前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第11話 偶像

 寝起きの卯月に襲い掛かったのは、想像を絶する筋肉痛だった。

 悲鳴も上がらなかった。叫ぶと更に痛い。入渠でカバーできないレベルの、無茶苦茶な訓練をやったツケだ。

 

「……あんたなにやってんの」

 

 同室の満潮が、冷たい視線を投げかけてきた。

 なんてことだ、朝からこいつの顔を見るなんて。別室にしてくれないだろうか。今度相談してみよう。

 

 なお相談した結果は、前回説明した通りなので割愛する。

 

「動けないぴょん」

「そう、ざまあないわね」

「人でなし!」

「なんとでも言いなさい」

 

 白状者満潮は、ベッドでのたうち回るわたしを無視して部屋から出ていった。なんて奴だ。

 いや、それで抱っこなんてされた日には、拒絶感で吐くだろうから、これで良いわけだが。

 

 結局卯月は、自力で這いずってベッドを脱出した。

 今日は確か、砲撃とかの訓練をするんだったか。那珂という艦が教えてくれると聞いた。

 ……この筋肉痛だから、優しくしてくれるかな?

 

 淡い期待を抱きながら、卯月は朝食に舌つづみを打つ。

 満潮が視界にいないだけでも、だいぶ心がさわやかだ。安心して食事を楽しめる。ホッとしながら、箸を持ったときだった。

 

「おっはよーうっ!」

 

 背中から抱き着かれた。

 結果、箸が目に刺さった。

 致命傷である。

 

「ぬぎゃぁーっ!?」

「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー!」

「自己紹介してる場合かぴょん!?」

 

 痛みに引っ繰り返るわたしが見えていないのかよ、卯月は突っ込んだ。

 艦娘でなければ失明である。なにがアイドルだ馬鹿野郎。

 

「あれ? 刺さってた?」

「お前にも刺してやろうかぴょん」

「駄目だよー、アイドルは、顔が命なんだからー」

 

 いやマジで刺したくなってきた。プルプル震えるわたしを見て、「テヘ」と舌を出す那珂を見て思った。

 

「ゴメンゴメン、本当にゴメン。後輩ができるって聞いて、ついテンション上がっちゃったの」

「マジで勘弁してくれぴょん……」

 

 艦娘だから失明しなかったし、謝ったのだから一応許す。痛いけど。

 

 息を整えて向き直る。

 髪の毛をお団子にした、黒髪の女性。彼女が『那珂』というわけか。

 

「……ん?」

「どーしたの?」

「あ!」

 

 卯月は見覚えがあった。

 この髪形をした奴を昨日見た。そうだ、熊野と一緒にわたしを賭けにしていたやつじゃないか。

 

「お前、うーちゃんを賭け事に使ってたなぴょん!」

「昨日のお話?」

「そうだぴょん、人を賭けごとに使うなぴょん!」

 

 熊野にも言っておいたことだが、彼女にも改めて言っておく。

 頬を膨らませて、威嚇しながら睨み付ける。

 すると、なんと那珂まで頬を膨らませて、威嚇の姿勢をとってきた。

 

「な、なんだぴょん」

「酷いでしょ、あそこでちょっと転んだフリしてくれたら、那珂ちゃんが勝ってたのに!」

「そっち!?」

 

 こいつ、勝手に賭け事をしてたのに、その責任をこっちに持ってきやがった。信じられない展開に卯月は絶句する。

 

「那珂ちゃんの交換券取られちゃったし、怒りたいのは那珂ちゃんだよ!」

「知らねぇぴょん……」

「こうなったら、今日の訓練で思いっ切り八つ当たりしちゃうんだから!」

「は!?」

「でも安心して、必ず卯月ちゃんもステージで輝けるようになるから!」

 

 なんだよステージって、なんで訓練で八つ当たりなんだ、まるで意味が分からんぞ!

