前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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E-2は突破した。E-3は甲で行くべきか乙でアイオワを掘るべきか。


第104話 生存

 卯月が聞いたと言う謎の言葉、その正体を確かめに行った飛鷹と球磨。

 声を聞いたという場所の近くで二人がみつけたのは、パッと見古びた金属の破片。

 その正体とは卯月たちが以前撃破した駆逐棲姫の破片だった。

 

「……えー、で、それが?」

 

 しかし卯月はそんなに驚かなかった。

 遺体がまるまる転がっていたらそれなりに驚いたけど、その一部が残っていただけだ。不自然なことでもないし、生理的嫌悪が沸くわけでもない。

 

 なのに、なぜこんなに異様な雰囲気なんだろうか。理由が分からず卯月は困惑していた。

 

「それが問題なのよ」

 

 頭を悩ませながら飛鷹は呟く。

 

「深海棲艦が、どういう生物か分かる?」

「塵虫、害虫、産業廃棄物だぴょん」

「うんそうじゃなくて」

 

 深海棲艦と艦娘は、生物的にも概念的にも似た存在だ。しかし両者を分ける決定的な点がある。

 

「深海棲艦って、艤装そのものとも言えるの」

「オーケー、分からんぴょん」

「艤装と生身が一緒ってこと」

 

 彼女たちの骨格が、強靭な鋼鉄で構成されている理由にも繋がることだ。

 深海棲艦──一般的な仮説という前提だが──は、軍艦の怨霊と考えられている。

 故に人型を取っているが、その実態は軍艦と何ら変わらない。

 簡単に言えば、生身に見えている部分も、『艤装』とまったく同じなのである。

 

 厳密に言えば、生身の場所は、生体部位と機械部位が細かく入り混じって構成されている。艤装も同様。機械でもあり生身でもある、それが深海棲艦という存在だ。

 

 対して艦娘は、生身と艤装が明確に別れている。

 そこが大きな違いだ。

 ちなみに何故別れているのかと言えば、『人』と『艦』を明確に切り分けることで、付喪神として制御し易くするためである。

 

「イ級とかって、生身と艤装の違いなんてないじゃない。パッと見人型になってるヲ級やレ級、姫たちも、それと変わらないってこと」

「本体も艤装も、生体部分と機械部分が入り混じってるってこと?」

「そういうこと、それも細胞単位でね」

 

 なるほど理解した。それでそれがどうやって駆逐棲姫の艤装の欠片に繋がってくるのか。

 

「あいつらを捕獲して研究しようって試みが難航してる原因だけど、深海棲艦は死ぬと水になって消えるの。戦闘中に分離した部分や砕けた場所を含めて完全に」

 

 死ぬと全部が消える。残骸もなにも合切を残さず消滅する。遺体が残る艦娘とは違う。

 

 卯月は異常性に気がついた。

 

「え、待って、その欠片駆逐棲姫のって言ったぴょん?」

「ええ、言ったわ」

「なんで残ってるんだぴょん。駆逐棲姫は死んだはずだぴょん」

 

 深海棲艦は死ぬと全部消える。欠片も残さず消える。

 確かに駆逐棲姫は抹殺した。それは間違いない。

 なのになんで、そいつの欠片が消滅せずに残っているのか。その答えは一つしかなかった。卯月は震えながら呟く。

 

「まさか駆逐棲姫、あいつ、生きてんのかぴょん」

 

 どう見たって死んだと思った。しかし証拠はそうと告げていた。

 

「可能性は高い」

「嘘だぴょん、あの状況からどうやって……まさかうーちゃんが聞いた声って」

「駆逐棲姫の声を聞いたのかもしれん」

 

 瞬間、卯月の瞳孔が収縮。

 こめかみに血管が走った。

 傍にいた満潮には彼女の歯を食いしばる音が聞こえる。

 あの、泊地棲鬼に忠誠を誓っていた怨敵の一人が死んでいなかった。その事実だけでも、気が狂いそうになる。

 

 久し振りに身を焦がすような激情を感じる。声が聞こえたということは、奴はまだあの近くにいるのか。なら殺さなければ。あんな存在が地上で同じ息を吸ってることが許せない。

 

「基地が見つかったらヤバい。すぐ見つけ出して、磨り潰してなぶり殺すべきだぴょん」

「そうしたいが、無理だ」

「ええ、そう思って近海を徹底的に探ってみたけど、駆逐棲姫の痕跡は一切見当たらなかったわ」

 

 駆逐棲姫は一応駆逐艦だ。深海棲艦とはいえ長時間海底に潜み続けることはできない。近くに痕跡がないとなると、遠くで力を蓄えているということか。遠征でも何でもして見つけたい、そして殺したい。

 

 だが、効率的に考えれば、それは無意味だと分かっていた。

 こんな広い海から奴一人を探すのは困難、前科戦線は人員も少ないから、人海戦術で探すことも不可。だいいち手掛かりも何もない。

 

