散々卯月をからかい、満足した北上は工廠の奥へ消えた。
またゴンドラのような椅子に乗ったまま。気に入っているようだ。疲れた卯月はそれをぼんやりと眺める。
「今はああだけどねー、北上ちゃん、昔はとんでもなく強かったんだよー」
「大本営悪ふざけ部門でかぴょん」
「ううん、そっちでは単独一位」
あんのかよ。この国大丈夫か。
実際は心配無用である。このランキングは全国の鎮守府の広報誌、青葉新聞が勝手にやってることであり、大本営は一切関与がない。
「そんなに強かったぴょん?」
「そう、北上ちゃんと、武蔵ちゃん、雪風ちゃん。この三人が大本営最強って呼ばれてたの」
「へー、ま、うーちゃんにゃ分からないけど」
そもそも強さの基準が分からない。だから北上への印象も覆らない。いじってくるうざい先輩という認識で固定済みだ。
「でもなんで? 艦娘なら入渠で回復するはずぴょん」
「うーん、なんだか、怪我してからすぐ入渠できなかったみたいなの。入渠だって魔法じゃないから、余りにも酷いケガだとダメージ残るし」
卯月のその一例だ。
粉砕骨折や内出血をおこし、なのにすぐ入渠できなかった結果、半年間昏睡する羽目になっている。
北上も似た理由があるのだろうと、卯月は考える。
「その言い方だと、理由は知らないぴょん?」
「まあね、聞きにくいし、聞く理由もないし」
「あんたたち、いつまで喋ってんのさ」
そうこうしている内に、工廠の奥から北上がやってきた。
天井からぶら下がる椅子から、更にワイヤーで艤装が吊るされている。
高さも良い。
ちょうど、卯月の腰辺りの高さで固定されている。だいたいの艤装は、腰を起点に接続する。このままくっつくだけで済むわけだ。
「ひっさびさの艤装接続ぴょん」
「調整諸々は完璧、さ、さっさと繋げちゃって」
「了解ぴょん!」
接続部位に背中を近づけると、磁石のように艤装がくっついてきた。
「ぴょっぴょん!」
「お、繋がったみたいね」
「ビリビリぴょん」
「その感覚、那珂ちゃん全然慣れないのー」
ピリっと、ちょっと痺れる感覚。艤装と卯月が繋がった証拠だ。神鎮守府でもこんな感じで艤装を装備してたのを思い出す。
「ワイヤー外すよ、一応注意してね」
椅子に機械でもついているのか、北上が手を動かすとワイヤーが外れた。
同時に、艤装の重さがグッと圧し掛かる。でも動けないことはない。艤装にはパワーアシストのような機能もあるのだ。
卯月はその場でジャンプしたり、小走りで動き回ってみる。
なにかパーツがあるわけでもないのに、どれだけ動き回っても艤装は外れない。妖精さんの力だろうか、なんでもいいけど。
「うん、ちゃんと繋がったみたいね」
北上の言う通りだ。艤装とわたしが一つになった感じがある。
ある、あるのだが……なにかが違う。
変な感覚に、卯月は眉を八の字にして首を傾げた。
「どうかした?」
「……北上さん、これって、ホントにうーちゃんの艤装かぴょん?」
「どういうことさ」
「なんか、なんというか、パワーが出きってない感じがするぴょん」
数字で説明できない、感覚で説明するしかない。
卯月は前科持ちになる前、神鎮守府でも艤装を装備している。その時に比べると、どうにもパワー不足な感じがしていた。
感覚ではほぼ誤差レベルだが、気になるものは気になる。戦場では生死を分けかねないことだから、なおさらだ。
「ああそれか、そりゃ卯月に原因があるんだよ」
「う、うーちゃんに?」
「当たり前じゃん。だって半年間昏睡してるんだよ、いきなり元気一杯本調子なんて方があり得ないでしょ」
そう言われたら、そうだろうなと思うしかない。
昨日から無茶苦茶かつ急ピッチのリハビリをしている。出撃まで一週間──一日経ったから後六日だ──しかないからだ。
それで体力が戻っても、感覚まで一気に戻るわけじゃない。眠っている間に衰えたこととのギャップで、作動率が落ちたように感じているのだ。
「ホントかぴょん、嘘なんて言ってないぴょん?」
「いやいや、そんなウソ吐いてあたしになんの得があるのさ」
「さっき嘘言いまくってたじゃないかぴょん」
「嘘じゃないよ、忘れてただけだよ。ホントダヨー」
北上は素晴らしいまでの棒読みだった。でも、言ってるのも確かなのだ。嘘を吐いても、なにも得はない。卯月はもう一度、北上に確かめた。
「ホントかぴょん」
「……さすがのあたしだって、生死のかかるとこじゃ嘘言わないよ。そこは信じて欲しい」
「じゃあ、信じるぴょん」
「そう」
そこまで言うなら信じなきゃいけない。
卯月はそう思った。ここまで言わせて尚疑うのは良くないことだからだ。
「結構割り切ってるんだね」
