深夜零時を回った頃、卯月たちは前科戦線へと帰投した。
まず卯月や満潮といった重傷の人から入渠、それ以外の人は怪我の度合いに応じて順次入渠、それまでは入浴で残った
卯月は片腕が重傷、全身のあちこちに火傷。満潮も同じく自爆に巻き込まれた際のダメージに、秋月に蹴られたことによる打撲や骨折。それぞれ大破と中破ぐらいの怪我だ。
二人とも駆逐艦なので入渠自体は早く終わるが、かなりの怪我を負ったのも事実。あまり気に留めていないが、熊野や那珂たちは、入渠しながら彼女たちを心配していた。
「
「平気ですわ。艦娘ですもの、入渠すれば元通りです」
「そういう
身体の怪我は入渠で治るが、心はそうもいかない。ポーラが心配しているのは卯月の精神。かなりショックな光景を至近距離で見ている。全く平気な状態とは考えずらい。
「顔無しって子の、自爆のことだよね」
「
「みたいだねー」
その証拠はやや曖昧だが、可能性は高い。
以前卯月は、顔無しの体内に、知っている艦娘の『顔』を見つけている。そこには卯月が普段身に着けている、神提督に貰ったのと同じハチマキが巻かれていた。
即ち、神鎮守府の艦娘が、顔無しの材料にさせられていることに他ならない。
「誰だか知らないけど本当に酷いことするね。お客さんのことなんだと思っているんだろ」
那珂の言うお客さんとは深海棲艦のことである。彼女にとっては敵こそお客さんなのだ。その思考回路は常人には理解し難い。ポーラも熊野も九割九分聞き流した。
「でも……本当に、卯月さんの仲間なのですかね」
「へ? どゆこと?」
「神鎮守府の所属艦娘ですが、新人提督にしては多いですけど、そう大勢いる訳ではないんです。せいぜい……50人そこらだった筈」
大本営上層部から直接目をかけられ、鎮守府壊滅という大失態を侵しても除籍とならず、補佐官という立場だが軍属を認めて貰える。それだけの有能な人材が神躍斗だ。その為、鎮守府にいた艦娘もそれなりの数になる。ただし新人は新人、横須賀や呉のような大所帯という訳ではない。
「片っ端から顔無しに加工していたら、材料としてはすぐ尽きてしまうのではないでしょうか」
「確かに、量産型兵器にするには、素材が少ないね……って言うか、それしか材料がないのに、自爆特化ってもの変だね」
「数十隻分しかないのに、使い捨て前提の兵器に改造する。妙だと私は思うのですが」
材料が貴重なら、消費しにくい物に加工するのが普通だ。しかし敵はそれをせず、むしろ自爆力を強化するという、斜め上の方向に強化してきている。そんなことが行えるということは、前提が違っているということだ。
「じゃあ~、
「それしか考えられない。貴重でなければ使い捨てて問題ないですから」
「でも、神鎮守府の艦娘しかいないんじゃ」
「それ以外にも、敵は
顔無しを作っている連中にとって、艦娘は貴重な素材ではないということだ。幾らでも補充できれば、自爆前提の使い捨て兵器にしても問題はない。しかしそうなると入手方法に問題が出る。
「待って待って、そんな方法深海棲艦が持ってる訳ないじゃん。建造ドッグがある訳じゃ……ある、まい、し……」
逆に言えば、建造ドッグがあれば艦娘を安定して建造できるのである。嫌なことに気がついた那珂。彼女は笑顔のまま硬直した。
「ドッグってー、深海棲艦も運用できたっけー?」
「ムリですわ。あれはある種の術式、深海の領域では動きませんし、深海が動かすこともできません」
深海棲艦は建造ドッグを操作できない。しかし建造ドッグを使わなければ艦娘は安定供給できない。
だが顔無しは、明らかに安定供給が前提の運用をされている。
これが意味することはつまり。
「こっち側の誰かが艦娘を売ってる!?」
誰かがそうしていれば、建造ドッグを使えなくても艦娘を安定して手に入れることができる。しかしそれは造反行為に他ならない。那珂は芝居がかった仕草で頭を抱えた。
「その可能性は高いですわね」
