前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第117話 伝説の金色

 もっと鍛えて上げると言われて受け取った全身タイツ。それは繊維一本一本が針金で出来ているという頭のおかしい代物であった。

 ぶっちゃけ着たくない。しかし貰ってしまったし、強くなりたいと意思表示をしちゃった以上着る他ない。

 

 で、そんな物を着てしまった卯月は死にかけていた。

 

「あががががが!」

「ちょっと大丈夫なのアンタ!?」

「足が、ひ膝が砕けりゅぅぅぅ!」

 

 生まれたての小鹿のようにプルプル震える卯月。針金一本の重量は大したことないとしても、それが丁重に編み込まれて全身タイツの大きさにまでなっているのだから、かなりの重さになっている。

 要するに、肩から爪先まで鉄塊を乗せられたのとほぼ同義。卯月は全身の骨が砕けそうになっていた。

 

「短期間で鍛えるには荒療治しかないから頑張れぇ」

「これ訓練じゃない拷問だぴょん!」

「そうとも言う」

「そうとしか言わねぇよ!」

 

 と叫んだのがいけなかったのだろうか。力の入れ加減を間違えてしまい、卯月のひざが砕け散る。地面に倒れ伏す卯月には立ち上がる気力、否、筋肉がない。

 

「もう小鹿じゃなくて芋虫ね」

「ざけんなぴょん! だったら満潮も着てみるぴょん!」

「は? 嫌よ」

「北上さーん!」

 

 訓練しなければならないのは満潮も同じ。しかしこの鎖帷子を着る羽目になっているのは卯月だけ。これはおかしい納得できない。卯月は声を張り上げて抗議する。

 

「いや満潮はアンタより装甲あるし、卯月より練度も上だし、こんな拷m訓練する必要性があるかと言うとね」

「今拷問って言った、拷問って言ったぴょん! あきつ丸じゃあるまいし!」

「あ、編んだのは私だけどこれ考案したのはあきつ丸で合ってるよ」

「蚊トンボめぇぇぇぇ!」

 

 下衆い笑顔でこっちを嘲笑うあきつ丸の幻が間違いなく見えた。これは発作ではない。

 何て物作りやがったあの狂人は。

 あまつ被害者はわたしかよ。

 艤装を背負ってたらD-ABYSS(ディー・アビス)が解放されていたに違いない。それ程までに憤慨する。

 

「とゆーわけで今後はそれを着て生活してね、じゃ」

「用事それで終わりかぴょん!?」

「そうだけど。システムはもうちょっと調査に時間かかるし。それに慣れながら時間潰しといて」

 

 と言い切って『さあ解析解析』と北上は工廠の奥へ潜っていってしまった。取り残された卯月は、呆然と地面に潰れる。

 待っても卯月は動く様子がない。本当に立てなくなっているのではないか。少し不安になった満潮が肩を叩いた。

 

「……で、どうすんのそれ。着るの?」

「着る」

「意外、脱ぐかと思った」

「こんな屈辱を味合わされて、逃げるよーな真似はできないぴょん」

 

 脱ぐのは、『逃げ』になる。

 それは『卯月』の敗北を意味する。

 誰も何も言いやしないだろうが、あきつ丸だけは間違いなくおちょくってくる。あんな奴に誇りを馬鹿にされるなんて認められない。

 

 着こなしてやる。果たしてカッコ良いのか分からないが、この卯月の本気を見せてやる。卯月はこの不条理に立ち向かうと決めた。

 ただ唯一謎なことがある。

 こんなんで、本当に強くなれるのだろうか。筋力は上がるが。

 

「これは、試練だぴょん。あの陰険サイコとんぼ女からの試練だぴょん。あの陰険な面を逆に屈辱に染めてやるぴょん!」

「そう。死なないでね迷惑だから」

「……冗談抜きで確約できないぴょん」

 

 そう言っている今も膝がガクガク言っている。何なら全身が軋んでいる。それもその筈。一件普通の服に見えて、実態は一本一本が針金。

 針金は簡単に曲がるが、力が入れなければ曲がらない。そんなものが数十本束に。

 結果、腕や腰を曲げるのさえ全身全霊。筋肉が持たなければ骨にまで負荷がかかる。ついでに指まで覆うタイプのタイツだから、指先も曲げられない。

 

「……頑張って」

「おう」

 

 最初はいつも通りの悪態をついていた満潮もとうとう同情。真面目に訓練しなかったのが原因の自業自得とは言え、こんな超暴力的訓練を課されるとは。

 でも助けるつもりは一切ない。だって嫌いだし。

 卯月を放置してさっさと自主練に向かう満潮。卯月は這い蹲りながら必死で彼女を追い駆ける。

 尚今日が終わった後、卯月がどうなったかは言うまでも無かった。

 

 

 *

 

 

 その日の晩、高宮中佐と飛鷹は地下室にいた。

 かつて卯月が修復誘発材の訓練を行った、完全防音、防諜の地下シェルターである。飛鷹はわざわざそこへ中佐を呼び出していた。

 普通の話なら執務室で十分。それをしないということは聞かれてはならない話ということ。呼ばれた時点で重要な話だと察した中佐はすぐに地下室へ来た。

 入口は念のため不知火が見張っている。万が一にも備えてある。

 

