前科戦線ウヅキ   作:鹿狼

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第12話 訓練

 散々卯月をからかい、満足した北上は工廠の奥へ消えた。

 またゴンドラのような椅子に乗ったまま。気に入っているようだ。疲れた卯月はそれをぼんやりと眺める。

 

「今はああだけどねー、北上ちゃん、昔はとんでもなく強かったんだよー」

「大本営悪ふざけ部門でかぴょん」

「ううん、そっちでは単独一位」

 

 あんのかよ。この国大丈夫か。

 実際は心配無用である。このランキングは全国の鎮守府の広報誌、青葉新聞が勝手にやってることであり、大本営は一切関与がない。

 

「そんなに強かったぴょん?」

「そう、北上ちゃんと、武蔵ちゃん、雪風ちゃん。この三人が大本営最強って呼ばれてたの」

「へー、ま、うーちゃんにゃ分からないけど」

 

 そもそも強さの基準が分からない。だから北上への印象も覆らない。いじってくるうざい先輩という認識で固定済みだ。

 

「でもなんで? 艦娘なら入渠で回復するはずぴょん」

「うーん、なんだか、怪我してからすぐ入渠できなかったみたいなの。入渠だって魔法じゃないから、余りにも酷いケガだとダメージ残るし」

 

 卯月のその一例だ。

 粉砕骨折や内出血をおこし、なのにすぐ入渠できなかった結果、半年間昏睡する羽目になっている。

 北上も似た理由があるのだろうと、卯月は考える。

 

「その言い方だと、理由は知らないぴょん?」

「まあね、聞きにくいし、聞く理由もないし」

「あんたたち、いつまで喋ってんのさ」

 

 そうこうしている内に、工廠の奥から北上がやってきた。

 天井からぶら下がる椅子から、更にワイヤーで艤装が吊るされている。

 

 高さも良い。

 ちょうど、卯月の腰辺りの高さで固定されている。だいたいの艤装は、腰を起点に接続する。このままくっつくだけで済むわけだ。

 

「ひっさびさの艤装接続ぴょん」

「調整諸々は完璧、さ、さっさと繋げちゃって」

「了解ぴょん!」

 

 接続部位に背中を近づけると、磁石のように艤装がくっついてきた。

 

「ぴょっぴょん!」

「お、繋がったみたいね」

「ビリビリぴょん」

「その感覚、那珂ちゃん全然慣れないのー」

 

 ピリっと、ちょっと痺れる感覚。艤装と卯月が繋がった証拠だ。神鎮守府でもこんな感じで艤装を装備してたのを思い出す。

 

「ワイヤー外すよ、一応注意してね」

 

 椅子に機械でもついているのか、北上が手を動かすとワイヤーが外れた。

 同時に、艤装の重さがグッと圧し掛かる。でも動けないことはない。艤装にはパワーアシストのような機能もあるのだ。

 

 卯月はその場でジャンプしたり、小走りで動き回ってみる。

 なにかパーツがあるわけでもないのに、どれだけ動き回っても艤装は外れない。妖精さんの力だろうか、なんでもいいけど。

 

「うん、ちゃんと繋がったみたいね」

 

 北上の言う通りだ。艤装とわたしが一つになった感じがある。

 ある、あるのだが……なにかが違う。

 変な感覚に、卯月は眉を八の字にして首を傾げた。

 

「どうかした?」

「……北上さん、これって、ホントにうーちゃんの艤装かぴょん?」

「どういうことさ」

「なんか、なんというか、パワーが出きってない感じがするぴょん」

 

 数字で説明できない、感覚で説明するしかない。

 卯月は前科持ちになる前、神鎮守府でも艤装を装備している。その時に比べると、どうにもパワー不足な感じがしていた。

 

 感覚ではほぼ誤差レベルだが、気になるものは気になる。戦場では生死を分けかねないことだから、なおさらだ。

 

「ああそれか、そりゃ卯月に原因があるんだよ」

「う、うーちゃんに?」

「当たり前じゃん。だって半年間昏睡してるんだよ、いきなり元気一杯本調子なんて方があり得ないでしょ」

 

 そう言われたら、そうだろうなと思うしかない。

 昨日から無茶苦茶かつ急ピッチのリハビリをしている。出撃まで一週間──一日経ったから後六日だ──しかないからだ。

 

 それで体力が戻っても、感覚まで一気に戻るわけじゃない。眠っている間に衰えたこととのギャップで、作動率が落ちたように感じているのだ。

 

「ホントかぴょん、嘘なんて言ってないぴょん?」

「いやいや、そんなウソ吐いてあたしになんの得があるのさ」

「さっき嘘言いまくってたじゃないかぴょん」

「嘘じゃないよ、忘れてただけだよ。ホントダヨー」

 

