前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第105話 嗜好

 秋月がいると予想される海域への強行偵察が決まった。それに備えて、一日完全な休みになる。ゆっくりと休んでおけということだ。

 

 長い訓練から解放された卯月は、久しぶりの休みを堪能する。なにをしても怒られない、多少寝坊しても同居人以外は文句を言わない、朝練もない。

 

 なんと素晴らしい気分だろう。

 それを後押しするように、以前から注文していた物が届いた。給与の殆どを使って買い漁った高級な食べ物の数々である。

 誰にも見られまいと、自室でコソコソと中身を開けた。

 

「ふあ、あ、あああ!」

 

 お菓子にお肉、何ランクも上のジュース。

 どれもこれも輝いているようだ。そしてこれを全部独占できる。そのことが嬉しくて堪らず、矯声めいた悲鳴が溢れる。

 

 テンションは天井知らず。

 まさに『ハイッ』て気分だ。

 どれからどう手をつけようか、選り取り見取りとはこのこと。つい迷ってしまう。

 

 そりゃ飛鷹さんのご飯はとびきり美味しいが、それとこれとは別問題。しかも初給料での買い物だ。興奮しない訳がない。

 

 と、ぴょんぴょん騒ぎ立てる卯月を冷え切った目線で見る者がいた。満潮である。

 

「よくもまあそんなので、バカみたいに喜べるわね。人生幸せそうで何よりだわ」

「持たざる者の嫉妬は醜いぴょん」

「健康に悪そうなものばかり、そんなの欲しいって思わないから」

「お前はバカぴょん、身体に悪いから美味しいんだぴょん」

 

 トンデモ理論を展開する卯月に満潮は呆れ返る。一応明日出撃なんだが。自己管理の意識はあるのか──いやある訳ないか。

 満潮は頷いた。

 しかし言わねばならないことはある。

 

「食べ過ぎはもうやめてね」

「はい、二度としないぴょん。全部は食べないから」

「なら良いけど」

 

 あんな惨劇はもう二度とゴメンだ。

 万一秋月や最上(仮)の前でやらかしたら、間違いなく恥ずかしさで精神崩壊を起こす。冗談ではなく。

 プライドもお腹ごと爆散だ。絶対にやらないと誓っている。

 

「念の為胃薬も持ってくぴょん……」

「そう」

「本当に……二度としません……」

 

 基本おちゃけてる卯月がこの態度。

 あの餌やり(比喩表現)は、余程のトラウマを刻んだらしい。

 まああれでトラウマを負っていなかったら、それこそ本当にヤバい奴だったけど。

 反省しているなら良いか。満潮はそう思うことにした。

 

「じゃあ、頂きまーす! ぴょぴょーん!」

「そ、自主練してるから」

「へいへい、邪魔しないでよねー」

 

 卯月がモキュモキュ食べだすすぐ横で、満潮は平然と筋トレに勤しんでいた。

 満潮がいる理由はいつもと同じ。発作の際に対応するため。

 それともう一つ、連携度合いを少しでも高めるため、なるべく一緒にいろと那珂より命令があったからだ。

 

 お互いにそれは分かっている。

 今更筋トレしてようが、お菓子を食べてようが、気にするような関係ではない。

 と言うより話してストレスを溜めて、リラックスタイムを邪魔されたくない。

 

 そう満潮は思っていたのだが、どうも何かがおかしい。

 さっきから卯月が、チラホラと満潮の方を見てくるのである。しかし無視だ、構うとめんどうくさい。

 そこで卯月は、場所を変えた。

 

「じー」

「真正面ッ!」

「あ、気づいたぴょん、目ン玉腐ったのかと思ったぴょん」

「なによ一体、自主練の邪魔は許さないわよ」

「いんや、これ、食べる?」

 

 と言って差し出してきたのは、個別包装されたイチゴ大福だった。

 

「……貸しでも作る気?」

「おま、一応うーちゃんにも同族意識があるんだよ!?」

「それは悪かったわね」

 

 他の人がいるのに、一人バクバク食べるのは何だか──少しだけ──満潮相手なのでミジンコぐらい──いけない感じがした。

 癪だけど、今生きているのはこいつの助力もある。

 だから癪だけど、これ一つぐらいなら、上げるべきと思ったのだ。本当に癪だけど。

 

「今アンタ何回癪だと思ったのよ」

「三回だけど、で、食べるかぴょん? べらぼうに美味しいぴょん。時代の進歩を感じるぴょん」

「……確かに新鮮ね」

 

 卯月たちがまだ『卯月』だった頃は、輸送技術は未発達だった。採れたての果実を冷凍して、新鮮なまま運ぶことはできなかった。

 しかし艦娘に生まれたお陰で、それを堪能できる。

 やっぱり艦娘に生まれて良かった。つくづくそう思う。

 せっかくだから味わわせてやろう。卯月は再度大福を差し出した。

 

「要らないわ。そんな体に悪い物」

 

