前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第112話 光球

 D-ABYSS(ディー・アビス)の解放条件は理性を壊す程の『怒り』だと、卯月は考えていた。

 そして追い詰められ、死が目前に迫ったことで、卯月の怒りは臨界点を超えた。

 

 だが、しかし、システムは解放されなかった。

 

「なんで」

 

 解放条件は怒りではなかったのか。問いへの答えを待たず秋月の攻撃が飛来する。

 地鳴りのような爆音と共に、視界の全てが真っ白に染まる。

 卯月は、大爆発の中へと姿を消した。

 

「卯月ーッ!」

「はははっ! 死にましたか」

 

 爆炎に包まれた卯月を見て秋月は嗤う。だが油断せずレーダーを使って生きていないか確かめる。

 

「……チッ」

 

 それを見て秋月は機嫌を悪くした。卯月を示す光点がまだ動いていたからだ。

 

「どうなってんだぴょん!」

「無事だったのね!」

「あたぼうよ、このうーちゃんは不死身だぴょん!」

 

 爆炎の中を突き抜けて脱出する卯月、顔や剥き出しの手足に火傷を負っているものの、それ以外は無傷だった。

 秋月はそこへ砲撃を放った。

 どこから出てくるかはレーダーで分かっている。爆炎から出て視界が開けた所に不可避の攻撃を撃ち込むのだ。

 

 しかし爆炎から出た瞬間、卯月はひらりと身を翻しそれを躱した。卯月には迫る砲弾の風を切る音が聞こえていたのだ。

 耳が良いのは自覚しているが、殺意が高まったせいか、より鮮明に聞こえてくる──気がした。

 

「本当にしぶとい奴」

 

 砲撃を回避され苛立ちを募らせる秋月。たかが睦月型の雑魚一隻を未だに落とせないことが、彼女の怒りを加速させていく。

 憤怒に駆られた弾幕は更に激しさを増す。

 

 道標が逃げ惑いながら卯月へ向けて叫んだ。

 

「大丈夫なのアンタ!」

「はっはー、これが大丈夫に見える訳ねーだろこのタコっ! 痛くて泣きそうだぴょん!」

「大丈夫そうね心配して損したみたい」

 

 しかし、なぜD-ABYSS(ディー・アビス)は解放されなかったのか。満潮は解放の瞬間を毎回間近で見ていた。故に卯月と同じく『怒り』が鍵ではないかと推測していた。なのに現実として解放されていない。

 

「そろそろいい加減に死んでくれませんか?」

 

 危機を味わった秋月からは僅かな慢心も消えていた。もう手を出し尽くしてようがいまいがどうでもいい。少しでも早く、確実に、こいつらを殺すと決めている。

 

 今までの甚振るような攻撃ではなくなり、精度が跳ね上がる。動いた方向に限って砲撃が来る。

 砲弾にホーミング機能でもついてるんじゃないか? 

 卯月は訝しんだ。

 

「どーする! どーすれば良いっぴょん!?」

「うるさい、今考えてる……ってかアンタも考えなさいよ!?」

「ムリムリムリ逃げるので限界だぴょん! あ、ダメ、死ぬー!?」

 

 心底喧しい卯月の奇声に、秋月も満潮もイラッとした。

 だが、そんな卯月に一発も当たらない。まるで飛んでくる場所が分かっているように、卯月はすんでの所を避けていく。

 偶然なのだろうか、ならば、逃げ場がなくなるように圧殺するだけだ。

 

 それを試みようとして、秋月は砲塔を隣へ旋回させた。照準を合わせた先には、回り込んでくる那珂がいた。レーダーがその姿を捉えていた。

 

「わ、バレちゃった!?」

「貴女も接近させません、得体が知れない」

「アイドルに対して何てこと言うの!? 酷い、秋月ちゃんはそんな子じゃないのにー!」

「……不気味、いや面妖な」

 

 卯月たちとやりあってる最中もずっと意識を向けていた。見落した瞬間にまた接近される気がしたからだ。

 勿論、卯月たちへの砲撃も緩めない。ここで潰さなければ『主様』に合わせる顔がない。

 

