秋月の奇襲により始まった戦闘。卯月たちは飛鷹たちのバックアップを受けて、先んじて秋月の懐へ飛び込んでいた。あの異常な対空砲火。遠くから撃つより接近した方がまだ勝ち目がある。
彼女たちの支援のためには、艦載機を向こうへ送り続けなければならない。無防備な状態で飛鷹たちは激しい爆撃に晒される。
制空権を失った状態で空襲を受けるのはしょっちゅうあることだ。慣れている。しかしずっと耐えることはできない。現に飛鷹も熊野も掠り傷レベルだが被弾してしまっている。
もっとも、空爆は秋月の砲撃に比べれば常識の範疇に収まっている。掠っただけで致命傷を負うような威力ではない。機銃で迎撃することもできる。
その中で、絶対に当たってはならない物が混じっているのを飛鷹たちは見逃さなかった。
それは瑞雲であった。
瑞雲の抱えていた爆弾が頭上に落とされる。飛鷹は急ブレーキをかけ軌道変更を行い回避する。
爆弾が落ちた場所は、視界全部が埋まってしまう大爆発を巻き起こした。普通ではない威力が起こすソニックブームに飛鷹は晒される。焦げ付いた臭いが鼻についた。
「こんな威力ではなかったような気が致しますが」
「本人だけじゃなく、艦載機もパワーアップするってことでしょ、この
「これがあるということは、最上さんも近くに……姿は見えませんけど」
以前秋月の援護を行った時は夜だった。本来瑞雲は夜間飛ばせない。それなのに飛ばせている時点で普通の瑞雲ではないと思っていた。そして予想通り威力も普通ではない。
他の爆撃も危険だが、これと
なら爆弾を落とす前に撃墜すれば良い。そうしたいのだがそれさえ許されない。というかできない。
飛鷹は熊野と連携し、挟み込むような形で機銃を撒く。射線上の瑞雲に逃げ場はない。上下左右真正面全てを包囲した。
そして瑞雲は『後退』して、逃げおおせた。
物理法則さえガン無視した挙動にいっそ感動さえ覚えた。
「迎撃も、ままならないとはね!」
「ズイウーンって、あんな、ぐにゃぐにゃした
「してたらこの世の終わりですわ」
深海棲艦の艦載機ならこういったことは良く見る。翼もなく四方八方に飛び回り、中々迎撃させてくれないインチキ兵器だ。
それでも、完全な『後退』をするところは見たことがない。だがこの瑞雲はやってのけた。あれは瑞雲ではない。瑞雲のガワを被せただけの何かだ。
更に行動を制限しているのか、
「──ッ熊野四時方向から!」
爆弾投下、直撃まであと一秒未満、といった状態で、飛鷹は熊野の背後に艦載機が迫っていることに気づく。
声を聞いた熊野はすぐさま姿勢を屈め、跳ねるようにしてそこから離脱。虚空を焼くことになった爆弾。しかしその加害範囲は、先程の瑞雲を大きく上回っていた。
なにせ、その衝撃波だけで、熊野一人を宙へ浮かせてしまうのだから。
「飛鷹さんも! 六時方向、ですわ!」
飛鷹はその方向を振り返らずに、機銃を撃ち込み逃げた。
その判断は正解だった。爆撃機は飛鷹の後ろ髪に接触寸前の距離。悠長に振り返っていたら爆弾の餌食になっていた。
機銃が当たった感覚はあった。すぐさま距離を取る。それでも熊野と同じように、爆発の衝撃波に吹っ飛ばされ海面を転がる。
攻撃寸前の艦載機はポーラにも迫る。同じくギリギリで破壊。
全員対応するのがギリギリになった。
それが異常だった。
三人いても尚接近に気づけないなんてこと、あり得るのだろうか。
「……ポーラのトコにも来てますね。なんでしょう
「分からないけど、瑞雲同様、当たってはいけない類の攻撃ですわね。威力がおかしい」
「お互いに気をつけるしかなさそうね」
こいつが敵の本命か分からないが威力も段違いだ。
気づけない艦載機と瑞雲。それが普通の艦載機に混じって襲い掛かってくる。判断ミスをしたら直撃して死んでしまう。艦載機がないから反撃もできない。そのせいで更なる援護ができないでいた。
飛鷹たちにできることは、卯月たちが少しでも早くケリをつけてくれるのを祈るだけだった。
飛鷹たちの援護を受けて攻撃を続ける卯月たち。
効果的云々は置いておいても、空襲がある分火力の一部を防空へ割かねばならなくなっている。卯月たちの攻撃は通りやすくなっている。
それでも尚、一発も届いていない現状に卯月たちは苛立ちを隠せなかった。
「もうやだぁ! こいつ何時弾切れおこすんだっぴょん!」