「ごめんなさい高宮中佐、こんなところに呼んじゃって」

「構わん。それだけ機密性の高い話なのだろう」

「ええ、前科組は勿論、内通者にも漏れちゃいけない、大本営への報告にさえ気を使わなきゃいけないことだから」

 

 しかし、中佐は違和感を覚える。

 防諜を行う理由は概ね内通者に悟られないためだ。大本営にだって裏切り者がいない保証はないから、大本営への報告までD-ABYSS(ディー・アビス)関係は封印している。情報を抜き取られても致命傷にならないように。極限られた、信頼できる一部の人にだけ伝えている。

 

 過激かもしれないが、戦力の絶対数が少ない前科戦線は攻められること自体が死に直結する。ここを護るためなら手段を問わないつもりだ。

 だが飛鷹の言い方だと、大本営全体に報告そのものは上げるつもり。そう聞こえた。中佐はそれを口にする。

 

D-ABYSS(ディー・アビス)関係のことか」

「違うわ、別の件」

「なんだそれは」

「これを見れば分かるわ」

 

 飛鷹が手渡しで数枚の写真を取り出す。ただの地形の写真に見えたが、そこに映っている物に気づくと、途端に中佐は顔を歪めた。

 それは無数に詰みあがった深海棲艦の残骸の山。秋月と戦う前、休憩に立ち寄った小さな群島にあった、大量の凄惨な死体のことだ。

 

「……気取られてはいまいな」

「うーちゃんには気づかれたけど、これが何を意味するかは分かっていない様子だったから大丈夫よ」

 

 誰にも話すなと口止めもしている。卯月はお調子者だが嘘はつかない。だから約束も破らない。約束を破れば嘘になるから。ふざけることが多くてもそういうところはちゃんとしている。

 

「違う。ヤツにだ」

 

 しかし、高宮中佐が気にしているのは、そこではない。一番この情報を知ってはならない人物が、前科戦線にはいる。

 

「勿論。あの子──球磨ちゃんには一切知られていない。安心していいわ」

「本当なんだな?」

「これは幸運だけど、出撃メンバーにいなかったから絶対知らない。それに万一気づいてたら、もう何らかの反応があるでしょ?」

 

 それもそうだ。球磨の過去──即ち前科──を知る高宮中佐は納得した様子で頷く。

 だがそれはそれとして、新たな懸念事項が出てきてしまったことに溜息が出る。システムと裏切り者だけでも大変なのに。つい呟いてしまう。

 

「まさか『三つ首』の根城が、あの海域だったとは……」

 

 中佐もまたその存在を知っていた。

 砲撃、空爆、雷撃を殆ど使用せず、純然たる暴力だけで悉くを滅ぼす存在。同胞でさえも残滅する狂戦士。

 あの死骸の山につけられた、削岩機で削られた跡のような傷跡がその証明。

 

「秋月たちと、三つ首は仲間なのかしら」

「いや、それはない。あれは同胞にさえ牙を突き立てるモンスター。深海もどきの艦娘も敵と見做すだろう……それに」

「それに?」

「あれにそんな知性があるとは思えない。あれにあるのは飢えた本能だけだろう」

 

 とはいえ中佐もそう多くは知らない。大本営のデータや球磨といった、僅か数人しかいない生存者の話から、イメージを作り上げただけ。

 それでも飛鷹は「そうね」と言った。

 彼女も大本営のログまでしか知らないのもあるが、それ以上に、化け物同士が結託してる可能性を否定したかったから。

 

「三つ首については大本営に報告せざるを得ない。あの諸島周辺を進入禁止地帯として指定して貰わなければ犠牲が出る」

「当然、私たちもよね」

「そうだ、大本営から、あの三つ首に対してどんな指示が出ているか知っているだろう」

 

 深海棲艦と会敵した場合は可能な限り撃滅セヨ。大本営の基本方針だ。一隻でも減らしておけば撒き散らされる呪い等を抑えることができる。

 しかし、この三つ首に限っては違う。

 

「遭遇次第即時撤退、無断交戦は即命令違反となり鎮守府解体。提督は懲戒免職……滅茶苦茶だけど……それ程の奴ってことよね」

 

 到底大本営が出して良い命令ではないのだが、こいつに限ってはそれが成立する。

 

「我々は様々な深海棲艦と交戦してきた。そのデータは全て大本営に保管されている。だがただ一隻、討伐記録のない怪物がいる。ただ一隻、たった一隻で、真正面から大本営へと殴り込んできた、全てを滅する者。それが(三つ首)だ」

 

 飛鷹の渡した写真を中佐は懐へ仕舞う。これを信頼できる大本営の上司に渡せば、上手く動いてあそこへの立ち入り禁止命令を出してくれる。あれに関わってはならないのは前科戦線も同じ。

 

「飛鷹、今後の出撃においても、あそこ周辺には決して立ち入るな」

「分かってるわよ、そんな自殺行為しないわ」

「特に球磨には悟られるな。このことを知ったらどう暴走するか見当もつかない。最悪誰かが死ぬことになる」

 