 北上は素晴らしいまでの棒読みだった。でも、言ってるのも確かなのだ。嘘を吐いても、なにも得はない。卯月はもう一度、北上に確かめた。

 

「ホントかぴょん」

「……さすがのあたしだって、生死のかかるとこじゃ嘘言わないよ。そこは信じて欲しい」

「じゃあ、信じるぴょん」

「そう」

 

 そこまで言うなら信じなきゃいけない。

 卯月はそう思った。ここまで言わせて尚疑うのは良くないことだからだ。

 

「結構割り切ってるんだね」

「嘘だったら骨の髄まで呪い倒すだけぴょん」

「こわ」

「嘘じゃないぴょん」

 

 割とマジである。ここまで言ったのに嘘だったら『プッツン』してやる。一応、理由だけ(命乞い)は聞いてあげるけど。

 

「じゃ、水面立ってみて。ちゃんと艤装が動くか見たいから」

 

 言われた通り、工廠に面した海に足をつける。

 人間ならば沈んでしまう、しかし卯月は理に反し、水面に着地した。

 

「神鎮守府で最低限の訓練はしてたんだよね?」

 

 卯月は頷く。

 懐かしい思い出だ。最初は姿勢制御もままならず、何度も何度も転んでずぶ濡れになっていた。

 

「なら今更、航行について教える必要はないね。軽く動き回っていいよ」

 

 久々だが、一度体で覚えたことだ、簡単には忘れない。重心を動かしながら海上を縦横無尽に動き回る。艤装の動きに大きな問題はなさそうだ。

 

「ダイジョブそうだね」

「じゃあ訓練行っちゃっていい?」

「良いけど、無茶はしないでよ。直すのメンドーなんだから」

 

 動き回っている間に那珂も艤装を装備していた。那珂も同じように、慣れた動きで海上を走る。

 

「訓練用のエリアがあっちにあるから、ついてきて」

「了解ぴょん」

 

 工廠から直接海に出て、那珂についていく。

 しばらく航行すると、遠方にブイが浮いているのが見えた。一列に並んでいるようすは、柵かなにかのようだ。

 

「あのブイは越えちゃ駄目だよ」

「なんでぴょん?」

「隙間なく機雷が敷設されてるから、脱獄防止用なの」

 

 決して行くまい。卯月は強く誓った。

 あのラインを越えたら脱獄扱いということだ。確かにそう簡単に行ける距離ではない。間違って接触する危険はなさそうだ。出撃のときどうするのか知らないけど。

 

 そして、この辺りが訓練用の区画として認められている。

 近くには前科戦線の建物があるため、陸地からある程度離れたところになっている。使うのが模擬弾でもかなりダメージがある。人に当たったら大参事だ。

 

「よーし、じゃあ那珂ちゃん流の特訓、始めるよー!」

「おー、で、なにするぴょん」

「簡単だよ、那珂ちゃんが今から模擬弾を撃つから、それをドンドン回避するの」

 

 簡単、かどうかは別にしておいて、慣れた訓練ではある。

 

 戦場で重要なことは、まず生き延びることだ。

 状況にもよりけりだが、艦娘が沈むのはNGとされている。沈んだら深海棲艦のエネルギーになってしまうからだ。

 

 だからなによりもまず、生き残るための訓練をさせられる。

 神鎮守府でもそうだった。航行訓練のあとは、攻撃回避の訓練だった。圧倒的殉職率を誇る前科戦線でも、『沈まない』原則は変わらないのだ。

 

「もしかして、前の鎮守府で経験済み?」

「まあ、基本訓練だし」

「そっかー、でもそうなると、ちょっと大変かも」

「ちょっと?」

「高宮所長から言われたの、『とにもかくにも初陣で沈まないようにしろ』って」

 

 那珂も所長呼びかい。というツッコミは置いておく。

 

「高宮中佐がそんなこと言ってたぴょん?」

「そーなの、やっぱり前科戦線で始めての新人ちゃんだから、気をつかってくれてるのかもねー」

「うーちゃん以外に、新人っていなかったのかぴょん」

「そうだよ、那珂ちゃんの知っている限りだと、全員熟練の艦娘ばっかだった」

 

 今更ながら妙な話だ。

 前科戦線にはベテラン艦娘しか呼ばれないのに、ど素人のわたしがなぜ呼ばれたのか。首を捻っても分からないものは分からないけど。

 

「とにかく、素人の卯月ちゃんを沈まないようにするため、那珂ちゃんはアイドルを止めます!」

「じゃあなにになるぴょん」

「鬼になります!」

 

 それは、どっちかというと那珂のお姉さんな気がする。卯月はそう思い、慢心していた。

 