「……資源を無駄に食うだけかぴょん」

「理解が早くて助かる、今は何もしない。秋月撃破に総力を告ぎこむ方針に変更はない」

「了解、今は待って、力を蓄えるぴょん」

 

 今探しに行くのは非効率的。生きているなら何れまたやって来る。その時に備えて訓練を行い、確実に殺せるようにするほうが確実だ。

 卯月は『殺意』に至っていた。

 より確実に抹殺するにはそれが最善。そう理解したことで、卯月の激情はかなり収まる。今怒り狂っても無駄だと本能が判断した。

 

「あーイライラする、めっちゃ腹が立つぴょん、当たり散らしたいぴょん」

 

 もっとも怒りは消えない。発散できなかった分ストレスに変わりとにかく苛立つ。そうなることは全員分かっているので、ほぼ相手にしなかった。

 そんな中、満潮が疑問を抱いた。

 

「……痕跡がなかったってことは駆逐棲姫は近くにいないんでしょ。じゃあこいつが聞いた声ってのはなんだったの?」

「分からないわ、もしかしたら、この欠片の残留思念とかだったのかも」

「ちょっと卯月、耳を澄ましてみてよ。なんか聞こえるんじゃないの」

 

 卯月は耳に手を添えて聴覚に意識を集中させる。僅かな音でも聞き逃さないよう細心の注意を払う。しかし、暫く待ってみても何も音は聞こえてこない。背筋を貫く様な『ゾッ』とする声は響かない。

 

「聞こえないぴょん」

「やっぱりこいつのは聞き間違いよ。偶然残骸があったってだけね、はい決まり」

「やかましい、殴るぞ醜女!」

「五月蠅いわね、アンタの勘違いのせいで休憩時間がなくなったでしょ!」

「だったらハナから止めてれば良かったんだぴょん、今更蒸し返すなゴラァ!」

 

 罵り合いからシームレスに殴り合いに移行。溜まったストレスをぶつけあう馬鹿二名は不知火により執務室から叩きだされる。偶々部屋前にいた那珂に、悲鳴と共に連れ去られていった。同情は全くしなかった。

 部屋に戻った不知火は、飛鷹と中佐に目線を合せる。

 

「勘違い、じゃないと思うんだけどね」

「だが、現に駆逐棲姫は近海にいない。あるのは欠片だけだ」

「そう言っても、本人が生きてるのに残留思念……生きているから、思念が連動している……?」

「そもそも卯月さんが聞いたのは、本当に駆逐棲姫の声なのでしょうか」

 

 考えても分からない。どれもこれも状況証拠ばかり。確かなのは駆逐棲姫がどこかで生きているという一点だけ。

 結局先ほどと同じ、備える他ないという結論に一端落ち着いた。今何か行動することは不可能だった。

 

 

 誰もまだ知らない。

 

 

 これこそがD-ABYSS(ディー・アビス)が齎す『淵源』の一端であるとは。

 

 

 *

 

 

 駆逐棲姫健在疑惑という、卯月からしたらストレスフルなトラブルこそあったものの、那珂ちゃんによる地獄めいた訓練は大きな問題なく続いていた。

 嫌な指摘を受けた満潮だったが、何度も何度もやっていく内に慣れていき、中々のコンビネーションができるようになっていた。

 

「まあまあだね、漸く実戦で使えるかな!」

 

 那珂の評価は割と辛辣だった。

 数日間やってこれだ、もうちょっと良い評価をくれよ。

 それでも最初から比べれば遥かにマシ。最低限これで戦えると保証されたのだから。それとタイミングを同じして、中佐たちの仕事が一段落した。

 

 対秋月戦のために、出撃ができるようになったのだ。

 

「明日は休みだって?」

「ええそうです」

「……めっちゃ怪しいぴょん、何か企んでるんじゃないのかぴょん」

 

 夜練習が終わった頃、声をかけてきた不知火。割と酷い発言は気にせず、淡々と事務的に内容を説明してくる。

 

「威力偵察任務により、卯月さんたちは出撃します」

「どこに?」

「以前、戦艦水鬼が現れた海域。あれの更に奥の未解明エリアです」

 

 水鬼が倒されたことにより、奥の海域に行くことができるようになった。姫級が現れた海域でもないので、調査は前科戦線の手ではなく、各鎮守府により比較的緩やかに実行されていた。その中には藤鎮守府も含まれている。

 

 しかしどの鎮守府も、有力な情報を上げることができなかったのである。別に調査慣れしていないとかではないにも関わらず。

 この為埒が明かないということで、前科戦線に命令が下った。

 

 というシナリオに仕立て上げたのである。

 

 実際は違う。

 有力な情報は幾つかあったが、中佐は憲兵隊を抱き込んであらゆる裏工作を行い、その情報を回収、どの鎮守府もまともな報告ができない状態に追いこんだのであった。

 

 別に悪意はない。

 D-ABYSS(ディー・アビス)が未知である間は、他の鎮守府を関わらせることはできない。

 だから関われないようにしたまでだ。

 