 この時高宮中佐は言葉を一部省略した。誰が誰を殺すのか、そこを言わなかった。お互い前科を分かっているとはいえ言える筈もない。

 球磨が、誰かを殺すかもしれないなんて。

 かくして、三つ首の情報は、極秘裏に大本営へと通達されることになる。

 

 それ以外にも、他の誰かに聞かれてはならない話が幾つもあった。誰も彼も前科持ち。しでかしている連中だらけ。どこまでを教えてどこまでを隠すか。それだけでも高宮中佐たちは大変な労力を強いられるのであった。

 

 

 *

 

 

 北上より金属製黒タイツを渡されてから数日、卯月はどうにかこれを着たまま毎日を過ごすことに成功していた。

 最初の数日こそ全身筋肉痛で歩くことさえできなかったが、人間やろうと思えば慣れるものだ。こんなのに慣れていること自体どうかと思うが。卯月は自らに突っ込みを入れる。

 

 勿論ただ着ているだけではない。これを着ながら普通の訓練をこなすことに意味がある。心底面倒だと思いながらも、満潮と一緒に特訓に勤しむ。

 但し以前よりは真面目な態度だ。秋月に三回も退けられた屈辱をバネに、卯月はやる気を燃やしていた。

 

 そんな訳で、今日は対空襲訓練。艦載機を飛ばせる熊野(軽空母)が付きあってくれることになっている。山盛りの朝ごはんをたっぷり食べて腹を膨らませてから、演習海域に行こうとした時だった。

 

「おーい、ちょっと二人ともー」

「ぬ、球磨さん?」

「何の用?」

「いや、二人に用はないクマ。聞きたいことがあるクマ。ポーラ見てないかクマ?」

「あの酔いどれかぴょん?」

 

 あんな酔いどれにいったい何の用があると言うのだ。卯月は訝しむ。少し頭を捻って記憶を搾り出してから答えた。

 

「知らないぴょん」

「わたしも、あいつに何の用なの」

「ちょっとあいつと一緒に、対秋月戦の練習をする予定だったんだクマ。でもどこにもいないクマ……ってかここ数日いないクマ」

 

 言われてみれば確かに、秋月戦から帰ってきてからポーラの姿を見かけていない。とはいえ相手はポーラだ。酷い二日酔いでずっと部屋に引き籠っている可能性は高い。なので今まで全く気にしていなかった。

 

「飛鷹さんか不知火に聞いたら?」

「その方が良さげだクマ。ありがとクマー」

 

 手を振って去っていく球磨。二人は彼女を見送る。

 

「満潮も知らないかぴょん」

「知らないわよあの酔いどれなんて。吐く時ミスって便器で溺死しているんじゃないの。さっさと特訓行くわよ」

「あり得そうなのが困るぴょん……」

 

 まあ確かにあんなのの生死はどうでもいい。時間も勿体ないので訓練エリアへ行く。工廠で艤装を受け取ってから、海上へと抜錨だ。

 と、思っていた矢先に、出鼻をくじかれることになる。

 

「え、熊野いないよ?」

「なんだって?」

「いやだから、熊野は艤装取りに来てないよ」

 

 北上から驚きの一言。証拠に熊野の艤装は航巡用、軽空母用、どちらも工廠に残されたままだった。わたしたちが先に来過ぎたのかもしれない。そう思って待ってみるも、何時まで立っても熊野は現れない。

 

「……どーするぴょん」

「どうって、空母がいなきゃ空襲の訓練はできないわよ。探すしかないじゃない」

「えー、飛鷹さんか不知火に聞こうぴょん」

 

 先ほど球磨にしたのと同じ提案をして、二人は不知火がいるであろう執務室へ。ノックをして部屋へと入り、予想通りいた彼女へ質問をする。

 結果、返ってきた回答は、完全に想定外のものだった。

 

「熊野なら、一日外出をしています」

 

 即ち熊野は今日一日基地内にはいないのである。演習の約束をしておいたにも関わらずブッチしたのである。

 

「ざけんなあの守銭奴!」

 

 基地内を何往復もする羽目になった満潮の絶叫が執務室へ響いた。




艦隊新聞小話
A氏「何故こんな大リーグ養成ギブスめいた代物を思いついたんですか?」
A氏「亀仙流で甲羅背負って修行する奴あるじゃないですか。でもあれを乙女に背負わせるのはビジュアル的にないと思うんです。そこでこのあきつ丸!レディース用としてこの鋼鉄全身黒タイツを閃いた訳であります! これならパッとみちょっと黒光りしているだけのタイツ。あの見た目ですが着脱にも苦労しない使用となっております。後隠し機能で、首元のチャックを動かすと、より服が締め付けることができまする。最大で全身に50キロ分の圧力に! 人体は思いっ切り締めた風船のようにパァン! 修行用、修行兼ファッション用、更には拷問にも使える一品……ンンンンンンン!あきつ丸自分の才能が恐いで有ります!」
A氏「とのことでした! 理解できませんでした! 誰か助けてください!」
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