前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第111話 奥手

 真上から魚雷を投下し、当たる直前に砲撃で起爆させるという卯月の奇策。それは秋月の圧倒的砲撃により阻まれ失敗に終わった。全ての希望を失った卯月へトドメを刺そうと、長10センチ砲ちゃんを動かす秋月。

 

「知恵比べはこのうーちゃんの勝利だぴょん」

 

 しかし、長10センチ砲ちゃんの片方一機が旋回せず卯月へ狙いを合せられない。艤装との接続ユニットが融解していたからだ。

 

 その繋ぎ目に突き刺さっていたのは魚雷ではなく、ナイフだった。

 

「いったい何時うーちゃんが魚雷を刺すって言ったんだぴょん?」

 

 投げていたのは魚雷ではなく、修復誘発材が塗られたナイフだった。

 正確には、細いワイヤーで卯月の『錨』と繋がったナイフだ。それが入った魚雷が秋月に当たった後、良いタイミングで錨を卯月の真下へ投下すれば、重さで引っ張られて──艤装の何処かへ食い込む。

 

 深海のエネルギーを宿した艦娘という特殊な存在故に、修復誘発材が効果を発揮するかは微妙だった。D-ABYSS(ディー・アビス)が作動できなかったので卯月自身での人体実験もできず、効くか不安だったが、結果は見ての通りだ。

 

「いやぁしかし、まーさかそこに刺さるとは思いもしなかったぴょん、うーちゃんとってもラッキーだっぴょん!」

「溶けて、これは、戦艦水鬼が喰らっていた」

「驚いている暇なんてやるもんですか!」

 

 満潮は事前に砲撃していた。

 卯月がダミーの魚雷を使ってナイフを刺すと考え、刺さるであろう場所に砲撃を行っていた。

 そしてその砲弾は、もう当たる直前の距離に在る。那珂にボコボコにされながらも、必死で連携の訓練をした成果が出ていた。

 

 このままでは直撃する。これしか対処手段はない。

 秋月は体の向きを変え、動く方の長10センチ砲ちゃんで迎え撃った。撃ち落とされる砲弾。だがそれに気をとられている間に、二人は秋月の死角へ移動、砲撃を撃ちながら、再び魚雷をばら撒いた。

 

 秋月はすぐさま迎撃の弾幕を撒き散らす。

 しかし、片方が一切旋回できなくなっているせいで弾幕を集中できない。秋月自身が回らなければその方向へ攻撃できなくなっている。

 更に、最初津波に紛れて撃たれた魚雷がまだ生きている。悠長にその場で回っている暇がない。

 

「そんなにうーちゃん絶望している風に見えたかぴょん? うっそぴょーん騙されてやがんの。あーんな自信満々に言ってた癖に。なんだっけ、『甘いです』だって? 何がどう甘いと、教えてぴょん!」

「こいつ……」

「どーも、演技派のうーちゃんでーす。うぴょぴょぴょん」

 

 徹底的におちょくり倒しているが、それは相手から余裕を奪うためだ。

 

 まだ、確実ではない。

 

 あのナイフだが、ワイヤー経由かつ錨の重さで喰いこませるなんてやり方のせいで、刺さり方が甘い。直接触れるなり砲撃するなりして、深く抉らせなければ融解しきらない。余裕はまったくないのを隠しているのだ。

 

 秋月はまだそのことに気づけていない。

 長10センチ砲ちゃんが機能不全に陥るなんて考えたことがなく、対処がどうしても遅れる。

 

「こんな物、クソッ!」

 

 このままでは不味い。

 秋月はやむを得ず片足を叩き降ろし津波を起こした。それにより、津波を越えた雷撃が今度こそ叩き返される。

 

 だが卯月たちはもう一度魚雷を放っていた。勿論津波を起こされても秋月に刺さる撃ち方だ。

 秋月に第二波が迫る。しかもその一瞬を突いて、二人がかなり距離を詰めていた。

 

