前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第103話 欠片

 再入荷した修復誘発材を使った訓練。

 それは良い。

 しかし、満潮とタッグを組む羽目になったのが辛かった。

 理屈では分かっているのだ。

 修復誘発材が効果を発揮するのはほんの数秒、その間に有効打を撃ち込めなければ意味がない。それを実行するにはソロよりタッグの方が良いことは。

 

 でも満潮とは嫌だった。どうしてこんなことに。卯月は天を仰いで泣き叫ぶが、生憎ここは地獄だった。

 

 と、心底イヤイヤ始まった訓練だが、それはもう熾烈極まったものになった。

 具体的に言うと、那珂の鬼教官ぶりが以前より悪化していた。

 着任当初のように、ミュージックに合わせて踊らされるとか、そういうのはない。

 シンプルに訓練が過酷だった。

 

 訓練の大きな目的は二つ。

 誘発材を効果的に撃ち込む手法を身につけること。当たらなければ意味がないのだから当然だ。

 もう一つは、満潮と連携できるようにすること。

 卯月が溶解させた瞬間に、砲撃や雷撃を叩き込めるようになるのが目的だ。

 

 そのためか、基本的には反復練習ばかりだった。

 まず撃ち込み方を教えてもらい、その動きをとりあえず覚えたら、那珂を仮想敵にして、実戦で使いこなせるように身につけていく。

 

 その繰り返しだ。だが、それが最も困難だった。

 

 動きを間違えると、即座にゴム弾が叩き込まれるのだ。

 

 訓練開始から数分で卯月の顔面は形の整っていないジャガイモのようになっていた。満潮も例外ではなく、顔面が熟れたトマトのようになっていた。

 

 何故ここまでやるのかと言えば、それは修復誘発材が極めて危険だからに他ならない。

 

 深海棲艦は自前の超再生能力があるから、装甲を溶かされようが腕が融解しようが、数秒で元に戻る。

 だがこの誘発材は、艦娘にも有効なのだ。

 

 そして艦娘に再生能力はない。

 

 いつでも入渠できる基地内ならまだしも、遠く離れた戦場で誘発材を浴びてしまったら、取り返しのつかないことになる。最悪敵の目の前で航行不能に陥りかねない。

 

 更に誘発材を最大限活かそうとしたら、誰かとの連携が前提。どちらかが動きを間違えたら、仲間が誘発材を頭から被る可能性さえある。

 

 そうなれば頭が溶けて即死だ。

 だから異常なまでに厳しい訓練を課す、劇物を扱っているのだから、那珂はそういう態度をとる。

 

 訓練する側の卯月たちも、その危険性は承知している。一滴でも浴びたら危険だ、どうしても動きが強張る。

 だが強張った動きでは戦えない。

 自然体で、かつ安全に使えるまで、身体に叩き込む他なかった。

 

 ただ、どれだけ過激にやっても、一回二回で身につくものではない。

 疲労がレッドラインを超えそうなタイミングで、那珂がホイッスルを吹いた。

 

「うーん、ちょっと休憩しよーか」

「……ッ!」

「少し休んだら再開だからねー」

 

 もう声も出ない。卯月と満潮は白目を向いて倒れ込んだ。

 

 身体が動かない。ミスったら自爆する劇薬を使っているせいで、普通の訓練の何十倍も緊張する。

 

 以前はナイフに塗って振り回すだけだったからそこまで気を使わなかったが、今回覚えようとしている新しいやり方はそうもいかない。

 

 タイミングを間違えたら、敵じゃなくて満潮が溶けて死ぬ。犠牲になるのが自分だけで済まない点が、緊張を加速させていた。いや満潮は死んでも良いんだけど。

 

「こ、こ、こんなの、使いこなせんのか、ぴょん」

 

 思わず口にしてしまう、弱気な言葉。

 数時間だけの訓練だったが、身についている実感がまるで感じられなかった。

 そう思っているのは卯月だけ。冷静に観察していた那珂からの評価は違っていた。

 

「いやいや、少しずつだけど良くなってるよー」

「だと思ったぴょん、この天才うーちゃんを崇め讃えるのだぴょん!」

「キャーッ! 卯月ちゃんカッコイー!」

「ぴょーぴょっぴょっぴょ!」

「なにこれ」

 

 酷い茶番だ、つきあっていられない。

 卯月が良くなっているのもお世辞だ。あいつがそう早く成長する筈がない。

 バカバカしいと呆れる満潮。

 

「で実際どうなんだぴょん」

「本当に上達してるよ、本当に少しずつだけど」

「うへへ、やったぴょん」

「てゆーか、うーん、ぶっちゃけ……むしろ」

 

 なにやら言い淀む那珂。

 うんうん唸った後目線を向けたのは、満潮の方だった。

 なんの用だ。

 そこへ那珂が爆弾を放り込んだ。

 

「満潮ちゃんが殆ど上手くなってない」

 

 こいつは、なにを言っている? 

