こえなかった。

 

「……聞こえない」

「ちょっとどいて、ソナーを使うわ。向こうが音を控えててもこれなら探知できる」

 

 入れ替わりに満潮がソナーを動かす。

 持ってきたのはアクティブソナーだ。相手が音を出さないよう息を潜めていても関係ない。逆探知されるリスクはあるが止むを得ない。

 それでも、何の音も捉えることはできなかった。既に索敵範囲外へ行ってしまったのだろうか。

 

「卯月、アンタ何を聞いたの?」

「……なんなの、今の」

「ちょっと大丈夫なの?」

 

 まるで発作の予兆のように卯月は錯乱気味だった。目の焦点は合ってない。しゃがみこんで耳を塞いだまま小刻みに震えている。心底恐ろしい何かを聞いてしまったように。

 声をかけてもダメ。肩を叩いてようやく反応する有様だ。

 

「なにを、聞いたの。言いなさい」

「……聞き間違い、だと、思うぴょん。ひょっとしたら緊張が解けて、発作が、幻聴だったのかも」

「そんなの判断するのはこっちよ。言いなさい」

 

 問い詰める満潮。

 卯月は言い難そうにしていたが、観念して口を開いた。

 

「卯月って、聞こえたぴょん」

「……どいういうこと?」

「だ、だから、『卯月』って、うーちゃんを呼んでいる声が聞こえたんだぴょん」

「アンタの名前を呼ぶ声が?」

「そうだぴょん、水中から、確かに音が……た、多分」

 

 聞き間違いだ。

 しかも卯月は幻覚、幻聴、幻触の持病持ち。言う通り緊張が解けたタイミングで、軽い発作に襲われたと考えるのが自然だ。

 

 しかも、現に水中には誰もいなかった。

 そもそも、この辺りはまだ機雷原が近い。すぐに逃げ出そうものなら、即機雷に引っ掛かる。

 やはり幻聴を聞いたのだ。満潮はそう考えた。

 

 考えたのだが、気のせいだと一瞥できなかった。

 

「……き、聞こえる、また、声が、う、うるさいっ! 止めて、叫ぶな!?」

「チッ、今度は本当の発作か!」

「うううう!?」

 

 本当の発作に襲われた卯月を、すぐさま機雷原から引き剥がす。哨戒任務は無事に終わったが、果たしてこれは無事に終わったと言っていいのだろうか。

 何にせよ、この機雷原の下には、なにかがあるのかもしれない。

 それは調査しなければいけない。

 この戦いは、何が起きるか分かったものじゃないからだ。




艦隊新聞小話

 艦娘って一応付喪神の扱いなんですが、その存在についてはまだまだ未知のところが大きいんですね。
 半霊的存在なのに、卯月ちゃんのように腹痛になったりもしますし、風邪を引いたりもします。でも深海棲艦由来の病気には感染しない、といった感じなんです。
 でも艦娘のDNA配列って人間とは違ってるんですよね。なのに人間の病気にも感染する。大本営の研究者たちはこのふわっとした基準に頭を悩ませているようで。
 そんな訳で、艦娘に効く薬と効かない薬もまばら。胃腸薬一つでもドラッグストアで買って終了って訳にはいかないのが、まだまだ難しいところのようです。

 ……毎回、バラムツとかフグを丸食いして『うますぎる!』って言いながら死にかけてる内のボスへの特効薬はできないですかね。ええオツムの方ですよ。
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