 アウトローにしたって限度があるだろ。やっぱこの部隊ヤバいよ。

 卯月はそう思う。

 しかし内通者の焙りだしも終わっていない今、クリーンな手段には限界がある。そんなのを待っている時間はないという極めて合理的な判断だ。

 

 ちなみにこれが露見したら前科組含めて全員首が飛ぶが、卯月はそのことを知らない。

 

「ここ数日間あらゆる海域の情報を集めたが、秋月の活動した痕跡はなかった。この未解明海域も例外ではない。それどころか敵が殆どいなかった」

「敵がいない?」

「この海域の数少ない情報だ、深海棲艦との遭遇確率がやたらと低い」

 

 そもそも敵と遭遇しなかった艦隊もある。本当に深海棲艦の支配エリアなのか疑う人もいる。

 

 だがその代わりとして、遭遇した時の危険度は凄まじかった。

 参考までに述べると、藤鎮守府の艦娘たちはレ級elite四隻に会敵。ボコボコにされ命からがら帰投したらしい。

 

 幸い遭遇せずにいた艦隊も、何か目立った物──姫クラス個体や陸上基地、補給拠点などだ──は見つけられず、羅針盤に振り回されて帰投する羽目に。

 

「敵はほぼいないが、稀にいるのは強靭な個体。それを突破しても何もない。姫級の痕跡もほぼ皆無。そういう海域らしい」

「妙な海域ぴょん、でもそこにも秋月はいなかったんでしょ? 行く意味あるのかぴょん」

「痕跡はない。だが奴は間違いなくあそこにいる」

 

 強く中佐は断言した。けど痕跡はないのだ、どうしてそんなに自信があるのか卯月は不思議に思う。

 

「単純な話だ、なにも痕跡がないということは、誰かがそれを消していると言うこと。しかしだ、普通の深海棲艦がそんなことはしないし、できないのだ」

「できない?」

「深海棲艦は、居るだけで呪いを撒き散らす。どうやってもその痕跡は残る。対存在たる艦娘の協力者がいちいち浄化でもしてない限り。もう分かったか」

 

 例えD-ABYSS(ディー・アビス)に侵食されていても艦娘は艦娘。怨念を浄化する力をデフォルトで備えている。

 その協力者がいるから、『誰か』は存在を隠すことができるのだ。

 

「この時点で敵の性格も垣間見える。秋月がいる証拠を対価にしてでも、自身の存在を隠すような輩だ。そもそもこんなシステムを使っているのだ、腐った性根の持ち主と見て違いない」

「だろうね、うーちゃん知ってるぴょん」

「一応、敵も自らの痕跡を完全には消さないようにしていた。秋月がいることを悟られない為のフェイクだろう」

 

 呪いが全くないと艦娘がいると証明できてしまう。しかし半端に残しておけば、浄化ではなく、脆弱な個体か、一部が流れてきただけと誤認させられる。

 普通の鎮守府では、まさか艦娘が協力しているとは思わないから、尚更引っかかる。

 

「しかし我々はそういうことのプロフェッショナルなのだ」

 

 何人死のうが絶対に海域の情報を持ち帰らないといけない、そこに失敗は許されない。

 騙されて偽の情報を持ち帰ったら切腹ものだ。

 絶対に真実を持ち帰る。開戦当初から特務隊はそうやってきた。小細工は通じない。

 

「……んで、深海棲艦が少ないのはなんでなの?」

「それを調べてくるのがお前たちの仕事だろう何を言っている」

「バーカバーカ」

「うざいわね」

 

 でも分からないものは分からないので、卯月たちは現地捜査に行くのである。

 不自然に少なく強靭な深海棲艦。

 なにかがある。

 秋月発見&捕縛も大事だが、それも任務の一つである。

 

「今回は海域調査がメインだ。地の利がある状態で戦いになれば勝ち目はない。秋月については、もし倒せたら運が良かったぐらいに思っておけ、卯月」

「どーして名指しなんだぴょん、そんなに暴走すると思ってんのかぴょん」

「お前私に襲いかかったこと忘れたのか」

 

 前泊地棲鬼の話をした時、卯月は暴走して高宮中佐を殺しかけていた。

 確かにあんなことしてたら、暴走しない保証は得られない。

 嫌な記憶を思い出して、卯月はしょんぼり項垂れた。

 

「出撃は明日の夜からだ、メンバーはその時告げる。以上だ、下がれ」

「了解です」

「了解、ぴょん!」

 

 色々不穏な空気は漂っているが、それでも遂に秋月を抹殺するチャンスがやってくる。

 溜まりに溜まったフラストレーションを発散しつつ、秋月の後ろにいる『敵』に報復を成し遂げるのだ。

 その時敵が浮かべる絶望の表情を夢想して、卯月は邪悪な笑みを浮かべるのであった。




深海棲艦は死ぬと艤装諸共消滅→けど駆逐棲姫の艤装の欠片が残存→駆逐棲姫は生きている?しかし確かに爆発四散した筈。果たしてどうなっているのか。
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