 満潮は理解できずに啞然とした。

 そんなことあり得ない。ましてや卯月よりも成長していないなんて。もし事実ならプライドがボロボロになる。

 

「なんだろ、卯月ちゃんにちゃんと合わせようって感じが、あんまりしないんだよねー。元々の経験値があるから、アドリブで行けてるんだけど、細かい所が目についちゃうかな」

 

 満潮のプライドはボロボロになった。

 

「ぷっぷくぷー! このうーちゃんよりも成長がないだって? いんやぁ才能のない奴は哀れだぴょん! おやおやおや普段の自信はどうしたぴょーん」

 

 今こそ好機、偉そうな満潮をコケにするチャンスだ。

 卯月はここぞとばかりに猛攻を仕掛ける。下卑た笑みで頬ずりしながら肩をポンポン叩く様は、まさに外道──というかハイテンション過ぎて妖怪のそれである。

 

 あんまりな姿に見かねた那珂が助け舟を出した。

 

「卯月ちゃんもそう成長してないよ? 少しずつってだけであって、才能ある人より遥かに劣るよ?」

「がっはぁ!?」

「あ、死んじゃった」

 

 卯月のプライドもボロボロになった。

 

 二人揃って心を砕かれ(一名自業自得)その場に蹲る。腫れ上がった顔面も相まって酷い光景が広がっていた。

 

「うーん、落ち込んじゃった……そうだ! こんな時こそ那珂ちゃんスペシャルライブでみんなを元気に」

「逃げるわよ卯月っ!」

「おうっ!」

 

 なんという抜群の連携であろうか。

 満潮が声をかけた瞬間卯月も走り出し、まさしく脱兎の如く逃げ出した。

 「酷いよー!」という嘆き声が後ろから聞こえるが知らん。あのライブか始まったが最後、彼女の自室に監禁されて延々とライブを堪能させられるのである。

 

 何故そんなことを知ってるのかというと、那珂から訓練を受ける際に飛鷹からガチの警告を受けてたからだ。

 あの時の飛鷹さんは、全く笑っていなかった。

 逃げ遅れていたらどうなっていたか。その未来を知る必要はない。

 

 卯月は置いていっても良かったがこれ以上発狂されても困る。最低限度の慈悲が満潮にはあった。

 

「あー、危なかったぴょん」

 

 最悪の未来から逃げおおせてホッと一息。胸を撫で下ろす卯月。満潮も逃げれたことには安堵してたが、その心中は穏やかではない。那珂に言われた指摘が引っ掛かっている。

 

「いやぁ、それにしても、お前がうーちゃんより劣っているってのは笑えたぴょん」

 

 その傷を喜々として抉っていくのが卯月である。慈悲の心とかは特になかった。悪意に満ちた指摘に満潮は苛立つが、事実なので反論もできず、歯を食いしばりながら黙り込んでしまう。

 

「まっ気にすることないぴょん。新人のうーちゃんと満潮じゃあ、成長速度に違いがあるのは当然だぴょん」

「うるさいわよ、いい加減黙ってなさいよ、うっとおしい」

「うぷぷ、それは嬉しいぴょん」

 

 満潮に被害を与えることができると、最高に愉しい気分になれるのだ。

 最低の感性であった。

 もっとも満潮も同じだからお互い様だ。

 不満しか溜まらない現状に、満潮はとうとう黙っていられなくなる。

 

「……なんで、アンタと連携なんかしなきゃいけないのさ」

「そうしなきゃうーちゃんが活躍できないからだぴょん、お前とコンビしたくないのはこっちだって同じぴょん」

「なら、コンビの必要ないじゃない」

「……うん?」

「わたしは、コンビなんて組まなくても戦えんのよ。アンタが足を引っ張る分まで含めて戦える」

 

 満潮と卯月がタッグで戦うよりも、満潮が単独で戦った方がより強い。だからこんな訓練をする必要はないのだ。

 なのに無理矢理連携の練習をさせられている、それが不満で仕方がない。こんなのは時間の無駄でしかない。満潮はそう考える。

 

「いや何言ってんだオメー二人の方が強いに決まってんじゃん」

 

 しかし卯月からしたら、満潮の言い分の方が遥かに意味不明だった。

 

「なにを」

「常識で考えろぴょん。どうやったって単独じゃ限界があるぴょん。それを補うためのタッグじゃん」

 

 気合とかそういう問題ではなく、物理的な問題だ。

 一人では、左に撃ちながら右に撃つことはできない。しかしタッグなら可能になる。連携とはそういうものだ。

 一人で二人分働けるからコンビは不要? 