 言っていることは合っている。

 これはお菓子だ、食べれば太る。こんなの食べるぐらいなら別の物食べた方が良い。軍人は身体が資本なのだから。

 でもその言い方はないだろ。卯月はムッとする。

 

「ふーん、そっかー、じゃあやらないぴょん!」

「ええどうぞ」

「人が珍しく親切にしてるのに。味覚なくしてしまえっぴょん!」

 

 そして美味い食事ができなくなった時、自らの行動を後悔するといい。フレッシュな苺の甘酸っぱさとアンコのハーモニーを堪能しつつ、そう毒づいた。

 

 

 *

 

 

 お菓子といった嗜好品を食べるだけ食べたかったが、また腹痛になったら本当に死ぬ。仕方なくほどほどに済ませておいた。食べ過ぎたら晩御飯も入らなくなるし。

 それと同じぐらいのタイミングで、満潮も自主練を終えた。

 明日出撃なのだ、疲労が残らないぐらいの軽い訓練にすべきだった。

 

「……どうするぴょん?」

「寝てれば?」

「そう眠くないの。暇だぴょん。なんか面白いこと言えぴょん」

「死んで?」

 

 二人揃ってやることがない。

 身体を動かさなくても大井から貰った教本を読んだり、やることは色々あるのだが、多分それをしてもまだ時間が余る。どう時間を潰すべきか。然程趣味が多くない二人は揃って首を傾げた。

 

「行動別々にする訳にもいかないし、アンタの勝手にして良いわよ」

「そう言われても、うーん、しょうがない散歩でも良くぴょん。ジッとしてるのは性に合わないし」

「じゃあ付き添うわ、面倒くさいけどね」

 

 こいつから発作がなくなれば、一緒に行動しなくて良くなるのだろうか。

 いやダメだ。

 連携を少しでも鍛えろと言われてしまっている。もっと高度なコンビネーションができるまでは別行動の許可は下りない。以前のように売却でもしない限りは。

 本当に面倒だ、精神系の薬品とかで、抑えられないものだろうか。

 そう思いながら卯月と並んで歩く。その顔からは嫌そうな感情がにじみ出ていた。

 

「どこ行くの」

「別に……あーいや、一か所だけ行こうと思ってるぴょん。でも多分満潮も知ってる場所ぴょん」

 

 大事な出撃の前、何だかんだで毎回立ち寄っている場所がある。

 今回もそうだ。もしかしたら秋月と決着がつくかもしれない。願掛けという訳でもないが、言っておこうと自然と思う。

 宿舎を出てから割と離れた場所、基地内でも端っこと言える所まで歩く。

 

 そう時間もかからない。数分歩くだけで目的の場所へつく。

 

「……これって」

 

 木々に囲まれて、静寂さを感じさせる場所に、小さく黒い柱が鎮座していた。

 

「なんかのモニュメントだぴょん!」

「なんかって、何よ」

「さあ?」

 

 未だにこれが何なのか卯月は知らない。

 とは言えただの置物には見えない。お花が献花されている辺り、慰霊碑やお墓の類に見える。置かれている花は新しい。誰かがお手入れしているのだ。

 

 卯月はそれに向かって手を合わせて、お祈りではなく報告をする。

 

 秋月との決着がつくかもしれないこと。

 そいつを殺したいほど憎んでいるけど、被害者かもしれない可能性があって、殺すには躊躇があること──そんな覚悟じゃ勝てない相手だと分かってることも。

 というか、D-ABYSS(ディー・アビス)のサンプル確保のために、抹殺は禁じられていること。

 卯月は満潮が聞いている隣で、そう話しかけた。

 

「艦娘同士で殺し合うのは嫌だぴょん。凄い辛いぴょん。でもそれじゃあ何にも変わらないし、何の為にもならない。泣き喚いているだけじゃカッコ悪いだけだぴょん。だから、ちゃんと殺してくるぴょん。あの『秋月』を抹殺してくる」

 

 殺す覚悟はできている。但し秋月ではない。D-ABYSS(ディー・アビス)の『秋月』だけを殺す。

 

 ここで殺したらきっと『敵』の思うツボだ。

 仲間同士で戦い合う様を、敵は心から楽しむだろう。ただの予想でしかないけど、きっとそういう奴だ。そうに違いない。

 

 そうはいかない。何一つとて『敵』の思い通りにはいかせない。

 そう決めているからこそ、秋月は必ず救出する。深海棲艦としての秋月だけをピンポイントで殺す。

 救うに足る人間かどうかはその後考えれば良い。

 

 カッコ良い卯月は、一時の憎悪に駆られて仲間を殺す存在じゃない。

 

「敵としての秋月は必ず殺す。そこだけを殺して、秋月は助けるぴょん」

「……ほとんど屁理屈のそれじゃない」

「五月蠅いぴょん、それで救出と殺意全力の戦いどっちも並立できるんだから、良いんだっぴょん」

 