「おこすまでやるしかないでしょ!」
「その前に死ななければ良いんですけどね」
防空の合間を練って秋月が攻撃を仕掛ける。こっちに使える火力は減っているにも関わらず、放たれる弾幕は殆ど変わらず、まともに近づけない。
つまり、さっきまではまだ余力を残していたということだ。あの態度からしてまだ余力があるのだろう。
だが、弾切れを起こせば余力もクソもなくなる。そう信じて卯月たちは休みなく攻撃を叩き込んでいく。
そして、時が来た。
秋月の主砲から、砲弾が発射されなくなった。遂に弾切れを起こしたのだ。
「今よ殺せ!」
もう攻撃は来ない。卯月と満潮はすぐさま最大船速で突貫する。しかし秋月は見下した態度を一切崩さなかった。
「本当に、貴女達は、バカなんですね」
卯月の耳に何かが聞こえた。急速に何かが近づいて来る音が『水中』から聞こえてきた。しかも速い。このままだと正面衝突だ。
「止まれ満潮ッ!」
「な、何!?」
「なんかが上がってくるぴょん!」
隣の満潮の首輪を掴んで、背後に錨を投げ飛ばす。その重みでブレーキをかけながら急旋回。激突寸前のギリギリを通って、二人は秋月から距離をとる。
浮上した際の水柱が収まる。
そこにいたのは、顔のない深海棲艦たちだった。
「こいつら、顔無しか!」
「久々に見たけどキモイぴょん!」
「……そこ?」
そんな会話を一切意に介さず、顔無したちが襲い掛かる。秋月の護衛の役割なのか、戦艦や空母クラスの個体はいない。駆逐艦から重巡級の個体だけだ。
卯月たちもすぐ反応し砲撃を撃つ。だが顔無したちは即時散開し狙いを定まらせない。何体かは秋月の前に立ち、盾として動いている。
こいつらがいる状態ではどうにもならないが──相手している暇はない。無理矢理にでも突撃するしかない。
その判断を加速させる事態が目の前で起きていた。
顔無しの中に一隻だけ非戦闘艦が紛れていた。輸送ワ級、名前の通りの輸送艦である。深海棲艦の中でも特に異様な風体をした個体だ。言い方は悪すぎるが……変なのに寄生された妊婦のようなビジュアルだ。
しかしそんな嫌悪感は、次の瞬間吹っ飛んだ。
「あっ……んんっ」
その妊婦のような腹が粘性の体液を垂れ流しながら開き、秋月へ触手を絡ませに来たのである。
「ファッ!?」
ネチャネチャと水っぽい音を立てながら触手は秋月を取り込んでいく。
「ひゃっ……はぁぁん!」
秋月は嫌がるそぶりも見せない。むしろ身を委ねて全身に触手を絡め、ワ級のお腹へ取り込まれていく。
「何やってんだお前!?」
「ふふふ、分からないんですか? あんっ」
「触手プレイ&母体回帰なんてプレイ分かりたくもないっぴょん!」
「なんでアンタはそんな用語を知ってんの!?」
「神鎮守府にそういった薄い漫画が……」
「アイツかぁぁぁ!」
言うまでもなく某夕雲型っぽい陽炎型が溜め込んだ憲兵案件の代物であった。尚その彼女も卯月の造反の際死亡している。今頃は顔無しの材料に成り果てているだろう。
そんなこと言ってる間に秋月は取り込まれていく。何故か連装砲までジタバタと身をよじっている。一体どんな感覚なのか想像したくもないし絵面が最悪だ。こんな光景だが何をしようとしているのか卯月たちは勘づいた。
「アレ補給かぴょん!? あのビジュアルで!?」
「今すぐ止めないと振り出しに戻る!」
「うげぇぇぇ! きっもち悪い、どんな補給方法だぴょん、戦場を何だと思っていやがる!」
顔無しに包囲されながらも、どうにか砲撃や雷撃を輸送ワ級に浴びせる。しかしその時にはもう秋月はワ級に取り込まれていた。放った攻撃は全て装甲に阻まれた。
しかもこのワ級flagshipクラスの個体だ、高い装甲を持っている。駆逐艦の攻撃ではビクともしない。魚雷も図体が大き過ぎて効果が薄い。飛鷹たちの空爆ならまだ通るが、それは他の顔無したちがキッチリ防いでいる。秋月本体を狙おうにも、ワ級の装甲がそれを防いでしまう。
「固すぎだっぴょん!?」
「あんな見た目でも、安全に補給できる良いやり方ってことね!」
これ以上の攻撃は無意味だ。
顔無しを攻撃しても無意味だ。どれだけのダメージを負っても防空を優先させるだろう。顔無しを倒してからワ級を襲ったのでは手遅れになる。
結局、この状況になった時点でダメだった。ワ級を即時撃破できなかった卯月たちの失敗だった。
「……んっはぁ」