 あり得ない、尚更連携してより強くなれと言われて終わりだ。まだまだ弱い卯月とでも、コンビネーションができればより戦える。

 

「アンタとじゃ足を引っ張られて終わりよ」

「ぬぐ、まあそれは……これから頑張るぴょん。でも連携した方が良いのは確かぴょん。所詮は一介の駆逐艦、できないことはできないぴょん」

 

 駆逐艦じゃ戦艦の装甲を抜くことはできないし、制空権争いに参加することはできない。逆に戦艦は潜水艦と戦えないし、空母は砲撃戦ができない。それぞれにできることとできないことがあるから、連携が必要になる。

 それをしなくていいのは、一部の深海棲艦だけだ。

 その深海どもだって、艦種の限界は越えられない(一部例外アリ)。

 

 と、卯月は話してみるも、満潮はなんだか納得してなさそうな顔だった。

 

「どうしたぴょん」

「いるわよ」

「なにが?」

「全部できる奴は、確かにいるのよ」

 

 どういう意味なのか。妙な言い方なせいで理解しにくい。

 

「戦艦でも、全部できる奴はいるのよ」

「ああ、戦艦でも対潜戦闘ができるとか? そりゃ一部にいるけど、深海棲艦の一部個体だけ──」

「艦娘よ」

「んんんっなんだって?」

「対潜も、空爆も、制空権争いも、艦種の限界を超えて、なんでもできる奴はできるのよ」

 

 あり得ないことを言っていた。

 

「おいおい嘘吐くなぴょん、うーちゃん嘘が嫌いだぴょん」

「嘘だったらどれだけ幸福だったのかしら……」

「え、いんのそんな化け物」

 

 マジでいるらしい。

 全部できる戦艦の艦娘が。

 嘘だと思う。でも死んだ目で語るその話は真実めいている。

 満潮は一体何を見たのだろうか。

 

「そんなんと比較するのが間違いじゃない?」

「……そうね」

「っておい、どこ行くぴょん」

「訓練再開、そろそろ戻るわよ」

 

 機嫌が治った、ようには全く見えないが、それでも訓練は真面目にやる模様。

 内心助かったと卯月は思う。

 これで満潮にボイコットされたら、まともに前線で戦えなくなる。D-ABYSS(ディー・アビス)解放までただのお荷物になってしまうところだった。

 

 訓練や嫌だし満潮はもっと嫌だが、これ以上足を引っ張るのもプライドが許さない。しょうがないから頑張って強くなろう。卯月もふてくされている那珂の所へ戻っていく。

 しかし、満潮の言った『誰か』。

 戦艦なのに、なんでもできてしまう艦娘、そんな奴本当にいるのだろうか? 

 

 

 *

 

 

 戻ってきた後の訓練は更に地獄だった。

 那珂の機嫌を損ねたのが原因だった。

 不格好なジャガイモとかトマトとかじゃなくて、もう全身にモザイクをかけなければいけない程ボッコボコにされた。

 超がつく危険物を扱うのだから厳しいのは当然だが、ここまでされる言われはあるのだろうか。

 

 そんな重傷を負ったので、訓練終了後は即入渠ドッグ行きとなった。入渠後は晩御飯、その後少しだけ自由時間になったが、日誌を書いたりする余力はなかった。少しでも寝て体力を回復させようとする。

 

 だがそれもダメだった。

 

「どうも不知火です」

「うーちゃんただいま就寝中です話しかけないでくださいぴょん」

「おはようございます」

 

 扉を開けて突入してきた不知火に問答無用で連れ去られる。

 酷い睡眠妨害を受けて卯月の機嫌はド底辺。眠たい眼を擦りながら廊下を歩かされる。勿論付き添いで満潮も連行された。

 これで大した用じゃなかったら殴ってやる。

 

 不知火は執務室へと卯月たちを通す。部屋の中には中佐と飛鷹さんが神妙な表情で待っていた。なんだか異様な空気で満ちている。

 

「飛鷹と球磨に哨戒任務に行って貰った、その結果について伝えておく」

「……なんかいたのかぴょん?」

「いや、いなかった」

 

 大した用では無かった模様。

 直ちに不知火へ殴りかかる。

 瞬間卯月の視界が暗転。

 卯月は執務室の床に狗神家状態で突き刺さっていた。

 

「落ち着け、発見はあった」

「発見?」

「なにが、あったんだぴょん」

 

 床から頭を引っこ抜く。誰かがいたんじゃなくて何かがあったということか。

 

「それがこれだ、お前が声を聞いたという場所でこれを見つけたのだ」

 

 飛鷹さんがそれを机の上に置く。やたらと頑丈そうなクリアケースに入れられていて、慎重に扱われている。

 これが、そんなに大切に扱う物なのだろうか。

 首を傾げる卯月だが、その鉄屑の正体を知った途端、理由を理解した。

 

 

 

 

「駆逐棲姫の残骸だ」

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