 迫る卯月たちに対応してたら雷撃を喰らう。雷撃に対処していたら卯月たちが来る、そもそも蹴りの津波では対処不能。砲撃で牽制しても片門だけでは押し切られるし、よしんば止めても後続の満潮が来る。両方対処するのも片門では困難。

 

「ここで殺してやる、ブッ潰れろっぴょん!」

「貴女、躊躇はないんですか、これで溶けたのが治らなかったら、貴女のせいですよ」

「知るかそんなこと。生きてさえいれば、四肢が千切れてようが二度と戦場に立てなくなってようが関係ない。つーかむしろスカッとするぴょん!」

「なんて奴……!」

 

 卯月は嘘が嫌いである。即ち今の発言は本心からのものだった。

 秋月を殺すつもりはない、貴重なD-ABYSS(ディー・アビス)のサンプルを持ち帰れと中佐から命令されているから。

 

 だが、無傷でとは言われていない。

 

 ならどんなに痛めつけても死にさえしなければ問題ない。相手を傷つけることへの嫌悪感なんて皆無だった。

 

「死ねーっ!」

 

 ナイフを食い込ませるために卯月が主砲を放つ。迎撃しようと攻撃するが、満潮が動く方の長10センチ砲ちゃんに向けて攻撃してくる。それに対処したせいで卯月を止めることができなかった。

 

 それでも壁の如き弾幕が張られるが、散々訓練した成果は出ていた。

 迎撃を潜り抜けて正確な一発が届く。ナイフに砲撃が当たればより食い込み、完全に溶断できる。

 

 秋月の顔が醜悪に染まる。見下しきっていた相手に──しかもD-ABYSS(ディー・アビス)を解放できていない奴に追い詰められた事実に、腸が煮えくり返る。

 

 

 奥の手を使わなくてはならないなんて。

 

 

「これ嫌いなんです。秋月も制御しきれないので」

 

 そう言って秋月は突然屈み、力一杯海面を蹴り飛ばす。

 そして()()()()

 蹴りだけでも津波が起こる秋月が、約8メートル近く全力でジャンプした。結果今まで以上の津波が巻き起こる。

 それでも魚雷は津波を越えた。しかし秋月は空中、魚雷は当たらない。魚雷同士でぶつかり何もないところで爆発してしまった。

 

「何メートル飛んでんだ、なんてジャンプ力だぴょん!」

「でもチャンスよ、アイツも空中じゃ動けない。今ならどんな砲撃だって命中するわ」

「なるほど、うーちゃんも当然気づいてたっぴょん!」

 

 空中の秋月に照準を合わせる二人。だが秋月も無策で飛んだ訳ではない。

 

「秋月だって駆逐艦なんですよ、これをお忘れではないですか」

 

 空中で秋月は回転。そして背中に搭載された魚雷を卯月たち目がけて一気に発射した。

 砲撃に意識が向きがちだが魚雷の数も威力もD-ABYSS(ディー・アビス)により増大。砲撃ではなく魚雷の壁が展開された。

 

「ぴょん!?」

「アンタは魚雷の処理をして、わたしがアイツを撃つ!」

「手柄取られたぴょん悔しいぴょん!」

「黙ってなさい!」

 

 それでも以前秋月は空中、自由に動ける状況ではない。溶けた主砲も治っていない。卯月たちの有利に変わりはない。

 安全確保のための魚雷処理を卯月に任せて、満潮が秋月に狙いを絞る。

 動けない相手など的でしかない。身をよじって融けた場所を狙いにくくしているが、満潮の技量なら確実に命中できた。

 

「当たるものですか」

 

 しかし、満潮の砲撃は当たらなかった。

 

 動けない空中にいるのに当たらなかった。

 

「は!?」

 

 その挙動を見た二人は言葉を失い絶句する。こんな方法アリなのか。無茶苦茶は承知だが限度がある。

 

「さ、さっさと追撃するぴょん、まぐれだぴょん!」

「うるさい命令すんな!」

「それも、当たりません」

 

 満潮が砲撃を放つ。同時に秋月が空中で砲撃。その威力から齎される圧倒的な反動によって秋月は()()。攻撃は宙を切った。

 二回続いたということは、偶然ではない。

 