「嘘だったら骨の髄まで呪い倒すだけぴょん」
「こわ」
「嘘じゃないぴょん」
割とマジである。ここまで言ったのに嘘だったら『プッツン』してやる。一応、
「じゃ、水面立ってみて。ちゃんと艤装が動くか見たいから」
言われた通り、工廠に面した海に足をつける。
人間ならば沈んでしまう、しかし卯月は理に反し、水面に着地した。
「神鎮守府で最低限の訓練はしてたんだよね?」
卯月は頷く。
懐かしい思い出だ。最初は姿勢制御もままならず、何度も何度も転んでずぶ濡れになっていた。
「なら今更、航行について教える必要はないね。軽く動き回っていいよ」
久々だが、一度体で覚えたことだ、簡単には忘れない。重心を動かしながら海上を縦横無尽に動き回る。艤装の動きに大きな問題はなさそうだ。
「ダイジョブそうだね」
「じゃあ訓練行っちゃっていい?」
「良いけど、無茶はしないでよ。直すのメンドーなんだから」
動き回っている間に那珂も艤装を装備していた。那珂も同じように、慣れた動きで海上を走る。
「訓練用のエリアがあっちにあるから、ついてきて」
「了解ぴょん」
工廠から直接海に出て、那珂についていく。
しばらく航行すると、遠方にブイが浮いているのが見えた。一列に並んでいるようすは、柵かなにかのようだ。
「あのブイは越えちゃ駄目だよ」
「なんでぴょん?」
「隙間なく機雷が敷設されてるから、脱獄防止用なの」
決して行くまい。卯月は強く誓った。
あのラインを越えたら脱獄扱いということだ。確かにそう簡単に行ける距離ではない。間違って接触する危険はなさそうだ。出撃のときどうするのか知らないけど。
そして、この辺りが訓練用の区画として認められている。
近くには前科戦線の建物があるため、陸地からある程度離れたところになっている。使うのが模擬弾でもかなりダメージがある。人に当たったら大参事だ。
「よーし、じゃあ那珂ちゃん流の特訓、始めるよー!」
「おー、で、なにするぴょん」
「簡単だよ、那珂ちゃんが今から模擬弾を撃つから、それをドンドン回避するの」
簡単、かどうかは別にしておいて、慣れた訓練ではある。
戦場で重要なことは、まず生き延びることだ。
状況にもよりけりだが、艦娘が沈むのはNGとされている。沈んだら深海棲艦のエネルギーになってしまうからだ。
だからなによりもまず、生き残るための訓練をさせられる。
神鎮守府でもそうだった。航行訓練のあとは、攻撃回避の訓練だった。圧倒的殉職率を誇る前科戦線でも、『沈まない』原則は変わらないのだ。
「もしかして、前の鎮守府で経験済み?」
「まあ、基本訓練だし」
「そっかー、でもそうなると、ちょっと大変かも」
「ちょっと?」
「高宮所長から言われたの、『とにもかくにも初陣で沈まないようにしろ』って」
那珂も所長呼びかい。というツッコミは置いておく。
「高宮中佐がそんなこと言ってたぴょん?」
「そーなの、やっぱり前科戦線で始めての新人ちゃんだから、気をつかってくれてるのかもねー」
「うーちゃん以外に、新人っていなかったのかぴょん」
「そうだよ、那珂ちゃんの知っている限りだと、全員熟練の艦娘ばっかだった」
今更ながら妙な話だ。
前科戦線にはベテラン艦娘しか呼ばれないのに、ど素人のわたしがなぜ呼ばれたのか。首を捻っても分からないものは分からないけど。
「とにかく、素人の卯月ちゃんを沈まないようにするため、那珂ちゃんはアイドルを止めます!」
「じゃあなにになるぴょん」
「鬼になります!」
それは、どっちかというと那珂のお姉さんな気がする。卯月はそう思い、慢心していた。
高を括っていた。昨日の球磨ランニングに比べれば、まだ慣れているから大丈夫と。
体力を戻すのが一番キツイ。でも砲撃回避は経験済みだから、まだマシだと。
「じゃあ準備は良い?」
「バッチコイだぴょん!」
「あ、それと当たっても攻撃は止めないから頑張ってね、はいスタート!」
「え、ちょ今なんて──」
直後、顔面に激痛が走った。
「!?」
今、なにをされたのだ。
油断はしてない。しっかりと那珂を見ていた。
なのに攻撃を受けた。主砲を構える動作さえ認識できず、顔に模擬弾を食らった。
これはヤバい。
慌てて顔を上げる。もっと注意深く那珂を視なければならない。そう思った矢先だ。
那珂が見えなかった。
忽然と消えた。
まて、落ち着け。移動したのなら水面に軌跡が残る。それを辿れば──それもない。卯月の思考は完全に停止した。
「次行くよー!」
那珂の声が
と、同時に後頭部に模擬弾が叩き込まれる。完璧な不意打ち、クリーンヒットだ。脳が揺さぶられ、意識が飛びかける。
なんだそれは!