 高を括っていた。昨日の球磨ランニングに比べれば、まだ慣れているから大丈夫と。

 体力を戻すのが一番キツイ。でも砲撃回避は経験済みだから、まだマシだと。

 

「じゃあ準備は良い?」

「バッチコイだぴょん!」

「あ、それと当たっても攻撃は止めないから頑張ってね、はいスタート!」

「え、ちょ今なんて──」

 

 直後、顔面に激痛が走った。

 

「!?」

 

 今、なにをされたのだ。

 

 油断はしてない。しっかりと那珂を見ていた。

 なのに攻撃を受けた。主砲を構える動作さえ認識できず、顔に模擬弾を食らった。

 

 これはヤバい。

 慌てて顔を上げる。もっと注意深く那珂を視なければならない。そう思った矢先だ。

 

 那珂が見えなかった。

 

 忽然と消えた。

 まて、落ち着け。移動したのなら水面に軌跡が残る。それを辿れば──それもない。卯月の思考は完全に停止した。

 

「次行くよー!」

 

 那珂の声が()()から聞こえた。

 と、同時に後頭部に模擬弾が叩き込まれる。完璧な不意打ち、クリーンヒットだ。脳が揺さぶられ、意識が飛びかける。

 

 なんだそれは!

 迫る不条理に卯月は、負けてなるものかと奮起する。舌を噛み、激痛で意識を覚醒させる。

 

 これは、前科戦線での基礎訓練だ。

 できて当たり前のことだ。できなければ仲間の足を引っ張ってしまう。

 

『ふん、やっぱり雑魚じゃない』

 卯月の脳内満潮が侮蔑を吐く。きっと言うだろう。そんなことあってはならない。あんなのに守られる展開なんてまっぴらごめんだ。

 

「このうーちゃんを、舐めるなぴょん!」

「おお、凄い気合だね。じゃあもっと過激に行っちゃうよー!」

 

 再び那珂が消えた。

 これはどうにもならない。今の卯月の動体視力では、どうやっても那珂を知覚できない。しかし砲撃の回避はできる筈と、卯月は考える。

 

 だって基礎訓練だし。

 まさか練習にもならない甲難度の特訓を課すわけがない。集中すれば必ず突破できる。卯月は自分の考えを信じ、五感を研ぎ澄ませる。

 

 そして反応したのは、『耳』だった。

 

 とっさにからだをよじらせる。すると耳元を模擬弾が掠めていった。

 ギリギリで反応できた。波しぶきや風の音に混ざっていたけど、確かに一瞬、砲撃の音が聞こえた。

 

「初弾回避おめでとー! でもまだまだだよ!」

 

 また那珂の声が聞こえた。

 そこに目をやってみても、もう見えない。どんな高速移動をしてるんだ。そう思ってしまったせいで、二発目を回避し損ねる。

 

「ぎゃぁ!」

「こら、集中しなきゃ。ちゃんと集中しなきゃ立派なアイドルにはなれないよ」

「いやなんの話ぴょん!」

 

 マジで分からない。

 しかし那珂は、いっさいの容赦なく砲撃を続ける。やっぱり那珂の認識はできない。一瞬だけ聞こえる砲撃音を頼るしかない。

 

 そうと決めてしまえば、糸口が見えてくる。

 那珂、彼女の移動速度(移動かどうかも分からないが)は異常だが、多分砲撃は普通だ。音さえ聞き漏らさなければなんとかなりそうだ。

 

 と油断したのを、那珂は気づいていたのだろうか。

 

「うーん、そのタイミングは良くないね」

 

 砲撃の一発を回避した直後、過ちに気づく。

 逃げた先に見えたのは、()()()()()()だったのだ。砲撃目がけて突っ込んでしまう形になり、模擬弾のダメージを真正面から受けてしまった。

 

「フェ、フェイント……」

「駄目だよー、回避したあとなんて、絶好のねらい目なんだから」

「りょ、了解ぴょん……」

 

 また頭がぐらぐらする。今度は側頭部への直撃だ。

 これは大変だ。あんな性格なのに強さがシャレにならない。これが前科戦線で求められる最低の基準なのか。

 

 絶句する卯月を他所に特訓は続く。結局午前中は、二、三発を回避するのが限界だった。

 

 知覚できず、気配のない砲撃。卯月は改めて思い知る。前科戦線とは地獄で鍛えられた、蠱毒の戦士の部隊だということを。




艦隊新聞小話
大本営最強と呼ばれている三人ですが、武蔵さんが突出して強いんですよ。
武蔵さんがあと三人いたら、大本営は『銀河』を統一できたって言われてますねー。ウソかホントか分かりませんが!
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