 秋月は、砲撃の反動で空中を()()()()()()()()()

 

「そんなのアリかっぴょん!?」

 

 異常な威力の主砲を、駆逐艦が持っているからこそ成立する荒業。D-ABYSS(ディー・アビス)の恩恵はここまでのものなのか。卯月は苛立ちを通り越して呆れ返る。

 

 一方満潮は思考停止していたがすぐに正気に戻った。

 

「驚いたけど逃げる機動は単純、どっちにしても的、コケ脅しの大道芸でしかないわ!」

「まだですよ、秋月の攻撃はここからです」

「何をする気」

 

 無事な長10センチ砲ちゃんを海面に向ける。息を吸い集中力を高め、紅いオーラを燃え上がらせる。

 

「撃ち方……始めっ!」

 

 秋月は撃てる最大まで砲撃を海面に叩き込む。砲身が焼けつき溶けて潰れるまで、一気に一瞬で全てを撃ちこんだ。

 限界を超えた乱射に、長10センチ砲ちゃんの砲身が赤熱して溶け落ちる。

 

 しかし、その砲撃は誰も撃たなかった。真下付近に撃っただけで誰も被弾していない。これが齎したのは何だったのか。

 

 満潮は卯月の悲鳴でそれを理解した。

 

「ぴょあー!? なんだっぴょんこれぇ!?」

 

 卯月は引き続き魚雷を処理しようとしていた。その瞬間、魚雷群の中に空中からの砲弾が降り注いだのである。

 高度も加わった秋月の砲撃威力はそれまでの比ではない。着弾した場所の海流を滅茶苦茶に変えてしまう。

 

 そして海流が変われば魚雷の動きも変わる。

 

「ぜ、全然読めない……ってか魚雷はどこだぴょん!?」

 

 乱された海流のせいで魚雷の動きは一気に複雑化。魚雷同士の激突による誤爆は起きているが、それでも数の暴力により大半は卯月たちへ突っ込んでいく。

 更に砲撃による水しぶきと誤爆によって、雷跡が視認不能に陥った。どこへ行くかどこにあるかも判別不能。卯月は魚雷に対処できなくなっていた。

 

 魚雷に対処できなければ、そこから距離を取る他ない。

 

「く、くそぉぉぉぉ!」

 

 やっと近づけたのにまた離れる羽目になった。折角ナイフを突き立てたのに無駄になった。連携もできてたのに、それでも押し切られた。

 悔しさに絶叫する卯月。叫びこそしないが顔を歪ませる満潮。

 離れていく二人を尻目に秋月は着水、刺さったナイフを引き抜き投げ捨てた。

 

「まだよ、まだ誘発材が残って──」

 

 言いかけたその瞬間、まるで時間が遡るかのように、溶けた艤装が修復された。

 

「良かった、治るんですねこれ。安心しました」

 

 深海棲艦に通常兵器による攻撃は効かない。効いたとしても瞬時に再生される。有効なのは対の力を持ち、再生阻害をすることができる艦娘の攻撃のみ。

 D-ABYSS(ディー・アビス)に浸食された秋月もまた、同等の再生能力を保有していた。修復誘発材はあくまで通常兵器、融解させられるのは一時的なのだ。

 

 救出した後、溶けた部分が治るのかどうかの心配は要らなくなった。しかしそれどころではない。救出どころか勝算の方が融解してしまったのだから。

 

 長10センチ砲ちゃんが復活。二機の主砲が卯月と満潮に狙いを定める。そして弾幕が爆発した。

 

「中々面白い大道芸でした。楽しませてくれてありがとうございます。最近はヒヤっとする戦いがなかったもので、良い緊張感でしたよ」

 

 口調こそ穏やかだが全くそんなことはない。

 こんな格下に、あんな小技で奥の手を出させられたことへの怒りしかなかった。だがこれでもうあいつらに出せる手はない。心置きなく蹂躙を楽しむことができる。

 フラストレーションが溜まった分、より心地よい気分になれる。秋月は乱射する、海面が蒸発しそうな勢いで乱射し、逃げ場を塞ぐ。

 