迫る不条理に卯月は、負けてなるものかと奮起する。舌を噛み、激痛で意識を覚醒させる。
これは、前科戦線での基礎訓練だ。
できて当たり前のことだ。できなければ仲間の足を引っ張ってしまう。
『ふん、やっぱり雑魚じゃない』
卯月の脳内満潮が侮蔑を吐く。きっと言うだろう。そんなことあってはならない。あんなのに守られる展開なんてまっぴらごめんだ。
「このうーちゃんを、舐めるなぴょん!」
「おお、凄い気合だね。じゃあもっと過激に行っちゃうよー!」
再び那珂が消えた。
これはどうにもならない。今の卯月の動体視力では、どうやっても那珂を知覚できない。しかし砲撃の回避はできる筈と、卯月は考える。
だって基礎訓練だし。
まさか練習にもならない甲難度の特訓を課すわけがない。集中すれば必ず突破できる。卯月は自分の考えを信じ、五感を研ぎ澄ませる。
そして反応したのは、『耳』だった。
とっさにからだをよじらせる。すると耳元を模擬弾が掠めていった。
ギリギリで反応できた。波しぶきや風の音に混ざっていたけど、確かに一瞬、砲撃の音が聞こえた。
「初弾回避おめでとー! でもまだまだだよ!」
また那珂の声が聞こえた。
そこに目をやってみても、もう見えない。どんな高速移動をしてるんだ。そう思ってしまったせいで、二発目を回避し損ねる。
「ぎゃぁ!」
「こら、集中しなきゃ。ちゃんと集中しなきゃ立派なアイドルにはなれないよ」
「いやなんの話ぴょん!」
マジで分からない。
しかし那珂は、いっさいの容赦なく砲撃を続ける。やっぱり那珂の認識はできない。一瞬だけ聞こえる砲撃音を頼るしかない。
そうと決めてしまえば、糸口が見えてくる。
那珂、彼女の移動速度(移動かどうかも分からないが)は異常だが、多分砲撃は普通だ。音さえ聞き漏らさなければなんとかなりそうだ。
と油断したのを、那珂は気づいていたのだろうか。
「うーん、そのタイミングは良くないね」
砲撃の一発を回避した直後、過ちに気づく。
逃げた先に見えたのは、
「フェ、フェイント……」
「駄目だよー、回避したあとなんて、絶好のねらい目なんだから」
「りょ、了解ぴょん……」
また頭がぐらぐらする。今度は側頭部への直撃だ。
これは大変だ。あんな性格なのに強さがシャレにならない。これが前科戦線で求められる最低の基準なのか。
絶句する卯月を他所に特訓は続く。結局午前中は、二、三発を回避するのが限界だった。
知覚できず、気配のない砲撃。卯月は改めて思い知る。前科戦線とは地獄で鍛えられた、蠱毒の戦士の部隊だということを。
艦隊新聞小話
大本営最強と呼ばれている三人ですが、武蔵さんが突出して強いんですよ。
武蔵さんがあと三人いたら、大本営は『銀河』を統一できたって言われてますねー。ウソかホントか分かりませんが!