「卯月ちゃん、満潮ちゃん、撤退するよ!」

「クソ、そうなんのね」

「あ゛ー、殺せると思ったのに!」

 

 那珂の指示に従うしかなかった。主砲も魚雷も残弾は僅か。秋津洲と合流する時間も迫っている。この状態では倒し切ることは叶わない。悔しさに叫ぶも二人は撤退を決めた。

 しかし、秋月が簡単に逃してくれる筈もなかった。

 

「こちらの残弾はまだあるので、お付き合い願います」

「あ、遠慮しとくぴょん」

「拒否権はありませんから」

 

 逃げる先を塞ぐように弾幕が突っ込んでくる。戦艦クラスの超射程から逃げ切るのは至難の技。しかも途中には渦潮まであって足止めされるのは確実。

 それでも逃げなくては。生還しなければ()()()()()()()()()()()

 

「確実に沈める、ここで。顔無しさんたちお願いいたします」

 

 敵は秋月だけではない。那珂と交戦していた顔無しがまだいる。

 こちらを確実に沈めるべく近づいてくる。間近に迫るのっぺらぼうはかなりの恐怖であった。

 

「ヒィ! 顔無しが突っ込んでくるぴょんキモいぴょん!」

「さっさと撃ち殺せば済む話よ」

「上手くいくとお思いで?」

 

 顔無しが集中しているにも関わらず秋月は主砲を乱射。砲撃が降り注ぐが顔無したちは怯まない。悍ましい改造を施された改造たちは恐怖を感じないようにされているのだ。

 かつての艦娘を侮辱しきったその兵器に、卯月は怒りを顕にする。

 

「よくも……!」

「行っちゃダメだよ卯月ちゃん!」

「分かってるぴょん、けど、あれはうーちゃんの仲間だったんだぴょん!」

 

 なによりも、顔無しの材料はかつて神鎮守府に所属していた、卯月の仲間なのである。

 わたしに殺されて、更には死体さえ玩ばれる。

 これで頭に来ないわけがない。それでも卯月はあくまで冷静だった。暴走しても勝ち目がないと分かっていた。

 

「そうですよ、貴女が殺した貴女の仲間です。殺されるのは道理ではないでしょうか」

「世迷言も大概にしろ、うーちゃんは誰も殺してない。みんなを殺したのは『敵』だっぴょん!」

「なにを、やったのは貴女でしょうに。世迷言を言っているのは誰ですか」

「勿ろ──」

 

 と会話をしていたのは卯月の隙を伺うため。

 殺意によって感情をコントロールする卯月は、煽られて冷静さを失うことがない。

 それでも、僅かながら隙はできる。

 数秒に満たない時間だが、秋月の砲撃速度ならば狙うことができる。顔無しをダシに挑発した瞬間、その砲撃が放たれた。

 

「勿論、お前ぴょん!」

 

 しかし、卯月はそれを回避した。

 最初から砲塔は向いていた、砲塔が回転するのを見てから回避したのではない。

 砲撃を見てから? それは不可能だ。秋月の砲撃は発射と着弾が同時。回避はあり得ない。

 

「さっきから貴女、なにを?」

「……なんのことだぴょん?」

「そうですか」

 

 秋月が弾幕を集中させる。それでも卯月は紙一重で回避していく。さっきもそうだった。見て対処されないように、爆炎から出た直後を狙ったのに回避された。

 いったいコイツは、何を感じて回避しているのだ。

 

 その正体は、『音』である。

 

 殺意に至ったことで卯月の聴覚は更に研ぎ澄まされ、砲弾が風を切る音、砲弾が送り込まれる音まで知覚していたのだ。

 だが、理由はそこだけではない。

 卯月はまだ自覚できていない──自覚できる程に鮮明に聞こえていないが、それ以外の音を無意識化で認識し、回避精度を跳ね上げていた。

 

「まあ問題ではありません。いずれ潰れるのは必須」

 

 秋月の弾幕だけではなく、顔無したちの攻撃も加わっている。回避はどんどん困難になる。これ以上の交戦はもう無理だ。

 逆に秋月からすれば最大のチャンス。最後の猛攻を仕掛けてくる。

 

「せめて、数を減らさないと……!」

「援護してやるぴょん、感謝するぴょん!」

 