 と叫ぶ暇もない。瞬きした間に、那珂は煙のように消えてしまった。足音さえしなかった。

 

「……忍者かなにかかぴょん?」

「御愁傷さまですわ」

「ぎゃあ!」

 

 後ろから熊野が現れた。驚かす気満々の登場だった。今度はなんだいったい。わたしはおだやかにモーニングも食べれないのか。

 

「ご飯食べさせてぇ……」

「あら、愚痴の一つでも聞いて差し上げようと思いましたのに」

「いやお前も愚痴の原因の一つだぴょん」

 

 人を賭けの対象にする奴がなにを言うか。

 しかし、冷静に記憶を思い返すと、前科組みでまともなやつは何人いただろうか。

 ……アレ、会話が成り立つの球磨と熊野しかいなくね?

 

 満潮はそもそも話したくないし、不知火は飛鷹さんは、立場の違いがある。

 気づきたくない事実に気づいてしまった卯月は、頭を抱える羽目になった。

 

「気づいてしまいましたか」

「お話、するぴょん」

「……ご愁傷さまですわ」

 

 顔を上げれば、朝から酒を飲もうとして、焼酎瓶で殴られているポーラが見えた。

 見なかったことにしよう。

 

「で、なにをお話します?」

「愚痴でも良いかぴょん」

「よろしくてよ」

「満潮はなんなんだぴょん」

 

 どういうことかと聞かれて、卯月は昨日の出来事を話した。

 思い返せば、シチューを喰わせる以前からツンツンしていた。そのことへの不満を卯月は愚痴る。

 

「弱いからってなんだぴょん、腹立つ奴ぴょん」

「なるほど、ですが、全くの間違いでないのも確かですわね」

「あのドーナツ野郎の肩を持つのかぴょん」

「ドーナツではなくフレンチクルーラーですわ」

 

 満潮が居たら「どっちも良くないわよ!」と叫んでいた。卯月からしたらどっちでも良い。

 そもそもフレンチクルーラーを知らない。食べ物だろうか、前科戦線で食べれるだろうか……変な方向に行きかけた思考を戻す。

 

「で、間違いでないってのは?」

「この前科戦線のメンバーは5人、ポーラさんと球磨さん、那珂さんにわたくしと卯月さんですわ」

 

 じゃあわたしは、もう全員に会っているのか。思ったより少ないと卯月は驚く。

 

「少ないと思ったでしょう、なぜだと思います?」

「……死にすぎるから?」

「それも一因ですね。ですが違います」

 

 ならなんだろうか。

 全科持ちの全員が全員、ここ送りになるのではない。軽めの罪なら鎮守府の独房とかに入れて、反省させる場合もある。

 

 それでもなお、どうにもならない罪の場合、解体か前科戦線行きか選ぶことになる。

 

 卯月はそう考えていた。しかし、それでもなお、5人は少ない。どういう理由なのか想像できないが。

 

「ダメ、答え教えてぴょん」

「正解は、ここに来れる……所長からスカウトされるのは、前科持ちのエリートだけだからですわ」

「所長?」

「高宮中佐のあだ名ですわ、裏で皆そう呼んでますの」

「あっそう……」

 

 監獄かよ。

 確かに自室の様子はまさに牢屋だったが、所長呼びはあんまりだ。

 

 でもそんなことはどうでもいい。

 もっと分からない。前科持ちのエリートってなんだ、超ド級の犯罪者ってことか?

 

「ここでの任務はご存じのとおりとても過酷」

「死亡率7倍って言ってたぴょん」

「そう、ですが、同時に()()な任務でもありますの。失敗は許されない。失敗の要因になるような、弱い艦はここにはいらない」

「じゃあ、前科持ちのエリートってのは、優秀だけど前科持ちの艦娘って意味かぴょん」

 

 熊野はそうだと頷く。

 任務を失敗させるような弱い艦娘はいらない。

 いるのは確実に成功させる強い艦娘。

 

 前科持ち中から、更に選別を行い、残ったエリート兵だけをスカウトする。

 そりゃ少ない訳だ。

 

 前科持ちは少ない、そっから強い艦娘は更に少ない、スカウトしても来てくるかは分からない。そして7倍の死亡率。いなくなる訳だ。

 

「任務が辛いから、強いやつばっか集めてると。前科持ちばかりなのは……誰もやりたがらないから?」

「その通りでございますわ」

 