 殺意が臨界状態でなければ、多分勝ち目はない。

 でも殺したら救出できない。

 だから卯月は秋月は憎まない。洗脳された彼女にだけ本気の殺意を向ける。以前のわたしと同じく、殺戮や悪行を、心から()()()()()()()()()()だけだ。

 

「まあ、実際に相対して、洗脳されてるアイツとそうじゃないアイツを、別人として見れるかは分かんないけど……でも頑張ってみるぴょん。そういうことで、明日行ってくるぴょん。吉報を持ち帰れるようにするぴょん」

 

 そう穏やかに笑って卯月は立ち上がる。報告と言っていたが実際は自分自身に言い聞かせるために話していた。

 語り掛けてる最中は殆ど黙っていた満潮が、終わったのを見計らって疑問を口にする。

 

「これなんなの、初めてみたけど」

「うえ? 満潮も知らないのかぴょん。うーちゃんより長く前科戦線(ここ)にいるのに」

「こんな何にもない場所に来る程暇がなかったのよ

 

 ついでに興味もない。

 ここに来たころから、どこに何があるかなんてどうでも良かった。ましてや探索しようだなんて思わなかった。そのせいで、少し隠れた場所に鎮座しているモニュメントに気づけなかった。

 

「お墓……それとも慰霊碑かしら、でもそうなら、何か説明してる物が置いてありそうだけど」

「なんでも良いぴょん、現状報告したって(バチ)が当たるような物じゃない筈だっぴょん。多分だけど」

「アンタ、これが何か知らないで祈ってたの!?」

「そうだけど何か問題が?」

「いや……別に」

 

 それで良いのかそれで。能天気極まった卯月の態度に心底呆れ返る。

 

「モニュメントに求める意味なんて、個々人で違って良いんだぴょん!」

「でも何のために建立されたか知らないのは不味いでしょ……常識で考えれば分かるでしょ」「説明の一つも置いてないのが悪いっぴょん」

 

 説明が何もないんだから、どんな意味を見出すもこっちの自由だ。

 侮辱する真似してる訳じゃないし。

 卯月はこれを昔ここにいた誰かの墓だと思っていた。だから自分のことを話すことにしている。多分それで良い気がする。

 

 でも満潮の言うことも一理ある。

 建立理由、誰かが知っているのかもしれない。お手入れしている人がいるのも確か。不知火や飛鷹、高宮中佐辺りなら何か知ってそうだ。今日の晩ぐらいに聞いてみよう。

 

 

 *

 

 

 モニュメント、またはお墓、または慰霊碑に現状報告を済ませた卯月。

 満潮も流石に思う所があったのか、お祈りを行った。

 その後二人はまた基地内をブラブラ散歩していた。しかしすぐにやることがなくなった。弥生との交換日記は返信待ち。日誌は夜に書く。

 

 暇だった。暇になってしまったので、卯月は埠頭で寝ることにした。風はなく日当たりも良い。絶好の昼寝日和だ。

 

「こんな良い天気に昼寝だなんて罰が当たりそう」

「適宜な休息こそ成長に必要なんだぴょん」

「アンタが言うと全部屁理屈に聞こえるのよね……胡散臭いったらありゃしない」

「うーちゃん嘘嫌いでっす」

 

 実際そうだろう。ここ数日は止むを得ず詰め込んでいたが、本来は適切に休みながらやった方が効率的に決まっている。

 などと話している間に眠気が押し寄せてきた。

 グチグチ言ってた満潮も結構疲労が溜まっていたのか、欠伸が止まらなくなる。

 

「お休み……晩御飯の時間には起こして……ぴょん」

「自分で起きなさいよ……」

「やだ……」

 

 一度目を閉じたら後は速い。背中合わせで寝ころんだ二人はすぐさま眠りに落ちた。

 

「あら、あれは?」

 

 少し時間が経った後、たまたま二人がいる埠頭を熊野が通りかかった。

 

「随分仲がよろしいことですわね」

 

 背中合わせだったのだが、寝ている間に二人は、軽く抱き合う形で寝ていた。

 二人とも熊野から見たら子供だ。微笑ましい光景に優しい気持ちになる。

 だがそれは一瞬だけ。

 返って辛い気持ちが、胸の内から溢れ出した。

 

「……懐かしいですわ」

 

 起こしても悪い。熊野はそこから足早に立ち去った。まるで逃げるように。

 

 

 しかし、いきなり戻ってきた熊野はカメラを取り出し、サイレントモードでシャッターを切った。

 

「後で脅しとかに使えるかもしれませんわね」

 

 この仲良さげな写真を見せれば、二人は恥ずかしさに悲鳴を上げるだろう。普段嫌い合っているから尚効果的だ。

 

 最低な笑みを浮かべながら熊野は立ち去っていった。




食い意地が張っているシーンが多いというか、食べることぐらいしか楽しみがないと言うべきか。どこぞの地下帝国じゃあるまいし。
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