「うわー、信じられなーい! 今時深海ちゃんに下る奴がいるなんてー!」
「損得勘定のできないアホか、狂人のどちらかでしょう」
戦争初期なら兎も角、現在深海棲艦に裏切ろうとする人間はいない。何故か。簡単な話だ。何の得もないからだ。深海棲艦は人類を滅ぼすことしか頭にない。裏切ったところで何れ殺されるのは必須。一時的な安全の保障はある……と言いたいが、その保障も当てにならない。とどのつまり圧倒的にデメリットの方が大きいのだ。
「
「……さあ、分かりませんわ。そもそも前提ではありますが、顔無しの素体が神鎮守府の艦娘だったというのも、確証はありませんもの」
「そーいえばそうだね。卯月ちゃんが見たのは、あの一件だけだもんね」
戦艦水鬼戦中に、顔無しの中に知っている顔を一度見かけただけ。全員が彼女の仲間だった証拠はない。現状机上の空論としか言えない。
ただそれでも、何か内通者がいる可能性は疑うべきだ。卯月に
*
一方その頃、入渠を終えてドッグから出てきた卯月たちは、ぼんやりした様子で着替えをしていた。単純に眠い。それと疲労。もうベッドまで待てないその辺で寝てしまいたいが、グッと堪えて自室までフラフラと向かう。
「眠い眠い眠い眠いぴょーん」
「あっそう……」
「突っ込みが来ないぴょん……眠いのかぴょん」
「見りゃ分かるでしょこのド腐れ女……」
いつもの悪口にもキレがない。幾ら入渠してもこういった疲労までは回復しない。凄まじい激戦に心身ともに疲れ切っていた。その証拠か卯月がフラッとよろめき、倒れかける。咄嗟に反応した満潮が彼女を支えた。
「……ぴょっ」
「てちょっと、倒れないでよ」
「すまんぴょん……本当に疲れました」
満潮は帰投中仮眠をとっていたからマシだが、激痛で寝れなかった卯月は特に疲労が酷い。真っ赤に染まった顔のマークがこれでもかと浮かんでいるだろう。実際意識を保つだけで精一杯だ。
このまま転ばれても面倒だと、満潮はそのまま、卯月を支えながら歩き出す。
酷い屈辱だと卯月は思ったが、振り解く力も気力もない。成すがままにもたれかかり、おぼつかない足取りで自室へ辿り着く。
「あ、もうダメお休みなさ」
「ダメ歯磨きしなさい」
「むりぃ、満潮磨いてぴょぉん」
「分かったわ口開けて、喉に歯ブラシ突き刺すから」
「あ゛ー」
死んでしまうので卯月は自力で立ち上がり、さっさと歯磨きを済ませる。心なしか片手がまだ痛い気がする。幻肢痛擬きだろうか。最低限度の適当な歯磨きを終わらせ、寝間着姿にさえならずベッドへ文字通り倒れ込んだ。
尚前科戦線のベッドはかなり固い。重力に任せて突っ込んだので結構な痛みが卯月を襲うが、もうそんなの気にする余力もない。
「なんだってこんなボロボロにぃ」
「アンタが
「できたぴょん……うーちゃんは間違いなくできたぴょん」
「どこがよ。アンタバカなの」
しかし、実際解放できていれば秋月を倒せた見込みは高い。
撃破できれば儲けもの、あくまでメインは海域調査……だったが、それでも悔しいものは悔しい。水鬼戦後、艤装回収、これで通算三回目近くだが、それでもまだ仕留めきれないことへの苛立ちは強かった。
「実際、解放できたと思ったんだけどぴょん」
「そんな気になるなら、飛鷹さんに聞けば良いじゃない。システムの起動を探知する機械持ってきてるでしょ」
「……そんなのあったかぴょん?」
「起動して暴走した時の為に不知火が前持ってたじゃない忘れるんじゃないわよこのバカ」
「バカバカやかましいぴょん」
その機械の存在をすっかり忘れていた卯月。
依然として、システムにより洗脳・暴走するリスクは抱え込んでいる。いざという時力づくで止めるためにも、探知機を持っているのが普通だ。
後で飛鷹さんに聞いてみよう。卯月はそう思いながら布団を頭から被る。
「勝てるのかな、こんなんで」
我慢していた言葉が出てしまった。こんな弱気な発言何の意味もないと分かっている。けど、つい漏れてしまった。