 そりゃ、死亡率7倍の戦場に行きたがる奴はいないだろう。

 いたとしても、上官が嫌がるだろう。だからこそ前科戦線がある。懲罰部隊だが、必要な存在でもあるわけか。

 

「……え、じゃあなんでうーちゃんいるぴょん?」

 

 卯月は着任してから、一ヶ月で前科戦線送りになった。

 実戦経験はまったくない。なのに高宮中佐からスカウトされた。ド素人だ。熊野の説明と矛盾しているじゃあないか。

 

「そう、気になっているのはそこなのですわ」

 

 熊野は指先を立てて、顔をずいっと近づける。楽しいおもちゃを見つけたような、好奇心旺盛な反応だった。

 

「本来なら熟練者しか来ない。なのに卯月さんは、素人なのにスカウトされた。そこが最大の謎なのですわ」

「なるほど……ってちょっと待って、なんでうーちゃんが実績ないって知ってるぴょん?」

「そんなの訓練の様子を見れば分かりますわ」

 

 見てたな、賭けていやがったが。

 

「なので卯月さんは、『特別』なのですわ」

「特別……」

「プラスの意味かマイナスの意味かは、さておいて」

 

 お互い揃って首を傾げる。

 素人のわたしがなぜ、熟練者しか呼ばれない前科戦線に来たのか。

 可能性があるなら……それこそ『前科』、いや『冤罪』だ。

 消えた記憶に、その秘密があると思う。所ちょ……高宮中佐は、多分答えてくれない。

 

「ある意味で前科戦線はエリート部隊とも言えますの、そこへ素人の卯月さんが着任した。満潮さんは、それが気に入らないんだと」

「つまり満潮との仲はどうにもならないってことかぴょん」

 

 こっちだって好き好んで来たわけじゃない。なのに一方的に敵視とは。本当に満潮が嫌になる。なんなんだよあいつ。

 苛立つ卯月を見て、熊野は少しため息をついた。

 

「しかし目下の問題はそこではありませんわ、素人だとしてもここにいる以上、恐ろしく過酷な戦いに行く羽目になります。

 このままだと卯月さん、初陣で沈みますわよ」

 

 熊野は全然ふざけていなかった。

 真剣な態度に、背筋がゾッとする。その時はふざけたギャンブラーではなく、熟練の戦士の目つきをしていた。

 

「まあ、そういうわけですわ。那珂さんはちょっと……ええ、まあ……独特ですが……訓練はしっかりやってくださるので!」

「待ってなんだぴょん今の間は!」

「あらこんな時間、わたくしお時間ですので、失礼致しますわー」

「待って恐い! どんな奴なんだぴょん!」

 

 さっき箸を刺されたばかりだ。あれ以上にやばくなるのか。もう恐怖しかない。

 卯月の叫び声が虚しく響き渡る。とても小声で厨房の飛鷹さんが『ドンマイ』と言っていた。

 死ぬかも。

 卯月の目は死んでいた。

 

 

 *

 

 

 朝食を済ませた卯月は、昨日散々走り回った砂浜をまた走っていた。

 ただし濡れマスクはない。タイヤもない。ただジャージで走っているだけだ。

 

「……こんなので良いのかぴょん?」

「良いんだよー、まずはウォーミングアップから!」

 

 その間、卯月は正体不明の悪寒に襲われていた。

 あれだけ不安を煽っておいて、こんな簡単な訓練な訳がない。楽な分、後が恐い。

 

 あと恐いのは隣の那珂である。

 

「どうかしたの?」

「い、いや、べつに」

「?」

 

 那珂も卯月と一緒に走っていた。それは別によかった。

 ただ、気になるのは背後の轟音だ。

 金属がぶつかり合う音が、どうしても恐ろしかった。

 

 那珂はタイヤではなく、ドラム缶を8個引っ張って走っていたのだ。

 

 中身は恐らく海水で満たされている。

 水はけっこう重い。

 それを8個。腹にロープで繋いで。

 

 なのに那珂は、涼しい顔で鼻歌まで歌いながら走っていた。

 

 化け物かな?

