前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第108話 再戦

 周辺の警戒はこれでもかと言うほどやっていた。守りは万全だった。それは間違いない。

 しかしそれは慢心だと卯月は思い知らされた。

 警戒の要だった偵察機がナニカに落とされた。何にやられたのかも分からない。空からの目を潰された隙を突かれ、秋月の攻撃が始まった。

 

 以前と同じ。駆逐艦にあるまじき超射程・超威力・超密度の高角砲が降り注ぐ。卯月の主砲では到底迎撃できない、威力が違いすぎる。射線を逸らすので精一杯だ。

 

 しかも回避も困難。巻き起こる渦潮が動きを制限する。不安定な波でも動ける訓練はしているが、普段よりどうしても鈍くなる。秋月に対してそれは致命的だ。

 割とヤバい状況。なのだが、そういった状況とかまるで関係ない奴もいる。

 

「キタキタキタ! 遂にお客さんが! こんなに歓迎してくれるなんて感激!」

 

 那珂である。こいつには弾幕が七色のペンライトにでも見えているのか。いや考えてはいけない。卯月は努めて那珂を意識の外へ追いやる。そんなことより秋月だ。そして──空からの敵だ。

 攻撃が砲撃だけな訳がない。

 夥しい量の深海艦載機が、魚雷や爆弾を抱えて突っ込んでくる。その中にはやはり、艦娘の水上爆撃機──即ち『瑞雲』がいた。最上(仮)も来ている。

 

「どっからでもかかってきなさい……今度はこっちが屈辱を味わわせる番よ!」

「満潮! うーちゃんと一緒に対空をお願い!」

「チッ、さっさとやるわよ!」

「貴様! このうーちゃんに何の権限があって命令をするぴょん!」

 

 返事はなかった。

 つまんない奴と吐き捨てた。

 満潮と肩を並べて、機銃の狙いを上へ定める。

 そっちだけじゃなく、秋月の砲撃や、潜水艦の奇襲にも警戒しながらだ。ソナーと己の聴覚に警戒を何割か割り振っておく。

 

 だが、そのままでは勝てない。遠くからの砲撃に磨り潰されるだけ。

 遥か遠くに陣取る秋月へ攻撃を仕掛けなければならない。

 向こうもそれは分かっている。砲撃も爆撃も、まるで壁のように、進むのを阻むように展開されている。

 

 今回の目的は勝利ではない。情報を持って帰ることだ。海域の情報はだいぶ集まった。秋月がいることも分かった。後は限界まで秋月に()()を切らせて、次へ繋げることだ。

 そうするためには、こちらから仕掛けなければならない。

 

 接近していない今、攻撃が仕掛けられるのは、この中には一人だけだ。泥酔気味だったポーラが狙いを定める。

 

Cecchino(狙撃)は~、ポーラも得意なんですよね、fuoco!」

 

 気の抜けた叫び声と共に砲撃が放たれた。秋月の弾幕を潜り抜けて飛んでいく。

 だが速度が違い過ぎる。

 狙われていることに気づいたのだろう。ポーラの砲撃が撃ち落とされてしまった。重巡クラスの攻撃をもってしても、尚秋月の方が強力だ。正面からぶつかり合ったら負けるのはポーラの方だ。

 しかし、そこで攻撃は終わらない。

 

「ありゃりゃ……ちょっと甘いんじゃないですか?」

 

 ポーラは二度撃っていた。

 

 全く同じ場所へ、同じ軌道同じ速度で二発目を発射していたのだ。一発目の後ろに隠れていたそれが、爆炎の中から姿を現す。

 その爆炎が目晦ましとなり、秋月の懐まで一気に迫る。

 だが、それもギリギリのところで迎撃されてしまう。

 

 それで良い、それが良い。ポーラはニンマリと笑みを浮かべる。

 

Cecchino(狙撃)、荒くなりましたね~?」

 

 狙撃への迎撃を優先したせいで、動きを阻害するための弾幕が僅かに手薄になってしまったのだ。それを見逃す彼女たちではない。誰が合図するまでもなく、一気にポーラと飛鷹、熊野以外の三人が距離を詰めた。

 勿論秋月もバカではない。すぐさま体勢を立て直して迎撃を再会させるが、一瞬の間に卯月たちはかなり迫っていた。

 

「聞こえてきたっぴょん、まだ見えないけど、もう近くに秋月がいる!」

 

 遠くで秋月の舌打ちが聞こえた。とにかく接近しなければ話にならない。

 低空を飛び交う艦載機が、主砲の弾幕を霍乱。飛鷹たちの一時的な援護を受けて、更に速度を跳ね上げる。

 そして、卯月たちは秋月を視界に収めた。

 水鬼を殺された時の絶望が、怒りへ──殺意となって燃え上がる。撤退を頭に入れつつも、ここで()()()()()と、決意が滾る。

 