「……何言ってんのアンタ」
「うっかり出ちゃったぴょん。うーちゃんらしくもない発言ぴょん」
「全くね、そんな下らない単語が出てくるなんて。明日は槍でも降るのかしら」
満潮の暴言もあまり気にならない。流石に三回連続で実質負けたことは、卯月のプライドを大きく傷つけている。
当然頭では分かっている。そう簡単に勝てる相手ではない。ましてやわたしは睦月型でも最弱の『卯月』。あんな化け物に勝とうと考えること自体、凄まじい無茶だということは。
しかし卯月は、そういった気持ちを戦場では完全に押し隠している。
自覚していない訳ではない。
ただ、そんな感情は戦場では邪魔。非効率的。故に『殺意』の元、それで情動が乱されないように割り切って動いている。
その反動として、戦場から帰ってきて『殺意』が収まると、人一倍不安を感じるようになってしまう。それでも元々のプライドの高さ故に、中々態度に現れなかったが、三回も負けたのを契機に出てきてしまったのだ。
「あんな化物相手に、完全勝利できる自信がある奴なんて、ごく一部の『天災』しかいないわよ」
「『天才』ならうーちゃんそうだけど」
「『天才』じゃなくて『天災』よ……ああもう別に良いわ」
どちらにしても卯月は絶対天才じゃないのは確かである。この状態でこの自信。どっから湧いてくるのか。
「……そういう人、ミッチー知ってるのかぴょん?」
「知る訳ないでしょそんな人」
「うーちゃんは嘘が嫌いなんだけど、お忘れかぴょん?」
「じゃあノーコメント。はい終わり。良いわね」
「アッハイ」
『天災』とは、ある艦娘を意味している。
彼女ならば秋月如き何の問題もなく倒せるだろう。砲撃も雷撃も空爆も一切合切を必要とせず、ジャブの一突きで海域諸共爆発四散できるだろう。
だが絶対に協力して貰いたくない。アイツには二度と会いたくない。変に興味を誘うこと言うんじゃなかった。満潮は無理矢理その会話を切り上げた。
「はぁ、参ったぴょん。こんな気持ちは始めてだぴょん……
「……アンタ黙ることできないの? 寝れないんだけど」
「人の悩みに文句しか言えないなんて。何て心の狭い艦娘だっぴょん。およよよ、うーちゃん不幸だぴょん」
はぁ、と満潮は一層大きなため息を吐いた。
「分かりきったことを何度もグチグチ言わないでちょうだい。答え何てとっくに出てるじゃないの」
「知ってるぴょん。不安でも恐くても、秋月に地獄を見せなきゃ気が済まないんだから……
最初からそうだ。仲間を殺したのみならず、洗脳されて、誇りを侮辱された。そのことが絶対に許せないから、真相を知った後も前科戦線で戦うことを選んだ。今も思い出すだけで気が狂いそうになる。敵を全員殺しても消えない傷を負わされた。
どんなに気持ちが揺らごうが、敵は、全て殺す。どんなに時間がかかっても殺し尽すと決めた。だから迷いは無駄なのだ。
「ならなんで愚痴言うのよ」
「え、スッキリしたいからだけど?」
まるで爆雷を投げる動作のように投擲される時計が、卯月のおでこを貫いた。
「ヒギィ!」
更に時計の角が直撃。痛みに悶絶する卯月はベッドから転げ落ち、落下の痛みにのたうち回る。
「死んでしまえばいいわこんなボケナス。お休み」
「あががが、ち、血が出ているぴょん」
「唾でも付けときなさい」
ヒンヒン言いながら絆創膏を取り出す。泣いても満潮はもう反応しない。ガチで返事をしないつもりのようだ。これしきのことで怒り過ぎだ、心の狭い奴。卯月は心の中でそう罵りながら、ボソッと小声で呟く。
「ありがと、お蔭さまで少しスッキリしたぴょん」
話すだけでも気持ちは違ってくるものだ。こういった感情は溜め込み過ぎてはいけない。最後は怒ってしまったけど、真面目に聞いてくれた満潮にお礼だけは言っておく。
そうしておでこに絆創膏を張ってから、卯月も同じように眠りにつく。疲労のせいだろう、数秒も待たずに夢へと落ちていった。