 これからこの化け物に訓練を受ける。卯月は底知れぬ恐怖を覚えながら、気を紛らわすように走り続ける。

 

「よーし、これぐらいにして、訓練にはいろっか!」

「っひゃい!」

「良い返事だね!」

 

 那珂の満面のサムズアップ。

 卯月の震えたサムズアップ。那珂はそのようすに一切気づかない。

 

 こりゃ駄目だ。死ぬしかねぇ。

 すっかり諦めた卯月を、那珂は引っ張っていく。どこへ連れていかれるのか、地獄か。

 卯月の予想は少し外れた。

 

「着いたよ!」

「地獄へようこそってかぴょん」

「やっだなー、そりゃー特訓は地獄だけどー、その前にやることがあるでしょ?」

 

 地獄なのかよ結局。

 心の突っ込みはさておき、卯月は辺りを見渡す。

 

 かなり広いスペースに、色々な機械類が設置されている。海に直接出れる場所もある。似た景色を、神鎮守府でも見た。

 

「工廠……ってことは」

「そう! 艤装の装着だよー!」

「なるほど」

「ちょっと、折角の一大イベントなんだから、もっと喜ばなきゃ!」

「お、おおー……!」

 

 艤装をつけるだけでそんなハイテンションになれるのか。

 ここまで元気な艦娘に会うのは始めてだ。この卯月がノリで押され始めてる。こんなことは初めてだ。

 

「ちょっと、うるさいんだけど」

 

 と、工廠の()から声が聞こえた。

 

「え?」

 

 見上げると、そこには椅子があった。

 天井からワイヤーで吊るされた椅子が、ロープウェイのように動いている。そこにツナギ姿の女性が座っていた。

 

「ほら卯月ちゃん、あの子がここのメカニックだよ」

「あ、どうも、卯月です。うーちゃんって呼んでほしいぴょん」

「へー、うーちゃんねぇ」

 

 これは、飛鷹さんに続いて読んでくれる流れか!?

 

「うーちゃん、ううちやん、うちやん……よし」

 

 期待する卯月を見て、彼女はニヤァと笑う。イタズラを思いついた時の卯月と同じ顔で。

 

「じゃあ、略してうーちんで」

 

 下ネタを連想させる素晴らしいあだ名だった。卯月は激怒した。

 

「キャーッ! 那珂ちゃん下ネタはNGだよ!」

「はっはっは、そういうことだって。あだ名呼びは駄目みたい」

「わざとっぴょん!?」

「いいや、これはねぇ、確信犯ってやつだよ」

「同じじゃねーかぴょん!」

 

 顔を真っ赤にして憤慨する卯月を見て、ツナギの女性は良い笑顔で笑う。

 

「あ、あたしは軽巡北上、正規艦娘でメカニックやってるよ、よろしく卯月」

「結局卯月呼びかぴょん」

「結局? あたしは最初から卯月としか言ってないよ? 変な子供」

「よーし降りてこい、グーでパンチしてやるぴょん」

「降りるのは良いけど、そっちは行けないよ?」

 

 どういうことだ?

 卯月が見えるように、北上はズボンをたくし上げる。

 

 卯月は一瞬、息が止まった。

 そこには、あるべきものが欠落していた。

 

「足が……」

「そ、義足」

 

 北上は慣れたようすで義足を動かす。

 しかし、慣性に従って揺れるだけ。来れないとは、()()()()という意味だったのだ。

 天井からぶら下がった椅子で動くのも、同じ理由だ。

 

「そんな理由で、メカニックをやらせて貰っているの」

 

 キュラキュラと音を立てて、椅子が地面へ降りてくる。

 そして北上は、義足ですくっと立ち上がった。

 

「まあ、歩けるけど」

「え、じゃあ今の椅子は」

「趣味」

 

 自由人過ぎるメカニックと、テンション高すぎる軽巡。

 既に疲労困憊の卯月を、地獄の特訓が待ち受ける。前科戦線の三日目はまだ始まったばかりなのだ。




過酷な任務だけど誰かがやらなきゃいけない
 →強い奴じゃないと任務を達成できない。
  →強い前科持ちなら万一沈んでも問題はない!
という合理的発想の元前科戦線は運営されております。by不知火
任務の内容はまた後日。
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