「今日がテメェの命日だぴょん、地獄を見せてやらぁ!」

「秋月を視界に入れただけで何を言っているんですか」

「ハッ、ポーラの砲撃に騙された奴が何言ってんのかしら。バカなので、可愛そうに」

 

 前回撤退した屈辱がある満潮も、ここぞとばかりに煽る。否定できない一言に苛立っていたが、秋月は冷静なままだった。実際有利なのは秋月の方なのだから。

 

「接近はさせませんから」

 

 距離が縮まったのは向こうも同じ。秋月の攻撃が変化する。纏っている赤いオーラが激しくなる。

 連装砲の艤装が動くのに合わせて、卯月と満潮は砲撃した。

 

「そこで沈んでください」

 

 砲撃が放たれた──と同時に着弾した。

 

 だが直撃ではない。ギリギリのところを掠めて遥か後方に着弾。発射される寸前の攻撃が照準を反らしたのだ。それでも着弾の衝撃だけでひっくり返りそうになる。

 

 秋月の目視困難な超高速砲撃は一発では終わらない。当たれば即死する砲撃が、雨どころか暴風雨のように突っ込んでくる。

 卯月と満潮は、すぐさま二手に別れて回避運動をとる。真反対の方向へ別れたことで、弾幕の密度は僅かに落ちる。

 どちらかに火力を集中させたのなら、その隙に片方が突撃できる。

 

「ちょこまかと動いたところで、無意味ですよ?」

 

 しかし、秋月の弾幕は想像以上に激しかった。

 以前は夜間、いくらレーダーがあるといっても、秋月にとっても視界不良の中での戦いだった。

 今回は違う、昼間だ。目視でもしっかり見える。ましてや秋月は防空駆逐艦。空の小さな艦載機を見なければならない分、普通の艦娘より視力は良い。D-ABYSS(ディー・アビス)の強化も合わさったその動体視力は、僅かな予備動作も見逃さない。

 

「だぁぁぁ! なんつー密度だぴょん、化け物め!」

 

 狙いの精度が高すぎて近づけない。一定の距離を保って逃げ惑うのでいっぱいいっぱい。

 ここから攻撃を仕掛けても無駄だ。途中で撃ち落とされるだけ。後方したら振り出しに戻る。どうにかして接近しなければ、いずれスタミナ切れになる。

 

「気合を入れなさい! こんな弾幕長くは展開できない、いずれ弾切れを起こすわ、その時まで耐えるのよ!」

「ムリだっぴょん死ぬっぴょん!」

「腹下した時のことを弥生に言いつけて良いのね!?」

「ヤメロー!」

 

 逝くも地獄引くも地獄。なぜこんな酷い目に合うのか。こんなに良い子にしてるのに。

 卯月のふざけた会話が、ちょっと気に入らなかった模様。秋月の視線が鋭くなる。

 

「ムダ話をしてる余裕があるんですか」

「は! 余裕しかないわよ、アンタこそ、ここまで追い詰められてどうしてそんなのんきにしてんの? 深海の力に汚染され過ぎてんのね。脳味噌がフジツボ塗れなのかしら」

「そうなるのは貴女方でしょう、これから沈む、貴女たちの」

 

 罵倒しながらも攻撃、罵倒されながらも攻撃。そうしている間にも秋月の残弾は減っていく。その為の時間稼ぎの為の罵倒だ。

 

「分かってないのね、頭腐ってたとは驚きだわ。D-ABYSS(ディー・アビス)はこっちにある、アンタらが此処にいることも分かった、内通者の存在も知ってる。じきに『チェック・メイト』って訳、分かる? 分からないわよね、侵食の快楽にアヘアヘ言ってる淫乱雌豚じゃあ無理だったわね!」

 

 しかし満潮は時間稼ぎとか関係なく苛立っていた。秋月に実質負けるわ、四六時中卯月と一緒だわ、色々なことで満潮はストレスを溜めていた。

 その鬱憤を、手頃な敵に全部ぶつけていたのだ。実際八つ当たりのそれである。

 

 その罵倒で暴走するなんてことはなかったが、秋月はこめかみをヒクヒクさせていた。

 

「そんな下手くそな罵倒で、この秋月が動揺する訳ないでしょう。本当に愚かね」

「へえ、そお」

「ぶっちゃけ、前ひぃひぃ言いながら逃げ帰った輩に何言われても恐くないぴょん。悪口合戦以前の問題ぴょん」

 

 便乗して卯月も突っ込みを入れた。

 最上(仮)の介入がなかったら秋月はあそこで撃破できていた可能性が高い。ただしその場合卯月は大量出血で絶命していた。逆にそのリスクを払えば倒せてたということ。勝ち目がゼロの相手ではないのだ。

 

「あれは偶然でしょう、D-ABYSS(ディー・アビス)を使いこなせていない貴女が何を言うんですか」

「うぐっ、それを言われると弱いぴょん」

「否定しなさいよ、そこは!」

「だってうーちゃん嘘嫌いだしっ!」

 