 逃げ道を失った二人に、処理しきれなかった魚雷が突っ込んでいく。左右と正面には弾幕、後方からは魚雷。主砲ばかりが印象に残るが、あの雷撃も恐らくは必殺級、喰らえば即死だと察せられた。

 

 秋月の考え通り二人は本当に手を出し尽してしまっていた。相変わらず魚雷の軌道は乱れたままで予想できない。どうすることもできず、心を絶望が塗りたぐる。

 

 しかし、卯月はそこで折れなかった。

 

「こいつ……こいつ、調子に乗りやがって……!」

 

 むしろ逆に殺意が噴出していく。あのインチキ振りに苛立つ、特訓を生かせなかったことに腹が立つ。

 迫る死の恐怖に黒い感情が溢れ出す。怒りが恐怖が憎悪が──爆発する。

 

「が、あ、あぁぁぁ!」

 

 凄まじい感情の奔流が、抑え込んでいた『発作』まで引き起こす。幻覚の死人に罵倒され、身体中に爪を突き立てられる。目が抉られ、鼓膜を千切られる。幻に振り回された卯月は金切り声を上げながら、自分の顔面を掻き毟る。

 

「死を前にして、壊れましたか。ううん……良い悲鳴です。見直しましたよ卯月さん」

 

 なぜこんな辛い目に合うのか。どうして発作に襲われるのか。わたしが皆を殺したせい? だから呪われて、死ぬことを願われるのか? 

 否、断じて違う。

 全部秋月(あいつ)のせいだ。

 

「……コロシテヤル、秋月!」

 

 発作の苦しみが逆に怒りを加速させる。燃え上がる憤怒がますます膨張する。迫る『死』を前にして、卯月の冷静な部分は『これで良い』と考えていた。

 目的達成のために、思考も感情も、全てを効率化させる『完全なる殺意』。卯月の『殺意』はD-ABYSS(ディー・アビス)作動の条件に勘付いていた。

 

 それは安直かもしれないが、『怒り』だ。

 

 D-ABYSS(ディー・アビス)が作動した瞬間は覚えていないが、周りから聞いた作動時のシチュエーションから予想した。理性が崩れ落ち、人格に亀裂が入った時、このシステムは解放されるのだ。

 

 このシステムを任意で解放できるようにするのが、目的達成に一番貢献できると『殺意』は判断。それに従い卯月はこのタイミングまで怒りを溜め込んだ。いざという時に一気に解放し、そのまま解放まで持っていくために。

 

 時は来た。発作も呼び込んで怒りを爆発させ、すべてが殺意に収束される。理性が千切れる感覚に卯月は歯を食いしばる。

 

D-ABYSS(ディー・アビス)ッ解放!」

 

 だが、しかし。

 

「……ぴょん?」

 

 作動時のあの激しい感覚が来ない。背筋からやって来て、脳髄がとろけそうになる快楽が全然来ない。快楽に慣れて感じなくなった? いやそんな温い快感ではない。快楽からの嬌声を耐えるために歯を食いしばったのは何だったのか。

 

「おーい、解放、解放だってば、ちょっとー?」

 

 卯月の背筋が凍り付いた。

 

 快楽が来ないということは、そういうことだ。

 

「どうしましたか、バカにしたからなんだと?」

 

 D-ABYSS(ディー・アビス)は解放されていなかった。怒りが臨界点を越えても、システムは起動しなかった。

 

「なんで」

 

 システムの解放条件は怒りではなかったのか。そんな馬鹿な、わたしの『殺意』が間違っていたのか。そんなことって。

 

 疑問への答えを待たずして、卯月の視界は真っ白に染まった。




戦艦級の火力と弾幕と射程距離を持っていて、蹴りで津波を起こせて、しかも空を飛べる駆逐艦。
駆逐艦の軽さで、戦艦以上の主砲というアンバランスがあるから実現する荒業……駆逐艦とは一体?
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