 接近してくる顔無しは堅牢だが、駆逐艦ならまだ仕留めやすい。魚雷はもう使い切ってしまっている。砲撃しかない。確実に沈めるために二人は連携する。

 

「せーので!」

「…………」

「合わせろや!」

「声に出すバカがいるの!?」

 

 と言いながらもタイミングは一致。二人の砲撃が同じ駆逐艦に同時に命中。二人分の火力が集中したことで、その装甲に亀裂を入れることに成功。

 

 死ぬ物狂いで回避を続けながら有効打となる攻撃を撃ち込む。弾薬はもうない。火傷の痛みに歯を食いしばって、血の混じった汗を流して駆け回る。

 

 那珂もいるが彼女は突っ込んで来る重巡級を抑えながら、秋月の猛攻を牽制するので精一杯だ。

 

「なんで全員突撃してくるんだぴょん、秋月の砲撃に晒されるって言うのに!」

「自爆に巻き込むためでしょ!」

「悪趣味だっぴょん!」

 

 顔無しの自爆は高火力、巻き込まれれば死ぬ。 

 だがそれなら、近づかれる前に倒せば良い。

 今は一隻でも倒して逃げやすくしなければ。

 焦る二人だが、必死の砲撃が実を結ぶ。駆逐艦の装甲が破壊されたのだ。

 そのことに危機感を抱いたのか、その顔無しが無謀にも突っ込んでくる。しかし良い的でしかない。満潮が主砲を掲げた。

 

「よしっ、沈みなさ──」

「満潮さんストップ! 撃ってはダメです!」

「は!?」

 

 突如、熊野がその攻撃を止めろと叫んだ。熟練の艦娘である満潮はその指示に即座に反応。引きかけたトリガーから指を放す。

 

「いいえもう手遅れです」

 

 秋月はトリガーを引いていた。放たれた砲弾が満潮を貫……かなかった。

 

 秋月の砲撃が貫いたのは、卯月の近くにいた()()()だった。

 

「……誤射?」

 

 死んだ顔無しは高火力の自爆をする。しかし卯月たちは自爆の範囲外にいる。卯月たちを巻き込んで死ぬのは不可能だ。

 

 そう全員考えていた。この時まではまだ。

 

 予想通り顔無しが自爆――しない。爆発はせず、その肉体が急速に()()()()()()

 

 

 そして小さな紅い光球が生まれた。

 

 

「ぴょ?」

 

 光の玉が閃光を放ちながら爆発した。

 

 

 *

 

 

 熊野が違和感を感じたのは、色々な要因があった。

 こちらが逃げているのに砲撃を繰り返す秋月。突撃してくる顔無し。最もおかしいと感じたのは、どの顔無しも突っ込んできていることだった。

 

 駆逐艦が来るのはまだ分かる。駆逐艦の主砲の威力は小さい。有効打を与える為にはできる限り近づかないといけないから。

 

 だが、重巡まで来る必要があるとは思えなかった。

 重巡なら、遠距離でもダメージを与えることができる。わざわざ近づいて、危険に身を晒す理由はない。

 

 考えられるのは、満潮が推測した通り、『自爆』に巻き込むため。顔無しの自爆力は普通ではない。巻き込まれれば命はない。そんな攻撃に巻き込むために接近してきている。

 

 秋月が動かず砲撃に徹っしているのは──これの理由はもう理解できている──自爆に巻き込まれないためだろう。

 

 ならば来る前に破壊するだけ。最悪足止めだけでも十分。

 現に卯月たちはそう判断した。

 

 しかし、熊野は嫌な感覚が拭えなかった。

 なぜ突っ込ませる。既に秋月の『観察』は終わっている。砲撃精度も理解した。

 

 そこがおかしい。

 秋月の砲撃精度なら、顔無しに当たることなく、砲撃を繰り出すことができる筈。

 なら何故当たりそうになっている? 

 

 ──当てようとしている? 