 事実は事実、敵が言ったことでも否定はできない。現に今もD-ABYSS(ディー・アビス)は解放される気配もない。

 実のところ、作動条件がなんなのかは、薄々察しつつあるのだが……予想が合っていたとしても、そこまで持っていける自信はない。

 

「でもノープロブレム! D-ABYSS(ディー・アビス)なんてなくても、このうーちゃんはテメェなんぞに負けな」

「いつまで、喋ってるんですか」

 

 いい加減喧しくなってきた。別の意味でうざく感じた秋月の無情な砲撃が襲い掛かる。卯月は慌てて回避運動。危うく掠めるところだった。背筋がゾッとする。

 

「ぎぉあ! なにするぴょん殺してやるッ!」

 

 怒りのままに砲撃を放つ。撃ち落とされて終わった。無駄弾を使っただけだった。

 何がしたかったんだろうか。

 満潮どころか秋月も首を傾げた。

 

「ふっ、中々やるぴょん」

「……そうですか」

「だが、既に貴様はうーちゃんの術中にハマってるのだっぴょん、上を見よ!」

 

 卯月が指差す上を見て、秋月は顔を少し歪ませた。

 

 そこには無数の艦載機がひしめき合っていたのだ。

 

「どうやって……」

 

 飛鷹と熊野はイロハ級たちの空襲で動きを封じている。制空権争いで手一杯の状態だ。これだけの艦載機をどうやってこっちに回してきたのか。

 秋月は遠くを見つめ、同時にレーダーに意識を回す。

 その答えはかなり単純だった。いやバカと言って良かった。

 

「なるほど、制空権を捨てた訳ですか」

 

 制空権争いそっちのけで、全部秋月の方へ飛ばしたのである。この状況まで持ってくる為の罵倒も交えた時間稼ぎだったのだ。

 当然、制空権は敵側に。飛鷹たちは激しい空爆に晒されることになる。

 しかし、そんなもの当たらなければどうと言うことはなかった。

 制空権を取られても、被弾しなければ問題にならない。

 

「ふん、この程度の弾幕ではかすり傷にもなりませんわよ……とりゃぁ!」

 

 卯月からしたら、何処に逃げ場があるのか分からない。そんな弾幕の中を飛鷹たちは紙一重で躱していく。狙いを定めた機銃が正確に艦載機や爆弾を破壊していく。

 ルート調査の関係で、制空権なしで空襲を受けることなんてしょっちゅうあった。この程度は()()なのだ。

 

 しかし、それでも秋月には一発も届かない。

 

 殺到する艦載機は、ただの一機の例外もなく叩き落されていく。高角砲のリロードタイムが殆どない。残弾無限のガトリング砲めいた連装砲ちゃん×2の防空性能は異常そのものだ。

 それでも、残弾が無限ということはあり得ない。深海棲艦でさえ成し得ない事だ、D-ABYSS(ディー・アビス)の恩恵があってもそれは無理だ。

 

「しつこいですよ、全部撃ち落とされるだけなのが分かりませんか」

「それだけに専念する余裕があるのかしら!」

「横槍だっぴょん!」

 

 もう一つ、限界がある。

 それは主砲の耐久限界だ。本来主砲は撃つたびに赤熱する。それが再度冷却されてから再発射が可能になる。

 だが秋月は、そんなことお構いなしに連射を続けていた。

 艦娘のものより耐久性は上がっているのだろうが、もうじき限界の筈。

 

 そして砲身が赤熱し、使えなくなった瞬間卯月たちは強襲を仕掛けたのだ。

 

「愚かですね」

 

 だが、秋月の身体能力は、信じがたい次元まで上がっていた。

 

 瞬きした一瞬で、赤熱した主砲が元に戻っていた。

 

「は!?」

 

 何が起きたか分からず、満潮は絶句する。

 

「早すぎっだろ、インチキもいい加減にするぴょん!」

 

 そうでななかった。秋月はただ主砲を換装しただけだった。

 但し、目視できない速度で。

 冷却が瞬時に終わったと誤認するような速さで、四本ある砲身全てのリロードが済んでいた。

 

「これが、D-ABYSS(ディー・アビス)の、主様から授かった力なんです。卯月さん貴女はそれを知ってるでしょう」

「知るかそんなもん!」

 

 与えられた力を自慢する秋月を心から軽蔑する。そんなのと同類だった自分に怒りを覚える。卯月は大声で叫ぶ。

 

「うーちゃんが知ってるのは、ドチャクソカッコ良い水鬼さまの生き様だけだぴょん!」

「そうですか、その割に何もできていませんが」

「これからするんだぴょん!」

 

 ここで秋月を倒さなければどこかで更に犠牲者が増えるだろう。藤鎮守府で沈んだ憲兵隊の人たちのように。撤退は考慮に入れているが、なんとかして殺さなくては。卯月は静かに殺意を研ぎ澄ましていく。

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