ワ級の腹がまた開くと同時に秋月が排出される。無防備な秋月よりも、内部が剥き出しのワ級を狙って攻撃する。もしまだ補給物資が残っていたとしたらとても不味い。また補給のチャンスを与えることになる。
手遅れだと分かっていても。
焦る二人を見て、秋月は色っぽい笑みを浮かべた。
「残念でしたね」
秋月の対空砲が火を吹く。一瞬で卯月たちの攻撃は迎撃された。ワ級への攻撃も防がれた。
展開されていた装甲が閉じてしまう。再び水中へ潜りだす。振り出しどころかマイナスからのスタートになる。一気に全滅へ近づいてしまう。
だがどうにもならない。何もできない悔しさに震える二人を見て、秋月は幸福感に包まれる。
「その顔のまま、是非死んでくださ──」
直後だった。その幸福感をふっ飛ばされたのは。
一瞬だった。無数の金属音が重なって聞こえる。
音が終った時、装甲が閉じたワ級が大爆発を起こしたのだ。
「な……!?」
今何が起きたのか。正確に認識していたのは敵である秋月ただ一隻。ワ級は沈んでこそいないが、装甲は亀裂と穴まみれ。補給物資も燃えて使い物にならない。
秋月は、犯人を睨みつけ、空気が震えるような怒りをぶつける。
「やってくれましたね。確か、貴女は……!」
「わ~い、当たりました当たりました〜、上手く行きましたザラ姉さま褒めて〜」
「酔い過ぎですわよ」
「……何こいつ」
震える空気が何だというのか。酔い過ぎて姐の幻覚を見てふにゃふにゃ笑うポーラこそが、この狙撃の実行者だった。
本当にこいつがやったのか?
緊張感絶無の彼女を見て、秋月は首を傾げる。ついでに卯月たちも首を傾げる。
しかし確かにこいつの攻撃だ。
ポーラが遠距離から狙撃したのは見えていた。
しかし、秋月の認識が正しければ、ポーラは信じがたい技巧を見せたことになる。
信じたくない、そんなことできるのか分からない。
砲弾を壁代わりに跳弾させて命中させる。
そんな芸当一介の艦娘ができることなのか。
「わたくしに感謝してくださいまし、この熊野が砲弾の動きをキッチリ『観察』してたからこそこれが成立し」
「あれぇ~ザラ姉さまが
「ダメですわこれ」
というかこんなのに一泡噴かされたとか屈辱でしかない。
「なんなんですかあの酔いどれは! 戦場をなんだと思っているんですか!」
「テメーが言えたことかっぴょん!? 同意はするけど」
「ホント何なのかしらあの酔っぱらいは」
敵も味方も理解できないのがポーラという艦娘なのである。いや理解したくもないのだが。
ポーラは熊野の援護の元、卯月と満潮、秋月三人分の砲撃の軌道を予測、それを元に瞬時に三発砲弾を発射し、跳弾の末にワ級の体内に入るようにした。更にはその砲撃が弱点である弾薬庫や燃料タンクに命中するように狙ったのだ。
その異常としか言いようのない超絶技巧を目にした秋月は、言葉にこそ出さないが優先して殺す相手を、卯月からポーラへと切り替えた。
あいつを放置していたら、また不意打ちを叩き込まれるかもしれない。それが致命傷でない保証はどこにもない。
「狙撃だろうと何だろうと、撃たせなければただの案山子でしょう」
秋月が再び、嵐のような弾幕を形成する。しかもさっきまでとは違い顔無したちの援護つき。器用なことに(当然だが)友軍の顔無しへの誤射をせず、隙間を掻い潜って迫りくる壁の如き砲撃を乱射する。
それらは全て、発射と着弾が同時の高速弾だ。
ワ級こそ沈めたが、補給は結局許してしまった。不利であることは以前変わらない。
徐々にだが悪化してく戦場。未だ秋月から新しい
ここからが正念場だ。卯月は口をキュッとしめ、殺意を更に研ぎ澄ました。
艦隊新聞小話
深海棲艦の艦載機は基本物理法則を無視してます。いやそもそも艦娘や深海棲艦だって『物理法則もあったもんじゃねぇな』って存在ですが、それでも艦載機は群を抜いておかしいです。
だって羽がなかったり、推進機関っぽいのが見当たらなくても飛びますし。そんな存在なので、普通の艦載機では不可能な動きもできます。真上に飛んだり、いきなり横に言ったりと、ビットかオメーはって動きをします。
でもバックできるのは私も見たことないです。だってビットだってバックできる奴は滅多にないじゃないですか。
だからバックもできる最上(仮)の瑞雲はとんでもない化け物なんです。本当に瑞雲なんですかねコレ?