 

 満潮が主砲を掲げた瞬間、熊野は答えに行き着いた。

 

「満潮さんストップ! 撃ってはダメです!」

 

 しかしその時点で、秋月は二人を『射程距離内』に納めていた。

 

「いいえもう手遅れです」

 

 秋月の砲撃が顔無しを貫く。

 普通の深海棲艦なら爆発して沈む。爆発しなくても浮力を維持できなくなり沈む。

 しかし風穴が空いた顔無しはどちらでもなかった。

 

「ぴょ?」

 

 肉が溶け出したかと思うと、肉片が輝き出し、甲高い音を放ちながら一箇所に集束され、小さな紅い光球に変わった。

 それは、自爆する直前とは思えないほど綺麗で、禍々しい光を放っていた。

 

 予想通り、自爆は起きた。

 

 秋月が顔無しを突撃させたのは、自らの砲撃に巻き込んで自爆させるためだったのだ。

 

 予想できなかったことは、その自爆力だった。

 

 光球が輝いたその瞬間、戦場を衝撃波が貫いた。

 

 爆風に耐えきれず熊野も飛鷹もポーラも姿勢を崩す。卯月たちは完全に爆炎に呑まれ、影も形も見えない。地鳴りのような轟音が全てを掻き消す。

 

 ドーム状の爆炎は全てを消し飛ばしたのだ。

 

「これが、自爆ですって」

 

 漸く爆炎が収まり、顔を上げた熊野は言葉を失う。

 

 まだ炎が燻っている。海水は真っ赤に染まり煮えたぎっている。爆発による加圧と加熱によって、水蒸気爆発が引き起こされたのだ。

 その中に、卯月たち二人の姿はなかった。

 

 その爆破範囲は大発動艇程度なら軽く呑みこめる程。威力は大和級の主砲を越えて列車砲に匹敵する。

 

「『顔無しelite』と聞きましたが、とても素晴らしい破壊力ですね。秋月感動しました」

 

 前回の戦闘から、顔無しもまた改良されていた。

 基本スペックもそうだが一番向上したのは自爆力。人一人巻き込むのが精一杯の時よりも、破壊力破壊範囲ともに大幅強化。

 

 かつての卯月の仲間たちは、沈む度に列車砲と同等の破壊を撒き散らす自立型特攻兵器へと生まれ変わらされたのである。

 

「卯月! 満潮! 生きてるの!?」

「生きてる訳ないじゃないですか。この秋月のレーダーに反応はないですし、あの爆発で生きているとでも」

「アンタちょっと黙ってなさい」

 

 静かな威圧を、飛鷹が放った。D-ABYSS(ディー・アビス)によっておかしくされていると分かっていても、目の前でこんな兵器を見せられて頭に来ている。秋月を今すぐ叩きのめしたいと拳が震える。しかし、それよりも卯月たちの安否が先だった。

 

「仲間が心配ですか。気持ちは分かります」

「分かって欲しくないんだけど」

「いえ分かりますよ、心配していることは。だって……見ててとっても愉しいから」

 

 もう死んでいるというのに、それでも生存を諦めきれない。自分が殺されそうな状況で、必死で仲間を助けようとしている。

 なんて哀れで、いじらしいんだろう。

 いっそ愛おしさが湧いてくる。艦娘は皆似た反応を示してくれる。頑張って仲間を助けようとする。全部無駄だというのに。

 

「仮に無事だとしても……どの道秋月が全員殺すんだから、変わらないじゃないですか。そんなことも分からないんですね。バカですね」

 

 でも、そこが良い。この愚かさがおかしくて仕方がない。そして、最後に死ぬ寸前の絶望し切った顔が堪らない。

 

 誰かを護ろうとする心を、護る対象ごと踏みにじるのは本当に気持ちが良い。これだから艦娘を殺すのは止められない。

 余りの心地よさに、顔が紅潮してくる。興奮が止まらない。舌なめずりしながら秋月は飛鷹たちに、一歩ずつ接近する。

 

「さあ、秋月を存分に楽しませて、そして死んでくだ」

 

 顔無たちと共に、主砲を構えた。

 

「──そりゃお前だこのアバズレがぁ!」

 

 その攻撃は、水中から足を掴んできた卯月によって、遮られた。




フェストゥムがやられるとワームスフィア出すじゃないですか。顔無しeliteの爆死もそんなイメージです。流石に空間ねじ切ったりはしませんけども。
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